かつて英雄と呼ばれた魔王 作:ナイツ
それは突然来た。
コンコン、と控え目なノック音が聞こえ、朝食を摂っていたアッシュとインベルンは目を合わせた。
何時もなら一緒には食事しないモモンが積極的に行ってくれるのだが、生憎と朝から何処かへと出ている。仮にモモンだとしても、こうしてノックすることはしない。
互いにフォークやスプーンをコトリと皿へと置いて、数瞬の後に片手を突き出した。
インベルンがグー、アッシュがチョキ。ガッツポーズをして再び食事に戻るインベルンを半眼で忌々しげに見ながら、アッシュはドアへと急ぐ。
「新聞なら間に合ってますー」
「いえ、組合の者ですけど……」
見慣れた制服に身を包んだ女性が、困惑した顔で立っていた。確か受付の人だろう。
朝も早くから何の用だろうと思うと同時に、一通の便箋を差し出された。裏の差出人を見れば、組合のお偉いさんの名前がある。
「上がお話があるとの事で、組合の方へ来てもらえないかと。モモンさんは御在宅で?」
「いや、朝から姿が見えないですね。因みに、何の御用事で?」
アッシュがそういうと、受付嬢は周囲を軽く見渡し、ずいとアッシュへ顔を近付ける。女性らしい甘い香りがフワリと感じ思わずドキリとしたが、理性で抑え込んだ。
「実は、“英雄団”の方が御二方に会われたいと」
“英雄団”
その言葉に、アッシュは一気に目が覚めた。
◆
「えーっと、此処がこの川だな、と」
“飛行”を解除しながら、モモンガは陸地へと降り立った。手に入れた複数の地図を手にしながら、周辺の地理や国を確認していく。
ふと視線の奥に広がる山々へと目を向ければ、そこだけ別世界のように暗雲が広がっていた。まるでRPGの魔界のようだ。
――あの場所に、“終焉の使者”と呼ばれる者が居るのだろうか?
そんな事を考えながら、モモンガは作業を続けていた。
昇ってきた太陽を確認して、そろそろ時間だと呟く。あまりに遅くなっても、余計な心配を掛けるだけだ。
“飛行”の能力が付与された羽がモチーフのペンダントを起動させる瞬間、何かが感知に引っ掛かったのを感じて、そちらへと顔を向けた。
森の茂みしかなかったが、気付かれたことが分かったのか、割りとすぐに姿を現した。
――そしてその姿に、モモンガは息を飲んだ。
純白を思わせる白銀に輝く鎧
「たっちさ――」
いや、違う。
似ているが、違う。
その事実に落胆しながらも、意識を変えてその相手を見る。此方を警戒しているのか、じっと棒立ちしたまま此方を見つめている。
「たっち?」
鎧の中で声を上げているためか、くぐもった、少し聞こえにくい声が聞こえた。
仕方ないとは思いつつ、モモンガはいざとなれば使う魔法を幾つかピックアップしながら返答する。
「あぁ、知り合いに似ていたのでね。だが人違いの様だ、すまない」
「たっち……、たっち……」
「…………おい」
此方への返答を無視して、一人の世界に没頭し始めた鎧を見て、軽く苛立ちが募る。
いい加減にしろ、と言おうと口を開けたところで、目の前のソイツは言った。
「ぷれいやー?」
ドクリと、無い筈の心臓が跳ねた。鎮静のエフェクトが走り、即座に平静を保つが、遅かった。
鎧が不意に上へと片手を振り上げ、何かを放り上げる。それは真っ直ぐ空へと飛んで、パァンとけたたましい音と共に弾ける。
それが何を意味するか?
「くそ、仲間を呼びやがった!」
ユグドラシルでは日常茶飯事な行動のため、特に考えること無く空への逃亡を選択する。ペンダントを起動して空を見上げた瞬間、眼前にそれは迫っていた。
鎖状の物の先に、大きな鎌。俗に言う鎖鎌が、モモンガの顔面目掛けて飛び込んできている。
――別に当たってもダメージは受けることは無いが、どうする。
「“時間停止”」
悪手だ、くそっ。
一瞬、一瞬だけ、アッシュの持っていた“状態異常付与”のアイテムが脳裏にちらついた。
此方の手札をあまり見せたくはない為、そして万が一起こる問題の回避の為、低レベルであろう奴等にはバレにくい“時間停止”を発動。
止まった世界の中で感知を広げれば、幾つかの存在を把握した。
鎖鎌もその中の者が放ったものであり、草陰から鎖が伸びている。取り敢えず仕返しに軽く“雷撃”でも、と思ったところで、
音が聞こえた。
「…………」
ゆっくりと、ブリキの人形のように音の方へと首を向ける。今は時を止めた状態、“低レベル”には動ける筈がない。
視線を向ければ、ギチギチと鈍い音を立てて先ほどの鎧が蠢いていた。何かの拘束から抜け出そうとするように、ゆっくりと、だが次第に速く、動き出している。
ヤバい、ヤバいヤバいヤバい‼
彼我の中間地点へと手を向け、迷うこと無く“火球”を放つ。地面に着弾し土煙を上げたのを確認して、“上位転移”で遥か先の地点へと転移した。
転移して即気配殺しのスキルを使用し、周囲の安全を確認する。敵性生物の存在が無いことを確認して、モモンガははぁと息を吐いた。
「やっぱり、居るんだな……」
ぷれいやー?
先ほどの言葉が、モモンガの脳裏に濃く残っている。
この世界で、自分への危機になるであろう存在。
この世界で、一番に警戒しておく存在。
「……ふぅ、落ち着け。あの場では一人だけ、いや、もしかしたらわざと動かずに居たかもしれない。だとすれば複数人?……まてまて、嫌な想像ばかりするな、俺」
あぁ、こんな時。
こんな時に、仲間達が居てくれたならば。
「くそっ、落ち着け。落ち着け……」
モモンガの言葉とは反するように、鎮静のエフェクトは絶えず、暫くの間発動していた。
◆
「……大丈夫ですか、モモンさん」
「あぁ」
家に帰れば、アッシュとインベルンの姿が見えない。ならばと思い組合へと顔を出してみれば、応接用の木製テーブルに並ぶ二人が見えた。
その向かい側では、組合の長であるシュディックと、派手な色合いの服装をした女性が目に入った。
その服装を見たとき、外国の兵隊を思い出したがすぐに心に仕舞う。
此方を気遣う様に言うアッシュに片手を上げて返事すると、インベルンが軽く身を寄せてスペースを作る。ありがたく座ると、柔らかい獣革のソファーの感覚が妙に心地良かった。
「おや、お疲れのようで、モモンさん?」
「あぁ、これは見苦しい所を。……良ければ、名を教えて頂いても?」
「私はリグリット。本名は長いからリグリットだけで良いよ」
ケラケラと楽しげに笑うその女は、不思議と場を和ませる雰囲気を持っていた。二三自己紹介を交えて会話をした後、本題へと移る。
「それで、今回はどのような目的で?」
モモンガがそう切り出すと、リグリットはそうだった!と軽く手を打ってリアクションをとった。
その様子に若干気を抜かれつつも、続くリグリットの言葉に意識を集中する。
「モモンさんに、