かつて英雄と呼ばれた魔王   作:ナイツ

7 / 11
戦闘描写で地の文多目です。

感想ありがとうございます。完結目指すので長い目で見ていただけたら幸いです。


英雄 1

“商人街”イースターから少し離れた、一面草原が広がる大地。少し陽が沈みかけた時刻、モモンガとアッシュは対峙していた。

インベルンはイースターにそのまま残り、用意された住居でシルヴァや管理人との顔合わせをしている。多少の不安はあるが大丈夫だろう。

 

そう考え事をしていると、視界の先でアッシュの膝がぐっと下がった。溜めるような動作の後で、

 

 

「シィッ!」

「おっと」

 

 

側頭部に向けて後ろ回し蹴りを放ってきたアッシュを頭を下げ回避する。蹴りの反動で正面に身体を向けたアッシュは、そのまま踵落としの要領でモモンガの首筋に脚を振り下ろした。

飛び込み前転で前へと回避し、モモンガが背後を振り向けばアッシュは既にモモンガへと肉薄していた。

 

素早いパンチを数発、その後に大振りのパンチを一撃。ボクシングに似たワンツーの攻撃を見て、避けながらモモンガは言う。

 

 

「それだけ動ければ、充分だと思うが?」

 

「軽々避けといてよく言うッ‼」

 

 

 

 

“英雄団”に入りたい

 

それがアッシュが話した内容だった。

まぁ、プレイヤーが居るとすれば今のところそこが一番有力だろうし、モモンガとしては特に反対する提案でもない。だが、そこで一つの疑問が発生した。

 

果たして、自分の実力はどれ程のものなのか

 

既にかなりのレベルであった“吸血鬼”のエリザを打倒したアッシュではあったが、それは相性やアイテム等、別の要因での勝利でしかない。エリザへの有効打を思い出してみれば、“首飾り”や“ポーション”での不意討ちや、武器であるハンドナイフが主だった。

 

単純な肉体技の勝負ではどこまで通じるのか、それはまだ試してなかった。

そのアッシュの提案に、モモンガは即座に快諾した。レベル100とはいえ魔法職であるモモンガは、低レベルとはいえ戦士職であるアッシュに自分がどこまで戦えるか知りたかったからだ。

 

 

「ふん!」

 

「っと」

 

腕を振り払いアッシュを退かせると、モモンガは昔漫画で見たバトルキャラの構えをした。アッシュと同じボクシングに似た構えではあるがステップは踏むことなく、大地をしっかりと踏みしめて立っている。

 

 

「次は此方から行くぞ」

 

 

モモンガの言葉に、アッシュは身体を硬直させることになった。

別にビビった訳ではない、モモンガが行ったのはただアッシュへと踏み込み、そして殴りかかるだけ。

――但しアッシュがそれに気付いたのは、モモンガの拳が眼前に迫ってからだった。

 

「ッ?!」

 

ブリッジするくらいに背を倒すと、そこをゴゥと風切り音を立てて拳が通過した。モモンガが腕を折り畳み肘を振り下ろすのを見て、アッシュは身体を横凪ぎに回転させ受け流し、バックステップで距離を取る。

 

嫌な汗が全身から流れ、ピリピリとしたモノがアッシュの身体を突き刺した。それと同時に、一つの確信を得た。

 

この人、エリザより強い!

 

 

動きは何だかぎこちないものがあるが、それを差し引いても速度と力が段違いにも有りすぎる。

低レベルとはいえ生粋の戦士職である自分より強いと感じて、思わず乾いた笑いが出た。

 

そのアッシュの様子に、モモンガが疑問符を浮かべる。

 

 

「どうした、もう終わりで良いのか?」

 

「冗談ッ‼」

 

 

アッシュの意気込みに、モモンガは軽く笑って構え直す。また同じように踏み込もうとしたとき、アッシュはスキルを発動した。

 

 

「“明鏡止水”」

 

 

来た。

アッシュが発動させたスキルを見て、モモンガは動きを止め冷静に観察する。

エリザの時に見たときはカウンターの様に見えたスキルだった。発動のタイミングと、その結果を見たモモンガからすればおおよそのスキル効果は予測できるが、それはそれ、予測でしかない。

 

取り敢えず、と後ろに伸ばした脚を踏ん張り、前に両手を突いて前屈の構えを取る。

俗に言うクラウチングスタートの構えから、踏み込んだ脚が地面を捲り上げながら、モモンガの身体は弾丸の様にアッシュへと肉薄した。

 

今度は正面からでなく、背後へと回り込み背中目掛けて受ければタダでは済まないであろう貫手を放つ。

だが。

 

「ハッ‼」

 

「……なるほど」

 

当たる直前で先程した回し受けで避け、アッシュはモモンガへと蹴りを放った。

一瞬の内に横腹へと受けた一撃を感じながら、モモンガは納得がいったように頷く。

 

 

“明鏡止水”

要するにそれは、“後の先手”を優先的に取れるスキル。自らの身体を静止させ、相手からの攻撃を待つ“クロスカウンター専用”のスキル。

それならば――

 

 

足元の拳大の岩を蹴りあげ、それを掴み取ると握力で数個に砕いて分ける。ピンポン玉程の大きさになったそれらを持つと、アッシュが分かりやすく青い顔をしていた。

 

 

「……ぅげ」

 

「おや、先程の技はもう良いのか?」

 

「分かってるくせにぃ?!」

 

 

自身に迫る岩の弾丸を、奇声を上げてアッシュはひたすら避ける。顔ギリギリにかすった弾丸に危ねぇと安堵のため息を上げるより先に、既にモモンガが接近していた。

そのままアッシュの襟首を掴み取り地面へと引き倒す。視界が揺れたアッシュが次に見たのは、目の前に迫った拳だった。

 

 

「……ギブで」

 

「あぁ、お疲れ」

 

力なく地面へと頭を降ろしたアッシュに、モモンガは楽しげに笑った。

 

 

 

「さっきも言ったが、そこまでの実力があれば“英雄団”にも入れるだろう」

 

「いやー、負けた後だと素直に安心出来ない……」

 

トボトボと歩くアッシュ、その前をモモンガが歩いていた。そろそろ夕暮れで、山の向こうへと陽が沈んで行く。

 

ポツリポツリと会話を交わしていると、不意にモモンガが顔を上げた。それに気付いたアッシュが、モモンガの視線を辿るように視線を送る。

 

そこには。

 

 

「あれって、馬車ですか?」

 

「どちらかと言えば人ではなく積み荷を積む方だろうがな。……何かに追い掛けられているようだ」

 

土煙を上げながら、かなりのスピードで馬車が草原を走ってくる。その距離が近付くにつれて、後ろに居るモノの正体が分かった。

 

「あれは……オーガか」

 

「トロルみたいなのも数体居る……」

 

総勢10体。オーガ、トロル、ゴブリンと、“ユグドラシル”では見慣れたモンスターが馬車を追い掛けていた。馬車を引いている馬も疲れてきているのか、徐々に距離を詰められている。

 

その時、モモンガが何かをする前に隣にいるアッシュが地を蹴った。ハンドナイフを逆手に持つと、瞬く間に数百メートルあった距離を風のように駆ける。

 

 

「オラァッ‼」

 

「ゴアッ?!」

「ギッ‼」

 

自身の数倍はある背丈のトロルへと接近すると、スピードもそのままで膝を蹴り砕いた。ゴキリという鈍い音の後、体勢を崩した巨体の脳天にナイフを振り下ろす。

それに気付き応対したゴブリンの頭部を、トロルの持っていた石斧で叩き潰した。

 

アッシュの乱入でモンスターも混乱したが、別のトロル、オーガが挟み撃ちの様に石斧と金棒でアッシュを迎撃する。通常なら挟まれて潰される所だが、今のアッシュは違っていた。

 

「――“明鏡止水”」

 

呟きの後に、死が振るわれる。そこには無惨にもグシャグシャになったアッシュの死体が――有るわけでなく姿そのものが消えていた。

 

何処に行ったのかと、トロルとオーガが辺りを見渡し、オーガが逆方向に首を向けた瞬間、何かが砕ける音と共に首が数回転した。

 

 

「さぁ、次ッ‼」

 

〰〰

 

圧倒的だな、ていうか楽しそう。

 

加勢が必要かと考えていたモモンガだったが、目の前のアクション映画張りの光景をおー、とただただ眺めていた。

ほぼ一撃で敵を沈めているアッシュを見て、あちらはもう大丈夫だろうと無視して馬車へと近付く。

ツンと鼻につく植物の青臭い香りを感じながら馬車の中を見れば、そこには一人の男が居た。

 

此方を見て、カタカタと震えている。まぁ、今の今までモンスターに追われていれば恐ろしいだろうが、ほんの少しだけ傷付いた。

 

「あー……、大丈夫か。安心しろ、助けに来ただけだ」

 

「あ、ありがとうございます、……っ!」

 

「ん?」

 

モモンガの背後に向けられた男の視線を辿れば、そこでは一体の上位種のオーガが金棒を振り上げていた。アッシュの方をチラリと見て、視線が此方に届いていないことを確認すると、モモンガは口角を吊り上げた。

 

さて、それでは使ってみるとしよう。

 

 

先程は戦士職の“真似事”をしたが、自分はコテコテの魔法職。確かにヒーローさながらのアクションも楽しかったが、此方も忘れてはいけない。

 

ドシリと、振り下ろされた金棒を片手で難なく受け止めると、オーガの身体へと手を向ける。驚きの顔をするオーガを見て、モモンガは頭の中で使用する魔法を決定した。

 

「済まないな。この程度、ダメージには含まれないんだ。“龍雷撃”」

 

翳した手から、バチバチと蒼白い発光が生まれる。それは猛る龍を形作り、その身を蠢かせながらオーガへと喰らい付く。

一瞬で全身を硬直させると、焦げ付いた臭いを出しながらオーガは音を立てて倒れた。

 

 

「モンスターの間引きを頼まれていたが、これは思ったより深刻な様だな……」

 

 

シルヴァ等の兵士隊では、この程度のモンスターすら満足に倒せないことは、先日の出会ったときに確認している。だとすれば、間引きの依頼は早々に行動した方が良いだろう。

 

 

「モモンさん、大丈夫ですか?」

 

 

やっぱり魔法も良いなー。と考えていると、戦闘を終えたアッシュが此方へと来た。ナイフに血が付いたのか丹念に拭き取っている。

 

 

「あぁ、平気だ。そっちも終わったようだな」

 

「はい。……もう日も沈みますし、街まで急ぎましょうか、荷物持ちますよ」

 

 

ぐったりとして動かない馬を見て、アッシュがそう提案する。まだ現状をうまく飲み込めていない様子の男だったが、コクコクと頷いて肯定していた。

 

 

「遅くなったな、インベルンも待ちくたびれただろうか」

 

「でしょうね。まぁ、お土産もあるし、帰ったらゆっくりしましょうか」

 

「そうだな……」

 

 

夜になり、辺りを照らす月明かりと少しの街灯の中をモモンガとアッシュは歩いていた。二人の手には大きな革包みが複数あり、口から食材が溢れるかの様に顔を見せている。

あの後、男の家まで送っていくとお礼としてこんなに食材を譲ってもらえたのだ。男の家はこの辺では裕福な部類に入る家で、コネクションが一つ増えたとモモンガは内心上機嫌だった。

 

 

「そういえば、最後の動きは綺麗に出来ていたな。また一つ成長したんじゃないか?」

 

「え、そうですか?結構無我夢中だったものですから、あまり覚えてないですね」

 

 

あはは、と恥ずかしげにアッシュは笑う。その様子に、ふと疑問に思ったことをモモンガは口に出した。

 

 

「助けに行ったのも早かったからな、何か特別な理由でも有るのか、恩を売りたかったとか」

 

 

モモンガの言葉に、キョトンとした顔をした後で、アッシュは違いますよ、と言った。

 

 

「モンスターに追い掛けられている馬車を見て、あぁ、あの人は今ピンチなんだなって思ったら勝手に動いてました」

 

 

アッシュのその言葉に、モモンガはいつの間にか立ち止まっていた。その事に気付かずアッシュはだって、と続ける。

 

 

「困ってる人が居たなら、助けたいから」

 

 

月明かりに照らされたその顔は、満足そうに笑みを浮かべていた。その顔に、言葉に、浮かんでくる言葉をモモンガは言う。

 

 

「“困ってる人が居るなら、助けるのは当たり前”、か」

 

「うん。――それが、俺の“夢”だから」

 

 

――自分にも、出来るのだろうか?

 

“正義の味方”に憧れ、それを恥ずかしげも無く語っていた恩人の事を思い出す。

馬鹿正直な程単純なその夢物語を、されど眩しいくらいのその理想を、モモンガは心に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「 遅 か っ た で す ね 」

 

「「誠に申し訳ない」」

 

腹を空かせて待っていたインベルンを御機嫌取りで何とか宥めたのは、その後の話。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。