かつて英雄と呼ばれた魔王 作:ナイツ
商人街“イースター”と呼ばれる、四方数十キロ程度の、大きな石壁に囲まれた小さめのその街は、様々な人々でごちゃ混ぜになって活気に溢れていた。
ある者は物を売り、
ある者は武具に身を包み、
ある者は人を見定めていた。
それぞれがそれぞれの思惑の中で動くなか、その商人街で持ちきりのある噂があった。
曰く、腕の立つ冒険者チームがいるとの事。
各地を旅しており、ありとあらゆる困難をも何事もなく解決し進む冒険者がいる。
今世界で騒がれている“終焉の使者”の一つを封印したとも言われ、そのチームに入ろうという冒険者も多数居るのだという。
その名も――
「――“英雄団”、ねぇ」
酒場の大きなテーブルに肘をついて、モモンガは呟くように吐き出した。
あの後、助けた騎士に連れられて来たのは良いものの、他のプレイヤーの情報はこれといってなかった。今耳に入ったこの情報が、それらしき物くらいだ。
目線を前に向ければ、テーブルに置かれた料理にがっつくアッシュの姿が目に入った。ふわりと湯気が立ち上るそれを見るかぎり美味しそうなのだが、食べることが出来ない身体のモモンガからすれば、何の手出しも出来ない物だから仕方がない。
気遣うように横目でチラチラと此方を見ながら、具沢山のスープと柔らかなパンを食べているインベルンと目が合った。
好きに食べろ、とアイコンタクトを送ると、パァ、と喜んで目の前の料理に少しずつ手を出し始めた。まぁ、ここの金は全てあの騎士が出してくれるとの事なので、特に何とも思わないが。
「すまない、待たせたようだな」
暇潰しがてら、店内にあるインテリアを眺めていたモモンガの背に、そう声が掛かった。
振り向けば、一人の男がチェーンメイルに身を包んで此方へと近付いてくる。聞き覚えある声を聞いて直ぐに思い出した。あの騎士だ。
「そちらも色々と忙しかっただろう。急かしたようですまないな」
「いや、大丈夫だ。……所で、聞きたいことがあるとの事だが?」
店内を歩き回る統一された制服を着た店員に何かを頼むと、モモンガの隣の席へと座った。近くに来たその黒髪が特徴的な容姿を見て、どことなく日本人に似ているな、と思った。
「あぁ。先程聞いたんだが、“英雄団”というのはどんな集団なんだ?」
コイツ(アッシュ)以外のプレイヤーが居るとすれば、有力なのは恐らくだがそこくらいだろう、というのがモモンガの考えだった。
だが、困ったように頭をポリポリと掻いて、騎士は「実は……」と口を開いた。
「今回の遠征だが、その“英雄団”の連中を探すのが目的だったんだ。だが……」
「失敗した……と?」
「あぁ、一匹のモンスターに部隊を潰されてな……、あの方に助けて貰えなければ私も死んでいただろう」
騎士の言葉に、スパイシーな香りのする麺状の料理を啜っていたアッシュが顔を上げた。
「あの方って、誰かが助けてくれたんですか?」
アッシュの言葉に、騎士は「あぁ!」と肯定して立ち上がった。
その勢いに座っていた椅子が倒れて、何事かと周囲の目線が集まった。騎士の頼んだ飲み物と軽食の様なものを運んできた店の女性店員を見て、ようやく冷静になったのか、顔を赤らめて椅子に座り直す。
「失礼した……。話を戻すが、私を助けてくれたその方は、絶大な力を持つ漆黒の魔法使いだった。その時は死に体だったため、あまりよく見えていなかったが、それだけは覚えている」
「漆黒の魔法使い……」
「あぁ。何せ、剣も通らぬ程強靭な毛皮を持つモンスターを、灰すら残さず焼き尽くす魔法を放ったからな。……そして、私の部下の弔いもしてくれた、慈悲深き御方だ」
思い出すように目を閉じて、話に区切りを付けると持ってこられた飲み物に口をつけた。隣に置かれた軽食に手をつけ、手早く飲み込むとモモンガへと向き合う。
「実は、モモン殿にお願いしたいことがあるのです」
騎士の言葉に、ある程度の予想は付いたが、頷きを返して先を促した。
それは、此方としても願ってもない事だろうから。
「モモン殿が各地を旅しているのはここへ来る道中に聞きました。そこで、急がぬ旅であるならここ、イースターに少しの間滞在してはいただけないだろうか」
「……理由をお聞きしても?」
騎士は少しの間迷ったように顔を下げたが、次第に口を開いた。
「早い話、時折やって来るモンスターに手を焼いているのです。ですから、出来れば……」
「――モンスターの間引きをしろと?」
「そうなります」
よしよし、良い流れだ!
その言葉に、うーむと腕組みをして悩む振りをしながら、モモンガは内心ガッツポーズをしていた。
この町にいれば情報が定期的に流れてくる。地理も、この世界の知識も知らない身からすれば棚ぼたな展開だ。
「勿論、望むなら住居の方も用意させていただく。だから――」
「分かりました。今のところ、宛もない旅ですから」
次の行き先を決めるまでは。と締めると、騎士はモモンガの手を取り強く上下に振った。一瞬、幻術を纏っているだけの肉体を触られるかとヒヤッとしたが、“魔法鎧”を使用しているのを思い出して杞憂に終わる。
「では、これからよろしく頼む、モモン殿」
「あぁ、よろしく頼む……」
そこでふと、目の前の男、騎士の名前を聞いてないことに気付いた。
……思ってみれば、この世界でこの世界の人間の名前を知るのは初めてだ、と隣でパンを頬張っているインベルンをチラリと見てから思う。
「すまない。名前を教えてもらえないか?」
その言葉に、そういえば!と顔を驚かせた後、コホンと息を一つ。
「私は、シルヴァ・ストロノーフだ。よろしく、モモン殿」
シルヴァ・ストロノーフ。
好感的な笑顔と共に差し出された手を握り返しながら、モモンガは確かにその名を頭に刻んだ。
◆
「えーと、こっちか」
一行の腹ごなしを済ませた後、三人は用意されたという住居へ向けて足を進めていた。美味しいものを食べて腹が一杯なのか、インベルンは何処か機嫌良さそうに周りをキョロキョロと見ながら歩いている。
身に付けている駆け出し冒険者専用の装備を見ながら、近いうちに専用の装備を見繕わないとな、と考えていたモモンガに声が掛かる。
「モモンさん」
アッシュからだった。珍しく静かにしていた為気付くのが遅れたが、何処か真面目なその雰囲気にモモンガは改めて向き合った。
「ちょっと、話したいことがあるんです」
あぁ、やっぱこうなるか。
「良いぞ」と返しながら、モモンガは内心そう思っていた。