かつて英雄と呼ばれた魔王 作:ナイツ
「殺した」
地面に倒れ息絶えたエリザの姿を眺めて、アッシュはそう呟いた。
出会ったときの可憐な少女の姿ではなく、“化け物”と形容しても良い異形の姿は、確かに死んでいた。
「は、はは」
膝が震え、地面にへたりこむ。この世界に来て早々のモンスター退治より、色々とクル物があった。
腰が抜けた為、時間をかけてゆっくりとエリザに近付いて、額に深々と刺さったナイフを引き抜く。水っぽい音を立てながら、それはあっさりと抜けた。
「……なんだろうなぁ」
「おーい」
何だか、腑に落ちない。そんな事を思っていると、後ろから掛かる声に気付いた。
振り向けば、モモンともう一人、金髪の少女が、此方へと近付いてくる。
モモンが連れているということは敵ではないだろう。と、手をかけたナイフを放した。
「えーっと、そっちの子は?」
「あぁ。先ほど拾ってな、インベルンだ」
まるで犬か猫でも拾ったという風な気軽さに苦笑したが、インベルンと呼ばれた少女にアッシュは向き合う。
「初めまして、アッシュって言います。よろしく」
「は、初めまして……。インベルン、です」
僅かにモモンの後ろに隠れる様にそう言うインベルンを見て、人見知りな娘だなぁ、とアッシュは思った。
さっきまでの空気とは違い、緩んだのを感じながら、アッシュは戦闘が終わったのを再確認した。
「それにしても、吸血鬼を倒すとはな。かなりの実力者なんだな、君は」
モモンの言葉に、内心ドキリとしたものがあった。
“ユグドラシル”なんて知らないだろうが、自身の装備の事を知られると、色々と不味いかもしれない。
――窃盗の危険も、無いとは言い切れないから
余計な事を聞かれる前に、適当に相槌を打ってアッシュは話を変える。
「そういえば、目的の地図は見つかったんですか?」
「あぁ、書庫の様な場所を見つけてな。おそらくそこに有るだろう」
「そうですか」
この辺の地理は全く知らない、というより、自分がこの世界の、どの辺りに居るのかすら分からない状態だった為、地図が見付かったことにホッとする。
アッシュの反応を見て、少しの間を開けてモモンが言った。
「さて、夜が明けると共に出発するとしよう。……それまでに準備をしておいてくれ」
「了解です!」
軽いサムズアップを上げて、先程まで居た城へと足を運ぶ。
夜明けまで、軽く一眠りでもしようと、アッシュは欠伸を一つした。
――そんな背中を、モモンガはじっと見つめていた。
◆
あの程度の物か。
先ほどのアッシュとエリザの戦闘を見ていて感じたのはそんな事だった。
自分の様な魔法職とは違い、戦士職の動きを知りたかったが、正直に言って杞憂だった。
あの程度、どうとでも対処できる。
「奴はモンク職か何かか?ならば、徒手やナイフがメインなのも頷けるが……」
種族や職種が逆なのもあり、少々うろ覚えに思い出すが、さっぱりと分からない。“ヘロヘロ”がモンク職だったが、あの人は装備破壊がメインだったしなぁ、と苦笑いする。監視ついでに同行するのだ、時間を掛けて攻略しようと、モモンガは納得した。
そんな自分の横で、じっとエリザの死体を見つめるインベルンが佇んでいた。
「インベルン」
「はい」
少し、力が抜けたような、そんな語調のインベルンが、ゆっくりと顔を上げる。
納得したような、哀しむような、そんな複雑な顔をしたあと、少しだけ笑った。
「エリザ、だったか。友達では、ないんだろ?」
「えぇ。どちらかと言えば、私は奴隷みたいなものでしたから」
それでも、とインベルンは言う。
「好きではなかったですけど、なんか、こう……。何て言えば良いのかな」
エリザの乱れた髪を、服を、簡単にでも整えてやりながら、インベルンは言う。
「不思議と、恨んではありませんから」
「……そうか」
エリザは吸血鬼だ。
インベルンも吸血鬼だ。
ただそれは、種族的なものであり、インベルンの意識は人間的なものが殆どだった。
――貴女は“吸血鬼”よ
――人間じゃないわ
エリザの言葉は、吸血鬼、牽いては異形の者であれば当然の言葉だった。
確かに受けた仕打ちは酷いものではあったが、今思えば、吸血鬼として、エリザはインベルンへと接していた。
自分が何者か、再確認させるように。
「モモンガ様、お願いがあります」
「何だ?」
此方を見上げる顔を、真っ直ぐに見つめ返す。先ほどとは違う、何かを決意した眼だった。
「頭であるエリザが死に、その支配下にあるアンデッド達は朝になれば全て消え失せます。そうすれば、エリザの死体は、すぐにでも発見されましょう。ここは、周辺の国の冒険者が、よく来ていた場所ですから」
「……だろうな」
「ですから、簡単にでも良いので弔わせて頂いても宜しいですか。朝までには、終わらせます。……エリザのしたことは確かに取り返しが付きませんが、見世物にされるのは、あまり良く思えないので」
「……分かった、許可しよう。だが、肝心の“国堕とし”はどうするんだ、死体を見るまでは、周辺の国は安心しないだろう」
「“国堕とし”は、私です」
インベルンの言葉に、モモンガは思わずインベルンを見つめ返した。その反応が面白かったのか、クスリと笑ってインベルンは言う。
「エリザの犯した罪は、私が何年掛かっても償ってみせます。それが、見ていることしか出来なかった私に出来ることだろうから」
よいしょ、と。近くの農家の壁に掛けてあったスコップで、インベルンは地面に穴を掘り始めた。
ザクザクと、ゆっくりとでも作業を進めるインベルンを見て、モモンガはもう一つのスコップを手に取った。
何も言わなかったが、共に作業を手伝ってくれるモモンガを見て、インベルンは微笑んだ。
◆
「よーし、それじゃあ近くの国まで行きましょうか!」
体力を回復したらしいアッシュが、元気良く歩き出す。入る前は不気味だった門も、出る今であれば、なんら変哲のないものだった。
取り敢えず、騎士を回収しないといけないなぁとモモンガが考えていると、インベルンが遅れて隣へと並ぶ。
モモンガがもう良いのか?と聞くと、肯定するように頷いて、胸を張るように彼女は歩き出した。
一歩一歩、確かな足取りの彼女が来た後ろをチラリと見れば、そこには真新しい墓が一つ、今さっき摘まれたらしい数本の花も添えられていた。
手作りらしいゴツゴツとした墓石には、手彫りの文字でこうあった。
――親愛なる“家族”へ。
国堕とし。
吸血鬼としての道を進む事を決めた彼女の罪滅ぼしは、始まったばかりだ。