かつて英雄と呼ばれた魔王   作:ナイツ

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出会い2

 

「はぐっ、もぐっ、はぐはぐ……」

 

「よく入るな、そんなに……」

 

「いや、めっちゃ美味しいんですよ、これ。今まで食べたことがないくらい。モモンさんもどうです?」

 

「私はいいよ」

 

 

確かに美味しそうな料理だが、幻影の肉体で覆っているだけで、食べたら確実にこぼれ落ちるだけのモモンガは、手を降って要らない、というジェスチャーを見せる。

そんなモモンガの様子に小首を傾げつつも、アッシュはふたたび目の前の料理をパクついた。

城に入ったは良いものの、今のところ特にめぼしいものは何も無い、言うなれば無駄足というものだった。

まだ地下が残っているので何とも言えないが、恐らくあるかは分からない。

 

 

「それにしても、地図すらないとはな……」

 

 

思わずぼやくその言葉に、アッシュが食べるのを一旦やめて聞く。

 

 

「あれ、旅をしてるのに地図持ってないんですか?」

 

一瞬で血の気が引いた。

 

「……こ、この辺りに来たのは初めてだったのでな。まだ持っていないのだ」

 

「へー……。あ、だったらモモンさんの持ってる地図を見せ――」

 

「すまんちょっとトイレ行ってくる‼」

 

 

逃げるが勝ち。

そういやそんな言葉あったな、使い方あってんのかな、と思いつつ、部屋の外へと飛び出した。

相変わらずアンデッドはそこらじゅうに居るが、特に此方に向かってくる者は居ない。

 

まぁ、しばらくは此処に居て、明るくなったら外に出て探索でもしようと決めて、時間稼ぎにぶらぶらと歩き回った。

 

通路に一定感覚である窓から差し込む月の光が、優しく館内の通路を照らしている。

コツコツと音がなるだけの通路で、モモンガはふと疑問に思う。

 

――そう言えば、地下への道がない。

 

建物の構造等を見るに、少なくとも地下一階分はあっても良いはずだ。

だが、何処にも地下へ続く階段などはない。と、考えて行き着く先は一つ。

 

 

「もしかして、隠し通路か何かあるのか?」

 

 

隠し通路。

その言葉に、モモンガの中で何かが燃え上がった。新たなダンジョンを、どんな仕掛けがあるか、どんなモンスターが居るかと期待しながら攻略するのが毎度の楽しみだった。

この世界に来て初めて楽しめそうなイベントに、モモンガは上機嫌で進む。

 

 

「さぁて、何処にあるのかな?床下の仕掛けか、はたまた転移トラップか――」

 

 

――そのせいか、感知スキルに反応が出たのをモモンガは見逃していた。

 

 

「モモンさん、遅いな……」

 

満足するまで食べた後、大きくなった腹を擦りながらアッシュは待っていた。

コチコチと時間を刻む時計をチラリと見ると、時間はまだ深夜帯だ。腹が膨れたせいか、少し重くなってきた瞼を擦る。

 

 

「…………本当に、現実なんだよな。コレ」

 

 

自分の手をぐーぱーと閉じたり開いたり、動作確認の様な事を行う。

そして、何か諦めたようなため息を吐くと、自分の“無限の背負い袋”を取り出した。

ゴソゴソと漁り、ほとんど有用な物がないソレを見て、苦笑いを浮かべる。

 

 

「装備を強いのにしていたのはラッキーだったな」

 

「へぇ。そうだったの」

 

「あぁ。まぁ、マネーアイテムだけどね、俺、レベル低いしさ」

 

「ふーん」

 

 

その声の方向へ、アッシュは振り向く。ペンキをぶちまけた様な赤い髪の少女は、近くの椅子に肘をついて、つまらなさそうに此方を見ていた。

その様子に、アッシュは苦笑いする。弱いのは事実だが、そんな顔をされてはたまらない。

 

 

「いやいや、俺だってこれから強くなる予定だったんだよ。装備整えたし、ある程度レベルも上がったしさ」

 

「でも、貴方彼より弱そうじゃない」

 

「うわー、それは手厳しいなぁ。エリザ」

 

「ふふっ」

 

エリザは、アッシュの頬へとゆっくりとその白い手を伸ばした。特に抵抗もなく頬を触られたアッシュは、にこりと笑う。

――その目は、異常なほど虚ろで濁っていた。

 

 

「まぁ、強くなるのも良いけれど、少しはアタシとも遊んでよね」

 

「あぁ、分かったよ」

 

 

ゆっくりと溶け合うように、エリザの手が首もとへと絡み付く。エリザの顔が、アッシュの胸元から這うように首もとへと上がっていく。

アッシュはエリザの背中に手を回し、優しく、苦しくないほどに強く抱き締めた。その行為にエリザはクスリと笑みを浮かべて、アッシュの首筋を舐めた。

ねっとりと舐めたところから唾液の線が伸びると、アッシュはくすぐったそうに身をよじった。

そしてエリザは口の端を吊り上げ、吸血鬼特有の鋭い牙をアッシュの首へと突き立てる。

 

 

 

 

 

 

 

――寸前に、エリザの身体が弾かれる様に吹き飛んだ。

 

 

 

 

「ふぎゃッ?!」

 

突然の衝撃に、間抜けな声を出しながらエリザは床を転がる。

自身がアッシュに掛けた魔法が強制的に解除された上に、自身に何かが付与されたのを感じ、額に青筋が入った。

 

対するアッシュは、数瞬呆然と瞬きしたあと、腰につけたハンドナイフを抜いた。

自身が身に付けている首飾りが反応を見せているのを感じ、何が起こったのか理解する。

 

 

「お前……、淫魔、いや、吸血鬼か?」

 

「……このガキぃ、アタシに何しやがったぁ!」

 

 

髪を逆立て、瞳を紅く発光させながら、エリザが怒鳴り散らした。

隠す気のない殺意が、アッシュの身体に突き刺さる。初めて受ける殺意に足がすくむが、気力で立て直した。

 

――ビビるな、モンスターとの戦闘は練習しただろ!

 

この世界に来て初めて行ったのが戦闘だった。

どう動けば良いかは分からない。だがイメージした動き通りに身体が動いてくれた。現実の世界ならば出来なかったことが、ここでは出来るのだ。

 

 

エリザの身体が咆哮を上げて、弾丸の様にアッシュへと接近する。部屋の装飾品がその衝撃でぐちゃぐちゃになるが、アッシュはそれを見切っていた。

心臓へと突き出された腕を身を捻ってかわし、捻った勢いそのままエリザの首もとへとアッパーを叩き込んだ。

 

首に打撃を受けて怯むエリザへと、アッシュは右手に構えたナイフを横凪ぎに切り払う。

それを爪でガードしたエリザだったが、まるで豆腐を切るかのように、ナイフは鋼の硬さを誇るそれをバラバラに切り裂いた。

 

 

「あ、ぁぁあ、あ、アタシの爪がぁぁあ?!」

 

「イケる、イケるッ、戦える、戦えるッ!」

 

 

自らを鼓舞し、追撃をとアッシュはエリザに肉薄する。

ナイフを左手に持ち変え、エリザの横っ面に拳を叩き込もうと進んだところで、横合いから衝撃が走った。

 

ごえっ、と空気を吐き出しながら、アッシュは壁に激突する。

蹴りを繰り出したエリザは、ワナワナと震えながらアッシュを睨んだ。

 

 

「殺す。優しく殺してやろうかと思ったけどやめ、お前だけはいじめにいじめぬいて殺してやる!」

 

「っ、やべ――」

 

エリザは両手を上に組んで振り上げた。何をするか分かったアッシュは逃げようとしたが、受けたダメージで反応が少し遅れた。

 

組んだ両手を床へと叩き付けると、エリザを中心として床が波打つ様に崩壊していく。

逃げるのが遅れたアッシュはエリザと共に、暗闇が広がる地下へと落ちていった。

 

 

「……何だ?」

 

大きな揺れを感じて、モモンガは上を見た。光一つない空間だが、アンデッドであるモモンガは昼間と変わらない状態で見ることが出来る。

あの後、壁の仕掛けから地下へと繋がる階段を発見したモモンガは、ウキウキと地下に進んでいた所だった。

 

改めて意識を集中し、探知の魔法とスキルを発動させる。

先程までアッシュと居た空間に、アンデッドが一体と人間が一人、反応があった。

 

――そして、この先にも一体、アンデッドが居る。

 

先程の揺れは戦闘のせいかと納得して、モモンガは足を進める。

向こうのアンデッドはアッシュでも退治できるだろう、自分は此方だ、と。

コツコツと石造りの通路を進み、その先にあるドアを発見する。

このドアを開ければ戦闘か、と理解し、変化のアイテムを解除し、オーバーロードの姿へと戻った。

 

何時もの魔王染みた格好に戻り、深呼吸を一つすると、テンパってどうやって出したか分からない“絶望のオーラlevel1”を垂れ流しながら覚悟を決める。

 

使う魔法を頭に浮かべ、ドアノブへと手を掛けた所で、モモンガはピタリと止まった。

 

 

「……泣いている、のか?」

 

 

ギィィ、と音を立てて開くドアの先には、鎖に繋がれたみすぼらしい姿をした少女が居た。

向こうも来るとは思っていなかったのだろう、自身の感知を阻害する魔法を使っていたため、それは当然だ。

 

突然の事態に声も上げず、泣き腫らした顔でモモンガを見つめる。モモンガもモモンガで、思っていた展開と全く違うため、少し戸惑っていた。

 

だが、その姿には、不思議と似通ったものがあった。

 

 

「……お前、名前は?」

 

「…………ぇ、ぁ、い、インベルン」

 

「インベルンか。……いいか、一度しか言わないぞ」

 

 

モモンガは、自分でも気づかない内にそう切り出していた。

オーバーロードのモモンガの姿を見て震える少女へと近付くと、膝をつき、手を差し伸べて言う。

 

 

「私と共に来ないか?」

 

 

 

 

 

――モモンガさん。よければ、私と共にギルドを創りませんか?

 

 

 

 

その手は、かつて彼自信が差し伸べられた手によく似ていた。

 


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