かつて英雄と呼ばれた魔王 作:ナイツ
「あれは……国か?」
時間はおそらく深夜。
戦士を背負ってしばらく歩くと、盆地の様な場所に大きな外壁に囲まれた町を見つけた。
肉体的な疲労はアンデッドなのでまったくないが、精神的に疲れたモモンガは何処か落ち着いた所で休みたいと思っていた。
別にログハウス(陣地作成)を使用しても良いが、ユグドラシル産の物は、万が一プレイヤーに見られた時に誤魔化す事が出来ない。
それに、この辺りの地理を知りたいと考えていた所だ。この町ならば地図の一つくらいあるだろう、と考える。
「この姿だとダメだな。一応能力値偽装も使用して――」
アイテムをゴソゴソと漁りながら、やらないといけないことを改めて感じて、モモンガはため息を吐いた。
◆
ガチャリ、とドアが音を立てて開くのを聴いて、少女は目を覚ました。
暗闇の中で目を向けると、赤色のペンキをぶちまけた様な髪をした少女が、ふんふんと鼻唄混じりに近付いてくる。
「やっほー、インベルン。元気ぃ?」
「エリザ……」
反射的に逃げようと身体が動くが、自身の手足へと視線を向けて自然と諦めた。
――手足には、肉を貫通するように鎖が巻き付いていたからだ。
床に座ったままのインベルンを、エリザは見下すように眺める。
睨み付けるように見上げるインベルンを見て、思わずつり上がる口の端を両手で恥じるように包むと、エリザは言った。
「ふふっ、まだアタシに従う気はないようね。インベルン」
「……何度も言わせるな。私は貴様には属さん」
「――ねぇ、インベルン」
インベルンの近くに身を下ろしたエリザは、みすぼらしい服から出ているインベルンの脚をゆっくりと撫でた。
生理的な嫌悪感を感じて身をよじらせるが、その度にずれる鎖の痛みに顔を歪ませる。
「貴女は“吸血鬼”よ。人間じゃないわ」
「…………」
「化け物は化け物らしく。本能的に生きなきゃ。……そう思うでしょ?」
「ッあ?!」
ブチり、という肉が破ける感覚に、インベルンは痛みで目を見開いた。
エリザの鋭い爪が、インベルンの脚の肉にゆっくりと沈み、傷口をグチュグチュと掻き回す。
「ギッ、ィ、アァァアぁッ?!」
「あぁ、良い、良いわぁ。インベルン、やっぱり貴女が欲しい……」
痛みに叫ぶインベルンを濡れた眼で眺めると、エリザは指を抜いた。
血に濡れる指を口にくわえると、味わうように舐め回す。
その光景にインベルンがゾッとするが、エリザは笑って言った。
「あら、吸血鬼なら当然の事よ」
「違う、私は、私は――」
「――人間なら、そんな速度で傷は治らないと思うけど?」
何も言えず呆然とするインベルンに背を向けると、エリザはドアへと向けて歩き出した。
「じゃあね、また来るわ」
音を立ててドアが閉まると、また静寂が訪れる。
――誰か、――。
少女の小さな泣き声が、真っ暗な空間に聴こえていた。
◆
「……何だ、この国は」
中に入ろうと門に手を掛けたとき、モモンガの感知に反応があった。
中からは人間の気配はなく、無数のアンデッドの気配があったのだ。
そして。
「おい、そこのお前」
「うげ、バレてた――違う違う、こっちに敵意はないです!」
姿を現すと同時に構えたモモンガを見て、冒険者服を来た青年は青ざめた顔で手を降った。
だが、モモンガが構えた理由は敵意からではない、それは――
「(あれは確か、マネーアイテムの――)」
マネーアイテム。
簡単に言ってしまえば、課金で手に入るステータスが高めの武具だ。
特殊なスキルが付かない変わりに、ストーリーの中盤まではそれでごり押し出来ると、ユグドラシル初心者が好んで買うことが多い武具シリーズ。
その内の幾つかを、その青年は身に付けていた。
「では、何か用かね?」
「いや、えっと、実は――」
ぐぅぅ。
会話を遮るようになった音に、二人の空間は凍結した。
恥ずかしいのか、頭をポリポリと掻きながら青年は苦笑いを浮かべる。
「分かった。中に酒屋があるだろう。そこで何か食べよう」
「本当ですか?ありがとうございます!」
やった!と喜ぶ青年を見て、モモンガは不思議に思う。
レベルが70以上の者であれば、感知や探査のスキルも上位の物を会得するはず。中でさまようのがアンデッドだと気付けなくとも、中の異様さには気づくはずだ。
「(もしやコイツ、低レベルプレイヤーなのか?)」
上機嫌で門に手を掛ける青年を見ながらモモンガがそう考えていると、そういえば、と言って青年が振り向いた。
「自己紹介がまだでしたね。俺の名前、アッシュって言います」
「アッシュか、よろしく。私は――モモンと呼んでくれ」
モモン。
アッシュの目の前に立つ中肉中背の男は、そう名乗った。
〰〰
月明かりの光しか照らしていない道を、モモンガとアッシュは歩いていた。
時おり聴こえる腹の鳴る音以外は、人の声や生活音等は聞こえない。
アンデッドは居るには居るのだが、二人を避けるようにして動いている以外は、特に何もしてこない。
「(誘われているな)」
何者かの思惑を感じる統率に、モモンガはそう感じていた。
タイプからしてリッチ系か、吸血鬼系かと予想を付ける。使用可能の魔法を頭の中で確認していると、隣に居たアッシュが声を上げた。
「モモンさん、あの家でかくないですか?」
「うん?」
指差す方向を見れば、ぼんやりと照らす外灯が、一軒の豪邸を囲むようにして灯っている。
明らかに罠と思えるその様子に、モモンガはどうするかと悩んでいるとアッシュが鼻をならした。
「……何か旨そうな匂い、食い物があるかも!」
「あ、おい!」
無警戒に突き進むアッシュを呼び止めるが、それを無視して進むアッシュ。
だが、次に彼が言った言葉で、モモンガの意見は変わる。
「中に何か金目の物でもあるかも!」
金目の物。
高級品。
地図。
「行こうか」
仕方ないな、うん仕方ない。
アイツ、どんどん先いっちゃうもんな、監視しとかないとな、うん。
そんな、誰に向けたか分からない言い訳染みた事を心の中で思いながら、モモンガも豪邸へと入っていった。
――そんな二人を、エリザは暗闇から眺めていた。