かつて英雄と呼ばれた魔王 作:ナイツ
――人が何かを怖れ、警戒する理由、それは何だろうか?
細かく分ければ数限りないが、たった一つでまとめるならば、それは“見た目”だと言える。
例えば大きさ。
生き物は己より大きな他の者を本能的に怖れる、警戒する。
例えば容貌。
自分達とは違う見た目であり、それが己に害をなすかもしれなければ、それは警戒の対象だ。
まぁ、そんなこんなで、人が怖れる、警戒する理由なんてものは第一に“見た目”だと――個人的には言える。
時間は夜。窓から差す薄い月明かりが、部屋の一部を照らしていた。
「…………」
帰った家の自室で、灯りを点けず、部屋を暗くしたままモモンガは一人考えていた。
それは、肉体の無いまま入団、行動するか否か。
リグリットからかなりの強者として、“英雄団”には話が通されるだろう。なら、少しは強めに出ても単独、または少数での行動が許されるかもしれない。
事実、リグリットは勧誘としてこの街に単独で来ている。
「……ダメだな」
そこまで考えても、何処か納得の出来ない部分があった。理由は分かる、解決の仕方も……分かる。
「モモンさん?」
キィ、と音を上げて扉を開けてインベルンが顔を覗かせる。
不意の事に少し何も言えずに居ると、インベルンが焦ったように言う。
「も、申し訳ありません。ノックはしたのですが、何か呟かれていた様子で返事が返ってこず何事かと……」
「そうか。ノックし――何か呟いてた?」
「え、はい。はっきりとは聞こえませんでしたが」
そっかー、そうかぁ。
誤魔化すようにあははと笑って目線を逸らす。……そうだ、ちょうど良い。
お前の意見を聞きたい、と言うと小首を傾げながらも勧めた椅子に相対して座った。
次の言葉を待つ彼女に、内心で一息吐いてから切り出す。
「明日から合流する英雄団の事なんだが、少し考える事があってだな」
「はい」
「おそらく私が、“特殊な人間”であることは既に気付かれている。……そこでだ、この仮の姿で過ごすべきか、それとも本来の姿に戻すべきか、どちらが良いと思う?」
「本来の姿かと」
即答だった。
マジでか、と少し驚いていると、インベルンが口を開く。
「失礼を承知で言いますが、
「……そうだが?」
何を言っているんだ?と思っていると、更に続ける。
「ですが先程、“特殊な人間”。自分の事を、
あ。
「昼の戦いの際、あの女が言っていた“プレイヤー”、それと関係があるのですか?……おそらく、アッシュも」
「……何故、そう思う?」
「モモンガ様の様な容姿の者を見たことも聞いたことも無いことが一つ。アッシュ程の年齢の者が、あんな異常な力を持っている筈がありませんから」
「――」
そうだ。そうだった。
異常なのだ。モモンガとアッシュは。
少なくとも、“国堕とし”とまで言われる化け物を一人で退治できる程には。
「モモンガ様は、“プレイヤー”とは、一体どのような者なのです?もし、差し支えなければ教えていただけませんか?」
――どうする。
考える、考えろ。インベルンに“ユグドラシル”の事を教えて、どうなるか
いつの間にか月明かりも無くなり、光源一つ無くなった暗い部屋で静寂が二人に降りる。
考え、そして悩むモモンガに、インベルンが口を開いた。
「――私の事も、信じて貰えませんか」
「……え」
「いつも、何かを隠している節がモモンガ様にはあります。初めて出会った時から。
確かに、モモンガ様程の腕の方ならば、様々な出来事を経験されたのでしょう。他人の事を、簡単には信用出来ないでしょう
ですが、そのように苦悩される程であれば、どうかその荷を私にも分けてはくれませんか?」
一息で言った後に、はぁっ、と深く息を吐くのが分かった。
真っ直ぐ、真っ直ぐに此方の目を見つめるインベルンに、何も言うことが出来なかった。
何故アッシュを、他のプレイヤーをそこまで気にして、尚且つ対策を講じ、警戒するか?
簡単な事だ。
この世界で最も、
例えば武器、例えば魔法、例えばスキル、そしてワールドアイテム。
白銀の騎士と出会った時と同じ、恐怖を感じる。
ゲームとは違う。死ねば、本当に死んでしまうのだ。
――たった一人で。
「大丈夫です、モモンガ様」
いつの間にか、インベルンが近付き、優しく手を包み込んでくれていた。じんわりとした温もりが、モモンガの恐怖をほどいていく 。
「私は、絶対に何処にも行きませんから」
「――……」
その言葉に、何も言えなかった。
“鎮静化”を伴うエフェクトが、ぼんやりと身体を覆う。
勿論、アッシュも。と彼女ははにかんで笑い、続ける。
「頼れる仲間が居ないなら、まずは私が、その一人目になります。アッシュが二人目で、どんどん作っていきましょう!」
インベルンの言葉に、何も言い返せない。頭の中で色々とぐちゃぐちゃになっているが、そんなもの関係なしにインベルンは続ける。
「私はこの先、“国堕とし”としての罪を清算するため、世界を旅します。……モモンガ様は、どうされますか?」
言葉を促され、何を言うべきか詰まる。固まった身体に、インベルンが顔を覗き込むように近付く。
「
少しの間を置いて、改めてインベルンを見直す。初めて出会った時とは、随分と変わった。
人見知りがちで、気弱な性格ではなくなった。吹っ切れた、というのが正しいのだろうか。ヤル気に満ちた、快活な顔をしている。
この世界に来る前を思い出す。
“ユグドラシル”が終わるとなって、無気力気味だった自分の事を。
――決めた。
「ありがとう、インベルン」
頭を撫でれば、嬉しそうに眼を細める。革の手袋越しの骨の感触しかしないだろうに、本当に嬉しそうに。
「私は、――俺は、この世界を冒険したい。世界中の、隅々まで」
「はいっ!」
簡潔ながらの、拙い決意表明であったが、インベルンは賛同するように喜んだ。
それに応えるように、モモンガはよし、と立ち上がる。
「そうとなればやることがあるな。多いが一つ一つこなして行こう。先ずは人間らしく振る舞う事だ。この身体だとどうにもアンデッド寄りになる」
「そうですね……。肉体の方はありませんが、どうされるんですか?」
「それは前々からの考えがある。ふふふ、びっくりするぞ、インベルン。腰を抜かすなよ?」
「楽しみにしておきます。……それより、一つよろしいですか?」
「ん、何だ?」
うきうきとした気分で振り返れば、インベルンが苦笑いで空間を指していた。
「灯りを点けるのを日常的に行うことも、お忘れなく。部屋、真っ暗ですから」
初めて出会った時、その見た目の恐ろしさに震え上がった次に、感じた事があった。
此方の事を、同情するような目を。――虐げられる事を、知っている目を。
「私と共に来ないか?」
言葉とは違って何処か不安そうな声音で差し出された手。
――その手を掴むのに、私に躊躇いは無かった。