かつて英雄と呼ばれた魔王 作:ナイツ
結果は呆気ないものだった。
「さぁー、帰った帰った! 今日はもうお仕舞いだよ!」
パンパン、と手を打ち鳴らしてリグリットは人垣へと声を掛ける。
その言葉を受けて、一人、また一人と人垣が崩れていく。「良い勝負だったぞー」、「惜しかったなー」等の声も聞こえるが、生憎と頑張った本人達には届いていない。
ダウンしている二人を介抱し、日陰の落ち着いた場所へと寝かせる。……気絶だけで、特に後遺症は無さそうだ。
「――二人共入団で良いよ。雑用だけどね」
リグリットの言葉を、初めは何を言っているか理解できなかった。そんな様子のモモンガに、リグリットは笑う。
「なんだい、不満かい?」
「いや、まさか合格にするとは思わなくて」
「“合格”とは言ってないよ。前線には出さない。雑用として使うだけさ」
「なるほど……」
まぁ、と一言置いて、リグリットは続ける。
「アッシュもお嬢ちゃんも、どちらも素質は優秀だよ。後は戦い方を仕込んでやれば良いだけさ」
「……それだけですか?」
「……はぁ。そこのお嬢ちゃん、只の人間じゃあないだろう? 他人の素性は詮索しないのがモットーなんだけどね」
「このまま野放しにしたところで、結局はろくな目に会わないのが見えてる。なら、保護者のアンタと一緒の方が良いだろう?」
リグリットの言葉に、今更ながらインベルンの容姿をまじまじと見直す。
紅い瞳、白い肌、特徴的な八重歯。確かに普通の人間とは変わっているところが多すぎる。
「(盲点だった。くそ、確かに言われればそりゃそうだ。ダメだな、アンデッドだとそういう“常識”に疎いのだろうか……)」
何か仮面的な物で隠すのが良いのだろうか。でも持ってるの嫉妬マスクくらいだしなぁ。着けてくれるかな。
あっただろうかと、持ち物をぼんやりと思い出していると、さて、と手を軽く打って彼女が言う。
軽い口調とは反対に、眼を好戦的にして。
「ところでモモンさん。一つアンタとも手合わせしたいもんだね」
「私は入団の筈では?」
「よく有りがちなランク付けだよ。因みに私はリーダー以外には負けたことがない。素手ゴロではね」
「……つまりはNo.2ですか」
「そういうこと。勝負の内容はシンプルに、先に相手に有効打を与えた方の勝ちって事で」
言うが同時か、リグリットが構える。先ほどのアッシュ達と戦ったときとは別人の様に、ピリピリとした空気がモモンガに突き刺さっていた。
殺すなら時間は掛からない、だが負けを認めさせるなら話は別だ。
さて、どうするか。
「言っておくけど、戦わない、は無しだよ。そんなことしたらさっきの話は無かったことにするからね」
「分かってますよ。ただ……」
構えている相手には下手に攻撃した所で耐えるか避けられる。ならば。
相手から攻めさせれば良い。
「――どうやって貴女を倒すか、考えていたところですよ」
「……へぇ」
リグリットの空気が僅かに変わる。先程までの此方の動きを観察する気配が、僅かだが揺らいだ。
身体から力を抜いて、リラックスした状態でリグリットと向かい合う。簡単に言えば、“此方はお前をナメてるぞ”という意思表示だ。
「(この手の挑発は散々教わったからな。……よし、これで向こうが攻めて来るのを待――)」
「――あー、忘れてたわ。こりゃあ失敗失敗」
突然。
突然思い出したかのように片手を額に当て空を仰ぐリグリットに、モモンガは戸惑いつつも警戒を強めた。
あれだけ漂っていた敵意と闘志が、さっぱりと消えている。
一歩一歩、ゆっくりとモモンガへ歩を進めながら、リグリットは口を開く。
「リーダーに、異様に強い奴に会ったらこう聞けって言われてたの、忘れてたよ。あはは」
緊張感のないその言葉とは裏腹に漂う空気に、モモンガは思わず構える。
なんだ。コイツは何が言いたい?
無い筈の心臓がばくばくと鳴る。無い筈の肌が粟立つ。嫌な予感がする。此方から仕掛けるか?
――そんな考えが頭を走るなかで、あの
「アンタ、“プレイヤー”?」
時間が止まった。
喉に何かがつっかえて、上手く言葉が吐き出せない。
コイツは今なんて言った?
プレイヤー。
――“リーダーに、強い奴に会ったらこう聞けって言われてたの、忘れてたよ”
視界が大きくぶれるのを感じて、モモンガははっと意識を取り戻した。
目の前には脚を振り上げたリグリット。そしてその脚は、自分の首もとへと伸びていた。
幾秒かの間が開いて、リグリットはガッツポーズを決めた。
「っし、 アタシの勝ちだね!」
「……っぁ」
「なんだい、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔してさ」
ケラケラと楽しげに笑うリグリットを横目に見ながら、モモンガは鎧に着いた汚れを手で払う。正確には、そのフリだが。
「(確定だ。コイツら、“英雄団”のリーダーはプレイヤーだ)」
現状分かる情報は、少なくともリグリットよりは強いこと。下手をすればレベル100の可能性もある。
いきなり襲いかかってくる事はないと思うが、警戒しない理由はない。
だが、入団はもう決定された事だ。自分で決めた以上、ここで急に断ってしまえばそれこそ疚しい事があると知らせていることになる。
それに、此方がプレイヤーに関係する何かとはバレたようでもある。
なら、下手に騒がず、大人しく従っている方が良い筈だ。
モモンガがそう頭の中で算段をつけていると、リグリットがさて、と嬉しげに声を上げる。
その声に気が付いたのか、気を失っていた二人も、何事か唸りながら身を起こした。
「なら、身支度もあるだろうし、今日は一旦解散だね。明日の朝、迎えに行くからそれまでに準備しておいてよ?」
「あぁ、分かった」
まだ満足に動けない二人に肩を貸しながら、モモンガは肩越しに振り向いて返事する。
二人が何か言いたげにしていたが、良いから任せておけ、と強引に引き摺って帰路に着いた。