かつて英雄と呼ばれた魔王 作:ナイツ
“ユグドラシル”
圧倒的なスケールを誇るバーチャル世界と、その中での自由度で爆発的な人気を博したオンラインゲーム。
そのオンラインゲームとしては長寿ともいえる期間を経て、今日で終わりを迎えることとなった。
「――これで、全員かな」
ふぅ、と“オーバーロード”であるモモンガは一つ息を吐いた。それは疲れから来るものではなく、物事を達成した事による満足感からだ。
モモンガのしたことは、NPC達一人一人に会いながら、ゆっくりと一階層ずつ上がる。ただそれだけだ。
彼等を作成した時の事を思い出しながら見て回るのは、思ったより感慨深いものがあった。
だが、まだやり残した事がある。と一歩、自らのギルド拠点であるナザリックから外に出る。
“飛行”を発動し空へと飛ぶと、毒の沼地を抜けてゆっくりと後ろを振り向いた。
静かな毒沼に囲まれた、ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”の本拠地であるナザリック大墳墓は、確かにそこに存在していた。
――色々、あったよなぁ。
ナザリックを見つけた際の事を思い出す。
ギルドを立ち上げた事。協力しあい、お互いに信頼できる仲間が出来たこと。
色々大変なこともあった。仲間内で揉めたりしたこともあった。
だが、何より。
「楽しかった」
楽しかった。そんな一言に、全てが詰まっていた。
始まりは劇的なものではなかったが、あの時の事は今でも覚えている。
――誰かが困っているなら、助けるのは当たり前!
当時流行っていた、モモンガ達異形種をPKする『異形種狩り』、それからモモンガを助けてくれた彼、たっち・みーと出会ったところから、全て始まったのだ。
堂々と自分の意見を言える彼の強さに、モモンガは憧れた、惹かれたのだと改めて感じた。
ピッ。と設定した腕時計型のタイマーが鳴る。サービス終了時刻の数分前に鳴るようにしていたのだ。
――結局、最後に会いに来てくれたギルドメンバーはヘロヘロ以外来てはくれなかった。
「……次、何するかなぁ。……全然分かんないや」
自嘲気味に笑って、目に焼き付けるように、再度ナザリックを見渡す。
自分が過ごした、宝物といっても良いもう一つの我が家を。
「……元気でな」
明日は朝早かったっけ、早く寝なきゃな……。そう思いながら、モモンガはゆっくりと目を閉じた――
――数瞬後。
「っお……ッ?!」
突然の浮遊感に、モモンガは大きく目を見開いた。
バタバタとはためく自分の装備服と、自分を照らす大きな満月を見て、自分が背中から落下しているのを理解する。
突風とも言える風が、背中から叩き付けられる様に吹いていた。
落下していく感覚に、急いで背後を見れば、一面の草原がモモンガを迎えていた。
「おおぉお?! ふ、“飛行”‼」
無我夢中で“飛行”を発動させる。
ゲーム内では感じたことのない感覚に頭を傾げつつも、ゆっくりと草原へと着地する。
着地してすぐ、モモンガは不可視の魔法と探知阻害の魔法を起動させた。
ここが何処か分からない以上、下手に強いモンスターと遭遇すると面倒だからだ。
「……これは、一体どういう?」
分からない。
“ユグドラシル”の殆どの地帯を探索したと思うが、こんな場所は無かった筈だ。
あくまで記憶の範疇での推測なので、絶対とは言い切れないが。
取り敢えず、とメニューであるコンソールを起動させるが、何時もの様に空中に現れない。
GMコールも、その他の“ユグドラシル”へとアクセスする行為全てが、完全に沈黙していた。
それを理解して、モモンガの背筋が凍りつく。強制ログアウトも出来ない状態で、何処か分からない草原に放り出されたこの状況、冷静になれと言う方が難しい。
「何で、何でだよ?! 一体何が……っふぅ……」
急に訪れる、沸き上がった感情を根こそぎ削り取られるような感覚に、モモンガは漸く冷静になれた。
だが何をどうすれば良いか分からないまま、モモンガは一人呟く。
「取り敢えず、歩くか。何処かに他のプレイヤーがいるかもしれない」
――その者が、敵か味方かは分からないが。
◆
分かった事がある。
「“火球”」
「ゴアァッ?!」
モモンガの突きだした手のひらから放たれた“火球”に、火だるまになりながら一体のモンスターが倒れた。
確か下級の魔獣系のモンスターの一種だったか、とモモンガは記憶を探った。
一つ。今居るこの世界は、現実のものだということ。
“ユグドラシル”では無かったモーションや、物を触ったりした際の感覚全てが、現実の物と大差なかった。
――何故、骨の身体で触覚があるかは分からないが。
そして、もう一つ。
「確かコイツはレベル10程度の雑魚だった筈だが……、コイツらが弱いのか?」
草原の外れにある森の中、一つの巨木に寄りかかる様に倒れている男達を、モモンガはしげしげと眺める。
兵士の様な格好をしたそれらは、身体の所々がグシャグシャにへしゃげ、元は純白であろうマントは、自身の血液で赤黒く変色していた。
死体を見た際の恐怖等は、全くと言って良いほどに感じない。そういう置物、という感想が沸く程度だ。
これがまだ、ゲームだと思っているからだろうか?
二つ。この世界の生き物は、(現時点では)はっきりと言って弱い、ということだ。
「コイツらが特別弱いのか? いや、さっきの言動を見るにかなりのやり手の筈だが……、うーむ」
コツコツと自分の頭を触りながら頭を捻るが、はっきりとした答えが出ない。
取り敢えず、弱い奴が多い。と答えを出した所で、モモンガは目の前の兵士が何か言っていることに気付いた。
不可視と探知阻害が切れたか。と確認するが、魔法の効果は持続している事を感じる。
何故コイツは感知した?とモモンガが警戒していると、兵士が言った。
「誰かは、分からないが……、俺達を、国まで、運んで、くれないか……、頼む。頼むよ……神様」
モモンガの感知能力で理解できる程度の声量でそう言った後、兵士はガクリと力尽きた。
何故見つかったか分からない上に、更にはタクシーの様な頼まれ事をされ、モモンガは頭を抱える。
「……別に良いだろう、放っておこう」
助けたとしても、対した利益も無さそうだし、と理由をつけて。
そう自分に言い聞かせるように呟いて、兵士達とは逆方向へと行こうとしたとき、脳内に言葉が響いた。
――誰かが困っているなら、
「…………助けるのは当たり前。か」
思い出すのは、あの時。モモンガがPKされる直前で助けてくれた彼、たっち・みーの事。
――彼なら、コイツらの事を助けるだろうか。
「助けるだろうな、あの人なら」
クルリと逆方向へと足を運び、“無限の背負い袋”からポーションが入った瓶を取り出す。他の兵士は死んでいるが、彼ならまだ助かる。
グシャリと手荒に蓋を握り砕き、ポーションを鎧の上からバシャバシャと2~3本振り掛ける。
体力がある程度回復したのを確認して、モモンガは男を背中に担いだ。まだ完全には回復していないため、意識がはっきりとしていないが。
さぁ、行こうとモモンガが歩きだした時、男が言う。
「待ってくれ、……仲間も、助けてくれないか」
「…………彼らはもう死んでいる。私が出来るのは回復だけだ。死んだ者を生き返らせる事は出来ない」
「そうか……。なら、せめて、供養をさせてく、れ」
それきりぐったりとして動かなくなった男、体力が尽きたのだろうと理解して、――少しの間の後、後ろを振り向く。
本当は死者の蘇生を出来るアイテムを持っているモモンガだが、それは黙っていた。
生き物を殺せる者と、死者を蘇らせる者、どちらが重要視されるか、危険視されるかは考えなくとも直ぐに答えは出る。
だから、せめてもの手向けとして。――仲間の事を考える、そんな男への賛辞として、モモンガは手を死んだ兵士達に突き出す。
“豪火球”
ゴウッ、と業火渦巻く火球が、力尽きた兵士達に直撃する。それは鎧、肉、骨の順で燃やし尽くし、灰に至るまで燃やした。
辺りの木々が燃え上がる中、モモンガは漸く歩き出す。
「――これで良いんですかね、たっちさん」
ぽつりと呟いたその言葉は、誰にも届かないくらい小さく、か細いものだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。