プルフォウ・ストーリー   作:ガチャM

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舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心とした、ミネバ・ザビ、プルツー、プルシリーズたちが織り成すストーリーです。※Pixivにも投稿しています。


第9話「発進準備」

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 ブリーフィングルームでは、姉プルツーによる最終訓練に関する説明が始まっていた。テーブルには姫も座っていて、熱心に説明を聞いている。

 

「本日は仕上げとして、姫様に実戦を模した訓練を行なって頂きます」

「実戦を模した? それはつまりファンネルを使うということだな!?」

 

 姫が、ぐぐっと机に身を乗り出して言った。紅茶のティーカップがわずかに揺れる。

 

「そのとおりです。訓練宙域に無人標的機を配置しています。ミネバ様がファンネルを使う判断をされれば、ご自由に使って頂いてかまいません」

「それは楽しみだ! 私はいちどオールレンジ攻撃というものをしてみたかったのだ!」

 

 ついに憧れていたファンネルを使う機会が訪れ、姫の声は期待に高揚していた。

 

「ミネバ様が、今回の操縦訓練に満足なされば、我々親衛隊も喜びに堪えません」

「その言葉、嬉しく思う。聞くのだが、ファンネルを使うにはターゲットを思い描き、ファンネルと叫べばよいのか?」

「仰るとおりですミネバ様。プルフォウそうだな?」

「は、はい! そのとおりです!」

 

 プルフォウは慌てて返事をする。この日のために、姫様が自らファンネルを操っていると錯覚するようなプログラムを、連日遅くまで作成してきたのである。

 

「プルフォウ、少し顔色が悪いようだが寝不足か? また酔ってしまう、ということはないだろうな?」

「はい、大丈夫です! 酔い止めの塩酸プロメタジンを飲みましたし、姫様の操縦テクニックは素晴らしく向上されていますので!」

「世辞は良い。照れるではないか」

 

 ミネバ姫は顔を赤くしながらも、まんざらではない様子だ。

 プルフォウは初日には失態を演じてしまったが、サイドシートを改良し、揺れを打ち消すリニア機構を取り付けたので、もう酔うことはないはずだった。

 

「ミネバ様の才能には、私たち親衛隊一同驚いております。さすがは闘将ドズル閣下の御令嬢、ザビ家の後継者であられると」

「その言葉、ハマーンの前でも言って欲しいものだ!」

 

 プルツーお姉さまもずいぶん世辞が上手くなったと、プルフォウは思わざるを得なかった。

 

「……とんだ茶番です」

 

 ボソッとイレブンが言った言葉をプルフォウは聞き逃さなかった。

 

「さてフライトプランですが、アクシズを発進後、ミネバ様には速やかに訓練宙域に向かって頂きます。訓練宙域に進入されましたら、順番にウェイポイントを通過し、全ての標的を破壊して時間内にお戻りください。わたしとイレブンは開始地点で待機しております」

「それは本格的だ。ファンネルの使い甲斐があるというものだな。行け! ファンネル!」

 

姫は年頃の子供そのままに、いまは威厳を脇に放り出してはしゃいでいる。

 

「よし、私はノーマルスーツを着てくる! 皆も準備をしておくのだぞ」

 

 姫は跳ねるようにして専用のロッカールームへと歩いていった。

 プルフォウは、その姿を愛らしく思い、しばらく見惚れてしまった。彼女はこの三日間、姫に付きっ切りで操縦をレクチャーしていたが、可愛らしいミネバ姫が愛おしくてたまらなくなっていた。

 これが母性愛というものだろうか? あるいは別の感情かもしれないが、ともかく姫をぎゅっと抱きしめたい。ノーマルスーツを自分が着せてあげたい。無礼だとは思いつつも、しばし姫様の体の柔らかさを妄想してしまう。

 

「プルフォウ、ミネバ様に気付かれないように、うまくやってくれよ?」

「あっ? は、はいっ! 大丈夫ですプルツーお姉さま!」

 

 空想にふけっていたところに、いきなり姉プルツーの怖い顔が眼前にせまり、声が少し上ずってしまった。

 

「その言葉、信じるぞ」

「でもプルツーお姉さま、よろしいのですか?」

「ん? なんだイレブン」

「この訓練に合格すれば、姫様は正式なパイロットになれるとお考えなのでは?」

 

 イレブンが姉プルツーに懸念を伝えた。確かに姫様の最終目的は、パイロットとして前線にでることなのである。

 

「イレブン、お前の心配は分かる。でも、よくあるだろ? 形だけの名誉職が。ザビ家の功績を讃えて名誉パイロットということにすればいいさ。いま上層部にかけあっているところだ」

「お姉さまは、そこまで考えて」

「あたしだって苦労してるんだよ。だからお前たち、最後まで気を抜かないように頼むぞ」

「わかりました」

「今日の訓練が無事に終われば、ようやく肩の荷が降りるな。……そういえば、プリフライトチェック用のデータはまだ届かないのか?」

 

 フライトの前には、必ず作戦宙域のミノフスキー粒子の濃度や、デブリや隕石の数を観測したデータを確認しておかなければならない。そのデータが、まだ届かないのだ。

 

「私がみてきます」

「遅くなりまして申し訳ありません! 観測班からのデータをお持ちしました!」

 

 イレブンが部屋を出ていこうとしたとき、焦った声とともに、末っ子のプルトゥエルブが小走りで部屋に入ってきた。手にはコンピュータ・パッドを大事に抱えている。トゥエルブはまだ見習いなので、雑用や連絡係なども務めているのだ。

 

【挿絵表示】

 

「トゥエルブ、遅れてはだめです。もっと余裕をもって行動しなくては。そんなことでは、不測の事態に備えることなどできませんよ」

 イレブンがトゥエルブを叱った。親衛隊として軍人として、時間は厳守しなくてはならないのである。

 

「申し訳ありません! 今後、注意致します!」

「気を付けてくださいね?」

 

 イレブンが、ちょっと先輩風を吹かせて注意するのがプルフォウにはおかしかった。だって全然似合わないのだ。

 

「トゥエルブ、ご苦労」

 

 姉プルツーがトゥエルブからコンピュータ・パッドを受け取り、画面のタッチパネルを手際よく操作しながら言った。

 

「はっ! 本日の訓練宙域は、少し隕石やデブリが多いようです。ミノフスキー粒子の濃度は標準です」

「そうか、デブリは気になるな……。ミネバ様がぶつかってしまわれないように注意が必要だな?」

「仰る通りです!」

 

 トゥエルブは直立不動で立っているが、窓越しにみえる最新鋭のモビルスーツに目を奪われたようだった。

 

「あれは《キュベレイG型》」

「そうだ。トゥエルブも乗ることになる。もうシミュレータでは乗ってみたんだろ? お前の感想を聞かせてくれ」

「はっ! サイコ・マシーンとしてのポテンシャルはかなりのものです。プロトタイプと比較して、搭載するファンネルの数が増加したことにより継戦能力が高まりました。また欠けていた打撃力も、追加装備されたアクティブ・カノンによって補われています。繊細すぎた操縦系も少しマイルドになっていると感じます」

「うん、的確だな。私も同じ意見だ。兵器としての完成度は確実に向上している。今日のフライトでは量産三号機を飛ばして、設計通りの性能を出せるかチェックするつもりさ。早くこいつを使えるようにしないとな?」

「自分もこれからシミュレータに乗る予定です!」

 

 トゥエルブに力が入り過ぎているのは、誰が見ても明らかだった。

 

「トゥエルブ、お前は午後から非番なんだろ?」

「は、はい」

「だったら休息も必要さ。アイスクリームでも食べに行ってきな」

「アイスクリームですか?」

「知ってるだろ?」

「は、はい! アイスクリームとは牛乳を主原料とした氷菓です。製造方法は、牛乳を冷やしながら攪拌し、空気を含ませてクリーム状とした上で凍らせます。砂糖やバニラを添加し、味付けと風味付けをします」

「そうだ。冷たくて甘いやつさ。美味しいからお前も食べてみな」

「はっ! 隊長のご命令とあれば」

 

 緊張で硬くなっているトゥエルブにプルフォウは苦笑してしまう。まるで少し前の自分を見ているようだったからだ。

 

「トゥエルブ、街にアイスクリームが美味しい店があるのよ。今度一緒に食べにいこう? みんなでね」

「ありがとうございます、プルフォウお姉さま! 楽しみにしています!」

 

 トゥエルブは敬礼すると、踵を返して格納庫から出て行った。

 

「真面目だなトゥエルブは。いいことだが、もう少しリラックスしたほうがいいな」

「親衛隊に入隊して、まだ一週間ですから仕方ありません。ファイブみたいに、いい加減な性格よりは……あ、姫様の準備が整ったようです」

 

 見上げると、すっかりノーマルスーツを着込んだ姫が跳ねるようにして近づいてくるのがわかった。

 

「さあ皆のもの、最終訓練開始だ!」

「了解です、姫様!」

 

 姫の号令一下、姉妹三人は、それぞれのモビルスーツのコクピットへと飛翔した。

 

 

      ※

 

 

 プルフォウはコクピットハッチを開いて、姫と一緒に《キュベレイ》に乗り込んだ。姫がリニアシートに座るのを手伝ったあと、狭い空間で身体を折り曲げてサイドシートに座り、ノーマルスーツのバックパックをシートの窪みにはめ込んで固定すると、折りたたまれたコンソールのパネルを展開した。

 

「姫様、メイン電源を入れてください」

「了解だ」

 

 姫がコンソールパネルのスターター・スイッチを押してシステムを始動させた。このあとは核融合炉を起動させる必要があるが、手順を間違うと大変なことになるから、プルフォウは姫から手順を引き継いだ。

 

「メイン・ジェネレーター起動」

 

 外部電源車両から供給された電気を取り込んで、核融合炉が低い唸りをあげ始める。機体の胴体部に搭載されたミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉の内部では、ミノフスキー・フィールドによって封じ込まれた超高温、超高密度のプラズマによって、重水素とヘリウム3による核融合反応が起こり始め、その宇宙に輝く恒星と等しい反応からは莫大な熱が供給された。そして、その熱は熱電変換器によって電気エネルギーに変換されて、スーパー・コンデンサーに次々と溜め込まれていった。最終的にコンデンサーから機体全体のフィールドモーターに電力が行き渡ると、メイン・センサーである『モノアイ』の、まるで生命の息吹を感じさせるような独特の起動音が格納庫に響いて、《キュベレイ》は律動と共に眠りから目覚めた。

 

「これからメイン・スラスターを始動させます。作業員はホットゾーンから離れてください。……姫様、お願いします」

「わかった。メイン・スラスターを始動させる」

 

 姫は機体周囲の作業員の安全を確認してから、シートに取り付けられたフットペダルを踏み込んで、熱核ロケット・エンジンをアイドリング状態に持っていった。

 

「燃料ライン、バーニアスラスター可動よし、AMBAC(姿勢制御)システムよし」

 

 続けてセンサーや航法システム、兵装システムのチェックだ。姫は大量のチェックリストをこなすことに苦労していたが、プログラムによるセルフチェックに任せるよりも、重要なポイントは直接確認した方がよいのだ。プルフォウもコンピューターパッドを手にしてシステムチェックを手伝った。

 

「航法・警戒レーダー、赤外線センサー、レーザー・センサーよし。あとは……」

「姫様、サイコミュ・システム正常です」

「そうか。助かる」

 

 姫は全てのチェックリストを終えると、通信スイッチをオンにした。

 

「プルツー、ミネバ・ザビ、キュベレイ01発進オーケーだ」

「了解です。イレブンはどうか?」

『キュベレイ11、問題ありません。いつでも発進できます』

「了解だ。アクシズ・ステーション、キュベレイ01、02、11の発進許可を求む」

 

 ほどなくしてアクシズ・ステーションから発進許可が得られ、姉プルツーの《量産型キュベレイ》を先頭に、三機の《キュベレイ》はカタパルトへと進んだ。ネオ・ジオンのフラッグシップたる《キュベレイ》タイプが三機も揃うのは初めてのことだ。

 プルフォウは、今まさに発進しようとする姉プルツーの《量産型キュベレイ》の背中を眺めた。姉が搭乗するので急遽赤く塗装された機体は、滑らかな外装と耐ビームコーティングによって控えめに輝いている。

 

『カタパルト準備よし!』

 

 カタパルト・オフィサーの掛け声に呼応して、キュベレイ02が両足をカタパルトにのせると、ラッチが可動して両足がただちに固定された。キュベレイ02は腰を下げてリニアモーターによる射出に備える。リニアカタパルトによって、機体は一秒以内に時速五百キロメートルまで加速されるのだ。

 

「プルツー、《キュベレイ》出る!」

 

 発進ランプが点灯して警告音が鳴ると、キュベレイ02は電磁気による猛烈な加速で漆黒の宇宙空間に向けて打ち出された。凄まじい速さで飛び去った機体は、あっという間に見えなくなってしまう。そして、滑走路の先まで移動したカタパルトがスタート位置まで戻ってきて、次の機体にその上に乗ることを促した。

 

「姫様、発進です」

「よし。機体をカタパルトに乗せる」

 

 姫がプリセットされたコマンドを実行させると、《キュベレイ》は数歩歩いて自らカタパルトに乗った。機体に問題はない。全て正常だ。

 

「姫様、システム・オールグリーン。発進できます」

「よし。ミネバ・ザビ、《キュベレイ》出るぞ!」

 

 一瞬のち、身体が後ろに置いていかれるような、凄まじい加速が開始された。速度が速まるにつれて視界が狭まり、前方の一点だけに景色が収斂していく。そして、リニアシートでも打ち消しきれない猛烈な加速Gに姫が呻き声をあげるのを聞く間もなく、《キュベレイ》はすぐさま宇宙空間に飛び出していった。

 

【挿絵表示】

 

 姫は気絶しそうになりながらも、操縦桿をなんとか操作して、姉プルツーが待つポイントに向けて飛行コースを修正した。首を回して後ろをみると、イレブンの《量産型キュベレイ》も発進して、後方に位置していることがわかった。

 

「姫様、これより訓練宙域に向かいます」

「了解だ。……しかしこの発進するときの感覚は、慣れぬものだな」

「はい。わたしもそうです」

「だが、これほど気分が高揚する行為もないだろうな。バイオリンを演奏するのとは、また違った感覚だ」

「アドレナリンのせいでしょう。危険な行為に交感神経が興奮するのです」

「お前たちが魅了されるのもわかる。わたしも、やめられなくなってしまいそうだ!」

 

 姫がそう言っていたずらっぽく笑ったので、プルフォウも思わずつられて笑ってしまった。

 

「本当に、くせになってしまいますよ」


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