プルフォウ・ストーリー   作:ガチャM

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舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心とした、ミネバ・ザビ、プルツー、プルシリーズたちが織り成すストーリーです。※Pixivにも投稿しています。


第8話「企むものたち」

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 その男は一刻も早くアクシズを出て行きたかった。というのも、自分の命がかなり危なくなっていたからである。

 ほぼ確実に死ぬということが、まるで小説の最後のページのオチを読んでしまったかのように確実にわかっているのだ。

 

 男の名はステファン・コレスといい、ネオ・ジオンの財務や経理を管理するのを仕事としていた。アクシズの金を管理していて、予算についてはかなりの権限を持っている。彼はジオン公国時代から金に関する業務を行っていて、その実績からネオ・ジオンでも重要な地位に任命されたのである。

 これまでのところ、コレスはとても上手く仕事をこなしてきた。少なくとも彼はそう自負していた。各コロニーの支援者やスポンサー企業から援助された莫大な金を管理し、地球連邦政府の会計監査局の目が届かないようにマネー・ロンダリングを行い、苦労してネオ・ジオンの資金を増やしてきたのだ。その仕事ぶりは褒められこそすれ、非難されるものではない。

 彼のネオ・ジオンにおける人生は順風満帆に思えた。問題は、給料に不満を抱いた彼が、当然の報酬として運用資金の一部をくすねていたことだった。ネオ・ジオンは、けっして給料を気前よくやるような組織ではないのである。コレスはいつしか、業務より横領に精を出すようになっていた。

 数年間不正と横領に励み、サイド6のオフショア銀行に溜め込んだ金は、優に五億クレジットを超えていた。サイド6は中立地帯で地球連邦軍の監視の目が届きにくく、隠し口座も作りやすいのである。そのからくりは、ネオ・ジオンという組織自体も利用していることで、その業務の中でステファンは金の上手い隠し方を学んだのだ。

 それほどの金を持つと、人間は誰しも、自分が何か特別な人物であるかのように錯覚する。コレスの野望はとどまることがなかった。彼は、ハマーン・カーンのような小娘が大きな顔をする、子供ばかりがいる幼稚な組織ではなく、真のジオンを興そうと考えたのである。ジオンの看板を掲げる以上、いちおうジオンの後継者ミネバ・ザビを擁立はする。だが実権は与えず、せいぜいバイオリンを弾かせればよい。摂政は自分がつとめるのだ。ステファン・コレスは、自らがスペースノイドの救世主、解放者になるところまでを夢想した。

 

 だがそんなある日、完全に安全だと思っていた横領システムについて、ハマーン・カーンが疑い始めたことを知ったのだ。

 ハマーン・カーンが使途不明金の調査を開始したと、一緒に不正を働いていた仲間に忠告されたとき、彼は野望が頓挫し、一刻も早く逃げださなければいけないことを理解した。ネオ・ジオンでの背信行為は、即時の死を意味するからだ。事実、先に横領がばれた仲間は、裁判もそこそこに、あっさりと処刑されてしまった。ネオ・ジオンは、とうてい民主主義だとは言えない組織なのである。

 まだ犯人が自分だとはばれていないが、あいつが痛めつけられて自分の名前を吐いてしまった可能性もある。いまは泳がされているだけかもしれない。

 次は自分の番だということを悟り、コレスはもう地球連邦軍だろうがエゥーゴだろうが、身を守れるものは何でも利用してやるつもりだった。昨日までの敵は、今日の味方だというやつだ。ハマーン・カーンがアクシズを離れている今がチャンスだった。コレスは大金を払って、プログラマーに秘密の通信プロトコルを開発させた。数回は秘密通信が可能で、それを使って地球連邦軍に情報を流したのである。無論、見返りは安全な亡命だ。今日の秘密情報の特別メニューは、地球連邦政府にとっては格別のものになるはずだ。

 

 コレスは通信を終えると急に腹が減ったので、食事をとることにした。アクシズで飼育されている鴨料理を食べようと決めたが、そんなまがい物のフランス料理からは永遠におさらばしてやると、彼は思った。

 

 

      ※

 

 

 ネオ・ジオン親衛隊によるミネバ・ザビ殿下のモビルスーツ操縦訓練は、滞りなく進んでいた。それは順調すぎると言ってもよいくらいで、三日間の訓練課程はあっという間に最終日となったのである。

 正直、最初はどうなることかと思っていたのだが、姫様は案外操縦センスがあって、その上達ぶりにはプルフォウも驚かされてしまった。客観的に判断しても、初級訓練生くらいの技術はすでに身につけられたといえるだろう。姫様は、お父上であるドズル・ザビ閣下の資質を受け継がれているのかもしれない。

 

 でも今日の最終訓練は、これまでの訓練とは決定的に違うのだ。最終訓練では、無人標的機をターゲットに実際に攻撃を行って頂く予定なのである。ザビ家の本質は武人であり、幼い姫様といえども武器の扱いは避けることができない運命なのだ。危険な武器を扱うのだから、訓練とはいっても事故がないように細心の注意が必要で、けっしてミスがあってはならない。姫様が訓練で怪我をした、などということがあれば親衛隊の面目は丸つぶれで、下手をすれば解散ということもあり得るのだ。

 

 プルフォウは、そういった理由からかなり緊張していて、夜もなかなか寝付けず、さらに朝も早く起きてしまった。眠気覚ましにシャワーを浴びて着替えたが、そのまま部屋でぼうっとしていても仕方がなく、早い時間だが宿舎を出て基地に向かっていた。

 

「ちょっと早過ぎたかな」

 

 八時の訓練開始までには、まだたっぷり二時間もある。ブリーフィングルームは、まだ他の部隊が使用しているはずだ。

 なにかで時間をつぶすしかない。

 プルフォウは悩んだ末、基地内にあるお店を冷やかすことに決めた。たまにはショッピングをするのも悪くない。街の店ほど品ぞろえは多くはないが、服や靴なども売っている。忙しい軍人用の店舗なのである。だから、こんな早い時間でも開いているのだ。

 

「そういえば、最近は服も買えてないな」

 

 プルフォウは、せわしなさにため息をついた。任務ばかりで気を張り詰めすぎると心の糸が切れてしまうから、たまには気晴らしが必要なのである。カウンセラーの先生が、いつもそう言っている。

 

「作戦前に買うわけにはいかないけど、可愛いの売ってるかしら?」

 

 施設内を歩いていると、ブランド品を扱う店のショーウインドーに飾ってあるマントに目がとまった。マントは軍服の上に羽織るものだが、ネオ・ジオンでは男女問わず人気があるのだ。よく見ると生地もしっかりしている。なかなかの高級品だ。

 

「マントか……。こういうのシャア大佐もしてたよね」

 

 プルフォウは、彼がマントを羽織る姿を頭に思い浮かべてしまって思わず首を振った。これではまるで……。

 

「あのマントはプレゼントにはぴったりですね。お姉さま?」

「うわぁ!」

 

 いきなり眼前に現れたイレブンに、プルフォウは心臓が飛び出すかと思った。

 

「あんた、何してるの!」

「さっきからいましたよ? お姉さまは、店の前を行ったり来たりしてましたから、気付かなかったんですね」

「こっそり見てるなんて人が悪いじゃない!」

「楽しそうなお姉さまを見るのが嬉しかったのです。理由はわかりますよ」

「知らないわよ、あんたの想像なんて」

「あのマントは素敵です。悩むくらいなら、ぜひ買うべきです!」

「勝手に決めないで! 最近は自分の服だって買ってないんだから」

 

 イレブンは、ぐいっと顔を近づけてくる。

 

「人気ブランド、ズム&シティーズの一品ですよ? 男の子ならみんな喜ぶと、私のニュータイプ能力も告げています」

「どんな能力なのよ。私には何も感じられないんだけど」

「さあさあ、店に入って」

「ちょっと、押さないでイレブン!」

 

 イレブンにそそのかされて、プルフォウは結局マントを購入してしまった。ご丁寧にプレゼント用の包装紙にまで包まれている。

 

「これ、どうするの。あんたのせいだからね!」

「いい買い物でした。あとは、どう渡すかですが……これが難しい。何か作戦が必要でしょう」

「彼のロッカーにでも放り込んでおけば良いんじゃない?」

 

そう投げやりに応えると、イレブンは大袈裟に驚きながら言う。

 

「そんなことでどうするのですか! 戦術に長けたプルフォウお姉さまらしくもない」

「戦闘と一緒にしないでよ」

「ある意味同じですよ。目標を設定して、それを達成するために手段を講じる。なんの違いもありません」

「そういうものかしら」

「そういうものですよ」

「……」

「……」

「……そこまで自信があるなら教えなさい。確実なんでしょうね?」

「フフフ。親衛隊随一の、情報収集と分析のプロフェッショナル。このプルイレブンにおまかせください!」

 

 イレブンは自信たっぷりに、平坦な胸をどんと叩いて言った。

 

【挿絵表示】

 

      ※

 

 

「シックス、留守を頼んだぞ。ミネバ様の御守りも今日が最後だ」

 

 プルツーはパイロット待機室で、親衛隊の副隊長である六女プルシックスの肩を叩いて言った。

 

「了解しました隊長」

「うん、お前にまかせれば安心だ。……それでハマーン閣下の護衛な、どんな具合だ?」

「定期報告では、いまのところ問題はないようです」

「そうか。それは結構だ」

 

 プルツーはそう応えると、外の通路に誰もいないことを確認し、加えて小声で副隊長に話しかけた。

 

「グレミーが、ハマーン閣下が接触する相手を調べろと言ってたのを覚えているな?」

「……はい」

 

 シックスの生真面目な顔がわずかに緊張した。これから話すことが、ハマーン・カーンの護衛任務とは関係がなく、それどころか彼女に仇なすことだと理解したからだ。

 

「会談した相手はだいたい予想はつくが……どんな連中だ?」

「セブンの報告では、アナハイム社の重役やコロニー銀行の頭取、コロニー引越公社の会計士だったようです」

「フン、さすがのハマーン閣下も資金調達には苦心しているようだな」

「それは、そうでしょう。アクシズの鉱物資源にも限りがありますから」

「小惑星国家の悲しさだな。……それでな、頼みがあるんだが、もっと良い条件でグレミー・トトが取引する用意があると、その連中に密かに伝えて欲しいんだ」

「それは!?」

「わかるだろ? グレミーは経済的、軍事的な基盤を整えたいのさ」

「ついにその時が来たのですか!?」

 

 シックスが、不安とも恐怖ともとれない表情で呻くように言った。彼女が動揺したのも無理はない。グレミーが、その野心を露わにして謀反を起こすならば、親衛隊はネオ・ジオン軍本隊を相手にしなくてはならないからだ。

 

「いや、まだだ。今は、まだそこまではいかない。野心はギリギリまで隠しておくものさ。今回は、柱の二、三本を引き抜く程度だな。すぐに母屋を崩せる準備としてな」

「そうですか……。わかりました。すぐにセブンに伝えます」

「連中についての身辺調査も進めておいてくれよ? あとでグレミーの親書を渡す。暗号化して二重のルートで送信して欲しい」

「はい、必ず」

「頼んだぞ」

 

 プルツーは副隊長に目配せした。このような行為がハマーン閣下の知るところになれば、国家反逆罪で銃殺されることは間違いない。事は慎重に進める必要がある。

 大っぴらには話せぬ会話を終えて、ようやく緊張を解いたとき、ふわっと花の香りがして、ナインがアイスクリームを舐めながら部屋に入ってきた。

 

「あ、ツーお姉ちゃんとシックスお姉ちゃん」

「ナイン! だらしない。ここは仕事をするところだ」

 

 シックスが、ネオ・ジオン軍人としての自覚がなさすぎる隊員を叱りつけた。花の髪飾りを身に着け、パーカーとスカートを着た姿は、およそ軍人とは思えない。

 

【挿絵表示】

 

「まあ、非番なんだからいいさ。ナイン、シミュレーターでの訓練は進んでるのか?」

「進んでるよ。基本動作が終わって、それで今は武器をつかうところ」

「慣れてきたか?」

「う~ん、まだ」

「そうか。お前も親衛隊に入ったんだから、しっかりやれよ」

「やってるよ」

 

 ナインはアイスクリームをペロッと食べてしまってから、ソファーに飛び乗ってコンピューターパッドを操作し始めた。何かをプログラムしているようで、画面に映ったキャラクターがたわいもないことを喋っている。

 

「私が間違いなく指導します」

「頼んだぞ」

 

 プルツーは片手をあげて待機室を出た。

 

「困った妹だ。あたしは、小さいときもあんな風じゃなかったぞ」

 

 思い返してみれば、自分は物心ついてから戦うことばかり教えられてきた。だが、それが普通ではないと分かるくらいの客観性は持っているつもりだ。

 あのナインをパイロットとして育成するのは難しいだろう。性格的にパイロットには向いていない。本当は、お前には向いていないと突き放す方がよいのだろうが、強化人間として産まれた以上、軍務につくことを強制されてしまうから、死ぬことがないように何とかして鍛えあげようとしているのだ。

「フン、嫌なものだな。向いてない奴に戦わせるというのは。……グレミーなら地球連邦軍と講和を結んで、戦争を終わらせるかもしれないな」

 プルツーは、ノーマルスーツに着替えるために、ロッカールームへと向かった。


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