プルフォウ・ストーリー   作:ガチャM

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舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心とした、ミネバ・ザビ、プルツー、プルシリーズたちが織り成すストーリーです。※Pixivにも投稿しています。


第5話「姫のモビルスーツ」

      5

 

 

 ミネバ・ザビ殿下の密命を受けてから三日後、プルフォウは姉プルツー、妹イレブンと格納庫に向かっていた。

 そう、ついに姫様の操縦訓練を始めるのだ。この一週間、ハマーン閣下は所用でサイド6に赴く予定なので、姫様が密かに操縦訓練を行うには最適な日どりなのである。

 

「プルツーお姉さま、姫様のキュベレイは無事に組み上がりました」

「そうか! ミネバ様も喜ばれるだろう」

「はい。そのままでは失礼と考え、外装もザビ家の姫にふさわしい姿に改修しています」

「ほう、それは凄いな。……おっ、あれか!」

 

 格納庫に着くと姉プルツーは感嘆の声をあげた。

 親衛隊用のモビルスーツたちを両脇に従えて、格納庫の真ん中にカスタマイズされた《キュベレイ》が鎮座している。

 

「素晴らしいです。まるでジオンの精神が形となったようです」

 

 イレブンが機体の出来栄えを詩的に表現する。その言葉に反応して姉プルツーも納得して頷いたので、プルフォウは思わずにんまりとした。

 

(まずは成功ね。……でも、テンにはちょっと悪いことをしたな)

 

 プルフォウは、わずか三日間でバラバラの状態になっていたキュベレイを組み上げて、姫様専用仕様にカスタマイズしたのだが、ハードウェアとソフトウェアの構築はイレブンと協力して進めたものの、外装まではとても手が回らなかった。だから十女のプルテンに頼み込んで、無理に作業を引き受けてもらったのである。

 テンは精緻な金属加工や塗装が得意で、鳥や動物のアクセサリーを手作りしたりしているし、大掛かりなモビルスーツの塗装作業もこなすスキルを持っているからだ。

 

 だが、今回の作業量は半端なものではなかった。

 キュベレイの外装に、ザビ家のカラーである深みのあるグリーンを何層も重ね塗りし、さらにジオンの紋章と豪奢なエングレービングを全身に手書きで装飾した。加えて指揮官機仕様として、頭部に通信機能の強化も兼ねた華麗なツノを取り付けたのだ。

 納期に間に合わせるために連日徹夜をしたテンは、一時間前に作業を完了させたあと、まるで気を失うように椅子で眠り込んでしまった。彼女はこれからハマーン閣下の護衛として同行しなくてはならないのに、本当に悪かったとプルフォウは心の中で謝った。

 

「よくやったプルフォウ、素晴らしい完成度だな」

「ありがとうございます、プルツーお姉さま!」

 

 尊敬する姉に褒められたことは大きな喜びだった。本当に徹夜で作業した甲斐があった。これで親衛隊の評価もさらに上がるだろう。

 と同時に、プルフォウは内心不安で落ち着かなかった。というのも、足りない部品を補うために、姉の《キュベレイ》から相当数のパーツを調達してしまったのである。だから、いま姉の《キュベレイ》の頭部と左腕には、応急的にAMX-101J《ガルスJ》のパーツを取り付けている。《ガルスJ》を選んだのは、なんとなく顔が似ていて、遠目ならばれないと考えたからだ。それにプルツー姉さんは機体テストもかねて《量産型キュベレイ》に搭乗するから、姫様の訓練が終われば、すぐに元に戻せば大丈夫だろう。

 念を入れて保護シートを被せて奥に隠してはいるが、でも、もし見つかったら大変なことに……。

 

「プルフォウ!」

「は、はい! プルツーお姉さま何か!?」

 

 まずい、もう見つかってしまった!?

 

「ぼやっとするなよ! ミネバ様がいらっしゃったぞ!」

「す、すみません!」

 

 三人は、衛兵を連れて歩いてきたミネバ・ザビ殿下にかしこまって頭を下げた。

 

「みなご苦労。すまぬな」

 

 さすがにネオ・ジオンの姫。その佇まいは高貴そのものである。

 

「ミネバ様、そのお姿は……」

 

 姫は、一般兵が着るものとは異なったデザインの、特別仕立てのノーマルスーツを着込んでいた。そのことからも、この訓練にかける彼女の意気込みがわかる。

 

「これか? 私専用のノーマルスーツを作らせたのだ。ジオンでは伝統的に好きな服を着れると聞いた。シャアなどは、そのよい例だろう? 仮面をかぶっていたくらいだからな」

 

 シャア・アズナブル大佐が、一年戦争時代に仮面をかぶっていたことは有名な話である。しかし、シャア大佐の恰好は姫様の参考事例としてはあまり好ましくないと思った。人前で妙な仮面をかぶるなどと、あまり趣味が良いとはいえないからだ。とはいえ姫としての威厳を示すような装飾は、プロバガンダやファッションとして必要だということは理解できた。幸い姫様のノーマルスーツは悪いデザインではない。

 

「姫様の素晴らしいノーマルスーツ、まさに姫様専用のキュベレイにふさわしいものです」

「そうか。その言葉、嬉しく思う」

 

 姉プルツーの賞賛に、ミネバ姫はにっこりと微笑んだ。

 

【挿絵表示】

 

「それでは、このたび姫様専用機として改修を行った《キュベレイ・カスタム》について説明させて頂きます」

 

 プルフォウは、機体の説明用に作成したプレゼンテーション・ファイルをコンピュータ・パッドに表示させ、緊張をほぐすために深呼吸をした。

 

「聞くが、お前があれを作ったのか?」

「はい。妹二人と協力して、姫さまにふさわしい機体として外装を変更し、また操縦がしやすいように改修を施しました」

「すごいものだ!」

「あ、ありがとうございます。光栄です姫様」

 

 プルフォウは、姫からストレートに賞賛されたことに戸惑ってしまった。感激のあまり、頭が真っ白になり、説明することを忘れてしまうほどに。

 

「……」

「プルフォウどうした? 続けるんだ」

「あ、はい! え~、ぐ、具体的な改修点ですが……」

 

 もういちど深呼吸をする。心を静めなければ。

 

「まず操縦系統からサイコミュを切り離して通常のオペレーティング・システムをインストール致しました。本来《キュベレイ》の操縦にはサイコミュが必須で、サイコミュが起動しなければ指一本動かないのです」

「そうなのか。それは知らなかった」

「はい。ニュータイプ専用機なので、操縦系統が特殊なのです。今回、改修して非サイコミュにした結果、反応速度は低下しましたが操縦はマイルドになり、素人の姫さま……失礼! 慣れていらっしゃらない姫さまにも楽に操縦可能になりました。私が苦労したのは通常のオペレーティング・システムをいかに《キュベレイ》に適合させるかということで、イレブンにも協力してもらい、まずはハードウェアの解析から始めたのです。そのうえで二千万行ほどもあるソースコードを手直ししました。つまり具体的にはどういうことかというと……」

「もうわかった、プルフォウ。とにかくミネバ様でも操縦できるんだな?」

 

 専門的な話になりそうなところを姉が割り込んで話を切り上げる。プルフォウは自分でもしゃべりすぎてしまったと反省した。

 

「は、はい。そのとおりです」

「サイコミュを切って、なにか不都合はないのか?」

「あります。ファンネルは使えなくなります」

「なに!? ファンネルが使えないのか?」

 

 プルフォウの説明に、姫が一転して非難する声をあげた。

 

「申し訳ございません姫様。ファンネルはサイコミュでコントロールするものです。サイコミュが機能していませんと……」

「嫌だ嫌だ! ファンネルを使うのだ!」

 

 姫ミネバは駄々をこね始める。

 威厳ある態度から、急にわがままを言う子供のような態度に変化したので、プルフォウは困惑してしまった。

 

「ファンネルを使えるようにしておくれ!」

 

 姫は両手を振りまわして命令する。ネオ・ジオンの臣下に、それに抗うすべはない。

 

「なんとかしてくれプルフォウ!」

 

 たまりかねた姉が、顔を近づけてきて小声で言った。

 

「そ、そう言われましても……」

「ファンネルが動きさえすればいいんだから」

「ですが、姫様のニュータイプ能力は未知数なんです」

「もっと柔軟に考えてくれ。例えば、勝手に動くように改造するとか」

「む、無茶ですよ」

「AIで自動で動かすとか、何かやりようはあるだろ? そういうの得意だろ?」

「……仕方ありません。わかりました、こうします。私がサイドシートからサイコミュを稼動させて、密かにファンネルのコントロールが出来るように改修します。いずれにせよ、姫様の安全のために同乗するつもりでしたから」

「悪いな」

「アイスクリーム、お姉さまの奢りですよ」

 

 プルフォウはサムアップしてみせ、それに対して姉も頷いた。

 

「ミネバ様! 大丈夫です。妹のプルフォウが直してくれます。ミネバ様が『ファンネル』とおっしゃればファンネルは飛んでゆきます」

「本当か!? ファンネルは使ってみたかったのだ。ハマーンのようにな!」

 

 姫はすっかり機嫌を直すと、ファンネルの動きを両手で再現してみせた。

 

「……先が思いやられますね。とんだ茶番です」

 

 イレブンは呆れた様子で肩をすくめてみせた。

 

「なに他人事みたいに言ってるの。ちゃんとサポートしてよイレブン」

「わかっていますよ、プルフォウお姉さま。それにしてもプルツーお姉さまはよく我慢してますね」

「ああ見えて任務には忠実なんだよ。プルツーお姉さまは」

「ふ~ん……意外に苦労してるのですね」

 

 白けた雰囲気の中、はしゃぐ姫の声が、ひときわ大きく格納庫に響いていた。

      

 

      ※

 

 

「ミネバ様、これでブリーフィングは終わりになります」

 

 姉プルツーがレクチャーの終了を宣言した。いよいよ姫がモビルスーツへと搭乗する段階へと進むのだ。これは親衛隊として名誉な任務ではあるが、姫様がどれほどモビルスーツを操縦できるのかは全く未知数であり、その結果を予想することはできなかった。ニュータイプ能力がある強化人間といえども、そんなに便利な存在ではないのである。

 

「ついに《キュベレイ》を操縦できるのだな。やはりシミュレーションとは違うのだろう?」

 

 期待に心を躍らせて、ミネバ姫が興奮した様子で言った。

 

「おっしゃる通りですミネバ様。シミュレーションでは操作や手順は学べますが、加速や減速を感じたり、実際の空間を意識することはかないません。そこが決定的に違うのです。慣れるのには少々時間がかかります」

「そうなのか。では、慣れるのにはどのくらいかかるのだ?」

「人にもよりますが……。早ければ三回も搭乗すれば慣れることができるでしょう」

「ならば早速訓練を始めるぞ! 今日中に三回訓練をするのだ!」

 

 意気込むミネバ姫を見て、プルフォウとイレブンは顔を見合わせた。

 

「……本当に三回で慣れるのでしょうか、プルフォウお姉さま? 私だって三回では習熟できませんでした」

「私も似たようなものよイレブン。プルツー姉さんは楽観的すぎるね。とはいっても、正直に答えれば姫さまはご不満に思うに違いない。もっと早くできないのかと言われる。つまり……」

「あ、私わかってしまいました。プルツーお姉さまは、姫さまに操縦を諦めさせる算段なのですね?」

「おそらくはね……」

 

 二人が話しているうちに、姫はキャットウォークを歩いていって、もう《キュベレイ》のコクピットに入ろうとしていた。

 

「プルフォウ! グズグズするんじゃないよ! ミネバ様をお手伝いしな!」

「はい、わかりました!」

 

 姉に怒られて、プルフォウは慌てて床を蹴って姫の《キュベレイ》の方へと飛んだ。格納庫は無重力ブロックなので、飛ぶのは気をつけなければならない。下手に勢いをつけると天井に頭をぶつけてしまうからだ。

 

「イレブン! お前は自分の機体の発進準備をするんだ!」

「わかりました、プルツーお姉さま」

 

 イレブンも、自身の専用《量産型キュベレイ》へと向かう。彼女は姫のキュベレイを後方から追随し、機体のモニタリングを行うのだ。

 プルフォウは《キュベレイ》のコクピットまで飛んでいくと、胸部装甲を掴んで勢いを減じ、姫が待つタラップに降りたった。

 

「プルフォウ参りました」

「うむ、ご苦労。早速だがこの入り口を開けておくれ」

「わかりました。危険ですので姫様はお下がりくださいませ」

 

 プルフォウは姫を下がらせると、胸部装甲の外側に備え付けられた小さなパネルを開き、中の赤いボタンを押した。数秒してガクンと大型の胸部装甲が跳ね上がり、内部からコクピットハッチが姿を現した。

 装甲が動く際は注意しなくてはならない。不用意に近づいてぶつかり、大怪我をする整備兵もいるのだ。当たり前だが、姫様にお怪我をさせるなどとんでもないことで、万死に値することである。そのときは厳重な罰を受けるかもしれない。鎖に繋がれて鞭で打たれてしまったり……。

 プルフォウは恐ろしい想像をして身を震わせた。失礼な言い方ではあるが、小さな子供の面倒を見るのは気苦労が多いものだ。サポート役だといって私に姫様を押し付けて、プルツーお姉さまはずるい。

 

「本当にお姉さまは……」

「ん? なにか?」

「いえ! なんでもありません。さあ、お入り下さい」

「わかった」

 

 姫は物珍しそうに、弾んだ一歩を踏み出した。

 

「入口は意外に狭いのだな? これでは通りにくくないのだろうか? もっと大きくすればよいと思うのだが」

「姫様、それは強度の問題です。機体には、あまり大きな穴は開けない方がよいのです」

 

 プルフォウは素直な感想に頬を緩ませながら言った。姫も物珍しいのか耳を傾けてくる。

 

「理由を聞かせておくれ」

「外からの力に弱くなってしまうのです。特に《キュベレイ》は装甲が構造材を兼ねるタイプですから」

「??」

「今のモビルスーツは骨組みに装甲をかぶせる構造が主流です。ですが《キュベレイ》は、昆虫のような丈夫な殻の中に機械がくるまれているのです」

「そうなのか」

「ですから、殻に穴が空いてしまっては弱くなってしまいます。姫様も、例えば粘土工作で家などをつくるときに、大きな窓を開けるとふにゃっと崩れてしまった、というようなご経験がありませんか?」

「ああ、それなら分かる。プルフォウ、お前は説明が上手いな」

「ありがとうございます。お褒め頂きまして恐縮です」

 

 ミネバ姫は意外にエンジニアの素養があるのではないだろうか。プルフォウは姫の洞察力に大いに感心した。

 

「姫様、リニアシートも特別にあつらえております。大きさはぴったりのはずです」

 

 三日前、プルフォウは妹のプルテンと一緒に姫の体形を樹脂で型取りし、その型から急いでシートを作り上げた。ミネバ殿下はまだ九歳だから華奢で細い。だからしっかりとお体をホールドするように気をつけて制作したのだ。そしてリニアシートは、もとから付いていた標準型ではなく、最新型のNZ-000《クィン・マンサ》と同型のリニアシートを据え付けている。もちろんサイコミュは無効化したうえでだ。

 

「本当だ! これならすぐにでも操縦できそうだ!」

 

 姫はシートの上で跳ねるようにして感触を確かめている。

 

「私は横に設置したサイドシートに座ってシステムをコントロールします。姫様は操縦に専念してください。もちろん、いざというときには私が操縦を替わります」

「それなら安心だ」

「では、私の申し上げるとおりに基本操作をチェックして下さい。手順はシミュレーターと同じです」

「わかった。手足を動かしたりすればよいのだな。こうか?」

「あっ!? いけません!」

 

 ミネバ姫がグイッと操縦桿を傾けると、《キュベレイ》の腕がいきなり動き、外の整備兵から悲鳴があがった。

 

『まだ調整中だぞ! モビルスーツを動かす馬鹿がいるか! 素人か!』

 

 整備兵から遠慮のない怒声が浴びせられる。親衛隊だろうと近衛隊だろうと、愚かなミスは容赦なく叱責される。宇宙ではミスは死に直結するのだ。

 

「姫様、失礼します!」

 

 プルフォウが、姫から半ば奪うように操縦桿を掴んでニュートラルに戻すと、機体はキャットウォークを半壊させたあと動作を止めた。

 

「ふうっ、止まった……」

『プルフォウ! 何やってんだ! お前がミネバ様をサポートしないでどうするんだ!』

「も、申し訳ありません!」

 

 姉プルツーの叱責に、プルフォウは慌てて謝罪する。

 ああ、あとでなんて言われるか。プルツー姉さんはミスに厳しいのだ。これでは先が思いやられる。姫さまに操縦を諦めさせるなら、いっそハマーン様に叱って頂いた方がよいかもしれない。

 プルフォウはため息をつきながら、システムチェックをやり直すのだった。


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