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「なんだ、あのエレカは? 無人で動いているのか?」
姫様の用件を済ませて、姉と一緒に王宮の敷地から出たとたん、道路の向こうから誰も乗っていないエレカが走ってくるのが分かった。その不自然な光景を見て姉プルツーは疑問を口にしたのだ。
「無人車両は運用されていないはずですが……」
「でもな、運転席にドライバーが見当たらないぞ?」
「テストをしてるのかもしれません。あとでネオ・ジオン技術本部に問い合わせてみます」
「どうも気になるな。しかしモビルスーツも、いずれは無人になるのかもしれないな?」
無人モビルスーツの実現は、パイロットにとっては職を失うということでもあり、得体のしれない人工知能を相手にしなくてはならないということでもある。しかも無人機には人間が乗らなくてもよいから、どんな高機動もこなすことが可能なのだ。通常の人間では九G、自分たちのような強化人間でも十二G程度が耐えることのできる限界である。
「可能性はあるでしょう。ネオ・ジオンでも研究はされています。地球連邦軍のモビルスーツは、非常に高度な人工知能と教育型コンピューター・システムを搭載していますが、さらに処理能力が上がれば、完全な自律型モビルスーツが実用化されるかもしれません」
「モビルスーツの擬人化か。道理でエゥーゴの連中は素人みたいなパイロットが多いはずだ! しかし、ベテランのパイロットが素人に簡単に墜とされるのは、たまったものじゃないな。連邦のモビルスーツは、ロックオンしてトリガーを引けば、簡単にターゲットに命中するんだろ?」
姉プルツーは、半ば呆れたように言う。
「そこまでの性能はないと思いますが……。いずれはなるでしょう」
この戦争では、パイロット不足のエゥーゴは素人をどんどん採用し、短期間養成しただけでいきなり最前線に送り込んできている。そんな、半ば使い捨てと思われるやり方でも、ある程度の戦果をあげているのが空恐ろしかった。とはいえ、自分たちプルシリーズは典型的な子供兵士なのである。知らない人間が知れば、幼い子供すら戦場に駆り出す非道の所業にみえることだろう。だが、八年前の大戦争で総人口の半分が死滅した世界では、素人や子供が仕事をしなくてはいけないのは当たり前の光景なのだ。
ひょっとして、クローンである自分たちは、労働力を人工的に増やす社会的実験の産物なのではないか? プルフォウはそうも思ってしまった。
「おい、あの無人エレカ、こっちにくるぞ」
見ていると、エレカはぐんぐんと近づいてきて、キッとブレーキを鳴らして停止した。その動きに身構えたが、エレカは今度はライトを明滅させてきた。まさか挨拶のつもりだとでもいうのだろうか? そう思ったとき、突然エレカが喋ったので、さらに驚いてしまった。
「プルツーお姉さま、プルフォウお姉さま!」
ひょいとエレカの窓から顔をだしたのは、十一番目の妹プルイレブンだった。これでわかった。イレブンは背が低いから、運転席に座ってハンドルを握ると完全に外から見えなくなってしまうのだ。
それにしても、そんな体勢でよく器用に運転できるものだ。
「なんだイレブンか。姿が見えないから、無人のエレカだと思ってしまったぞ!」
「失礼な! どうせ私は背が低いです」イレブンはぷぅっと頬を膨らませた。「お姉さま二人が姫様にご内密に呼ばれたと聞いて、心配になって来たのです」
イレブンはツインテールを揺らしながら尋ねた。二つの髪留めは小型の脳波受信器になっていて、ときおりピカピカと点滅している。
「前が見えないのに、どうやって運転してたの?」
プルフォウは、エレカのからくりが気になったので尋ねた。自動操縦というわけでもなさそうなのだ。
「このエレカには小型サイコミュのプロトタイプが搭載されているのですよ、プルフォウお姉さま」
「サイコミュが?」
「はい。つい昨日完成したもので、テストを兼ねて借りてきたのです。脳波コントロールの練習にもなりますから。エレカの構造はモビルスーツに比べて簡単なので、制御プログラムは容易に作れました」
「サイコミュ・コンポーネントは後ろね?」
後部ハッチを開けると、超小型光集積回路がびっしりと詰め込まれたハードウエアが現れた。基本は立方体で構成されていて、ところどころが発光している。
「このプロトタイプは、わたしも技術本部で見せてもらったことがあります。近いうちにお姉さまにも報告するつもりでした」
「どのくらい小型化されているんだ?」
姉は興味深そうに尋ねてくる。新型サイコミュのスペックは、ニュータイプ能力を持つものなら知っておきたい情報である。まして彼女はニュータイプ部隊を統率する人間だ。
「サイコミュ技術の発達は驚異的です。まだ設計段階ですが、最新型のサイコミュは、すでに手のひらサイズになっています」
「それは、すごいな! 昔はモビルアーマーにしか搭載できなかったんだぞ! いずれは豆粒くらいになるんじゃないか?」
「十分に可能だと思います」
「サイコミュを
「思考だけで操縦できるモビルスーツが可能となる?」
「そうだ! とてつもない性能のモビルスーツの完成だ」
姉プルツーは興奮した様子で言った。それは飛躍し過ぎたアイデアのようにも思えたが、確かに理論上は可能なのだ。プルフォウはいつか、そんな機体を開発してみたいと思った。技術的にも興味深かったし、高性能のモビルスーツを開発することは、姉妹の命を守ることにつながるからだ。
「技術本部に今のアイデアを話してみます。技術者の開発意欲を大いに刺激するはずです」
「あたしのキュベレイをテストベッドに使ってもいいからな。頼んだぞ?」
「わかりました。部分的にムーバブルフレームを組み込む必要がありますが、出来ると思います」
「よし。それでイレブン、あたしとプルフォウがミネバ様に呼ばれた理由だがな……」
姉プルツーは、一転して少し困ったという感じで言いよどんだ。それは、いつもストレートな物言いをする姉には珍しいことである。
「全くミネバ様には困ったものだ。温室育ちだ」
「と、おっしゃいますと?」
「ここだけの話だぞイレブン。ミネバ様はモビルスーツを操縦されたいそうなんだ」
「……ご冗談を!」
イレブンの、少し半目気味の眼が見開かれた。
「ミネバ様は、ハマーン様や、亡きドズル閣下に憧れているのさ」
「しかし、だからといってモビルスーツの操縦などと……」
「あたしたちだって、ミネバ様くらいの年齢でモビルスーツを乗り回していただろ? 決しておかしなことはないさ」
イレブンにそう説明はしても、プルツー姉さん自身も納得はしていないだろう。
「でも、わたしたちは強化人間です。それができるように産まれたのです」
「確かにそうだが、本来モビルスーツの操縦とニュータイプ能力とは関係はない。例えばスポーツ選手は幼いころから才能を発揮するものさ。結局はセンスがあるかないかが問題なんだ」
「プルツーお姉さま。姫様が運動神経がいいとは、あまり思えません……」
イレブンのいうとおり、ミネバ殿下はバイオリンや絵画をたしなんでいて、まさに箱入り娘という言葉がぴったりなのだ。
「あたしもそう思う。しかしな。自分も軍の役にたちたいとか、父のように強くなりたいとか殊勝なことを言われると、心を動かされてしまってな」
「姫様のお父上、ドズル閣下は戦場で亡くなられたと聞きます」
「そうだ。そのエピソードを知り、ハマーン様の影響もあって、モビルスーツの操縦に憧れたのだろう……たぶんな」
「ただ守られるだけの姫ではないと?」
「地球圏を治めようというんだからね。精神的にも肉体的にも強さが必要なのさ。その意味では、モビルスーツの操縦を体験してみるのも悪くはないだろう」
姉プルツーは、正面のビルの壁に飾られたザビ家の肖像画を見ながら言った。
デギン公王、ギレン総帥、キシリア少将、ドズル中将、ガルマ大佐……。ザビ家の人間は、全員が戦場で戦死しているのが不吉ではあった。
姉妹たちは、しばし沈黙する。
「そういうことでしたら、姫様は《リゲルグ》を操縦されるのが良いでしょう」
プルフォウは暗くなった雰囲気を払拭するように提案した。
「《リゲルグ》だって?」
「はい」
MS-14J《リゲルグ》は、八年前の第一次ジオン独立戦争時の傑作機MS-14A《ゲルググ》を
「そうです。とても素直な操縦特性ですから、初心者にはぴったりです」
《リゲルグ》は新兵の操縦訓練用にも使用されているので、パイロット訓練生には非常に馴染み深いのだ。当然、プルフォウたちも何度も搭乗したことがある。
「フン、まさか本気で言ってるんじゃないだろうな、プルフォウ?」
「えっ……?」
「あんな古臭くてみっともない機体にジオンの姫をお乗せできるかい! それにミネバ様からもご指定があっただろ」
「まさか?! プルツーお姉さまこそ本気なのですか?」
「そう、《キュベレイ》さ」
※
漆黒の暗闇は、突如鮮やかに輝くマシーンに照らし出された。
まるで蝶の羽根のような、流麗な形をしたその機体《キュベレイ》は、両肩に据え付けられたバインダーと呼ばれる姿勢制御装置を、まるで蝶々が羽根を羽ばたかせるように動かしながら宇宙を駆け抜ける。《キュベレイ》は美しく華麗で、戦場を支配する戦女神そのもの。そして、そのコクピットに座り、機体を手足のように操っているのはミネバ・ラオ・ザビという美しい少女だった。
くるっと巻かれた前髪と、澄んだエメラルド色の瞳が特長的な少女ミネバは、齢は九歳とまだ幼いが、その眼光はするどくカリスマ性に溢れている。彼女のカリスマ性は、その服装からも醸し出されていて、普通パイロットが着るノーマルスーツをミネバは身に付けていない。必ず戦場で生き残り、帰還する自信があるからだ。
「ええい! そんなものでは! ゆけ、ファンネル!」
ミネバが気合一閃叫ぶと、ちょうどモビルスーツの腰のあたりに取り付けられたコンテナから、小型のビーム砲台がいくつも飛び出していった。
正式には『ファンネル・ビット』と呼ばれる無人ビーム砲台は、脳波・マシン語変換機であるサイコ・コミュニケーター、略して『サイコミュ』と呼ばれる装置によって脳波で遠隔操作することが可能だ。そして、それはニュータイプや強化人間と呼ばれる特別な人間だけがなせる技である。
優れた感覚によって周囲の状況を正確に把握し、感応波で機器の遠隔操作を行う、端的に言って人知を超えた超能力を有した者たち。ニュータイプや強化人間だけがファンネルの強大な攻撃力を享受することができる。《キュベレイ》は、ファンネルを運用するために専用開発された高性能モビルスーツだった。
ジオンの姫ミネバ・ザビは、そんな優れた機体を手足のように操り、圧倒的な攻撃力で戦場を支配していった。
「この《キュベレイ》、見くびっては困る!」
※
「プルツーお姉さま。この映像は何なのですか?」
会議室に据え付けられたモニターを、明らかに退屈そうに眺めていたイレブンが欠伸をしながら尋ねた。
プルフォウも危うく居眠りしそうになったので、失礼して途中で退席し、軽食を調理して持ってきたところだった。ドリンクとバーガーを並べたトレイを、姉プルツーとイレブンの前にそれぞれ置くと、プルフォウは椅子に座りなおした。
いまは三人で、姫から渡された映像ファイルを再生しながら打ち合わせをしているところなのである。
「これはミネバ様が戦場でご活躍する映像さ。コンピューターグラフィックスで再現したものらしい。よくできてるじゃないか」
姉プルツーが、リモコンで姫の叫ぶ声と効果音、そしておおげさな音楽をミュートして言った。
「けっして文句を言うつもりはないのですが……。仰々しい演出が、とても見ていられません。嘘も混じっているようです」
「文句を言ってるじゃないかイレブン。これはミネバ様の考えたシナリオなんだ。台本によると、すごい大活躍だね」
「なるほど。プロパガンダというわけですね?」
「いや、それは違うな。実際にこういう風に操縦したいそうなんだ」
「……言葉もありません」
「疑問はあるだろうが、ミネバ様直々の命令なんだ。だから何とかして……うへっ! なんだい、こりゃ!」
姉プルツーは、プルフォウ特製のドリンクを飲んだとたんに吐き出した。
「あっ、すみません。そんなに美味しくなかったですか?」
プルフォウは自分の作ったドリンクが不評なことに焦ってしまった。ちらっとイレブンを見ると無表情で飲み続けている。はたして満足しているのかしていないのか判断がつかない。
「正直なところ不味い! いったい何が入ってるんだ?」
「豆乳ときなこを混ぜてます。味付けは塩とシナモンです」
「キナコ?」
「東洋の素材で、豆を粉にしたものです。豆は美容にいいんです」
「なるほど東洋か。道理で妙な名前だ。なんだか舌触りが良くないな? でも身体にいいなら……」
「そうなんです! この野菜バーガーも食べてみてください。ヨーグルトソースがさっぱりしてますよ」
姉は恐る恐るバーガーを頬張る。
「うん、これは悪くないな。ヘルシーだね。でも、ちょっと力が出ないんじゃないか? あたしたちは若いんだし、肉とか食べたいところだ」
「つまりタンパク質が足りないということですね? でしたら、今度は魚料理を用意します」
「魚か……」
「お嫌いなんですか?」
「嫌いってわけじゃないんだが」
姉とは少々食事の好みが違うのだが、やはり姉妹全員の健康が第一なのである。これはスリー姉さんと相談して決めたメニューなのだ。
「退屈な映像とヘルシーすぎる料理で、もう倒れそうだ」
「でしたら、早く打ち合わせを切り上げてしまいましょう」
「そうだな。まずミネバ様が訓練で搭乗する機体が必要だ。だからプルフォウ、お前の《キュベレイ》をミネバ様に……」
「申し訳ありません、それはお断りします」
プルフォウは頭を下げて即座に応えた。
「少しだけだよ」
「壊してしまったばかりなんです。せっかく新しい機体を受領できることになったのに、すぐに壊されてしまったら……いえ! 私の《キュベレイ》は量産型ですから。そんな機体を姫さまに提供など失礼です。プルツー姉さんこそ、近々あの新型機《クィン・マンサ》を受領するではないですか。もう《キュベレイ》はいらないはずです」
「いらないことはないだろ? 予備の機体として置いておきたいさ」
「物資の少ないアクシズでは、そんな贅沢は許されません」
「言ってくれるじゃないか。あ、思い出したぞ……。確か倉庫に《キュベレイMk-Ⅱ》の予備機があったはずだ。あれを使えばいい」
姉プルツーはパチンと指を鳴らして言った。
「プルツーお姉さま。あれは部品取りに使われて、いまは解体された状態です」
「なんだと? それは本当かイレブン?」
「はい」
「じゃあ駄目か……弱ったな」
姉が頭を抱えるのをみて、プルフォウは自分がなんとかしようと決心した。機体を貸し出すことを断ってしまったのだから、責任をとる必要があるのだ。
「大丈夫ですプルツーお姉さま。三日もあれば、たとえバラバラでも機体を完全な状態に組み上げてみせます」
「三日で? できるのか?」
「できます」
プルフォウには自信があった。親衛隊専用機《キュベレイG型》の開発プロジェクトに親衛隊側の開発担当者として参加しているが、ネオ・ジオン工廠に通い詰めているうち、モビルスーツの構造や仕組みにすっかり精通してしまったのだ。強化人間の学習能力は、短期間で専門家なみの知識と見識を備えさせてしまうのである。
「お前はモビルスーツの修理が得意だったな。期待してるよ」
「はい!」
「でも、修理が得意なら、自分の機体を提供したっていいじゃないか?」
「……それではお姉さま、やることがたくさんあるので、私は失礼します」
プルフォウは姉の言葉が聞こえないふりをして席を立つと、食事を片付けて素早く部屋を出て行った。
「イレブン?」
「私も……嫌です」
「フン、困った妹たちだ」