プルフォウ・ストーリー   作:ガチャM

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舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心とした、ミネバ・ザビ、プルツー、プルシリーズたちが織り成すストーリーです。※Pixivにも投稿しています。


第2話「姫の願い」

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「姫様から急な呼び出しとは、いったい何事なのでしょう、プルツーお姉さま?」

「さあな。あたしに分かるはずないじゃないか。これは前例のないことなんだ」

「お姉さまにも分からないことがあるのですか?」

「当たり前だろ」

 

 事故の後処理もそこそこに、プルフォウは姉と共に王宮へと急いで向かっていた。

 本当は壊してしまった《量産型キュベレイ》の回収作業を手伝いたかったのだが、ここネオ・ジオンにおいては、全てを放り出して優先すべき任務が入ったのである。そう、ジオンの姫君ミネバ・ラオ・ザビ殿下から呼び出されたのだ。

 姫に謁見するためにノーマルスーツを脱いで軍服に着替えてきたが、かなり慌てていたから、身だしなみがおかしくないか気になって仕方がない。いつも上手く処理できない揉み上げのくせ毛は、やはりくるっと跳ねてしまっている。

 

 それにしても、自分たち親衛隊の士官が呼び出された理由がまるで分からない。親衛隊は、ザビ家やそれに近しい人間を守護するために存在するエリート部隊だ。しかし、そんなネオ・ジオンの精鋭といえども、姫から直接呼び出されることは通常あり得ないのだ。まさか、姫様が得意なバイオリンを聞かせるために演奏会を開く、ということはないはずだ。……いや、もしかして?

 そんな馬鹿げたことを考えてしまうのは、無意識に緊張を緩めようとしているからだろう。

 

「プルツーお姉さま。何かアクシズに大変なことが起こったのでは?」

「だったら、あたしにまっ先に知らされているさ」

「お姉さまにもまだ知らされていない、緊急事態という可能性だってあります」

「あり得ないね。プルフォウ、お前はすぐ態度に出てしまうから気を付けろよ? 不安な心を感じる。まあ、あの事故の後では無理もないか?」

「申し訳ありません……」

 

 姉の目はごまかすことができない。あれほどの大きな事故を経験するのは初めてで、まだ心が浮ついているのだ。軍人たるもの、不安や苛立ちを表情や仕草に出してしまうのは、とても恥ずかしいことだ。

 深呼吸をするために空を見上げると、そこには緊張した心を癒してくれるような、澄み渡った青空が広がっていた。だが、よくみると岩塊表面に投影された映像だということが分かる。意図的に自然が演出されているが、ここは人工都市、宇宙に浮かぶ小惑星なのだ。

 

 時に宇宙世紀〇〇八八年。かつて地球連邦政府に独立戦争を挑んだスペースコロニー国家ジオン公国。その残党を中心として組織されたネオ・ジオンは、ジオンを統べていたザビ家の後継者ミネバ・ラオ・ザビのもと、宇宙要塞アクシズを本拠地としてスペースノイドの自治独立を目指していた。ジオン公国は地球連邦軍に敗北したが、ザビ家の信奉者はいまだスペースノイドには多く、スペースコロニー中に支援者がいる。そうした支援を背景としてネオ・ジオンは独立戦争を継続しているのだ。

 しかしながら戦況はけっして良いとは言えなかった。ネオ・ジオンと地球連邦軍、連邦軍から派生した軍事組織『エゥーゴ』との戦闘は、この数ヶ月間は膠着状態に陥っていた。両軍とも兵力の消耗を恐れて、決定的な攻撃を仕掛けることができないのだ。

 だから、地球連邦軍の主力艦隊が月に集結しつつあるという情報がネオ・ジオンにもたらされたとき、アクシズ内には動揺が広がった。それが事実であるならば、ここアクシズでの決戦が近いことは明らかだからだ。

 

「お前は、ミネバ様にお会いするのは初めてじゃなかったな。確か親衛隊の結成時に謁見してたか」

 

 緊張を和らげようとしたのか、姉プルツーは自分が王宮に入るのは初めてではないことを思い出させてくれた。

 

「はい。姫様はとても利発そうな方でした」

「そうだな。ハマーン様の英才教育もよいんだろう」

「あのときハマーン閣下に話しかけられたんです。親衛隊としての覚悟を問われたのですが、怖くて心臓が止まるかと思いました」

 

 人の心を見透かすような冷たい目。それは思い出すだけでも心をざわつかせる。

 

「無理もないな。あのプレッシャーはただ者じゃないね。ハマーン様は誰にも気を許さない人間さ。間違いない」

「あれは演技ではないのでしょう。潔癖さの現れだと思いますが、国を治める人物としては……」

「人前では口にするなよ?」

「わかっています。でも、今日はいらっしゃらないので安心です」

「どうだろうな。そういうとき、何か裏があるんじゃないかと考えるのが有能な士官さ」

「お姉さま! 脅かすのはやめてください」

「お前も駆け引きに慣れないと駄目だぞ。モビルスーツ戦闘だって、つまるところ敵との駆け引きなんだから」

「駆け引き……」

 

 プルフォウは姉の言葉の意味を考える。確かに自分は、物事をありのままに捉えすぎるとは思う。そのことを、いつも姉に注意されるのだ。でも、未熟な自分は謙虚に物事を学ぶしかない。斜に構えすぎれば言い訳ばかりになり、本質を見極めることが出来なくなってしまう。そう頭の中で姉に反論して、やはり気になったので後ろ髪を髪留めでまとめなおし、もみあげのくせ毛を整えた。

 いつも思うが、自分の橙色の髪は目立ちすぎるので軍人には似合っていない。でも、親衛隊隊長である姉プルツーも同じ色の髪なのだ。姉は、髪型をショートにしている以外は自分とそっくりだ。髪の色も瞳の色も、顔つきも声も。

 姉と瓜二つと言えるほどに似ているのには理由がある。そう、自分は遺伝子操作を施されて産まれた強化人間で、優秀な兵士をクローニングや遺伝子強化で生み出す計画『プルシリーズ』の成果なのだ。これはネオ・ジオンでも最重要機密に関することである。

 何が機密なものか。プルフォウは思わず首を振った。自分が最重要機密に値するとは、露ほども思わない。強化人間は、頭脳的、身体的に優れた能力を有しているとはいっても、それ以外は普通の人間と変わりはないし、年頃の女の子と同じような悩みだってあるのだから。

 

【挿絵表示】

 

 ゴオォーッ。

 

「!」

 

 突如轟音がして、上空をモビルスーツが編隊を組んで飛び去っていった。アクシズの内部は、スペース・コロニーとまではいかないが、航空機が飛べるほどには余裕がある。居住ブロックを利用した、重力下における訓練飛行中なのだろう。

 

「あれは《ガ・ゾウム》ですね」

「ああ、そうだな」

「ゾウムって、どういう意味なのか気になります」

「あたしは知らないな。ネーミングするだけが仕事の、能天気な連中の言葉遊びには付き合えないね」

「でも、あの機体はまだ生産されているのですね? 他の機体と互換性もないですし、新型の《ドライセン》を優先的に生産したほうが……」

「だが対艦爆撃機としては有用らしい。地球連邦軍やエゥーゴの戦艦は防御力が高いから、ほとんど特攻することになるけどな」

「それは怖いです」

 

 モビルスーツで巨大な戦艦に肉薄するのは、かなりの恐怖だ。だが一年戦争初期には、モビルスーツは戦艦に取り付いて攻撃したらしい。シミュレーターで体験した、エゥーゴ艦のハリネズミのような対空ビームを思い出すとぞっとする。単機で戦艦に突撃するような任務がなければよいのだが。

 

「プルツーお姉さま、今日の任務ですが」

「わからないと言ったろ?」

「はい。ただ、姫様直々にお呼びになられたということは、ハマーン閣下を通されていない可能性があるのでしょうか?」

「それはあるだろう。だとすれば、あまりお受けしたくない話ではあるな。ハマーン様が気分を害されるのは、グレミーの手前まずい」

「そうですね」

「だが無視するわけにもいかないだろ?」

「はい」

 

 ハマーン・カーン閣下は、まだ幼いミネバ・ザビ殿下を補佐して、アクシズの軍事、政治を司どっている。政治・外交を行いながら、モビルスーツにも搭乗して前線で指揮する女傑だ。彼女を通さずに姫様に直接謁見するのもまずいのだが、自分たち親衛隊がグレミー・トトという士官の直属であることもまた問題だった。

 グレミー閣下は野心家で、表面上はハマーン閣下に従っているが、水面下では権力の奪取を目論んでいるのは公然の秘密となっている。噂ではザビ家の長兄であったギレン・ザビの血を受け継ぐとも言われているのだ。そして、ミネバ・ザビ殿下は三男のドズル閣下の娘だ。ザビ家長兄の嫡男がいたとなれば、後継者争いが起こるのは必定。親衛隊がミネバ殿下の命令にハマーン閣下を飛び越えて従ったとすれば、それは反乱と取られても大げさではない。政治とは面倒かつやっかいなもので、ハマーン・カーンとグレミー・トトが両側に座るシーソーが、ミネバ・ザビという華奢な支点の上に危ういバランスで乗っているのが、今のアクシズだと表現できるのだ。

 

「姫様のご用件にもよりますね。例えばシャア大佐に会いたい、などと仰られたら?」

「ハマーン閣下は激怒するだろうな! 面白い冗談だ」

 

 プルフォウは、冗談を言ったつもりはなかったので、少しムッとしてしまった。プルツー姉さまは才能と実力があるから、いつも物事を軽く考え過ぎるのだ。

 

 

      ※

 

 

 王族や官僚たちが住む王宮は、アクシズの中心部にある。

 城と見紛うばかりの豪華な建物群は、着飾った兵士たちが警護していて、その様子はまるで中世に戻ったように錯覚させた。いわゆるジオン・スタイルと呼ばれている建築様式だが、それは旧世紀の文化を取り入れたものだ。

 正門をくぐり抜けて敷地に脚を踏み入れると、まず正面の大噴水が目に入ってくる。さらに歩くと、洗練された幾何学的デザインの庭と良く手入れされた低木とが、静かで美しいフランス式庭園を形作っていることに気付く。そして、奥にそびえ立つレンガ色の豪奢な宮殿までたどり着けば、敷地の全てが宮殿を引き立てるために存在していたということが分かるのだ。

 いったいどれだけの資金を使えば、これほど豪奢な建築物が建てられるのか想像もつかない。

 

「フン、まったく大げさな建物だな。こんなものを建てるくらいなら、もっとモビルスーツを製造するべきだ。お前もそう思うだろ?」

 

 姉プルツーが、モビルスーツに装備する使い捨てのプロペラント・タンクほどの関心もない、という感じで言った。

 

「はい。地球を統治するためには、その文化を取り込まなくてはならないのは理解できますが、現実も認識しなくてはならないでしょう」

「ネオ・ジオンは精神とか建前、御託が多いのさ。もっと合理的にならないと地球連邦軍には勝てないよ。資金は限られているんだから」

 

 宇宙世紀にあって旧世紀の文化を取り入れてしまうのは、地球に帰還したいという宇宙移民者(スペースノイド)の思考の現れなのだと思う。あるいは、この古風な建物は地球を統治するためのシミュレーションなのかもしれない。だってそうだろう。地球の文化を理解しないで、どうやって納める方法がわかるというのだろうか? 旧世紀のモンゴルは、遊牧民でありながらヨーロッパを武力で支配したが、その統治は長くは続かなかったのである。

 プルフォウは、未だ降り立ったことのない地球の大きさを想像した。

 

(地球か……いちどは行ってみたい。こんな人工の狭い空間とは違うんだろうな)

 

 そびえ立つ山や広大な森、海水が溢れる海。所詮、スペースコロニーや小惑星内に地球を模したところで、所詮模造品は模造品に過ぎないのだろう。アクシズの文化は模造品。そしてアクシズが生み出した、ニュータイプを模した強化人間も。

 そう思ったとたんに、急に自分を含めたすべてが恥ずかしくなってしまった。 

 駄目だ。これから地球連邦軍と戦おうというときに、そんな弱気になってはいけない。決戦が近づきつつあるのだ。

 

「お姉さま、わからないことがあります」

「また質問か?」

「はい。なぜ地球連邦軍は一気にアクシズに攻めてこないのでしょう? 月には主力機動艦隊が駐留しているはずなのに、攻めてくるのはエゥーゴの残存艦隊だけです。それも撃退した今、あの《ネェル・アーガマ》一隻だけが動いているというのは理解できません」

「簡単なことさ。地球連邦軍には責任者がいないのさ」

 

 姉は少し馬鹿にした感じで、敵組織が抱える官僚的な無責任さを分析してみせる。

 

「いま戦局は膠着状態だ。ハマーン閣下が地球にコロニー落としを仕掛けたから、ネオ・ジオンを攻撃する大儀というやつが地球連邦軍にはあるだろう。だが要塞を攻め落とすのは大変なことだ。相当の犠牲を覚悟する必要がある」

「守りの方が有利なのは分かります」

「そうだ。少し前に、地球連邦軍がエゥーゴを焚き付けてこのアクシズを攻めさせたのは、労せずにこちらの戦力を探るためさ。もちろんコロニー・レーザーがあれば使うだろうが、エゥーゴが壊してしまったからな。新造するにしても修復するにしても予算がいる。疲弊した地球連邦政府に、軍に追加予算を出す余裕はないだろう」

「では、ハマーン閣下が地球に降りて議会工作を行なったのは、そうした情勢を踏まえて?」

「その通り。怠け者の地球連邦政府に楽をさせてやろうと、条件の良い講和をもちかけたんだ。だが《アーガマ》の連中のせいで失敗してしまった」

 

 ハマーン閣下はミネバ殿下を連れて艦隊を地球に降下させ、地球連邦政府の高官と話し合いの場を持った。大金を投入し、華やかなセレモニーやパレードまで開催して、地球連邦政府と友好的に交渉したのだ。だが、地球連邦軍にあって好戦的なエゥーゴが介入してきたせいで、その交渉は大失敗に終わったのである。

 

「奴らを潰せなかったのは私の責任だ」

 

 プルフォウは、姉がふっと表情を曇らせたことに気が付いた。

 

「お姉さまのせいではありません」

「あれは、いやな戦いだった……」

 

 声をかけられない雰囲気を姉に感じて、プルフォウはしばらく沈黙した。まして心を覗くことなどできない。

 

「ともかく、いまは両陣営がお互いに出方を伺っている状態だ。今のうちにお前たちも訓練を積んでおくんだ。まだまだ未熟なんだから」

「はい、わかりました」

 

 だがプルフォウには、もうひとつ心配なことがあった。それはネオ・ジオン内部のことだ。姉を質問責めにして悪いとは思うのだが、普段は姉は親衛隊の隊長として忙しいので、こういう機会でもないと個人的な質問はできないのである。

 

「ですが、心配なことがあるのです」

「お前は心配性だからな?」

「それは認めますが、このところグレミー閣下とハマーン閣下との関係が悪化しているように思えるのです。それはネオ・ジオンにとっては良くないことです。スペースノイドの理想郷たるネオ・ジオンが内部分裂など……」

 

 プルフォウは懸念していたことを思い切って姉に打ち明けた。両者の関係が悪化すれば、あるいはそれは反乱という結果を招くことになる。一年戦争と同じように内輪揉めで疲弊し、地球連邦軍に敗北するなどすれば目も当てられないだろう。

 

「プルフォウ。そういうことは、お前は気にしなくていいんだ」

「そうでしょうか」

「優秀な兵士は命令を忠実にこなせばいい。政治やら理想やら、未熟な奴が大げさな大義を唱え始めると、悪い奴にそそのかされて不幸になる。やめときな」

「……はい」

 

 その答えには不満だったが、はっきりとそう言い切れる姉は凄いと思う。若干十歳ながら、すでにアクシズの重鎮となっている姉を心の底から尊敬してしまうのだ。しかしながら、それは自分にとっては不幸なことでもある。姉のクローンであり妹である自分にも、同じ振る舞いが求められているからだ。クローンとは言っても、個人の性格は違うし、能力だって違う。それが偉い人たちには分からないのだ。

 プルフォウにとっては、それはプレッシャーであり、憂鬱なことだった。

 

【挿絵表示】

 

 そんな話をしているうち、ようやく王宮の前にたどりついた。いよいよ姫様に謁見のときだ。

 大きな扉から王宮内に入ると、広間を抜けてミネバ殿下の部屋に繋がる廊下に出る。王宮の廊下は天井が高く、大きな窓から柔らかな光が差し込んでいて、高価な調度品に影を落としている。レプリカではあるが伝統と格式を重んじた生活空間。人を律するためには、心の拠り所が必要なのだ。

 そして、さらに歩いて行くと、ひときわ大きく豪華な扉が真正面に見えた。

 

「プルツー様!」

 

 衛兵が敬礼して出迎える。

 

「御苦労。ミネバ様に呼ばれている。取り次いでくれ」

「了解しました」

 

 衛兵がコンソールで連絡をとると、しばらくのち扉がゆっくりと開いていった。

 少し緊張して部屋のなかに脚を踏み入れる。親衛隊とて滅多に入ることはできない部屋である。

 

「プルツー、プルフォウ参りました」

 

 正面に据え付けられた、子供には大きすぎる巨大な玉座に、姫であるミネバ・ザビ殿下は座していた。彼女は若干九歳ではあるが、確かにその気品溢れる佇まいには人を惹きつけるカリスマ性がある。

 

「御苦労。多忙なところすまぬな」

 

 姫は、飲んでいた紅茶のカップをサイドテーブルに上品に置いて、臣下をねぎらった。

 

「この身はあなた様のものです。なんなりとお申し付けください」

「その言葉うれしく思う」姉プルツーの誠意ある言葉に姫は表情を和らげる。「これはハマーンにも内緒のことなのだ」

「ハマーン様にも?」

 

 やはり。

 プルフォウは、その言葉を聞いて姉と顔を見合わせた。顔がそっくりなので、戸惑う自らの顔をまるで鏡で見たかのように錯覚する。

 

「貴公たちはネオ・ジオンのエースパイロットだと聞いている」

「はっ、そのような評価、身に余る光栄です」

「謙遜せずともよい。わたしと年も違いはないのに感心なことだ」

「ははっ……」

 

 ミネバ殿下からの賞賛は喜ぶべきことだが、やっかいなことを依頼されたら、と考えざるを得ない。

 

「そこで貴公らを見込んで頼みがあるのだ」

 

 ほら、心配した通り。心の声が聞こえたならば、それは無礼だと叱責されることだろう。姫からの頼まれごとなど、家臣にとってはこの上なく光栄なことなのだから。

 でも、なにか嫌な予感がする。

 

「なんなりと親衛隊をお使い下さい」

「うむ。頼みとは他でもない、わたしにモビルスーツの操縦を教えてほしいのだ」

「モ、モビルスーツの操縦を?!」

「プルフォウ、声が大きいっ」

「申し訳ありません……」

 

 プルフォウは思わず声をあげてしまったことを反省する。ここは姫様の御前なのだ。無礼は慎まねばならない。

 しかし姫様がモビルスーツとは? まるで似合わぬ組み合わせだと思う。と同時に、少々拍子抜けしてしまった。なにか極秘任務かとさえ思っていたのだ。

 

「ミネバ様。恐れながら理由を聞かせて頂けないでしょうか?」

 

 姉も少々困惑しているようだ。普段は冷静な姉の微かな動揺が分かったのは、自分が妹だからだろう。

 

「うむ。このたびの戦いでは皆に苦労をかけている。わたしだけ何もせず、ただ椅子を温めているわけにはいかないのだ。それにザビ家の女として、武芸もできなくては示しもつかぬ。そこでモビルスーツを操縦してみようと考えたのだ。父ドズルも戦場に赴き、戦ったと聞いている」

 

 姫ミネバの父親であるドズル・ザビ閣下は、八年前のジオン独立戦争の折、宇宙要塞ソロモンの戦いで《ビグザム》という巨大モビルアーマーで戦い、勇壮に戦死したのだ。

 

「そのお考え、とてもご立派です。このプルツー敬服致しました」

 

 姉プルツーはかしこまって言う。

 しかし本音ではないはずだ。

 

「……ですが、正直申しまして驚いております」

「プルツー様。ミネバ様はモビルスーツにお詳しいのですよ」侍女が前に進み出てきて言った。「一目見ただけで名前を当ててしまうのです」

 

 才能を褒められて姫の顔が少し赤くなる。プルフォウは、その真っ直ぐな感情を可愛いと思った。

 もう一人の侍女がリモコンを操作すると、壁面パネルに映像が映し出された。『最新モビルスーツカタログ』というタイトルからすると、どうやらモビルスーツの記録映像らしい。

 

「ミネバ様、準備ができました」

「うん。始めてほしい」

 

 侍女がスイッチを入れると、すぐに映像が再生され始めた。それは戦場の記録映像やコンピューター・グラフィックスによる再現映像で、ジオン公国、ネオ・ジオン、地球連邦軍、エゥーゴ、ティターンズなど、様々な勢力のモビルスーツが次々と登場し、ビーム・ライフルやビーム・サーベルを撃ったり振ったりして活躍するといった内容だった。

 

「これは《ザク》。これは《グフ》だ」

 

 姫は映ったモビルスーツの名前をぴたりと当てた。

 

「《ドム》、《ゾック》、ゲルルグ……いや、違う。《ゲルググ》だ」

 

 わずかな時間シルエットを見ただけで、モビルスーツの名前を次々と当てていく。確かに詳しい。だが、まだまだ基本レベルだろう。

 

「《アッグガイ》。これは……《ジュアッグ》?」

「正解です。ミネバ様」

 

 問題は、だんだんとマイナーな機体に移っていった。おそらくは想像力を逞しくした絵空事だろうが、大きな眼をしていたり、鼻が長かったり、とにかく異様としか形容できないデザインのモビルスーツが、映像の中で信じがたいような活躍をしている。

 それにしても、深層のお嬢様といった雰囲気の姫様が、ここまで兵器に詳しいのは驚きである。

 

「これはエゥーゴの《ゼータ・ガンダム》だ。ああ! この金色は簡単だ。《百式》だろう? シャアのモビルスーツだ」

 

 グリプス戦役の、最新型のモビルスーツまでもお当てになってしまう。

 

「ジュピトリスの《ボリノーク・サマーン》。これはエゥーゴの水中型《メタス・マリナー》」

「終了です。素晴らしいですミネバ様! 満点ですよ!」

 

 姫は、専門家ともいえる自分たちが良く知らないモビルスーツの名前すら御存じなのだ。これほどストレートに才能をしめされれば、姫様のすることだと贔屓目にみたとしても、素直に驚くほかはない。

 

「言葉もありません。敬服致しますミネバ様」

 

 姉も、さすがに感心したようだった。

 

「私は、いつもモビルスーツの本で勉強しているのだ。バイオリンだけを弾いているわけではないのだぞ?」

 

 姫は誇らしげに言った。

 それでも、とプルフォウは思う。知識だけでは、モビルスーツを操縦するには不十分なのだ。知識だけで操縦することはできない、つまるところ先天的な操縦テクニック、センスが必要なのである。

 

「これだけではありません。ミネバ様はモビルスーツのシミュレーターだってお得意なのです」

「そこまで力を入れてらっしゃるとは……」

 

 姉プルツーは、さらに感嘆する。

 普段は気弱そうにも見えるミネバ殿下のお顔は自信に溢れていた。

 

「見せようではないか。ジオンの姫の、モビルスーツの操縦テクニックというものを!」


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