続編の「プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち」を投稿予定です。
17
プルフォウはアクシズに帰還すると、姉と一緒にイレブンを急いで医務室に運んだ。人体に危険なほどの電流が幼い身体に流れたのだ。火傷も負っているし、脳や神経、内臓へのダメージがないか、精密検査も受けなければならない。
「イレブン、ゆっくり休みなさい」
ベッドで寝ているイレブンの頭を優しく撫でると、彼女がうっすらと額に汗をかいているのがわかった。
「はい、そうします……。少し疲れてしまいました」
「本当に、イレブンのおかげで姫様もわたしも助かったよ。すごい活躍だった」
「そんな。お姉さまこそ、危険を顧みずにわたしを助けて頂いて。本当に感謝しています」
「わたしたちはチームだからね」
「……それ、わたしの言葉ですね」
「これからも頼りにしてるよイレブン」
そう言って微笑むと、イレブンも恥ずかしそうに笑みを返した。
「お休み」
プルフォウは医務室をでると、汗を流すためにシャワー室に向かった。
女性用のシャワー室は、格納庫から離れた建物の奥にある。部屋に入って、汗で汚れたノーマルスーツと下着を脱ぐと、そのままウォッシングマシーンに入れてしまう。これは洗濯から脱水、プレスまでしてくれる優れものなのだ。空いているシャワーを確認して、タオルを持って中に入る。すぐに蛇口をひねると、熱いシャワーが勢いよく飛び出した。
疲労とサイコミュを使ったことによる頭痛が、すぅっと引いていく。バスソルトを入れたお風呂にゆっくり入れば、もっと気持ちが良いだろう。だが、このあと急いでモビルスーツ・デッキに向かわなくてはいけないのだ。礼を言うために、イロンの帰還を出迎えるつもりなのである。でも、いざとなるとなんとも気恥ずかしく、馬鹿げた行為のように思えた。帰還の慌ただしいときにお礼を言うなんて邪魔ではないだろうか。自分なら間違いなくそう思う。
イレブンが、必ず帰還時に渡さなければというから。
似合わない行為に緊張している。裸でシャワーを浴びているから、よけいに心臓の鼓動を意識してしまう。
(ただ彼にお礼を言えばいいだけよ。うん、そうだわ。簡単なミッションよ、これは)
プルフォウは自分に暗示をかけるように言った。
※
軍服を着ているから違和感はないはずだった。でも、何もしないでただ通路に突っ立っているのは少し変かもしれない。だから、それとなく掲示ディスプレイを見たりしてみる。
そのとき驚くほど大きな音がして、フロア全体が振動した。この振動はモビルスーツのものだ。モビルスーツの着艦に問題が発生したのだろうか?
気になって、着艦デッキに向かった。
着艦デッキに続く通路からデッキを覗くと、戦闘を終えたモビルスーツが次々と着艦してくるのが見えた。激しくダメージを受けていて、着艦ネットに衝突し、ほとんどクラッシュ同然に帰還する機体もある。デッキ・オフィサーの怒鳴り声が聞こえて、火災を起こした機体が爆発しないように、防火担当班が消防エレカでネオハロン消化剤を吹きかけている。
半壊した《ズサ》をみて、イロンが無事に帰還したのか不安になった。
「彼は大丈夫なのかしら……」
プルフォウは近くのモニターを操作して、部隊の帰還機リストを表示させた。数十機のリストを上から目で追ったが、そこにイロンの《ガ・ゾウム》208号機の表示はなかった。
まるで心臓を掴まれたような心地だった。気のせいか周囲がざわついている。
「まだガ・ゾウム208が帰還してないらしい」
「あの新入りか?」
近くを通り過ぎる整備兵の会話を聞いて、プルフォウは体から血の気が引くのがわかった。
「イロン曹長、まだ帰還していないのですか!?」
プルフォウは振り向いて整備兵に尋ねた。
「あ、ああ。そうらしい。イロンの機体は行方不明なんだ」
「そんな」
「君はあいつの知り合いか?」
「おい、彼女は親衛隊だぞ。プルなんとかって」
もうひとりの整備兵がプルフォウの所属に気付いたようだった。
「こ、これは失礼いたしました!」
「いえ、いいんです! ありがとうございました!」
プルフォウは二人の整備兵に礼を言うと、急いで管制室にむかった。すぐにでも自分で探しに行きたいと思ったが、勝手にモビルスーツで発進して専門部隊の邪魔をするわけにはいかない。だから状況を確認するために管制室に向かうことにしたのだ。自分の権限なら中に入れる。
管制室に向かう途中、カタパルトから頭が異様に大きなモビルスーツが発進していくのを認めた。
あのおかしなモビルスーツは……そう、《アイザック》だ。レーダーという電子の目を持つザクタイプだから『アイ』ザクだったなと名前を思い出す。
RMS-119《アイザック》は、元は地球連邦軍製の偵察用モビルスーツで、ネオ・ジオンでは接収した機体を運用している。長距離レーダー、レーザー・センサー、ミノフスキー・センサーなどの各種センサーを装備しているので、精度の高い全方位捜索が可能な機体だ。電子戦機には、地球連邦軍に一日の長があるのだ。旧ジオン公国時代には何機種か開発されていたのだが、ネオ・ジオンでは偵察専用機体は開発されていない。それには、開発リソースが限られているという懐事情もあった。
プルフォウは小走りに管制室に向かい、部屋にたどり着くとカードキーでドアを開けた。
管制室は騒然としていた。
部屋には何十人もスタッフが常駐していて、複数のモニターを備えた机に座って忙しく監視作業を続けている。前面の壁に大型モニターが設置されているので、マルチウインドウで各艦船やモビルスーツからの映像を同時に確認することができる。
中に入ると、担当兵のひとりが敬礼しながら近づいてきた。
「何かご用でしょうか?」
「はい、私はあの宙域で作戦行動を行っていました。行方不明機の捜索でお役に立てることもあると思うのです。申し遅れました、親衛隊所属のプルフォウです」
「親衛隊の方でしたか。わかりました、こちらへ」
プルフォウは、管制室中央の作業を統制するスペースまで案内された。担当はダニエル少佐で、短く髪をカットした、いかにも壮健な軍人といった感じの士官だ。おそらくはパイロット出身なのだとプルフォウは推測した。
「専任士官のダニエル少佐です」
「親衛隊所属のプルフォウです。少佐、状況を教えて頂けないでしょうか?」
「わかりました」
ダニエル少佐は手元のパネルを操作して、宙域のマップを表示させた
「ガ・ゾウム208号機はエゥーゴ艦隊を追撃し、アイリッシュ級ウォーターフォードを攻撃しました。エンジンに直撃をうけたウォーターフォードは撤退しましたが、ガ・ゾウム208号とは連絡がとれない状況です。僚機からの報告では、艦砲射撃の直撃をうけたようです」
「直撃を……。救難信号は発信されていないのですか?」
「まだ受信していません。ですが《アイザック》を二機発進させて、スクエアサーチで捜索させています」
「そうですか……」
内心わかってはいたが、いま自分が役に立てることは何もない。それはこの部屋スタッフ全員がそうで、ただ《アイザック》からの報告を待つしかないのである。
悲劇のヒロインぶるつもりはなかったが、プルフォウは、ただ彼の無事を祈った。
※
「もうすぐ九時間が経過します」
待っている時間が遅く感じるのは、宇宙でも変わることはない。変化のない状況には脳が刺激を受けず、反応しないのである。
プルフォウは、すでに数日が経過したような感覚を覚えていた。だが、時間が経過すればするだけ遭難者の生存確率は低くなる。焦燥感だけが募っていく。
『機体を発見!』
突然の《アイザック》、コードネーム『エコー1』からの報告に、管制室が色めき立った。
前面の大型モニターに、エコー1から送信されたノイズだらけの不鮮明な画像が表示された。
『……ネガティヴ。あれは切り離された《ズサ》のブースターだ』
オペレーターたちからため息が漏れる。戦艦への突撃時にブースターを切り離したのだろう。それはほとんど特攻同然のアタックで、実際その《ズサ》は撃墜されてしまっていた。戦闘が発生した場所を起点として、漂流したと思われる距離を考慮すると、今の時点で機体が発見できないのは……。
(何とか生きていて……。この前のお礼、できてないのに)
プルフォウは祈るように両手を握った。
「あっ!?」
その瞬間、脳裏にビジョンが浮かんだ。ついで俯瞰した海図がはっきりとイメージされて、イロンの《ガ・ゾウム》が漂流しているポイントがはっきりと認識された。
ニュータイプ能力の発現だと思いたかった。自分の能力に自信は持てなかったが、人の命がかかっているのだ。思い切って話してみなければ。
「少佐、グリッド36を! すぐにグリッド36を捜索してください!」
「グリッド36? その宙域はすでに捜索しましたが」
「もっと詳細に調べてください。必ずいます。お願いします!」
「エコー1の燃料も残り少ない。アクシズとは反対方向です。そこまで戻れば、他のグリッドが捜索できなくなる。あなたには確証が?」
ダニエル少佐の厳しく問い詰めるような言葉に、思わずたじろいでしまう。
「……証明するものはありません。ですが、私の能力が教えているのです」
「教えている、とは?」
「残念ですが、具体的にニュータイプ能力についてこの場で説明することはできません。でも、ここにサイコミュがあれば、わたしの脳波に反応するはずなんです」
「しかし、不確定な情報では……」
「お願いします! 少佐!」
プルフォウは少佐の手をとって、必死に訴えた。
「……わかりました。親衛隊であるあなたがそこまで言うのです。あなたの能力を信じましょう」
少佐はモニターに向き直ると指示をだした。
「エコー1、すまないがグリッド36の捜索に向かってくれないか」
『命令が理解できませんでした。もう一度命令をおっしゃって頂けませんか』
エコー1のパイロットから、不満げな声が聞こえてくる。それよりも、捜索していないポイントを探したいという抗議の声だ。
「グリッド36を調べるんだ。燃料はギリギリなのはわかっている。行方不明機がいるという情報が入ったんだ」
『目撃情報ですか?』
「いや、ビジュアル・コンタクトではない。センサーによる反応だ」
『レーザー・センサーやミノフスキー・センサーには反応がありませんでしたが』
「それ以上の性能を誇るセンサーによる情報なんだ」
ダニエル少佐は、プルフォウの方を見ながら言った。
『……了解、エコー1グリッド36に向かいます。それにしても、その高精度センサーを《アイザック》にも搭載して欲しいものですな』
「あいにく量産できないんだよ。えらく高価なんでな。ダニエル少佐アウト」
ダニエル少佐は通信を切った。
「これでよろしいですな? ミズ・プルフォウ」
「ありがとうございます。けっこうです」
プルフォウは会話の中で機械扱いされてムッとしてしまった。強化人間といったって、少し優れた能力があるだけで、あとは普通の人間と変わらないのだ。
だが、いまは機械扱いされようが全くかまわない。イロンの機体を見つけて、彼を救出することが大事なのだから。
「少佐、ベースジャバーを発進させてください。《アイザック》の燃料は残り少ないはずです」
「わたしも同意見です。フライトデッキ! 準備ができている《ゲター》はあるか?」
《ゲター》は無人の宇宙用サブフライトシステムで、モビルスーツの航続距離を延ばすことが可能な、いわゆる支援宇宙航空機である。
ややあって、デッキから返事があった。
『一機が発進可能です!』
「よし、グリッド36に向けて発進させてくれ。エコー1の燃料がクリティカルだ」
『了解!』
「あとは時間との勝負です。機体が損傷していなければ、酸素はリニアシートの酸素で持つとは思いますが、二酸化炭素吸着キャニスターが持ちません」
「まだ、大丈夫なはずです」
プルフォウは救出が上手くいくように見守るしかなかった。
「(だって、彼はマントを見つけたはずだから)」
そう、少佐には言えなかったのだが、イロンの《ガ・ゾウム》のコクピットには、プレゼントのマントが隠してあったのだ。つまり、さっきは自分が買ったマントを認識したというわけだ。でも装備品に勝手に私物を入れるのは厳密には軍規違反だし、何よりそんな恥ずかしいことを言えるわけがないので、少佐にはぼかして説明するしかなかった。
イロン曹長は、リニアシート下のサバイバルキットを開いたときにマントを見つけたに違いない。あのマントを見つけて、それが私からのお礼だと気が付いただろうか? そう、気まずいから自分自身を誤魔化しただけで、本当は彼の声を感じていたのかもしれない。
プルフォウは冷静ですました顔を取り繕っていたが、自分の頬が赤く染まるのを自覚した。
『エコー1、グリッド36に到着した。これより捜索を開始する』
「了解」
エコー1のパイロットからの報告が入る。宇宙を立方体に区切り、隈なく捜索する。それは恐ろしく手間と時間がかかる作業である。
「デブリの近くを探してください。パイロットは機体が大きく流されないように、質量が大きい艦船の破片に掴まっているはずです。影になっていたから、わからなかったのだと思います」
「船のデブリを探すんだエコー1」
『了解』
グリッド36の捜索開始から十分ほどが経過した。
(お願い、見つかって……)
自分の感覚は正しいはずだ。確かに彼を感じられたのだ。
『ガ・ゾウム208発見! 情報通りデブリに掴まっている! 機体は半壊しているようだ。すぐに救助に向かう』
「よし! 頼んだぞ!」
ようやく訪れた吉報に司令室は沸き立った。あとはパイロットが生きているのを祈るだけだ。
エコー1は、慎重に姿勢制御スラスターを少しずつ噴射させて《ガ・ゾウム》に接近していく。パイロットが機体の外に出ているかもしれないから、急激な機動は禁物なのである。
『パイロットは無事だ! 何か旗をふっている? いや、あれはマントか?』
拡大されたエコー1から送信された画像には、ジオンのマントを大きく振っているイロンの姿が映っていた。この場の誰ひとり、自分が彼にあのマントをプレゼントしたとは知らないはずだ。それでも、プルフォウは恥ずかしくなって思わずうつむいてしまった。感情が高ぶったのか、自然と涙が溢れてきてしまう。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。このような場にいるときの、人間の自然な感情でしょう」
プルフォウは涙を拭いながら言った。
「仲間が助かったときは、いつも嬉しいものですよ。今回はあなたのおかげです。素晴らしい仕事をされましたね」
ダニエル少佐が笑って手を差し出した。
「ありがとうございます。少佐こそ」
プルフォウは少佐と固く握手をする。本当に良かった。
「では、私はこれで失礼します」
「もうお帰りになるのですか? パイロットの帰還をお待ちになって下さい。彼も感謝していることでしょう」
「あまり大げさにしたくないのです。それに、少し疲れてしまいました」
「そうですか。能力を使えば消耗するのでしょうね。本当に得難い力ですよ」
「そう言って頂くのは光栄ですが、常に能力を発揮できるわけではないのです……彼とは知り合いなのです」
「なるほど……。多くの人間と精神的な繋がりをもてば、もはや普通の人間には耐えられないでしょうからな」
「はい。ご配慮感謝します少佐」
プルフォウは敬礼すると、部屋を退出した。正直、イロン曹長に会いたい気持ちもあった。でも、あんなに派手にマントを振られたら、まともに顔を見れそうもない。落ち着いたら、ゆっくりと話を聞けばいい。
※
基地を出ると、もうすっかり夜がふけていた。もちろんコンピューター制御で人工的に夜が設定されているだけなのだが、ひんやりとした感じが疲れた身体に気持ちよかった。
プルフォウは宿舎に帰るために居住区へと脚を向けた。アクシズの居住区は、短期間かつ低コストで住宅を建てなければならなかったので、規格に沿った同じような建物が並んでいる。ぱっとせず面白くもない風景ではあるが、でもそんな画一的な建物の夜景も、今は普段よりも美しく見えた。今夜はぐっすりと眠れそうだ。
「灯りが?」
プルフォウは親衛隊の宿舎にたどり着くと、食堂の電気が付いていることに気が付いた。おまけに騒がしい声も聞こえる。もう夜中の一時なのに。いったい誰が夜更かしをしているのかと、少し腹を立てながら食堂に入る。すると、姉のプルツーから末っ子のトゥエルブまで、姉妹全員が集まっていたのでプルフォウは驚いてしまった。
「みんな集まって、何をやっているの!?」
「見てのとおり、パーティーですよ、プルフォウお姉さま」
「イレブン!」
プルフォウは元気なイレブンの姿をみれたことが嬉しくてたまらなかった。
「身体は大丈夫なの!?」
「はい、お姉さま。検査の結果、問題はありませんでした。軽い火傷を治療しただけです。自室でしばらく療養すれば大丈夫です」
「ナインが診てあげてるから大丈夫だよ、フォウお姉ちゃん」
「ああ、よかった! 本当に心配したんだから」
イレブンは成長期だから、怪我はすっかり治ってしまうだろう。
プルフォウはイレブンの頭を優しくなぜた。ナインも彼女の後ろからツインテールを上げ下げしている。
「ナインお姉さま、子供じゃないのですから……」
「いいじゃない」
スキンシップは大事なのだ。ちょっと顔を膨らませたイレブンが可愛くてたまらない。
「よっ! プルフォウ姉貴! 先に楽しんでるぜ!」
能天気な声に振り向くと、ファイブが飲み物のカップを持ち上げながら近づいてきた。まるでアルコールに酔っぱらったような感じだ。むろん宿舎でもアルコールは禁止である。
「ファイブ、あなた任務はすんだの?」
「だから、ここにいんだろ。ハマーン様にも褒められたんだぜ。有能な士官だってさ!」
「本当に? 凄いじゃない。あの厳しいハマーン閣下に褒められるなんてよほどのことよ」
「ははは! そうだろ姉貴! オレさ、大佐になっちゃうかもな。大佐になったら仮面を被ったりしなくちゃいけないんだろ? 『赤い彗星』みたいな異名も考えないといけねェよ!」
ファイブは、テーブルから食べ物の取り皿を手に取ると、笑い転げながら仮面を被るような仕草をした。
「ファイブ、調子にのるのはやめなさい。あなたの悪いクセよ。テンのおかげでしょう? 護衛任務が失敗しなかったのは」
スリー姉さんがファイブを叱責する。
「わかってんよスリー姉! ありがとな、テン!」
「は、はい……」
あまり気持ちがこもっていない感謝に、テンが恥ずかしそうに頷いた。
サイド6での護衛任務中、ファイブが道を間違えたせいで、ハマーン閣下は連邦軍のエージェントと危うく鉢合わせしそうになってしまった。だがテンが半ばパニックになりながらも、囮として道路の水たまりに思い切りダイブしたのだ。テンが全身ずぶ濡れになって大げさに喚いたことで、その場の全員の眼が彼女に注がれることになり、ハマーン閣下はその隙に逃げることができたのである。
気弱で怖がりなテンにしては大胆な行動だった。
「本当に調子が良いんだから……。スリー姉さんのいう通り。過信は足元をすくうんだよ、ファイブ」
「スリー姉、フォウ姉、説教はいいからさ。素直に妹の出世を喜んでくれって!」
ファイブはハマーン閣下の護衛任務をこなしたことで、完全に有頂天になっているのだ。その楽観的すぎる思考に呆れてしまうが、ともかくみんな無事であることは嬉しかった。
「プルフォウ、あんたも楽しみな。今日は親衛隊が任務を無事に完了させたお祝いさ」
姉プルツーが、まだ何も飲んでいないプルフォウにグラスを差し出した。
「プルツーお姉さま」
飲み物はローズウォーターとザクロジュースを混ぜた発砲飲料だ。ちょっと甘いとも思ったが、なかなか美味しい。スリー姉さんの新しいレシピだろうか。
「プルフォウ、今回はよくやってくれた。ミネバ様をお守りできたのはお前のおかげだ」
「本当に、無我夢中でした」
「言ったろ? 優秀なパイロットは、思わぬトラブルにも対処しなくてはならないってな。それを、お前はやってのけたのさ」
「ありがとうございます、お姉さま」
プルフォウは姉としっかりと握手を交わした。
「お前も、これで立派な親衛隊のパイロットだな」
「光栄です……でも、ひとつ心配なことが」
「またか? 心配事が絶えないな」
「はい。この一連の騒ぎで、姫様の操縦訓練のことをハマーン様も知ってしまったのではないですか? それが気になって」
「ああ、そのことか。大丈夫だ。グレミーが上手く揉み消してくれたさ。アクシズに混乱を招くのは好ましくないってな。あいつの政治的手腕は大したものさ」
「そうですか……。安心しました」
プルフォウは、ほっと胸をなでおろした。ミネバ殿下にも迷惑がかかってしまうところだった。彼女を悲しませるわけにはいかない。
「そうだプルフォウ、おまえにミネバ様から感謝状が届いているよ」
「本当ですか?」
プルフォウは姉から古風な封蝋で封印された袋を手渡された。開封すると、中にはグリーンのジオンカラーとエングレービングに飾られたコンピューター・パッドが入っていた。それはネオ・ジオン公室からの文書を表すものだ。内容はジオンの姫として忠臣への感謝の意を表したもので、親衛隊にとっても非常に名誉なものだった。
「これもプルツーお姉さまのご指導のおかげです」
「世辞はいいさ。だが、悪い気持ちはしないな!」
姉プルツーの、普段は滅多に見せない素直な感情表現に、姉妹全員が笑い声をあげた。
そう、笑い声が溢れていること。それが一番大事なことなのだ。この時間がずっと続いて欲しいと思う。戦争が終わって平和になれば、もっとみんなで楽しく過ごせるのに。
これから戦いはさらに激しくなるに違いない。でも心配することは忘れて、今だけはこの瞬間を楽しもうとプルフォウは思った。
終
冬コミC91新刊 小説「プルフォウ・ストーリー(下) 姫のモビルスーツ」とイラスト&設定資料集「プルプルズ計画」を、とらのあなさんとCOMIC ZINさんに委託させて頂きました!よろしくお願い致します!
■とらのあなさんに特集ページを作って頂きました
http://www.toranoana.jp/mailorder/cot/pagekit/0000/00/07/000000073352/index.html?TW=1
■とらのあな
http://www.toranoana.jp/mailorder/cot/author/21/a5aca5c1a5e34d_01.html
■COMIC ZIN
http://shop.comiczin.jp/products/list.php?category_id=6289