16
「大尉、投降します。なにも武器は持っていません」
プルフォウはコクピットハッチを開放して身を乗り出すと、同時に、自衛用武器のスマルツァMP-71マシンガンも放棄した。これは余計なことだが、銃も放棄すれば抗う意思はないと強調することができると考えたのだ。さらに、自分は無害で哀れな少女だと強調するように、掌を前にして両手をあげた。強化人間とはいえ、モビルスーツがなければその能力を表現しようがなく、ただの無力な敗北者にすぎないというわけだ。
「南極条約にそった扱いをしてください。捕虜になるのは怖いのです。過酷な尋問など受けたくはありません」
プルフォウは怯えた少女を演じた。いや、半分は演技ではない。だから真に迫った演技になっていることを期待した。
『心配はいらない。地球連邦軍は捕虜の人権は守る。よし、中尉! 機体を確保だ』
《ネモ》二機が、こちらを拘束するために接近してくる。その手にワイヤー状の電撃兵器を装備していることが分かる。あの兵器にイレブンはやられたのだ。
(あの武器を喰らうわけにはいかない)
《キュベレイ》には電流対策が施されてはいるが、二機からの同時攻撃はさすがに防げない。
二機の《ネモ》が腕を振った。今まさにワイヤーを投擲せんとするモーションだ。
いまが好機だ。
(ファンネル!)
プルフォウは無言でファンネルに命令した。ファンネル・コンテナを廃棄する前に、密かにファンネルを二機放出していたのだ。これが相手を出し抜くための切り札だ。
『中尉、モビルスーツを拘束しろ!』
ワイヤーが伸びて《キュベレイ》の腕に絡みつくと、何重にもきつく巻き付いた。
『よし、コクピットから出るんだ! ん、なんだっ!?』
「どこかへ飛んでいけっ!」
プルフォウは、ファンネルをロナルド大尉に向けて飛行させた。わずかにカーブさせて、イレブンを避けてぶつけるのだ。イレブンには作戦を伝えているから、直前で大尉を振り切って離れてくれるはずだ。
『騙したのか!』
「あなたが言えることですか!」
正確に軌道をコントロールするのが難しかった。だが、このままのコースでゆけば確実に当たる!
ファンネルはバーニア・スラスターをシュッと短く噴射させながら、プルフォウの示したコースを正確にトレースして宇宙空間を突き進んだ。
『それで出し抜いたつもりか!』
「なにを!?……あっ!」
目の前の光景に、プルフォウは考えが甘かったことを悟った。こちらの作戦を理解した大尉は、イレブンを掴むと自らの盾にしたのである。負傷している妹は、また気を失ってしまったに違いなかった。
「イレブン逃げて!」
プルフォウは、これから起こるだろう惨劇を予想して叫んだ。このままではイレブンにも当たってしまう。ファンネルはもう二人の眼前に迫っている。勢いがついているので、もう止めることはできない。
「所詮は子供の考えることだな! そらっ!」
大尉はイレブンを前に押し出した。彼女をファンネルにぶつけて、その隙に回避するつもりだ。
「だめえっ!」
「プルフォウ! ファンネルのコントロールを……!」
姫の叫びを聞いて、プルフォウの脳が弾けるように覚醒した。
プルフォウの意識が、思考するより先に感応波を送信する。ミノフスキー粒子を媒介した命令はコンマ数秒でファンネルに到達して、姿勢制御バーニアを作動させた。
対応可能時間はゼロにも等しかったはずだ。光回路が信号を送信し 、姿勢制御バーニアが噴射されるまでにも〇.五秒はかかるのだ。あるいは無意識にこの状況を予測し、対応するようにコマンドを発していたのかもしれなかった。原因が先か、結果が先か。いま因果律について考えている暇はない。
イレブンに衝突するかと思われたファンネルは、バーニアの反作用で一気にブレーキをかけた。そして、砲身の先端を支点として尾部を振り、ちょうどイレブンの周囲を公転するような軌道を描いた。
小さな回転半径でファンネルを動かすには、精密な姿勢制御バーニアの操作が必要だ。プルフォウはアドレナリンで引き伸ばされた時間の中、瞬時に噴射タイミングを計算してファンネルのコントロールを行なったのだ。
これほど正確にコントロール出来たのは初めてだった。
「当たれぇーっ!」
ファンネルの動きをみて大尉がイレブンを撃とうとしたが、次の瞬間、漏斗状のファンネルの尾部が、まるで巨大な棍棒が振られるように勢いよく大尉にヒットした。
『がっ……!』
もはや逃げ場はなかった。ファンネルは凄まじい速度でロナルド大尉に命中し、大尉はくぐもった叫び声をあげながら吹き飛ばされた。さらにファンネルは勢いで《量産型キュベレイ》の機体にも激突して、大量の破片がばら撒かれた。ロナルド大尉は手足をばたつかせながら、破片とともに宇宙空間を漂っていった。人間の三倍ほども質量があるファンネルの直撃をくらったのだ。そのダメージは想像もしたくない。
でも同情の余地はない。人質を取るなどという、恥知らずな行為の代償だ。ジャンク屋に回収されて欲しいとも思わなかった。
「自業自得よ……大尉」
プルフォウは宇宙空間を漂っていく大尉から視線を反らした。
「プルフォウ、イレブンが!」
「えっ!?」
イレブンの姿が見えない。ファンネルが《キュベレイ》に衝突した衝撃で、イレブンも一緒に跳ね飛ばされてしまったのだ。
「すぐに助けなくては!」
無重量の宇宙ではブレーキとなるものがないので、跳ね飛ばされれば永久に漂うことになる。一刻も早く見つけなくてはならないが、だが、その前にやらなければいけないことがあった。
「姫様! 敵モビルスーツを攻撃してください!」
「わかった!」
待機していた二機の《ネモ》が、ロナルド大尉がやられたことを察知するや否や、すぐさま攻撃を開始してきたのだ。ビーム・ライフルの射線が《キュベレイ》をかすめ始める。
しかし訓練の賜物で、姫は冷静にネモの攻撃を回避しながら、操縦桿のトリガーをひいて反撃した。あらかじめ二機の《ネモ》に照準を設定していたのだ。
《キュベレイ》のビーム・ガンの直撃を受けて《ネモ》は半壊した。
プルフォウが残ったもう一基のファンネルで攻撃すると、二機の戦闘能力は完全に失われた。
「エゥーゴ機、撃墜はしない! この卑怯な作戦を上官に報告しなさい!」
プルフォウは叫ぶと、ファンネルを《ネモ》の目の前に移動させた。いつでも撃破できるという警告だ。それを受けて、エゥーゴ機は辛うじて稼働するバーニアを作動させると母艦へと帰還していった。
まさか反撃はしてこないだろう。
「姫様、イレブンを助けにいきます!」
プルフォウは、リニアシートの床下から手早く個人用推進装置であるパーソナル・ムーバーを取り出すと、ノーマルスーツのバックパックにそれを取り付けた。
「位置は分かるのか!? キュベレイで探したほうが良いのではないか?」
「まだ敵が残っている可能性があるのです。狙撃される危険がありますから、姫様は隕石の陰に隠れていて下さい。この機を捜索の基準点にします」
「わかった。必ずイレブンを見つけるのだぞ。彼女はお前を待っている」
「はい、姫様」
プルフォウは姫に頷くと、コクピットハッチから飛び出した。
宇宙……!
宇宙遊泳は非常に難しく、専門技術を要する。文字通りに生身で宇宙空間を泳ぐようなものだが、いくら身体を動かしても水の中を泳ぐようには進まない。真空には何も存在しないからだ。宇宙遊泳をするためには、パーソナル・ムーバーのような反動推進システムを備えた装置が必要なのである。
「接続は問題なし。噴射テスト開始」
手元のスイッチを押すと、正常に水素が噴射した。良かった、これは不良品ではない。
次にイレブンの現在地を計算するために、ノーマルスーツのポケットからハンドヘルド・コンピュータを取り出した。《キュベレイ》を起点として、記録映像からイレブンが飛ばされた方向と速度を割り出して計算すれば、経過時間から彼女の現在位置がわかるはずだ。
「姫様、記録映像にイレブンは映っていましたか?」
「途中までは映っていた。だが破片と敵機のビーム攻撃が邪魔をして見えなくなってしまった。途中までの映像を送信するから確認してほしい」
「わかりました」
解析プログラムで映像からイレブンの移動速度と角度を計算したあと、周辺の宙域を立体的に表示させて、視点を自分が今いる場所に設定した。これで探すべき方向がわかる。
別のポケットから折りたたみ式の双眼鏡を取り出して、イレブンの予測位置を目視で確認していく。
「イレブン、どこなの……」
デブリが多いので、ぶつかって跳ね飛ばされ、さらに異なる方向に飛ばされてしまった可能性もある。あるいは敵機のビーム攻撃に巻き込まれた可能性も……。
恐ろしい考えが頭をよぎったとき、大小のデブリに混じってノーマルスーツらしきシルエットがみえた。
「あれは!」
急いでパーソナル・ムーバーを可動させると、はやる気持ちを抑えながら慎重に進んだ。勢いがつきすぎると止まれなくなるし、燃料の使いすぎで帰ることができなくなってしまうからだ。モビルスーツでなら自在に動けるのに、生身ではまるで陸にあがったアザラシのようにおかしな動きしかできない。それがもどかしかったが、なんとか近づいていくと、漂流しているイレブンの姿がはっきりと確認できた。
「イレブン! イレブン聞こえる? 返事をして! 無事なんでしょう? お願い!」
プルフォウは、思うように前に進めない、まるで夢の中でもがいているような状況の中、必死にイレブンのところまでたどり着いた。
「イレブン!」
「あ……プルフォウお姉さま?」
「良かった……」
イレブンを抱きしめて、彼女の顔をバイザー越しに見たとたん、プルフォウは涙が溢れてくるのがわかった。妹が無事で本当によかった。
「無理をさせてごめんね。あなたひとりに戦わせてしまって」
「わたしだって親衛隊なんですよ? 任務を果たせたことは嬉しいです」
「でも、死んでしまったら終わりだよ。本当にごめんなさい」
ヘルメットのバイザーが濡れてしまうのは構わずに、思わず泣いてしまった。
「プルフォウお姉さま……」
イレブンは姉のヘルメットに触れた。
と、そのとき
「あっ!?」
「モビルスーツ……!」
二人は同時に、敵モビルスーツが急接近してくることを感じ取った。その動きから、こちらを探していることがわかる。おそらく撤退したエゥーゴ機からの連絡を受けたに違いない。
恩を仇で返すのか。
「お姉さま、姫さまに連絡は」
「だめ! 姫さまを危険にさらすわけにはいかない……。見つかった!」
モビルスーツはバーニアを噴射して減速すると、向きを変えて近づいてくる。
「お姉さまだけでも逃げてください!」
「そんなことできるわけないでしょ!」
もはやこれまでかとプルフォウが覚悟したとき、後方から大量のミサイルが飛来するのがわかった。
「味方の攻撃!?」
高速で接近したミサイルは、わずかにホーミングすると、エゥーゴのモビルスーツに直撃した。直後に弾頭が爆発し、モビルスーツは内部から膨れ上がるように爆発した。
味方に助けられたが、こんなに近くで爆発したら……!
「イレブン、頭を守って!」
モビルスーツの破片から身を守るために、プルフォウは妹を抱きしめながら身を屈めた。あの速さで破片をくらえば即死だ。味方機が、自分たちがいたことに気が付かなかったのは仕方がない。せめて妹だけでも守らなければ。
吹き飛ばされるイメージが脳裏に浮かぶ。それは悲劇の想像か、ニュータイプ能力による予知か。そう考えた刹那、非業の死のイメージがキャンセルされて、周囲が暗闇に包まれたのがわかった。
驚いて周囲を確認すると、モビルスーツの巨大な手に囲まれていることが分かった。
「モビルスーツの、手……?」
『大丈夫か? 君はプルフォウだろ?』
「そ、その声。あなた、イロンなの?」
『そうさ。君が無事で良かった』
「ありがとう! よくこの場所が」
『ミネバ殿下から救援要請があったんだぜ。びっくりして、慌てて飛んできたよ。姫様と直接話せるなんて夢みたいだ』
「そうだったの。……また借りができたわね」
『気にするなって』
『ズールー3! 無駄口を叩いてるな! 味方の兵は無事か? 敵を追撃するぞ!』
隊長機からの通信だ。この声はグレン少佐だろう。
『了解です隊長!』
「私たちは大丈夫。行って!」
『気をつけて帰れよ。帰還したら一緒に食事しようぜ』
「わかったわ。あなたも気をつけて!」
イロンのモビルスーツは、サムアップすると、少し離れてから変形を開始した。離れると、彼の乗機が《ガ・ゾウム》だということが分かった。ガザシリーズの流れを組むAMX-008《ガ・ゾウム》には可変機構があり、モビルアーマーに変形することができる。変形が終わるや否やブースターに点火し、対艦戦闘もこなす機動力で、《ガ・ゾウム》はあっという間に彼方へと飛んでいった。
「艦隊を追撃するんだ。危険じゃないかしら……」
「プルフォウお姉さま。少佐は優秀です。みんな無事に帰ってきますよ」
「うん……」
「だから彼へのお礼、私が考えた通りに渡してくださいね」
「わかったよ、イレブン」
プルフォウは姫が待つキュベレイに戻るために、イレブンを両手で抱きかかえた。
わたしたちの任務は終わりだ。
『プルフォウ、イレブン無事か!?』
「プルツーお姉さま!」
見ると、二機の《キュベレイ》が姿勢制御バーニアを吹かしながら、ゆっくりと接近してくるのが分かった。
姉が無事だったことに安堵するが、キュベレイ02の状態は酷く、左腕と左脚をまるごと失っていて、一目で激しい戦闘を物語っていた。姫様が操縦するキュベレイ01に抱きかかえられるような格好だ。
「私は大丈夫です。イレブンは電気ショックで負傷していますが、容態は安定しています。お姉さまこそ怪我はありませんか?」
『少し額を切っただけだ。危なかったが味方に助けられたよ。わたしとしたことがな』
「敵の規模は?」
『エゥーゴの艦隊だ。戦艦一隻と巡洋艦二隻を確認した。連中は追撃戦をするようだな?』
「大丈夫でしょうか?」
『何とも言えないな。戦力的には十分だと思うが、無事を祈るしかない。ともかく私たちはアクシズに帰還する』
「ベースジャバーを置いていってくれたようですね」
二機の《キュベレイ》と一定の距離を保ちながら、無人サポート機であるベースジャバーが追随していた。機体は無線操縦することもできるし、自動操縦させることもできる。
『ああ、これでキュベレイ11を回収できるな。いまコクピットにサイドシートを展開したから、ここにイレブンを寝かせてくれ』
「はい、お姉さま」
プルフォウは姉にイレブンを預けてから、姫の乗るキュベレイ01に向かった。コクピットでは、姫がハッチを開けて出迎えていた。
「プルフォウ、良かった! プルイレブンも無事なようだな」
「はい、姫様。支援要請を発信して頂きましてありがとうございました。危ないところでした」
「礼には及ばぬ。皆が無事でなによりだ」
「……作戦中、ご無礼があったこと、お許し下さい」
プルフォウは姫に思わず声を荒げてしまったことを謝罪した。感情をコントロールできなかったことが恥ずかしかった。
「その程度のことを気づかわれると、こちらが困ってしまうよ。戦闘状況では仕方のないことだろう? それよりも、わたしは皆の役にたてたことが嬉しいのだ」
「もったいないお言葉です」
「礼を言うぞ、プルフォウ」
「はい……」
「それにな、私は今回のことでわかったことがあるのだ」
「わかったこと?」
「うん。宇宙とは一見自由に思えるが、実際はそんなことはないのだな」
「姫様……」
「私は姫だから、自由になる時間が少ない。だから、外の世界に憧れていたのだ。モビルスーツに乗れば、好きなだけ宇宙を飛べるのではないかと期待もした。だが宇宙では、少しでも油断すると死と隣り合わせになってしまう」
「まさに、それが真空の怖さなのです。宇宙は人間に容赦しません」
「本来、住む場所ではないのだろうな」
「地球が輝いて見えるのは、宇宙に住む人間が、孤独と恐怖、不安を、少しでも和らげようとするからでしょう」
「そうだ。スペースノイドは、ずっと心の奥底の恐怖を押し殺して、真空の宇宙に生きてきた。宇宙に移民するようになって、人類は地球という保護者から離れなければならなかった。それは、まるで親から捨てられた子供ようなものだ。ようやくジオン、ネオ・ジオンの存在理由がわかった気がするよ」
「姫様……あなたの優しさには、皆が救われます。御心のままに」
プルフォウがそう言って微笑むと、姫は少し顔を赤くして俯いた。
「さあ、アクシズに帰りましょう」
プルフォウは周囲に広がる宇宙を知覚する。
無限の彼方にも繋がる真空の海。人間に対してわずかな慈悲も持たない冷徹な虚無。モビルスーツという、人間を拡大したマシーンに乗ってはいても、それは宇宙のスケールから考えれば存在しないに等しい。ニュータイプ能力を持つ自分たち強化人間は、その卓越した知覚によって真空の恐ろしさを普通の人間以上に認識できるが、宇宙の本質が虚無だと理解できるからこそ、有限な物の価値に気付けるのだ。
人類は宇宙に出てからニュータイプ能力を得たといわれるが、それは、あるいは宇宙を支配できるかもしれないという人間の傲慢を、神が諌めるために与えた能力なのかもしれないと、プルフォウは思った。間違っても神の能力を人間がその手にしたわけではないのだから。
「プルフォウ……頼みがあるのだが」
姫が少しためらいながら言った。
「なんでしょう?」
「また二人でモビルスーツに乗ってほしいのだ。いや、モビルスーツだけではなく、何か別のことでもよいのだが……」
「わかりました。必ず機会を作ります。光栄です、姫様」
そう返事をすると、姫が本当に嬉しそうに喜んだので、プルフォウは幸せな気持ちになった。
「プルフォウ・ストーリー(上) 姫のモビルスーツ」を、COMIC ZINさんととらのあなさんに委託させて頂きました。
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■とらのあな http://www.toranoana.jp/mailorder/cot/author/21/a5aca5c1a5e34d_01.html