15
「ちっ! まともに動きやしない!」
プルツーは使い物にならなくなったヘルメットを脱ぎ捨てると、怒りにまかせて何度もコンソールを叩いた。
左脚を破壊されたせいで、機体の重量バランスが狂ってしまった。重量バランスが狂うと、質量移動による機体制御も有効に行えなくなるので、操縦がかなり難しくなる。暴れ馬で戦場を駆けようとするやつはいないだろう。
「AMBACを調整して修正できるか!?」
コンピューターのライブラリにアクセスして、姿勢制御を司るAMBACプログラムを呼び出すと、修復コマンドを思い出してコンソールに打ち込んだ。わけのわからないコードが目に見えない速さで流れると、姿勢制御用プログラムが自動的に機体バランスを調整するのがわかった。本質的にモビルスーツは不安定なものであり、だからこそ機動性が高いのだが、四肢の反作用で姿勢制御を行うAMBACは、その不安定な機体を専用アルゴリズムで安定化させているのである。
「これで動くか?」
操縦桿を動かしてみると、いくらかは機体が思い通りに動くようになっていて安堵した。動かないことには、もはやモビルスーツは棺桶と同じだからだ。
そのとき警戒音が鳴り、モニターに敵機が拡大して示された。
「金色か!」
メガ・バズーカ・ランチャーを携えた《百式》が、勝利者の権利とばかりにゆっくりと接近してくる。再び攻撃するつもりなのだろう。このままでは確実に殺られる。しかし手負いの機体では逃げることはできないから、勝算は少ないが戦うしかない。
プルツーが覚悟を決めたとき、突然《百式》の黒いゴーグルのようなメインセンサーが明滅して、レーザー通信が発信された。
「フン、降伏勧告でもするつもりかい? 舐めるんじゃないよ!」
それでも時間稼ぎにはなるだろう。プルフォウは悪態をつきつつも、とりあえず通信回線を開くことにした。
『アクシズの強化人間も、噂ほどではないな』
「だれだ、貴様は!」
いきなりの侮辱に、プルツーは怒りを爆発させた。
ほどなく通信が確立し、モニターにパイロットの姿が映ったが、プルツーはその恰好の奇妙さに困惑するほかはなかった。
パイロットは、頭をすっかりと覆うゴーグルを被っていた。おそらくは立体視用のVRヘッドセットだろう。全周モニターがあるから必要はないように思えるが、よりリアルに戦場を感じとることが出来るデバイスだ。そして、そのヘッドセットにはツノ状のアンテナと、左右両側に開けられた廃熱ダクトが付いていたから、ノーマルスーツのゴツゴツとした保護アーマーと青、白、赤の三種のトリコロールカラーと相まって、まるで人間サイズのRX-78《ガンダム》のように見えたのである。
「モビルスーツのなかでモビルスーツの格好をするのか!」
『わたしはエゥーゴの士官チンクエ・パガーニ大尉だ。この姿のおかげで、君にメガ・バズーカ・ランチャーを命中させられたのだ、プルツー君』
あたしを知っている? だが、馴れ馴れしく名前を呼んだことを許すことはできない。
「フン、おまえは私の名を知っているらしいが、私はおまえなんか知らないね!」
『君のことはネェル・アーガマから報告を受けている』
なるほど、ネオ・ジオンを裏切った姉と懇意だったエゥーゴのパイロットから知ったというわけか。
「ああ、それはネオ・ジオン最高のエースパイロットだって報告だろ? それは正しい情報だ。信用していい」
『子供だと聞いていたが、美しい女性だな。その情報は間違っていたようだ』
プルツーは、まるで立体的に全身を見られている感覚をおぼえて総毛だった。
「ふざけた格好の上に、戦場で女を誘うのか! なら、タイガーバウムにでも行ってな!」
タイガーバウムとは、コロニーの管理者が気に入った女を集めてハーレムをつくりあげているという噂の、おぞましい観光コロニーのこと。
『気の強さも気に入ったよ。捕虜にしようと思ったのだが、簡単にはいかないようだな』
「捕虜だと? 捕虜にして、どうしようというんだ!」
『私は同志を求めているのだよ。ニュータイプとしてな。説得すれば、必ず仲間になってくれると信じている』
「は? ニュータイプ? お前のような嘘つきの仲間になる奴なんかいるのかい! その安っぽい金メッキみたいな、化けの皮を剥がしてやるよ!」
プルツーは言うや否や、《量産型キュベレイ》の腕部ビーム・ガンを撃ち放った。動きが鈍くなった機体を補うために、爆発の危険性を無視して電圧を最大に上げていたので、機体は強化人間の反応速度を正確にトレースした。この攻撃を避けることなど不可能だ。
だが、はたしてパガーニ大尉とやらは、あっさりと避けてみせた。明らかに攻撃を予測していた動きで、それはニュータイプや強化人間の反応に間違いなかった。
「フン、ニュータイプというのは嘘ではないようだな……」
『そうだ。この私と《百式改》は倒せんよ。強化人間は、けっして真のニュータイプには勝てないのだ』
「ふざけるな! 定義すらない概念に、本物も偽物もあるものか!」
『だが、わたしの薫陶を受ければ、君もまがい物から、真のニュータイプになれるのだ』
「偉そうに世迷言を!」
プルツーはフットペダルを蹴り飛ばして《量産型キュベレイ》を急速にダッシュさせた。そしてビーム・サーベルを両手に持たせると、機体を捻らせながら敵に斬りかかった。
「死ね!」
『逆鱗に触れたようだな!』
《百式改》は、素早くメガ・バズーカ・ランチャーから離れると、サーベルを抜いて攻撃を受けとめた。しかしプルツーの操縦テクニックは常人離れしていて、目にも留まらぬ速さで《百式改》のサーベルを弾きとばすと、止めをささんと《量産型キュベレイ》に大きくビーム・サーベルを振りかぶらせた。
「終わりだよ、お前! ん、なにを!?」
プルツーは、パガーニとやらがいきなりビームをメガ・バズーカ・ランチャーに向けて撃ち込んだのをみて戦慄した。あれには核融合炉が搭載されているはずだ!
ビームを撃ち込まれるや否や、メガ・バズーカ・ランチャーは醜く膨らんで大爆発を起こした。
「しまった!」
防御態勢をとらせるために、《量産型キュベレイ》をその場で180度反転させ、両肩のバインダーを前面に展開する。核融合炉の爆発をまともに食らえばただでは済まない。だが、敵に後ろを見せてしまったのはまずかった。
『うかつだな、プルツー君!』
「ちぃぃっ!」
《百式改》が、後方から串刺しにせんと高速で接近する。だが《量産型キュベレイ》は爆発の余波をくらって固まっていた。それほどに近距離で核融合炉の爆発をうけたのだ。そして次の瞬間、ジュッとガンダリウム合金が溶解する音とともに、《百式改》のビーム・サーベルが《量産型キュベレイ》の胸部を背中から貫いた―。
『な、なんという反射神経だ!』
パガーニ大尉が驚く声が、機体を伝わって聞こえた。
プルツーは、AMBACの挙動を利用してわずかに機体をずらすと、コンマ数秒の間にギリギリで致命傷を避けたのである。胸のコクピットではなく、替わりに左肩にビーム・サーベルが突き刺さっていた。だが、そのまま肩が溶断されるのも構わずに機体を振り向かせると、右腕で思い切り《百式改》を殴りつけた。
大尉のヘッドマウントディスプレイには、モビルスーツの拳が飛び出して見えて、さぞかし迫力があっただろう。《量産型キュベレイ》のパンチがクリーンヒットし、《百式改》の顔がグシャッと潰れた。
「うおおーっ!」
そのままの勢いで、パンチを高速で連打する。コンソールで素早くパラメーターを変更し、フィールド・モーターの電圧を焼き切れるほどに高めて、限界まで加速させたのだ。
マニピュレーターが駄目になるほどに連続して拳を打ち込み続けると、全身に凄まじいダメージを喰らった《百式改》は、金色の塗装と装甲が剥がれて無惨な姿を晒し、もはや煌びやかさは失せ、装甲はへしゃげてスクラップみたいになってしまった。
『ぐぅぅっ、やるな……』
パガーニ大尉は、ガハッと血を吐き出して呻いた。モビルスーツの拳によって、まるでサンドバッグのようにメチャクチャに殴りつけられたのだ。コクピット内の衝撃は相当なものだったはずで、おそらく内臓にまでダメージを受けているに違いなかった。
「フン、こっちも遊びでやってるんじゃないんでね。いや、このパンチは余興みたいなものか? まるでストリートファイトみたいだったろ?」
『フッ、流石だよプルツー君。どうやら撤退するしかないようだ。だが、こちらにはまだ無傷の味方部隊がいる。いよいよ降伏するしかないな』
「死にたい奴はかかってくるんだな! 一緒に付き合ってやるよ」
『わたしも御同行したいが、地球圏を良い方向に向かわせるという使命があるのでね。失礼させてもらう』
「貴様は戦略ゲームでもやってるつもりか? 道理で目の前の敵に負けるはずだ」
『次の機会にぜひ手合わせ願いたい。強化人間の頭脳がどれほどのものなのか。では、さらばだ!』
ロケット・バーニアを吹かして《百式改》は急速離脱し、その撤退を他のエゥーゴ機が援護した。
「待て! 逃げるのか!」
プルツーは狙撃しようとしたが、《リック・ディアス》や《ネモ》がそれを阻んだ。エゥーゴのモビルスーツがこちらを捕獲するつもりなのは明らかで、散開して巧みに囲い込んでくる。
「ずいぶん人気者のようだな、このあたしは。そんなに気になるのかい?」
軽口を叩いてみるが、もはや出来ることはほとんどなかった。
「燃料はクリティカルで、エネルギー切れか。いよいよ駄目だな。最悪は自爆させるしかないようだ。何機かは道連れにできるだろうさ。……フン、これでプルに謝りにいけるな」
プルツーは死を覚悟した。
※
意識を取り戻したイレブンは、なんとか反撃のチャンスを掴もうとした。だが自分を拘束している大柄な士官に隙はない。なにより電流を流されたせいで体中が痛み、満足に動くこともできないのだ。しかも両腕はストラップで後ろ手に固定されているから、反撃の手立てはほとんどなかった。
戦場で人質となり敵に利用されるなどと……。姫様をも危険にさらしてしまっている。このような屈辱を受けるなど耐え難く、いっそ死ぬ覚悟で隣で銃を向けている連邦軍パイロットに飛び掛かればチャンスが生まれるかもしれない。
ネオ・ジオンの軍人として潔く果てるか。
絶望的な状況に、親衛隊としての自信とプライドが崩れていく。……いや、エリートである親衛隊に属しているとのだいう傲慢が、油断を招いてしまったのだろう。非情な戦場では、階級など安全に生き残れるパスポートにはならないのだ。あくまで冷静に自らを客観視しなければならなかった。俯瞰的な視点はニュータイプに必要な資質だ。反省しなくてはならないが、はたしてその機会は訪れるのだろうか。
死を意識すると脚が震えた。いくら強化人間として、兵士として生を受けたとはいっても、人生を楽しみたいという欲求は人並みくらいにはある。
そのとき彼女の強化された視力は、姉プルフォウと姫が乗るキュベレイ01が、ゆっくりと近づいてくるのを認めた。
(プルフォウお姉さま!?)
イレブンは姉からの呼びかけを感じとった。
ニュータイプ能力で遠くの人間と交信ができることは知っている。だが、訓練のときに擬似的に行なったことがあるだけで、実際に体験するのは初めてだ。このようなことは、恒常的にできることではない。
イレブンは意識を集中させて、姉の感応波を受信した―。
※
「イレブンと話ができたのか?」
プルフォウが目を開いたことに気がついて、姫が心配そうに尋ねた。
「はい。短いメッセージですが、必要なことは伝えました」
「それは良かった。では通信を」
「レーザー通信回線を開きます」
ここからは失敗は許されない。判断ミスは命取りとなる。
「ロナルド大尉、今から機体の武装解除を行います。よろしいですか?」
『いいだろう。チルトン中尉、彼女がおかしな動きをしないか注意して見ているんだ。よし、まずは無人砲台を全て放棄してもらおう』
「全て放棄します」
プルフォウはファンネル・コンテナごと放棄し、《キュベレイ》の背中から外れた三角形のファンネル・コンテナが宇宙空間に浮かんだ。
「ファンネルの収納コンテナを外しました」
『中尉、あれを撃て!』
《ネモ》がビーム・ライフルを直撃させると、ファンネル・コンテナは内部から膨れ上がって爆散した。
『次はコクピットを開けてこちらにゆっくりと近づくんだ! 妙なことをすれば、気の毒だがこの娘を撃つ』
「わかっています」
プルフォウは姫に合図して、ゆっくりと機体を進ませた。
「姫様、よろしいですか? 距離五百まで近づいてください。彼らは、こちらに二人乗っていることは知らないはずです」
「了解した。敵機が九時方向に一機、三時方向にもう一機いる。距離は七百」
「二機は同時に攻撃です」
「準備はできている」
「結構です」
プルフォウは姫に力強く頷いた。それは必ず作戦を成功させるという決意の表明でもあった。自分の能力を信じて感覚を研ぎ澄ませなければならない。鋭敏なセンサーで、絡まった糸が緩んだ箇所を探るのだ。
それが出来るのが強化人間なのだから。
「では、作戦開始です!」
連載中の小説を本にした「プルフォウ・ストーリー(上) 姫のモビルスーツ」を、COMIC ZINさんととらのあなさんに委託させて頂きました。
■COMIC ZIN http://shop.comiczin.jp/products/list.php?category_id=6289
■とらのあな http://www.toranoana.jp/mailorder/cot/author/21/a5aca5c1a5e34d_01.html