プルフォウ・ストーリー   作:ガチャM

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舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心とした、ミネバ・ザビ、プルツー、プルシリーズたちが織り成すストーリーです。※Pixivにも投稿しています。


第12話「襲いかかる敵」

     12

 

 

「あっ!?」

 

 プルフォウの脳裏に、ビームが直撃する客観的なイメージがはっきりと浮かんだ。

 キュベレイは攻撃を回避するために全速力で後退中だったが、敵のビーム攻撃は次第にその正確さを増しつつあった。

 

「姫様、回避運動を! 機体を右にひねって!」

「やっている! 苦しい、身体が重い……!」

「姫様! 耐えて下さい!」

 

 機体の急激な加速のせいで搭乗者の全身には凄まじいGがかかり、その身体を容赦なくシートに押し付けた。いまや体重は通常の五倍以上にもなり、眼球から血液が失われて視界は薄暗くなっていく。

 

「も、もう限界だ……」

 

 姫様の身体を支えようと思ったが、プルフォウは急激な加速によって内臓が押し上げられるのを感じて呻いた。サイドシートはメインシートより簡易な構造で、Gを効果的に吸収することができないのだ。筋肉や骨格が普通の人間より強化されているとはいっても、だからといって平気な顔でジェットコースターに乗れるわけではないのである。

 そして、ついに予知した通りにビームは《キュベレイ》の左腕に直撃し、腕から先が瞬時に吹き飛んだ。内蔵されたビーム・サーベルのコンデンサーが誘爆したのだ。

 

「わあぁっ!」

「姫様!」

 

 コクピットに激震が襲いかかって、姫が叫び声をあげた。プルフォウもサイドシートから放り出されないように身体を支えるので精一杯だった。

 このままでは確実にやられる。

 爆発が収束してコクピットの揺れが止まり、ようやく体を動かせるようになったプルフォウは姫の様子を伺った。

 

「姫様! ご無事ですか!?」

「だ、大丈夫だ……」

 

 センサー表示をみると、前方に少なくとも三機のモビルスーツが接近していることがわかった。

 

「不明機を三機確認! 一時方向、距離八百!」

 

 自分が姫様に替わってキュベレイを操縦しなければならないだろう。しかし席を替わろうにも、姫さま用にあつらえたシートは自分には小さすぎるのだ。サイドシート側に操縦系統を切り替える必要がある。だが、それは簡単にできる作業ではない。

 

「姫さま、わたしが操縦を替わります! 少し時間を下さい!」

「できるのか!?」

「やります!」

 

 そのとき、再び直撃コースでビームが接近することをプルフォウは感じた。

 

「回避です! 姫様!」

 

 だめだ、今度こそコクピットに直撃する!

 プルフォウは死を覚悟したが、次の瞬間、敵のビーム攻撃は後方から飛んできたビームによって打ち消された。プラズマの干渉による激しい放電が周囲を彩り、エネルギーが光に変換されて消滅した。

 助かった! 姉プルツーと妹のイレブンだ。

 二機の増援で不利と悟ったのか、敵機は後退していった。

 

「プルツーお姉さま! イレブン!」

「プルフォウ! ミネバ様はご無事か!?」

「はい!」

「私がはしゃぎ過ぎたせいで……すまないプルツー」

 

 姫の声は動揺で震えていた。実戦の経験は、彼女にとって初めて経験する恐怖に違いない。

 

「どうか気にされませんよう。状況の変化をとらえ損なった私に責任があります。危のうございますので、ミネバ様はお下がり下さい」

「わ、わかった」

「イレブン、お前はミネバ様を守れ! 他にもまだ敵はいるはずだ。わたしは前方の三機と交戦する」

「イレブン了解です」

「頼むぞ。プルフォウは友軍に支援要請を発信してくれ。そのキュベレイは通信管制能力が強化されているから電波は届くはずだ」

「わかりました。傍受されないよう暗号化して……」

「どうせ見つかってる。平文でいいから、すぐにやるんだ!」

「は、はい!」

 

 プルフォウは、すぐに通信回線を開いて近くの友軍に支援を要請した。軍の作戦行動表を確認すると、近くの宙域で第十二装甲歩兵大隊の所属機が哨戒任務についているのがわかった。確かグレン少佐の部隊だったなと思い出し、すぐに支援要請を送信する。ミノフスキー粒子のせいで通信がかなり乱れているので、通信能力が向上してはいても届くかどうかが気がかりだった。

 

「隕石やデブリをうまくカモフラージュに使うんだ! 敵の狙撃に注意しろよ!」

「お姉さまも気をつけてください!」

「おい、誰に言ってる? この《量産型キュベレイ》の性能テストにはちょうどいいさ!」

 

【挿絵表示】

 

 言うや否や、姉プルツーのキュベレイ02は加速して離れていった。レーザー核融合ロケットを最大に稼働させた《量産型キュベレイ》の加速力は凄まじく、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「姫様、わたしの後方に位置してください」

「分かった。貴機の後ろに移動する」

 

 姫は姿勢制御バーニアを噴射させて、機体をゆっくりと移動させた。

 

「プルツーは大丈夫だろうか。敵は三機なのだろう?」

「ご安心ください姫様。姉はネオ・ジオンでも最高のパイロットのひとりです」

「そうだな。……ん、光が見える!」

 

 その細長い光は、ビームの光だ。

 

『こちらキュベレイ02、敵機を確認した。これより交戦する』

 

 まるで定時報告をしているかのような、あっさりとした通信の後、キュベレイ02は交戦状態に入った。

 光の軌跡が漆黒の宇宙に描かれて、それはモビルスーツによる高速戦闘を示すディスプレイとなった。バーニア・スラスターの噴射炎と、針のようなビーム光が次々と現れては消えていく。

 姫には安心して欲しいとは言ったものの、プルフォウは不安だった。奇襲を受けたので、いったいどの程度の敵が展開しているのか状況がまるでつかめないからだ。

 

「戦闘が始まったのか!?」

 

 姫が興奮した様子で叫んだ。

 

「そのようです」

「姫様、プルフォウお姉さま! これからミノフスキー粒子を散布します。レーダーは使用不能になります。レーザー・センサーを起動させて下さい」

「了解、レーザー・センサー起動」

 

 サイドシートに座るプルフォウはコンソールを操作した。電波を妨害するミノフスキー粒子はレーダーを無効化してしまうが、波長が可視光線に近いレーザーならば短距離センサーとして有効なのだ。

 

「キュベレイ01、レーザー・センサー起動完了。センサーを同期させて捜索レンジを広げます」

「了解」

 

 レーザー・センサーを同期させつつ、イレブン機は防御パターンデルタを開始した。これはネオ・ジオン軍戦術ドクトリンに示されている基本機動で、隙のない効率的な防御が可能な、実戦から導き出された先人の遺産である。

 

「センサーを同期とは? 何が目的なのか?」

 

 姫が聞きなれない用語について質問する。

 

「はい姫様。協力して敵を見つけるのです」

 

 プルフォウはディスプレイに模式図を表示させた。

 

「レーザー・センサーで異なる二箇所から測定すると、同じ目標に対してでも測定データが違ってきます。場所が違えば、見えかたも違いますから」

 

「それは分かる」

「はい。そうして集めた複数のデータを合成すると、精度の高い測定データが得られるのです。いろんな角度から観察するようなものです」

「なるほど……」

「一機ではできることは限られますが、複数ならばお互いにフォローできます。連携は、まさに私たち強化人間のアドバンテージでもあるのです」

「よく分かった」

 

 そのときコクピットに警告音が鳴り、センサーに反応があったことを伝えた。

 

「コンタクト! 三時方向、距離七〇〇!」

 

 警告音とともに、全天周ディスプレイに分析データが多重レイヤーで表示された。モニター上に敵機を示すカーソルが示され、そのカーソル横の勢いよく減り続ける距離メーターは、敵機が猛烈なスピードで接近していることを現していた。敵はおそらく可変モビルスーツ。モビルスーツと戦闘機形態を使い分け、あらゆる速度域で性能を発揮するマシーンだ。

 

「イレブン!」

「キュベレイ11、インターセプトします!」

 

 量産型キュベレイの頭部モノアイが、呼びかけに応えるように点滅した。

 

        ※

 

 イレブンが操縦桿のスイッチを複雑に押すと、《量産型キュベレイ》の両腕がバインダーに収納され、高速移動形態へと移行した。続けてスロットルペダルを蹴りつけ、ロケット・バーニアを最大稼動させると、機体は爆発的に加速を開始した。

 

「可変機ならば機動性には自信があるでしょう。でも、この《キュベレイ》も負けはしません!」

 

 華麗な外観とは裏腹に、《キュベレイ》タイプはなまじの宇宙戦闘機など比較にならない機動性を誇るのだ。しかも、肩に取り付けられた羽のような形をした『バインダー』を動かすことで機体の動きを微調整することができるので、旋回性能もずば抜けている。ドッグファイトで《キュベレイ》タイプに勝てるモビルスーツなどありはしないのだ。

 

「《キュベレイ》は、単なるファンネル運用母機ではないということです」

 

 《量産型キュベレイ》はバインダーをあたかも羽根のように震わせ、猛禽類が狩りをするかのように鋭く飛行した。この機体に狙われたら、けっして逃れることはできない。イレブンは感覚を研ぎ澄まし、敵機を俯瞰的に捉えようと試みた。

 ミノフスキー粒子によってレーダーが無効化された戦場でも、敵機との位置を相対的に把握できる。それが強化人間の強みなのだ。お互いに高速で接近しているから、敵機との相対速度は恐ろしく速い。射撃のチャンスは一秒にも満たないだろう。その瞬間に備えるべく、マスターアーム・スイッチをオンにして武装の安全装置を外した。と同時にガクンとロックが外れ、背中に格納されていたアクティブ・カノンが回転しながら前方に展開する。

 

「レーザー・センサーとサイコミュを同調させれば……」

 

 イレブンは精神を集中して、意識の中に構成された戦場のデータベースから敵機の反応をより分けようと試みた。敵機を遠方からロックオンできれば、命中率は飛躍的に向上する。頭の髪留めのサイコミュ・コントローラーが、脳が生成する感応波を素早くサイコミュに送り込んでセンサーと同調させてゆく。これで《キュベレイ》の探知能力は数倍にアップしたはずだ。頭の中でぼんやりとしていた敵機の姿が明確になり、ディスプレイ上にもスピード、方向、予測位置が示されて、あと十秒足らずですれ違うことをシステムが警告した。

 イレブンは唾を飲み込み、渇いた喉を湿らせる。甘いアイスシェイクの味が脳裏に再現された。

 十、九、八……。

 

「今!」

 

 イレブンは操縦桿を操作して、《量産型キュベレイ》を高速飛行形態から通常形態にチェンジさせると、一気に急制動をかけた。

 ドガーン!

 コクピットに轟音が響き、リニアシートが振動で大きく揺れる。相対する二機は、すれ違いざまにビームを撃ち合ったのだ。

 

「くっ……!」

 

 ビームが機体を掠めて、メガ粒子が当たるコツコツという乾いた音とともに装甲表面を焦がす。だが、一方で敵機はビームの直撃をくらって機首を丸ごと失っていた。イレブンは姿勢制御バーニアとバインダーによる質量移動で機体を素早く安定させ、強力なアクティブ・カノンを敵に直撃させたのである。

 

「これで戦闘力は半減したはずです! もっとも有効な戦術は撤退でしょう」

 

 大きなダメージを負った可変機は、メイン・エンジンから黒煙をあげて、ふらつきながら飛行していた。だが、それでも撤退することはなく、高速ターンで再び攻撃に移ろうとしていた。

 

「逃げない? まだ戦うというのですか!?」

 

 敵パイロットの気迫を感じて、イレブンは気圧された。光学センサーの分析結果を確認すると、ディスプレイには『MSZ-006《ゼータガンダム》適合率60%』と示されている。《ゼータガンダム》とはエゥーゴの可変モビルスーツで、エースパイロットが駆る高性能機だ。敵の機体は、その《ゼータガンダム》に似ており、おそらくは改良機の類いだと予想できた。さきほど姉プルツーが言っていた後継機だろうか?

 

「なるほど、機体に自信があるということですね」

 

 ゼータ系のモビルスーツは、可変機能によるスピードと打撃力、頑丈なフレーム構造と質の高いガンダリウム合金による防御力で、現行機種の中ではトップクラスの性能を誇っている。

 

「だとしても、モビルスーツの性能の違いは、戦力の決定的差にはならないんです! ファンネル!」

 

 相手の気迫に負けないよう、イレブンは気合いをいれなおしてファンネルを射出した。ファンネルは《キュベレイ》の周囲を幾何学模様を描くように展開して、仮想の防御壁となる。

 ターンを終えたゼータ・タイプは一直線に加速してくる。

 

「速い! 退路を断った背水の陣というならば、受けてたちます!」

 

 《ゼータ》はパッと一瞬で変形すると、ビーム・サーベルを引き抜きながらそのままの勢いで突っ込んできた。

 

「きなさい!」

 

 イレブンは、《キュベレイ》の右手に装備させていた巨大な槍『ヒート・ランス』を起動した。

ヒート・ランスとはモビルスーツ用に製造された大型の槍で、元々は《ガルバルディ》タイプを強化した親衛隊用モビルスーツ《ガズアル/ガズエル》用の装備だ。長大なリーチと大質量による破壊力を有し、さらに穂を熱することで装甲を溶断することも可能な武器である。通常、槍は剣よりも扱いやすく、慣れればかなり有効な攻撃手段となる。プラズマによるビーム・サーベルが主流になった今では、少々攻撃力が見劣りすることは事実だが、それでも破壊力とリーチは一級品なのだ。

 イレブンはヒート・ランスを前方に突き出して攻防一体の構えをとった。剣技には自信がある。身体が小さくリーチが短いから、フェンシングの試合では姉妹たちにはなかなか勝てないが、モビルスーツならば身体的特徴はいっさい関係ない。

 

「やあっ!!」

 

 イレブンは間合いに入った《ゼータ》を、気合いとともにランスで攻撃した。

 ガシーンッ!

 モビルスーツ同士が激突し、お互いの機体を激震させた。イレブンは敵の攻撃をシールドで防御しつつ、ヒート・ランスで敵の左肩を貫いた。肩を砕かれた《ゼータ》は、ガンダリウム合金と複合セラミックの破片を周囲に飛び散らせ、回転しながら吹っ飛ばされた。だがバーニアを噴射してなんとか踏みとどまると、首を回して頭部のバルカン砲を発射してきた。

 

「くっ!」

 

 六十mmバルカン砲が《キュベレイ》の肩バインダーに命中し、金属が叩きつけられる不愉快な音が響いた。イレブンはシールドを前面に展開して防御しつつ、アクティブ・カノンを発射する距離をとろうと試みた。しかし《ゼータ》は撃たれるリスクにかまわず突進し、ビーム・サーベルによる斬撃を繰り出してくる。再び敵パイロットの死すら覚悟した気迫を感じた。なまじ相手の感情が感知できるから、それが精神的なダメージとなってしまう。意図的に心の扉を閉じることが必要だ。

 

「そこっ!」

 

 イレブンは、《ゼータ》のサーベル攻撃を腕ごとシールドで弾くと、再びヒート・ランスによる強烈な突きを放った。その突きは今度は脚を貫いたが、《ゼータ》はそれを無視して横薙ぎでサーベルでなぎ払ってきた。素早くシールドを半回転させて、間一髪相手の斬撃を防御する。ビーム・サーベルがシールドの複合装甲を焼いて溶かし始めた。

 

【挿絵表示】

 

 けたたましい音とともに、コンソールに機体損傷の警告表示が明滅する。

 

「やります! でも、負けるわけにはいかないんです!」

 

 イレブンは、この激しい格闘戦に高揚感を覚えていたが、膠着状態に陥るのは避けなくてはならなかった。プライオリティは姫を護衛することなのだ。正々堂々と斬り合っていたいが、個人の美学とか拘りは、戦場では致命傷となりうることをイレブンは理解していた。

 ……卑怯だが仕方がない。

 

「ファンネル!」

 

 イレブンは周辺に待機させていたファンネルに攻撃命令を出した。敵パイロットはそれに気付いていない。一瞬ためらったが、感情を殺して、先ほどダメージを与えた脚部を集中攻撃する。ゼータ系のモビルスーツは、構造的に両脚にジェネレーターが配置されているので、脚部を破壊されれば致命傷となるのだ。

 ドーン! という音とともに《ゼータ》の脚部が爆発し、動揺した敵パイロットの心をイレブンは感じた。

 

「止めを!」

 

 容赦はせずに、イレブンはヒート・ランスで《ゼータ》を腰の位置で真っ二つに溶断した。そして爆発から逃れるために、姿勢制御バーニアを逆噴射させて一気に後方に飛び退いた。

 断面からチリチリと火花を散らせながら、二つに分断された《ゼータ》の機体が、異なる方向に回転して離れていく。

だが《ゼータ》は爆発しなかった。敵パイロットの心を覗いたイレブンは、やはり非情になりきれなかったのだ。だからコクピットブロックと燃料ラインを避けて、機体を爆発させずに行動不能にさせたのである。

 

「酸素がなくなる前に見つけてもらうのですね」

 

 イレブンは、敵機から脱出ポッドが飛び出したことを確認すると、姫を護衛するべく機体を反転させた。


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