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しばらく間をおくと、プルフォウと姫の間の空気は、少しだけ落ち着きを取り戻した。
サイドシートが狭いのでうっかり体勢を崩してしまった、ということにしたのだ。そうして終わらせなければ、とても訓練を続けられる雰囲気ではない。
姫は《キュベレイ》を再び飛行させ、プルフォウは努めて何事もなかったかのようにレクチャーを続けた。
「……モビルスーツで白兵戦を行うには、標的に接近して戦闘モードを白兵戦モードに切り替えます。これはマニュアルで切り替えた方が間違いがありません。次にターゲットを指定し、武器としてビーム・サーベルを選択すれば、あとはコンピューターが適切な動作を行なってくれます」
「そうか」
「慣れてくると、あらかじめ自分で様々な動作をプログラムしておいて、戦闘時に登録した動作を呼び出して使う、といったようなことができます。だからパイロットによって戦闘スタイルに差が出てくるのです」
「なるほど」
「例えばイレブンは、乗機に実体剣である『ヒート・ランス』を装備しています。彼女は槍の扱いが得意ですので」
「興味深いことだ」
姫様の感情を抑えた物言いが、かなり気になったものの、プルフォウはなんとかレクチャーを終えた。
冷や汗がすごい。濡れた髪をタオルで拭い、髪をほどいてから縛りなおしたが、視線に気が付いて横を向くと、姫が無言でじっと見つめていた。
プルフォウは、いけないと思いつつも、年下の少女のエメラルドの瞳に目を奪われてしまう。
「姫様、なにか……」
「なぜ、さっきはあのようなことを」
「どうか。どうか、お許し下さい! いかなる罰も受ける所存です」
親衛隊も辞めるのも仕方がないとプルフォウは覚悟する。
「そうではない。もうよい!」
姫は不機嫌な様子でそう言うと、ぷいと顔を反らしてしまった。
「姫様……」
プルフォウは、どう言葉を繋げばよいのか分からなかった。
※
「キュベレイ01、ファンネルを使用したあと停止したままです。どうかしたのでしょうか?」
拡大映像を見ていたイレブンが、少し心配した様子で言った。
訓練の開始地点で待機しているプルツーとイレブンは、離れたところから望遠カメラで姫の訓練を観測しているのだ。
「フン、トラブルならすぐに報告してくるとは思うがな。小休止といったところか」
「そうであれば良いのですが」
「まさか、またプルフォウが酔ってしまったということはないだろうな?」
「……あ、ようやく動くようです。いらぬ心配でした」
「モビルスーツの操縦は体力がいるんだ。ミネバ様も、途中で休みが必要だろ?」
「そうですね。では、わたしも失礼して、栄養補給のために食事をとらせて頂きます」
イレブンはモニターの拡大表示から目を離すと、リニアシート下に格納された戦闘糧食パッケージからドリンクパックを取り出して飲み始めた。
「ん? イレブン、そのパックはなんだ? 見たことないな」
「これはアイスシェイクです」
「そんなものがあるのか? 標準メニューにはなかったはずだ」
「はい。これはわたしがアクシズ兵士研究所と共同で開発しているものなんです。いまはフィールドテストというわけです」
「美味いのか?」
「まだ試作品ですが、悪くありません。パッケージを破ると適度に冷える仕組みになっています。お腹が痛くならない程度に」
「ほう……」
「わたしは標準の
「なるほど、それは重要なことだな。古参兵なんかは、飯が不味い方が精神が鍛えられるとか言うだろうが、美味い方がいいに決まってる」
「街で食事をするときには、いつもメニューの参考にならないか研究しています。ネオ・ジオンには、わたしたちのような若い兵士も多く、育ち盛りが満足できるメニューは大事です。ですからプルツーお姉さまにもテストをして頂きたいのです」
「そういうことなら喜んで協力するよ。そのアイスシェイクには特にな?」
「味のバリエーションを増やしたいと思っていますので、よろしくお願いします」
「それは楽しみだ! ……おっ、ミネバ様がビーム・サーベルを使うか」
※
「ビーム・サーベル!」
姫はサーベルを使うことを宣言し、《ジム》を照準の真正面に捉えて操縦桿のスイッチを押した。
すると《キュベレイ》の袖部分に装備されているビーム・ガンのバレルがシュッと飛び出して、そのままビーム・サーベルのグリップとなった。《キュベレイ》のマニピュレーターがグリップを引き抜くと、その手には鮮やかな黄色に輝くプラズマの剣が現れた。
「斬るぞ!」
姫は、コンソールからコマンド一覧を呼び出して斬撃パターンを選択、ビーム・サーベルを縦に振り下ろさせる。グリップから放出されたビームがたちどころに金属を焼き溶かし、その鋭い攻撃で《ジム》の左腕はスパッと鋭利に切断された。返した刀で、次は薙ぎ払うように右足を攻撃し、付け根から脚が瞬時にはねられた。
「まだだ! 次はヒート・ホークを使う!」
「姫様!? その武器は扱いが難しいのです!」
「かまわぬ!」
姫は《キュベレイ》の腰ラッチに取り付けられた巨大な斧『ヒート・ホーク』を取り外した。
その行為にプルフォウは慌てた。なにしろこのヒート・ホークは、装飾用に取り付けだけの代物だからだ。
ヒート・ホークとは、モビルスーツ用の巨大な斧で、刃を赤熱させることで敵機の装甲を溶断する、今となっては少々時代遅れの武器。そして、この巨大なヒート・ホークは《キュベレイ》の予備機をアクシズの兵器保管庫に取りに行ったとき、近くに置いてあったのをたまたま発見したものだ。
プルフォウは、少々大げさな武器だと感じたが、装飾性が高く、ザビ家にぴったりのエングレービングが施されているのが気に入り取り付けたのだった。だが驚くことに、あとでわかったことには、この斧はなんと姫様の父上ドズル・ザビ閣下専用《ザク》の装備だったのである。偶然にも、娘に父親の武器が受け継がれたのだ。
「それ!」
姫は掛け声と共にヒート・ホークを思い切り振り下ろさせる。すると《ジム》の頭がグシャッと潰れた。さらに横薙ぎに振ると、こんどは頭そのものがスパンと跳ねられた。
「まだだ!」
姫は容赦なく《ジム》の全身を滅多切りにする。彼女の秘めた残虐性の発現だ。
「ははは! 何もできぬか?」
無人機とはいえ、人を模したモビルスーツを切り刻む、その子供特有の残酷さにプルフォウは戦慄した。
あるいは、先ほどの家臣から受けた破廉恥な行為を心から振り払おうとしているのか。
プルフォウは自らの行為の罪悪感から姫に好きなようにさせてあげたかったが、訓練教官という立場上、敵を切り刻んで遊んでいるのをいつまでも眺めているわけにはいかなかった。
「姫様、そろそろ止めを! 戦場で遊んでは自滅を招きます!」
「……わかった」
姫はキュベレイに腰だめでヒート・ホークを構えさせると、機体を猛然と加速させた。
止めをさすためにコクピットを貫こうというのだ。
「ひ、姫様!? 速度が速すぎます! 減速を!」
プルフォウは《キュベレイ》のスピードが出すぎていることを警告する。
注意しなかったのは迂闊だった。 この速度で突っ込めば、《ジム》に激突して爆発に巻き込まれてしまう……!
※
「なんだ! あれではぶつかるぞ! プルフォウは何をやっている!」
プルツーはキュベレイ01の無謀な動きに思わず叫び声をあげた。
あのまま突っ込めば、間違いなく機体にダメージを受けるだろう。真空の宇宙空間では、少しの損傷が致命傷となり得る。すぐに支援に向かわなくてはならない。
「イレブン、支援に向かうぞ!」
「はい!」
「最大加速だ! ……ん、なんだ!?」
「この感覚は!」
「お前も感じたか?」
「ロングレンジからのビーム攻撃です!」
「まずい、直撃コースだ!」
※
ドガーンッ!
突然の大爆発とともに、キュベレイ01の眼前で《ジム》が消滅した。
「うわぁーっ!?」
「な、なにごと!? ビームが!?」
無人標的機はトラブルで爆発したのではない。狙撃されたのだ。
だが幸運だった。もし《ジム》の影になっていなければ、自分たちがビームの直撃を受けていたに違いない。《ジム》に近付き過ぎたことで、逆に助かったのである。
しかし、いったい誰が?
それは愚問だろう。後方にいるプルツーお姉さまやイレブンが攻撃するはずはなく、周囲に誤射する味方機もいないとすれば。
敵だ!
「姫様! 全速で回避を!」
「いったい、どういうことなのか!?」
姫が困惑しながらも《キュベレイ》に回避運動をさせた直後、宙域に再びビームが走った。
戦艦の主砲なみの強力なビームだ。この攻撃力はメガ・ランチャーか、あるいはモビルアーマーのメガ粒子砲。
「これは訓練ではなかったのかっ!?」
「そのはずですが、間違いなく敵です! 後退してください!」
状況は急速に悪化しつつあった。
※
「あのビーム攻撃は!? エゥーゴがこの宙域に展開しているというのか!?」
プルツーは、敵機が出現する可能性を無視してしまった自らの迂闊さが許せなかった。アクシズに近い宙域だからこそ、エゥーゴや地球連邦軍が密かに展開していると、なぜ考えられなかったのか。愚かな思考のせいでミネバ様を危険にさらしてしまった。これは厳しい処分を受けてもおかしくない失態である。
だが、いまは危急のとき。処分を心配するのは後の話だ。それにしても先制攻撃とは、臆病なエゥーゴとは思えぬ大胆さだ。大規模攻撃の前兆なのか?
「三機の
「だが、先導機はとてつもない加速だ! 間違いない、あれは可変モビルスーツだ」
「エゥーゴの可変機が? ということはMSZ-006《ゼータ・ガンダム》でしょうか? ですが、あの機体はアーガマにしか配備されていないはずです」
「思い込みは危険だぞイレブン。《ゼータ》には量産タイプがあるらしい。直系の後継機計画もな」
「《ダブルゼータ》とは別に、ゼータ系の高性能モビルスーツが開発されていると?」
「変形合体する可変モビルスーツらしい。まったく連邦軍は、やたらとモビルスーツを変形させたがる! 玩具じゃあるまいし」
「あるいは、近くに母艦がいるかもしれません」
「その可能性は高いな。アクシズに近いから、ミノフスキー粒子を散布すれば逆に発見される。わたしなら隕石かデブリに身を隠す」
いくらレーダーを無効化してくれるミノフスキー粒子でも、やたらとバラ撒けばよいというわけではない。そんなことをすれば、私はここにいますよと、敵に教えてやるようなものだからだ。レーダー波を探信音のように使ったり、ミノフスキー・センサーを用いれば、ミノフスキー粒子の散布源がわかってしまう。用は使いどころが問題なのである。ミノフスキー粒子は戦闘が始まってから散布するのが賢いのだ。
「最近、アクシズの近辺に偵察部隊が展開しているという目撃情報もあります」
「イレブン、戦艦を見つけたらすぐに逃げろよ! 間違っても相手にするんじゃないぞ」
「了解しました」
二機のキュベレイは核融合炉をフル稼働させ、プロペラント・タンクの燃料を最大限に燃焼させながら、ありったけの速度で戦闘宙域へと向かった。