どうぞ。
俺は今、自分の家の玄関の前に立ち尽くしている。これまでにこんなにも家の扉を重く感じたことがあっただろうか。
何故こんなことになっているかは数分前にさかのぼる。
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公園を出たあと俺は帰路を急いでいた。時間は既に夕飯前。辺りはすっかり暗くなっていた。これ以上遅くなると小町に何言われるかわからないからな。
若干焦りながら歩いているとさっきポケットにしまった携帯が震えた。しかも電話だ。一体誰からだ?さっきの流れからして陽乃はないだろう。となると、もしかして……。
嫌な予想を頭の片隅に押しやりながら携帯を取り出すとそこには「比企谷小町」とあった。あー、ほら、予想通り。しかもまだ繋がってないのに携帯からまがまがしいオーラが漏れ出ているように見えるのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないんだろうな。やだな、出たくないな。
しかしでないわけにもいかないので恐る恐る通話ボタンを押し、電話に出る。
「もしもし?小町ちゃ…」
「もしもし!おにーちゃん!今どこほっつき歩いてるの?!もう何時だと思ってるの?!ちゃんと生きてるの?!」
いきなり大声で捲し立てられた。思わず耳から携帯離しちゃったし。内容も、お前俺のお袋なの?って感じだ。てか、最後の何?まさかどっかで野垂れ死んでるとでも思ったのだろうか。失礼な。
「ちょ、声大きい。今家に向かってるところだから。それにもう2、3分で着くと思う。あと、ちゃんと生きてる」
「ほんとに!もう!遅くなるならちゃんと連絡してよね!またどこかで事故にでもあったんじゃないかって心配したんだから」
前言撤回。めっちゃ良い妹でした。さっき変なこと考えた俺を殴りたくなる。
「おお、わりい。心配かけたな。俺は大丈夫だ」
「ん、無事ならいいよ。小町がお兄ちゃんを心配するのは息をすることくらい自然なことなのです。お、今の小町的にポイント高い!」
「おー、高い高い」
「適当だなー、で、どうしてこんなに遅くなったの?」
「あー、その話はもうすぐ家に着くから、それからでいいか?」
「そうだね。家についたらしっかりじんも…、お話してよね!待ってるから!」
そういいって小町は電話を切った。おい今尋問って言ったよね。今日のこと根掘り葉掘り聴かれちゃうってことだよね?こわいなー、やだなー。はぁ、急ご。
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そして今に至る。あー、気が重い。なに聞かれんだろ、誤魔化せるかな。
そっと玄関を開けて家に入る。するとそこには仁王立ちした小町が待ち構えていた。仁王立ち小町。お、なんか可愛くない?語呂もいいし。仁王立ち小町流行らせようぜ!
「なにアホなこと考えてんの?」
小町が冷たく言い放つ。アホなことって!いや、アホなことか。ええ、現実逃避ですよ。だって仁王立ち小町の可愛い響きに反して、纏っている空気は恐ろしいのよ!さらに目が楽しそうに爛々と輝いてる。そんなに尋問楽しみなのかな?
「おう、すまん。ただいま?」
「おかえり。じゃ、早速なんで遅かったのか聞かせてくれるかな?」
いきなりかよ。やばいよ、どうする。ここはひとまず誤魔化してみよう。よし、八幡のとぼける攻撃!
「あー、えっとだな。そう!買った本を読みたくなってな。ちょっと喫茶店によってたんだよ。そしたら思いの外夢中になって、気づいたらこんな時間に……」
「嘘だ!」
おっと、どこの鉈持ったお嬢さんかな? てかなんで小町そのネタ知ってんの? 俺の部屋の漫画勝手に読んだな。全然構わないけど。
「嘘だなんて…。そ、そんなわけないじゃないですかー」
「じゃあどんな本だったのか説明できるよね?」
小町ちゃん強い。何も言えないよ。
「降参だ、何故ばれたんだ」
「くっくっくっ、お兄ちゃんも詰めが甘いなー。その紙袋、口を閉じてるセロハンテープに一度もはがした形跡がないからね。つまり、買った本はその紙袋から取り出されていない。ということは、本を読んでいたってことは嘘になるのだよ。わかったかね、ワトソン君!」
なんてことだ、そこまで見ていたなんて。強すぎるぞ、小町のみやぶる攻撃。
「ちくしょう、やられたぜ」
「ふふん、小町を騙そうなんて八万年早いんだよ。お兄ちゃん」
小町ってアホの子だと思ってたのに。なんか悔しい。
「あ、そうそう小町。心配かけたからさっきコンビニでプリン買ってきたんだ。いるか?」
「え!プリン?いるいる!ナイスだよお兄ちゃん!ちょうだい!」
「落ち着けよ、なあ小町。さっきまでのかしこいおまえは何処に行ってしまったんだ?」
「え、どゆこと?」
「俺はお前の電話のあと急いで帰って来たばかり。おまけに手には紙袋しか持ってないぞ?つまりだな…」
「そんな、嘘だったの? プリンないの? なにそれ、その嘘小町的に超ポイント低いよ…」
すごい残念そうにしている。ちょっと仕返そうと思っただけなのに。うわ、なんかすごい悪いことしちゃったみたいじゃん。
「おい小町、俺はまだプリンを持っていないとはいってないぞ。」
そういって持っていた紙袋を開けてコンビニのビニールを取り出す。実は電話のあと家に帰る前に近くのコンビニで買ったのだ。心配してくれたみたいだからそのお詫びに。それを紙袋にしまってから急いで帰って来た。プリン一個ねじ込むくらいの隙間はセロハンテープ剥がさなくてもあったからね。
「わ!ほんとにプリンだ!」
「おう、心配かけたからな。そのお詫びだ」
「ありがとう!さっきのなし、やっぱりポイント超高い!」
予想以上の喜びっぷりである。お兄ちゃんも嬉しいです。さすが、あげて落とすならぬ落としてあげる作戦だ。そして小町の頭の中はプリンで一杯になり、俺のことは忘れ尋問を逃れられる。いや、別にこのためにプリン買った訳じゃないからね。ほんとに礼として買ったんだから。これ副産物だから。
「じゃあ、それ食うためにも早いとこ飯にしようぜ。俺も腹へったんだ」
「そだね。じゃあちゃっちゃと手洗いしてきて。小町先に準備しとくから」
「おう」
よし、うまくいったぞ。これで俺の平穏は保障された。後は飯食って寝るだけだな。
洗面所で手を洗ったあと、荷物と着替えのために自分の部屋によってからリビングに行く。すでに夕飯の準備は整っていて小町は自分の席についていた。きっと俺が帰ってくる前にほとんど済んでいたのだろう。本当に悪いことしたな。今度からちゃんと連絡しよう。
俺も小町の向かいである自分の席に座り、一緒にいただきますして食べ始める。やはり小町のご飯はうまいな。親?今日も休日出勤です。まじ社畜の鑑。おそらくそんな親の血が流れてるから文化祭でもあんなに働いてしまったんだろうな。ちくしょう、社畜の才能なんて望んでない。
夕食を終えて食器を片付けた後、小町は俺のあげたプリンを食べようとしていたところで話しかけてきた。
「あ、そういえばお兄ちゃん。なんで今日はあんなに遅かったの?」
おっと小町ちゃん。なんでその話を思い出してしまったんだい?プリンに塗りつぶされたはずだろう?
「おう、そういえばだったな。てか、なんで思い出した?」
「プリン見てたらそういえばと思って」
プリンめ、お前のせいか。まあ逃げられるとは思ってなかったよ。でもそれなら逃げられるかもなんて淡い夢を見せないでほしかったな。プリンさんや。
「あれだ。人と会ってな、しばらく話してたんだよ」
「人って誰?」
「黙秘権を使行する」
「なんでさ!」
「いや、色々面倒なことになりそうだから」
だって小町ちゃん口軽そうじゃん?特に同じ部活のあの二人とかに対して。そんなことになったら明日からの部活地獄だよ?教えるのはその機会が訪れたときでいい。自ら教える必要はない。
「ならないよ!さぁ、言っちゃいな!」
「言わないから」
「なら、このシャーロック小町ちゃんが当てて見せよう。ワトソン君よ」
「なにそのキャラまだ続いてたの?」
なんか話す前から面倒になってきたよ。
「雪乃さんか結衣さんだね」
「その心は?」
「もし相手が男の人だったらお兄ちゃんはそんなに渋らないはず。となると女の人になるけど、お兄ちゃん女の人の知り合い雪乃さんか結衣さんくらいしかいないじゃん」
おやおや小町ちゃんや。最初の方はなかなかの推理かと思ったけど最後ひどいこといってない?俺にも女性の知り合いくらい……、片手で足りるな。
「残念、不正解だ。もうおしまいな」
「えー、自信あったのになー。なんたってお義姉ちゃん有力候補の二人だからね!」
「いや、それないから」
でたよ、小町のお義姉ちゃん候補。それすごい嫌なんだよね。その気が全くない相手を候補にされても、それにたまに本人いる前で言おうとするからね。たちが悪い。
「なんで?たぶん脈ありだよ?」
「絶対ないから大丈夫」
あいつらが俺にとかあり得ない。まず住む世界が違うのだ。あいつらがいるのは上位、俺は底辺。あってはならない。というかその前にまず俺にその気がないんだよ。
「まったく、超ネガティブ思考なんだから、このゴミいちゃんは。小町的にポイント低いよ」
「小町よ。そのお義姉ちゃん候補ってやつも八幡的にポイント超低いぞ」
「どうして?お兄ちゃんのための候補だよ。逆に色々頑張ってるのを感謝して欲しいくらいだよ!」
「それ余計なお世話だから。別にその気のない人相手にそんなことされても俺も向こうも迷惑だぞ?」
「またそんなひねくれたこといっちゃって」
「いやマジだから」
思い込みが激しいのが悪いとこだよな。空回りしちゃってるから。
「ほんとに?」
「ほんとに」
「そっか。でもお兄ちゃんがそうでも向こうがそうとは限らないじゃん。折角のチャンスなのにもったいないよ?」
「小町、そういうのはチャンスどうこうの前に気持ちが大事だと思うぞ?」
いいこといってやったぜ。
「なに、いいこといってやったぜって顔してんの?正直その顔ちょっと気持ち悪いよ。」
おふぅ、今ので俺のHPが0になった。目の前が真っ暗になっちゃう。
「ひどいこと言うな小町。お兄ちゃん泣いちゃうよ?」
「泣いたらちょっと気持ち悪いがキモいに昇格しちゃうけどいいの? だいたいお兄ちゃんが変なこと言うから…」
よし、こうなったら小町に身をもって不快感を味わってもらおう。
「じゃあさ、俺がもし大志を義弟候補とか言って、お前とくっつけようとしてきたらとうだ?」
「うわ、なにそれ、ポイント低すぎるよ。小町ポイント大暴落だよ。今までのポイント帳消しにしちゃうかも」
おう、そこまで言うか。自分でいっといてなんだけどひどいな。さすがに同情しちゃう。ごめんよ大志、例に出しちまって。今度なんか奢ってやろう。
「だ、だろ。いやだろ? それが俺の気分だ」
「うん、なんかごめんね。小町よく考えられてなかったよ。今度からやめとく」
相当のダメージだったみたいだな。ほんとに大志に申し訳なくなって来た。完全に脈ないみたいだし、今度少しだけお兄さんって呼ぶの許してやろう。
「わかってくれたらいいんだ」
「でもさ、それってそこそこ告白される小町とそんなこと全くないお兄ちゃんじゃ話が違うんじゃない? 小町はこれからたくさんチャンスあるかもだけど、お兄ちゃんはこれ逃したら人生ソロプレイ確定かもよ?専業主夫の夢叶わないよ?」
む、一理なくもない。確かに恵まれてる人間とそうでない人間のチャンスの価値は全然違う。それでも嫌なものは嫌だ。
「その時はその時だ。夢を諦めるのと望まない人と一緒になるのだったら俺は前者をとるな。そういうのってそんないい加減にしていいことじゃないだろ?むしろ世の中で一番気持ちが大事な事じゃないか?」
「うん、そうだね、お兄ちゃんの気持ち考えられてなかったや。これから気を付ける!それに、小町はお兄ちゃんに幸せになってもらいたいから、お兄ちゃんが好きな人とそうなれるよう応援してるよ!今の小町的にポイント高い!」
「おう、わかってくれたらいいんだ。八幡的にもポイント高いぞ。まあ、そんな相手出来るか甚だ疑問だが」
「結局後ろ向きなのは変わんないんだね。でも大丈夫だと思うよ。お兄ちゃんがしっかり前向いて歩いていれば、お兄ちゃんを気に入る人も、お兄ちゃんが気に入る人も出てくるって。現に小町はお兄ちゃんのこと気に入ってるからね!」
「そうか、ありがとな。お兄ちゃん頑張るよ」
「うん頑張って!」
「じゃ、俺風呂入ってくるから。あまり夜更かしするなよ」
「わかった。じゃ、小町は勉強しようかな。明日小テストあるみたいだし。おやすみ」
「おう、おやすみ」
なんか知らないうちにいい雰囲気になって、いい流れで終わった。聴かれなくてすんだな。さすが俺運がいいぜ。
「あ、そういえば結局誰と一緒だったの?」
おふぅ、逃げ切れてなかったんかい!まあ今の小町ならちゃんと頼めば誰にも言わないだろう。それにこれから頻繁に外出することになるからな、誤魔化しきれないだろ。
「他言無用で頼むぞ」
「うん、わかった」
「陽乃さんだ」
「陽乃さん?! ふむふむ、なら帰ってくる途中で捕まったとか?」
「まあ、間違いではないな」
「なんか煮えきらない言い方だね」
「なんだ、その、友達になった」
「ふむ、友達ね」
「あぁ、だから来週からちょいちょい外に出るから」
「ふむ、外出ね」
あれ?思ってたよりもリアクションがショボいな。まあいいか、風呂はいろ。
リビングを出て風呂場に向かう。すると後ろの方から……、
「ええええぇぇぇ!!? 友達?! あの陽乃さんと?! しかもお兄ちゃんが外出?! その前にお兄ちゃんに友達?! あれ? 何から疑問に思えばいいの?小町なんかもうよくわかんなくなっちゃった。寝よ」
この後小町は本当に寝たらしい。おかげで次の日の小テストはボロクソだったとか。
ちなみに翌日の朝、晩の俺の発言のことはしっかり覚えていて根掘り葉掘り聴かれたのは言うまでもない。結局、当たり障りのないことしか教えてないが。小町には言えない内容もあったしな。
それでも最後には笑顔で、よかったねと言ってくれた。やっぱり小町はいい妹だ。俺もいつかはあいつをちゃんと純粋に思えるようになりたい。そのためにも色々頑張んないとな。
そう決意を新たにして学校に向かう。
余談だか、朝からたくさん話をしたせいでいつもより時間が押し、家を出るのが遅くなったので小町を中学まで送ってから学校に行ったのだがギリギリ間に合わず平塚先生の鉄拳をくらうはめになった。くそ、ついてない。
読んでくださってありがとうございます。
ではまた、次回。