彼と彼女はそうして対等になる   作:かえるくん

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 最終話です。どうぞ。




そして彼と彼女は……

 電話をして少し時間がたった頃、車のドアが閉まる音が遠くから聞こえたかと思うと公園の入り口の前を一台の車が通りすぎる。そして陽乃が公園に入ってきた。俺は立ち上がって手を挙げる。陽乃はそれに気付くと俺のところへやって来る。

 

「悪いな、夜遅くにこんなところまで」

「場所はここでいいって言ったの私だし別にいいよ」

「帰りは?」

「電話したらさっきの車がくる」

「そうか」

「にしてもびっくりした。急に会いたいって」

「まあ、そう思ったから…」

 

 正直勢いで電話してしまったところもある。歯切れの悪い俺の顔を陽乃は覗きこむ。

 

「なんかあったの?」

「ああ、あの電話親父に聞かれてな」

「え……」

「親父と話したんだ。というか親父の話を聞いた」

「そっか」

 

 陽乃はそれ以上は何も言わない。俺は吐き捨てるように笑って言う。

 

「俺も、陽乃と似たようなもんだったわ。今じゃお前の言ってた複雑な心境が馬鹿みたいに理解できる」

 

 俺はベンチに座り背もたれに思いきり体重をかける。それに続いて陽乃も俺の左横に一人分のスペースを空けて座った。

 

「なかなかきついでしょ」

「ああ、これはやばいな。今までなんだったんだよって、色んなもん蹴飛ばしたくなる」

「私は既にごみ箱蹴ったわよ」

「……スケール小さいな」

「うるさいわよ」

 

 二人で夜空を眺める。満月が明るくて星はあまり見えない。さっきよりも高い位置に月はあった。

 

「小町に、悪いことしたな…。あいつはちゃんと意思表示してたから上手く出来てたんだ」

「私も、無理する必要なかったのかなー」

「なんだったんだろうな、俺達」

「確かに。でもあの苦難があったから私達は今こうして一緒にいるのよね」

「そうだな。何もなかったら俺が部活にはいることもなかっただろうし…」

「あの日、ああやって私達が話をすることもなかったかも」

「でもそれはそれで違った何かがあったんだろうけど…」

「今更そんなこと言ったって仕方ないけどね」

「まあな」

 

 俺達は互いに顔を見ることなく話を続ける。しゃべる度に白い息が出るようになった。

 

「八幡はさ、これまでをやり直したいって思う? 辛いことは忘れて、上手くいく方法だけ覚えててさ」

「どうだろう、その人生はさぞ愉快だろうな。でも俺はいいや」

「どうして?」

「なんだかんだ今じゃ救われてなんとかなってるから」

「あはは、そっか。私も、今こうしていられるからなんか色々許せちゃった」

 

 様々な出来事が絡み合って今がある。陽乃と出会い、友達になって、好きになることができた。こうなるには過去の何が欠けてもダメなのだ。

 

「本当だな。今が好きだから、過去の全てを許せる」

「うん」

 

 そして、そう思えるくらい隣にいる陽乃の存在が大きくて、俺は陽乃に救われている。過去は許した。今は大切。だから、この先の未来は……。

 

「もう、こんな失敗はごめんだな。二度としたくない」

「そうね。私も」

 

 少しの沈黙が流れる。冬の夜は虫も鳴かないので異様に静かだ。俺は一言でその静寂を壊す。

 

「陽乃、好きだ」

「え…」

「俺はもう間違えたくない。伝えたいことを伝えずに後悔したくない。俺は陽乃が好きだ。お前には俺の隣で笑っていてほしい。お前とずっと、肩並べていたい」

 

 俺は思っていたことが堰が切れたように言葉となって溢れだす。陽乃の方は向けないので相変わらず月を見ているが。少しして陽乃はゆっくりと口を開く。

 

「…私さ、好きになれる自分を見つけるって前に言ったじゃない?」

「ああ、覚えてる」

 

 あの時の陽乃は格好よかったから、忘れられない。

 

「この前ね、やっと見つけたんだ。好きになれる自分」

 

 陽乃はそういうと一つ間を置いて続けた。 

 

「…私も、八幡が好きだよ。八幡の横で笑っていたい。ずっと隣にいたい。なんの誤魔化しのないこの純な気持ちに気づいた。私の中にも、純があったの。私は八幡が好き、そして八幡の隣にいる私も一緒に好きになれる」

 

 それを聞いた俺はまだ陽乃の顔を見れずにいた。なんて言えばいいのかわからない。嬉しいといえばいいのか、改めて告白すればいいのか。ごちゃごちゃといろんな事が頭を埋め尽くす。すると不意に腕の服をちょんちょんと引っ張られる。

 

 陽乃の方に顔を向けたと同時に、唇を奪われた。

 

 俺は驚くが身動きがとれず目を見開くことしかできない。視界は陽乃でいっぱいで、体は熱く、鼓動は早くなっていく。ごちゃごちゃしていた頭は一気に真っ白になった。

 

 どれくらいそうしていたか、たっぷりと時間がたった後陽乃が離れる。俺は咄嗟にまだ熱の引かない唇を押さえる。

 

「お、おま、陽乃、なにして…」

「何って、キスよ」

「え、い、いきなり」

「どうせ八幡ごちゃごちゃ考えてたんでしょ」

「まあ、今じゃ真っ白だけど」

「別に気のきいた言葉なんて要らないわよ。八幡の思いは私に届いたし、わ、私の思いも届いたでしょ?」

「おう、ばっちり」

「ならそれで充分よ。その、二人ともずっと一緒にいたいなら、一緒にいればいいんだから」

 

 陽乃は少し照れたように言う。

 

「そうだな。それで充分か」

 

 俺は左手で陽乃の右手を掴む。陽乃は少し声を漏らすがしっかり指を絡め握り返してくる。いつの間にか一人分の空間はなくなり、肩がくっつく位の距離になっていた。

 

 寄り添う二人を月が照らす。

 

 

   _____________

 

 

 

「じゃ、また今度な」

「うん、暇なときわかったら連絡するから」

「待ってる」

 

 手が離れ、陽乃は車に乗り込む。車はゆっくり発進し、徐々にスピードをあげていく。俺は車が見えなくなるまで見送った。

 

「帰るか」

 

 まだ手に残るほんのりとした温もりを感じながら家への道を歩く。そういえば陽乃と話した帰りもこうやってこの道を歩いたな。あの時と同じで今もだらしない顔してんだろう。少し歩みのペースを上げ、落ち着かない気分を押さえ込む。気づけば家についていた。

 

「ただいま」

 

 静かに家に入る。自分の部屋に服を置いて洗面所へ向かう。ふと鏡を見ると口元にちょっとだけ赤い色が着いているのに気付く。

 

「あ、これ陽乃の口紅…」

 

 それを見てさっきのキスを思い出し顔が熱くなる。自分で気付いてよかった。指摘なんかされたら死ぬほど恥ずかしくなる。俺はそれを拭き取り、手洗いを済ます。出ようと戸に手を伸ばすが、突然開けられたせいで手は空を切る。

 

「小町か」

「わ! お兄ちゃん、いつの間に帰ってきたの」

「今さっきだ」

「その、お父さんから聞いたけど…」

 

 小町は心配そうな顔をして俺の顔を伺う。

 

「ああ、もう大丈夫だよ」

「本当?」

「本当」

「そっか。よかった」

 

 小町は安堵の息を吐く。俺はそんな小町の頭を撫でる。

 

「その、今まですまなかった…」

 

 顔を少しあげて小町は俺を見る。そして笑みを浮かべた。

 

「うん。でも、何の謝罪かは聞かないでおいてあげる」

「そうか、ありがとう。これからは…」

 

 言葉を続けようとする俺の口を小町が押さえる。

 

「それ以上はいらないよ。何年妹やってると思ってるのさ。これでも地球上で一番お兄ちゃんと長くいるのは小町だよ。今更そんなことで怒ったりしないって」

「あはは、かなわねえな。サンキュー小町、大好きだぜ」

「うへ、キモい」

「あれ、返答おかしくない? なんで?」

「調子に乗るんじゃありません。リビングにお父さん達いるからさっさと行ってきなさい」

「へーい」

 

 最後に目を合わせて笑いあう。洗面所を出てリビングに入る。ソファーに親父達は座っていた。俺が入ってきたのに気付くとはっと顔を上げる。

 

「八幡…」

「ただいま」

「お、おかえり」

 

 気まずい沈黙が流れる。なんて言葉をかければいいかわからず口を開くことができない。目一杯考えた末、言葉を絞り出す。

 

「その、もう大丈夫だから、ちゃんと整理もついたし…、親父達を恨んでるわけでもないから。俺も、親父達を頼らなかった、悪いところがあるし…、すまん。お互いさまだからあんまり気にすんなよ。これから、たくさんしてくれるんだろ?」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとう、八幡」

 

 親父が俺に飛び込んでくる。俺は咄嗟にそれを避けたので親父は壁にぶつかる。

 

「なんだよ急に」

「あたた、抱きしめたくなって、つい」

「いや恥ずかしいから」

 

 親父の方を向いて話していると後ろから温かいものに包まれた。

 

「お袋もなにしてんの?」

「が、我慢できなくて?」

「だから恥ずかしいんだって」

「いいじゃない、別に知らない人に見られてるわけでもないんだし。今日くらい…」

「はぁ」

 

 全然離れないので諦めていると、リビングのドアが開いて小町が入ってくる。そしてこの異様な光景を見て固まった。

 

「何、してんの? 皆して」

「俺にもよくわからん」

「ふーん、でも小町も混ざっとくべきかな?」

「え、ちょっと待て」

「とう!」

 

 俺の制止を無視して小町は俺の懐に飛び込んでくる。俺はそれをなんとか受けとめる。暑苦しい。

 

「あー、もうわかったから、いい加減離れろ」

 

 俺は全力で振りほどく。テーブルの椅子を引いて座ると、向かいの席で知らないうちに親父が酒を飲んでいた。

 

「いつの間に…」

「だって俺だけ仲間はずれだったから…、お前も飲む?」

「飲むわけないだろ、未成年だぞ」

「でもこれお前のお土産のやつ」

「あ、ほんとだ。今まで飲んでなかったのか」

「お前とちゃんとしてからこの酒は飲もうって決めてたからな」

「へー。で、早速飲んでんのか」

「うまいぞ、飲むか?」

「だから飲まねーよ。…あと数年待て」

「おお、いくらでも待つ」

 

 親父はそういうと笑った。俺は風呂に入っていないことを思い出しリビングを出ようとドアに手をかける。そこで最後に言うことを思い付き、振り返って言う。

 

「そういえば、俺彼女できたからそのうち連れてくる」

 

 俺は言い終えるとそのままリビングを出て風呂へ向かう。

 

 その日、この家できて以来最大級の絶叫が轟いた。お隣さん家もびっくりするくらいの。

 

 

   _____________

 

 

 

 元旦の神社は人でごった返している。着物を着ている人や子供もたくさんいて音も風景もすべてが賑やかだ。

 

「待ち合わせ場所ミスったかな」

 

 俺はついそうごちってしまう。身動きとれないほどではないが、人の往来が激しくて人を見つけるのは難しい。

 

 と、思っていた時期もありました。前から明らかに周囲の視線をかき集めながらこっちに向かってきているやつがいます。

 

「八幡!」

「よう陽乃。あけましておめでとう」

「あけましておめでとう、今年もよろしく」

「よろしく。にしてもよく俺のいる場所わかったな」

「私だもの、当然よ」

「はは、さいで」

 

 俺達は自然と互いの手を握り指を絡め合って歩き出す。遠くからは鈴の鳴る音が聞こえる。

 

「その着物すげえ似合ってんな」

「ふふっ、ありがと」

「そういえば元旦は家の用事とかたくさんあるんじゃないのか?」

「お母さんに八幡と初詣行きたいって言ったらすんなり許してくれたの」

「へー、本当にいいのかそれ。年始の挨拶だろ?」

「うーん、でも本格的なのは明日からだし」

「そうなのか。ま、適当に頑張れよ」

「終わった後八幡がストレス発散付き合ってくれるんでしょ?」

「え、聞いてない…、けどいくらでも付き合ってやるよ」

「やった。楽しみね、何しようかな」

 

 そんな笑い合う二人の歩幅はぴったり一緒でずれることはない。きっとこれからもずれることはないだろう。

 

 そしてその肩が、その手が離れることも、きっとない。

 

 

 

         ― 終わり ―

 




 ということで、「彼と彼女はそうして対等になる」は無事完結です。これまで読んでくださり、コメントや評価、誤字修正いろいろしてくださりありがとうございます。本当最後までできてよかった、自分飽きっぽいので。

 これでこの話は終わりですが、次は今少し出してるもう一つのシリーズをしっかり最後までやり遂げることに集中したいと思います。

 本当にありがとうございました。では、またどこかで。

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