20話です。どうぞ。
パレードが終盤に近づき戸部は海老名を呼び出す。人混みから離れたところで向き合い、戸部は両手で頬を叩いて気合いを入れ直す。
「海老名さんに話があります」
「うん」
「俺、海老名さんのことが好きです。付き合ってください」
しばしの沈黙が流れる。遠くでパレードの賑やかな音が聞こえる。ゆっくりと海老名は口を開く。
「えっと、ありがとう。でもごめん、私自身がまだそういうのがよくわかんなくて、覚悟も全然できてないし…。上手く言葉に出来ないけど、別に戸部っちのことが嫌いってわけじゃなくて…、えっと」
「そんなに急がなくても大丈夫。俺はちゃんと返事貰えて今は充分だから…、諦めはしないけど」
「うん。私もちゃんと、皆と向き合えるように頑張るから」
「そっか。俺はいつまでも待つから。それくらい本気」
「うん」
「じゃ、ちゃんと答えてくれてありがとう。またこれからも、よろしく」
「こっちこそ、ありがとう」
戸部はその場を離れる。それを見計らって海老名のもとに三浦と由比ヶ浜が近づく。
「ほら、大丈夫だったっしょ」
「姫菜、頑張ったね」
「うん、なんとかなった」
「にしても真面目な戸部ってなんかむずむずする」
「あはは、でも少し見直したかな」
「ま、これからどうするかはちゃんと考えて好きにするといいし」
「うん、ありがと」
「で、結衣は今から?」
「うん」
「え、結衣何かするの?」
「戸部と同じく」
「比企谷君に?」
「うん。まあ結果は見えてるけど、ちゃんと区切りっていうか、すっきりさせたくて」
「そうなんだ。えっと、頑張って」
「ありがとう」
「ま、終った後はあーし達が慰めてあげるし、当たって砕けてきな」
「あはは、ゆきのんと同じようなこと言ってる。じゃあ、いってくるから」
由比ヶ浜はその場を離れて、比企谷を呼び出した所へ向かう。残った二人はその背中を見送った。それと入れ違いで近づく人が一人。
「優美子」
「隼人じゃん。どうしたん?」
「その、話しておきたいことがあるんだ」
「そ。わかったし」
「じゃ、私は外すね」
「助かるよ」
「終わったら連絡するし」
海老名は二人から離れる。
「で、話って?」
「実はさっき優美子と姫菜が話しているのを偶然聞いて……」
「え、あれ聞いてたん?」
「ごめん。でも、嬉しかった。俺も踏み出そうと思った。優美子に俺を知って欲しいって思ったから、だから俺の昔の話を聞いて欲しい」
「それって雪ノ下さんとのこと?」
「そうなるかな」
「わかった。ひとまずあのベンチで聞くから」
「ありがとう」
二人はベンチに腰かける。葉山は少しずつ、過去を打ち明ける。
「俺と雪ノ下さんは家の繋がりもあって、昔は仲が良かったんだ。普通の幼馴染みだった。でも小学高学年の時から、雪ノ下さんがいじめられだした。そして、いよいよ雪ノ下さんは弱りだしたんだ。その当時、親は忙しくて全然相談できなかったみたいで」
「そこで残った最後の味方が、俺だったんだ。俺は雪ノ下さんを助けたかった。けど、どうしていいかわからなかった。そして考えた末、俺は皆で話し合おうって、お互いに謝り合えば収まるんじゃないかって思ったんだ。それで実際にやった」
「話し合いの間は穏やかだった。でも終わって俺がいなくなったらそうじゃなかったらしい。いじめは逆に陰湿にエスカレートしてしまった。俺は訳がわからなかった。皆で仲良くできるって本気で思っていた」
「それからなんだ。俺が皆仲良くって、話せば皆わかりあえるんだってことに執着し始めたのは。認められなかった、あの時の失敗も、皆仲良く出来ないってことも」
葉山は一息ついて続ける。三浦は黙ったまま耳を傾けていた。
「誤魔化し続けていて、そしてあいつに、比企谷にあった。あいつといるといつも突きつけられた。俺の逃げも、理想の馬鹿馬鹿しさも。だからあいつが嫌いだったんだ」
「俺は決着をつけたい。俺の過去にも、失敗にも。とらわれたままじゃ何処にも進めないから。皆と向き合うことも出来ないから」
葉山は言い終える。それを確認して三浦は口を開く。
「隼人の過去も、抱えてたものもわかった。で、どうやって決着をつけるつもりなん?」
「今更だけど、雪ノ下さんに謝る。今までのことを全部。許してはもらえないと思うけどね」
「隼人は許して貰いたくて謝るの?」
「いや、俺の中で終止符を打つためだ。自分の為に謝ってくる。それで罪を認めて、それをしっかり背負って歩いていく」
「そっか。ならいいじゃない? 隼人の思うようにするといいよ。ただ、これだけは覚えておくし」
「なにを?」
三浦は葉山の目をみて笑って言う。
「隼人の周りには、一緒に背負ってくれる人達がちゃんといるってこと」
葉山は少し驚いた表情をするが、すぐに顔を綻ばせる。
「あはは、それに今まで気づかなかったなんて、俺は馬鹿だな」
「ほんとだし。じゃ、話は終わり?」
「ああ。ありがとう」
「気にすんなし。あーしは結衣のところにいかなきゃだから。たぶん、帰りはバラバラになると思うから」
「わかった。俺は戸部と帰るよ」
二人は軽く別れの挨拶をして別々に歩いていく。
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時は少し戻ってパレードが終った頃。
「相変わらずすげーな」
「ほんとよね。これ見るためにって言っても過言じゃない」
俺と陽乃はパレードの余韻に浸りながら話をしていた。すると、俺の携帯が震えた。取り出してメールをみる。
「どうしたの?」
「なんか由比ヶ浜が来てくれって」
「そう」
「…ちょっと行ってくるわ」
「あの、八幡…」
「なんだ?」
「……ちゃんと答えてあげなよ」
「わかってる。じゃ、少し待っててくれ」
「うん」
俺は陽乃と別れて呼び出された場所に向かう。途中でばったり戸部にあった。
「うお、戸部じゃん。もう終ったのか?」
「ヒキガヤ君、ばっちり二つの意味で終ったべ」
「そうか」
「でも諦めないって言ったからやっぱ終わってないわ。待つって伝えてきた」
「お疲れさん。待てる男は格好いいぜ」
「まじで?」
「知らん。適当」
「えー、なにそれー。それでヒキガヤ君はどっか行く感じ?」
「ちょっとな」
「そっか。じゃまた後で」
「おう」
戸部はそう言って去っていった。悪い方には動かなかったみたいだな。どいつもこいつもすげぇよ。俺は由比ヶ浜がいるであろう場所に急ぐ。約束の場所につくと先に由比ヶ浜はいて、ちょうどひとつのランプの光に照らされていた。
「悪い、遅くなった」
「全然大丈夫だよ」
「で、話って?」
「あのさ、夏祭りの帰りのこと覚えてる?」
「ああ、覚えてる」
「あの時言えなかったこと、今日言わせて」
「わかった」
真面目な調子で言う由比ヶ浜にしっかりと返答する。少しの間の後、浅く頭を下げた由比ヶ浜が告げる。
「私は、ヒッキーが好き。ずっと前から好きです。付き合って…、ください…」
最後は弱々しくなりながらも言い切る。下を向いているから顔は見えないが、声が震えていた。周囲の音がすべて遠い。俺は一つ息を吐いて答える。
「すまん、お前の気持ちには応えられない」
俺の言葉を聞いて由比ヶ浜は顔をあげる。目元が光っていた。
「あはは、やっぱりフラれちゃった。でもありがとう、今回はちゃんと聞いてくれて」
「まあ、俺も逃げるわけにはいかないからな」
「んー、やっぱり陽乃さんには勝てなかったや」
「……なんで陽乃」
「だってヒッキーの中には、陽乃さんへの特別な何かがあるんでしょ?」
「…そうなのかな。なんでそう言えるんだ?」
「あの時、初めてヒッキーと陽乃さんの関係を聞いたとき、ゆきのんがさ、ちょっと酷いこと言って陽乃さんに怒られたの覚えてる?」
「ああ、確かにあったな」
「その時のヒッキーの顔みたら、なんかわかっちゃってさ。あー、もうこの間には入れないんだなーって」
「………」
「でもね、やっぱり、この気持ちはさ…、誤魔化せなかったから…、今日で終わりに……しようって……思っ…て……」
由比ヶ浜の目からは涙が溢れ出す。俺は声を出すことができなかった。
「だから」
由比ヶ浜はそういうと目元を手で拭って笑顔になる。
「今日は本当にありがとう。ヒッキーを好きになれて、よかった。これからは、友達として…、やっていけるかな?」
「……ああ。大丈夫だ。こんな俺を、好きになってくれてありがとう。じゃあ、俺は行くな」
「うん」
由比ヶ浜は最後に精一杯笑って見せた。俺はそれを目に焼き付ける。きっとこの姿は、忘れてはならないのだろう。俺は背を向けてその場を離れる。後ろは振り向かなかった。
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比企谷が去った後、由比ヶ浜は力が抜けたようにしゃがみこむ。そこに雪ノ下が現れる。
「やっぱり、ダメだった…」
縮こまっているためくぐもった声になる。それを聞いた雪ノ下は静かに由比ヶ浜の頭に手をのせて、そっと撫でる。
「ダメだったよぅ…。頑張って……強がったけど…、大丈夫だったかなぁ」
由比ヶ浜は嗚咽を漏らし始める。
「ええ、大丈夫だったわよ。ちゃんと最後まで。だから今くらいは、ね」
雪ノ下は由比ヶ浜をそっと抱き締める。
「うぅ…、こんなに…ずっと……好きだったのに………」
「…そう」
「悔しいよ…」
「…そう」
「全然、気持ちも…捨てられてない……」
「……そう」
泣き続ける由比ヶ浜を、雪ノ下は言うこと一つ一つに頷きながら抱き締めて、背中を擦り続けた。
しばらくして由比ヶ浜が落ち着いてきだした頃、三浦と海老名がやって来た。
「もう、大丈夫かしら?」
「うん。ゆきのん、ありがと」
「三浦さんと海老名さんも来たわよ」
由比ヶ浜は顔を上げゆっくりと立ち上がる。
「わ、結衣目真っ赤。かなり泣いたんだね」
「よく頑張ったし」
「うん」
それから三人は泣きすぎて酸欠気味の由比ヶ浜を介抱しながらランドを後にした。電車に乗る頃には由比ヶ浜も回復し、四人で談笑しながら電車に揺られる。時々話の流れで由比ヶ浜がぶり返し、泣きそうになるのを皆でなだめたり、必死に我慢する由比ヶ浜を笑ったり、なんだかんだ賑やかな終わりを迎えるのだった。
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由比ヶ浜と別れた後、俺はずっと由比ヶ浜に言われたことが頭から離れなかった。陽乃に持っている特別な何か。俺が陽乃の見合いをよく思わない理由。陽乃といるときの感情。
俺の中で陽乃の存在が大きいのは明らかだ。もちろん特別でもある。陽乃とはずっと一緒にいたいし、いてほしい。これが、本気で人を好きになるってことなのだろうか。中学のは全部暴走だった。寂しさを拭おうと無理した結果だ。だから経験がないため確信をなかなか持てない。
しばらくそんなことを考える。第一、何故俺は由比ヶ浜の告白を断った? 俺の性格とあいつの優しさは相性が悪いってのもある。でも一番の理由は、ただ単純に俺と並んで立ってるって想像ができなかったから。じゃあ、俺の横に並ぶなら…、その想像が出来るのは……。
ああ…、陽乃しか、でてこねーよ。しかもあいつの横に俺じゃない誰かがいるのも嫌だ……。となると、
俺は、陽乃が、好きなんだな…。
胸のつっかえがとれる感じがした。すげえな、戸部も由比ヶ浜も。こっから踏み出したのかよ。すげぇ怖いじゃん。なに俺偉そうなこといってたんだろ…。
あいつらの覚悟のでかさを初めて実感した。それと同時に、それほどの覚悟ができていない自分にも気付く。つくづく情けない。どうしても失ったときがちらつく。陽乃と腹割って話したときなんて比べ物になんねーよ。
「八幡?」
「わっ! は、陽乃か」
目の前に陽乃がいた。なんかまともに顔が見れない。
「どうしたの?難しい顔して」
「べ、別になんでもない、こともないが…、まだ待ってくれ」
「まあ、そういうなら聞かないでおくけど」
「助かる」
む、無理だ。今すぐなんてちょっと厳しすぎる。まじ、だせぇ。
「じゃ、わたし達は帰ろっか。皆それぞれなにかしらあったらしく各々で帰るって雪乃ちゃんからメール来たから」
「そうか。まあ、確かに今日は色々盛りだくさんだったな」
俺達はまだまだ賑やかな人混みを残してランドを後にする。結局、俺は何も出来ないまま陽乃と別れた。
駅からの帰り道、冷たい空気がずっと俺の顔を刺し続けた。
まさかの連日投稿。もうラストスパートです。あと少し、頑張れ自分。
もう少しだけお付き合いください。
ではまた次回に。