彼と彼女はそうして対等になる   作:かえるくん

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 前回の続きです。



意を決して八幡は陽乃と対談する2

 あれからしばらく考えている。なぜ陽乃さんが純に拘るか、確かに純に人を思うことは素晴らしいことだろう。しかしそれはかなり難しい。というか不可能に近い。それでもなお拘るとなると、

 

「なぜ純に拘るのか、で考えてもなにも思い付きませんね」

「そっか、今の君ならこう勢いでずばっといけるかなと思ったんだけどなー」

 

 陽乃さんが少し残念そうな顔をしてそういった。てか、だいぶ踏み込んだ話してるけどこの人はいいのだろうか。

 

「今更ですけど、俺とここまで深い話してもいいんですか?」

「うーん、まあね、私もこんなことになるなんて微塵も予想してなかったけど、始めてだったんだよ。私のことに関してそこまで分かって、それでいて話してくれた人が。それに君も話してくれたからね。あれ聞いたらいいかなー、って。それにチャンスだと思ったんだ。今までずっと私の中でモヤモヤしてたものを晴らせるかもしれない」

 

 そんな事を真面目なトーンで陽乃さんは語った。それはつまりこの現在、今という状況において……

 

「それは、現時点で俺を信用してくれてると解釈していいんですか?」

 

 ここで俺がうじうじ考えても仕方ないので思い切って聞いてみることにした。

 

「まあ、そうだね。君を信じてみてもいいと思ったかな。こんなこと静ちゃん以来だなー。むしろ境遇を加味すればそれ以上だよ」

 

 陽乃さんは微笑んでいた。そこにはいつもの仮面はない。なら、ここで俺がいうことはひとつだろう。

 

「わかりました。俺もあなたを信じましょう。雪ノ下陽乃が偽りなくそういうなら充分にそうする意味がある。というか、俺がそうしたいと思った、でいいですかね」

 

 俺も笑みを浮かべながら応える。あまり慣れてないけどちゃんとできてるよね。心配だな。

 

「そう言ってくれてありがとう。これで君は君の、私は私の意思で互いを信じることになったから、何があっても自己責任だね。あと、その気持ち悪い顔やめた方がいいよ」

 

 やっぱり? 無理だったみたい。

 

「これでも頑張ったんですけど酷いこと言いますね。まあ、それで問題ないですよ。では、さっきの話の続きですけど……」

 

 さっきの話の続きをしようとしたところで陽乃さんに突然言葉を切られた。

 

「ちょっと待って! その、たった今君と私は……、何て言う関係になったの?」

「む、確かに言われてみれば奇妙な関係ですね。これはなんて呼ぶんでしょう」

「んー、そうだねー、と、友達とかでいいんじゃない? どう思う?」

 

 しどろもどろに陽乃さんが答える。

 

「友達、ですか。俺、今までに友達なんてろくにできたことないからよくわかんないんですけど、こんな契約みたいなことをするもんなんすかね」

 

 率直な疑問を述べてみた。すると陽乃さんは苦笑いを浮かべて言う。

 

「いや、普通しないよね。でもまあ、変わり者の私たちだしそれでいいんじゃない? それに私も友達(笑)はたくさんいるけどこんな関係になった人は今までにいなかったし」

 

 最後の方は悪い笑みを浮かべている。うわ、絶対最初のやつ根に持ってるよこの人。

 

「そう考えるとあれですね。雪ノ下さんって新型のボッチだったんですかね。精神的ボッチというか」

「なにそれ、なんかすごく不名誉な肩書きなんだけど。なのにうまく否定もできないなんて。て、そうじゃなくて、話そらさないでよ。せっかくこういう関係になったんだしさ、名前で呼び会わない? 八幡?」

 

 そういって急に名前を読んでくる。うわ、やばい。なんかドキドキする。女の人に名前呼ばれるのって初めてじゃね。あんま隙見せてるとこの人調子に乗りそうだからここは気を引き締めて……

 

「ん、なんか顔赤くない? もしかして綺麗なお姉さんに名前呼ばれてドキドキしちゃった? 全く八幡はうぶだなー。これからこの陽乃ちゃんが手取り足取り教えてあげるから慣れていこうねー。ほら、試しに呼んでみ? ほら、ほら!」

 

 な、言わんこっちゃない。大体なめてもらっては困る。こっちは脳内では常に名前呼びなのだ。今更声に出すくらいなんの問題もないぜ。

 

「は、陽乃さん……」

 

 あれ? おかしいな。今ちょっとつっかえなかった? これが脳内とリアルでの差か。でもこれくらいならなんとか、慣れるのも早そうだな。

 

「え、いやいや。違うよ。呼び捨てに決まってんじゃん。呼び捨て。さんはいらないよー。さぁ、もう一回いってみよう!」

 

 はい、俺の甘い考えは一瞬で霧散しましたー。近所の塀がベルリンの壁になっちゃったよ。マジかよ。無理じゃね?

 

「こら、なに黙ってんの。そんな泣きそうな顔してもダメだから。さっきまでの余裕はどうしちゃったの? ほら、言ってみ、陽乃、repeat after me 陽乃 はい!」

 

 いや、この人調子乗りすぎでしょ。てかなに、途中の英語めっちゃ発音いいんだけど。なんかイラッと来るな。

 

「はぁ、なんかあなた相手に恥じているのも馬鹿らしくなってきましたよ。陽乃、ちょっと調子乗りすぎです。落ち着いてください」

「あらー、吹っ切れちゃった。ちー、つまんないの。弄りがいあったのになー。どうせなら敬語もやめてくれればいいのに」

「なんか不味い人と信頼関係築いちゃったかな……。敬語に関してはそのうち取れるまで気長に待ってください」

「まあ、今はそこで妥協してあげようじゃないの。名前呼びだけだけど」

「ありがとうございます。俺も結構精一杯なんですよ。それに今から陽乃と話をしなくちゃいけないし、俺今日ちゃんと帰れるかな?」

 

 なんか心配になってきた。既に凄い疲れてるんだけど。大丈夫かな?

 

「そうなったら私がちゃんと八幡の家まで送ってあげるから安心していいよ」

「いやそれ全然安心できないですよ」

「大丈夫大丈夫。ちょっとしか変なことしないから。膝枕とかどう? 魅力的じゃない?」

 

 む、確かに。しかしなんかとんでもない見返り要求してきそうで怖いな。

 

「遠慮しときます、見返り怖いんで。なんか休みとか全部持ってかれそうじゃないですか」

 

 休み失うとかマジ恐怖。なくなったら八幡もう学校いけないよ。

 

「えー、ちょっと先に言わないでよ。折角毎週遊んでもらおうと思ってたのに…。じゃあ半分だけ、土日の片方だけでいいからさ、お願い!」

 

 マジだったよこの人。

 

「いやいや、俺から休み奪うなんて千葉県民からMAXコーヒー取り上げるようなもんですよ。一大事です」

「いや、それさ。別に大したことなくない? ならオッケーてことかな。やった! なら早速来週の……」

「待て待て待て! いやMAXコーヒーなくなるのは大問題でしょ。それに見返り要求されるようなことまだされてないし、それにこれから陽乃に助言? 的なのしようとしてるんだから普通俺が要求する立場ですよね」

 

 つい大きな声が出てしまったが俺は悪くないぞ。ごり押そうとした陽乃が悪い。

 

「八幡は友達の私に見返りを要求するのね。そんな小さい男だとは知らなかったわ。きっと酷いことされちゃうんだ」

 

 陽乃はおよおよと口で言いながら涙をぬぐっている。いや、あなたに言われたくないんですけど。それにあなたそんなキャラでしたっけ。もうなんだよこの茶番。

 

「はぁ、いい加減話を戻しましょう。脱線しすぎです」

「確かにそうだね。ちょっと覚悟が足りなくて誤魔化しちゃったかな」

 

 陽乃は申し訳なさそうに弱々しく笑った。それに対し俺は真面目に切り出す。

 

「これから俺も思うこと真剣に話すんで、陽乃もそれ相応の覚悟をしてください。別に俺の言うことが全てではないので違うと思ったら遠慮なく否定してくださいね」

「わかった。それじゃあ、再開しよう。覚悟はできたわ」

 

 少しの沈黙のあと俺は語りだす。

 

「先程もいったようになぜ純に拘るか、で考えても見えてこない。ならその逆を考えてみればいい。陽乃は純でありたい、つまり不純になりたくないと考えることができます。じゃあなぜ不純になりたくないのか、俺が一番可能性があると思うのはあなたが、不純で人と関わることを極端に嫌悪しているから、だと思いました」

 

「陽乃は幼い頃から親につれられて数多くのパーティーなんかに行ったそうですね。恐らくそこで腐るほどに人間の嫌なところを見てきた。権力欲しさに近づく者、胡麻をする大人達、陰で文句を垂れる人、挙げればきりがない。そして幼いながらに人間の汚さを理解してしまった」

 

「ただ、そこで終われば問題はここまで大きくならなかった。不幸だったのは、あなたが親に理想通りの振る舞いを強いられたこと、そしてそれを上手くこなせてしまったことだ。長年続けているうちに陽乃にとってそれは当たり前になり、人との関わり方も気付けばそんな大人たちと似たようなものになっていた」

 

「当たり前だと思いますよ。人は通常多くの失敗や成功を重ねて人付き合いを学ぶ。そんな年頃に上手くいく悪手を知っていて使いこなせればそれに染まってしまうのは当然です。で、気付けば自分もあんなに嫌悪していた大人たちの仲間入り。とりあえずここまでで何かありますか?」

 

 陽乃は途中から目を閉じ、若干顔を伏せながら聞いていた。その体勢のまま小さく、続けて、と呟く。それを聞いて俺はさらに続けた。

 

「知らないうちに自分の嫌いなものの同類になってしまった貴方は絶望しショックを受けたでしょう。そんな時に気づいたんじゃないですか? 雪ノ下雪乃の存在に。姉として、妹を大切に思い、愛せるんじゃないかと。いつも自分を追いかけてきた可愛い妹相手なら、なんの打算もなしに相手に出来るんじゃないかって」

 

「そうすることでまだ自分が完全に仲間入りした訳じゃないと証明したかった。陽乃が陽乃自身を大嫌いにならないための最後の砦が、雪ノ下雪乃なんじゃありませんか? しかし薄々感じ始めていた、自分の望む環境にいる妹への羨望、嫉妬に。でもそれを認めるわけにはいかない。認めてしまえば雪ノ下への気持ちが綺麗なものでなくなるから。自分が自分を取り返しのつかないくらい嫌いになるから」

 

「だから妹の雪ノ下に、姉だから妹の心配をして、という理由で色々やって来た。姉だから妹に家のしがらみが向かわないように一身に背負ってきた。そうすることで負の感情をかき消そうとしたんじゃないですか? そして最近になって誤魔化しきれなくなってきた。理由は雪ノ下が奉仕部という居場所、由比ヶ浜という理解者を得たから…」

 

「またしても妹は自分の欲しいものを手にいれた。それなのに、そんな環境を作るのに身を削った自分に対しては邪険で、毛嫌いする。もう押さえられるわけありませんよ。押さえても押さえても溢れ、こぼれ出てくる負の感情を認めないわけにはいかない。しかしどうしても認めるわけにもいかない。どちらにも進めない板挟み状態です。現状がこれなんじゃないですか?」

 

 俺の長い語りを静かに聞いていた陽乃が顔をあげる。目には涙が滲んでいて、今にも崩れてしまいそうだ。そんな表情のまま口を開いた。

 

「うん、君の言ってることは間違いじゃないよ。むしろかなり的を射てると思う。でもさ、もうわかんないんだよね。自分がどうありたいかとか、好きか嫌いかとか、どんな人間かとかさ。もう全然わかんなくなったんだ。本当に雪乃ちゃんを大切に思っているのかすらも」

 

「どこを見ても闇ばかり。何処へ進めばいいかわからない。そんな中、親の敷いたレールの上は都合がよかったんだ。言われることをやればいい、ただそれだけ。でも全然楽しくなかった。こんなぺらぺらな自分じゃ、なんにもない自分じゃ面白いことを作り出せなかった。だから外に求めたんだ。自分を楽しませてくれる人いないかなーって。雪乃ちゃん面白いことやってないかなーって」

 

「そうこうしてるうちに雪乃ちゃんの周りに八幡やガハマちゃんが現れてさ、ほしいものを手にいれて、終いにはもうほとんど私の背中を見てないと来た。きつかったなー。もう誰の中にも私という存在がいない気がして、本当に真っ暗だった。そんなときに、今日、君と会ったんだ」

 

「もしかしたら八幡ならこんな私を見透かしてくれるんじゃないか。それで嘲笑されても、失望されてもいい、君が私という存在についてちゃんと知ってくれるという事実がほしかったの。それだけで十分だったのに、君は、自分から理解しようとしてくれた、こんな、面白くもない私のことを、信じるといってくれた」

 

 陽乃の目から涙がこぼれ出す。

 

「本当にありがとう。救われたよ、君に。これで少しは前に進めるのかな。雪乃ちゃんに拘らなくてもよくなるかな。もう十分だよ。ありがとう」

 

 そういって陽乃は優しく微笑んだ。想像以上だった。普段は飄々としている彼女は、こんなにも大きなものを抱えていた、こんなにも弱々しい普通の女の子だった。それを今の今まで押し隠していたのだ。そうか、これが雪ノ下陽乃の強さなのか。陽乃は俺のことを理性の化け物と呼ぶが、陽乃は自分を殺す天才だ。多くの自分を殺して殺してこれまでやって来たのだ。俺は自分が傷付かないように周りを無いものにして、俺だけのテリトリーを作り自分を通し身を守る。陽乃は自分が傷付かないように自分で自分を殺し、周りの求めるものになる。スタートラインは一緒なのに方法が正反対なのが俺たちなのだ。そんな二人だからこそ……。

 

 

 

「俺と貴方は似た者同士です。なのにやり方は全くの逆方向。だからこそ、寄り添うのではなく、対等であれる。互いをよく知ることが出来る。何かあれば話せる、話を聞ける。時には手を取り、時には真っ正面からぶつかれる。そうは思いませんか、陽乃?」

 

 

 

 そういい俺は手を差し出す。涙で濡れた目を手でぬぐい、陽乃はいつもの、しかし裏のない不敵な笑みを浮かべ俺の手をとる。

 

 

 

「そうね。私と君だからこそ。うん、その関係気に入ったわ。よろしくね、八幡」

 

 

 

 

 そうして俺と彼女は対等になった。

 

 

 

 

 

「じゃあ今日はこの辺で解散でいいかな? 八幡のおかげで少しスッキリしたし」

 

 そういって帰り支度をしようとする陽乃にふと思ったことを聞く。

 

「あの、俺って結局陽乃の境遇を推理しただけでなんにも助言らしきものできてないんですけど」

「いやいや、今日はもう十分だよ。八幡から嬉しい言葉もらったし、続きはまた来週でもいいじゃない? お互い考える時間を設けるという事で。」

 

 確かに色々あって整理したいことも多いがそれって……

 

「だからメアドとか交換しよう? 来週の土日どっちか決まったら連絡するから。どうせ八幡は暇でしょ?」

 

 陽乃は笑いながら言ってくる。つまり、来週の休みも今日みたく持っていかれると。まじか。さらば、俺の休み。

 

「否定できないですね。まあ、了解です。念のため早めにお願いしますよ」

 

 こんな風に次の約束をするのもなかなかいいもんだな。会計を済ませて店を出る。結構長いこと話をしていたみたいで、外はだいぶ日が陰っている。

 

「じゃ、八幡。また連絡するから、来週もよろしく」

「えぇ、また来週です、陽乃」

 

 軽い挨拶を交わして互いに背を向け、各々の帰る方向へ向き、それぞれ来週の休みに思いを馳せながら帰路を進むのであった。




 これで一端終わりって感じです。なんせ今テスト中でして、つい勢いで書いてしまった。現実逃避ってやつです。続きはテスト終わってからになりそうなので一週間は空くかと。

 自分では結構な分量かなーと思っても、思いの外ポンポン話が進んでいて薄っぺらく感じてしまう。しっかり厚い話が書けるようになりたいです。

 今回も読んでくださりありがとうございます。誤字がなくなるようチェックはしますが、見つけた際は指摘していただければ幸いです。

 では、また次回に。

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