骸骨と得体の知れない何か   作:クリマタクト

9 / 10
第9話

眼が覚めると、ランプの温かみのある明かりが私を照らしていた。

私は少し重い体を無理やりベッドから起こしながら、周りを見るがここは一度も見覚えのない場所だった。

 

少し考えを整理しよう。

 

確か私は、エ・ランテルに向かっていた。そのはずだ。自分の記憶が正しければこんな高級な宿に泊まった記憶などない。というより装備か体を売らなければ、手持ち的にこんな質のいい宿になんか泊まれるはずがない。

 

……というよりも、ここは宿なのか?

 

ベッドから立ち上がって、少し歩いてみる。

ここは上品な――それこそ貴族が好むような――色合いの壁紙に覆われていて、部屋のサイズもそんじゃそこらの宿なんか目にならないし、中にある調度品だってどんな小物でも金貨三十……いや、それ以上の額になる事がわかる。

昔任務で泊まったエ・ランテルで最も良いとされる宿、黄金の輝き亭なんかよりも上等なものだと言っていいだろう。

こんな部屋を持てる奴なんて、一握りの富裕層だけだ。

 

――もしかして、法国に捕まった?

 

いや、あり得ない。

法国に捕まった場合、こんないい待遇がされる訳がないし、あの城の中にこんな作りの部屋はなかったはずだ。

それに私のやった所業から鑑みるに、牢獄の中にぶち込まれてないとおかしい。

でも、そうなると一体誰が?

 

――王国か……?

ほぼあり得ない話だが、外にいた時に後ろからの不意打ちで王国兵――ガゼフに捕まったとしよう。そうだとすれば、私は捕縛させられたのちに懐から見つかった謎の高性能マジックアイテムを持った奴として丁重に扱うために、この部屋に入れられた。なんてのはどうだろう?

 

いや、あり得ない。あの腐敗しきった貴族どものことだ、身ぐるみ剥いだ後に適当な罪を被せて牢獄に投げ込むに違いない。

それに、あの状況で噂に聞くガゼフ・ストロノーフが不意打ちを仕掛けてくることは絶対にない。

 

なら、誰がこんな回りくどいことを?

帝国の鮮血帝が一番有力だろうか?あいつのところにいる四騎士やフールーダなら私の実力がわかる。

そこで私の実力が英雄級だとわかれば、あいつはどんな手を尽くしてでも配下に入れたいと思うだろう。

帝国は実力主義で力があればのし上がれる。だから一番納得することができる。

 

――あそこが王国領だと考えなければ、だが。

 

「あー、わっかんねぇ」

 

頭を掻き毟る。

どう考えようとも、しっくりくる答えが見つからない。

そもそもここに来るまでの記憶が飛んでいる時点で、分かるはずがないのだ。でもその理由も不明。

クソ兄貴や隊長、絶死絶命。どれかが不意打ちをしてくれば私の意識を奪うことは出来るだろうが、気付かれずにそれを行うのは難しい話だ。

それ以外でできるやつと言ってもフールーダやガゼフ、それか青の薔薇程度。まだ外で何もやらかしてないし、そいつらに奇襲されようと所詮隊長以下、すぐに意識を失うなんてまずあり得ない。

 

体を軽く動かしながら、自分の装備を確認する。別段いじられている様子もない。

こんなところでただ悩んでいても、何も始まらない。

なぜか装備一式はそのままになってるみたいだし、脱走をしてもいいだろう。隠密は得意分野というわけではないが、それでも私の手にかかれば並みの野伏以上の隠密をするくらいチョロいものだ。

 

そう思いながら、ドアの方に向かおうとするとドアノブが回り、初老の男性が入って来た。

その服装は執事のソレで、右手にはティーセットを乗せたお盆を持っている。

 

「おや、目が覚めましたか?」

 

今私の意識が戻ったことが知れたらマズイ。逃げられる状況を作ることすらできなくなってしまう。

私は腰に刺してあったスティレットを取り出す。そしてそこから流れるような動作で、目の前のジジイに向かって突き刺す。

 

「危ないですよ」

 

ジジイはその一撃を何ごとも無かったかのように、首を逸らすだけで躱す――だが甘い。

 

「死ねぇ!」

 

私はスティレットに込められている魔法、《ライトニング/電撃》を発動させようとするが――スティレットが半ばから折られていることに気づく。

 

「――っ!!」

「そんなものを振り回していると怪我をしますよ?」

「ウルセェ!」

 

後ろに下がりながら、もう柄だけのスティレットを投げ捨てる。あんなヨボヨボのジジイに折られるほど、ヤワな素材ではできていない。おそらく寝ている間にでも、細工をしていたに違いない。

 

私はすぐ持とうとしていた替えのスティレットを、ホルダーに仕舞い拳を構える。すると、ジジイはほう、と一言感心したような声を漏らした。

 

「拳と剣。両方使えるとはなかなかに多才なのですね」

「そんなこと言ってる余裕あるのかよ!」

「はい、あなたの攻撃は止まって見えます」

「――っ!」

 

ジジイに言われたことが無性に腹が立ち、条件反射で殴ったが、左手を優しく添えられるだけで簡単に逸らされた。

その後も、何度もなんども殴ったが、それでも一撃たりとも当たらない。

それどころか、右手に持っているティーセットを揺らすことすらできない。

 

「少し落ち着きませんか、紅茶でも如何です?」

「う、うるせぇんだよ!」

 

納得いかない。

あんなに血反吐吐くまで訓練して、手に入れた自分の能力を全否定されているような気がする。私は武技を発動させながら、さらに激しく攻め立てる。

そこら辺にいる兵士程度なら、鎧越しでも痛打を与えられるであろう拳も、このジジイの前では軽々と避けられた。

なんども、なんども。

 

「困りましたね」

 

ジジイはいつまでも、余裕な顔をしながらこちらの攻撃を全て避けている。はじめのように手を使うわけでもなく、少し体を動かすことで全てを避けている。その途中でやはりティーセットに乱れはない。

それに比べてこちらは武技の連続使用が祟ったのか、息が切れて、動きも鈍くなっていた。

 

「いい加減、あたれ!」

「これ以上暴れるのであれば、此方としても動かせてもらいますが」

「うるせぇ!」

「ふむ――大人しくしなさい」

 

――瞬間、世界が止まった。

 

いや、正確には私が止まった。

ジジイから発せられる味わったことのない強烈な殺気に、私は動くどころか呼吸をすることすら忘れて、ただ呆けにとられていた。

その様子を見たジジイは、満足げに頷きながら部屋の真ん中にあったテーブルの上にティーセットを置いた。

 

「か……あ……かはっ」

「少しは落ち着きましたか?」

 

私は首をブンブンと縦に降る。

 

「そうですか、なら良かった」

 

ジジイの声とともに、今まであった殺気がまるで嘘のように消え去った。その瞬間、私は一気に緊張が切れて、その場に座り込みながら大きく呼吸を始めた。

もはやさっきの様に、殺そうと言う気持ちも起きない。

 

――あれはダメだ。

 

――手を出した瞬間殺される。

 

さっき殺されなかったのは、ただ運が良かっただけだ。

あのジジイの機嫌が悪かったらその瞬間終わっていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

――大丈夫なわけねぇだろ!

 

そんな事言えるわけもなく、私はただ殺されたくない一心で首を縦に振りながら、持ち前の精神力でなんとか立ち上がる。

なんとか心のスイッチを入れ替える事ができたのか、先ほどまでのひどい動揺はもう治っていた。

 

「はい、大丈夫……です」

「そうですか。少し疲れたでしょうし、紅茶でも如何です?」

「わかりました」

 

ジジイは私の返答を満足げに頷いた後、先ほどティーセットを置いたテーブルとセットになっていた椅子を座りやすい様に向きを調整しながら引いた。

 

「どうぞ、おかけになってお待ちください」

「……はぁ」

 

変なことなんて出来っこないのを悟った私は、何も疑問を持たずに椅子に座る。椅子は少しも軋むことなく私を受け入れた。

 

「もうすぐ紅茶が出来上がります。そのまえにスコーンでも如何ですか?」

 

私は取り出された綺麗な皿の上に置かれているスコーンをまじまじと見つめて、そして食べた。

 

「――!」

「味には自信がありますが、お口には合いましたか?」

 

私は先ほどまでの恐怖を忘れ、無我夢中でスコーンを口の中に運んでいた。法国にいた時も、それなり以上のものを食べていた自信はあるが、これを食べた後だとそんなもの生ゴミに等しい。

これまで嗅いだことのないくらいに芳醇なバターの香りと味を目の前にした私は、皿の上のスコーンが消えるまで手を休めることはなかった。

 

 

♦︎

 

「なんとかなったみたいですね」

「そのよう……ですね」

 

俺とモモンガさんは遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>越しに映るクレマンティーヌの様子に安堵する。

あの状態からよくここまで持ってこれたものだ。

 

「いやー、パンドラって器用貧乏かと思ってましたけどかなり便利ですね」

「そうでしょう?うちの自慢の子ですよ」

「あんな黒歴史だなんだと言っていたのにこういう時だけ……パンドラが聞いてたら泣きますよ?」

「うっ」

 

モモンガさんは目をそらす。

 

「いやぁ……なんであの時はカッコいいと思ってたんでしょうかね。どう考えてもないと思うんですよ」

「いやそれは俺が聞きたいですよ。てか俺や茶釜さんは一回だけ止めましたよ?もっと考えてみたらどうだ、って」

「あの時はもっとカッコ良くできるんじゃないか?って意味だと思ってたんですよ」

「……そんな事もあるよ」

「……うん」

 

クレマンティーヌがチョット酷いことをされて、精神崩壊をしていたがモモンガさんの作ったNPC――パンドラズ・アクターの能力を使う事でその時の記憶を消して、ついでにこのナザリックを見つけた事も無かったことにできた。

 

今クレマンティーヌがいる場所は、ナザリックの第九層にある客間の一室。かつてやまいこさんが妹であるあけみさんの為にと作った場所で、うちのギルドに入れた時に使える様にとしていた部屋でもあったのだが、本人が入ることを拒んだので、最終的には便利な倉庫として使っていた場所になっていた。そしてそれを今回は客間代わりとして使用していた。

 

ちなみに今回のことで一回自害しかけたデミウルゴスは、何とかなだめることができた。というよりモモンガさんが無理やり抑えた。

その時の魔王ロールはまるで堂に入った動きだった。さすがはあのパンドラの生みの親。

 

「それで、この後はどうしますか?」

「とりあえず返す……と言いたいところですが――」

「――さすがに愚策ですね……あんなことを聞いちゃうと」

「ですよねぇ」

 

本来はあのまま返したかったのだが、デミウルゴスがクレマンティーヌと話すついでにあいつの素性をしらべた時にあいつがそもそも国から逃げてきたお尋ね者だということが判明した。だからあいつをこのまま返すことはできない。返すにしても、また記憶をいじってここを見つけた記憶を消さなくてはならない。

そうなると、ここが見つかる危険性は減るが融和の糸口がなくなってしまう。

 

それではだめだ。

 

何度も言うが資源が減る一方の今、戦争なんて一番避けたいこと。

 

「NPCにでも聞いてみますか?ほら、デミウルゴスやアルベドそれに確かパンドラも知恵者の設定でしたよね」

 

俺はモモンガさんの意見に少し眉をしかめる。

 

「それいいですね。でも……そんな自分たちにわかるようなことを聞くなんて、と言って反乱とか大丈夫ですかね?」

「むしろ相談一つしないワンマンのほうが失敗したとき失望されますよ。知らないことは聞く。そのほうが絶対いいですし、聞き方一つで印象なんて変わりますよ」

「なるほど……さすが営業細かいところまでしっかりしてる」

「ははは、褒めたってなにも出ませんよ?とりあえず、セバスにあっちは任せて三人を集めましょうか」

「ですね」

 

 

「どう思いますか?」

「どう、とは?」

 

二人しかいない玉座の間に声が響く。

山羊のような角を持つ、爬虫類のじみた金色の瞳を持った絶世の美女――アルベドは再び問いかける。

 

「今の状況のことです。あのゴミのことではなく、この不可解な場所に飛ばされたことです」

「それは……また難しい」

 

はにわのような顔の男――パンドラズアクターは少し悩む仕草をした後に答える。

 

「我が主達が望むことを、ただ従えばよい。そう思っています」

「――本当?」

「我が神に誓って」

「……ならもう一つ聞くわ」

 

今回は少し躊躇するように一瞬だけ間を置いた後、問いかけようとする。

しかしそれは不意の《メッセージ/伝言》に止められる。

 

『唐突ですまないが、至急私の部屋に来るようパンドラとデミウルゴスに伝えてくれ。それと、アルベドも来るようにこれからのことをみんなで話したい』

『はっ。了解しました』

 

アルベドは《メッセージ/伝言》が切れたのを確認すると立ち上がる。

 

「パンドラ、至急モモンガ様の部屋に行ってちょうだい。私もデミウルゴスに連絡が取れたらすぐにいくわ」

「は!かならずやご期待に答えて見せましょう!」

「……よろしくね」

 

アルベドは少し眉をしかめながら、玉座の間から出ていくパンドラズアクターの姿を眺めていた。

 

 

「おや、デミウルゴス」

「……パンドラズアクター、だったかな?」

「その通りです!……以後お見知りおきを」

 

パンドラが軍靴を鳴らしながらお辞儀をするのを、デミウルゴスは半笑いしながら受け入れる。

 

「改めてお願いするよ。それと敬語はいらないよ」

「これが私の癖のようなものなので気にしないでください」

「そうかい?」

「はい!」

 

コツコツと二人の足音だけが響く。今のナザリックでは厳戒態勢が引かれている関係上、一般メイドなどの非戦闘員を除いた全員が内外の警備をしている。だから遊技場のエリアであるここにいる怠け者はいない。

 

「君が宝物殿の管理をしていることは知っていたけど、顔を合わすのは初めてだったね」

「いいえ、一度顔を合わせましたよ」

「そうだったかな?」

「はい、黒棺(ブラック・ボックス)で一度」

 

パンドラの答えにデミウルゴスは足を止めた。

 

「……君がしてくれたのかい?」

 

とても意味が通じるとは思えない少ない言葉、だがその意図がわからないわけがない。

 

「はい。あなたが退出した後に私がやりました」

「そうだったのか……」

 

デミウルゴスはパンドラに向かって頭を下げる。

 

「すまなかった。君に迷惑をかけてしまった」

「……顔を上げてください」

 

パンドラは少しかっこつけるように帽子を下に向ける。

 

「私たちは至高の方々の忠実な駒。殺せと言われたら親友すら殺し、死ねと言われれば笑顔で死ぬ。それがわたしたちです」

「そうだね」

「だから!」

 

パンドラはマントを翻しながら下に向けていた視線をデミウルゴスへと向ける。

 

「私に謝らないでください。私もあなたも駒。なのに駒が駒に謝るなんて滑稽でしょう?」

「でも、筋は通すよ」

「そんなことしないで結構ですよ。仲間ではなく駒なんですから」

「いいや、私たちは至高の御方々の御手によって創造された同じ仲間だと思うよ?」

「いいえ違います」

 

いいですか?とパンドラは話し出す。

 

「私たちは確かに至高の御方に創造されました。しかし、それはある意味では当たり前のことでもあるんです、忠実なしもべを欲しい。そのようにお考えになってくれたからこそ、私たちは存在することが許されているのです。大体、私たちしもべ達でそんな仲間という共同意識があるというのもおかしな話なんですよ。私たちは至高の御方の忠実な手足であればいい。それ以上のものはいらないし不要――」

「――つまりお互いはただの駒で、命令にさえしたがっていればいい、と」

「その通りです。さすがはナザリック一の知恵者。私の言うことを理解してくれたようですね!」

「ああ、君が気にするなと言ってくれてるのは理解したよ」

「は?」

 

デミウルゴスは止めていた足を再び動かしだす。時間的にはまだまだ余裕はあるが、なるべく早く行った方がいいに決まっている。

 

「さあ行きましょう」

「いや、私としてはもう少しだけお話をしたいのですが?」

 

デミウルゴスにつられる形でパンドラも歩き出す。

今度は二人の話し声が廊下に響き渡っていた。

 




なんだかんだ言いながらもパンドラはモモンガに似てると思う

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。