ストライク・ザ・ブラッド 〜白銀の夜帝〜 作:ichizyo
他作品も更新していくので、よろしくお願いします!
とある街中。
太陽が沈みきり、すでに暗くなってしまっているはずのその街中は、異様な明るさに包まれていた。
色は――朱、赤、そして紅。
普段あるような街の姿はそこにはなく、ただただ赤い炎があらゆるところで燃え盛っている。
見渡せば、あるのは瓦礫のみだ。
それはまるで、来る者の行く手を阻むように、その場に存在していた。
人間の姿は、ない。……そう。人間の姿"は"。
「――ごめんなさい。これから貴方に重荷を背負わせることになるわ」
地面に横たわる人物に申し訳なさそうな、それでいて何処かで寂しそうな表情を向ける女性。しかし、その瞳は血のような紅色に染まり、口からは犬歯がむき出している。
その女性は、あまりにも人間離れした容姿だった。
「……でも、貴方と出会って私は少しだけだけど、変われた気がするの。凄く……凄く感謝してるわ。貴方と一緒にいる日々は本当に楽しかった。……できれば……できることなら、これからもずっと貴方と一緒にいたかった。――でも、それは無理みたい。……だから、せめて祈りだけはさせてね。
――これからの貴方の人生に神のご加護があらんことを」
銀髪を揺らしながら祈る女性――いや、吸血鬼は祈り終わると、その場に立ち上がり、その人物に背を向ける。……その翡翠色の瞳に僅かな涙を浮かべて。
「もういいのか?」
突如現れたのは、少女の声だった。
先ほどまで人間の姿がなかったこの場に、初めて人間が現れた。――服装はゴスロリという少しおかしな格好ではあるが。
「……ええ。言いたいことは言えたわ。ありがとう、那月。でも、もういいの。だって、――これ以上は離れたくなくなっちゃうから……」
そうか、と。
那月と呼ばれた少女は、小さく頷く。
「……行くか」
「……ええ」
銀髪の吸血鬼は、少女の後ろを歩いていく。
ふと頭に思い浮かんだのは、今日までの記憶だ。
まるでビデオでも再生したかのように、頭の中で流れ出す。
拾った時のこと。
成長して大きくなったこと。
笑顔が可愛かったこと。
血の従者にしてしまったこと。
――私のことを姉のように慕ってくれたこと。
情け、喜び、楽しさ、後悔、そして――愛情。
――ああ、ダメね。さっき決意したのに……。
吸血鬼は足を止める。
そして、視線を自分の弟のような存在の方へ。
ここに放置していって大丈夫だろうか。これから一人でどう生きていくのだろうか。どんな人と出会い、どんな人達と人生を紡いでいくのだろうか。
気になることを挙げ出せば、まるで終わりがこない。しかし、たった一つだけ分かっていることがあった。それは――
――あの子の未来に私は存在しない、ってこと……。
気付けば吸血鬼は、炎や瓦礫から守るように寝かせた少年の側に立っていた。
「……おい、行くんじゃないのか?」
「那月、ごめんなさい……――でも最後に、本当に最後だから。これだけ、ね?」
吸血鬼は儚げに笑う。
少女は、全く……と呆れたようにため息を吐いた。――これほどまでに吸血鬼の少女を変えた、今は眠る少年に少しの感謝をしながら。
吸血鬼はそんな彼女に少し微笑むと、眠る少年の顔に自分の顔を近づけた。
炎によって作られた二人の影が重なる――。
それは、幸せな時間。
最初で最後の口付けの時間。
吸血鬼はそう自分に言い聞かせて、涙に耐えた。
「今度こそ行くぞ」
「……ええ」
涙を拭き、吸血鬼は立ち上がる。
そして、那月と呼ばれる少女は魔法陣を展開し、二人はそれに吸い込まれるようにして、その場から跡形もなく消えた。
消える直前、吸血鬼は再び少年に目を向ける。
――元気でね。
今度は先ほどよりも辛くはない。
だって……。
吸血鬼は自分の唇に指を当てた。
……まるで、何かを確かめるように。
――まだ、さっきの熱が残ってるもの。
その日、吸血鬼は消えた。
この世からも、少年の前からも。
そして、少年の記憶からも――。
*****
真夏の街。
月明かりで明るく照らされている、その都市は
間も無く日付が変わろうとしているにもかかわらず、路上にはまだ若者達が溢れていた。
ファミレス、コンビニエンスストア、カラオケ――駅前の繁華街は未だにあらゆる店の明かりで照らされており、若者達が多いのにも頷くことができる。
そんな真夜中。
若者達は騒ぎ、はしゃぎ、笑いながら、他愛もない噂について語り合う。
――第四真祖って、知ってる?
一人の軽薄そうな男が、今話しかけたであろう女性に何気なくその話題を振った。
第四真祖。
それは、不死にして不滅。血族同胞の一切を持たず、支配を望まず、災厄の化身たる眷獣を十二体従え、ただ孤高に、人の血を綴り、殺戮し、破壊する――世界最強の吸血鬼だ。
冷酷非情。
そんな言葉が似合うほどに、これまで多くの都市を滅ぼしてきたのだと。――世界の理から外れた化け物なのだと。
しかし、
――ふうん、それで?
たった一言。
まるで驚きも含まず、恐怖もせず、それが当たり前のように。
女性は表情も変えず、「話はそれだけ?」と軽薄そうな男に尋ね返す。
しかし、実際にそうなのだ。
ここ、絃神島は――魔族特区。
獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、そして吸血鬼。
あらゆる魔族が存在する街。
この街では、化け物の存在など珍しくもない。
たとえそれが、世界最強の吸血鬼だったとしても――。
*****
一人の少女が座っていた。広い拝殿の中央に。
まだ幼さの残る綺麗な顔立ちで、細身で華奢ではあるが、儚げな印象はなく、逆に鍛えられた刃のような鋭い印象を感じさせる少女。
そんな彼女は現在、その場を支配する空気の冷たさに耐えていた。
冷たさとは言っても、気候的なものではない。社を包む結界によるものだ。
しかしそれとは別に、今この場で一番の原因になっているのは、精神的なもの。少女の目の前の御簾の奥にいる三人の先客から発せられる空気だ。
三人の姿は見えない。しかし、その正体は事前に知らされていた。
"三聖"と呼ばれる、獅子王機関の長老達である。
いずれも最高位の霊能力者、または魔術師でありながら、彼らの纏う気配は静謐で威圧感などまるで存在しなかった。そのことが、逆に少女に空気の冷たさ――恐怖を感じさせているのではあるが。
警戒するように、やや身体を強張らせながら、少女は無意識のうちに制服の袖口を握りしめる。
「名乗りなさい」
女性の声。それは想像していたよりも若く、そしてどこか笑いを含んだ声だった。
静かな空間に突如現れた声に、少女は肩をビクッと跳ねさせながら、しかしそれでも視線を逸らさずに、
「姫柊です。姫柊雪菜」
はっきりと答えた。緊張でわずかに声が掠れてしまったが、どうやら気になるほどではなかったようだ。証拠に御簾の中の女性は、何も言ってこない。少女はそのことに少し安堵し、心の中で息を吐いた。
「良い返事です。――時間も惜しいので、早速ですが本題に入ります。まずはこれを見なさい」
言葉とともに、御簾の隙間から一羽の蝶が姿を現わす。
そして、その蝶は受け止めんと手を重ねる雪菜の手に止まり、瞬間に一枚の写真へと姿を変えた。
写っていたのは、高校生と思われる一人の少年だ。前髪の色素が薄く、撮られていることに気付いていないのか、無防備で隙だらけな表情をさらしている、そんな少年。
「この写真は?」
「
「いえ」
一体この少年が何だというのか。
雪菜はその真意がわからず、内心で首を傾げた。
「彼のことを、どう思いますか?」
「え?」
この少年の正体の話では無い……?
だったら、なぜそんなことを聞くのか。
疑問に疑問が積み重なる感覚。それに少し戸惑いながらも雪菜は答えた。
「……写真だけでは正確なことはわかりませんが、おそらく武術に関しては完全な素人か、初心者の域だと思われます。呪物など特別なものを身につけている様子もありませんし、撮影者の存在を察知していないので、特別感覚が鋭いわけでも無い、かと」
「いえ、そういうことではなく、あなたが彼をどう思うかと訊いているのです。つまり、彼はあなたの好みですか?」
「は、はい? 何を……?」
「例えば、顔の良し悪しや好き嫌いの話です。どうですか?」
解消されぬまま、疑問がさらに積み重なっていく。
自分の意見を訊いてどうするのか。……いや、そもそも自分の意見を訊く理由は? それより最初にここに呼び出した用件は?
「……あの、私をからかってるんですか?」
雪菜は訳が分からず、不機嫌になりながら訊き返す。彼女らの質問には悪意を感じる。思わず怒鳴り上げそうになるのを抑えながら、雪菜は答えを待った。
「では、第四真祖という言葉に聞き覚えは?」
返ってきたのは答えではなく、さらなる質問だった。しかし、その質問に――いや、その質問の中の『第四真祖』という言葉に雪菜は今までの苛立ちを忘れて、小さく息を飲む。まともな攻魔師ならほとんど誰もが、その名前を聞くだけで沈黙してしまうような言葉だったからだ。
「
「そのとおりです。一切の血族同胞を持たない、唯一孤高にして最強の吸血鬼です」
冷静な女の声が拝殿に響いた。
魔族に関わりを持つ者であれば、その名を知らないなんてことはありえない。
なぜならそれが、世界最強の吸血鬼の肩書きだから。
「ですが、第四真祖は存在しないと聞いています。ただの都市伝説か何かだと」
雪菜は自分の考えを言った。しかし、御簾の先の女からは首を振る気配がある。
「確かに公に存在が認められている真祖は三名だけです。欧州を支配する"
聖域条約。
現在、各国政府と真祖たちの間で結ばれている、無差別の吸血行為を禁止する条約のことだ。これにより、表向きには平和的な共存が実現しているようにも見える。しかしそれは、三つの
雪菜は人知れず息を飲む。
「それは、ここ数十年の間、真祖同士が互いを牽制し合う三すくみの状態が続いていたからです。彼らは常に自分達以外の真祖の存在に怯え、人類を敵に回す余裕がなかったのです。……では、そこに第四真祖という強大な力を持つ世界最強の吸血鬼が現れたらどうなるか――わかりますね?」
「均衡が崩れる……?」
「そうです。それにより、最悪の場合は人類を巻き込んだ大規模な戦争にもなりかねません」
「!? 第四真祖の居場所は、分かっているんですか?」
雪菜は大声になりそうなのを無理やり抑えながら、動揺する心のままに質問する。緊張、そしてどことなく感じる嫌な予感。それらに彼女は冷や汗を流す。
「ええ。確証はありませんが」
「それは、どちらですか……?」
「東京
雪菜はその言葉に絶句した。
「第四真祖が……日本に!?」
「それがあなたをここに呼んだ理由です。姫柊雪菜、獅子王機関"三聖"の名において、あなたを第四真祖の監視役に命じます」
声のトーンは同じだが、それは有無を合わさぬ口調。
「私が、ですか……?」
「ええ。そして、もしあなたが監視対象を危険な存在だと判断した場合、全力を持ってこれを抹殺してください」
雪菜はまたしても言葉を失った。
第四真祖の抹殺。あの世界最強の吸血鬼を、だ。
自分はまだ見習いの身。これほどの大任が果たして自分に務まるのだろうか。
しかし、誰かがやらなければ、大勢の人々が災厄に見舞われることになるかもしれない。
「受け取りなさい、姫柊雪菜」
女の声に続き、御簾の隙間から何かが差し出された。
拝殿の篝火に照らされ、見えたそれは一振りの銀の槍。初めて渡されたもの。しかし、雪菜はその槍の名を知っていた。
「これは……」
「
雪菜はその問いに頼りなく頷いた。
「真祖が相手ならば、もっと強力な装備を与えたかったのですが、現状ではこれが我々に用意できる最強の武神具なのです。受け取ってくれますね?」
「はい、もちろんです。……それで、第四真祖の特徴は?」
御簾の中の女が笑ったような気がした。
「先程、渡しましたよ」
そう言われ、雪菜は渡された物――雪霞狼と写真を見る。
写真……暁古城の写真……!?
「……え? ということは暁古城が、第四真祖……!?」
「はい、その通りです」
雪菜はまたまた絶句した。
まさかこんな無防備な高校生が世界最強の吸血鬼だなんて思いもしなかったからだ。
「……最後に、"
その名には聞き覚えがあった。
真祖たちと敵対しながらも、個々と互角以上に戦い、そして約3ヶ月前に消息を絶った吸血鬼。
そんなのが第四真祖のいる日本にいるかもしれない。雪菜は引き締め始めていた気をさらに引き締めた。
「それでは監視の任、必ず果たしてくれること、期待していますよ」
「はい」
雪菜はしっかりと頷く。
真っ暗な夜の闇の中。拝殿の篝火だけが、まるで彼女の不安を煽るようにユラユラと揺れ燃え続けていた――。
*****
「朝だよ、起きて!」
快活な少女の声に、少年はのそりとベッドの中から顔を出した。
「……んぁ? おー、凪沙か……」
「そうだよ! ほら、着替えたらうちに来て! ご飯作ってあるから」
彼女の声はよく通る。朝から頭を覚醒させるには、十分すぎるほどだ。少年はそんなことを考えながら、ベッドから降り、大きなあくびを一つ。
「……いつも、ごめんな。凪沙」
「何言ってんの。お隣さんでしょ! それにいつもお世話になってるのは私も同じなんだから」
「それはそうなんだが……俺、起きるの苦手だから迷惑かけてるし」
「優騎君……うちにはもっと寝坊助な人がいること忘れてる?」
「忘れてないぞ。それが二人分だから、尚更迷惑かなってさ」
優騎は、未だ寝ボケる頭を醒ますためにいつも朝から凪沙と話すようにしている。他愛のない会話だ。これももう日常となっていた。
「はいはい。迷惑なんかじゃないから。全くいつも言ってるのに……。ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ!」
「わかったわかった。いつもありがとうな」
「うん!」
優騎は階段を降りていく凪沙の背中を見て、もう一度感謝した。
今は家族のいない俺からしてみれば、あんな風に毎日起こしに来てくれる凪沙には、感謝しても仕切れない。
今度何かお礼をしよう。
そう決めて、優騎はまず顔を洗うために洗面所へと向かった。
……あれ? 何で俺、『今』は家族がいないって考えたんだ? 担任教師は身元引き受け人になってくれているが、生まれてからはずっと一人だったはずなのに。
ふと、白銀の髪の女性が頭に浮かぶ。
よく夢に出てくる女性だ。誰かはわからない。顔も見えない。しかし、他人ではないような気がする。
そんなよくわからない女性との夢。内容は起きると忘れてしまうが、それでもその人の夢を見た日の朝は、必ず涙が流れていた。
それを凪沙に見られた時に、ものすごく心配されたのには驚いたけど。
あの人は一体――?
まずこの世に存在する人かどうかもわからない。名前もわからないので、調べようもない。しかし一つだけ手がかりがあるとするならば。
『お前はお前の姉と同じような顔をする時があるな』
担任教師が言ったこの一言。
正確には口を滑らせた感じで、言った後『しまった』というような顔をしていたが。その後は何も教えてくれなかった。忘れろの一点張りだったし。
なんかモヤモヤする。
でも今は早く暁家に行かないと。朝飯食べれなくなるからな。
優騎は私服に着替え、カバンを持って家を出る。
そして、隣の部屋に消えていった。
季節は夏。
夏休みの一時。
物語の歯車はゆっくりと回り始めた――。
プロローグでした。
どうだったでしょうか?
アドバイスや意見など、あればお願いします。
読んでいただきありがとうございました。
感想、評価待ってます。
それでは、また次回。