「漣は、駆逐艦として鎮守府に不満が?」
漣と並んで毛布をかぶり、私は初雪の時と同じように彼女に問いかけた。
「え」
漣は驚いたように毛布の中で私に向き直った。
どうやらまともな相談会になったのが、少し意外だったようだ。
「せっかく来たんだから、話していくといい」
漣は少しの間考える仕草をしたが、寝転がったまま首を振った。
「漣は駆逐艦が何も溜め込まずに話せる機会ができたというだけで満足です。今のこの時間が、駆逐艦娘に最も必要なものでしたから…」
「いや、別にこの『もぐりこみ』を許可したわけじゃないけど」
「えー、なんでなんでなんで!\(#゜Д゜)/」
盛り上がっているところに水を差したせいか、案の定漣は不満の声を上げた。シーツにくるまりながらジタバタと暴れまわる。
「あたりまえだろう。そもそも軽巡が嚮導になったら、こんなのものは許されん」
私の発言に、漣は露骨にショックを受ける。
「ガビーン Σ(T□T) 、やっぱり漣はクビですか((o(;△;)o))」
「そりゃそうだろう。約束は約束だ」
やはり先ほどまでのそっけない様子は全てお芝居だったようだ。
漣は嚮導としてしっかりと駆逐艦を統率していたが、彼女自身が駆逐艦であるがゆえの共感や甘えがあった。今回の「もぐりこみ」なんてまさにそうだ。
彼女は駆逐艦嚮導としてよく働いたが、艦隊の嚮導としては周りとの協調性に欠けていたと言える。駆逐艦内の問題を他艦種に相談するような、思慮深い行動はむしろ少なかったはずだ。
私は意気消沈する漣をあやしながら続けた。
「ただ、お前の最後の仕事を駆逐艦の為に活かす事は前向きに考えよう」
「え、もぐりこみOK (゜д゜)!?」
とたんに瞳を輝かせる漣。私は彼女の額に指を立てて、とんとんと叩いた。
「もぐりこみは禁止だ。ただ、駆逐艦の声を聴ける機会は設けよう。今回の件で私もだいぶ考えさせられたからな」
「成し遂げたぜ( ・∀・)b」
漣は布団の中でぐっと親指を立てる。
今回に関しては多少強引な手段を取られたわけだが、私とて駆逐艦に思い知らされた部分があるのは嘘ではない。常に前線に出て奮闘する彼女達こそがもっとも割を食っているとなっては、そのうち本当に暴動でも起こりかねないからだ。
本当は駆逐艦娘にこそ、特例が必要だったのかもしれない。今は本心からそう思い始めている。
「ご主人様」
「ん?」
少し物思いにふけっていた所に、シャツの袖を引っ張ってちょっかいをかけられる。ちょいちょいと服を引かれ、そのまま漣の方に顔を近づけた。
「なんだい?」
「ご主人様、さっきのは無しです」
「?」
唐突な発言に思考が追い付かない。
「漣は、ご主人様の事好きじゃないです」
「それは、少し遅すぎるだろう」
私は呆れたように口元を歪めた。
「この気持ちは深海まで持って行くと決めていたんでした。あんなものは嘘だったほうが、きっといいんです」
そう言う漣の表情は、影になってうまく読み取れない。読み取る必要などないかもしれないが、少なくとも茶化した雰囲気は言葉の中の事だけであるように思えた。
「だから提督のこと、何とも思っていないんです。お互い気持ちは一緒ですね」
こいつは私が本当に何とも思っていないと、本気で信じているのだろうか。人の気も知らないで、ずけずけと大人の事情に踏み込んでくる。駆逐艦というのは本当に物事を深く考えない。いや、本来艦娘全員がそうあってほしいのだが…。
私は無性に腹が立って、(悪い癖なのだが…)彼女に意地悪をしてやる事にした。
「漣、駆逐艦の話を聞くにおいて、ルールを決めよう」
突然の提案に、漣はただ聞く姿勢に入っている。それをいい事に私はまくしたてた。
「駆逐艦は『ここ』では嘘をついては駄目だ。駆逐艦が『ここ』で嘘をついたり、無理を抱え込んだら私が睡眠時間を削って対応している意味が無い」
「つまり、お前の気持ちも…」
「じゃあ、ご主人様も嘘はつかないで」
「……」
私は押し黙ってしまった。
漣に本心を吐露させるつもりが、とんだしっぺ返しをくらった。動揺を隠そうとすればするほど、口の中に唾液がたまってくる。
「ご主人様、漣の事…」
「漣」
「……」
苦い沈黙。苦しく、長い時間をかけて私は自分の気持ちを整理した。息を吸い、一息に告げる。
「私は、お前の気持ちには答えられない」
「それは漣が『艦娘』で、あなたが『提督』だから?」
「……」
即答はできなかった。そうであると言えばそうだし、まったく別の話だと言えばそんな気さえしてくる。
私の本心は、どこにあるのだろうか。
『人外』である艦娘との親密な関係に怯えているのか。それとも軍の規律に従っているだけなのか。世間から拒絶されるであろう彼女を幸せにできる自信が無いのか。『繁殖』という生物の目的を否定した艦娘との恋愛に本能が拒絶しているのか…。
私は今更ながら、この『密会』を許可してしまった事を心底後悔した。
私は今後どれだけ彼女達の淡い期待をぶつけられ、それを断り続けなければならないのだろうか。
今からでも彼女を抱きしめて、愛の言葉をぶつけたい衝動に駆られる。しかし嘘はつかない、そう誓ってしまった。演技で彼女を抱いたって、私の本心は見抜かれてしまうだろう。
私は馬鹿だ。駆逐艦の屈託の無い笑顔、淡い期待を寄せた視線、そういうものから距離を取りたくて彼女たちを遠ざけていたんじゃなかったのか。
私が本心から愛した者達が、深海の闇に消えてゆく事から目をそらしていたんじゃなかったのか。
「わ、私は…」
「ご主人様」
そう呼ばれて、はっと意識を取り戻した。
漣の顔が目の前に迫り、包み込むように頭を抱きかかえられた。漣の甘酸っぱいにおいに包まれ、徐々に平静を取り戻していく。
私は漣の胸に顔を押し付けて、浮いてきた涙をぬぐった。
「漣は沈みません」
漣は私の頭を撫でながら、小さな声で囁いた。まるで子供にでも言い聞かせる様な優しい声で。
「それを言うなら、雪風だろうが…」
私はかろうじてそこにだけツっこんで、後はされるがまま彼女のぬくもりに甘えていた。暖かく、愛おしい。自らが否定した言葉をこうも実感させられると、どうにも歯がゆくてもどかしい。
「漣だって沈みません」
一際強く抱きしめられ、漣が私にささやいた。
その声は震えていた。今の言葉は自らに言い聞かせたものであったのか、本心はわからない。
「…そうか」
私はただそれだけ返した。
しばらく目をつむって、彼女のぬくもりに身を委ねていた。全身の力が抜けて、このまま眠りに落ちてしまいたくなる。
一度まぶたが落ちかけた時に、思い切って体を放した。
駆逐艦に甘えてばかりではいけない。提督とはそういうものだと無理やりにでも自分を納得させた。
ぬくもりを失った瞬間、胸を刺す喪失感に襲われる。突如襲いくる後悔の念は、たちまちのうちに私の全身に伝播した。突如舞い降りたこの寂しさを埋めてくれる少女が、今目の前にいる。まさにそう思わせてしまう、優しき誘惑。この感覚は…まさか。
「お前もしかして・・・ダメ提督製ぞ、むぐ」
漣に両手で口をふさがれる。そして…。
「それ以上いけない」
漣の瞳は、真剣そのものだった。
旧題【愛謳い、苦悩積む】