「お疲れ様です。ご主人様」
漣は自らの所業に悪びれもせず、そういいながら後ろ手に扉を閉めた。
私は軽くため息をつきながら、彼女に向かって手を伸ばす。漣は私の手を取ってベッドの上にあがりこんだ。
「お前に嚮導を任せたのは私の見込み違いだったようだな」
私は苦笑いを浮かべながらそう言った。
漣は私の心中を知ってか知らずか、口元に微笑みをうかべながらベッドに寝転んだ。
「実は漣もここらでお休みをもらってもいいかと思っていたのです」
そう言った漣の表情に、ショックの色は見られない。
「なら、早く次の嚮導を選出しなければな…」
「漣的にはやっぱり駆逐艦にやってもらいたいのね。今ならぬいぬいか、雪風が適任ですね」
どうやら漣は本当に嚮導を離れるつもりらしい。私は驚いたと言うか呆れたと言うか、複雑な気持ちで彼女の話を聞いていた。
「本気なのか、どうやら本当に無理をさせていたみたいだ」
「漣は「やれ」と言われた事をやっていただけなのです。リーダーがやりたかった訳でもないし、皆の上に立つ器量があるとも思っていません」
「でもお前はよくやってくれた」
私は漣の頭をくしゃくしゃと撫で回す。漣はベッドに寝転んだまま、気持ちよさそうに目を細めた。
「漣は、ただ提督の「特別」になりたかった」
漣のその言葉に、私は危うく息をのみそうになった。頭を撫でる手を止めずに、息を止めることも、表情を崩すこともせず、あらゆる動揺を押し隠して彼女の言葉を聞いていた。
「……」
しかし私には返す言葉が無かった。彼女が次に綴るであろう言葉を敏感に察知し、自分の察しの良さに只ひたすら嫌気がさしていた。
彼女は、私が最も言ってほしくない言葉をピシャリ言い当てた。
「好きです、ご主人様」
「…それで?」
悪意こそ無かったが、そっけなく返してしまった。漣は悲しそうに目を細めて、私から視線を外した。
「嚮導艦じゃなくなっても、漣は提督の「特別」でいられますか?」
それに対する残酷な答えはいくつでも思い浮かんだ。そうするのが正解だとは思わないが、そうやって彼女を突き放す選択肢もあった。
もちろん、それをつきつける度胸などが私にあるはずも無かった訳だが…。
「お前にはまだまだ働いてもらうよ」
じっくりと吟味した結果、私は優しい言葉を選択した。
自分でも間違っていないとは思うが、この答えが正解だったのかはわからない。しかし、漣は私の言葉に小さく口元をほころばせた。
「がんばります」
漣はそう呟いて、足を縮めてシーツの上で丸くなった。指先を私の服にひっかけながら、上目づかいで見上げてくる。普段の活発な彼女からはなかなか想像できないしおらしく、愛らしい姿。
私の中にむくむくと黒い感情が湧き上がってくる。
漣の少女らしい一面を見せつけられた事、私の事を「好きだ」と言った事、それらの要素が、愚かな欲望を内包した私の頭をガツンと殴りつけた。
私はその時、明確な「悪意」を持って彼女の手を取った。
握った手をベッドに押さえつけて、その小さな体の上に馬乗りになる。驚いた漣は目を丸くして、身を強張らせた。
「ご、ご主人様…?」
疑いを知らぬかのような澄んだ瞳。私は彼女に顔を近づけて、じっとその瞳を覗き込んだ。
上気し朱に染まる頬、あらぬ期待に震える唇、誘惑の色に潤んだ瞳、あまりにも弱々しい抵抗。その心臓が早鐘のように鳴っているのが、つないだ手からも伝わってきた。
愛しさ故の葛藤、と言ったら格好つけすぎだろうか。
「お前私の事ロリペドクソ野郎と思っただろう」
「このロリペドクソ野郎」
私は勢いよく彼女から離れて、ベッドの上を転がった。
「言っておくがそういうのとは違うからな」
私は漣から離れたベッドの上で彼女を睨み付けた。それに対し漣は物言いたげな目を私に向けて、口の端を吊り上げていやらしく笑いかけた。
「ガマンできなくなっちゃったんですか (▽∀▽)?」
「…そんなところだ」
「まったく言い逃れできてないんですけど…」
臆面もなく言い切った私に呆れ果て、漣は私の枕に顔をうずめる。
「いくじなし」
そして可愛らしく、ケラケラと笑った。