「不知火っ!」
慌てて不知火の後を追う。
司令室に飛び入ると、廊下へ続く扉の隙間に桃色の髪がするりと抜けて行ったのが見えた。
「待て、不知火!」
静止の声は、叩きつけるような扉の音にかき消される。急いでノブに手を掛けるが、もう廊下の先には不知火の姿は影も形も見当たらなかった。
ここは三階。上は屋上、下から外に出る為にはあと二階分距離がある。階段の踊り場の窓に雨粒がぶつかっている。階段を走る音は聞こえない。
上か。
階段を上ると、屋上へのガラス戸が見えてくる。ぼつぼつと大きめの水滴の影が透けて見えた。戸に手をかけ、一気に開け放つ。びゅうと、鋭い風の帯が顔の上を撫でた。
「残念です。外で雨晒しになる貴方が見たかったのに」
不知火は一人暗い空を眺めていた。屋上の外枠に肘をついて、私に背を向けている。
「雨晒しはお前の方だろうが」
私の言葉に不知火は濡れた前髪の影で、にやりと口元を歪めた。
雨の中に一歩踏み出す。小さな雨粒が肩を濡らすが、見た目ほど強くはなさそうだ。歩を進めるとぱしゃりと足元で水が跳ねた。
「不知火はずっと皆を護る為に戦ってきました」
不知火に並んで柵に寄り掛かる。鉄柵はしっとりと濡れていたが、もうあまり気にはならなかった。
「でも本当は自分を護る為。「戦う」為に「護って」たんです。私が兵器であり続ける為に、私には戦う理由が必要でした」
不知火が自虐的に笑う。
兵器である為に、
「こんな心はいらない、不知火は本当の「兵器」になりたかった。鉄の心が欲しかった」
艦娘と言う楔が生み出す葛藤。そしてその楔に槌を振り下ろしたのは、他でも無い私なのだ。
結局のところ私は艦娘が「兵器」であるというだけで、それがイコール「モノ」であると決めつけてしまっていた。彼女達が悩み、苦悩に蝕まれている事から目を逸らし続けていた。
国から見捨てられ、病魔に侵されながら辺境の地でいつ終わるかもわからない戦争を繰り返す。可愛そうな「私」。自分ばかり悲劇のヒロインに酔っていた。恥ずかしくなるほど。
無言になった不知火を見る。
鉄柵に身を預け目を伏せて項垂れる。うち付ける雨の中、小さく縮こまった肩は小刻みに震えていた。
これが兵器か。
「不知火は…」
目を伏せたまま不知火が呟く。握った拳に力がこもる。
こだまする雨音が彼女を覆い隠すかのごとく、ほんの少し大きくなった気がした。
「もう…戦いたく、ありません」
兵器である意義の否定。
降りそそぐ雨が、不知火の頬を伝った。