提督の布団にもぐりこむ駆逐艦の話   作:しらこ0040

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【猫属性の女】

「淀子、あまりうちの艦娘を脅かしてくれるな」

 

 提督は霞が扉の前を離れたのを確認してから、向かい合う監察艦に向かってそう切り出した。

 

「中佐があまりにも遅いので、少し遊んでいただけです」

 

 大淀は提督の方を見ずに、運ばれてきたお茶を手に取った。熱いお茶に丹念に息を吹き掛けてから、少量を端からすする。

 

「相変わらずの様だな」

 

「分かっているなら、冷ましてから持ってくださればいいのに」

 

 大淀はほとんど口を付けられないまま、湯呑みから顔を上げた。

 

「で、定期報告とは?」

 

「errorより『姫級』が出たという報告を受けて、周辺海域にも異常が無いか確認に来たのです」

 

「…いや、現状大きな異常は見られない」

 

 つい今朝がた、鎮守府近海で戦艦クラスのはぐれ者が出たのは黙っていた。じきに発覚することではあるのだが、少しでも先延ばしにできるに越した事は無い。大淀は特にいぶかしむ様子もなく話を続けた。

 

「姫級を肉眼で確認し、かつてのものと面識があるのは潜水空母「伊401」のみ。彼女の処分はどうするつもりですか?なんでしたら木偶の坊の長門と共に、私たちが解体処分を担当しても構いませんが」

 

「私を怒らせに来たのか」

 

「怒っているのは私の方ですけどね」

 

 大淀は茶化すような言葉使いを崩さずに、湯呑みの中を見つめながら言った。くるくると手の中でお茶を回し、ふーと大きく息を吹きかける。

 

「駆逐艦相手の悪趣味な遊びを再開したとか」

 

「…そうだ、私は生粋のロリータ・コンプレックスでな。有り余る性欲を押さえるのに他にすべが無いのだ」

 

「その発言は軍律に引っかかりますよ」

 

「では録音は消しておけ」

 

 大淀は大きくため息をついて、再び湯呑みをテーブルに置いた。視線だけを上げて提督のすまし顔を覗き見ると、再度ため息をついて肩を落とした。

 

「まったく、の駆逐艦(ブリキ)ご機嫌取りに精を出すようでは先が思いやられます」

 

「彼女達は立派な戦力だ。まともな整備士もいないここでは私がメンテナンスして回らなければ」

 

「ひとりひとり一夜を共にするとは非効率な事」

 

「それは…、別に私が提案した訳では無い」

 

 落ち着きなく足を組み直す提督の様子を見て、大淀は呆れた様にレンズ越しの半眼を提督に向けた。そのまま顎に指を添えて話し始める。

 

「そんな貴方に怖い話をいたしましょう。陸で【感染者】が出たのはご存じですか?」

 

「いや、初耳だな。何せ、元帥殿からはもう1年以上外の情報は降りてきてないんだ」

 

「騒ぎ立てるほどの物でもありませんでしたからね。別の【感染者】は出さずにすでに処理は終わっています」

 

「陸の奴らも手慣れたものだ」

 

 どこか他人事のようなその話し方に大淀は眉をひそめた。自分が言いたい事に気づいていないはずがない。それでも直接的な言及を避けるのは、もしや艦娘に責任が飛び火する事を懸念しての事なのか。

 ふてぶてしく足を組んでソファーに腰かける姿は、自分が鎮守府にいた頃と変わらないように見える。しかしそれがむしろ恐ろしく、違和感にまみれて見えるのだ。

 

 大淀は動揺を悟られないように再び湯呑みに手を伸ばし、口をつけずともわかるその熱さに顔をしかめた。

 

「【感染者】の保有する【病】は、扱いを間違えなければ決して感染率の高い病気ではありません。彼らの取扱いの徹底がされた今、5年前のようなバイオハザードが再発する事はもう無いと考えてもいいでしょう」

 

「脅威レベルが高すぎるとすら私は思っているんだ、【感染者】にしろ【艦娘】にしろ…」

 

「扱いを間違えなければ、と私は言ったはずですが…」

 

「……」

 

 とぼけようと視線を逸らす提督に、大淀はまっすぐその視線を捉える。大淀はテーブルに両手を付き、ぐっと身を乗り出した。

 

「本当に【提督ぶとん】の再開に反対した方はいなかったんですか?」

 

「やっぱりその話か」

 

「かつて【提督ぶとん】を「危険」だと言って禁止した日向さんがその再開を黙認しているのは、5年前に比べて【病】への理解が深まり共に過ごす程度では大きく感染率が動くことは無いと判明しているからです。しかし、その計算は【素質】を持つ提督にのみ適用されるイレギュラーでしかありません」

 

 大淀は一呼吸にまくしたてると、勢いをつけて後ろのソファーによりかかった。

 

「その事はもう報告済みなのか?」

 

「もちろん。ただ、元帥よりしばらくは好きにさせろと言い使っておりますが」

 

「…」

 

「貴方にへそを曲げられては、こちらも困ります。提督の代わりなんて、そう多くもありません」

 

「どうだか」

 

 提督は組んだ足の上に肘をついて、そっぽを向いてしまった。

 

 大淀は嘘をついてはいない。

 第一に提督を務めるには【素質】が不可欠だ。かつては一般の国民の中から【素質】がある者を選び出す検査をしていたが、今となっては大っぴらに検査を行う事などできない。軍人の中から【素質】あるものを選び出すか、臨時で国民を検査する必要がある。

 その【素質】ある者が全て軍人として成熟できるわけでもないし、その中でさらに提督の地位を授けるとなると、その者達には特別な感情や志を持ってもらう必要がある。それだけでも相当な金と時間がかかるのは容易に想像できた。

 大淀は以上の事を一瞬で整理した後、それを一文にまとめ上げた。

 

「生態系の中で飼い主の言う事をきける犬は6%未満と言われています。その中で大会で優勝できる犬コロは1%にも満たない」

 

 提督は大げさに表情をしかめて、今日一度も手を付けていない湯呑を手に取った。すっかり風味の消えてしまったそれを、勢いよく喉に流し込む。豪快に口元を拭い、苛立った目で大淀をにらみつけた。

 

「昔から猫なで声がやかましいんだよ、化猫」

 

「今度尻尾の振り方から教えてあげますよ、駄犬」

 

 唾を吐く提督に対し、大淀は涼しげに湯呑を傾ける。唇が湯呑の淵に触れた途端、大淀は勢いよく肩を震わせた。

 

「熱っつい!」

 

 部屋中に響く提督の笑い声に、大淀は顔を真っ赤にして湯飲みを叩き付けた。


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