提督の布団にもぐりこむ駆逐艦の話   作:しらこ0040

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第四章「不知火編」
【幻影の炎(ひ)】


 海鳥の呟きが、遠くに聞こえる。

 海上を滑り、水を切る衝撃音。

 ぎゅるぎゅると唸る主機、背負った缶が甲高い悲鳴を上げる。

 回るプロペラ、艦載機の軋む音。

 爆発と共にこだます轟音、爆音。

 水柱と火柱が交互に現れては消えていく。朦々とあがる黒煙に目がくらみ、熱をおびた水しぶきが顔にはねる。

 

 重巡洋艦「摩耶」は水しぶきと共に、頬に伝った汗を肩でぬぐった。

 至近距離に着弾。こちらはまだ、正確な敵位置すらつかめていない。

 

「くそったれ!」

 

 激しく波を蹴りながら、摩耶は大きく舌打ちをした。その音は周囲に鳴り響く爆音に溶けて、自分自身にすら聞き取ることはできない。

 鎮守府近海の哨戒中、およそ場違いな艦隊(やつら)と鉢合わせた。駆逐1、軽巡2、戦艦2。なんとも不揃いで、嫌らしい奴らだ。

 摩耶は鋭く水柱の間をすり抜けながら、立ち上る黒煙に目を細めた。

 

(哨戒中の鉢合わせにしちゃ運が無ぇ。逃げてぇが、鎮守府への道案内をしちまうのもいただけねぇな。戦艦のいないこの編隊で、タ級に索敵機が見つかったのはアタシのミス、提督に尻拭いはさせらんねぇ!)

 

「戦艦目ぇくらまして逃げる!外洋を大きく回って、鎮守府に戻るぞ!」

 

 摩耶の通信はすぐ後方に着弾した砲撃音によって遮られた。インカムからはとぎれとぎれに「了解」の声が流れるが、誰の声かまでは聞き取れない。

 しかし気にせず摩耶は主機を回した。仲間を疑っている暇などない。今は艦の為より隊の為、ひいては鎮守府の為に、旗艦としての任務を全うしなければ。

 

「全員単従陣でアタシに続け!足を止めるな!」

 

 かき分けるように水柱を追い抜き、摩耶は頭部の電探で仲間の位置を確認する。こめかみを抑え、左目だけを薄く閉じる。まぶたの裏側に四つの点が縦に並んでいるのが見えた。

 自分のすぐ後ろに軽巡「球磨」、その後ろに姉妹艦の「鳥海」、最後尾を走るのは駆逐艦の「不知火」である。

 

「全員無事か?報告!」

 

「ダイジョクマー」

 

「オッケーよ摩耶」

 

「……」

 

「不知火?」

 

 摩耶の背中を冷たい汗が流れる。

 

「…不知火はどうした?不知火っ!」

 

「摩耶さん、右舷3時方向に敵影です」 

 

 インカムから聞こえてきたのは冷静というより淡々とした、どこか作業的な声。摩耶は口元を緩めつつも、かろうじで怒りのこもった声で怒鳴り付けた。

 

「ちゃんと返事しろっ!しらぬいっ!」

 

「了解、不知火異常なし」

 

 不知火の返しに満足した摩耶は、すぐさま右舷を確認した。荒れ狂う波の合間、立ち上る爆炎の中に敵影。駆逐艦だ。

 摩耶の視線の先には黒い鼻先がざぶざぶと波を割って進んでいるのが見える。巨大な鯱のような黒い姿、駆逐艦イ級。その奥によりデカイやつの影も見える。こちらも相当スピードを出しているが、敵影と距離が離れる様子はない。進行方向は同じ、同行戦だ。

 

 並行して移動するイ級の口が大きく開かれた。おぞましい黒々とした体内から、4本の魚雷が射ち出された。艦隊の横っ腹に向かって突っ込んでくる。扇状に広がる雷跡。射角、間隔ともに広い。

 

「各艦最大戦速!突っ切って回避する!」

 

 摩耶は号令より早く主機を回していた。単縦陣の先頭である彼女は誰よりも早く射角の外側に到達する。次点は球磨、彼女も余裕をもって魚雷の帯を脱出した。その後ろは重巡の鳥海。しかし、彼女と球磨の間にはかなりの間隔が空いている。直線移動で回避することは困難を極めていた。

 鳥海は自分のすぐ後ろを航行する不知火を、ちらと振り返った。

 

「不知火、魚雷間を抜けるわよ」

 

「……」

 

 不知火は返事をしないが、鳥海は気にせずに足を止めた。魚雷を横切るのではなく、向かい合うように体勢を切り替える。

 扇状に発射された魚雷は進行距離が長くなればなるほど魚雷同士の間は広くなる。鳥海は魚雷から遠ざかるように後退しながら、二本の魚雷の間に身を滑り込ませるつもりだった。しかし…

 

「なにやってるっ!不知火っ!」

 

 摩耶の声が聞こえたのと、自分の後ろを航行していた不知火が勢い良く飛び出したのがほぼ同時だった。

 彼女は魚雷に向かい合う鳥海の、より前方に位置取った。魚雷間を抜けるにはとてもでは無いが近すぎる距離。それでも、不知火は進行する魚雷に対して、真正面からぶつかっていった。

 

「―――――――!」

 

 重なる砲撃音に脳が揺さぶられる。強い耳鳴りと、音の衝撃。全身を打ち付ける衝撃の中で、まともな思考能力すら奪われる。

 そんな中での不知火の行動は、まさに狂気と呼んでいいものだった。発射された魚雷は雷跡を残しながら進行し、不知火の足元で炸裂した。

 巨大な水柱が上る。立ち上った火柱が、周囲一帯を覆いつつあった。

 


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