重巡洋艦「青葉」。
彼女は鎮守内掲示板「鎮守府の友」の美少女ライターであり、今日解体される。
「モノローグが雑すぎる!」
青葉はばたばたと両手を広げて抗議の声を上げた。横についていた日向が、泥棒をひっつかまえる警察ように両腕と襟元をつかんで青葉を縛り上げていた。
昼の司令室。室内には提督と青葉、そして秘書官の日向の三人だけが集まっていた。提督が低く、小さな声で話を切り出した。
「メガネ呼ぶぞ、日向」
「ぎゃあああああああ、解体!?許してください!なんでもしますから!」
「ん?」
じたばたと上半身を揺らしても、日向の腕はがっちりと腕を固定して微動だにしない。
「今何でもするって言った?」
「い・い・い・い、えーと、いった!言いました!」
「だったら真面目に仕事しろっ!」
ドンと叩きつけられた提督の拳の下には、本日発行された「鎮守府の友」の新刊が敷いてある。
「私は【もぐりこみ】をそれとなく駆逐艦たちに告知するようにと、お前に筆を取らせたんだ!それが、なんだこの一面は!」
『提督の首筋に歯形!犯人はまさかの駆逐艦!?』
提督は自分の首筋を抑えながら、青葉に向かって怒鳴りつけた。青葉は提督と視線を合わせずに、つんとそっぽを向いて唇をとがらせている。
「だ、もともとは他の娘たちから広まった噂なんですよ!提督が「ケッコン指輪」してるなんておかしい、って」
「はぁ!?私がケッコン指輪だぁ?」
言われて自分の左手を確認して、提督は大きくため息をついた。音を立てて椅子に座りこんで、手をひっくり返してみては、表と裏をじっくりと部屋の光の下にかざした。
霞ちゃんにつけられた歯形が青いアザとなって、左手の薬指に誓いの輪を刻んでいた。親指でその傷を軽くひっかいてやると、じわじわと痺れるような痛みが指全体に広がった。
【後日談】わるいやつ
防波堤に打ち付けられた波が、細かい水の粒になって消えていく。波は大きくなったり、小さくなったり、不規則に形を変えて休む事無く向かって来る。海上戦闘の余波といえば聞こえはいいが、実態は駆逐艦達がばたばたとせわしなく波を揺らす為、散った振動が海面を揺らし、波をより大きく不安定にしているのだ。
「ちんたら遊んでんじゃねぇぞ、駆逐艦っ!」
水面を揺らさんばかりの怒声。声の主である雷巡『北上』は演習場の架け橋に寄り掛かって練習を眺めていた。ふらふらと芯が定まらない未熟な陣形の横っ腹に突き刺さるように、ドスを利かせた声を張り上げた。
先頭を航行していた駆逐艦『電』が、北上の声に驚いてびくりと身を強張らせて急停止した。後続の艦も慌てて主機の回転を落とす。
しかし、最後尾を走っていた『暁』は勢いを殺し切れずに、前方の同型艦『響』に急接近した。暁が目を瞑って身構える。練習といえど、航行中の艦同士が接触すれば大事故は免れなかった。
すると、身を強張らせる暁の肩に優しく手を置く者がいた。肩を抱くように小さな体を抱き寄せ、伸ばした反対の腕で主機の回転数を調整した。接近した響の背中を軽く押して、二人の間に自らが割って入った。
「こ~ら、目を瞑っちゃダメですよ」
雷巡『大井』は指を立てて、たしなめるように暁のおでこをつっついた。最後尾で第六の航行を追っていた彼女は、萎縮する暁の肩をぽんぽんと叩いて、膝を折って目線を合わせた。
「北上さんこわいよね~。でもね、あれは「第六のみんな頑張って!」ってちゃ~んと思ってるから言ってるんですよ。ほらぁ、可愛いレディが台無し」
大井は暁の襟を正してやると、帽子の位置を整えるふりをして、彼女の頭を柔らかく撫でてやった。子ども扱いを嫌がる暁は、こうやってさりげなく慰めてもらうのを好む事を、大井は経験により把握していた。
大井は最後に全員の肩を叩いて回ると、ぽんと手を打って練習の続きを促した。先頭の電の背をそっと押して、練習は滞りなく再開された。
「甘やかすなっつの」
一部始終を見ていた北上は橋の上から水面に向かってつばを吐いた。先ほどの茶番を見るに、どうやら海軍嚮導艦というのは幼稚園の先生と同義のようだ。
「霞ちゃんもそう思うでしょ?」
北上は橋の手すりに片肘をついて、自分の背後に立つ駆逐艦に問うた。霞は反対側の手すりに寄り掛かって、腕を組みながら大井と第六の練習を眺めていた。
「そろそろ来る頃だと思ったよ」
北上は背後を振り返らずに続ける。
「『昨夜はお楽しみでしたね』って皮肉はいいか。言っとくけどアタシに文句を言われても困るんだよね。アタシはああいう場があるって言っただけだから、何を勘違いさせたか知らないけどそれこそ意見具申は直接提督に…」
「何の話です?」
「あん?」
きょとんと首をかしげている霞の様子を受けて、北上も眉をひそめた。北上はてっきり霞が昨日の【もぐりこみ】みついて文句を言いに来たのだと思ったのだ。
霞は予想を裏切って、背中を向けたままの北上に対し、ぺこりと頭を下げた。
「昨日は、どうもありがとうございました」
「……」
北上は意味も分からずに、霞の後頭部を眺めていた。
霞が頭を上げ、じっと北上の瞳を見返す。一瞬微笑んだかと思うと、すぐに踵を返して走り去ってしまった。
取り残された北上は、しばらく呆然と霞が走り去った先を見つめていた。背後で駆逐艦たちがはしゃいでいる声が聞こえる。
北上はぐっと眉の堀を深めた後、ひとりごちた。
「なんだそりゃ」
次章 不知火編