提督の布団にもぐりこむ駆逐艦の話   作:しらこ0040

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【流血が正す忠誠】

 

 自室に入ると、霞ちゃんは明かりも付けずにテーブルの奥の椅子に腰かけた。窓から差し込む月明かりに照らされながら、手に持ったお菓子をぽりぽりと食べ始める。月光の帯を透かして、細かい食べカスが粉になって宙を舞った。

 私は幾分か冷静になり始めた頭で、夜の海を見つめる霞ちゃんの横顔に問い詰めた。

 

 「北上にそそのかされたな」

 

 何のためらいも無くくつろぎはじめる霞ちゃんの様子を見て、私が感じていた違和感は確信に変わっていた。霞ちゃんがチラと私に視線を向ける。月明かりの陰になった半分の顔で、口角がわずかに吊り上ったのを私は見逃さなかった。

 

「なんであの人が嚮導なの?駆逐艦はみんなビビっちゃって大変なんだから」

 

 霞ちゃんは先ほどと態度を一変して、おどけたように笑って見せた。タバコのように棒菓子を咥えて、口元をゆるませる仕草はとても演技には見えない。私は私室の扉を閉めると、霞ちゃんを無視して上着から袖を抜く。壁にかかったハンガーを手に取り、脱いだ上着をそこに引っかけた。

 

「いい機会だと思ったんだ。アイツに働かせるなら、強制的に仕事が集まる部署に置いておいた方がいい。監視もきく」

 

 音をたててベッドに腰を下ろしながら、正面の壁に向かってそう答えた。頭の後ろで霞ちゃんが「アハハ」と声を上げて笑った。

 

「そんな事だと思った。でもそのとばっちりがこうやってアンタに帰ってきちゃうんだからお笑いよね」

 

 暗い部屋の中に霞ちゃんの笑い声がこだまする。私は組んだヒザの上に頬杖をついて、やれやれと息をついた。さきほど一通り私をからかったせいか、霞ちゃんはいやに上機嫌だった。

 

「キミこそ北上に何を言ったんだ?」

 

 背後の霞ちゃんを振り返ってそう問うた。彼女は私と目が合うと、降り注ぐ月明かりの下で思わせぶりに目を細めてみせた。

 

「不満があるって。アンタが駆逐艦に、いや、私に隠し事をするのが気に入らないって、そう言ったわ。そしたら【これ】を教えてくれた。提督に直接意見具申できるって、あの人は言ってたわ」

 

 面白そうに語る霞ちゃんの微笑に対し、私は心の中で「小悪魔」と呟いた。キッと目を細めて睨みつけると、霞ちゃんはますます愉快そうに口元を緩めて見せた。

 

「私のさっきの話では納得できないか」  

 

大人(アンタ)の事情があるのはわかる。でも、理屈っぽい男って嫌われるわよ。私は「特別」になりたいの。我儘と思われたっていい、アンタの素直な意見を聞きたいの」

 

「人の寝室に乗り込んできて言う台詞ではないな」

 

「チッ、急に強気になっちゃって、つまらないわ」

 

 霞ちゃんは前歯で棒菓子を噛み砕くと、咥えていた先端が重力に沿ってテーブルの上に落下した。短くなったそれを指で立てて、ぶらぶらと弄んだ。月明かりに照らされ棒菓子の長い影がゆらゆらとテーブルに映し出される。

 ベッドに腰かける私をぼんやりと見つめながら、霞ちゃんはため息と共に重い腰を上げた。

 

「寝るわ。これ以上あんたと押し問答を繰り返しても時間の無駄よ」

 

「そうかい…」

 

 言うが早いか、霞ちゃんは暗闇の中で両肩のサスペンダーに指を通して、弾くように解き放った。垂れ下がったバンドから腕を抜いて、スカートの留め具に手をかけてカチャリと金具を外す。

 

「え」

 

 脱ぎ捨てたスカートを椅子の背にひっかけて、シャツのボタンに手をかけた。

 

「まて」

 

 静止の声に対し、霞ちゃんはきょとんと私を見返して手を止めた。

 

「なによ?」

 

「何故淡々と服を脱ぐ」

 

「だから、寝るって言ったでしょ?外装で寝たらシワになるでしょうが」

 

 霞ちゃんはこちらを気にする様子もなく、シャツを脱いで腕の中で折りたたんだ。それを机の上に置くと、月明かりを透かして肢体のシルエットが浮き彫りになる。体を揺らす度に、ブルーの下着に光の筋が奔り、控えめなレースがふわふわと舞った。

 

 結わいた髪をほどきながら、霞ちゃんがムッとして腕を組む。組まれた腕の中心に、小ぶりな胸部装甲が強調されていた。

 

「何見てんのよ、変態」

 

「いや、ここ数日でだいぶ大人びた駆逐艦達を見てきたが、霞ちゃんもまだまだ子供だなとおもっ、痛ってええ!!」

 

「どこ見て言ってんのよ!このクズ司令官!」

 

 突如手の甲に激痛が走り、私は周りの寝静まる時間も忘れて、大声で泣き叫んでいた。見てみると、霞ちゃんの高出力指パッチンにより撃ち出された棒菓子が、私の手の甲に直立して突き刺さっている。指を曲げようとすると、つながった神経にサクサクのクッキー部分が擦りつけられて非常に痛む。表面に程よくまぶしてある塩味が傷口に塗り込まれて、激痛の中に程よいアクセントと呼べるジクジク感を醸し出していた。

 指先が意思とは無関係にぶるぶると痙攣し、全身からどろりとした脂汗が噴き出した。

 

「食べかけのプ○ッツで人間の身体機能破壊するのやめろっ!」

 

「あんたが失礼な事言うからよ」

 

 霞ちゃんは冷静に言い放って、私の手の甲から生えている棒菓子を無造作に引き抜いた。傷口が吊るような不快感が全身に走り、軽い痛みと共に丸い傷口から鮮血が流れ出した。赤い血が指先から滴り落ちる前に、霞ちゃんの舌がそれを受け止めた。差し出すように突き出された舌が、血の跡を這うようになぞり、傷口の上に柔らかい唇がふれた。ぬるぬると舌先が動くと、じんわりと痛みが広がった。

 

 手の甲に触れる小さな唇。私は彼女に忠誠を誓われる資格があるのだろうか。

 

 小さな水音を立てて霞ちゃんの唇が離れた。私の手を取りながら、彼女は小さく首をすくめる。

 

「悪かったわよ、私もこんなに面白いことになるとは思わなかったわ」

 

 そう謝って、彼女は私の血の付いた棒菓子をためらいもなく口に入れた。サクサクと音を立てて咀嚼し、嚥下した。

 私はそれを横目に、靴を脱いで先にベッドの上に横になる。私の後を追うように、霞ちゃんもベッドにうつ伏せに横たわった。

 


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