貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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神蟲顕現

 去年のロータスレイクの国交再開に続いた翌年である今年の二月中旬、ここ千年における害虫との戦いにおいて歴史的大事件が起こった。

 

 炎熱と宵闇の化身とも呼ばれる超超巨大害虫、ナイドホグルの復活である。

 その全長はウィンターローズと同等とも推察される規格外の巨体を誇る正真正銘の怪物である。

 この千年前の恐るべき怪物の出現に、それを国難であると断じたウィンターローズの女王ノヴァーリスは各国に救援を求めた。

 

 その救援にも最も早く応じ、かの国に向かった者たちが居た。

 チューリップ団長とキンギョソウ団長と彼らの率いる少数の部下達が搭乗した“風の魚号”である。

 

 ウィンターローズの救援を受けた元老院は僅か数時間の合議を経て、風の魚号にて自国の意志を伝える使者をかの国に送ることにしたのである。

 その白羽の矢が立ったのが、元老院議員が所属していてフットワークが軽いチューリップ団長だったと言うわけである。

 

「一体、ウィンターローズで何が起こっているのでしょう」

 状況を確認する前に決議がなされ、使者に仕立て上げられたプロテアは殆ど訳も分からず、親書を持たされ早急にウィンターローズに向かえと指示された。

 

「何でも、封印されていた古代害虫みたいなのが復活して次々と手下を呼び出しているらしい。

 何が起きてるかはこっちにくればすぐわかる、ってナズナ団長の伝令があったけれど、何だか含みのある言い方だよね」

 騎士団支部にも伝令が来ており、大まかな情報は届いていた。

 しかしあの伝説的な化け物の存在を一言で説明するのは困難だった為か、チューリップ団長の元に届いた伝令はそんな曖昧な文章だった。

 とにかく緊急事態なので早く来てほしい、と言う切実な文面と元老院からの許可もあり、彼は搭乗可能な人数ギリギリまで部下を招集し、プロテアと親衛隊を伴いすぐさまリリィウッドを発った。

 

「元老院の異様とも取れる早急な対応、連中め何か知っているのだろうな」

 そしてその中には元老院の動きを察知し、手勢を連れたキンギョソウ団長も居た。

 

「ハッキリ言ってここまで急な対応の議会は初めて見ました。

 私が議場に入ったらすぐに、この親書をウィンターローズに、と押し付けられたくらいですから」

「厄介ごとを押し付けられた、という風ではないな」

 プロテアは困惑する心中を吐露した。

 余所の目の無い空の上だからか、キンギョソウ団長には大仰な仕草はなかった。

 

「嫌味を言う時間すら惜しいと言う様相でしたね。

 追って援軍を差し向けるとまで言ってましたから、余程のことが起こっているのかと」

 プロテアの言葉に、搭乗している花騎士たちは信じられないと言った表情だった。

 慎重さを重視する元老院とは思えない対応にみんな驚いていた。

 

「一体、何が起こっているんでしょうか」

 プロテアの不安は、一時間もしないうちに解消されることになる。

 

 

「これよりリリィウッドの国境を抜けます!!」

 操縦士の声と共と、無垢なる森林区より雪原の領域へと風の魚号は侵入する。

 そして、誰もが言葉を失った。

 

 風の魚号は古代害虫とその手下を警戒し、低空飛行をしていた。

 だから、今の今まで“それ”は見えなかった。

 

 フヴァの氷結湖に封じられ身じろぎも出来ない、千の足を持つという怪物の背を。

 

 

「は、ははは、何だあれ、なんだよあれは!! ははははは!!」

 笑う。笑うしかなかった。

 艦内から見える視界がその怪物でほぼ埋まっていたのだから。

 

「これが、まさか、ナイドホグルの怪物!!」

 スプリングガーデンに伝わる伝承やおとぎ話は、大抵は後世に事実を伝える為のツールとして各国に広まっている。

 だからその怪物に付けられた名をプロテアが(おのの)き口にしたのも自然なことだった。

 

「これが、これが害虫の神……。

 何という禍々しさ、何というおぞましさ……」

 己の持つ語録でそれを表現しようと試みるキンギョソウ団長は、思わず唾を飲んだ。

 

「何という、邪悪さと美しさだろうか」

 そう口にしてから、彼はその魅力を振り払うように首を振った。

 それを悪趣味と咎められるものは居ないだろう。

 少なくとも、これを見て畏怖しない人間など居るはずもない。

 

「我が先祖の手記に、かの害虫神の実在を示唆する記述があったと記憶している。

 狂人のたわごとだと思っていたが、なるほど、元老院の連中はこれを知っていたな」

 あらかじめこの化け物が復活した時の対応がはるか昔から決まっていたのだろう、と彼は予測した。

 

「あっはは、はは…………はぁ、おい、航空写真用の大型レンズを奴に向けろ」

 ひとしきり笑った後、チューリップ団長は操縦席にそう指示を出した。

 

「あれの存在を後世に残すんだ。

 少なくともおとぎ話や伝承だけでなく、現物の記録としてだ」

 己のすべきことを指示して、彼はため息を吐いた。

 

「十分ファンタジーな体験をしてきたと思ったけど、まだまだ序の口だったのか」

 その言葉の真意を知らずとも、それに同意せざるを得ない人間ばかりだった。

 

 

 

 

 風の魚号はウィンターローズの郊外に着陸し、出迎えていたこの国の花騎士たちの案内の元に女王と謁見しプロテアが親書を直接渡す運びとなった。

 

 期せずとも援軍第一弾となった彼らの仕事は沢山あった。

 救援を受け入れる設備を急ピッチで用意したり、国中から物資や資金をかき集めることとなった。

 女王ノヴァーリスの指示の元、国庫から歴史ある宝物以外を売り払い軍資金に充てるという姿勢からも、決して豊かではないこの国がいかに国難に見舞われているか分かるというものだった。

 

 現地で封印作業の実験をしていたナズナ団長と意見交換し、封印の楔を急遽量産する算段をしたり、風の魚号を用いて各国に連絡に回ったりと、次々にやってくる援軍たちとの防衛線の構築など等、やる事や課題が山積みだった。

 

 各国への連絡やあるだけ資金を掻き集めに行ったチューリップ団長、クジラ艇を取りに向かう為にまずバナナオーシャンへと向かった風の魚号を見送り、キンギョソウ団長は残ってこの国の騎士団長たちとやるべき作業の陣頭指揮を執り始めた。

 

 

 誰もがせわしなく己のすべきことに奔走する中で、一段落したのかキンギョソウ団長はウィンターローズ城下町内からでもその威容を誇るナイドホグルの巨体を見上げていた。

 そんな彼に話しかける人物がいた。

 

「これはこれは、キンギョソウ団長。

 どうやらお疲れの様子だね」

 考古学者にして花騎士であるマロニエだった。

 

「封印の楔の量産体制がなんとか整ったよ、これが資料だ」

「ああ、すまない」

 次々駆けつけてくる応援部隊の受け入れなどでてんてこ舞いだった彼は溜息と共にそれを受け取った。

 

「それより、チューリップ団長に聞いたよ。

 何でも、ナイドホグルの存在に言及された資料があなたの家に有ったんだって?」

 この好奇心の塊みたいな女性は、当然ながらキンギョソウ団長と既知の間柄だった。

 

 ブロッサムヒルの人間であるマロニエに、歴史が長いリリィウッドの古い資料にアクセスする手段は限られていた。

 その手段を求めて彼女が彼らの騎士団にやってくるのは自明の理だった。

 チューリップ団長も彼女の考古学の研究に援助は惜しまなかったし、頼まれた資料を彼が取ってくることもあった。

 

 尤も、彼女の関心は彼の家の歴史にもあったようだが。

 

「これを機に、あなたの家の資料を読ませて貰えないだろうか!!」

「ダメだ」

 しかし、キンギョソウ団長は彼女の願いを切って捨てた。

 

「我が先祖は狂っていた。

 害虫こそ神だと言いだし、生け贄と称して残虐の限りを尽くした。

 その狂気は、それらの記録や負の遺産を管理する我が一族まで伝搬(でんぱ)した。

 おいそれと常人の目に触れていいものではない」

 他でもない、最もその狂気に苦しめられている男がそう言った。

 

「だが、アレを見て、その存在を確信した今、我が先祖もそうだったのではないのか、と思ってしまう」

「そう、とは?」

「コダイバナ然り、あの怪物然り、恐怖とは別の未知なる感情が己の中に存在していることを認めざるを得ないのだ。

 人間とはいかにちっぽけで、儚く弱い哀れな存在なのか、とな」

「なるほど。確かにアレを目の当たりして気が狂ってしまう人間が出ない保証などないね。

 私も一考古学者として、害虫と言う存在に惹かれないわけでもない」

 マロニエは少なくともその感情を否定はしなかった。

 何せ、城下町の人間に対して不安を抱かないように手を尽くしている最中だ。

 

 封印の中身動きが取れないとはいえ、こんな状況が続けば恐怖に駆られた市民の暴動が起きてもおかしくは無いのだ。

 

「あれの実在を知った先祖が気が狂ったのを、どうして責められるだろうか。

 自分が、子孫が、あれと戦う宿命を背負っていたとして、現実から目を逸らそうとすることをどうして否定できようか。

 あんなに軽蔑していた、残虐の限りを尽くした先祖を、私は今憐れんでいるのだ」

「ふむ、まあ、仕方ないんじゃないのかな?」

 彼の弱音に等しい言葉を、マロニエはあっさりと認めていた。

 

「勿論、非道を肯定しているわけじゃないよ?

 しかし、害虫を信仰し現実から目を背けると言う行為は実の所あんまり珍しいことじゃないんだなこれが」

 なにやら嬉々として話し始めたマロニエに、彼は奇妙なものを見る表情になった。

 

「害虫が登場し始めた当初、各国の農村部や辺境などでは害虫を一種の守り神のように扱っていた文献や出土品が散見されるんだ。

 人間は自分に恩恵を(もたら)す存在に感謝するだけでなく、未知なる存在に祟られたりされないように祈ったりすることがある。

 害虫について詳しくなかった当時の農村部や辺境では、害虫を齎した者たちが討伐され統率を失った連中が縄張り争いをしている姿を都合よく自分たちを守ってくれていると解釈したりした例が幾つかある」

「なんと、愚かな」

「ああ愚かさ。だけど人間は信じたい事しか信じない。

 実際、どれも長続きしなかったみたいだね。

 害虫が住む地域で作物なんて育つわけがないし、より直接的に害虫によって滅ぼされることも多かったようだ」

 今でこそそんなこと当たり前だが、当時は花騎士なんて勇者と共に戦う伝説の存在で、今でいう騎士団なんてものも影も形もなかったのだろう。

 そんな中で現実から目を逸らす彼らを、誰が責められるだろうか。

 

「面白いだろう、人間ってのは?

 だからさキンギョソウ団長、あなたの家の資料の件、よろしく頼むよ」

 それらの惨劇や、人間の残虐さの歴史をひっくるめて、この女は面白いと言う。

 彼はあきれてものも言えなかった。

 

「……勝手にすればいい、家令や妹たちには伝えておく」

「本当かい!! いやぁ楽しみだなぁ、まずはこの案件を片付けないとだね!!」

 何やらやる気を出し始めたマロニエに、彼は笑みを浮かべた。

 

 そう、嗜虐の笑みだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 神蟲ナイドホグルの出現から十日余り。

 各国の援軍も出揃い、ナイドホグルが次々と召喚する眷属との戦いが続いていた。

 

 戦場は完全に拮抗状態。

 無尽蔵と思えるほどかの怪物は手下の害虫を呼び出し、それを片っ端から迎撃する花騎士たち。

 激しい戦いが繰り広げられる一方で、ウィンターローズの王宮でも熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 

「このままでは消耗戦だ、決定打が必要なのだ!!」

「だからと言って無用なリスクを取るのは認められない!!」

 王宮に設けられた作戦会議室で、各国の騎士団長たちの間で二つの意見がぶつかっていた。

 

 現状、戦況は拮抗している。

 だがそれがいつまで続くか、いつどちらに傾くかは誰にも予想できない状態だった。

 何せ相手は三つの世界花を要した封印でようやく対等に戦える神か悪魔の如き化け物である。

 

 決定的な一撃を与えるべく、現場からの進言をくみ取りクジラ艇でナイドホグルの体内に侵入し直接封印の楔を打ち込むか、或いは現状維持で余計なリスクを取らないか。

 この場に集った団長達はそのどちらの作戦を取るかで半日近く論議していた。

 

「では十日も城下町近くで続いた戦いに民たちは恐怖に怯え、疲弊している。

 花騎士たちは耐えられるだろう。我々も耐えろと言われれば耐えよう。だが民たちに耐えよと言うのか、あの恐るべき化け物の眼下に居ると言う状況から!!」

「現状、クジラ艇の上空からの支援は戦線の維持に欠かすことができない要素だ!!

 スワン艇部隊では搭載できる武器の火力が違う。もしその作戦でクジラ艇を失えばどうやって防衛線を維持するのだ!!」

「実験機の方を使えば良かろう!!」

 と、論議は白熱していて、両派一歩も引く様子が無い。

 

「うちの実験機の話が出たので補足しますと」

 人ん家のものだからって好き勝手言いやがって、という内心をおくびも出さずにチューリップ団長が立ち上がる。

 

「ハッキリ言ってあれの耐久性はクジラ艇の四分の一程度。ナイドホグルの体内突入には耐えられないかと。

 そして、あれはもう今日までの十日間ずっとフル稼働でして、そろそろオーバーホールが必要になります。

 それにあれを輸送以外に使用すると言うのならば、元老院の許可を頂かないと……」

 彼は遠回しにお前らの都合で勝手に使おうとするな、と述べた。

 

「貴様、何とかならないのか!!」

「では、無理な運用で破損した場合、誰が責任を取ってくれるのですか?」

 チューリップ団長は誰も責任など取れないし、そんな権限が無いことを承知でそう言い放った。

 こんな分かりきった内容でも、誰かが言わねば話が進まないので選択肢など無かったのだが。

 

「……空からの補給線を絶やすわけにはいくまいしな」

「致し方なし、か」

 騎士団長たちは彼の横に座っているプロテアを見て、風の魚号が代案に使えぬことを悟って論議を次に進めた。

 

「各国の優秀な騎士団長たちが、雁首揃えてこの有様かよ」

「仕方ありませんよ、クジラ艇は名実ともに人類の希望となりかけているのですから」

 席に着いて小声でそう吐き捨てる彼に、プロテアが困ったようにそう言った。

 

 誰がどのような状況に於いてもこうなるだろうことは予想が出来ていた。

 誰が悪いのではない、誰もがどうすればいいのか分からないのだ。

 だから各々の正しさを主張するしかない。

 

「そりゃあ巨大生物は体内に侵入して撃破するのはお約束だろうけどさ」

「だが、自分らが行くわけではないからとよくもまあ好き勝手言えるものだ」

 キンギョソウ団長も、あまりこの進みそうもない会議を良く思っていないようだった。

 

 結局、誰がどうするにしても、クジラ艇を直接指揮するのはナズナ団長である。

 この中に集まった騎士団長でも最も団長歴が短い人間に託さねばならないのだから、彼らの胸中も伺い知れると言うものだった。

 

 そんな中で、プロテアの視線は会議に参加していながら一言も発言せずに憂いを帯びた表情で虚空を見ているこの国の女王に目を向けられていた。

 彼女はかつての己と同じ目をしていると、プロテアは思った。

 己の無力さを嘆き、どうにもできなかった自分と。

 

 

 

 

『もし本当に害虫を滅ぼせるとお思いなら、あなたが直接行ってみるがよろしいでしょう!!』

 

 ここ数年、ノヴァーリスが現実から目を逸らそうとすると、決まってその言葉と声と表情を思い出す。

 苦悶、狂気、絶望、怒り、憎しみ、その全てをごちゃ混ぜにして自分の目の前でそう言い放った男のことを思い出す。

 

 この国の女王たるノヴァーリスは幼くしてその任に就いた。

 彼女は国民どころか、臣下や跡目争いをするはずだった同じ王族からも愛された。

 その気質から厳しい環境であるこの国を統治する象徴にふさわしいと、皆から後押しされて女王となった。

 

 彼女の害虫の居ない世界にしたいという夢を誰もが支持したし、彼女自身も花騎士となって夢を現実にしようと邁進(まいしん)した。

 その背に続く者も多かったし、今もなお多くの国民が彼女の夢を支えている。

 

 しかし現実はどうだろうか。

 害虫の親玉みたいな化け物が現れ、次々と害虫を呼び出す始末である。

 彼女の夢は彼女の力が及ぶ及ばず以前に彼女を打ちのめす。

 

 幼き頃、女王になれば国を自らの手腕と努力で豊かに出来ると思い喜んで即位した。

 しかし実際には政治には利権や派閥同士の思惑が重なり、経験を積むまでは意見すら言えなかった。

 別に誰かが彼女をお飾りにしようとした訳ではないのに、彼女は女王の椅子を窮屈に感じた。

 彼女は女王を独裁者と勘違いしていたのだ。

 

 彼があの忌まわしき地に戦いに挑んだ時もそうだった。

 二百人近い人間を送り出し、帰ってきたのは彼を含めて十人も満たなかった。

 なぜこんな戦いを肯定したのか、なぜこんな戦いに加担したのか、なぜこんな戦いを許可したのか。そんな目で初めて見られた。

 彼の暴言は、戦いのショックでおかしくなった為と有耶無耶になった。

 だが、彼は彼女の元を去った。居場所を失い、その果てにもうあなたには付き合いきれない、と。

 

 そして目の前には国難、いやある意味世界の危機であるのに二の足を踏む騎士団長たち。

 自分は人々の不安を取り除くように動けばいい、と国の重鎮たちは言っていた。

 実際にそれが彼女に取れる最善手だった。

 自国の民や花騎士を鼓舞するのは彼女にしかできない事だったのだから。

 

 だが自分にしかできないことをしてなお押し寄せるこの無力感と悲しみの正体は何なのだろうか。

 彼が、かつての己の騎士が見たような地獄を前にして、敵のスケールの大きさに途方に暮れていたのかもしれない。

 敵の強大さの前に、己の夢の儚さに折れそうになっているのかもしれない。

 

 あの目を背けようとして背けきれない化け物を見て、現実から目を逸らそうとすることを責められるだろうか。

 まだ万策尽きたとは言い難い。

 だが、それでも、しかし。

 

 ……彼女の胸に後悔が(よぎ)る。

 あの時、もっとマシな言葉を掛けてあげればよかった、と。

 

 そんな時だった。

 

 

 

「やあ、遅れたな、皆」

 その声に、多くの人間が顔を上げ、入り口に目を向けた。

 

 

「んじゃまあ、顔は出したからな。

 ちょっくらあのクソムカデの腹ん中掻っ捌いてくるから、後はよろしく」

 遅れに遅れてやってきたリンゴ団長は、それだけ言って今入って来たばかりのドアから出て行こうとする。

 

「ちょっと待て、貴様!!」

 当然、彼を制止する声が上がった。

 

「クジラ艇を失うかもしれないんだぞ!!

 勝手な行動が許されると思うな!!」

「はぁ? じゃあ今必死に戦ってる花騎士たちの人命が失われても構わないと?

 こうやって食っちゃべってる間に死ぬ同胞と、俺が命じ戦い失う同胞の命と何が違う」

 彼を止める騎士団長の言葉も正論なら、リンゴ団長の吐く言葉も正論だった。

 

「だったら遅いより早い方が断然良い。

 と言うかお前ら、こんな狭い部屋の中で何してんだ?

 あれをぶっ殺せるんだぞ、千年前の勇者のやり残した偉業をこの手で成せるんだぞ?

 男ならわくわくしないのか? ええ?」

 その言葉に、彼を良く知らない誰もが呆然となる。

 

「……責任、責任はどうなる?」

「そんなの、俺が生きて帰ってからにしろよ。

 とりあえずあのクソ虫を地の底に叩き返してから考えようぜ」

 その傍若無人な振る前に、結局全員が何も言えなくなった。

 

「おや、これはこれは女王陛下。

 俺のような見苦しい恥知らずの顔など見せてしまい申し訳ございません。

 では、これから仕事なので」

「ちょっと待ってください」

 ノヴァーリスは、反射的に彼を引きとめていた。

 何と声を掛ければいいかも分からずに。

 

 ゆっくりと、背を向けた彼が振り返る。

 あのこの世の責め苦を味わい尽くしたような表情は無く、ただ彼はこの国の人間として女王に跪いた。

 

「貴方には以前、わたくしに心無い暴言を口にしましたね。

 その罰を今与えようと思います」

「はっ」

 そのやり取りに、当時を知るこの国の騎士団長たちは生きた心地がしなかった。

 

 数年前のコダイバナの派兵から帰ってきたかつてのリンゴ団長に、女王から労いの言葉を掛けられる機会があった。

 当時心に傷を負った彼は、なんと優しい言葉を掛けた自国の女王に暴言を吐いたのだ。

 その場は騒然となり、彼は半ば取り押さえられるように謁見の間から退出させられた。

 その一件以来、この男の風当たりは悪くなり、今日の今日まで殆ど出奔状態だったのだ。

 

「我が騎士よ、ウィンターローズの国主として命じます。

 クジラ艇を用い、神蟲ナイドホグルの再封印を決行してください。

 かの害虫を討伐する名誉など、貴方にはふさわしくないでしょうから」

 女王に侍っていたロイヤルプリンセスなどは、彼女にふさわしくない辛辣な言葉に驚き、この国の騎士団長たちはその命令に驚いた。

 

 彼女の命令は、上官として命令を下した責任を持つと言うことだからだ。

 当たり前のように見えて、これが出来ないと部下には信用されないのだ。

 世の中、失敗の責任を部下に押し付ける人間など幾らでも居るのだから。

 

「謹んでその罰を拝命します」

 リンゴ団長は、深く頭を下げて罰を受け入れた。

 

 

 

 リンゴ団長が退出し、会議場は騒がしくなった。

 なにせ国家の主とは言え、戦略を勝手に決められたのだ。

 その場が混乱するのも当然だった。

 

「私は女王陛下の決定を支持します」

 国の代表として来ていたプロテアの一言に、その場が静まり返った。

 言質と言うものがある。言葉一つで政治家はその職を失う可能性だってある。

 その上で、彼女は凛とした表情で言った。

 

「現在、三つの世界花の力がナイドホグルと拮抗しています。

 ここで私は疑問なのですが、もし戦いを引き伸ばし、ナイドホグルの疲弊を待ち、封印がなされても同じ分だけ世界花は疲弊するのではないのでしょうか。

 世界花の加護がその分だけ差し引かれ、大地を満たす豊穣の力や花騎士たちに与えられる力が目減りする可能性だってあるでしょう」

 彼女の発言に、誰もが息を呑んだ。

 神は有限である、と言っているようなものだからだ。

 

「そうして飢饉を迎え、飢えた人々が餓死の憂き目に遭い、花騎士たちの力が衰え犠牲になる人々は、あのナイドホグルが封印から解き放たれて暴れまわり出た死者と何が違うのですか?」

 政治家として、花騎士として、プロテアはそれぞれの正しさを主張する騎士団長たちに訴えた。

 

「私は女王陛下の英断を支持します」

 改めてプロテアは己の主張を念押しした。

 横でチューリップ団長が、かっこいい、惚れ直した、とキラキラした視線を彼女に送っていた。

 

「古来より、人間は未知なる現象、恐るべき天変地異、国家を救った救世主、大いなる世界花などを神として崇めてきた。

 然るに、あのナイドホグルも神に等しき恐るべき存在なのだろう」

 キンギョソウ団長は窓から見える、神とも悪魔とも思しき怪物を見やる。

 

「だが、我は、アレを神だと言って頭を垂れるのは御免だ。

 どうか怒りを鎮め、祟らないでくださいと媚びへつらうなど、我慢ならない!!」

 そう言って彼は己の内なる怒りを示すがごとく立ち上がった。

 

「悪魔は悪魔らしく、地の底へと還るべきだ」

 その言葉に、多くの団長たちがそうだと声を挙げた。

 

「では、此度の会議はこれにて閉会としましょう。

 各々、成すべきことをおねがいします」

 そしてノヴァーリスがそう〆ると殆どの人間が納得して会議室を出て行った。

 その様子を見て、彼女はホッと息を漏らした。

 

 

 

 §§§

 

 

「んじゃまあ、そう言うわけで死にに行くことになったから、来たい奴だけ付いて来い」

 ナイドホグル再封印の決行メンバーを決めるに辺り、リンゴ団長は己の部下たちにそう言った。

 軽い調子でそう言う団長に皆は苦笑いだった。

 

「お、一人も欠員無しか?

 エビテンドラム、死んだら給料は使えんぞ?」

「エピデンドラムだって!!

 ……まあ、あれが解き放たれたらパパとかママとか無事じゃ済まないかもだし。戦うよ」

 そう答えた彼女に、プルメリア辺りは感動していた。主にダメな子が成長した感じに。

 

「そう言うわけでナズナちゃん、約束を果たすぞ」

「まさか約束して一か月で果たされるなんて……」

「言うなよ、俺もそう思ってんだ。残りのメンバー編成は任せた」

 そこまで言ってから、ああ、とリンゴ団長はナズナ団長の方に向いた。

 

「それから、現地での総指揮はお前が執れ」

 その言葉にナズナ団長だけでなく、ナズナや彼の部下も驚いた表情になった。

 我の強いリンゴ団長が彼の指揮下に入るなんて誰も思っていないようだ。

 

「状況判断能力と指揮の柔軟さはお前の方が俺より上だ。

 俺は前で血路を開く、お前は後ろから全体を指揮しろ。

 俺の命はお前に預けた、頼むぞ戦友」

 バンバン、と彼の背を叩くリンゴ団長。

 彼のようなベテランにそこまで言われて奮起しない訳もなく、ナズナ団長は嬉しさを隠しきれない様子で残りのメンバーをまとめに言った。

 

「よし、体よく面倒を押し付けられたぞ」

「なんだか団長らしくないですけど良いんですか?」

「実はな、士官学校での戦術の成績は平均以下だったんだ」

 この土壇場でそんな不安になることを言う団長に、そんな人に今まで付き従ってたのか、と皆呆れ顔だった。

 

「俺の子供の頃は悪いことしたら氷結湖に住む悪魔に池の底に連れていかれるよって、よく言われたもんだがマジで連れて行かれそうになる羽目になるとはな」

「そんなネガティブな!!

 ばーん、って勝って大団円って行きましょう、団長さん」

「ああ、そうだな」

 リシアンサスに励まされ、団長は口元に笑みを浮かべた。

 

「隊旗を掲げろ」

 団長の号令に、リンゴが隊旗を掲げる。

 血染めの黒百合が、冷たい風を受けて(なび)く。

 

「次の染料は、奴だ」

 団長の視線は真っ直ぐと、巨大な害虫を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




決戦イベやってる最中なので、どうせだからとこの話を書きました。
本当ならこの間の続きに書きたかったのですけどね。

実は15金石まだ一個使ってないんですよねー。
リンゴちゃん関連でモミノキ先輩か、金持ってないエピデンドラムにするか迷ってる最中です。

それにしてもあんなデカいスケールの害虫出すなんて、ストーリーで見た時は思わず笑ってしまいました。
春庭にあんな害虫出せるロケーションは他に無いですから、別の奴が出てくる心配もないですよね!!

……ルドベキアちゃんの子孫残すの真剣に検討した方がいいんじゃないだろうか。

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