貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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何とか間に合いました。
以前投稿した「さようなら、リンゴ団長」に大幅な加筆と修正を加えたIFストーリーです。
エイプリルフールと言う名目で没にした話をリサイクルしていくスタイル。

あと、競技会デルちゃん出ました!!
誰だよ、出ないのバグとか言った奴!! 運営さんに謝れ!!(手のひらクルー

……新しいスペチケ誰にしようかなー。


4/1 さようなら、リンゴ団長 リブート

 数日前。

 

 その日、リリィウッドの貴族も利用する格式高い一見さんお断りな高級料亭のカウンター席に一組の男女が席を共にしていた。

 二人の間に会話は無く、ただ老店主が油で揚げ物をしている音だけが響いていた。

 

 程なくして、二人の前に上品に盛られたレンコンの天ぷらが出された。

 

「いやぁ、天ぷらにして一番美味いのは間違いなくレンコンでしょう。

 衣のサクッとした感触と同時に味わえるこの独特の食感とホクホクとした肉厚なそれはまさに極上の一言ですな」

「それに店主の腕もあろう、揚げ物は難しいと聞くからな」

 女性の賞賛に老店主は無言で軽く一礼をした。

 男は己の話題を皮切りに彼女を褒めようとしていた流れを断ち切られ、少しだけ笑みが引き攣った。

 

「それにしても、まさか貴女様から気に掛けて頂けるとは私も思いませんでしたよ」

「なに、これでも私は卿を買っているのだよ」

「それは……恐縮です」

 男は言葉を選んでそう答えた。

 光栄です、と言うには己はふさわしくないと思ったのだ。

 

「こうして卿を引き止めたのは、実は卿に話があったからなのだ」

「誰かに説得でも頼まれましたか?

 俺は……いえ、私はもう決めたのです」

「ふむ、本来ならそう言うべきなのかもしれないな。

 実際、卿と食事をすると聞いて彼は引き止めてくれないかと頼まれたのだが……。

 ここは私人と公人との間に揺れる我が心を天秤に掛け、私はこちらを選択することにした」

 そう言って、彼女は――ロータスレイクの現女王ハスは男にこう言った。

 

「我が国へ来るのだ、リンゴ団長」

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 それは、昼食を取るために戻ってきた仲間たちが宿舎に集まってきたころだった。

 

「ヘンタイヘンタイヘンタイ!! ヘンタイだぁ、だんちょがヘンタイだ!!」

「何かあったのかしら、ランタナちゃん」

 彼がヘンタイなのは言うまでもない事実なので誰もがスルーして、何やら血相を変えて叫びながらドアを乱暴に開けて現れたランタナの様子に誰もが注視した。

 ぜぇぜぇ、と息を切らしている彼女は呼吸を整えると、心配そうに声を掛けて来たサクラにこう言った。

 

「だんちょ、騎士団辞めるってよ!!」

 

 

 

 ランタナの話は数時間前ほどに遡る。

 

 恒例の団長会議に、ランタナがお茶菓子をたかりに行った時のことである。

 

「ありゃ、今日はチューリップだんちょは居ないの?」

「ドクターストップです。仕事のやり過ぎですから、現在縛り付けてでも休んでもらってます」

 いつもはチューリップ団長が座る席に居るホワイトチューリップの姿に疑念を持ったランタナに、彼女は悩ましげに答えて見せた。

 

「拘束プレイしながら看護とか、新しいな……。

 でも、あの人いなくて大丈夫なの?」

「患者を拘束する必要性があるのはままあるので、ちっとも新しくは有りませんが……それはともかく、一応姉さん達が総がかりで業務を代行しています。

 最初は赤姉さんだけだったのですが、何でもそつなくこなすあの人が私たちに助けを求めるような仕事量を彼は一人でやってたらしく……。

 まさかそんなに思いつめてたなんて……」

「ほーん」

 興味なさげにランタナは相槌を打った。

 

 彼女の興味は彼がいつも自分に持ってきてくれるお茶菓子にあったのだ。

 とは言え、いつもお菓子くれるので、あとでお見舞いに行って看病してあげようかな、と彼女は考えていた。

 私のような美少女が看病すればすぐに良くなるべ、と楽観的に考えていた。

 バナナオーシャンに伝わるカオスな栄養ドリンクを作って持ってこう、と頭の中でレシピを思い起こしていると、他の団長たちも集まってきた。

 本日はナズナ団長も出席している。ナズナはお菓子をいつも作って来てくれるので、ちょっと残念なランタナだった。

 

 そして団長たちの会議が始まった。

 最初に議題を提示したのは、キンギョソウ団長だった。

 

「そろそろ我らも七つの大罪を司るべきだと思うが、皆は如何に?」

 彼はホワイトチューリップを通して不在の団長をちらりと見ながらそう言った。

 

「全ての国の出身の団長を揃えて負担を減らすってお話でしたね」

 どうせ団長を増やすなら、視点を増やすべく全ての国の団長を揃えた方がいい、となったのだ。

 ハナモモ団長は以前の会議で提案されたそのことに関してだとあたりを付けた。

 キンギョソウ団長もその言葉に重々しく頷く。

 

「リリィウッド貴族のうちの人とキンギョソウ団長は勿論、ナズナ団長とハナモモ団長はブロッサムヒル出身、リンゴ団長がウィンターローズの方なので残り三国から受け入れることになるんですよね」

 資料を読みながら、団長代行のホワイトチューリップが述べた。

 

「ああ、それなんだがな」

 選考基準をどうするかという話題に行く前に、リンゴ団長が話を遮った。

 

「俺はウィンターローズの団長としてはふさわしくない。

 視点を増やしたいと言うのなら、俺は必要ないだろう」

「え?」

 もしゃもしゃとお茶菓子を貪っていたランタナが、リンゴ団長のその言葉と共に空気が変化したのを如実に感じ取った。

 

「やはり、我らが円卓の席から離れる決意は変わらんか」

「そんな……リンゴ団長、視点とかそんなこと関係なく、あなたは必要な人材ですよ」

 ある程度団長たちに話は通っていたらしく、二人はそれぞれの反応を返した。

 

「いいや、俺が居なくてもお前たちならやっていける。

 俺のやり方を知っているあいつらはそのままにしておくんだろう? なら問題など無いはずだ」

「しかし……」

「老兵は死なず、ただ去るのみ、だ。

 それに俺は別の戦いをするだけだ。俺は常にお前たちと共に戦っている」

 リンゴ団長は穏やかにそう言った。

 ホワイトチューリップは何か言いたそうにしたが何も言わず、ナズナ団長は黙して語らない。

 

「よかろう、これまでご苦労だった。我らが偉大なる先達よ。

 これまでの業務を全て引き継ぎ次第、その任を終えよ」

 キンギョソウ団長の言葉に、リンゴ団長は一礼をしたのだった。

 

 当然この空気のまま会議は続くが、この時点でランタナは大慌てで会議室を飛び出していた。

 

「大変、大変だぁ!!」

 廊下を駆け抜け、仲間たちにこのことを伝える為に走った。

 

「大変大変大変大変!!」

 支部から出て、道を爆走する。

 

「大変大変態変態変態変態!!」

 自分たちの仮宿舎に、駆け込む!!

 

「ヘンタイヘンタイヘンタイ!! ヘンタイだぁ、だんちょがヘンタイだ!!」

 そして、今に至るのである。

 

 

 

「…………」

 ランタナがしどろもどろになって語る会議の内容に、誰もが静まり返った。

 

「え、嘘ですよね?」

「そんなの、聞いてないよぉ」

「いったい、どういうことですぅ?」

 しかしすぐに食堂内は喧噪に包まれた。

 混乱によって騒がしくなった食堂だったが、皆落ち着いて、とサクラが告げるとすぐに静まった。

 

「リンゴちゃんは何も聞いていないの?」

「初耳です」

 サクラの問いに、リンゴはぶるぶると首を横に振って答えた。

 

「…………とりあえず、団長さんに直接聞いてみましょう。

 この話はそれからだわ」

 サクラがそのように取り仕切り、この場は一旦収まった。

 だが、皆の胸中には不安の残り火が(くす)ぶったままだった。

 

 

 

 

 ………

 …………

 ……………

 

 

「俺の評判はご存じのはずだ。

 それでもあなたは俺を所望なされるのか?」

 からから、と油で食材が揚げられる音だけが満ちている。

 

「うむ、我が国は長らく他国との交流を断っていたのは言うまでもないことだが。

 故に他国より戦いの分野において停滞している感は否めない。

 そこで卿だ。卿なら戦術や教導においても明るく、なにより実績がある。

 もし我が国に来てくれると言うなら、相応の地位を約束しよう」

「…………」

 リンゴ団長は女王の言葉にしばし黙考した。

 そしてゆっくりと彼女を見やると口を開いた。

 

「ハス様に()かれましては、蓮の花は泥の上に咲くモノですがそれは美しく咲く花が主で、泥にまみれる根が準であることを分かっておられない」

「それは卿にしては見識の無い言葉であるな。

 衆目を集める外面が華々しくある必要があるのは認めるが、根の無い花は腐り枯れ果てるのみであろう?

 清濁を飲み干してこその指導者だ。それに、私は見た目ほど清廉な人間ではない」

「なるほど」

 リンゴ団長はひとつ頷くと席を立った。

 

 そしてハスに向き直ると、彼は片膝を突いて頭を垂れた。

 

「その言葉が真実である限り、我が忠誠は我が新たな故郷とその臣民たちに向けられることでしょう、我が君よ」

「うむ、苦しゅうない。

 共に励むとしよう。我らが故郷と、世界の平和の為に」

「ですが、お忘れなく。

 あなたは必ず、この身を引き入れたことを後悔するでしょう。

 それも、存外に早くに」

「くどいぞ、我が騎士よ。私は決めたのだ、後悔などするものか」

 彼女のその言葉に、団長はさらに深く頭を下げる。

 その口元には、喜悦に満ちた笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 それは天啓か、はたまた悪魔の囁きか。

 

「アイリスちゃん、こんな時間まで仕事かい?」

 ハスとの食事を終えたリンゴ団長は、彼女と別れるとその足で騎士団支部まで足を運んで書類仕事をしているアイリスの元へと尋ねていた。

 

「これは団長さん、何かご用でしょうか」

 一人書類を作っていた彼女はペンを置き、眼鏡の位置を直して今宵の訪問者へと顔を向けた。

 性欲に(まみ)れた男は狼に例えられるが、これはそんなものではない。

 ケダモノの笑みを浮かべてやってきた彼を見て、アイリスはそう思った。

 

「なあアイリスちゃん、一緒に悪だくみしないか?」

「……詳しい話を聞かせて貰いましょう」

 

 

 

 

 §§§

 

 

「どうして俺が騎士団を辞めるかって?

 そんなの決まってるだろ、女漁りに行くのさ」

 夕方になって帰ってきたリンゴ団長はいけしゃあしゃあと皆の前でそう答えた。

 

「真面目に答えてくれませんか?」

「俺は真面目だ、嘘なんて言っていない」

 サクラの詰問に応じる団長はどこか軽薄そうな笑みを浮かべた。

 

「俺が居ないと寂しいのかお前ら。

 俺が居ないと戦えないとでも? だとしたらとんだ見込み違いだ」

「違います、私たちは理由を聞いてるのです。

 なぜ、こんなに急に……」

「俺は団長で、お前たちは花騎士だ。

 立ち位置が違う。ただそれだけの話だ」

 それを聞いたサクラは黙り込んだ。聡明な彼女には、それだけで十分な理由だった。

 

「団長さん!! どうして私にも相談してくれなかったんですか!!」

「悪いな、リンゴちゃん。

 どうやらこの部隊は残してくれるそうだ、皆を頼んだぞ」

 リンゴの両肩に手を置き、涙目の彼女と団長は視線を合わせた。

 数秒の沈黙の後、分かりました、とリンゴは頷いた。

 

「ランタナ、俺の友人たちを頼んだ」

「……ちぇ、駄々こねようと思ったのに。ああもう!! しょうがないなぁ!!

 その代わり私が引退したら、だんちょが私のこと全部養うんだじょ!!」

「考えておいてやるよ」

 団長は冗談っぽくランタナにそう言うと、ペポに向き直った。

 

「ペポ、お前にはあとで話がある」

「ッ」

 ずっと強張った表情をしていたペポは、彼のその言葉に息を呑んだ。

 

「現在の仕事が引き継ぎ次第、俺の団長業務は終了することになっている。

 だが俺の仕事は俺が死んでも問題ないように動くようにしている。

 後は全てリンゴちゃんとサクラに任せた。俺は明日にでも出立する予定だ」

 そのあまりにも唐突な別れの話に、ほぼ全員が目を見開いた。

 本当にお別れを言うくらいの時間しか彼は用意しなかったのだ。

 

「相変わらず、勝手な男だな。お前は」

「褒めても何も出ないぞ」

「ふん、結局お前が用意したのは死神の群れではなく賑やかし集団だったな」

「違いない」

 団長はクロユリとそんな簡素なやり取りをして、その場から去って行った。

 

「死神の群れで十分だったのだがな、私は」

 

 

 

 

「……お話ってなんですか、団長さん」

 夜、仮宿舎に申し訳程度に存在する庭に呼び出されたペポは団長の姿を認めて声を掛けた。

 

「うむ、実は君には言っておきたいことが有ってな」

 団長は重々しく口火を切る。

 

「その、なんだ、言うまでも無いことだが、ランタナの奴を頼んだぞ。

 それなりに教育したつもりだが、時々危なっかしい」

「それだけですか?」

「……ああ」

 肯定された瞬間、ペポは思わず彼に掴みかかった。

 

「たったそれだけですか!! それだけしか言うことが無いんですか!!」

「……」

「弱虫!! ウソツキ!!」

 ()しくもそれは、彼女の水影と同じ罵倒だった。

 

「散々私のこと弄んで思わせぶりな事ばかり言って、あげく勝手に居なくなるくせに!!

 の、呪っちゃいます!! 不幸になっちゃえばいいんです!! 恨んじゃいます!!」

「ああ、それでいい」

 どこか達観したような表情でいる彼が癪に障り、ペポはぽかぽかと団長を叩いた。

 

「この歳になって、誰かに恋することなど無いと思っていた。

 君に恋い焦がれることができたのは俺のまたと無い幸運だった。

 そんな君を手放すのだから、これ以上の不幸もないだろう」

 すすり泣き始めた少女を背に、団長は闇夜へと歩んでいく。

 

「さようなら、だ。見送りはいいと伝えておいてくれ」

 そうして取り残されたペポを、陰からこっそりと見ていたランタナが出てきて、よしよし、とその頭を撫でたのだった。

 

 

 

 

 ………

 …………

 ……………

 

 

「見送りは要らないって言ったんだがな」

 翌朝、馬車乗り場には他の団長たちを初めとした面々や知り合いの花騎士たちや部下が勢揃いしていた。

 

「大したものは用意できませんでしたが、これは私たちの気持ちです」

 サクラが部隊の全員分の名前が入った手作りクッキーの袋を手渡してきた。

 

「団長さん、これを」

 リンゴがおずおずと差し出したのは使い古された分厚い手帳だった。

 

「これは、リンゴちゃんが命より大事にしている女の子手帳じゃないか」

「これを私だと思って、お元気で」

「ああ、リンゴちゃんも達者でな」

 二人はお互いの友情を確かめるように抱き合った。

 

「ご主人!! またボクを置いていくの!? 今日はついて行くからね!!」

「ぶっちゃけ、エノコログサちゃんの方が好みなんだ」

「がーん!!」

 無慈悲に撃沈されるイヌタデ。

 

「あとはアイリスさんに任せました。ご武運を」

「色欲の席は空けておく、いつでも戻ってくるが良い」

「お世話になりました。どうかご壮健のほどを」

 団長たちも次々に挨拶にきて、ナズナ団長もナズナの特製ケーキを手渡してきた。

 

「まったく、荷物が多くなっちまったぜ。

 だがまあ、お前たちが止まらない限り、俺はその先に居る。忘れるなよ」

 そうして、リンゴ団長はリリィウッドから去った。

 

 

 

 

 

 

 

 城下町を出てしばらくすると、元リンゴ団長を乗せた馬車が止まる。

 丁度脇道に馬車が待機しており、彼が到着するとその馬車からアイリスが現れた。

 

「頼まれていた現地での協力者の方々です。

 到着する前に顔合わせと計画の順序の確認を致しましょう」

 彼女がそう言うと、馬車の中から更に三人の花騎士が下りてきた。

 

「お久しぶりですね、団長さん」

 そのうちの一人、ロータスレイクの花騎士リシマキアが彼の前に楽しそうに笑みを浮かべてやってくると、目を伏せて片膝を突く。

 

「こんな素敵なゲームに誘ってくださり感謝しますよ、―――我が王よ」

「ははは。大げさだな、リシマキアちゃんは」

 

 

 

 

 一か月後、仮宿舎に届けられた新聞を開き、その見出しを見たサクラは我が目を疑い、固まった。

 

 それはロータスレイクの女王ハスの婚約発表の記事だ。

 その相手と言うのが、つい一か月前まで自分たちを率いていたその男だったのだから。

 

 

 

 

 §§§

 

 

「どうかな、団長。我が国の騎士団は」

 ロータスレイクにて、女王の肝入りで他国から引き抜かれた元リンゴ団長は、この国でも団長と呼ばれる立場に居た。

 

「よくもまあ、口ばかりのトーシローばかり集めたものです」

 そしてついさっき、この国の騎士団長とその部隊を集めさせ、演習を行ってその全員を叩きのめしたばかりだった。

 彼に与えられたのが新人の花騎士ばかりだったのに、である。

 その様子を、視察に来ていたハスも苦笑いしながら見ていた。

 

「我が国の騎士団の質が他国より劣っているのは理解していたが、彼らも愛国者だ。そうきつく当たらないでほしい」

「ただの案山子ですな。俺の前の部隊なら瞬きする間に全滅できる。

 ナズナ団長も居れば、彼も笑うでしょう」

 団長はこの国に仕える代わりにハスにある条件を出した。

 それはこの国に存在する騎士団全てに対するある程度の指揮権や任命権。

 要するに、王家を除けばほぼ最上位の軍権を求めたのである。

 

 他国の人間にこれを預けるなどとんでもない話である。

 当然、大臣たちから強い反発があった。

 だがハスは彼の数々の実績と、他国の新しい戦術や戦略の必要性を説いて、これを黙らせた。

 

 ロータスレイクの騎士団はその歴史から防衛戦に優れているが、それだけである。

 花騎士の数も騎士団の質や規模も、他国と比較すると客観的に最下位なのだ。

 それを実感したハスはこの男を引き入れることを決意した。

 

 そしてそれをたった今証明してみせた。

 これには観戦をしていた貴人や国の首脳陣も唖然だった。

 その反応も当然だろう、団長が勝つ為に取った手段は一般的に卑怯で卑劣な戦法だったのだから。

 

「私は、害虫を殺すのに手段を(えら)ばない!!

 このようにどれだけの数が相手であろうと、どれだけ寡兵(かへい)であろうと!!

 私はこの国の花騎士や騎士団を他国のものと遜色ないと証明してみせましょう!!」

 勿論、これには周囲の反応も非難轟々だった。

 卑怯だ、品が無い、こんな男に軍を任せられるか、と。

 

 戦いに卑怯も何もないと、それこそ害虫相手なら尚更であるとよく分かっているハスは激昂して彼らを黙らせようと声を張り上げようとしたが、その前に彼らを静止する声が有った。

 

 この国の現国王、即ちハスの父君だった。

 ロータスレイクは女性君主が一般的なスプリングガーデンにおいて珍しく、王にも女王とほぼ同等の権力がある国だ。

 妻である病に倒れている先代女王の公務をほぼ請け負っていることからもそれは窺える。

 

 彼は観衆を鎮めると、ただ一言こう告げた。よきにはからえ、と。

 国王による事実上の承認だった。

 

「父上……」

 己に足りない威厳を示した父にハスは感動したようだった。

 

 団長はこの国の王に礼を示すように片膝を突いて頭を下げた。

 その口元にはニタリと笑みが形作られていた。

 

 

 それからと言うもの、団長は他の騎士団長を代わる代わる連れ出しては国中の害虫討伐の日々を送った。

 驕ることなく自ら戦場に赴き、自らのノウハウを惜しみなく伝授して回るその姿は騎士団長や花騎士たちからの信頼を勝ち取るのに時間は要らなかった。

 更に、ハスが直接引き抜いてきたという話題性もあり、瞬く間に国中で彼の話が広がっていった。

 

 そして彼がこの国にやってきて早一か月、数多の国を流浪してきた経歴などから疑問視されていた彼の忠誠を疑う者など誰も居なくなったのだ。

 それを見計らったからなのか、ある時国王が彼を謁見の間に呼び出したのである。

 

 王は言った。この国の要職に就く身ならば、所帯を持ちそれにより一層の奮闘をその身に課すべきではないか、と。

 それを隣の玉座で聞いたハスは内心呆れた表情になった。

 

 国王も父親であるからか、彼はしょっちゅうハスに縁談を持ってきて彼女を辟易させているのだ。

 最近害虫討伐に奮闘する団長のことを気に入っているからか、他人の縁談まで世話しなくても、とハスは思ったのである。

 

 勿論、より良い縁談で貴族と婚姻関係を結べば彼の地位を確固たるものに出来るだろうという王の配慮であるのは彼女だけでなく、この場に居る大臣達や政務官たちも察していた。

 この国に来て彼はまだひと月だが、もう既にそれをするにふさわしい功績をあげていたのである。

 

 要するに、さっさと結婚で囲ってしまおう、という思惑もあっただろう。

 国王もハスから彼の女癖の悪さは聞いていたし、貴族になれば堂々と複数の女性と付き合えるし金銭的に余裕もある。

 基本的にスプリングガーデンの国々は一夫多妻が認められているが、結局それは懐に余裕がある貴族たちの為の法律であると言えた。

 

 誰か気になる女性は居ないか、と国王が問うと、一礼したまま王の言葉を拝聴していた団長は顔をあげ、手のひらを壇上に向けた。

 そして、彼は言った。

 

 

「それならば是非、陛下の御息女との婚約を所望したく存じます」

 

 

「んなッ」

 思わずハスは立ち上がり、この男は何を言っているんだという顔で彼を見た。

 周りの大臣や政務官たちも同様である。

 

 すぐに、よそ者が無礼なッ、と言った言葉が団長に浴びせかけられた。

 それも当然だ、彼はハスと婚約したいと言ったのだから。

 

 無論、それは現女王の夫となると言うことであり、将来的にこの国の国王となることを意味する。

 この男は遠回しにお前が座る玉座を寄越せと言ったのだ。

 不敬罪で処刑されてもおかしくない言動だった。

 

 衛兵を呼びに行こうと言うものさえいたのを国王は制すると、表面上はその場は静まり返った。

 そして王は思案げに髭を撫でると、野心を見せるのは早すぎるのではないのか、と言った。

 

 それを聞いて、その場の面々も確かにと言った表情になった。

 信頼を勝ち取るならもっと時間を掛けても良いし、それ相応の地位もあるのだから派閥だって作れただろう。

 何も今、こんなことを申し出る必要など、本当に王座が欲しいなら時期尚早にもほどが有った。

 

「野心などとんでもありません。

 私はただ、ハス様の美しさにひれ伏す汚泥にすぎません。

 もしハス様がこの身をふさわしくないと思われればいつでも婚約を解消しても構いません。

 全ては王家の裁量しだいでございます」

 野心があると思わせながら、こんな危険なことをしておいて婚約には固執しないと言う。

 この男が何をしたいのか誰もが分からなくなっていた。

 

 ふむ、では試しに娘と婚約させてみるか、と王は口にした。

 

「父上!?」

 奇声じみた声を上げる娘に、そのつもりで連れてきたのではないのか、と逆に問い返されてしまった。

 それを聞いてハスはここ最近縁談が無かった理由を察した。

 この父親は彼と娘が内々に恋仲であると思い込んでいるらしかった。

 

 ここで違うと言うのは簡単だった。

 だがそうなると、誰なら良いんだと言われるのは目に見えていた。

 それを機にどさどさと外堀が埋められ、望まぬ相手と結婚する羽目となるのだ。

 

 だったら、ある程度猶予のある婚約で時間稼ぎをするのも有りに思えた。

 実際、当人は気に入らなければいつでも婚約を解消して良いと言う。

 仮に婚前交渉を迫られても、その場で婚約破棄にしてしまえばいいのである。

 

「で、では、試しに……」

 という打算九割でハスは思わず口にしてしまった。

 それを聞いた国王はにやりと笑うと、立ち上がって婚約パーティを行うことを宣言した。

 

 あくまで口約束程度で終わらせようとしていたハスは、父親のその言葉にぽかーんとなった。

 これまで縁談のえの字も遠ざけてきたような娘が、婚約すると言ったのだ。これはもう父親としては一歩前進どころの騒ぎではない。

 あれよあれよという間に、この婚約は国中に発布されることとなった。

 

 もう既に、あとから婚約を止めます、なんて軽々しく言えない雰囲気になっていた。

 

「私が甘かった……」

 その後、自室で落ち込むハスがカキツバタに、仮にも王族の婚約が口約束で終わるわけないでしょう、と追い打ちを受けたのは言うまでもないことだった。

 

 

 

「団長!!」

 翌日、スタミナが全回復したハスはそれを告げに、と言うわけではなく、昨日の件について詰め寄った。

 

「これはこれは、麗しの我が婚約者ではありませんか」

「その話は言わないでくれ!!」

 宮中の廊下で頭を抱えるハスに、団長は楽しそうに笑っていた。

 

「……まあいい、婚姻は王族の義務だ、それはこの際置いておこう」

 貴族や王族が望まぬ相手と結婚するのは当たり前のことだ。

 生まれ時から衣食住に恵まれ、良い暮らしをしてきたのだから後から婚姻だけ否定するなどそれらを否定するのも同義だ。

 それに、いつかこんな日が来るだろう、とハスも漠然と感じてはいた。

 だからと言って、この相手だけは無いとは思っていたが。

 

「なぜあのようなことをしたのだ?

 はっ、もしやいつぞやのナンパの続きだと言うのか!?」

「それはまあ、あわよくばと言うやつですよ」

 恐るべき相手だった、と彼女は震撼した。まさか王族相手にナンパを成功させるとは。

 一つ問題があるとすれば、それはナンパと言う領域を飛び越えていることだろうか。

 

「まあ、それは冗談として。

 ですが言った筈ですよハス様。貴方は絶対後悔すると」

「まさかこんなに早く、人生最大級の後悔をさせられるとは思わなかったがな!!」

「まあまあ、正直なところ、ハス様でなくとも良かったんですよ」

 団長は彼女から目を逸らし、どこか遠くを見た。

 

「なぜあんなことをしたか、ですよね。

 それは勿論、あなたの為ですよ、ハス様」

「これ以上キザな台詞を吐いたらすぐさま婚約を破棄するぞ」

「これはこれは。ですが、あなたの為と言うのは間違いではないのですよ」

 恨めし気に見てくるハスに余裕のある態度で団長はそう答えた。

 

「より正確に言うなら、全ての花騎士の為と申しましょうか」

「全ての花騎士の為?」

「ええ」

 団長は頷くと、ハスの手を取りエスコートを始めた。

 

「この国には花騎士を管理するのは王城の仕事だそうですね。

 これからは他国と同様、上層部を作り騎士団を運用するとか」

「うむ、これまでは他国と意志疎通して害虫討伐する必要が無かったからな」

「順当に行けば、私がそのトップに就任するでしょう。そうなる為に動きましたから」

 鮮やかな水中都市の庭園を歩きながら、団長は語る。

 

「他国の上層部の連中と自分は顔見知りですからね。

 国王陛下もよきにはからえと仰るでしょう」

「で、あろうな」

「私の望みは、騎士団上層部の改革ですよ。

 その為に、王族の婚約者と言う立場、次期国王になるかもしれない、という身分が必要でした」

 それを聞いたハスは団長の顔を見上げた。

 自分をハメたとは思えない真剣な顔つきだった。

 

「騎士団上層部の大半は元平民か軍人の家系ばかり。

 なるほど、一国の騎士団全てのトップにして王族の身内ともなれば凄まじい発言力を持つだろうな」

「ええ、最悪、俺が余所と協調路線をしなければいい。

 そうなると他国は歩み寄るしかないのですから、誰だって第二のコダイバナを作りたくない」

「話は分かった。だが、なぜそこまでする?」

「一介の騎士団長では限界を感じたと言いましょうか。

 ハッキリ言って俺は花騎士たちが国に使い捨てられている現状に激しくイラついている。

 傍からはそうは見えないでしょうが」

 思わず、と言った具合に、ハスをエスコートする手に力が加わった。

 

「俺はかつてコダイバナで戦い、現在の花騎士の仕組みでは害虫に通用しないと悟りました。

 誰かがやらねばならなかった。俺には偶々それができる機会が有った。

 こんなことをしでかした理由はそれだけです。ハッキリ言って結婚なんて俺もゴメンですよ」

 団長は肩を竦めて笑った。

 

「なので、あなたにお誘い頂いた時には、笑ってしまいそうでしたよ。

 これなら上手く行く、と天啓が舞い降りたもので」

「私にとっては悪魔の囁きであろうが」

 上手く自分の結婚をダシにされたハスは不満げな表情だった。

 

「と言うわけですので、改革が済み次第適当に不祥事を起こしますので、あとは適当に婚約破棄にしてくださって構いません」

「私は徹頭徹尾まで利用されて終わるのだな」

 協力を申し出ようとすらしない婚約者に、ハスはむくれている。

 

「こうなったら、本気で結婚してやろうか」

「勘弁してください、俺に王様なんて無理ですよ」

「いいや!! 本当に他国の騎士団上層部の改革が出来たのなら王としての器に申し分無い!!

 私も諦めたのだ、卿にも諦めて貰うぞ」

 ハスの目は本気だった。

 エスコートしていた団長の手をがっしりと掴み、覚悟完了していた。

 

「お、俺が王様になったらハーレム作るぞ、ハーレム」

「私に王族としての器量が無いと思うのか?」

「俺に政治なんて出来ないからな!!」

「では私が内政、卿が軍務担当としよう。

 それになにも王が全ての仕事をすると言うわけでもない。

 部下に仕事を任せるのも王の器量だ」

 団長が後退り、迫るハス。

 

「や、やっぱり、あの話は無しで!!」

「あっ、逃げるなー!!」

 

 

「うふふ、やっぱり団長さん。私の見込んだ通りになりそうですね」

「こうなる為にいろいろしたわけですが、やっぱり団長さんは団長さんですね」

 宮中で追いかけっこする二人を、遠巻きに見守るリシマキアとアイリスだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 数か月後。

 

「今日ですね、新しい団長さんが来るの」

「ついに、という感じですねー」

 ニシキギとリシアンサスは朝の食堂でそんな会話を交わしてた。

 

 リンゴ団長が辞めてから、騎士団の規模は倍以上になった。

 全ての国の団長が集ったこの大規模騎士団で、彼女らの部隊は未だ解体されずにキンギョソウ団長預かりとなっていた。

 

「最近上層部がごたごたしてたからようやくって感じですね」

「何でも、ロータスレイクの団長さんらしいですよ」

「じゃあ、リムちゃんのお知り合いかもしれないですぅ!!」

 会話にリムナンテスに加わり、賑やかになる。

 

「みんなー、そろそろ集合よー!!」

 サクラの声に、朝食を終えて花騎士たちがぞろぞろと外へ出ていく。

 

「サクラさん、最近ようやく元気になりましたね」

「団長さんが辞めてから、目に見えて落ち込んでましたからね。

 でもクロユリさんも何だかんだで残ってくれてますし、リンゴちゃんも頑張ってますからね!!」

 リシアンサスはそれが己を鼓舞する言葉であると自覚しながらそう言った。

 

 彼が居なくなって、多かれ少なかれ誰もが寂しがっていた。

 付き合いの一番浅いリムナンテスもかなり落ち込んでいたのだから。

 

 そして当人は、もう既に雲の上の人物だ。

 

 

「新しい団長さんは?」

「もう到着しても良い頃なんですが」

 段取りが悪い。全員が整列しているのに、到着していない団長にサクラもリンゴも困り顏だった。

 そうしていると、がらがら、と馬車の音が鳴り、仮宿舎の前に停車した。

 そして、馬車の中から一人の男が飛び出した。

 

「やあ皆、遅れてすまない、今日からこの部隊の担当になった者だ!!

 今日からバリバリ害虫を殺しに行くんで、ヨロシク!!」

 布で顔をぐるぐる巻きにしたその騎士団長は高らかにそう言った。

 

「……なにしてるの、だんちょ」

 全員がぽかんとする中、ランタナが彼を指差しそう言った。

 くぐもっているが、全員の聞き覚えのある声だった。

 

「だんちょではない、謎の団長Xだ!!」

「いや、そういうのはいいですから!!」

 ペポも声を張り上げてそう言った。

 

「と言うか、お勤めはどうした?」

「いや、その、逃げてきた」

 覆面を取りながら、団長はクロユリにそう言った。

 

「我が麗しの婚約者様がな、軍務担当だからって政務の勉強も怠るなって。

 俺、王様はやらないって言ってるのによ」

「団長さーん!!」

 愚痴る団長に、感極まった様子でリンゴが抱き着いた。

 

「おお、リンゴちゃん、情熱的だな」

「おかえりなさーい!!」

「おかえりなさい、団長さん」

「ああ、サクラも、待たせたな」

 久々のサクラの笑顔に、気恥ずかしくなる団長。

 

 それを機に、花騎士たちが団長に殺到する。

 

「団長さんのバカー!!」

「うおっ、お前らそんなに寂しかったのか?」

 皆がわいわいとしていると、新たに馬車の車輪の音が聞こえてきた。

 

「げッ、あの馬車は我が麗しの婚約者のじゃないか!!」

「ハス様は好みじゃなかったんですか?」

「俺に高貴な女性は合わないって分かったんだよ!!」

 皆をかき分け、逃げ出そうとする団長。

 

「待てー!! 逃げるなー!!」

「ぎゃー、みんな助けて!!」

 

 このように、リンゴ団長の戦いはまだまだ続いて行くようだった。

 

 

 IF END

 

 

 

 

 

 




これは、何かを掛け間違えばこうなっていたというお話。
彼にはこんなことをする理由があるということ。

前回のクイズの答えは次回、ちょっとした短編を書いて発表します。

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