貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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結局今回じゃ終わりませんでした……。
いや、逆に考えるんだ、更新が早まると!!
目指せ、100話!! 

ちなみに、デルちゃんはやっぱり出ないちゃんでした。
バグでしょ、これ、詫び石はよ(血涙



栄華の残影 後編

「さて、これからブレーメン防衛基地跡に向かうことになるが」

 ブレーメン跡地にて一夜を明かし、各々行軍の疲れを取った早朝、リンゴ団長はこれからの行先に向かう面々を集め整列させると、そのような切り口で話し始めた。

 

「お前たち、普段より疲れが取れないとは思わないか?」

 団長の問いかけに、そう言えば、と顔を見合す面々。

 

「この辺りはまだましだが、これより先は世界花の加護が及ばぬ害虫の領域。

 休息による魔力の回復は勿論、身体能力の強化も阻害されるだろう。

 各自、体力と魔力は最高に維持しろ。疲労が残る場合回復蜜を服用するように」

 彼がそう告げると、全員の顔が引き締まった。

 もうここから先は少しの油断も許されない場所なのだと理解したからだ。

 

「この中でコダイバナでの戦闘経験がある者は?」

 その問いに、何名かが手を挙げた。

 以前この周辺で部隊の指揮経験のあるサクラや、クロユリ、キルタンサスだった。

 

「ではキルタンサス。

 どうだった、この地での戦いは」

「正直、あの時は不慮の事故で放り出されたから、あまり意識はしなかったのだけれど。

 確かに町に戻った後、どっと疲れが押し寄せたような気がしたわ」

「まあこのように個人差がある。

 無自覚に適応できる者も居れば、多少の慣れが必要な者も居る」

 皆気を付けるように、とキルタンサスの経験談を受けて団長はそう言った。

 

「今回の俺たちの任務は護衛だ。害虫退治じゃない。それを肝に銘じておけ。

 臭い消しの薬を掛けた後、なるべく戦闘は避けて目的地に向かう。いいな?」

 はい、と彼の部下たちは一斉に返した。

 

「良し、では出発だ」

 そうして、リンゴ団長一行はブレーメン防衛基地跡へと向かった。

 

 

 

 §§§

 

 

 迅速な行軍と隠密行動に徹したからか、幸いにも害虫との遭遇は無く一行は目的地へと到着した。

 

「なんだか、懐かしいわねー」

 そこらかしこに生々しい戦闘の跡がある中で、サクラが英断の滝を見ながら呟いた。

 あの英断の滝こそがコダイバナと人類の領域を分ける実質的な境界線だった。

 

「私が任務でこの辺りに赴任していたのが昨日のようだわ。

 思えば色々あったわね~」

「サクラさんが言うと何か楽しい思い出が有ったみたいに聞こえるから凄いわよね」

 楽しい思い出なんてちっともなかったキルタンサスがそんなことを呟いた。

 

「そんなことないわよ。あの時は大変だったわよね、クロユリ?」

「……」

 話を振られたクロユリは無言でそっぽを向いた。

 心なしか不機嫌そうだった。

 

「お、何があったんだ、聞かせてみろよ?」

 派手に損壊している部分に哀愁の籠った視線を向けていたリンゴ団長が食いついた。

 

「私がこの辺りに指揮官として部隊を任せて貰ってた頃に、クロユリも一緒に居たのよ。

 思えば、私たちも案外長い付き合いよね」

「確かに、そろそろ腐れ縁じみてきているな」

「そんな私達の部隊に、新しく新任の団長さんがやってきたのだけど、戦いの後に害虫が作った空間の歪みに飛ばされちゃったのよ。

 その後も色々ごたごたして大変だったわー」

 サクラがその美貌を曇らせそう言った。

 

「そいつらは無事だったのか?」

 嫌に神妙な表情で、団長が尋ねた。

 

「ええ、その新任の団長さんって、ナズナ団長ですもの。

 今思えば、あの頃の彼は結構初々しかったわねー」

「なんだ、あいつか。心配して損した」

「あの人、俺より団長歴短いのに凄い活躍してるからねぇ」

 団長二人が複雑そうにしているのを、サクラは微笑ましそうに見ていた。

 

「その後、クロユリが戦闘中に勝手に味方を戦場から下がらせた事が問題になって」

「私は責任を取る為に異動になったな。

 そして異動先の元懲罰部隊にこの男がやってきたのだから、私は腐れ縁に恵まれているよ、本当に」

 他にもやたら自分に構ってくる赤いののことを思い出しているのか、クロユリの視線は虚空を彷徨っていた。

 

「でも、それくらいで懲罰部隊行きになるの?」

 細かいことに良く気付くキウイが疑問を口にした。

 

「どう考えてもお前、劣勢になった責任を押し付けられたよな。

 ナズナ団長たちも一時期行方不明だったんだから、部隊の団長の監督責任辺りも。

 クロユリ、お前ってたまに要領悪い時あるよな」

「仕方ないだろう、味方はこの環境に適応できず疲弊していたんだからな。

 無駄死にするのは目に見えていた、それなら居ない方がマシだ」

「それで貧乏くじを独占か。

 お前って実は死神じゃなくて貧乏神なんじゃないのか?」

「なんだと?」

 クロユリの声音が1オクターブくらい低くなった。

 

「そもそも、良くないことを招くなら疫病神だろう?

 それに血まみれの服を着続けてるところとか実に貧乏くさい」

「なッ、なッ!!」

「あ、俺は疫病神でも貧乏神でも構わんぞ?

 胸が貧相なままでいてくれるならな!!」

 世の中を達観しているクロユリが、実はちっとも女を捨ててないことを承知の上の発言である。

 団長の軽口に、流石の彼女もカチンと来たようだった。

 

「きゃー、クロちゃんが怒ったー!!

 自分のこと死神って恰好付けてるクロちゃんが怒ったー!!」

 凄みながら怒気を発して早足で団長に迫るクロユリ、ふざけた調子で彼女から逃げる団長。

 

「相変わらずクロユリさんを怒らせる天才ですよね、団長さん」

「サクラさんも本気で怒らせられるからなぁ、だんちょは」

 団長が前に逃げるので、防衛基地跡の奥へと行ってしまった二人に普段はあんまり緊張感の無いペポとランタナも呆れ顔である。

 

「団長さんったら、励ますならもうちょっとデリカシーのある言葉を使えば良いのに。

 その方がきっとモテると思うのに」

「あれで励ましてるつもりなんだ……。あれで結構慕う人が居るんだから世の中分からないよなー」

 二人を見て苦笑するサクラに、腐れ縁三人の関係に付いて行けないエピデンドラムだった。

 

「団長さーん、二人じゃ危ないですよー」

 と、リンゴが二人を追って行く。

 

「くんくん、あ……大変だよ!!

 ご主人達が行った方に害虫の臭いが!!」

 臭いを探っていたイヌタデが声を挙げると、面々は声も出さずに一斉に駆け出した。

 

「お、遅かったな前ら」

 彼女らが団長たちに追いつくと、既にクロユリが害虫を一刀の元に切り伏せていた。

 

「団長さん、おふざけが過ぎますよ」

「悪い悪い、それじゃあ浄化頼むわ、あと血の臭いの拡散を防げ。

 とりあえず防衛基地跡内の害虫の掃討して当面の安全確保をするぞ」

 サクラに諌められて団長は次にやることをテキパキと示した。

 

「お、そうだ、良い事思いついた――ってぇ」

 団長が何やらニヤリと笑ったと思ったら、後ろからクロユリに足を蹴られた。

 

「いてッ、ちょっと、待てって、喋らせろ、な?」

 前のめりになった団長にげしげしと無言で蹴りを入れるクロユリ。

 

「やめ、やめてー、謝る、謝るから!!

 成長性が無いのは俺も同じだから!! 上アンプルゥ最優先するから!!」

「あのー、クロユリさん。害虫の処理が終わったのでそろそろ」

 次の指示が必要な為、リンゴがおずおずと彼女にそう言った。

 

「しくしく、リンゴちゃん、クロユリがいじめるよー」

「それで、何を思いついたんですか?」

「そうだった」

 リンゴの両足に這って逃げてきた団長は、結構蹴られていたのにスッと立ち上がって面々に向き直る。

 

 

「お前たちに話をしよう。俺が以前、教導部隊に所属する以前に団長をしていた頃の最後の任務。

 即ち、コダイバナ討伐隊に参加した時の話だ」

 突如として調子を切り替えた団長に、呆気に取られる者も居たが、彼は気にせず続けた。

 

「―――諸君!!

 前回の討伐は少なくない犠牲を払ったが、何とかコダイバナの脅威を抑え込むことに成功した。

 皆も希望を忘れず、害虫との奮闘を期待する!!

 ブレーメンで亡くした人々の為、害虫の脅威を取り除かん為に!!」

 彼は直立して背筋を伸ばし、尊大な態度でそう言った。

 

「と、まあそんな感じで俺たちは送り出されたわけよ。

 前回―――今の俺たちからすれば前々回はブレーメンの惨劇のすぐ後だったから、かなり激しい戦いだったらしい。

 つまりこの戦いは大敗を期したその戦いの雪辱戦でもあった」

 団長はどこか懐かしむようにそう語った。

 

「とは言え、上層部もバカじゃない。

 過去、コダイバナの中枢にたどり着いた者はいないからな。

 かの城を攻略するというより、可能な限り近づいて調査。要は敵を知るために大部隊を送りだし、ほどほどに害虫を狩って帰る。

 世間一般じゃ一大決戦みたいに思われているが、全くそんなんじゃなかった」

 それを聞いた花騎士たちは驚いた様子を見せたが、特に言葉を発しなかった。

 団長の話の先が気になったのだ。

 

「ところで、お前たちは最強の部隊とはなんだと思う?」

 しかしここで、団長はそんな疑問を投げかけてきた。

 

「最強の強さを持つとか集団、そんな曖昧なものじゃないぞ。

 ほら、あるだろう、各国の特色を生かした人員で構成するっていうあれだ」

 それを聞いて、ピンと来た者が何人か居た。

 

「団長たちの間でよく交わされる最強の花騎士の騎士団って奴ですね?

 陽気で敵を恐れぬバナナオーシャンの前衛。

 理性的で的確な判断を下すリリィウッドの中位騎士と参謀。

 彼女らの作戦を可能とさせるベルガモットバレーの技師。

 魔法に秀でたウィンターローズの花騎士による後衛。

 そしてそれらを束ねる柔軟な判断力を持つブロッサムヒルの上位騎士と騎士団長。

 今なら陣地防衛や輸送にロータスレイクの部隊も欲しいですよね」

 と、返したのはチューリップ団長だった。

 それはこのスプリングガーデンが持つ総力を結集した誰もが頷く最強の騎士団だった。

 今ここにいる花騎士たちもうんうんと頷くくらいに隙のない構成だった。

 

「まあ勿論、花騎士って連中は個性の塊みたいなやつらばかりだから必ずしもこれには当てはまらないわけだが。

 しかし、当時俺が目にしたその討伐隊は各地の騎士団が集結し、花騎士だけでも五百人以上。

 確かにその理想の最強を体現していた」

「各地の騎士団と仰いましたが、相互の連絡手段や指揮権についてはどうなっていたんですか?」

 当時を懐古する団長に、サクラが疑問を提起した。

 

「着眼点が良いなサクラ。そう、いかに最強の騎士団と言えども、それを率いる各々の団長たちとの連携が粗雑ならばそれは烏合の衆と化す。

 伝令には花騎士が使役する鳥などの動物を起用し、全体の指揮権は経験豊富なベテランの元騎士団長が上層部から自ら復帰し最上位の指揮権を持つ騎士総長を買って出た」

 伝令の手段も万全、誰もが納得する司令官に、サクラもなるほどと頷いた。

 混戦を極めてジョルン戦線で不可能だったそれらの方法での伝令が有るなら迅速な布陣が可能だろう。

 

「まさに完璧な布陣だった。

 ――――そう、害虫が相手でさえなければな」

「一体何があったんですか?」

 この場に居る全員が、前回の討伐の結末を知っている。

 いや、初回から最後まで一緒だったのだ。どれも壊滅だと。

 だから誰もどうして彼らが負けたのかと、口に出来なかった。

 義務感から口にしたプロテアを除いて。

 

「さて、ここまでの大部隊になると、当然花騎士たちだけじゃ全てを賄えない。

 非戦闘要員、いやこの言い方は不適切だな、非戦闘参加者が必要だった」

 ここで唐突に、リンゴ団長は話題を変えた。

 

「だが一般人をこんな危険地帯に連れては来れない。ならばどうする?」

「傭兵、あるいは……警備部隊ですか」

 プロテアの答えに、彼は頷いた。

 考えるまでも無く彼女は一般の騎士たちがそう言った場合に起用されるのは知っていたのだ。

 

「その通りだ、傭兵は雑用の為に雇われる連中じゃない。

 それなりに自衛が出来て、簡単に命令が下せる連中が必要だった。

 志願制だったそうだが、多くの一般騎士が花騎士の役に立てるのなら、と各国の騎士隊が参加を表明した」

 憂いを秘めた表情で、彼は周囲の戦闘痕を見やる。

 

「俺の当時の任務は、彼らの護衛だった」

「では、最前線で戦ったわけじゃなかったんですか?」

「だったら今、俺が生きているわけないだろう」

 自虐じみた笑みを浮かべながら、リンゴ団長はプロテアにそう言った。

 

「昔の俺はお世辞にも良い成績の団長じゃなかったからな。

 他にも何組かの騎士団を拠点にしていたこの防衛基地跡に残し、本隊が外で仕事をするって割り振りだった」

 そこまで話すと、彼はにやりと笑ってチューリップ団長を見た。

 

「と言うわけだから、お手軽に当時の討伐隊の体験をさせてやろう。

 俺の部隊貸してやるから、基地内の害虫を全滅させろ」

「ええッ!?」

 リンゴ団長の無茶振りに、チューリップ団長は仰天した。

 (おのの)く彼は、しかしすぐに落ち着いた。

 自分の部隊ならともかく、リンゴ団長の部下を使って害虫の掃討ができない方が難しいからだ。

 

「俺はちょいとやる事あるから、リンゴちゃんとクロユリは連れてくぞ。

 サクラ、危なくなるまで全部こいつの判断でやれ。俺のやり方は忘れろ」

「はい、分かりました」

「ちょ……」

 殆どサクラ頼りでいようと思っていたチューリップ団長に無情な条件を突き付けて、リンゴ団長は二人を連れて行った。

 

「えぇ……」

 男一人残されて、途方に暮れるチューリップ団長。

 右を見る、プロテアの苦笑。

 左を見る、サクラの微笑み。

 両手に花とはこのことだった。当人は緊張して顔が強張っていたが。

 

「ええと、とりあえず班割を教えて貰えませんか?」

「班割ですか? えーと、どういう班割だったかしらー?」

 とぼけるように首を傾げるサクラに、彼は全てを察してかくんと頭を倒した。

 

「ああもう!! 俺のやり方なら、相談とかしても構わないですよね!!」

「そうですねぇ」

「とりあえず索敵が出来る人!! 周辺に敵が居ないか探して!!

 そしたら高所の確保、そんで高いところから害虫の動向の把握!!

 そんで片っ端から撃破だ!!」

「細かい戦術はどうします?」

「人類最強の戦術で!! 要するに、囲んで棒で叩け!!」

 プロテアの前で無様を晒せないからか、やけくそ気味に指示を飛ばすチューリップ団長。

 

「各個撃破ですね。分断か、誘き寄せるか、いかがします?」

「とりあえずそれは敵の位置を把握してから!!

 ああでも、それまでに班割を考えないと!!」

 サクラはメンツを潰したり失敗しない程度にチューリップ団長の害虫掃討を手助けするのだった。

 

 

 

 

 

 

「悪いな、手伝わせちまって」

 リンゴ団長がリンゴとクロユリを連れてやってきたのは、防衛基地跡の中心部だった。

 半壊したドーム状の屋根が特徴的なこの場所は、司令部として機能していたようだった。

 三人はその作戦会議室へとやってきた。

 

「やっぱり遺品になるようなモノは全く無いな」

 変色した血の跡が散乱した机や椅子に大量にこびり付いている異様な室内のがれきを端に寄せて、団長が呟く。

 

「この場所で戦闘が有ったのか……」

 クロユリは周囲の状況から顔を顰めてそう判断した。

 

「……あれは戦闘なんてもんじゃなかった」

「だろうな、こんな中枢に攻め込まれている時点で戦いになるわけがない。

 抵抗の形跡が少ないのを見るに、殺されたのは団長たちか」

 同伴した一般の騎士隊の人間のものかもしれないが、彼らが作戦会議室に居るのは不自然だったので、クロユリはそう言った。

 

「丁度、そのあたりだ」

 団長が部屋の中心近くを指差す。

 

「俺たちは討伐に向かった主力が帰ってこないことに疑問を抱き、明日にどういう対応をするか話し合っている最中だった。

 突如として、そこに空間の歪みが現れた。

 そして、俺たちは見た。歪みの奥で一面が血の海に染まり、害虫に貪り食われている同胞たちの姿を!!」

 それが地獄のような光景だったのは、声を荒げて当時の恐怖を思い出している彼を見れば明らかだった。

 

「俺は、いち早く逃げた。

 異常事態を察したからじゃない、怖くなったからだ。

 当然、空間の歪みから出て来ようとしてきた害虫たちに次に餌食になるのは俺たちだったのだから間違いじゃ無かったが、俺は仲間を省みずに逃げたのだ」

「……団長さん」

「だが結果的に、俺は生き延びた故に重荷を背負うこととなった。

 この部屋に現れた害虫を何とか撃破し、悪夢のような一夜が明けると、この基地に居る生きた騎士団長は俺一人だけになってしまっていたんだ」

「それは……」

 それがどのような意味を持つのか、リンゴには分かってしまった。

 

「それは仲間を見捨てて逃げた俺に与えられた罰だったんだろう。

 俺は基地跡に残った全ての花騎士の指揮を引き継ぐこととなったのだ」

 彼はその時、何百人もの命を預かる羽目になったのだ。

 

「さて、そろそろか」

 

 

 

 

 

「とりあえず、この周辺の害虫の総数は21体。

 迅速に戦闘を終わらせて、順調に各個撃破しているようですねぇ」

 そのサクラの報告を聞いて、チューリップ団長はホッと一息をつけた。

 

「どんな編成でも戦えるよう訓練されているならそう言ってくださいよ」

「団長さんがあなたにさせたかったのは緊迫な状況下での判断などでしょうから。

 それに、この程度で手こずるようなやわな訓練を積んでいませんわ」

 優美に微笑むサクラに、団長はようやく脱力して肩を落とした。

 

「それにしても皆さんすごいです。

 こんな魔力が薄い場所で普段通り戦えるなんて」

「この地域での戦いを想定した訓練もやってましたから。

 全身に重りを付けて、湿ったタオルで口と鼻を覆ったりしながら走り込んだり模擬戦をしたり」

「そのうちバブルロータスの中でも戦えるよう訓練するとか言い出すんじゃないの、あの人」

 魔法使い故に感心しているプロテアに、団長はそこまでするかという表情だった。

 

「結局俺が指示を出したらサクラさんが最適化してさっさと実行に移しちゃうし。

 俺なんて要らなかったでしょ、もうサクラさんが指揮官でいいじゃん、以前ここで指揮官やってたんでしょう?」

 リンゴ団長の部隊の的確な行動に、自分が真似できないと悟ると彼は何だかいじけ始めていた。

 

「そうでしょうか? 団長さんは私は指揮官に向かないからと緊急時以外は大まかな判断はさせて貰えませんけど」

「でも、サクラさんは上位騎士ですよね?」

 社会的地位のトップクラスのプロテアが不思議そうに、花騎士の最上位に立つサクラにそう言った。

 そう、本来部隊指揮を許されない中位騎士のランタナに遊撃隊を任せているのに、本来一部隊の指揮をするべきサクラは本来中位騎士の立ち位置である副長止まりなのだ。

 

「普段は意見を求められるくらいで、私から何かを言うことは少ないですね。

 小隊も任せられたこともないです」

「それって凄く才能の無駄遣いじゃ……」

「私としては、目の前に戦いに集中できて以前の部隊よりずっと戦いやすいんですけれどねぇ」

 サクラの言葉に驚いたような表情になっている皆に彼女はそう言った。

 

「昔、団長さんが言ったんですよ。

 国家防衛戦で、あそこに孤立して害虫に袋叩きにされている五人の小隊が有る。お前は十人の部隊の指揮官だ。どうするって。

 私は勿論状況によってはそのまま行ったり、周囲から救援を求めて助けに行くと答えたんです。

 じゃあやっぱりお前にな指揮官は向いていない、と言われました」

「……ああ、つまり助けないと言う選択肢は?」

「有りませんねぇ」

 微笑みながら頬に手を当て彼女はチューリップ団長にそう答えた。

 

「私の部隊が助けに行って、部隊の十人が負傷し、結果十五人が戦えなくなるかもしれない。

 助けに行かなければ五人が永遠に戦えなくなるかもしれないと私が言ったら、お前たち十人が抜けた結果、防衛線に穴が開いてそこを破られるかもしれない。

 そうなったら害虫が雪崩れ込み、何十人、何百人の無辜の民が殺戮されるだろう、と」

「常に最悪を想定し、それに備え、時には仲間を見捨てる非情な判断をしなければならない。

 士官学校ではまず最初に教わる事ですね」

「ええ、ですから、私には指揮官は向いてないかなぁって思うんです」

 なぜか少しだけ嬉しそうに彼女は言った。

 

 当然それくらいの思慮深さはサクラも持っているとチューリップ団長は思っている。

 何だかんだで彼女ならさらっと何でもない風に助け出せてしまうのかもしれない。

 だがそれは、指揮官の資質とはまた別なのだ。

 選択肢が無いと言うのは、結果的に視野を狭めると同義なのだから。

 

「そうそう、私はそろそろ採取に向かうわよ」

 頃合を見計らってか、イエローチューリップがマイペースにそう言った。

 

「えッ、姉さん、せめて掃討が終わってからでも」

「皆も連れてくし、場所もすぐそこよ。

 幾らでも採れるうちにいろいろ試したいもの」

 団長をちょっと困らせて楽しそうにしている彼女に対して、彼は彼で護衛対象と彼女の顔色をキョロキョロと伺っていた。

 

「私は構いませんよ。

 五番目の私より彼女を優先したらどうですか?」

「ふぁ!? なんでそれを!?」

 プロテアも便乗して意地悪くそう言うと、団長は目に見えて狼狽えた。

 

「あ、リンゴ団長だな、全くあの人は!!

 あれは緊急時の優先順位で!! 今は護衛任務の最中だからプロテアさんを優先って言うか!!」

「へぇ~、プロテア様は五番目なんだ」

 イエローチューリップはニヤニヤしている!!

 実に良い空気を吸っていた。

 

「リンゴ団長に張り倒されてた頃が懐かしいわね~。

 彼に食って掛かろうとして、姉さんに諌められてしゅんとした時とかもう」

「やめて、やめて!!」

 当人は既に黒歴史らしく、真っ赤になって慌てふためいていた。

 

「どんな感じだったんですか?」

「トリアージの時に使う色つきの紐が有るでしょう?

 アレをカバンから出して、どんなに助けたくても、選ばなきゃならない時が有るんだって。

 あれで決める時は決めるから姉さんはズルいわよね」

 トリアージとは患者の具合によって治療の優先順位を決めることである。

 それに使う紐を彼女は常に持ち歩いているくらい、花騎士の戦いは過酷だということだった。

 

「怪我を治せる医者だから白姉さんは最優先、薬の扱いに長けているから黄姉さんは二番目、赤姉さんは一番強いから殿をする為に四番目、必然的に紫姉さんが三番目」

 ぽつりと、どこか観念したようにチューリップ団長は呟いた。

 

「お前が動揺している間に全員死ぬんだよ、か。

 実際に、居るはずの無い場所に出現した害虫に動揺して手間取って、誰も助けられなかった役立たずには効いたよ、あの言葉は」

 苦い顔をしながら、彼はかつての苦渋の味を思い出す。

 そんな彼を見て、プロテアは複雑そうな表情をしていた。

 

「じゃあ、私たちは行ってくるから」

「もうちょっと感傷に浸らせてくれてもいいんじゃないかなぁ、姉さん!!」

 彼の声も虚しく、イエローチューリップは同僚と一緒に目的の場所に向かって行ってしまった。

 

「まったくもう……」

 相変わらず人生楽しそうだなぁ、と思いながら団長はため息を吐いた。

 そんな時だった。

 

「大変大変大変大変態変態変態!!」

 何やら慌ただしい様子で、ランタナが走ってきた。

 

「あっちから、百匹以上の害虫が来たんだけど!!」

「なんだって!?」

 ランタナの報告に、その場に緊張が走った。

 

「そんな、まさか!!」

 その報告にプロテアは驚愕した。

 驚く彼女に対して、キリンソウはなぜか首を傾げていた。

 

「ど、どうすれば!!」

 そんな風に一瞬動揺したチューリップ団長だが、すぐに表面上は落ち着いているように取り繕った。

 

「サクラさん、とりあえず全員を集めて!!

 誰か、姉さんやリンゴ団長を呼び戻して!!」

 冷静に、最善と思われる指示をした彼に、サクラは神妙に頷いた。

 

 そうしてその指示を実行すべく走り出した彼女の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 




次回、『指揮官の真価』


――花騎士クイズ――
問題です。
雪合戦イベントの登場人物の中で、リンゴ団長は彼女らを一方的に叩きのめす為、自分の部下以外に一人だけ内通者を仕込んでいました。
それは誰でしょう?

答えは次回!!
描写し忘れた小話を後から出していくスタイル。

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