貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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次は早く投稿できると言いながら、遅くなりました。
冬場は暖房がないうちには指がすぐ冷たくなって厳しいです(><)

今回雑談ばっかりです。
思いのほか長くなったので、この話の続きは次回になります。



魔王の所以

「あれ、今日はチューリップ団長はおられないんですか?」

 八月も半ばまで過ぎた頃、うだるような暑さに辟易しながら団長の定例会議に参加したハナモモ団長は蒸し暑い室内を見渡して開口一番にそう言った。

 

 その日、いつもなら真っ先にその席に座っている筈の経理担当の姿が無かった。

 

「奴なら、闇の力の制御を誤り、封印処置だ」

「熱中症? いえ、過労で倒れたってことですか?」

 キンギョソウ団長の婉曲で仰々しい表現を経験則で訳すと、彼は重々しく首を横に振った。

 

「それじゃあどうして……」

「多分、理由はこれだろうな」

 リンゴ団長が手に持っていた紙面を折りたたんで差し出してきたので、ハナモモ団長はそれを受け取り開いてみた。

 その新聞の見出しには、こう書かれていた。

 

チューリップ団長、やはり破局か!?

 

「あぁ……」

 新聞の見出しはそれだけで大よその記事の内容を察せるように出来ている。

 この見出しも十分にその機能を発揮しているようだった。

 

「何があったんでしょうか?」

「分からん」

 全てを察して何とも言えない表情をしているハナモモ団長の問いに、彼と親しいリンゴ団長もきっぱりとそう断言した。

 記事にも彼の失意の様子が鮮明に描写されているだけで、あまり詳しいことは掛かれていなかった。

 

 珍しく出席しているナズナ団長にも視線を向けてみるが、彼も困ったような表情でいるだけだった。

 とりあえず会議の時間までもう少しあるので、タオルで額に浮かんだ汗を拭いながらハナモモ団長は席に着いた。

 

「もしやとは思うが」

 何やら難しい顔をしていたキンギョソウ団長が呟く。

 

「我が呪詛が奴を無意識に蝕んでいたのやもしれぬ」

「と言うと?」

 その後の彼の言葉をまとめると、こんな感じとなった。

 

「つまり、プロテア殿の立場を上手く利用しろと言って引き合わせたのが回り回って破局の原因になったんじゃないかってことですか?」

「まあ、最近のアイツの行動を見るに公私の区別がついてなかった気もするがな」

「ああ聞きましたよ、デートに記者が付いてったとか」

「仕事もプライベートも効率を求めるのがあいつの悪い癖だからな」

 訳知り顔でリンゴ団長はそう言った。

 

 時間だから先に始めておこう、とナズナ団長が口にして、皆がそれに頷いた時だった。

 

「失礼します、会議中の所申し訳ありません」

 こんこん、とドアをノックする音と共に、件の中心の人物が姿を現した。

 そう、プロテアだった。

 

 

 

「実は皆さんに折り入ってご相談があるのですが、会議の終わり頃に改めてお伺いしますので、何時頃まで掛かるでしょうか」

 チューリップ団長の欠席を伝えたプロテアは、何やら浮かない様子でそんなことを尋ねた。

 

「あいつが居ないなら急な案件も無いですし、今からでも大丈夫ですよ」

 と、リンゴ団長が先を促した。

 では失礼して、とチューリップ団長の席に座ったプロテアが話を切り出した。

 

「最近になって、私もちゃんと他の議員の皆さんに元老院の一員として認めて頂けるようになったのか、議場での発言を求められることも多くなりました。

 なので自分の意見を通すコツというものが分かってきたんです。

 だからでしょうか、それまで雑務を押し付けてきたり、議場に入れないようにされたり、会議の日時を誤って伝えられたりと言った嫌がらせは無くなったんですが」

 聞くだけで不愉快になりそうな嫌がらせを何でもなさそうに言うプロテアに各々は顔を顰める。

 

「各国騎士団が共同でコダイバナに討伐隊を定期的に派遣しているのは団長さん方もご存じの通りだとは思いますが、先日反花騎士派の方々とお話する機会が有りまして、その時に我が国の派兵の規模を縮小し討伐ではなく防衛に専念するべきだという議題を提出する旨を先んじて私に話してくださったんです」

 プロテアのその言葉に対する各団長の反応は様々だった。

 

「揺さ振りを掛けるか、いやらしい手を使う」

「そもそも、なんで反花騎士派なんて派閥が有るんです?

 害虫との戦いに花騎士が必要なのは分かりきってることなのに」

 普段の言葉使いを忘れ忌々しげに呟くキンギョソウ団長に、ハナモモ団長は純粋に疑問を口にした。

 

「反花騎士派とは主に軍資金の捻出を担当している議員達や税金を花騎士に大量に注ぎ込むのを嫌う大貴族などのまとまりで、厳密には花騎士の存在を否定している派閥ではない。

 おっと、話の腰を折ってしまったな」

「あ、いえ、実は私も彼らがどういう人たちなのかいまいち把握してなかったので」

 それを聞いたキンギョソウ団長は微妙な表情になった。

 

「勿論、その案が元老院の総意と言うわけではありません。

 慣例通りや、それ以上の戦力を送り込むべきだ、という方々も居るでしょう。

 ですが彼らは極めて論理的に、コダイバナ出兵は不毛だと語ったのです」

「であろうな、実りが少なすぎる。皆無と言っていい」

「はい。仮にコダイバナを取り戻せたとして、あの不毛の土地を得て何とするか。

 それに伴う犠牲、戦費、物資の損耗、おびただしい量になるだろう、と」

「さらに言えば、誰が管理するかでも揉めるだろう。各国共同だとしてもだ」

「私は、その意見に反論できませんでした」

 目を伏せて、プロテアは悲しそうにそう述べた。

 

「そんなの、正論の暴力ですよ!!」

 若きハナモモ団長はそう憤慨した。

 

「そんなの誰だってそう思いますって!!

 同じくらいの、平行線になるような正論を言うしか何もできないじゃないですか!!」

「あの地が悪魔の巣窟でなくとも、誰があの土地を欲しがるというものだ」

 キンギョソウ団長もそう応じ、ナズナ団長も重々しく頷いた。

 

 その意見は消極的であり、主導権を渡し続けるのは得策ではない、とナズナ団長は続けた。

 

「ああ、我も貴族の端くれとしてコダイバナへの派兵の不毛さは理解できる。共感も出来る。

 だがそれは貴族の理屈だ。脅かされる人々は、脅威は消えぬ」

「私もそう思います」

 そこでプロテアは、両目を閉じて無言を貫いているリンゴ団長へと目を向けた。

 

「リンゴ団長、あなたの意見を聞かせてくれませんか。

 実は私は一度でいいからコダイバナの地をこの目で見たいと思っています。

 失礼を承知でお願いしますがその護衛を、あなたとその部隊にお頼みしたいのです」

「…………」

「聞かせてください、かつて壊滅に終わったコダイバナへの討伐部隊に参加したことのある貴方の意見を」

 プロテアの真摯な言葉に、リンゴ団長は

 

 

「すぴー……」

 

 

 寝てるッ!?

 

 全員はがくりと脱力した。

 

「リンゴ団長!!」

「ん? ああ、聞いてた聞いてた。

 じゃ、終わったなら今日のランチはどこで食うか決めようぜ」

「そうじゃなくてですね!!」

 プロテアはもう一度先ほどの話を簡単にまとめて繰り返した。

 

「ですので、コダイバナ討伐に関しての意見を聞かせてください!!」

「その前にひとつ、プロテア様、聞きたいことが有るのですが?」

「なんでしょうか……」

「では」

 リンゴ団長は改めてプロテアに向き直った。

 

「好感度・咲の方のイベントで、あなたの胸が小ぶりだと言う描写が有りました。

 そのボリュームで小ぶりってのはちょっと無理があるんじゃないんですかね?

 個人的にはまことに遺憾だと申し上げる。何ですか? ゼラニウムちゃんとかが“大きい”の基準なんですか?

 あれ以下が普通で、手に収まる範囲なら小ぶりですか?

 個人の主観があるにしてもこればっかりは自分は許せな―――あいて!?」

 急に語りだしたリンゴ団長を、どこからともなくハリセンを取り出したハナモモ団長にぱしーんとやられた。

 

「リンゴ団長!! 真面目な話をしてるんですよ!!」

「俺にとっては真面目な問題なんだよ!!」

 声を張り上げるハナモモ団長に、逆上してリンゴ団長も怒鳴り返した。

 

「婦女子に対して無礼が過ぎるぞ、我らが魔将よ。

 同胞が失礼した、彼は自分に不都合な話題になると三枚目を演じるのだ」

 顔を赤らめて恥じらっているプロテアに、キンギョソウ団長が取り成した。

 

 それでどうなんだ、とナズナ団長が視線を向けると、リンゴ団長も煙に巻くのは無理と判断したのか溜息を吐いた。

 

「そもそも、だ。なんで俺が戦いに勝てるか、分かるかい?」

「えーと、鍛え上げた精鋭の花騎士を揃えているからですか?」

「じゃあ騎士学校上がりの新人ばかりで勝ち続けても良い。

 それができたとして、その理由は何だと思う?」

「それは……」

「簡単だ。勝てない勝負をしない、俺はそれに徹している。だから俺は負けていない」

 余りにもシンプルなことを言うので、プロテアは思わず口を(つぐ)んだ。

 だが言われてみれば当然のことだ。

 勝てない戦いをして、生きている道理はない。

 

「例えば、村を守る戦いがあったとする。この場合の勝利条件はなんだ?

 害虫を全滅させても、村が全滅したらそれは勝利とは言えない。

 だが村を守る戦いはリスクを伴う。リスク、即ち不安要素だ。

 守ると言うのは庇うと言うことであり、味方の負傷の可能性を飛躍的に高める。戦闘の最中に荷物は軽い方が良いのは当然だな、

 だから俺は村を守る戦いではなく、遊撃戦で害虫を仕留める選択をするだろう。

 ここで重要なのは、戦いにおいては主導権が何よりも大事だと言うことだ」

 女性の胸のことを語る事のように、流暢(りゅうちょう)にリンゴ団長は語り出す。

 

「では、コダイバナ討伐の勝利条件とはなんだ?」

 ここでリンゴ団長は問題を提起した。

 

「それはここで論議していたな。そう、コダイバナの地の奪還だ」

 やっぱり聞いてたんじゃないですか、というプロテアの視線を無視して、彼は話を続ける。

 

「それを前提とする場合、勝てる勝負をする要素が必要だった。

 つまりは拠点、補給線、地の利、味方との連携、十分な物資、敵の情報だ。

 これまで千年もコダイバナを奪い返せなかったのはその要素を欠いたからであり、そのままだったらこれから千年もコダイバナは虫どもの巣窟のままだ」

 その目で地獄を見てきた男の言葉は重かった。

 この千年、人類はやみくもにコダイバナに挑み続けてきたと痛烈に批判していた。

 

「そう言うわけだから、俺は無意味にあの地に近づくのは賛成しない」

「無意味に、ですか」

「貴族の漫遊には付き合えないって言ってるんだよ」

 ここに来てハッキリと、リンゴ団長はプロテアの要請を拒否した。

 

「勘違いしないでほしいが、俺はあなたのことを好ましいと思っている。

 政治家なんてのは現場のことなどちっとも知ろうともしない、その点現場を良く知ろうとする貴女はとても素晴らしいと思っているが、幾らなんでも場所が悪すぎる。

 俺はあの地での敗北で心折れた臆病者だ。もう嫌なんだよ、あの地に仲間の血を吸わせるのは」

 心底煩わしそうに語る彼に、彼女は掛ける言葉は持っていなかった。

 

 そこで、では自分が代わりに護衛を務めよう、とナズナ団長が名乗りを上げる。

 

「え、本当ですか?」

 彼はプロテアに頷いて見せると、意味有り気にリンゴ団長を見やる。

 そしてその場で、護衛に適した花騎士の名前を告げ始めた。

 

「おい」

 リンゴ団長が、怒気を発して立ち上がった。

 彼が上げた面々は、全員がこの男の知り合いばかりだったからだ。

 当然、知り合い程度で終わらなかった者も多かったが。

 

「彼女たちを死地に送ると言うのか、お前は」

 花騎士にとって死地ではない戦場など無い、とナズナ団長は笑みさえ浮かべてそう答えた。

 そして、気に入らないのなら自分でやればいい、と挑発的に返した。

 

「分かった。お前の挑発に乗ってやるよ。

 ただし一つ、プロテア様に条件がある」

「なんでしょうか?」

「あなたの予言の力を頼りにさせて貰いたい、と言うことだ。

 これが俺が最低限譲れない点だ」

「…………分かりました。それでお願いします」

 殆ど己の力を忌避していたプロテアも、思いのほかあっさりと承諾した。

 

「じゃあ、そちらで日程が決まったらこっちに連絡をください」

「ええ」

 プロテアはホッとした様子でリンゴ団長に頷いて見せた。

 あわや一触即発の空気だった会議室の中の空気も弛緩し、溜息が漏れる。

 

「ところでリンゴ団長、その連絡はサクラさんに伝えればよろしいですか?」

「うん? なぜだ、うちの補佐官はリンゴちゃんだぞ」

「たった今、サクラさんが私に謝っている光景を予知したからです。

 あなたは地面に正座をさせられていて、サクラさんは集合時間と場所をわざと間違って伝えられた、と言っているように思えます」

 プロテアがそう言うと、リンゴ団長はまるで心の中を見透かされたかのように驚いた表情になり、他の団長に白い目で見られて決まりの悪そうに顔を逸らした。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 プロテアの護衛依頼の当日。

 リンゴ団長旗下の部隊はプロテアが乗る馬車を彼女の親衛隊と共に護衛しつつ、着実に西の地へと移動をしていた。

 

「何だか最近あいつの回りが騒がしいが、実際の所どうなんでしょう? プロテア様」

 馬車に揺られる団長は、道中の雑談の内容として彼女にそんな言葉を投げかけた。

 

「別にちょっと距離を置いているだけですよ。

 少し彼が大げさに受け取っているだけです。私は彼のことを嫌いになったりしていませんし」

 チューリップ団長との騒動をプロテア自身はそのように軽く答えた。

 

「ただ、政治的な後ろ盾を彼に頼り過ぎていた、と気付いてしまったんです。

 政治家と言うのは個人では無力なのは痛いほど理解していますけど、それではいけないと思い至り、一度距離を置いて、そのついでに彼と言う後ろ盾と疎遠になって私から離れていく人物をふるいに掛けようかな、と」

「それであの報道ですか。貴女もしたたかになりましたね」

「正直なところ、周りの目にも辟易してたところもありますし、ここでお互いの距離感をリセットしておきたかったというのも理由の一つでしょうね」

「それは、英断でしょう。

 あれの舞い上がり振りは一度冷や水をぶっかけられた方がいい。

 昔手痛い失恋をしたそうですし、身の程を弁えた付き合い方を覚えるでしょう」

「昔、ですか……」

 プロテアは少し黙り込むと、再び口を開く。

 

「彼は、私達の知らない別の大陸から漂流してきた異邦人だそうですね。

 彼は私たちの常識や発想が違うので、話していて飽きませんし、だからこそ色々なことが成し遂げられたのでしょうね」

「あなたが忌避していたその力を使うのに躊躇わなくなったのも、奴の影響ですか?」

 団長の言葉に、プロテアは小さく頷く。

 

「彼はキンギョソウ団長に、死色の魔王なんて呼ばれてますよね?

 あの四姉妹と色に掛けて、死色と」

「あの人の呼び方はいちいち大げさですからね」

「私は、そうは思いません」

 プロテアは真顔だった。彼も思わず口を閉じた。

 

「彼の部隊に配属されてすぐ、彼とこんな話をしました」

 

 

 

 ………

 …………

 ……………

 

 

 

「プロテア様は、自分の予知能力についてどこまで把握しているんですか?」

 執務室での仕事の最中、チューリップ団長は仕事の合間の雑談としてそんなことを言ったのです。

 

「どこまで、と言われましても。

 私はこの力を使わないようにと戒めていましたから」

「どう使おうとも不幸にしかならないから?」

「ええ、ある種のジレンマですね」

 私の予知は私の知る限り外れはありません。

 そしてそれを変えようとして支払った代償はあまりにも多かったのです。

 それこそ、自分の能力の限界を試そうと思えなくなるほどに。

 

「予知能力にもいろいろあるよね。

 夢で見たり、水晶とかの触媒を通したり、精度が良くなかったり、抽象的で曖昧なものしか分からなかったり」

 訳知り顔で彼はそう事例を述べました。

 彼は魔法の資質が無いので、魔法という物に幻想を抱いている節が見受けられるのです。

 それが高じて開発に口を出せるようになってるのですから、好きな物に対する姿勢は凄いとは思いますが。

 

「あとは、予知の結果が変えられないタイプや、変えられるタイプ。

 キンギョソウちゃんは前者で、貴女は後者だね。

 プロテアさんの場合、そこから予知の結果を変えると反動が出るタイプに分類されるわけだ。

 そうなると、一体何が作用しているのかが疑問になるね」

「それはどういう意味ですか?」

 創作だけれど、と彼は前置きして私の疑問に答えてくれました。

 

「運命を変えた結果、どういう法則で反動が出ているかってのもいくつかパターンが有るんだよ。

 この世界の意志だとか、神的な上位者が気に入らないだとかで、つじつま合わせだとか物語の整合性だとか理屈を付けて人間を翻弄するのさ」

「そういうものなんですか?」

「いや、実際にどうなのかは分かるすべはないと思うけどさ」

 そこまで言ってから、彼はふとこんなことを口にしました。

 

「そうだ、プロテアさんは一人の人間の命を助けた結果、数十人の運命を変えてしまったと思っているんだよね?」

「はい、私にはそうとしか思えないんです」

「じゃあさ、今度は害虫を助けてみない?」

 彼の言葉に、えっと私は彼の顔をまじまじと見てしまいました。

 

「例えば、ある騎士団に倒される害虫の姿を予知したとするじゃない?

 それを阻止するとしたら、今度は逆に害虫が数十匹死ぬ運命になるんじゃないのかな?」

「その発想は有りませんでしたね」

 私が心中を吐露すると、彼は無邪気に笑いました。

 

「村を襲撃した害虫の群れを撃退した予知を覆せば千匹の害虫を。

 町を滅ぼそうとした害虫たちを撃退した予知を覆せば一万匹の害虫を。

 国を滅ぼそうとした害虫の進行を妨げたと言う予知を覆せば、この世の害虫全てを滅ぼせるかもね」

 それは、彼にとって吸血鬼の倍々ゲームのような話に過ぎなかったのかもしれません。

 ですがそれを楽しそうに語る彼に、思わずゾッとしてしまったのです。

 

「そのように動いた結果、報いを受けるのが私たち人間だったらどうしますか?」

 国一つ差し出せば、全ての害虫を滅ぼせる。

 それが結果的にどんなに安い買い物だとしても、私たちにそれを選ぶことはできません、

 それは、努力の放棄に他ならないのですから。

 そして大抵の場合、そうやって安易に動いた場合の結果は知れているものですから。

 

「うん? その程度で滅びる人類なら、滅びればいいんじゃないのかな?」

 その言葉は余りにもあっさりと言い放たれたものですから、私も唖然(あぜん)としていたと思います。

 

「それってつまり、プロテア様の予知次第であっさりと世界が滅びるってことでしょう?

 たった一人の双肩に全ての人間の命が掛かるような世界なら、

 ―――そんな不健全な世界は滅びるべきだ」

 彼は迷いなく、当然のようにそう言い切りました。

 

 私は絶句しました。

 ですが、彼のその言葉に、不謹慎ですが少しだけ救われている自分が居たのです。

 

「もしプロテア様に世界を左右する力があるとするのなら、それはきっとプロテア様がそうしているのかもね。

 この世界で過ごす貴女は夢を見ているに過ぎなくて、何もかも夢の中で上手く行きすぎないようにそうしているんだよ」

 まるで神様だね、と冗談めかして彼は皮肉げに言いました。

 

「畏れるなればこそ、その全容を把握しようと努めるべきだと俺は思うけどね。

 生まれ持った素質に善悪なんてありはしないんだから」

 お前が自分の力を恐れ全て自分の責任に思うのは傲慢だと、そのように彼は言ったのです。

 

 私はそんなこと言われたことなんて無かったので、嬉しかったのです。

 己の力を隠して生きてきた、私には。

 

 

 

 ………

 …………

 ……………

 

 

 

「彼は私の予知能力を逆用して害虫を殺すとなったら、喜んで汚れ役を買ってくれるでしょう。

 その発想力と実行できる能力が、時々恐ろしく感じるんですよ」

 それが魔王の所以なのかもしれません、と彼女は苦笑した。

 

「俺がこの騎士団に参入した時、各々の団長に教導を行いました。

 その中でアイツは、唯一団長に向いていないから辞めろと直接言った相手でした。

 覚悟が足りない、とね」

 これに驚いたのは、プロテアよりも普段から覚悟なんて意味が無いと言っている彼の言葉を聞いている部下達だった。

 

「そもそも、覚悟とはなんだと思いますか?」

 団長に問われ、しばしの思案の後プロテアは答えた。

 

「最後までやり遂げることと、責任を負うということですね」

「その通りです。覚悟なんてものはしていて当然のもの。

 ましてや戦いに身を置く指揮官なら尚更だ。土壇場になって覚悟を決めるなんぞ、それまでそれが出来ていなかったって公言するようなもんだ。

 当時のアイツには、それが足りていなかった」

「想像ができませんね」

 先の話は、要するにプロテアの予知の反動で何か被害が発生しても、責任は自分が取ると言っているのも同義だった。

 元老院での召致の件でも、彼は場合によっては全部の責任を被るつもりだったらしい。

 そんな彼だったから、彼の奇行に少し辟易しながらも愛想を尽かしていないのだ。

 

「その教導の時、あの四姉妹も一緒に居てな。

 彼女らの目の前でアイツに言ったのさ。この四人にもしもの場合に切り捨てる順番を付けろ、とね」

「それはそれは……」

 その時の彼がどういう行動に出たのか目に浮かぶようで、プロテアは苦笑した。

 

「ふざけるな、って激昂したところをぶん殴ってやったよ。

 お前がそうやって動揺している間に全員死ぬんだってな」

 苦笑気味の団長は懐かしむようにそう言った。

 馬車に同乗しているプロテアの護衛のキリンソウはその言葉に何度も首肯(しゅこう)している。

 

「戦うと言うのは、失うことだ。

 守る為に戦うと言うのは、どれだけ減らさないかと言うことだ。

 俺はずっと、失ってばかりですよ」

 それが戦いの果てに得た彼の境地であり、悟りだった。

 

「私は彼のどのくらいの順番に居るんでしょうね」

「実はこの間、あまりに浮かれてたんで酒の席でそのことを聞いたんですが、聞きたいですか?」

「聞きたいですね!!」

 プロテアは前のめりになって話題に食いついた。

 

「ビールジョッキで二杯飲んだってのに、真顔になってこう言ったんですよ。

『五番目ですね。プロテアさんが死んだら悲しくて死にたくなるけど、姉さん達が居なくなったら俺は生きてる意味ないですから』って」

「それは、ちょっと意外だって思うのは自惚れですかね?」

「まあ、その後に、『俺の大切な人たちを奪った輩が出てきたら、持てるすべてを使って血祭りにあげてリリィウッドの広場に晒してやる』って言ってたんで、ほとんど同列五位なんでしょうよ」

「一体どこからそういう発想が出て来るんでしょうね……」

「民族性じゃないですかね。あいつ、自分の故郷は今でこそ平和ボケしてるけど昔は年がら年中内乱してたり他国と戦争ばっかしてたっつってたし」

「えッ、彼ってああ見えて戦闘民族だったんですか。何だか納得ですね」

 千年も害虫と戦っている自分たちを棚に上げて感心している二人だった。

 

「ところで、今回の件で何かあってもあいつが責任を取ってくれるんですかね?」

「……どういうことですか?」

「いやいや、あなたでしょう? 予知を覆すと、悲劇が起こるって」

「そうですね。私は今回の依頼をボイコットしようとしたあなたの行動を、もう既に四回も阻止しています」

 プロテアはにっこりと笑ってそう言った。

 それは彼らならこの困難を切り抜けられると、無上の信頼に満ちていた。

 

「貴族の道楽だってのは、取り消しますよ。あなたもあいつに大分影響されている。

 いやぁ、若人の成長を目の当たりにするのは実際複雑な気分ですよ」

 周囲の呆れたような気配を無視して、団長は外を見やる。

 

 

「そろそろ見えてきましたね。

 あれがこの世の地獄、コダイバナですよ」

 団長の乗る馬車から見える窓から、彼の苦々しい思い出が残る荒野が広がっていた。

 

 

 

 

 

 





結構前のイベントですが、監獄島の害虫の封印に島民の血筋が必要だって話になって、じゃあルドベキアちゃんリスクの分散の為に子孫残さなきゃねゲッヘッヘって思った人、手を挙げなさい。


ノシ

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