貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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遅ればせながら皆さま新年あけましておめでとうございます。
今回は唐突にメタな語り口調が入ったりします。もうしません。
でも、笑い話にしないとやってられないのです、ぐすん。
ある意味、年始からやけくそで書きました。


年末早々

 年末、ある出来事により正式にこの部隊の宿舎になった元仮宿舎で、団長と一部の花騎士たちは亀のようにこたつにこもっていた。

 

「こたつぬくぬく……」

「今年もだいぶ冷え込んでますよねー」

 どてらを着込んで寒さに震えている団長の横で、リンゴがみかんの皮を剥きながらそう言った。

 

「こういう時は左右を女の子で固めて温めあうのが一番なんだが」

「団長さん、ではこちらは私がお供します」

「うむ、あと誰か他に隣に来てくれそうな子は」

 団長はきょろきょろと室内を見渡した。

 正面のランタナと目が合ったが、あえて寝転がってパズルをやっているペポに狙いを定めた。

 

「おーい、ペポ、こっちに来ないかって、蹴るんじゃねえランタナ!!」

 露骨に無視されたランタナはげしげしとこたつの下で団長に足を向ける。

 

「だんちょ!! この美少女を目の前にして知らんぷりとは許せんな!!」

「美人は三日で飽きるというだろ? お前のことは見飽きたわ!!」

「なんだとコラぁ!!」

 子供同士のような攻防が、こたつの下で繰り広げられる。

 

「ちょっと、二人ともこっちにもあたってるんだけど!!」

 側面でぬくぬくしているエピデンドラムが被害を受けて抗議を挙げたその時だった。

 

「おーい、団長さん!! 雪降って来たよ、お外で遊ぼうぜー!!」

 と、テンション高めのキウイがドアをバーンと開けて入って来た。

 

「ヤダ」

「がーん!? そんなぁ……」

 すげなく断られたキウイは部屋の隅に移動して「の」の字を書き始めた。

 

「やっぱり団長さんは私みたいなおっぱい大きい子は嫌いなんだ。私要らない子なんだ……」

「いや別にキウイちゃんが嫌いってわけじゃ……。

 ただ胸がデカいと欲情しないだけだ」

「わーん!!」

 このロリコン色情魔は何を言ってもダメだと悟り、肘で脇に座っているリンゴをつつく。

 

「キウイさん!! 私はキウイさんのプロポーション最高だと思いますよ!!」

 団長の意を受けリンゴがそう声を挙げた。

 

「ホント……?」

「ええ、正直羨ましいですぅ、まったく、辛抱堪りません!!」

「リンゴちゃーん!!」

 今にも涎を垂らしそうな表情のリンゴに、キウイはむぎゅうと感極まって抱き着いた。

 

「むはぁ、むは……」

「キウリンが私たちの追熱、ですぅ」

「うむ」

 ヘブン状態のリンゴを遠目からぽわぽわしながら見ているリムナンテスに団長は大きく頷いた。

 

「ねぇねぇご主人!! 雪降って来たよ!! 一緒に遊ぼう!!」

「うるせぇ、雪なら故郷で見飽きただろうが!!」

「がーん!?」

 団長の塩対応に涙目になり膝を突くイヌタデ。

 

「あらあら、団長さんったらもう少し皆と遊んであげてもいいのに」

「サクラ、お前とてこのこたつの魔力に抗うのは難しい筈だ」

 丁度やってきたサクラはイヌタデを慰め始めた。

 

「団長さん、実はエトゥ神殿からイヌタデちゃんにオファーが来てまして。何でもエトゥ神殿では12種類の動物を年ごとに奉るらしく、来年は犬の年らしいんですよ。

 私もウィンターローズの霊峰で初日の出を見ようって、ウメちゃんやアイビーちゃん達と約束してまして」

「ふーん、行ってくれば? あれだろ、訓練の一環だって言う」

「ええ、団長さんは来られないんですか?」

「俺の三が日の予定は寝正月を堪能するって決めてんだ」

「そうですか、残念です」

 サクラは少し考えるような素振りを見せると。

 

「実はカンヒザクラちゃんっていう、私の妹分のような娘も参加するらしいので、もし会えれば団長さんに紹介しようかと思ったのですが」

 それを聞いた別のこたつを囲んでいるいつものモブ四人が同時に信じられないとでも言うような顔つきになってサクラを見た。

 

「ほう? 小さいか? いや、どこがとは言わんが」

「小さいですね。こう、抱きしめてわしゃわしゃしたいぐらいには可愛いですよぉ」

「ほうほう!!」

 団長はばっと立ち上がった。

 リンゴちゃんもほぼ同時に立ち上がった。

 

「気が変わった、今からエトゥ神殿に行くぞ!!」

「それじゃあ私は今から支度をしますね!!」

「うむ」

 リンゴの対応に満足げに頷く団長をよそに、サクラはこたつから出た四人に部屋の隅へと引っ張られていた。

 

「サクラさん!! どうしちゃったんですか!!」

「飢えた団長にエサをあげるような真似を!!」

「もしかして悪い物でも食べたとか!?」

「どこか頭でもぶつけたんですか!?」

「まあまあ落ち着いて、皆」

 サクラは興奮する四人に柔和な笑みを浮かべて諭した。

 

「団長さんにカンヒザクラちゃんを紹介すると言ったわね? あれはう……口実よ」

 サクラの対応は嘘とは言わずともそれに近いものらしかった。

 

「ウメちゃんからあの訓練にカンヒザクラちゃんも参加らしい、って手紙にあっただけで、彼女と会う約束とかしていないの。

 エトゥ神殿はこの時期大変賑わうし、事前の打ち合わせ無しで会うのは難しいわ」

 実際遭遇率はかなり低い。ピックアップが仕事しないのはよくある事であるのは諸兄諸君も良くご存じの通りだった。

 

「ほッ……」

「それなら大丈夫ですね」

「確かに」

「うんうん」

 そのサクラの言葉に安心する四人。

 

 しかし彼女たちにも予想外なことはある。

 例えば、団長が思いのほか気合を入れ(課金し)て今回の行事に挑んだことだった、とか。

 

 

 

 §§§

 

 

 エトゥ神殿では、此度の行事に参加する騎士団の花騎士たちが霊峰への出立する準備をしていた。

 それは、サクラがウメと合流し、アイビーを探している最中だった。

 

「あれ、もしかして、ウメ師匠とサクラお姉ちゃんですか!?」

「か、カンヒザクラちゃん……」

 ロリっ子に対する遭遇率は決して低くない団長の運命力は、今後の展開に問題ないくらいにはあったのだった。

 

 

「ほうほう、君がカンヒザクラちゃんか」

 ウメは額に手を当てて溜息を吐き、サクラは引きつった笑みを浮かべた。

 低身長、薄い胸部、控えめな性格という団長の好きな女の子三大要素を彼女は持っていた。

 

「ぐ、偶然ね、カンヒザクラちゃん……」

「さあサクラ、紹介しろ、ハリー、ハリー!!」

「そんな約束をしたのか、サクラ?」

 いつもより若干低い声でウメは言いながらサクラを見やった。

 

「ウメちゃん、逆に考えましょう、今のうちにカンヒザクラちゃんの団長さんに対する耐性を付けさせるのよ」

「言っていて苦しくないのか、それ」

 とは言え出会ってしまったのは仕方がない。ガチャで二人分も出て来てしまったのだから、この二人にとっては運が無かったのだろう。

 

「お二人とも、もしかしてこの方が?」

「その、なんだ、うむ、この人が以前話した私達が学生時代に世話になった、まあ、これまでの戦歴などを含めて尊敬している団長さんだ」

「なんでそんなに歯切れ悪い言い方なのかな!! ウメちゃん!!」

 団長は不服そうに声を挙げたが、それ以外の全員は然もあらんと言った表情だった。

 

「お二人からはとにかくすごい方だと伺っています!!

 でも、どのようにすごいかまでは聞いてはおりませんでしたわ」

「ああ、団長さんは凄い人だぞ、なにせ」

 キラキラとした視線を団長に向けているカンヒザクラに、ウメはこう言った。

 

「――サクラを本気で怒らせることができる人だからな」

「そ、それは凄まじく凄いですわ……」

「ほかに何かあるだろ、なあ!!」

 その言葉に畏怖と共に戦慄したカンヒザクラだった。

 

「ですけど、私が少々やんちゃだった頃でさえ、私はサクラお姉ちゃんが本気で怒ったお姿を見たことが有りません。

 一体何をなさればサクラお姉ちゃんを……」

「ああもう分かった分かった!! 今回は顔合わせだけにしとく!!

 口説きもしないし他も何もしない!! だからこの話は終わりだ、な!!」

 

 

 

「それにしてもウメちゃんに弟子なぁ……」

 カンヒザクラと別れて、団長はしみじみとそう呟いた。

 

「教え子に教え子ができるっていうのも、何だか感慨深いもんだ」

「私としてはまだまだ己の未熟を痛感していますよ」

「君はもう十分花騎士として完成してるだろう。

 花騎士の力は年齢では衰えないが、それとはまた別に花騎士の寿命は10年がせいぜいだ。

 後進育成を考えるのも良い時期だろう、ウメちゃん」

「“ウメちゃん”だから、ですよ、団長さん。

 それにサクラが現役のうちは剣を置くつもりはありません」

「別に子ども扱いしてるつもりはないんだがなぁ」

「全く子ども扱いされないと言うのも、なんだか寂しいものよ、ウメちゃん」

「そうだろうか」

 年長三人がそんなことを話しているとだった。

 

「リンゴ団長ーー!!」

 涙声で叫びながら、彼を呼ぶ声があった。

 

「チューリップ団長、どうした?」

 その声の主は同僚であった。

 

「実は先日、ベルガモットバレーに開発を委託していた代物がようやく完成したんですよ」

「ふーん、それで?」

「せっかくだからここで使ってみようって思って、輸送をお願いしたら害虫に襲われ積み荷を奪われたらしくて……」

「一体何を開発したのですか?」

 顔面蒼白になって取り乱している彼を見て、ウメが尋ねた。

 

 チューリップ団長が開発するのは有用な物ばかりで、この間などは学会から異例の名誉教授の称号を授与されたと言う。当人は嬉しがって無かったが。

 

「キャメラ!! カメラですよ、カメラ!!」

「カメラ?」

「そう!! 何とか物の概要だけ伝えて三年の月日を掛け、ようやく完成に漕ぎ付けたんです!!

 ああクソ、こんなことなら工学専攻にしとけばよかった!!」

「それはどういう道具なんですか?」

「ええと、要するに、風景や人物を一瞬で精密に写し取ることができる道具と言いますか……」

 小首を傾げているサクラに、チューリップ団長は何とか概要を伝えた。

 多分、スプリングガーデンにカメラは無い。こたつは有ってもカメラは無い。後からカメラ持ってる子が出てきても作者は知らぬ存ぜぬである。

 

「この道具があれば、害虫の姿を詳細に把握できるって名目で作らせてたんですよ!!

 いやぁ、こっちの魔法工学技術は侮れませんね、白黒を通り越してカラー写真まで実用化しましたし、それなりのコストで量産も視野に……」

「話がずれてるぞ」

「あ、すみません、先輩。それですね、せっかく完成したカメラを使って姉さん達やプロテアさんの晴れ着姿を映して保存しようと思って持ってこさせたら、害虫どもに奪われたと……」

「それは失っても取り返しがつかないのか? 唯一無二の試作品だとか、そう言うのなのか?」

「いえ、全然。全部隊に配備を検討していたので、量産体制は完備してますから。

 ただ、姉さん達とプロテアさんのレアな姿を撮り逃すだけです」

 しれっ、とチューリップ団長はウメにそう言った。

 

「でも、現在の技術で最高の一品です。それを害虫にくれてやるなんてあまりにも!!」

「なあ親友、つまりは、そう言うことだろう?」

 我らがリンゴ団長は、彼の肩に腕を回してにまにま笑いだす。

 

「ええ、先輩、取り戻してくれたら、後日同等の代物を個人的に進呈します」

「よっしゃ、任せろ後輩。使える手勢を集める」

「ですが団長、今から害虫討伐に向かえば、霊峰に向かうのに支障が出ますよ」

 サクラは己の団長にそう懸念を告げる。

 ワールドマップを見れば分かる事だが、エトゥ神殿と霊峰は正反対とまでは言わないが結構遠い。

 わざわざこの場所から数日かけて行くのは、この訓練は儀式的な側面が強いからである。

 

「別に俺は初日の出とかどうでもいいし、ぶっちゃけめんどいからここでお前らが帰ってくるまで宴会してるつもりだったから問題ない」

「でも、リンゴちゃんは楽しみにしてましたよ?」

 サクラは現在行軍準備で別行動中の最中である彼の相棒を引き合いに出した。

 

「ならリンゴちゃんは連れて行けばいい、俺と彼女は離れてても一心同体よ。

 お前たちが全員居なくても、やり様は幾らでもある」

「話は聞きましたよ、団長さん!!」

 そこで現れる、我らのリンゴちゃん!!

 

「私は団長さんにお供しますよ!!

 ですので、チューリップ団長、カメラを取り返したあかつきには、えっへへ」

「うんうん、使わせてあげる」

「むっはー!! 今の私はリンゴちゃんではありません、スーパーリンゴちゃんです!!」

 リンゴちゃんのやる気がどこぞの戦闘民族みたいに黄金のオーラとなって噴き出していた。

 

「よーし、それでこそ我が同士よ。

 それじゃあ、討伐に参加してくれる面々を探すか」

 そんなこんなで、予定外の討伐の仕事が発生したのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「おや、おやおや!!」

「あ、団長!!」

 団長が急遽討伐作戦の人員を募集した所、十数名の花騎士が集まった。

 今回に乗り気でなかった面々がサボる口実だったり、害虫が出たのならと正義感での参加と様々だった。

 その中に、団長は知り合いを見つけた。

 

「か、カタバミちゃんじゃないかー!!」

 それはもう嬉しそうに、団長は彼女を見つけるや否や周囲の目を気にせず抱きすくめた。

 

「ああ、この無駄の少ない精錬されたボディ……相変わらず完璧だ」

「えへッ、やっぱり? 相変わらず団長はよく分かってるよなー」

 抱きしめるだけでなく背中に回された手はあちこちをまさぐっている。

 そして当人は満更でもなさそうだった。

 彼女のことを知る面々はここにもそれなりにいるが、普段彼女が男の子に間違われるのが何かの冗談のような女の顔をしていた。

 

「なんでこう、数多の女性は君のように柔軟でしなやかな肉体を有していないのか」

「そうだよな!! 無駄に脂肪とか要らないよな、特に胸とか、胸とか!!」

「ひがんでるところも可愛いなぁ」

「へーいだんちょ!! お触りも良いけどさ、時と場合を弁えなよ!!」

「分かってる分かってるって」

 とっても分かって無さそうなゆるゆるな表情で彼は残ってくれているランタナとペポのコンビにそう言った。

 

「あはは、相変わらず情熱的だね、団長さん……」

 そこに現れたのが、ゼラニウムだった。

 

「やあ、ゼラニウムちゃんお久しぶり」

「あの……なんで両手を合わせてるの?」

「いやいや、少々早いご来光だと思ってね」

 勿論横にいるカタバミは少々早い二つの太陽にショックを受けていた。

 

「クロユリは来てないの? こっちに来ていると思ったんだけど」

「クロユリの奴がどうかしたのか?

 あいつはストイックだからな、訓練の方に行っちまうらしい」

「ああうん、ええとね、実は可愛い振袖を見つけたから、クロユリに着て貰おうと思って持ってきたんだけど、団長さんには見せてないの?」

「初耳だ」

「うーん、やっぱり恥ずかしいのかな。

 あー、でも、向こうももう行っちゃうみたいだね」

 ゼラニウムの視線の先には、霊峰に向かう花騎士たちがぞろぞろと動き出していた。

 今から特定の人物に接触するのは難しいだろう。

 

「ごめんなさい、団長さん!! ちょっと誰かにクロユリのこと頼んでくるね」

「ああ、任せた」

 たたたた、と立派な物を揺らしながら手短な知り合いに話をしに行くゼラニウム。

 

「団長……」

 地の底から響くような声が、団長の耳元に聞こえた。

 

「裏切者ぉ、本当はおっぱい大きい人が、良いんだな、良いんだな!!」

 涙目になりながら団長の腕を掴んでカタバミは言った。

 

「分かっていないなカタバミちゃん。

 あれは最早、性別とか、性欲とか超越した存在。この世の真理なのだよ」

「だ、団長?」

「ごめんなさい団長さん!! みんなも、待たせちゃって!!!」

 団長は戻ってくるゼラニウムに向けて、カタバミの背を押した。

 

「わッ!?」

 つんのめって転びそうになったカタバミの頭を、思わずゼラニウムは抱き留める。

 

「だ、大丈夫!?」

 胸部のクッションに半分以上頭部がうずまったカタバミを気遣って支えようとしたゼラニウムだったが、彼女は不気味なほど静かだった。

 

「悪い悪い、ちょっと喝を入れようとしたら力が入り過ぎちまった」

 そんなカタバミを引きはがす団長。

 彼女は幸せそうな表情でありながら涙を流していた。あまりにも複雑そうな顔だった。

 

「女の子は大切に扱わないとダメだよ団長さん。

 でも、そんな風に誰にでも気安く接せるから、団長さんはクロユリとも上手くやれてるのかもね」

「あいつは気難しい奴だからな。

 だがしかーし!! これを使えば誰でもクロユリと簡単にお話できる!!」

 そう言って団長は荷物から何かを取り出した。

 

 

「クロユリンガル~!!」

 彼はへんてこな裏声で、なにやら黒塗りの装丁のハードカバーの本を掲げた。

 

 

「我が祖国の数少ない誇れるもの、それは魔法技術!!

 それによりつくられた音声認識の辞書をちょっと弄くってみたのだ。

 試しにクロユリの言いそうなことを言ってみ」

「えーと、それじゃあ、私は呪われてる、近づくな……とか?」

 無駄にクロユリっぽい言い方でゼラニウムがそう言うのを待って、団長は本を開いた。

 そこにはこう書かれていた。

 

『私は不幸体質だと思うので、近くに居ると巻き込まれるかもしれません。

 こんな言い方しかできませんが、決してあなたを邪険にしているわけではないのです』

 おおぉ、とゼラニウムは唸った。

 

「おれにはもう必要の無いものだ、ゼラニウムちゃんに進呈しよう」

「ホント!? ありがとう!!」

「あんまり使いすぎるなよ、それでしばらく口利いてくれなくなった」

「あはは、肝に銘じとくよ」

 多分いっぱいからかったんだろうな、と苦笑しながらゼラニウムは本を受け取った。

 

 

 

「あれは、なにをしているんだ?」

 団長率いる花騎士たちは、件の害虫たちを捕捉した。

 何やら害虫たちの群れはどこかに向かっているようだった。

 

「あれは多分、最近いろんなところで見かけるタイプの奴だね」

「コマっちゃん、というと?」

 たまたま来ていたので討伐に引き込んだコマチソウに、団長は尋ねた。

 

「あのハエ型は『インスタバエ』、チョウ型が『イイネチョーダイ』だね。

 風景画とかを集める習性があって、あの「イイネ」って書かれている立札を仲間から得ることを目的にしているみたい」

「訳が分からんな」

「似たようなのだと、『ツブヤキチュウ』とか『キドクムシ』とかと縄張り争いをしているけど、そいつらと違って炎攻撃に強いって特徴があるかな」

「とりあえず、目的を持って行動をしているのなら、仲間と合流してから一網打尽にするか」

 団長の指示に異論を唱える者もおらず、一行は隠密行動を開始する。

 

 そうして害虫を追跡していると、何やら景色のいい場所へとたどり着いた。

 害虫たちはそこでカメラを使用しようとしているが、使い方がいまいち分かっていないようだった。

 壊される前に襲撃を掛けようとした、その時だった。

 

 ひゅー、と巨大な箱がどこからともなく落ちてきた。

 そしてその箱の真上に巨大な影が現れた。

 

 どすん、と巨大なバッタ型の害虫が頭から箱の中に突っこむという、間抜けな光景だった。

 唖然としているのは人間だけでなく、害虫たちの手の中にあるカメラがその光景をぱしゃりと偶然にも撮影してしまった。

 

 地球でいう所のポラロイドカメラと言われるタイプで、自動的に撮影された写真が飛び出した。

 巨大なバッタ型害虫の所為で、見事に景観をぶち壊された様子が移されていた。

 

「あ、あれは、『バカヤッター』の大型種『オオバカヤッター』!!」

「そのまんまだな、おい!!」

 戦慄しているコマチソウに、思わず団長がそう言った。

 

 バカみたいな光景だったが、事態は緊迫していた。

 害虫たちは自分たちの行動を邪魔された怒りからか、物理的に燃え上がっていた。

 

「あれは「エンジョウチュウ』!!

 別種の害虫だと思ってたけど、元は同じ害虫だったんだ!!」

「そんなこと言ってる場合か、さっさと害虫どもを蹴散らして、カメラを確保しろ!!」

 こうして、花騎士たちと害虫の戦いは始まった。

 

 ちなみに、カメラは雪の上に放り出されていたので、何とか無事だった。

 

 

 

 §§§

 

 

 

「クロユリ~~、クロユリ~~~!!」

 霊峰での年明けを過ごしたクロユリはいち早く山を下りてエトゥ神殿へと向かっていた。

 その最中、丁度中間地点ぐらいのところで彼女はゼラニウムと遭遇した。

 

「なんだ、ゼラニウムか。年明け早々騒々しいな」

 そう言ってからここは憎まれ口ではなく、あけましておめでとうぐらい言えばよかったと少し後悔したが、それをすぐ忘れそうになるほどゼラニウムは慌ただしそうにしていた。

 

「あ、あけましておめでとうクロユリ!!

 それより、大変、大変!! 団長さんが大変なの!!」

「おちつけ、何があった?」

 どうせまた下らないことだろうと経験から直感しつつも、クロユリは尋ねた。

 

「それがね!!」

 ゼラニウムは早口で話し始めた。

 

 

 

 ぼーん、ぼーん、ぼーん。

 

 煩悩の数だけ打つという鐘の音を聞きながら、団長や花騎士たちと参拝客たちは大晦日最後の時間を過ごしていた。

 そして、年明けに打つという最後の鐘の音が鳴った時、大勢が明けましておめでとうと新年を祝った。

 

「いよーし、今年最初の運試しすっぞー!!」

 カメラを取り戻す戦いからずっと宴状態だったエトゥ神殿の広場で、すっかり出来上がってた我らがリンゴ団長はそう宣言した。

 花騎士を召喚する為の鉢を並べて、華霊石を投入する。

 

「いっちょクロユリを呼んで驚かせてやるぜ!!」

 とイタズラを思いついて意気込む団長。

 ガチャを嗜む読者諸兄の皆様がたにおかれましては、この時点で結果を察して頂きたい。

 

 

「なんでだ、なんで来てくれないんだ、クロユリ……」

 orzの姿勢で嘆く団長。

 

「七十回以上回して、金演出五回も出たのにかすりもしないなんて……」

 そう、ピックアップが仕事しないのはいつものことである。

 

「よし、ちょっとサボってたストーリーをやってクリア報酬の石集めて来るわ」

 こうなったら意地でもゲーム内リソースを使い果たそうと頑張る団長。

 

「俺たちがストーリーで積み上げた物語は決して無駄じゃない、これからも俺たちがガチャを回す限り、道は続く……」

 とか何とか言いながら、ストーリーの内容を全部スキップで流し読みしてクリアし100個の石を確保した男は、最期の召喚に挑む!!

 

「だんちょ、なにやってるんだよ、だんちょ!!」

 どこからともなく困惑気味のフリージアを背中を押して連れて来たランタナはそう叫んだ。

 

「なんだよ、結構当たるじゃねぇか」

 最後の十一連ガチャの鉢植が金色に輝くと、団長は儚く笑った。

 

「俺はガチャを回すからよ、可愛い女の子が出続ける限り、俺はその先に行くぞ!!

 だから……」

 そうして現れたのは……。

 

 

「どうも、あなたの財布の死神、出ないちゃんです!!

 え? 出ないちゃんなのに出てるって?

 そう!! この私がデルちゃんです!!」

 これまで何度かあったピックアップでかすりもしなかったデルフィニウムの登場に、団長は膝を突き愕然となった。

 読者の皆々様は話を盛ってるかと思われるかもしれないが、こんな狙ったようなタイミングで彼女が来たのです。

 

 

「やっぱり、ガチャなんて、回すんじゃねぇぞ」

 気力を失い、団長は冷たい石畳に倒れた。

 そんな彼の肩を叩く自称ロリっ子美少女が一言。

 

「まだやってない国家防衛戦があるじゃろ?」

 ……そんな気力は有りませんでした。

 

「うお、うお、うおおおおおぉぉぉぉ!!」

「あの、なんで私連れてこられたんですか?」

 虹キャラさえ一人も出てこなかった絶望に、嘆き悲み泣き叫ぶ団長。

 特に意味も無く呼ばれて状況に付いて来れないフリージア。

 なお、フリージアの花言葉に「希望」は無い模様。

 

「あ、そっかー」

 それなりに成果が有ったので爆死とも言えない微妙な結果に、何を思ったのか散々喚き散らした後にこの酔っ払い団長はこう言った。

 

「本懐を遂げたんだな、クロユリ」

 急にぽたぽたと涙を流し始めたと思うと。

 

「俺も死ぬぞクロユリ!! 共に地獄で新たな戦いを始めるのだ!!」

 そんな感じで本当に身投げしそうになった彼を、皆で押さえる羽目となったのだ。

 

 そして彼は自害すると言って聞かず、このままでは本当にやりかねないと、ゼラニウムはクロユリを連れてこようと大急ぎでやってきたのだ。

 

 

 

 その話を聞いたクロユリはまさに呆れ果てて物も言えないと言った表情になった。

 

「…………馬鹿馬鹿しい」

 そして声帯から無理やり絞り出したかのような声音で、それだけを呟いた。

 

「そんなこと言っている場合じゃないよ!!

 私、サクラさんとかも呼んでくるから、じゃあ!!」

 そうまくしたて、ゼラニウムは花騎士の健脚を全開にして霊峰に走って行った。

 

「はぁ……」

 クロユリはため息を吐き、走りにくい振袖からいつもの格好に着替えると、エトゥ神殿にまっすく駆け出した。

 

 

 

 

「なあ、ペポ。やっぱり幽霊にもなっても幽霊同士で人間関係に気を使うのか?」

「ええまあ、……けっこう頻繁に悩み相談されるくらいには」

「それはヤダなぁ」

 団長は喉元に自ら突き付けた短刀の切っ先を胡乱に見つめながら呟いた。

 

 状況は緊迫していたが、落ち着いていた。

 団長が周囲を振り払って逃げ出すと、いつの間にか彼は短刀を手に入れると、団長が介錯を求めたからである。

 

 誰だってこんなバカなことに付き合えない。

 誰も名乗り出ないこの状況が長く続き、流石に彼も酔いが醒めていた。

 それで正気に戻るならまだしも、何やら決意を余計に固めてしまっていた。

 

「団長さん、やはり私が!! そしてその後は!!」

「よしてくれリンゴちゃん、君はカメラでもっと女の子を撮りたいって言ってたじゃないか。

 そんな君に俺の都合に付き合わせるわけにはいかんよ」

 団長とリンゴのやり取りも、似たようなものを含めて十度以降から誰もが数えるのを止めた。

 

「俺は未練をもっと残して死なねばならない。

 そしてより強い亡霊となって、かつての同胞たちと共にコダイバナに攻め込むのだ。

 あの古城に魔王が居ようとも、滅びの大地の天変地異も、凶悪な害虫たちも、亡者と化したこの身を誰が止められる!!

 俺が害虫にとっての災厄となるのだ、もっと未練を、遺恨を!!

 介錯する勇気が無いならそれを俺に寄越せ!!」

 誰もが団長を止められないのは、彼ならやりかねないとも思えてしまったからだ。

 そして、難攻不落を通り越して、人知の通用しないコダイバナに戦いを挑むのは、それこそ死霊にならねば不可能と思えるほどだからだ。

 

 死してなお団長としての責務を果たそうとする彼を、結局誰も言葉を尽くして止められるとは思えなかった。

 

「じゃあここはこのランタナが、いかにだんちょに弄ばれたかを……」

「おい止めろ、それは止めろ、あれは気の迷いだっつってんだろ」

「と言うか、どうしてペポはだんちょを止めないの?

 あ、私は止めないよ? だんちょ亡き後のこの小説の主人公はこのランタナなのだから!!」

「え、だって、私も正直たまにこの人死んだ方がいいんじゃないのかな、って思うし」

「辛辣だなお前ら!!」

「それに、幽霊になったら独り占めできますし、いつでも一緒ですし」

 聞きようによってはヤンデレにも聞こえるペポの無邪気な言葉に、団長もランタナも思わず身震いした。

 

 

「おい、何をやっている、お前たち」

 そこに、肩で息をしているクロユリが満を持して現れた。

 

「ギャー、クロユリのオバケ!?」

 これから化けて出ようとしている男が、彼女の登場に心底驚愕していた。

 

「はッ!? まさかクロユリの奴め、死んで本当の死神になって俺を迎えに!!」

「勝手に殺すな!!」

「あばばばばばばば!!!」

 クロユリに顔を掴まれがくがくと揺らされ、奇声をあげる団長。

 その際に彼は短刀を取り落していた。

 

「じゃあどうして出なかった!! いっぱい回したのに、回したのに!!」

「知るか、このバカ、バカ、バカ!!」

 叩かれる、殴られる、蹴られる。

 そうしてようやく、団長はクロユリの顔をまじまじと見た。

 

「顔、ある。肩、ある。腕、ある。手、ある。俺好みの胸、ある、下着は、やはり黒か。足、ある。

 …………なんだー、生きてんじゃんクロユリ!!」

「最初からそう言ってるだろう!!」

「なんだよ、もー。勘違いさせやがって」

「お前が、勝手に、勘違いしたんだろう!!」

 いちいち触って確認する団長に、もう一撃入れるクロユリ。

 

 

「これは、何の騒ぎかしら~」

 その時、周囲の空気が変わった。

 彼らを取り囲んでいた野次馬や花騎士たちが、海が割れる奇跡のように道を開ける。

 そうしてできた道を、歩いてくる者が居た。

 

 そう、サクラである。

 

「げ、サクラ」

「ゼラニウムちゃんから聞きましたよ、団長さんがみんなにご迷惑を掛けているって。

 それを聞いて私、本当に急いできたんですよ?」

 それはクロユリとサクラの到着にほぼ差が無かったことから窺えることだった。

 

「それで、どうしてこんな騒ぎになっているんですか?」

「そ、それは、それはだな」

 しどろもどろになる団長。

 それも当然だろう、サクラの魔力が周囲の空間と鳴動し、ごごごごご、と物理的に揺れていたのだから。

 それをサクラに笑顔のままでされれば、誰だって恐れ戦くだろう。

 

「か、神々の黄昏よ、ギャラルホルンが鳴り響いてるわ……」

「怒ってる、サクラお姉ちゃんが本気で怒ってる……」

「ああ、結局こうなったか」

 少し遅れてやってきたアイビーとカンヒザクラはお互いに抱き合って震えているし、ウメは額に手を当て頭を振った。

 

 

「まったく、付き合いきれん」

 後のことはサクラに放り投げたクロユリは人ごみから逃げ出した。

 その先には、待ち受けていたかのようにニッコリと笑みを浮かべたゼラニウムがこう言った。

 

「死に場所、見つかった?」

「あんな恥ずかしい奴を残して、一秒でも早く死ねるか!!」

 真っ赤になってクロユリはそう当り散らした。

 勿論、ゼラニウムはすぐにクロユリンガルを開いて中を確認したのは言うまでもない。

 

 

 その後、散々サクラに彼を止めなかったリンゴと共に怒られた団長は迷惑を掛けた花騎士たちや参拝客、神殿関係者に謝って回る羽目になった。

 その後。

 

「おーい、クロユリ。大鎌ゲットしたぞー!!」

「どうもー、出ないちゃん改め、出なかったちゃんです!!」

 デルフィニウムを小脇に抱えた団長が彼女と一緒にサムズアップしてきた。

 いつの間にか仲良くなっていたらしい。

 

「後は何を用意すればよかったんだったか?」

「はぁ……」

 こんなバカにほだされた自分も救いようの無いバカだな、と思い始めたクロユリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話を書き終え、長くなった割にはまとまりが無かったと思います。反省。
でも今年最初だから許してください。新春クロユリが来なかったのが悪いのです(責任転嫁

次は、今回のイベントで書きたいことができたので早めにお送りできるかもしれません。

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