貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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長らくスランプに悩まされてましたが、少しずつ書いて、無事今年最後に投稿できました。
空いた分、大分ネタも溜まっているので、来年も何とか投稿し続けていきたいと思います。



今年最後の短編集

『おにぎり……?』

 

 

 

「そーれ、がーじがじがじ!!」

「ひーん!!」

 それはいつものようにランタナがペポをかじってた時のことである。

 

 害虫討伐の帰り、野営の準備をしている最中、そんな二人の微笑ましい姿を視界に収める男がいた。

 この集団に男など一人しかいないので、言うまでも無く我らがリンゴ団長である。

 

「じゅるり……」

「ッ!?」

 即座に身の危険を感じたペポは、ランタナに肩に齧り付かれているのも忘れて視線の主の方へと振り返る。

 

「ど、どうしましたか、団長さん」

「いやな、そんなにも齧り付かれているペポは美味いのか、と想いを馳せていたのだ」

 じぃーっとペポを凝視する団長に、彼女はそれは食欲的な意味なのか性的な意味なのか尋ねる勇気は無かった。

 

「っふ、わかっとらんなぁだんちょは!! ペポが美味いわけないじゃん!!」

「じゃあどうして私いつも齧られてるの!?」

「そもそもペポは食用じゃないし、いつも私がペポを齧った後にお腹がゆんゆんしてるの見ててわからないのかな!!」

「ペポとカボチャの方と混同しないでぇ」

 ランタナの主張にげんなりするペポだった。

 

「その点、このランタナは食べれます。実だけどね!!」

「お前、ランタナ 食べる でググってみ。毒草って文字が出るから。

 煮ても焼いても食えないお前のことだなぁ!! 食ったら腹壊すのは同じってことだ!!」

「なんだとコラぁぁ!!」

「おっと、症状的に腹壊すんじゃなくて吐き気を催すらしいな。失礼失礼」

「野郎てめーぶっころーす!!」

 ランタナの両手ぐるぐるアタックをその頭を抑えて押し留める団長。

 

「はっはっは、お前は塩の振られていないおにぎりよ。

 女の子ってのはおにぎりみたいなもんだ。塩気のないおにぎりなぞ味気ないだけ。

 お前も少しは色気を身に着けるんだな!!」

 ランタナを年の離れた親戚の子供をあしらうかのごとく扱う団長はけらけらと笑う。

 

「団長さん、女性は食べ物じゃないですよ」

 その扱いに軽くサクラが彼に苦言を呈したのだが。

 

「ハン!! 俺にとって女の子は所詮駄菓子みたいなものよ。

 手の届く範囲にあったらついつい食べたくなってしまうのだ」

「これは獣殿ですわ」

「ケダモノ殿の間違いだよ、きっと」

「それで太ってバカを見てるんだから世話ないよね」

 白目でランタナとペポに見られ、エピデンドラムにまでそんなことを言われる始末である。

 

「うぉっほん!! だが、女の子はおにぎりみたいなもんだというのは我ながら穿ったたとえだと思うがね。

 例えばサクラ、お前は鮭おにぎりだ」

「どうしてですか?」

「おにぎりで鮭は定番の定番、安定の優等生。みんな大好きだろう?」

「あら、団長さんにそこまで素直に褒められたのは久しぶりな気がしますね」

 取り繕うように話題の矛先を向けたサクラは何だか満更でもなさそうだった。

 

「じゃあウメちゃんは梅干しおにぎりかしらね」

「それは流石に安直だろう。ここはお前と対比にして、鮭の切り身などどうだろうか。無論、お前はより汎用性のあるほぐし身の方な」

「……ウメちゃんが切り身なんですか?」

「んん? 一体何を想像したのかな? 俺は一言も鮭の切り身が平たいだとかそんなこと言ったり思ったりしてないぞ?」

 そしてそれを台無しにするまでが団長だった。

 

「え、えーと、それじゃあ私はおにぎりなら何ですかね!!」

 無言の圧力を醸し出し始めたサクラをフォローするように話題を変えるリンゴちゃん。

 

「そりゃあ、リンゴちゃんはシーチキンマヨだろう」

「え、どうしてですか?」

「俺が屋台でおにぎりを買って食べるってなったら、まず最初に選ぶからだ」

「だ、団長さん……」

 目元を潤ませてリンゴは感動していた。

 

「そういう気の利いた言葉をなんでサクラさんに言ってあげられないんでしょうね」

「それだけ気安い関係だってことなのかもしれませんね」

 呆れているリシアンサスと対象にプルメリアは微笑ましそうに笑っていた。

 

「クロユリはワサビの利いた海苔の佃煮を海苔を巻かずに黒ゴマをまぶしたって感じかな」

「その心は?」

「黒いから、か?」

「じゃあ僕は!! 僕は!!」

「イヌタデは辛子高菜の混ぜたご飯に辛子明太子だな、うん。

 キルタンサスは髪の毛がキレイだからしらすおにぎり、リシアンサスは子供っぽい所もあるからハンバーグで、キウイちゃんは温かいと美味いが冷めると微妙な醤油だれ味のご飯に煮卵、リムちゃんは言うまでもなく爆弾おにぎりでプルメリアちゃんは包容力があるから鶏のから揚げかな」

「じゃあ、私は?」

「のりたまふりかけをまぶしただけのおにぎり。面倒なときでもすぐ作れる」

 団長のエピデンドラムに対する評価に、周囲から笑い声が溢れた。

 なんだよー、と彼女は憤慨したが。

 

「ふーん、じゃあペポは?」

「肉巻おにぎりチーズのせだな」

「どうして? ペポはそんなにカロリー高くないよ」

「ははは、俺が食べたいからに決まっているだろ」

 朗らかにランタナにそう答える団長だったが、約一名当事者は何か言いたそうに彼を見ていた。

 

「じゃあ私は何かな!!」

「ケーキ」

「え?」

「ケーキだよ、ケーキ」

 思わぬ即答に、さしものランタナもぽかんとなった。

 

「いやいや、おにぎりの具にケーキは無いっしょ」

「いいや、おにぎりだよ、なんなら作って来てやろうか?」

 珍しくツッコミ役をしているランタナに団長は不敵に笑うと、彼は厨房に引っ込んで行った。

 そうしておにぎりを作るくらいの時間が経ったくらいに、団長は戻ってきた。

 

「ほら、これがおにぎりのケーキだ」

 ドン、と両手で抱えられるくらいの大きなホールケーキをテーブルに置く団長。

 

「なんだー、おにぎりじゃなくてただのケーキじゃん」

「と言うか、この短時間でどうやってケーキを用意したんですか……氷室にこんなの無かったはずじゃ」

 そしてペポの疑念も気にせずフォークでケーキの一部を食べるランタナ。

 彼女はカッと目を見開きこう言った。

 

「おにぎりだこれーっ!!」

 ランタナの叫びに呼応して、半信半疑の面々が取り皿にケーキをよそって口にしだすと、

 

「これはッ、おにぎりです!!」

「見た目、食感は間違いなくケーキなのに、このご飯の風味と塩気、海苔の味、間違いなくおにぎりだわ」

 驚愕に打ち震えるリンゴとサクラ。

 他の部隊員たちも信じられないものでも口にしたような様子だった。

 

「ふっふっふ、これはかつて俺がヤドリギちゃんに料理を教えていた際に会得した彼女の妙技、なぜかどんな料理もケーキになる調理法だ!!!」

 まーた女絡みか、と思いながらおにぎり味のケーキを処理していく面々。

 

「食ってると何だか味覚がおかしくなる気分だろう?

 つまりランタナそのものだな」

「なんだとコラー!!」

 そうしていつもの二人のじゃれ合いが始まった。

 

 その日の夕食は、なぜか全部ケーキだった。

 ご飯味、魚味、サラダ味だった。

 

 

 

 

 

『ブラックサイド……?』

 

 

 ウィンターローズ住宅地。

 帰宅中のホーリーは自宅近くをうろついている人物を目の当たりにすると、内心舌打ちした。

 

「なにしているのよ」

「なんだ、おまけの方か」

 それが誰かとは言うまでもないが、リンゴ団長だった。

 

「おまけの方、ですぅ?」

「ああ、これはいつもポインセチアって本体にくっついているんだが、珍しく一人らしい」

 今日は珍しくリンゴではなくリムナンテスを伴っている団長は、そんな不遜なことを言った。

 

「別にいつも一緒ってわけじゃないよ、それで、ポインセチアの家の前で何をしているの」

 ホーリーは半眼で彼を凝視しつつ険しい様相でそう言った。

 

「くっくっく、黒サンタ服……」

 なにやら勿体付けた言い方で、団長は紙袋からその黒い物体を取り出した。

 子供サイズの羽毛以外真っ黒なサンタ服だった。

 

「これをポインセチアに着てもらおう思ってな。

 そして今年のクリスマスを黒に染めてやるのだ!!」

「はぁ?」

 素でホーリーはそう返した。

 

「お前も我が祖国がクリスマスと年末年始ぐらいしか目立ったイベントの無い影の薄い国だって思われるのは嫌だろう?

 スプリングガーデンよ、これがウィンターローズ民だ!! ってことを知らしめるため皆で街中のカップルどもを襲撃するのだ!!」

「アホくさ……」

 その労力をもっと別なことに使えないのかと、ホーリーは呆れていた。

 こんなこと言っているがこの男、祖国愛など微塵も無いことはよく知っていた。

 

「これがよその国のクリスマスなんですぅ?

 リムちゃんもどっかんどっかんカップルを爆破するですぅ!!」

「ははは、その意気だぜ!!」

「よその国の人になんてこと教えているのよ……」

「ところで」

 と、そこでリムナンテスの目が光った。

 

「そのポインセチアちゃんって子と、どういう関係なんです!!」

「え? 普通に友達だけど」

「怪しいですぅ、本当に普通の友達なんですか? 付き合ってたりするんじゃないんですぅ?」

「な、何言ってるのよ!! 私達、女同士だからね!!」

 彼女の趣味嗜好を知らないホーリーは赤くなって反論した。

 

「ははは、そんなに慌てふためく必要は無いぞ、ユーリーよ」

「誰がユーリーよ!!」

「お前だってポインセチアみたいなマジ天使をギュッと抱きしめて頬ずりしたいに決まってるのだ」

 妙な凄みを放ちつつ、団長はそう言った。

 その様相に、ホーリーも後退る。

 

「あのぷにぷにのほっぺをつつきたいと思わないのか?

 ポインセチアの良い所を一番理解しているのはお前だろう?

 一人きりでいると寂しくないのか? あいつを独り占めしたいと思わないのか?」

「そ、それは……」

「恐れることは無いのだ。

 さあ、ホーリーよ、お前も内なる魔力のブラックサイドに目覚めるのだ。

 そして一緒にポインセチアを愛でるのだ……」

「あ、あんたと一緒にしないでよ!! 私はポインセチアによこしまな感情なんてないし!!」

「本当にそうかな、俺とお前は同類だと思うが?」

「そんなわけないじゃん!!」

「それはどうかな? お前には俺と祖を同じくする血が流れているのだ。つまり――」

 にやり、と団長は笑った。

 

 

「俺はお前の親戚だ」

 

 

「嘘よおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 ホーリーは絶望に打ちひしがれて膝を突いた。

 

「え、お二人は親戚同士だったんですぅ?」

「そりゃあ、こんな狭いウィンターローズじゃあ、そこらへんが親戚だらけだからな。

 ただでさえウィンターローズの主要都市はひとつしかないし。いやまあ、俺も最近知ったんだが」

 如何に自分が身内を軽視していたか思い知り、ポリポリと頬を掻く団長。

 

「それで聞いてみるとだな、どうやらうちの家系って早婚ばかりなのよな。

 つまり、ロリコンの血筋!!

 さあホーリーよ、その身に眠るロリコンの血を覚醒させるのだ!!」

「いやぁああぁぁ!!」

 くけけけ、と悪魔のように笑う団長。

 

「あれ、どうしたのホーリーちゃん、凄い声出して。

 あ、団長さんも居る!!」

 自宅の玄関から顔を出すポインセチアは、二人の姿を認めてにっこりと笑った。

 

「ふふふ、実はなポインセチア、ホーリーの奴がお前に言いたいことがあるんだってさ」

「え、なになに、どうしたのホーリーちゃん」

 無造作にホーリーに近づくポインセチア。

 

「ち、ちが、違うの、違うんだってばー!!!」

「ホーリーちゃん、どうしたのー!!」

 羞恥で顔を真っ赤にして逃げ出すホーリー。

 それを追っかける、ポインセチア。

 

 そんな二人を見て、次の本のネタはこの二人でいこうと決めた団長とリムナンテスだった。

 

 

 

 

 

『女心……?』

 

 

「うーむ」

 その日、団長は腕を組み、思案に(ふけ)っていた。

 花騎士たちは常のように訓練に励んでいる、その最中だった。

 

「なあリンゴちゃんよ」

「はい、何でしょう?」

「俺には一体何が足りないと思うかい?」

 汗を流す皆の姿にうっとりしていたリンゴは、その問いかけに眉を寄せる。

 

「団長さんに足りないものですか?」

「今のままじゃダメだと思うんだ」

 そう言って、団長は拳を握る。

 

「もっと多くの女の子とお近づきになる為には!!」

 訓練をしていた部下達が殆ど全員ずっこけた。

 

 

「何を真剣に悩んでるかと思ったら」

「結局団長は団長なんですね」

「団長には誠実さが足らないんじゃないの」

「そうそう」

 いつもの四人にもやじられる始末である。

 

「必要か、誠実さ」

 団長はしかめっ面になって腕を組む。

 

「好かれたいのだ!!

 モテたいのだ!!

 モテてモテてモテて!!!

 沢山の女の子にチヤホヤされたいのだ!!!」

 清々しい俗物っぷりに、案の定四人も絶句である。

 そして、大体な、と団長は前置きし。

 

「ハーレムを作りたいから可愛い女の子に優しくしたい、と思う男子。

 白馬の王子様に迎えに来てほしいと思いながらこの男は無いな、と思う女子。

 そこに一体どんな差がある? 誰が優劣を決める? 俺たちは最初から、自然に、それが当たり前なんだぜ?」

 にやにや笑いながら、団長は断言した。

 

「男女関係に誠実さが必要だなんて思っている時点でお子ちゃまなんだよ、

 俺はこれまでそれを必要とは感じなかったし、仮に必要であってもブラフにしか使えなかった。

 重要なのは誠実であると思わせる信用と駆け引きの手管だ」

「私には分かりますよ、団長さんに必要なもの」

 持論を語る団長に、しれっとサクラがそう言った。

 

「え、マジか、教えて教えて」

「それはズバリ、女心に対する理解度ですよ」

 

 

 

「と言うわけで、女心を理解する為に俺自身女になる事となった」

 三日後、皆の前には深窓の令嬢みたいな格好をした団長が在った。

 

 違う、そうじゃない、と皆が思った。

 

「おーほほほ、それではみなさん、本日も害虫退治に赴きますわよ、おーほほほ」

 センスで口元を隠しながら、無駄に優雅な仕草で先導を開始する。

 

「あの、団長さん……」

「あらぁ、リンゴちゃん、お化粧が乱れてましてよ。

 ダメよ、女の子なんだから、身だしなみは害虫をぶち殺しに行く時もしっかりしなきゃ」

 何か言いたげなリンゴのほっぺにパフスポンジを取り出しぽんぽんし出す団長。

 その猫撫で声に、背筋がぞわぞわする者が続出していた。

 

「んもぅ、ホントリンゴちゃんのほっぺたは食べちゃいたいくらい柔らかいわねー」

「え、えへへ、あ、ありがとうございます……」

 引き()ったようなとても複雑そうな表情でリンゴは謝辞を述べた。

 

「んんぅ、他にお化粧が必要な娘は居ないわね」

「だんちょ、私はお化粧とかしてないじょ」

「あーんたはお化粧なんて必要なーいでしょーが!!

 こーんなにむっちりした肌して、恨めしいったらないわ、もう!!」

 吐き捨てるようにランタナにそう言い散らす団長。

 どこか間違っているが、その所作は無駄に女性らしかった。

 

「んもぅ!! みんなして余所余所しいんだから!!

 気軽にオネエさまって呼んでよろしくてよ、おーほほほ」

「それにしても団長さん、お化粧の方法とか女性らしい仕草とか、一体どこで教わったんですか」

「オ ネ エ さ ま !!」

「お、オネエさまはどちらでお化粧とかをならったのかしら」

 凄い光景だった。サクラが気迫で押されていたのである。

 

「世の中にはね、花騎士になりたくてもなれないオネエさま方の集いが存在するのよ。

 その名も名誉花騎士の会と言ってね」

「は、はあ、そうなんですか」

「女らしさはそこでも教わったのだけれど、どうせだからマンリョウちゃんにもご指導願ったのよ。

 ダメなら次の虹チケでセンリョウちゃんを呼ぶって言ったら快く教えてくれたわ」

「こころよく……?」

 とりあえずサクラはその疑念は噛み殺すことにした。

 

「ち、な、み、に!! 今日の戦いで汗を掻いてお化粧が乱れるような無様な戦い方をしたらオシオキよ!! おわかり?」

 その容赦のない眼光を見て、ああこの人は団長なんだな、とようやく現実感を持って自覚した面々だった。

 

 

 数日後。

 

「ダーメね、やめときなさい、どーせその男はあなたの体目当てよ」

「えー、でも、せっかくだから付き合おうかなって」

「そんなんだと弄ばれるだけ弄ばれて捨てられるわよ、アタシの女の勘がそう言っているわ!!」

 オネエ団長はいつもの四人とネイルにマニキュアを塗りながらそんな雑談に興じていた。

 

「でもオネエさまだって、その人と会ったことないじゃない」

「そんなの聞くだけでわーかるわよ、男ってのは最初に顔を見たら首から下しか見ないもんなのよ!!

 だからじろじろ見られてるって気付かれてないつもりでも女の子には分かるもんなの」

「わかるわかるー」

 そんな話をしていると、リンゴがやってきた。

 

「オネエさまー、ちょっと裁可をお願いしたい案件がー」

「あら、しょうがないわねー。それじゃあみんな、またねー」

 手をひらひらしながら、団長はリンゴと一緒に去って行った。

 

「……すっかり違和感なくなっちゃったね」

「慣れって恐ろしいわ」

「でも、案外あれでよかったんじゃ、無害だし」

「そうかもね……」

 その後、これなんか違う、と団長が思い直すのに数日を要したとかなんとか。

 

 以来、どう見ても贈呈に適さない女物の衣服を購入する団長の姿が度々目撃されるようになったとかなかったとか。

 

 

 

 

『血縁』

 

 

「あの、ちょっといいかなー」

 その日、偶々訓練所入り口近くを通りかかったキルタンサスは、見知らぬ声に振り返った。

 

「どうしたのかしら、ここは関係者以外立ち入り禁止よ」

 どう見ても花騎士ではないだろう地味な服装の一般人の女性だった。

 年齢は自分たちより上に見えるが、どこか子供っぽい印象を受ける。

 

「えっと、ここの騎士団長に用があるんだけれど、今いる?」

「うちの団長に? 生憎だけどあっちにある騎士団支部に戻ってしまったわ。

 良かったら案内しましょうか?」

「あ、そう、じゃあお願いー」

 良くも悪くも軽い調子で頼まれ、何とも言えない気分になりながらもキルタンサスは彼女を案内することにした。

 

 キルタンサスが彼女が団長に取り次いでほしいと支部の受付に頼むと、あっさりと彼女は団長の執務室へと入って行った。

 それが、数時間前の出来事である。

 

 

「あの女の人、大丈夫かしら」

 皆が訓練を終えて、いつも事務仕事を終える時間になっても団長は仮宿舎に帰ってきていない。

 キルタンサスが心配になるのも無理のない話だった。

 

「まーた、だんちょが女の人を連れ込んだのか」

 全く悪い意味での団長への信頼で、やれやれとランタナがそう言った。

 

「私もあの女の人と会いましたけど、団長さんにすぐ執務室から追い出されちゃいました。

 私も知らない人ですから、ここ最近の知り合いじゃないと思います」

 団長と女の子情報を共有しているリンゴがそう言うのだから、誰もが首を傾げた。

 それに彼女が追い出されるなど、ただ事ではない。

 

「もしかして、昔の女とか?」

「でもそういうのは全部清算したって聞きましたけど」

 エピデンドラムの憶測に、プルメリアも小首を傾げる。

 

「団長さんの好みって感じじゃありませんでしたけれど、リンゴちゃん的にはアリです!!

 お化粧とかちゃんとすれば化けると思います!!」

「そうか、初めてリンゴちゃんのセンスを疑ったぞ」

 その時である、我らの団長が戻ってきたのは。

 

「あ、団長さん、あの女の人って誰なんですか?」

「そうだな、持たぬ者は羨ましがり、持つ者はうっとおしい存在だ。お前ら、好き勝手言いやがって」

 団長は忌々しげに皆を見渡す。

 彼の謎かけに首を傾げる面々も多かったが、ピンと来る者も居た。

 そして正解はすぐにもたらされた。

 

「お兄ぃ、部屋汚いんだけどー、ちゃんと掃除してるの?」

「うるせぇ、足の踏み場の無いお前の部屋と一緒にするな!!」

 団長が後ろから聞こえてくる声にそう怒鳴り返した。

 

「妹さんですか!?」

 これにはサクラ他多数もびっくりである。

 

「なにを驚いている。妹なんぞ珍しくも無い」

「あ、いえ、そうですよね、別に妹さんが居てもおかしくないですよね」

 と言って、サクラはリンゴを見た。

 リンゴはぶんぶんと首を振る。彼女も団長の妹の存在を知らなかったようだった。

 

「お兄ぃ、なにしてんの?

 ……あ、本当にサクラさんだ!! マジでお兄ぃの部下なんだ、お願いサイン頂戴!!」

「え、ええ」

 件の団長の妹はサクラを見つけると目を輝かしてサインをねだり始めた。

 花騎士でもなかなかいない独特さに、皆は面をくらう。

 

「あんまりサクラに迷惑を掛けるなよ。それより仕事の話の続きだが」

「あ、ああ!! あー!!」

 彼女はサクラのサインを手に入れると、今度はクロユリに顔を向ける。

 

「ぴったり、私のイメージにぴったりだよ、お兄ぃ」

 なんだ、このやかましい奴は、とでも言いたげなクロユリは、関わり合いに成りたくないのか無言を貫いた。

 

「そ、そうか、じゃあよろしく頼むぞ」

「オッケー、じゃあ今日中に仕上げとくね」

 団長は自分の妹の背中を押して追い出そうとするのだが。

 

「あの、何のお仕事の話をしているんですか?」

 リンゴは補佐官として何も聞いていないので、確認の為に問うたのだが。

 

「なにって、お兄ぃが書いてる小説『ブラッディリリー』の挿絵と表紙のことだけど?」

 彼女はきょとんとしてそう言った。

 

「ああ、じゃああなたが団長が頼んだって言っていた絵師さんですぅ!!」

「ああ!! もしかしてあなたがリムちゃん!! 私会いたかったんだ!!」

「おい」

 和気藹々(あいあい)としているリムナンテスと己の妹の横で素知らぬ顔してそっぽ向いている団長に、クロユリが詰め寄る。

 

「一体どんな内容だ」

「け、健全な内容だぞ!? 多少耽美な表現は有るが……」

「それでお兄ぃ、ヒロイン役のぺラルゴちゃんはどんな感じにする?

 お兄ぃがおっぱい大きい子にするって聞いた時はびっくりしたけど」

 己の妹がそう言った直後、団長は一目散に逃げ出した!!

 

「待て!!」

 と、それを追うクロユリ。

 すぐに鶏が絞められたような声が外から聞こえた。

 

「仲が良いわねぇ」

 微笑ましそうに笑いながらサクラは言ったのだった。

 

 

 

「お兄ぃ、ブラッディリリー様はこんなこと言わない!!」

「うるせぇ、お前は絵だけ描いてろ!!」

「二人とも喧嘩しないでほしいですぅ!!」

 一晩中、団長の部屋である管理人室はそんな感じで騒がしかったそうな。

 

「じゃあね、お兄ぃ。たまには家に帰って来てよね」

 そして団長の妹は仕事を終えると、さっさと手荷物だけ持って帰ってしまった。

 

 

「展開はありきたりだけど、私は好きですよ、団長さん。あ、クロユリも読む?」

「ふん!!」

 例の『ブラッディリリー』の原稿とかなり美化されたクロユリっぽい花騎士の挿絵と表紙の原画を見ながらサクラは楽しそうにしていた。

 無論、だしにされているクロユリは不機嫌そうだった。

 

「そうか」

 読者に褒められているのに、団長の方も不機嫌そうだった。

 

「……妹さんもお嫌いなんですか?」

「あの頭足らなそうな言動見ただろ? あれでお前より年上なんだぜ。

 ガキの頃からずっとああだ。あれを見ているとイライラするんだよ」

 それを聞いて、似た者兄妹だもんね、と誰も口にしなかったのは他人の家族のことだからだろうか。

 

「あんなんだから今の今まで貰い手が居ないんだよ。

 全く、たまには家に帰れとか生意気言いやがって」

「随分と贅沢な物言いだな。全く羨ましくないが」

「そうか? クロユリ。俺はたまに思うぜ、家族ってのは産まれた時一番最初に掛けられる呪いだってな」

「…………」

「どんなに仲が良くても家族だし、どんなに仲が悪くても家族だ。

 貧しくも、富んでも、助け合っても、足を引っ張り合っても、家族は家族だ。

 失っても、捨てたくても、だ。いや、違うな」

「…………」

「この世で産まれ、生きることこそが呪いなのだ。

 いっそのこと、俺とおまえが逆の立場なら、俺は憂いも無く狂えたのかもな」

 クロユリは何も言わなかった。

 何も言わなかったが、彼女の居合抜きのような鋭い拳が団長の横面に放たれた。

 

 ゴッ、と思わず背筋がゾッとするような重い音が鳴り響いた。

 

「……効いたぜ」

 どう見ても強がりにしか見えない笑みを団長は浮かべた。

 何とも口を挟みにくい関係だった。

 

 

「団長さま!! 大変です!!」

 そんな時だった。仮宿舎の玄関を開けてハナモモが駆け込んできた。

 

「ウィンターローズ方面の街道に、害虫が大量発生したそうなんですの!!

 警備隊だけでは手が足りないそうなので、どうか手伝ってくれませんか!!」

 その報告に、皆は団長を見た。

 彼の妹が順当に自国に戻るなら、その害虫の群れに遭遇する可能性が高かった。

 

 団長は、面倒くさいなぁ、と呟いた。

 

 

「助けに行くか。まあ、家族だしな」

 

 

 

 

 

 

 




皆さま、良いお年を!!
また来年もよろしくお願いします!!

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