この間の虹チケでクコちゃん取りました。
スプリングガーデンって絆創膏あるんですね(鼻血
その日、リンゴ団長の部隊はバナナオーシャンにて警備をしていた。
本日はこの国で大きな祭りがあるとのことで、殊更に厳重な警備がなされていた。
先日の光華祭で選出された光華の姫君を称える式典なのだが、そこはバナナオーシャン。
お祭りとあればどんちゃん騒ぎがデフォルトなこの国では堅苦しさとは無縁である。
この国に来れば、大抵の人間がその御国柄からか開放的になるのだ。
「えー、皆さま、本日はリリィウッド観光案内騎士団のご利用頂きありがとうございまーす」
右手に拡声器を手に、団長は楽しそうに笑っていた。
「本日のあの世行きツアーでは、害虫の皆様を地獄へとご案内いたしまーす!!」
左手には隊旗を掲げ、騎士団の威光を示していた。
そうやってお祭りの熱気に釣られてきた害虫を次々と討伐していた。
「うへぇ、マジつれーわ」
一日数時間しか持たないハイテンションモードが終了した団長は、吐きそうな表情で自分たちが作り出した惨状に目を背けていた。
「団長さーん、見て見て!!
ミズ、こんなに害虫デストロイしたおー!!」
「お、おう、凄いな……」
先ほど知り合ったロータスレイクの花騎士ミズバコパが無邪気に血の付いたハンマーを見せてくる。
これには団長も苦笑い。
「団長さん、調子悪そうだけど大丈夫?」
「ああ、疲れただけだよ」
「では団長さん、そろそろ撤収しましょうか?」
「頼む」
心配そうにしているミズバコパに強がってみせる団長を見たリンゴが、部隊の撤収を呼びかけ始めた。
「うーむ、俺も衰えたもんだぜ……」
帰路の途中、馬上で己の不甲斐無さを嘆く団長。
凄く好みのミズバコパがすぐそこに居てあれなのだから、彼が嘆くのも無理は無かった。
「前は倍は動けたんだがな」
「いやいや、普通の騎士団ってこんなものだよ!!
団長さんたちがオカシイんだって……」
最近そのオカシイ討伐数に順応し始めたエピデンドラムがツッコミを入れた。
彼はそう言いつつもちゃんと既定の仕事分ぐらいはしていた。
「だが、これからは遠征の回数も減るだろう。
まだまだ引退するつもりは毛頭ないが、俺の落ち度でお前たちの足を引っ張るようなら部隊の解散を視野に入れるべきとも思っている。
幸いお前たちは十分に育て上げたと自負があるからな」
「そんな悲しい事言わないでくださいよ、団長さーん」
「実際の所、この部隊が健全に運用できている半年前の時点で俺の仕事は終わってたんだ。
お前らにいつまでも固執するのも良くないし、実績と経験のあるお前らをよその部隊に分配して全体に貢献するべきなんだよ」
リンゴの言葉にそう返す団長。
彼は現役団長でも根っからの教官気質らしかった。
「サクラ、お前はどう思う?」
「私は団長さんがするべきだと思ったことを支持しますよ?」
それを聞いた団長は首を振った。
「違う、お前の意見ではなく、お前がどうしたいかを聞いたんだ」
任務中に公人としてではなく私人として、花騎士としてではなく一個人としての質問にサクラも少し目を見開いたが、すぐにこう返した。
「私としては、団長さんが現役の間はご一緒に戦っていきたいわ~」
「そうか」
団長の言葉は淡白だったが、露骨に安堵の表情が見て取れた。
「これは弱音だが、俺は戦いの渦中に身を投じ続け、その中で死ねればそれでいいと思っていた。
戦死さえすれば、後ろ指差されずにすむと思っていたのだ」
「…………」
「浅ましいことだ。
戦いの中で死ぬなと教え、味方を鍛える者が心の奥でそれを望んでいたのだ。
この恥ずべき人生が、それで取りつくれると思っていた。
全て後腐れなく現世に終止符を打てると思っていた」
愚かしいことにな、と団長は吐き捨てた。
クロユリは何も言わなかったが、奥歯を噛み締めているのか少し表情が強張っていた。
「俺はどうしようもなく不甲斐無くなったもんだ。
今は少しでも、恥に塗れ泥臭くても生き長らえたいと思っている」
「良いじゃないですか、団長さん。
その方がずっと、人間らしいじゃないですか」
「そうかな?」
微笑ましそうに笑みを浮かべながらプルメリアはそう言った。
「そうですよ団長さん、団長さんの人生まだまだじゃないですか!!
それに私、最近学びましたよ、前半で下げておいて、後半で一気に盛り上げる!!
カタルシスってヤツですね!! 団長さんの物語もまだまだ前篇なんですから、これから一気に盛り上げて行けばいいんですって!!」
「そこまで若いつもりもないがなぁ」
ハイテンションのリシアンサスにそう言われて、団長も苦笑した。
「……実は自叙伝を書いて騎士学校の学生たちに読ませ、前線での出来事や雰囲気を伝えようという試みがあってな。
花騎士枠とは別に団長枠として俺にも依頼が来ているんだが、やってみるか」
皆の励ましに、団長は少しだけ笑った。
ちなみに、そうして書かれた彼の自叙伝はなかなかに好評で書籍化され、彼が知らぬうちに売りさばかれてしまうのは、少し未来のお話である。
§§§
帰還したリンゴ団長たち一同は、各々お祭りの水上ステージの設営の手伝いをすることとなった。
「ちょっと、カサブランカP!!
今日の主役がまだ来てないってどういうことですか!!」
「すまないチューリップP。
彼女らも予定が合わずギリギリになってしまったのだ」
そこでは、チューリップ団長とカサブランカが忙しそうにしていた。
「これだからバナナオーシャンは!! 今回のイベントも急に決まって準備期間短かった所為で彼女たちに練習もさせられなかったし!!
こんな行き当たりばったりで本当に大丈夫なわけ!!
最後に使う花火だってまだ届いてないって言うじゃないか!!」
「それについてはアカシア隊が輸送中だ。夕方には問題なく到着するだろう」
「本当にギリギリじゃないか!! いい加減にしろよもう!!」
かなり切羽詰ったスケジュールなのか、チューリップ団長はいつも以上にカリカリしていた。
「もうこうなったら、姉さん達でユニットを組んで歌ったり踊ったりしてもらうしか!!」
「それでは光華の姫君を称えると言う主旨から外れるが」
「その主役が仕上がるまでの時間稼ぎだってば。前座だよ前座。
姉さんたちも、パッション、イロモノ、クール、キュートとバランスが良いし」
「ちょっと、誰がイロモノですって?」
「あばばばばば、ごめんなさい、黄姉さん!! ゆるじでぇ!!」
失言をした彼はイエローチューリップに締め上げられていた。
「あいつも大変そうだよなぁ」
矢継ぎ早に指示を飛ばしているチューリップ団長を見て、他人事のようにリンゴ団長は呟いた。
「以前姿を見た時よりもなんだか、眼が血走ってませんか?」
資材の搬入を手伝っているペポが心配そうに彼を見やる。
「あいつ、プロテア様に振られてから仕事が恋人になってるからな」
「それ、一時期話題になってましたけど、結局どうなったんですか?」
「さて、な」
意味深に笑うリンゴ団長に、ああこれは一枚噛んでるな、とペポは思った。
「なに、それは本当かヤマユリ?」
「はッ、伝承によるとその日は今日であると」
「でかしたぞ!! ではそれを使用し夜の部を盛り上げるとしよう」
カサブランカはヤマユリから受け取った書類をチューリップ団長の所に持って行った。
「チューリップP、これを」
「なになに、光るバナナ? それで夜の部を盛り上げたいって?
あはは、面白そうじゃない!!」
圧倒的仕事量から目が危ない感じになってるチューリップ団長は、そのツッコミどころ満載のバナナに乾いた笑い声をあげた。
「すまない、チューリップP……これが終わったら休暇を嘆願しよう」
「休暇? なにそれ? 俺の恋人は仕事、仕事仕事仕事……。
カサブランカPは俺から恋人を奪うつもりなんですか?」
「う、うーむ」
これは縛り付けてでも休ませるべきだな、と思いつつ仕事に情を挟まぬカサブランカだった。
「あー、じゃあバナナ集めは俺が後方で指揮に入るわ。
取りに行かせる連中の編成とかその他諸々はこっちで担当する感じでいいか?」
見かねたリンゴ団長が二人に割って入り、提案した。
「ああ、すまない、ではリンゴ団長に任せよう。
それでいいか、チューリップP?」
「オッケー!! もうお祭りの準備ってサイコーに楽しいですよね!!」
何だか意味不明のテンションになっているチューリップ団長から目を背けつつ、リンゴ団長は資料を受け取って手が空いている連中を呼ぶことにした。
「それにしても光るバナナか……。
相変わらずバナナオーシャンのシナリオはぶっ飛んでるよなぁ」
光るバナナの伝承についての詳細を読みながらそんなことをぼやくリンゴ団長。
「今年はうちの国のイベントも地味でしたし、ちょっとくらい派手でもいいんじゃないですか?」
「ペポ、お前それ、うちの国にも言えんの?」
リンゴ団長が半眼になってペポを捉える。
「今年台頭してきたロータスレイクは良いとして、行事が多いリリィウッド、イベントが盛んなブロッサムヒル、味覚や温泉のベルガモットバレー……。
今年になって一度しかイベントのない、それも去年との跨いでの地味で寒いだけの国がスプリングガーデンにはあるんだってよー」
「ね、年末が本番じゃないですか!! ウインターローズにも良い所は沢山あるじゃないですか!!」
「じゃあ言ってみろよ!! 他国の人間が、ウインターローズの良い所挙げてみろよ!!」
「そ、それは……」
ペポは耐え切れず目を逸らした。
あの国は環境が過酷過ぎてロケーションが多くても見どころが少ないので、流石の彼女もフォローが出来なかったのである。
「自国民でも咄嗟に言えないことなんですから、そんな風に言ってはいけませんよ」
と、そんな落ち着いた声に二人は振り返れば苦笑しているデンドロビウムが立っていた。
「あ、師匠じゃないですか。
師匠もカトレアお嬢の晴れ舞台に?」
二人は一礼すると、団長はそう尋ねた。
「ええ、オンシジューム達も来てますよ」
「げッ、あいつらも居るのか」
「彼女が最近仲良くなった子が楽器演奏担当らしいので、近くに居るのをさっき見かけましたよ?」
「マジですか、知らんかった……」
あの賑やかな奴に気付かんとは、と団長はしかめっ面になった。
「シンビジュームも居ますから、近寄らなかったのでは?」
「それはそれでショックですね……」
「日頃の行いの所為ではないですか?」
「いやぁ、女漁りは俺のライフワークですからね。
それを止めるのは俺が死ぬ時ですよ」
「そんな調子だから、シンビジュームに敬遠されるんですよ」
呆れたように溜息を吐いた彼女はふと、そう言えば、と呟いた。
「聞きましたよ、大分コテンパンにされたそうですね」
「いやぁ、我ながら得難い副官を持ちましたよ」
「正直損な役回りを押し付けるつもりはなかったのですが、そこは彼女の判断でしょう。
あなたもようやく自分に向き直れるようになったのですから、もう私のお守りも必要無いでしょうね」
「師匠にお守りされるほど若いつもりはないんですがね」
「ふふふ、私にとってあなたも、オンシジューム達も手のかかる子供みたいなものですよ」
「そんなこと言って。師匠もそろそろ良い人見つけては?
実際に子供を作っても高齢出産だって言われる年齢だって自覚あります?」
団長が余計なことを言った直後、デンドロビウムは瞬きの間に詰め寄り彼はアームロックを掛けられた。
「あぎぎぎぎぎぎ!! 曲がらない、腕はそっちに曲がらないぃぃ!!」
「全く、余計なお世話ですよ」
「いいや、流石に今日は言わせてもらいますよ!!
実年齢は知りませんがね!! いい加減40前後の行き遅れなんですから、師匠も前を見るべきですって!!」
「ほ っ と い て く だ さ い !!」
「んぎゃああああぁぁぁ、折れる、折れる折れるぅぅうう!!」
その時、無様に喚き散らす団長の両目がギラついた。
デンドロビウムが己の危機感に従いアームロックを解いて下がると、団長の手が彼女の胸部が有ったところを空振った。
「ちッ、流石師匠、急所への攻撃を咄嗟に避けるとは」
「どさくさに紛れて何をしようとしているんですか、このバカ弟子」
まったく、とデンドロビウムは身体の力を抜いて首を振った。
「この調子では、身を固めろと言っても無駄でしょうね」
「考えてはいますよ。でも師匠より先に結婚するなんて、とてもとても」
「まだ言いますか……」
口の減らない弟子に呆れながらも、彼女は踵を返した。
「知人を待たせています、機会があればまた」
「ええ、また」
団長は軽くデンドロビウムの背に一礼をした。
「うーむ、やはり師匠はガードが堅い。
上手い事口説くつもりだったんだが、食事にも誘えんかった」
「あれで口説こうとしていたんですか……」
団長が何をしたいのか、よく分からないペポだった。
§§§
「それじゃあアンリちゃんも頑張ってねー!!」
オンシジュームちゃんが最近仲良くなった花騎士の子と話し終えると、たたたた、とこちらに戻ってきました。
「シンビジュームちゃん!! やっぱりカトレアちゃんたちはまだ来てないんだってー!!」
「そんなに大声じゃなくても聞こえているよ」
「えっへへ、だってカトレアちゃんの晴れ舞台だもん、嬉しくって」
オンシジュームちゃんはいつもより楽しそうに笑ってそう言いました。
今回の式典は多くの花騎士が有志として様々なお手伝いをしています。
私達はカトレアさんたちとダンスの練習をすることになっているのですが、その当人たちがまだ到着していないそうです。
本番は夜からなので、そろそろ来て頂かないと時間的に厳しいのに。
「あ、団長さんだぁ!! デンドロビウムも居るよ!!」
建設中のステージの裏側から聞こえた聞き覚えのある声に反応したシンビジュームちゃんが遠目で見ると、見知った顔が居ました。
デンドロビウムさんと、ある意味同門に当たる団長さんでした。
……私の兄弟子に当たる人物です。
私達が彼と出会ったのは、カトレアさんのお屋敷に出入りするようになってしばらくのことでした。
ある日、デンドロビウムさんとシンビジュームちゃんが食料の買い出しの帰りに、遭難しかけていたあの人をお屋敷に連れてきたのです。
当時、まだ花騎士ではなかった私達はお屋敷と町までデンドロビウムさんの送り迎えが必要でした。
害虫さえ生存困難な真冬の町の外を何日も過ごしたそうで、それを聞いた私は心底驚きました。
普通、まず生きてはいられませんから。
彼は二人に助け出されてから、一週間は目を覚ましませんでした。
ですが、目覚めて動けるようになると彼はすぐに、城下町に向かうと言ったのです。
とてもじゃないですが、そんなの無理です。
人間の体は、一週間動かさないだけで体の動かし方を忘れてしまいます。
リハビリが必要な体で、町まで歩いて行くなんて死にに行くようなものですから。
当然、デンドロビウムさんは引き止めました。
ですが彼はこう言ったのです。自分は己の役目を果たさなければならない、と。
言葉面だけなら、それは団長の使命に燃える、正義感溢れた言葉にも聞こえるでしょう。
ですが私は見てしまいました。
彼の瞳の奥底に燃える、どす黒い何かを。
それはデンドロビウムさんも感じ取ったようで、彼女は彼を元の部屋に引きずりこむと、数時間の“お話”の末に彼は“自主的に”デンドロビウムさんに師事することになったのです。
以来、私は彼のことが苦手です。
私はオンシジュームちゃんのように活発な方ではありませんが、人見知りするほど内気でもないです。
ですが、初めてだったのです。男の人を、心底恐ろしいと感じたのは。
私やオンシジュームちゃんが騎士学校に通う間、あの人も町から定期的にお屋敷に来てはデンドロビウムさんの教えを受けました。
私も彼女に師事し、武術を。彼は知略や団長としての心得を会得していきました。
彼が元々下地があったので、デンドロビウムさんに師事した期間は私よりずっと短かったと思います。
ですが、花騎士として活動を始めてからすぐ、各地で活躍しているという彼のことを聞くようになったのです。
私は、生まれて初めて、挫けそうになりました。
自分が未熟なのは自覚していますが、分野が違い、年期が違うとはいえ弟子同士でこんなにも差があるのか、と。
デンドロビウムさんに失望されやしないかと、そう思ってしまったのです。
勿論、そんなのは杞憂だったのですけど。
かつて彼は、私達が花騎士になる前にこんなことを話していました。
「ねーねー、団長!! 私騎士学校に入ろうと思うんだけど、卒業したら団長の部隊に入れてね!!」
ある日、オンシジュームちゃんが彼にそんなことを言ったのです。
「はぁ? お前が、花騎士になるだぁ?」
本を読んでくつろいでいた彼は、何言ってんだこいつ、みたいな表情で彼女を見ました。
「やめとけ、お前には向いてない。
花騎士の仕事は遊びじゃないんだぞ」
正直私も同感でした。
オンシジュームちゃんのような子は、戦いの世界に身を置いてほしくないですから。
「遊びが無いってことは、つまり遊びを入れても大丈夫ってことだよね!!
じゃあ私でも大丈夫じゃん!!」
そんなオンシジュームちゃんの謎理論というか、屁理屈というか、そんな言葉に彼もぽかんとしました。
「……俺のコネでお前の入学届受理しないよう言っておくわ」
「ええぇー、なんでよー!!」
「騎士団はてめぇの遊び場じゃねぇって言ってんだ!!」
付き合うのもアホらしいとでも言わんばかりに溜息を吐く彼に、オンシジュームちゃんも食い下がります。
「ねぇねぇお願いだよぉ~、あ、そうだ!!
ほら団長、私のおっぱい触っていいから、ね!!」
「え、マジで!! ……ごほん、あとでこのバカの教育をちゃんとするように師匠に言っとかねば」
彼は一瞬その色仕掛けに引っかかりかけましたが、私が半眼で睨んでることに気付いたのか、取り繕うようにそう言いました。
「俺の心を動かしたいのならシンビの奴も付けることだな。
あいつは多分将来デカくなるから、多分殆ど成長しないお前より稀少性が高いのだ」
「そうなの!? じゃあシンビジュームちゃん!! お願い!!」
勿論、突っぱねましたよ、私は。
「じゃあカトレアちゃんじゃダメ?」
「あれはもう既に俺にとって価値を失っている……って、どの道俺じゃ触れられねぇじゃないか!!」
「にっししー、そうだった」
流石にオンシジュームちゃんも冗談だったのか、くすくす笑って口元を押えました。
「団長は私が花騎士になるの反対なの?」
「ああ、騎士団長の俺が言うのもあれだが、花騎士は名前ほど華やかな職業じゃない。
あの仕事には死と苦痛に満ちている。痛みと悲しみばかりだ。
どうしてもってなら、普通の騎士にしておけ。そっちの方が向いてる」
俺はお前が可愛いから言っているんだぜ、と彼は諭すようにそう言いました。
実際、彼はオンシジュームちゃんに適当なことを言って諦めさせたり言いくるめたりはしませんでした。
彼は彼なりに真摯に、花騎士の辛さを彼女に説いたのです。
「お前、花騎士になれば師匠のように害虫をポンポン倒せるように思うなよ。
あの人は例外だ。あんな強い人は他には見たことが無い。お前の大好きな遊ぶ時間を全て辛い修行や鍛錬に捧げ、なおかつ優れた才能と多くの世界花の加護に恵まれてあの領域に立てるのだ。
あれだけ優れた人でも、多くの挫折を経験している。お前には無理だ」
「むうぅー!!」
オンシジュームちゃんもデンドロビウムさんの真似は出来ないのは承知なのでしょう。
反論できずに頬を膨らませて唸るだけでした。
「でもねでもね、団長も聞いたでしょ、カトレアちゃんも花騎士のお仕事をして、その間はお屋敷の外に出れるって」
「ああ」
「私も花騎士になれば、カトレアちゃんのお手伝いが出来るでしょ?
あと、お外で一緒に遊べるようになるし」
「……」
「皆に認められれば、ずっとお外に居ても大丈夫になるかもしれないんだって!!
私、カトレアちゃんとボードゲームとか、カードとか以外で遊びたいんだよーッ!!」
「…………」
「お願いだよー、デンドロビウムのおっぱいも付けるからー」
「はあ、しょうがねーな、とりあえず前払いで、師匠の胸揉んでくか!!」
「やったー!!」
何だかんだで、彼はオンシジュームちゃんには甘いのでした。
そんな頭の悪い会話でしたが、どうしてか私はそれが尊く思えたのです。
私もオンシジュームちゃんに触発されて、騎士学校に入り、デンドロビウムさんに師事するようになったのです。
ちなみに、この約束は結局不履行になりました。
どうしてかって? たんこぶを作って正座させられているこの後の二人を見れば想像が付くでしょう?
§§§
「やあお嬢、遅ればせながら光華祭一位おめでとう」
「あら団長じゃない、本当に遅い挨拶ね」
「手紙を送るだけじゃあ味気ないと思いましてね」
カトレアたちがやってきたと聞いた団長は、リンゴに仕事を投げて式典の本会場の舞台裏にやってきていた。
「大分魔力が抑えられているようで。俺も安心しました」
「当然でしょ、私を誰だと思ってるのよ」
団長は持参した花束をテーブルに置くと、カトレアに挨拶もそこそこ、別の女性に視線を向けた。
「いやぁアネモネちゃん、お久しぶり。
もうこう言った式典の常連だね、おめでとう」
「正直、過分な評価だと思っているけれどね」
「正当な評価さ、来年もまた一月に飲みに行こうぜ」
「勿論、マンリョウさんも一緒に、だよね?」
「ははは、そんなに警戒する必要ないぜ。
ぶっちゃけ君は俺の好みとしては微妙なラインだが、そんな子に手を出すほど俺は飢えちゃいない」
「私としても、あなたとはこれまで通り飲み友達として付き合いたいからね」
けっこう失礼なことを言われてるが、アネモネも慣れた様子で受け答えしていた。
それなりに長い付き合いのようだった。
「初めまして、君がシクラメンちゃんだね」
「こ、こんにちは。団長さんのお噂はかねがね……」
「うーん、目隠れは良い文化だ。それだけにちょっと惜しい……」
この人本当に胸ばかり見てるんだな、とシクラメンに挨拶している団長を他二人は呆れたように見ていた。
「それじゃあ、長居しても悪いからな、俺はこの辺で失礼するぜ!!」
本当にあいさつだけして、団長は帰って行った。
「本当に、昔から変わらないわね、あの男は」
「カトレアさんも、団長さんの知り合いだったんだ。
でも昔からの知り合いって割には少し仰々しかったけど」
アネモネの物言いは彼女には珍しく詮索するような言い方だったが、共通の知り合いと言う所に興味が湧いただけであって他意はなかった。
「あんまり話したことないのよ、ほら、私ったらこういう体質だから」
「あ、そうか、ごめんね」
「別に気にしてないわ。向こうも私のことなんて興味無かったから。
何か奢れって言っても、ロリスキンに変更してから出直して来い、ぐらい言うわよきっと」
「ふふふッ、そうかもね」
そんな他愛も無いことを話して、カトレアは昔のことに想いを馳せる。
「いーや、絶対こっちの方がいいよ!!」
「こういう場合は定番が良いんだよ、分からんかアマ公!!」
カトレアは昔、まだ魔力の制御がおぼつかない頃、意識して彼を避けていた。
魔法的資質の低い男性相手では、自分の魔力が毒であると十分に理解していたからだ。
それでも、彼が外で経験したことをオンシジューム達に話すことを、よく遠巻きに聞いていたものだった。
その日は、こんなくだらない会話をしていた。
「二人とも、なにを言い争っているんですか?」
シンビジュームが何やら言い合っている二人に、仲裁も視野に入れて話しかけた。
「いやな、高い魔力の持ち主は生まれながらに人ならざる部分を持つことがある。
実際、俺もそう言う事例を何度か目にした。
じゃあ、世界最高峰の魔力の持ち主たるお嬢には、どんな動物の部位が似合うか、という話になってな」
「リス、リスの尻尾が似合うって!! シンビジュームちゃんもそう思うよね!!」
「尻尾ならヒョウだろぉ!! 高圧的な態度から尻尾でビシバシ叩いてくれたら最高だろ!!」
「…………」
思いのほか下らない内容に、シンビジュームは半眼になった。
その日の午後、デンドロビウムと彼はこんな話をしていた。
「やはり外部からの干渉で魔力を抑えるのは危険性が高い、ですか」
「ええ、不安定な魔力に干渉すれば何が起こるか分かりませんから、やはりお嬢の魔力制御は当人の成長を待つのが一番安全かと」
彼はいくつかの書物を広げ、デンドロビウムとロビーで顔を突き合わせていた。
「幸い、資質に関しては問題ないでしょう。
ですが、まだしばらく女王様には寂しい思いをさせてしまいますね」
「俺も伝手をまだ使って色々聞いてみますが、望みは薄いかもしれません」
「いえ、これ以上は必要ないでしょう。
やるべきことは最初から変わらなかった、それだけのことですから。
あなたも、出来ればこの屋敷に顔を出してくれれば、彼女も嬉しいと思いますよ」
「いやぁ、俺が居ると余計に寂しい思いをさせちまうでしょう。
自分は他人と違う、そう痛感させちまうだけですって。
それに、幼少期の孤独なんざ、お嬢には些細な物になるでしょうから」
「……寿命ですか」
「ええ、いつ成長が止まり永い時を過ごすようになるかも分からない。
魔力を制御するとはそういうことで、当人が成長するとはそういうことですから。
勿論、そうならない場合もあるそうですが、それこそお嬢次第でしょう」
彼は団長業の合間に、こうして魔力に関する研究や事例をよく持って来ては、デンドロビウムと話し合っていた。
「歯痒いものですね、私のしていることが将来彼女を傷付けることになるのかもしれないと言うのは」
「心も、体も、血を流さず生きられる人間は居ない。
それは師匠が一番よく知っている筈でしょう?
より傷つくか否かの選択肢を選べるようにするのが、俺たち大人の役目の筈では?
今のお嬢にはそれすら出来ないんですから」
「ええ、分かっています」
団長の言葉に、彼女は憂いを振り払うように笑みを浮かべた。
情が深いデンドロビウムと、リアリストの団長。
この正反対の師弟は思いのほか噛み合っていて、仲違いするような未来はカトレアから見ても全く想像できなかった。
お互いに深い敬愛と絆があるのだと、傍目にもわかった。
「まったく、誰かに何かを教える度に、己も教えられることばかりだと痛感しますね」
「それはお互い様でしょう。
師匠の技もシンビの奴に教える度に磨きが掛かるとなると、空恐ろしいですが」
「おや、あなたも腕が鈍ってないか見てあげましょうか?」
「勘弁してくださいよ……」
そして、彼はデンドロビウムに引っ張られて外へ出て行った。
「カトレアさん、笑ってます?」
「本当は仲が良いんじゃないのかな?」
ひそひそと話すシクラメンとアネモネの声に、カトレアはハッとなって居住まいを正した。
「そろそろ時間よ、行くわよ二人とも!!」
すたすたと次の現場に早足で行くカトレアを、二人はどこか微笑ましいものを見るように見ていた。
§§§
「よーし、お前らご苦労!!
ナズナ団長たちのお蔭で何とか規定の分のバナナは集まった!!
俺たちは晴れて仕事も終わり、祭りを楽しめるというわけだ」
遠くで、なんでまだ花火が届かないんだ、と発狂しているチューリップ団長の声も聞こえるが、リンゴ団長は聞こえない振りをした。
彼と彼の部隊も、害虫討伐に部隊設営、バナナ集めと十分ハードな仕事をこなしたばかりである。
他の団長たちも、会場警備や来賓の相手などで手が空いていないので仕方がない。
彼らはこれ以上心が痛まないうちに祭りを楽しむことにした。
自分たちが集めた光るバナナを振ってカトレアたちのステージの後方から遠巻きに見ていたのだが。
「あれ、師匠、お出かけですか?」
「ええ、どうやら花火の輸送部隊が襲撃を受けているそうで」
海上を離れようとしているデンドロビウムの姿を見た彼は、それを聞いて顔を顰めた。
「それは、面白くない話で」
団長はりんご飴を齧りながらそう言った。
「お前ら、バナナを振るだけじゃ物足りんだろう。
もっと激しい祭りの会場に移動しようと思うんだが、どうだ?」
団長の問いかけに、彼の部下たちは仕方ないなぁという感じに応じる。
「常在戦場の良い部隊ですね。さあ、行きましょう」
「あんたがデンドロビウムの弟子か?
話には聞いているぜ、まあお手並み拝見ってな」
ブラックバッカラと合流し、害虫退治に向かう一行。
「……害虫の方が可哀そうになる布陣ね」
とは、キルタンサスの言だった。
実際その通りになったのは言うまでも無い事である。
書けばくる。つまり、シンビちゃんも来る。
この間とった星5確定チケで虹リンゴちゃん被ったんだからきっと来るはず(血涙
今回は書きたいこと詰め込んだので久々に一万文字超え。
そろそろイベントネタ以外を書こうと思います。
次回予告
ランタナ「だんちょ、騎士団辞めるってよ」
チューリップ団長? 知らんな。