貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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今回は前回の後日談カモ。
愛でたいロリが出たけど、今回は石を溜めるカモ。




戦いの仮面

 あの二次会から数日後のことである。

 

 人生に転機が訪れようとも、害虫と言うのは人の事情など汲み取らない。

 今日も今日とて変わらぬ害虫退治。この世界の人類がもう既に千年も積み重ねている町の外の日常だった。きっとこれからも変わることは無いのだろう。

 

 

「よし、お前たち、よくやってくれた」

 リンゴ団長率いる部隊は、今日も滞りなく任務を終えた。

 

「皆怪我はないだろうな? では報告を聞こうか」

「あのぉ、団長さん」

「なんだ、リンゴちゃん」

 団長はリンゴの顔に視線を向ける。

 二人の視線が至近距離から交わった。

 

「もう前に出て大丈夫ですよ」

「あ、ああ、そうだったな」

 彼女の両肩を掴んでずっと身構えていた団長は、こほん、と咳払いしてから背筋を伸ばし、皆の前へと出た。

 

「で、だ。何匹殺したんだ?」

「41匹です。細かい害虫の種類の内訳は後ほど書面で」

 なぜか顔を(しか)めている団長に、サクラがきびきびと応じる。

 

「そうか。じゃあ各班は後で何匹殺したか正確に報告な。

 あと班長は班員の貢献や違反などを伝えに来るように。俺からは以上だ」

 それから、と団長は苦渋に満ちた表情で言った。

 

「皆、早く害虫の血と臭いを落としてくれ。気分が悪くなってきた」

 よく見れば団長は青白い顔をしていた。

 彼は吐き気を誤魔化すようにスキットルを取り出して、ふたを開けただけで酒気が漂ってくるような強い酒を(あお)って、天幕へと引っ込んで行った。

 

 

「なにあれ……」

「って言うか、誰よあれ」

「団長、どうしちゃったの?」

「そりゃあ、あれでしょう」

 いつものモブ四人が、団長の態度に唖然(あぜん)としていた。

 無論、彼女らだけでなく、それは部隊のほぼ全員の感想だった。

 

「……いつもは嬉々として害虫を捕まえて拷問するのに」

「それにずっと陣地に引っ込んでたよね。いつもなら前に出て指示出すのに」

 キルタンサスとイヌタデが困惑気味に顔を見合わせる。

 

「血の臭いなんて気にしたことも無かったのに」

「とても気分が悪そうでしたし、大丈夫かしら」

 エピデンドラムがボソッと呟き、プルメリアは不安げにしていた。

 

「ええと、団長さんは実はその、昔から虫が大嫌いらしいんです。

 子供の頃にイモムシを踏んずけて中身がデロって出てるのを見て以来、トラウマに……」

「いえいえ、それよりずっとすごい事してたよね、団長さん!!」

 リンゴが視線を彷徨わせながら皆に弁明みたいなものを始めるが、リシアンサスがツッコミを入れる。

 他の皆も、それはギャグで言っているのか、とでも言いたそうな表情だった。

 

「リンゴちゃん、他には普段の団長さんと違う所は無かった?」

「えーと、今日は団長さん朝食に遅れてきたじゃないですか。

 あれって害虫退治なんて行きたくないって駄々をこねてたからで。

 前線で指示を直接出さないんですか、って聞いたら、そんな怖い事できるかって、震えだしてしまいまして」

 リンゴのしどろもどろの説明に誰もが喉元から、情けない、と口から出そうになったが、悩ましそうにしているサクラの手前そんなこと言えなかった。

 

「まさかここまで任務に支障が出るなんてねぇ、これでは士気に関わるわ」

「だが、あれが昔は平凡な成績しか出せない団長だったというのは納得だ。これでは居ない方がだいぶマシだ」

「そういう言い方はないと思うわ、クロユリ」

「では鞭の後は飴を与えるか? 義務感で古傷を抉り、それを悔いていたのはお前だろう?」

「それは、そうだけれど」

 それを言われては、サクラも口を(つぐ)むしかない。

 このまま死に急ぐよりマシだろうと行動に出たら、ここまで腑抜けになると想像しろと言う方が無理な話だ。

 

「憎しみが、あそこまで彼の原動力になっているなんて……」

 サクラも思わずため息を漏らす。釣られて他の面々も溜息を吐いた。

 みんな同じ気持ちだった。あんな軟弱者をあそこまで狂騒に駆り立てるのだから、憎悪とは()くも恐ろしいものだった。

 それこそ、凡庸な人間を害虫殺害数の記録保持者にしてしまうほどに。

 

 皮肉なことに、彼の勇猛さや頭の冴えは絶え間なく燃える憎しみの炎によって維持されていたのだ。

 ある意味では彼の努力は正しく、同時に果てしなく間違っていたのである。

 あんな人間が戦い続けるには、まさしくまともじゃいられなかったのだろう。

 

 結局この場で話をしても、害虫の血や体液で不快感が募るばかりだった。

 そして各々は行動に移して、陣地を撤収する作業に入るのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 その日の害虫討伐を終えると、彼女たちは昼食後に団長のフォローをどうするか話し合いを談話スペースで行うこととなった。

 

 皆はあれこれ意見を出し合うが、どれもまとまりに欠けていた。

 こういう時の纏め役たる団長なのだが、議題がその肝心の団長に関してなので時間は無為に過ぎていく。

 

 サクラは責任を感じているのか発言を控えているし、リンゴもどうすればいいのか分からない様子で、有意義な話し合いは無理そうだと誰もが思い始めた頃だった。

 

「なんだお前ら、こんなところで雁首(がんくび)揃えて」

 たまたま団長が本を読みながら談話スペースのある廊下を過ぎ去ろうとしていた。

 

「団長さんこそ、こんな時間にお出かけですか?」

 団長は余所行きの格好をしていたので、ペポが不思議そうにそう言った。

 

「ああ、必要な物を探しにな」

「ねぇねぇだんちょ、何読んでるの?」

「これか? 催眠術の本だよ」

 団長はそう言って、ランタナに読んでいた本の表紙を見せた。

 

 それは、『今日からあなたも違う自分に!! 誰でもできる本格催眠術入門!?』なる胡散臭い代物だった。

 

「なに、その胡散臭い本……ッは!? まさか団長はそれを私に使って、悪堕ちさせていやらしい服を着せるつもりだなぁ~」

「お前らバナナオーシャンの連中はこれ以上露出度増やす気なのか?

 それにお前はエロい格好が似あうようになってから言えよ。悪堕ち衣装を着るのは大抵がボンキュボンだろう?」

「言ったなコラー!!」

「はん、お前の動きはもう見切っている。

 見よ、奥義、ランタナキャッチ!!」

 煽られて逆上して飛び掛かったランタナを、団長は鮮やかな動きで小脇に抱えた。

 

「ぬ、ぬおー!! まさかこんなにあっさり捕まるなんてぇ」

「お前はもっと世界花の加護の力に頼らない戦い方を覚えるんだな」

 はっはっは、と閉じた本でランタナのお尻を軽くぺんぺんしながら笑う団長。

 害虫討伐じゃなかったら以前と全く変わらない様子に、皆も何だか不思議そうにしていた。

 

「団長さん、でもなんで催眠術なんて?」

「言ってなかったか? 俺はこいつの内容を実践して自分に怒りや憎しみを刷り込み続けたのだ。

 今日みたいな体たらくじゃお前らに申し訳ないからな、どうにかもう一度これでビビりを治そうと思ったわけよ」

 手足をじたばたさせて暴れるランタナを(ぎょ)しながら、団長は得意げにそう言った。

 

「じゃあそれ、本当に効くんですか!?」

「まあな」

 驚くペポに、団長は不敵に笑って頷いた。

 他の面々も、催眠術なんて胡散臭い代物が効くなんて半信半疑の様子だった。

 

「単純な奴なら意外にあっさり掛かるもんだぜ。

 まあ、ちょっとした拍子に解けるし、相手に掛けるには同意を得ないとまず成功しないらしいが」

「だんちょだんちょ!! 私にも見せて!! 私も催眠術やってみたい!!」

「よし、いいだろう。じゃあ順番にな、俺が最初に掛けるから、次はお前な」

「オッケー!!」

 こうして単純なランタナはあっさり実験台となったのだった。

 

 

「俺の指をよーく見ろ、指の先を目で追え、お前はだんだん眠くなる、眠くなる、そうだ、眠りながら、俺の言葉に耳を傾けろ」

 こてん、と椅子に座ったままあっさりとランタナは団長の催眠術の術中へと陥る。

 

「うーん、そうだな」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

「わかったわかった。ランタナ、ペポはお前のお姉さんだ。お姉さんとして敬い、慕うのだ。いいか?」

「むにゃむにゃ、ヤダ」

「なんでよー!!」

 意識が無いのに拒否されて涙目のペポだった。

 

「まあ、こんな風に望まないことはさせられないわけだ。

 じゃあそうだな、ランタナ、お前は玉ねぎだ。今日から玉ねぎとなるのだ。分かったかランタナ、お前は目を覚ましたら玉ねぎになるのだ」

 団長が笑いをこらえながら、そういう催眠を施す。

 その様子を見守っている皆も呆れている。

 

「むにゃむにゃ、私は玉ねぎ、玉ねぎ」

「なんで玉ねぎは良くて私をお姉ちゃんって呼ぶのは嫌なの!!」

「手を叩いたらお前は目覚める。3、2、1、はい」

 ぱん、と団長が両手を叩くと、ぱっとランタナが目を覚ます。

 彼女はきょろきょろと周囲に視線を彷徨わすと。

 

「あれ、もう終わったの? 何だよだんちょ、何も変わんないじゃないか」

 ランタナは不満げに口を尖らす。

 何だ結局ダメなんじゃないか、と皆が思っていると。

 

「ふぁぁ、何だか眠いわ。

 ねえ、もうお外で寝ようよ、カボチャのペポ」

「え?」

「えっ、て。お野菜が土の中で寝るのは当たり前でしょ?

 どうかしちゃったの、カボチャのペポ」

「ら、ランタナちゃん、本当に玉ねぎになっちゃったの!?」

「何言ってるの、ペポ。ランタナさんは昔から玉ねぎ……玉ねぎ? 玉ねぎだよ。

 だから同胞たる玉ねぎは食べないのだー!!」

 共食いだからね、と笑うランタナ。

 

「こいつ嫌いな物食わなくて済むから催眠を受け入れやがったな」

 と、ぼやく団長。正直大半がランタナの悪乗りだろうと思っていたのだが、彼女はペポを連れて外へと行ってしまった。

 

「団長さん、今の、魔法を使ってましたよね?」

「え、そうなんですか?」

 サクラの指摘に、魔法の心得の無い者の多くが驚いたような顔になった。

 

「うん? 催眠術ってのは魔法のことだろう?」

「団長さん、それ古い本みたいですから記述されてないかもしれませんが、魔法に関する取扱いが少し前に変わりました。

 今のような精神に干渉するタイプの魔法はどこの国でも違法です」

「え、マジかよ」

「と言うより、そういうレベルの魔法は使用資格が元々必要だったはずですが?」

「それはほら、自分で使う為だったし……」

「ちょっとその本、貸してください」

 サクラはしどろもどろになっている団長からその催眠術の本を取り上げた。

 

「……やっぱり、今の基準で禁術レベルですよ、これは。

 しかし困りましたね。この国では習得は禁じていても使用までは取締りがなされていないんですよ」

 サクラはその内容を見ながら困ったように言った。

 この貴族の国リリィウッドでは、貴族が貴族としてのアドバンテージの源である知識の習得に制限が有り、使用はまた別の法律によって規制されていた。

 

「一応聞きますけど、悪用してませんよね?」

「も、もちろんだ、そもそも催眠術って掛かっている自覚があったらダメだろう?

 俺の場合は自分に掛けてたんだから、俺が催眠術を使える自覚があったらそれが術の解けるきっかけになるやもしれんからな」

 団長は詰め寄ってくるサクラに両手を上げてそう弁明した。

 

「しかし、無自覚ながら使用していた可能性はありますね。

 ここに集団を一体化させて集団行動をより効率化させる催眠方法についての記述が有ります。

 団長さんのいつもの演説が、ある種の催眠術じみた効果があった可能性は否めません」

「そ、そうだったのか?」

「正直これは技術の範囲ですので、何とも言えませんが」

「マジか、マジかー……」

 団長はちょっとショックを受けている様子だった。

 と言うか周囲も、思いのほかガチな催眠術でドン引きしていた。

 

 

「とにかく、当人の合意が無かったり悪用したりはしないでください。

 そうであれば大丈夫なはずですが、出来れば乱用は控えてください」

「お、おう」

「でもすごいよ団長さん!! 催眠術が使えるだなんて!!」

「俺は自分で試す時に結構試行錯誤したから、そんなすごい術だとは思えんのだが」

「ねぇねぇ、私にもそれ掛けて」

「おいおいキウイちゃん」

 団長は目をキラキラさせているキウイを諦めさせるように手を振ったが、その程度の消極的な拒否では彼女は止まらなかった。

 

「お願いだよ、団長さん!! 団長さんがあんなに強くなれたんなら、私だって強い子に成れる筈!! お願いだよぉ」

「あれは長期間に渡って刷り込みをした結果で、かなり極端な例なんだが。

 まあ、そんな都合のいいもんじゃないし、安易な方法に頼っても意味が無いって学ぶ為なら、試してやらんでもない」

「ホント!? ありがとう団長さん!!」

 そう言って、団長はキウイに催眠を施した。

 

「いいかいキウイちゃん、君はもう些細な失敗で挫けたり落ち込んだりしない強い子になったのだ」

「うん、私はもう挫けたり落ち込んだりしないよ!!」

「ついでにエピデンドラムちゃんの面倒くさがりも直してもらったらどうです?」

「お、いいなそれ」

「ええッ!?」

 意外なところから飛び火して、当人はプルメリアを見た。

 

「試しにやってみたらいいじゃないか。

 面倒だとか怠いとか感じなくなれば、気が楽だぞ、きっと」

「ほんとー?」

「そうだ、楽しい事だけ考えるようにするようにすればいい良くないか?

 辛いことに目を向けなくするのは悪い事じゃないしな」

「……まあ、あたしは楽になるなら」

 にこにこしているキウイを見て全く効果が出ているように思えないエピデンドラムだったが、最終的に折れることとなった。

 ここ最近の規則正しい生活で体中が別の意味で悲鳴を上げ始めているというのもある。

 

「よーし、エピデンドラムちゃん、君は疲れたり面倒くさいことは楽しいと感じるようになるのだ」

「ねぇ、本当にこれ効いているの?」

 催眠を施されても効果を全く実感できないエピデンドラムは小首を傾げるばかりだった。

 

「じゃあ試しに、厨房の氷室からリンゴジュースをコップに入れて持って来てくれよ。

 団長命令だ。どうだ、面倒だろう?」

「そりゃあ、面倒だけ、ど……」

 そう呟いた彼女だったが、何やら不思議そうにしながらも廊下の奥に消えて行くと、少ししてからお盆にリンゴジュースの入ったコップを乗せてやってきた。

 

「はい、団長!! リンゴジュース!!」

 なぜか笑顔で彼女はお盆を団長に差し出した。

 

「おう、さんきゅ。どういう風の吹き回しだ?」

「あのねあのね、団長さんが喜んでくれるって思ったら、楽しくて!!」

「うむうむ」

 しっかりと催眠が効果を発揮しているのを確認すると、団長はリンゴジュースを飲み干して、それを片付けるように指示した。

 そしてそれを喜んで請け負って片付けに行くエピデンドラムを、皆は恐ろしい物を見る目で見ていた。

 

「どうよ」

 団長はドヤ顏でそう言った。

 

 

 

「しくしく。お洋服汚れちゃうよ、お風呂入りたいよー」

「お風呂なんて入ったら、ゆであがっちゃうじゃないか!!」

 なお、ペポとランタナは外で穴を掘って土を被って眠る羽目になりそうだったので、頃合を見て団長はランタナの催眠を解いたそうな。

 

 

 

 §§§

 

 

「ねぇねぇランタナちゃん、飴でも食べる? ペポはね、今日出発前にお店で買ったんだー」

「食べる食べる、よくやったじょ大ペポ」

「えへへ、ランタナちゃんだーい好きー!!」

 上記の会話文を見て、微笑ましい二人の少女の会話を思い浮かべることだろう。

 だが、現実は片方がムサい三十超えたおっさんの裏声だった。

 

「ねー、大ペポー、肩車してー」

「うん、わかったー。そーれ!!」

「うわははは、大ペポは背が高いなー」

「ペポはランタナちゃんだーいすき、ペーポペポペポ!!」

「私そんな笑い方しません!!」

 ついに本家大本からツッコミが入った。

 

「どうしたペポ、ペポ? ペポはペポのことも大好きペポだよ!!」

「もう何を言ってるか分かんないですよー!!」

 ランタナに言われてペポになるように自分に催眠を掛けた団長は、なんかバグりぎみだった。

 ちゃんと約束通り順番を守るあたり律儀だった。

 

「うちのペポはペポペポ言わないからその分ペポペポ言ってるペポ。

 一人称統一してくれないと困るって、ペポはペポは言ってみたり」

「それ違うキャラですよね!! もっと大きな間違いが有りますよね!!」

「私と二人の時はよくペポペポ言ってるじょ」

「マジペポか!? じゃあペポも後から反映しておくペポ」

「もう催眠術解けてますよね、解けてるんですよね!!」

 ぷんすかしているペポを見て、団長は可笑しそうに笑った。

 

「お、待てよ、今度はランタナになれば合法的にペポを(かじ)れるんじゃね?」

「だんちょ……天才か!!」

「や め て く だ さ い !!」

 今度は肩車しているランタナと一緒に笑う団長。

 ペポは何だか二倍疲れるのだった。

 

 ちなみに、これは行軍中の一幕である。

 周囲からは呆れた視線がぐさぐさである。

 

 

「団長さん、もう大丈夫なんですか?」

「ああ、もう戦える。大丈夫だ」

「無理しなくても大丈夫ですよ?」

「心配性だな、リンゴちゃんは」

 団長は歩み寄ってきたリンゴに笑いかけると、ポケットから手鏡を取り出した。

 

「大丈夫だよな? 俺。そうだな、俺。害虫をぶっ殺そう。任せたぞ、俺。任せろよ、俺。ああ、血祭りにしてやろうな、俺」

 彼は手鏡にそのように語りかけると、目つきが変わった。

 長く団長と一緒にいたリンゴはすぐに分かった。以前の団長が戻ってきたのだと。

 

「今の俺も、あの俺も、同じ俺なのだ。

 長いことやっていたせいか、意外と簡単に切り替えられるようになったよ」

「擬似的にもう一つの人格を生み出したんですか?

 あの本にそんなやり方まで載ってなかったのに」

 催眠術を完全に己のモノとしている団長に、サクラも(おのの)く。

 しかし今の彼には、強迫観念じみた狂気は垣間見えなかった。

 

 まさしく、戦う為だけに被る仮面(ペルソナ)として産み出した以前とはまた別の人格だった。

 研ぎ澄まされた集中力を発揮し、動揺も知らずに的確に味方を指示を下す、冷酷な指揮官がそこにいた。

 スイッチを切り替えるように、コインの表裏のように、かつての彼は嘘だったが偽物では無かったのだ。

 

「ツキトジの奴が脅威の感覚を有する代償に多大な睡眠時間を要するように、この俺はあまり長時間使えないだろう。

 リンゴちゃん、サクラ、フォローを頼むぞ」

 はい、と二人は同時に返事を返した。

 

 逆を言えば、以前の彼はその状態を四六時中維持していたことを思うと、やりきれない想いの二人だった。

 

 

 

 その日の討伐も負傷者無しで終わったが、少々問題は発生した。

 そう、昨日催眠を施した二人である。

 

「よっしゃー、行ったるぜぇ、花騎士、オンステージ!!」

 何やらやたらテンションの高いキウイが、分隊長のランタナの指示を聞かずに敵に突貫して行ったのである。

 作戦行動自体に支障は無かったものの、終始キウイはハイテンションで、注意を受けても全く受け入れた様子が無いのである。

 

「うっひひひ、たーのしい、たのしーなぁ!!」

 そしてもう一人、エピデンドラムもペース配分も無くスキルをぶっ放し続け、戦闘終了後に魔力の過剰消耗でぶっ倒れたのである。

 そして動けるようになると、すぐに皆の撤収作業を笑顔で手伝い始めたのである。

 当然無理やり休ませられた。

 その後、団長は二人の催眠を解除しに向かったが、その必要は無かった。

 二人とも、暴走のショックで催眠が解けていたのだ。

 

 

「な? そんな都合のいいもんじゃないだろ?」

 膝を抱えて顔を底にうずめているキウイに、団長は優しく声を掛けた。

 

「ごめんなさい、団長さん……なんか、失敗しても大丈夫だと思っていたら、何でも出来る気になってて。

 でもどうして駄目だったんだろ……」

「俺の場合は長期間繰り返し繰り返しやって、ほぼ完全に定着させてたからな。

 ここまで行くと催眠術と言うより洗脳に近いが」

 今日は休め、と団長はキウイの肩を叩いた。

 

「団長のウソツキー!!」

「こっちはちょっと予想外だ。お前、こらえ性無さすぎじゃない?」

「なんであたしが悪いみたいな言い方なのさー!」

「いやだって、面倒って感情を楽しさに変えたらあっさりと見境無くなるあたり、ねぇ?」

 体中のリミッターまで外したのか、反動ですごくぐったりしているエピデンドラムを見て、団長は苦笑した。

 

「すみません、団長さん。私が余計なことを言ったばっかりにご迷惑を」

「良いんだよプルメリアちゃんは悪くないって、いい薬だろうさ」

 彼女を膝枕しているプルメリアにそう笑いかけてから、団長は医療用の天幕から出た。

 

 

「お二人は大丈夫でしたか?」

「ああ、少し休めば大丈夫だろう。二人とも花騎士だからな」

「皆さんズルいです、私も何か団長さんに色々してもらいたいのに!!」

「ははは、それは今度二人きりでな」

 ちょっと拗ねてるリンゴのほっぺたをつつくと、頬を膨らませてますます本物のりんごっぽくなる彼女だった。

 

「私にも掛けてみますかぁ?」

 そこにサクラも冗談めかせて言ってきた。

 

「お前に催眠なんて効くか。個人差が大きいんだ」

「リンゴちゃんには効くんですか?」

「俺に効いてリンゴちゃんに効かない訳がないからな」

 それを聞いたサクラは可笑しそうに笑った。

 更に本物のりんごに近づくリンゴちゃんの頭を、団長はわしゃわしゃと撫でるのだった。

 

 

 

「結局お前は戦うことを後悔しているのか?」

「なぜそう思う」

 返り血を川で拭っているクロユリに、背を向けて終わるのを待っている団長はそう問い返す。

 

「いやなに、私はお前の重荷になっただけなのかと思ってな」

「嫌ならとっくに逃げ出しているよ。

 お前だってそう言う選択肢はあっただろうに」

「……私がお前と出会った戦いだがな、実はあの時私は別の任務を受けるか選べたんだ」

「ほう、そうなのか。

 じゃあ俺たちが出会わなかった可能性もあったし、お前も普通に花騎士として他の連中と和気藹々(あいあい)してたかもしれないわけか」

「だがその部隊は害虫の奇襲を受けて全滅したらしいぞ」

「…………」

 初陣がどちらも死地であるとか、団長は()()無い気持ちになった。

 

「どちらに救いがあったのかは、分からないがな」

「そこで死んじまった方が楽だったと?」

「そういう受け取り方もできるな」

「どうせお前は生き残ってただろうよ、そんでずっとウジウジしてゼラニウムちゃんに迷惑かける結果に落ち着くのさ」

 同じようにその最中に自分と出会っても、その出会い方はまた違っていたのだろう。別の印象を抱いていたかもしれない。

 

「誰がウジウジだ、誰が。あと迷惑は掛けていない」

「結局何を選んでも後悔するのが人生ってこったろ」

「そうだな、お前みたいなのに目を付けられて何度後悔したことか」

「悪かったな!! あーあ、トリカブトちゃんは甘やかしてくれるのになぁ!!

 オリーブちゃんも優しくてぷにぷにで可愛いし、うちの黒髪ツインテはなんでこんなに愛想が無いのか」

「では女の子らしいことをしてやろう、ほら!!」

「うえッ、やめろ、水を飛ばすな!!」

 川の水をバシャバシャ飛ばしてくるクロユリによって、団長は転げる羽目になった。

 どうにも甘酸っぱい雰囲気とは無縁の二人だった。

 

 

「まあ、あれだ、少なくとも俺はお前を独りにはしないよ。

 少しばかり賑やかで悪いがな」

「全くだよ、本当にな」

 最近はもっと静かな時間が欲しい、と贅沢な悩みを持てるようになったクロユリだった。

 

 

 

 

 

 

 




催眠術か……あとは触手があれば立派なエロゲ主人公ですね!!
次回はハナモモちゃん視点かR版やります。


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