貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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いつか書きたいと思ってたスイギョクファミリーをようやく書けました。




スイギョクの日常

「ううむ、天啓が舞い降りぬ」

 その日、キンギョソウ団長は騎士団支部をうろうろしていた。

 多才な彼は、いつも何かしらのインスピレーションを求めている。

 

 

「おや」

 彼が食堂の近くを通ろうとした時、見覚えのある服の裾が食堂に消えて行くのが見えた。

 まだ昼食の時間には早い時間である。団長は秩序を守るべくその後を追う。

 

「なぁ、おばちゃん!! ちょっとだけ、ちょっとだけで良いからさ、頼むよ!!」

「全く、スイギョクちゃんは仕方がない子だねぇ」

 中ではなんと、食堂の食料を略奪している海賊の姿が有った!!

 

「呆れたな。こんなところにまでドブネズミの侵入を許すとは」

「ドブネズミってのは酷いんじゃないのか?」

 親しげにしてた食堂のおばちゃんから貰ったらしい骨付き肉を頬張りながら、海賊にして花騎士のスイギョクが振り返る。

 キャプテンコートが翻ってバサリと音を立てる。

 

「ふむ、ネズミでは高尚(こうしょう)すぎるか?

 では地を這いまわる黒いアレよ。悪魔の呼び名にふさわしき、と言ったところか。

 放っておけば勝手に増えていくところなども水玉と似通っている」

「相変わらず辛辣だねぇ」

 かなりの暴言を吐かれているというのに、彼女は大して気にした様子は無かった。

 彼女は、あんたからは言われ慣れているといった様子だった。

 

「私は海賊だぞ。たとえるなら陸のモノじゃなく、海のモノにした方がいい感じだったんじゃないのか?」

「下らん。花園を彩る権利を得たというのに、それを蹴ったそうだな。

 あの男の嘆願ゆえ貴様たちの指名手配を取り下げるのに我がどれだけ骨を折ったと思っている」

「私は頼んじゃいないけどな。

 ってか、私らを指名手配にした貴族、とっくに失脚したんだろう?

 じゃあ指名手配を取り下げて当然じゃないか」

「そんな道理が有るか」

 団長はため息を吐く。頭の悪い会話だとでも思っているのだろう。

 

 貴族と海賊。正反対の二人だが、こうして片方が嫌味をぶつけても不思議と言い争いになったことは無かった。

 この二人は模擬試合であるが、一度だけ剣を交えたことが有る。

 

 その太刀筋で、二人はお互いにどことなく察していた。

 こいつ、人を斬ったことがあるな、と。

 

 それでいてお互いの情報を知るうちに、妙な親近感が湧いたと言うべきか。

 こうして顔を合わせる度に嫌味の応酬となる。

 

「それでフナムシよ、わざわざ陸に上がってきた理由は何だ?」

「おッ、フナムシと来たか。なるほど。

 いやぁそれにしてもリリィウッドってあれだな、肉が全然無いな!!」

 これだから内陸は、とか言って露骨に話を逸らすスイギョク。

 

「内陸の連中は野菜ばかり食べてるからひょろいんじゃないのか?

 つっても、うちの連中は肉ばかり食っても燃費が悪いからひょろいけどな!!」

 あっはっはっは、と彼女はわざとらしく笑った。腹芸の出来ない女である。

 

 ちなみにスプリングガーデンはベジタリアンの割合が非常に多い為か、畜産業があまり盛んではないのだ。

 それゆえ、意識しなくても全く肉類を食べないで過ごしているという人間も少なくない。

 

「……まあいい、この町にも肉を出す店は有る。

 港町に比べれば少ないがな、あとで教えてやろう」

「お、マジか!! サンキュ!!」

「上品な店ばかりなので貴様の口に合うかどうかまでは知らぬがな」

「うげ、そう来たか。やっぱりここで調達するしかないな!!」

「やめぬか、意地汚い」

「なんだ、貴族様は虫の悪食を気にするのかい?」

「叩き潰さねば、と思う程度には」

「へいへい、じゃあ叩き潰される前に退散しますか」

 飄々とした態度でスイギョクは食堂から去って行った。

 

「……何だか楽しそうだったね」

「我が眷属よ、戯れはよせ」

 いつの間にか食堂の端の方の席に座って頬杖をついていたキンギョソウに、団長は煩わしそうにそう返した。

 

「別にいいんじゃない? 最近肩張ってたみたいだしさ」

「何が良いのだ。奴は何か企んでいるぞ。

 死色の魔王に連絡を……いや、必要有るまいか。あの男なら」

 

 

 

 §§§

 

 

「うーん、キャプテ~ン、お肉食べたいよ~」

「ほれ、イカリソウ、肉を持ってきてやったぞ」

「え? 本当? うわーい!! キャプテン大好き~」

 テーブルに突っ伏していた花騎士イカリソウは起き上がって、スイギョクの調達してきた骨付き肉にかぶりつく。

 

「それでおやびん、騎士団の様子はどうだったんですか?」

 肉を食べているイカリソウをちょっとうらやましげに見ていた花騎士シーマニアが尋ねた。

 

「いや、うん、無理だったな!!」

 と言って、スイギョクは呵々大笑した。

 

「いや、無理って……」

「私達がこんな倉庫の隅っこでネズミみたいにこそこそしてる理由は何だ?

 皆も感じてるだろ、城下町に入ってからずっと感じてる視線を」

「うう、正直気持ち悪ぃです」

「見られてるね~」

「熱烈な視線を貰うのは悪くないけれどな。どうも私らのファンって感じじゃなさそうだ」

 スイギョクは腕を組んで倉庫の壁に身を預ける。

 

「そりゃあ私達はいろいろと悪さしてるけどよ、これでも花騎士としても色々やってるんだぜ?

 いきなり監視される理由ってなんだ?」

 彼女はそう疑念を呈する。

 

 彼女たちはアウトローだが、人道に反するようなことはしていない筈だった。

 そうでなければ団長たちも指名手配を取り下げることしない。

 

「それに関しては、私の不手際よ。ごめんなさい」

「ガザニアか」

 スイギョクは薄暗い倉庫に入って来た最後のファミリーを見やる。

 

「私が以前に一人で事を運んだ時に顔が割れてしまったの。

 迷惑を掛けてしまって申し訳ないわ」

「水臭い事言うなよ。私達ファミリーだろ」

 ばんばん、と笑いながらガザニアの肩を叩くスイギョク。

 ガザニアはちょっと嬉しそうだ。

 

 

「それにしても、姉御。本当に団長たちが何らかの禁制品を作ってるって本当なんです?」

 シーマニアが疑念を孕んだ表情でガザニアに言った。

 

「ええ、間違いないわ。

 団長たち以外にも、複数の貴族の関わりがあるらしいわ」

 そしてガザニアは躊躇いなく断言する。

 

「俺が惚れた男にもそう言うんだ。

 マジなんだろう。私はガザニアを信じる」

「ありがとうスイギョク。でも安心して、彼は関わっていないと思うから」

「そうなのか? じゃあ他は?

 リンゴのもか? まさかハナモモ団長まで関わっているなんて言わないよな?」

「その可能性は低いわ。私も何度か調査しているけど、二人が関わっている様子は無いわ」

「なるほど、つまり何らかの情報が引き出せるかもしれない、ってことか」

「ええ、でもリスクは高いわ。こちらの動きが気取られる可能性もある」

「何言ってんだ、こっちの動きはもう筒抜けだ。

 なら、正面から行ってやろうじゃないか」

 そう言って、スイギョクは豪快な笑みを浮かべた。

 

 

 

 §§§

 

 

「ん? ああ、お前ら!! なんだ陸に上がってたのか!!」

「いよう!! リンゴの団長!! そうなんだよ、久しぶりに陸なんだよ!!」

 訓練場に四人が赴くと、そこで訓練をしていたリンゴ団長が四人の姿を認めて喜びの声を挙げた。

 

「団長さん、彼女たちってあれよね。

 その、お知り合いだったの?」

 たまたま近くでストレッチしていたキルタンサスが皆の疑念を代表して問うた。

 

「うむ、あれは俺がバナナオーシャンで団長をしていた頃の話だ。

 ある日、提督になれば数多のロリっ子に出会える!! という謎の天啓を得て、海に飛び込んで泳いでたらこいつらに出会ってな」

「自由すぎるわね……」

「一週間ぐらい寝食を共にした仲なのさ。

 いやぁ、ナズナ団長の所で厄介になってるって聞いていたが、またこうして会えるとはなぁ。

 リリィウッドじゃ全然肉とか食えないだろう? いい店知ってるから後で行こうぜ」

 皆は団長の奇行に呆れているが、そんなの気にせず彼は旧友との再会に喜んでいた。

 

「あの頃は楽しかったなぁ、団長。惚れた人間以外を船に乗せたのは初めてだったが、存外に悪くなかったよ」

「俺は一週間も行方不明で危うく騎士団をクビになるところだったがな!!

 まあ、結局似たようなことになったし、あの子にも心配かけたし……」

 微妙にトラウマに直撃している団長だった。

 

「ねーねー団長。私お肉食べたい、今すぐ食べたいよー」

 そこで、イカリソウがのそのそと団長の腕にしがみついておねだりし始めた。

 

「んん? しょうがないなぁ、シーマもくるか?」

「…………」

「なんだその顔は。俺とおまえの仲だろう?」

「私は機関室で二人きりになった時のこと忘れてねぇですよ」

「いやだから、あれは悪かったって」

 妙に馴れ馴れしい団長と、不機嫌そうに彼を睨むシーマニア。

 

 彼の部下数名が、あッ(察し となったのは言うまでもない。

 

「悪いな皆。俺たちはちょっと早めの昼食してくるわ」

 こんな風に普通に楽しそうにしている団長も珍しく、誰も口を挟めずに彼らは行ってしまった。

 

「何と言いますか、イカリソウさんじゃなくてシーマニアさんに手を出すのが妙に生々しいですね」

 リンゴのその呟きに、そうねぇ、と横に居たサクラが頷くのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 もう勘弁してください、とお店が涙目になるくらい海賊団の略奪行為は激しかった。

 

「もうあの店の食べ放題は出禁だな……」

 と、団長も苦笑気味になるしかなかった。

 

「そういや、ガザニアちゃんはどこ行ったんだ?」

 途中から席を外したガザニアを気にしたが、団長はまあしっかり者だし大丈夫か、と一人納得していた。

 

「んじゃあ、俺は戻るわ。

 お前らもあんま無茶ばかりすんなよ」

「おう、世話になったな団長!!」

 すっかり満腹になった三人は、手を振って団長を見送った。

 

「ふぃ~、満腹満腹~」

「あのぉ、おやびん、主旨間違ってないですか?

 結局団長さんからなんも情報引き出せなかったって言うか、肉食っただけっていうですか」

「まあ、なんだ、細かいことは気にすんな!!

 ここはひとまず肉を腹いっぱい食えて良しとしよう。

 それに、その辺の細かいところはガザニアがやってくれるだろ」

 おやびんは行き当たりばったりですねぇ、とシーマニアは呆れ顏である。

 

 そうして話していると、件のガザニアが三人の元へとやってきた。

 

「スイギョク、今戻ったわ」

「おう、それで、どうだった?」

「残念だけれど、リンゴ団長も関わってたみたい。

 さっき執務室に入ってみたのだけれど、チューリップ団長からの指示書があったわ」

「……そうか、残念だな」

 スイギョクは今しがた食卓を囲んでいた男を目で追う。

 しかし彼はとっくにこの辺りから去っていた。

 

「でもお蔭でどこでブツを作っているかは分かったわ。

 指示書には製作所の住所が書かれていたから」

「よし、じゃあ今夜早速ブッコンで、団長たちの目を覚まさせてやろうぜ」

「ええ、そうしましょう」

 行動は早い方がいいと、ガザニアはスイギョクの案に賛成した。

 

 四人が拠点へと戻ろうと動くと、ふと、スイギョクの視界の端に何かが映った。

 

「悪い、先に戻っててくれ」

「どうしたんです、おやびん?」

「ちょっと古い知り合いを見つけちまった。ちょっと顔見せてから帰るわ」

 そう言ってスイギョクは返事も聞かずに踵を返す。

 

「キャプテン、どうしちゃったのぉ~?」

 去り際の彼女の(うれ)いを帯びた表情からイカリソウは心配そうにしていた。

 

「スイギョクなら大丈夫よ。さ、行きましょう」

 ガザニアは特に気にする様子も無く、二人を先に促した。

 

 

 

 §§§

 

 

 誘い込まれるように、スイギョクは路地裏に踏み込んでいく。

 

「おいおい、こういう誘い方がお好みなのかい?」

 暗がりに入った途端、スイギョクは背後から抱きしめられるように路地裏の奥へと連れ込まれた。

 一見すれば娼婦とその客だが、スイギョクの目の前には首筋に当てられた短剣の切っ先が見えていた。

 

「この件から手を引け」

 ぼそり、と彼女の耳元に囁かれるくぐもった言葉がそれだった。

 

「うーん、どうしようかなぁ」

「…………」

 スイギョクはそんなことを言いながら、密着されてるのを良い事に手を後ろに回して襲撃者の尻を触っていた。

 うんうん、と唸って悩む振りをしながらセクハラを続けていると、溜息と共に突き放された。

 

「ここ最近じゃ、裏の業界では犬面に出会ったらその仕事から手を引けってのが鉄則だが、なるほど、こうすれば大丈夫なのか」

 くるりとターンして真正面から襲撃者を見据える。

 黒づくめに革製の犬用口輪を模したマスクが目に映る。

 その目は、減らず口を、とでも言いたげに細められていた。

 

「まあ、その、なんだ、久しぶりだな」

「旧交を温められるほど親しくなった覚えはありませんが」

 マスクを外し、その女はそう答えた。

 

「あの女貴族の屋敷に連れて行かれる馬車で少し話しただけだもんな。

 だけど私は一目で分かったぞ。お互い無事だったみたいだが、結局お互いに真っ当に生きちゃいられないみたいだな」

「無事、ですか。あなたが逃げた所為で我々がどのような仕打ちを受けたか知れば、二度とそんなこと言えないでしょうが」

「ああ、それは、……悪かったよ」

「いえ、謝る必要はありませんよ。あんな光景を見たら逃げたくなるのが人情ですから」

「私のほかに逃げ切れたのは居るのか?」

 スイギョクの問いに、彼女は首を横に振った。

 舌打ちし、ばつの悪そうに視線を逸らす。

 

「そうか、それは悪いことをしちまったな」

「もう終わったことです。あそこにいた全員がそう思っています」

「あのクソ貴族はどうなった?」

 スイギョクは低い声でそれを確認するように問う。

 彼女たちがこうして生きているのなら、それを飼っていた者はどうしたのか、と。

 

「生きてはいますよ。彼女は自分の今の状態を生きているとは言わないでしょうが」

「ひゅー、おっかねぇ」

 それ以上は聞くまいと、スイギョクは肩を竦めた。

 

 

「なあ、あんたもそう言う仕事してるのなら、こうして話をするのはご法度だろう?」

「ええ、まあ。私はこの後ご主人様に最大の罰を下されることでしょうね」

「だったらどうしてだ? 私達は少しの間話しただけだろう?」

「それでも、嬉しかったからと言ったら信じますか?」

「……いや。私も嬉しいよ。他の皆も生きてるんだな」

「ええ、皆、楽しくやっていますよ」

「なら、私の船に誘うのは野暮か。今のあんたからは悲壮な感じはしないからよ」

「そちらこそ、こちらに来るのなら歓迎しますが?」

「あんたもわかってて言ってるだろう? 首輪を付けられるのは趣味じゃないんだ」

 それを言い終わると、スイギョクは彼女の横をすり抜け、路地裏から去ろうとする。

 

「またな」

「ええ、また」

 路地裏から足音が遠ざかる。

 彼女はマスクを着け直し、暗がりに溶けるように路地裏の奥へと消えて行った。

 

 

 

 §§§

 

 

 夜。静けさに満ちたリリィウッドに四人のアウトローが忍び寄る。

 

 その建物は、城下町のエダ商業地区の片隅にひっそりと建っていた。

 時々高級な馬車が出入りするが、看板もなにも無い場所なので周辺住民から不信がられている場所だった。

 

 だが貴族が秘密の会合をするには打ってつけの場所だった。

 入れ替わりで昼間から見張っていた四人だったが、もう既に数人の貴族らしき人間が馬車から中に入って、一人も出てきていない。

 

「じゃあ、そろそろ仕掛けるか」

 スイギョクはそう判断して、建物の入り口から四人は突入する。

 

「えーい!!」

 間延びした掛け声でイカリソウがドアをぶち破る。

 

「だ、誰だ貴様ら!!」

 中では、三人の貴族が椅子に座って談笑していたようだが、四人の登場に驚愕した様子だった。

 

「ここで作ってるんだろう、禁制品とやらを。

 女王の御膝元でよくもまあ大胆にやれるもんだなぁ」

「貴様ら!! 我々の背後に誰が居るか分かってての狼藉か!!」

「誰だろうとしらねえよ、私たちは海賊だぜ。気に入らないと思った奴をぶん殴って何が悪い!!」

 スイギョクがそう怒鳴ると、貴族たちは気圧されたように後退る。

 彼女の仲間たちが彼らを拘束しようと動くが、不意に両者の間に割って入る影が存在した。

 

「また会いましたね」

「おう、また会ったな」

 まるで旧知の間柄のように、気安くスイギョクは受け答えた。

 

 黒ずくめの人影はどんどんと天井から降りてくる。

 その中心に居る女が背後に目配せする。

 

「こ、この場は任せたぞ!!」

「まて、サンプルがまだ!!」

「ご主人様は速やかに撤収せよとのご指示です」

 言い争いを始めそうになる貴族たちにそう声を掛けると、彼らは渋々と裏口から逃げ出した。

 

「誰だか知らないが、あんな連中を擁護するなんてお前のご主人様ってのはつまんない奴なんだな」

 スイギョクは挑発のつもりで言ったのだが、彼女たちは顔を見合わせるとクスクスと笑い始めた。

 

「そのつまらなさが救いなのですよ」

 そう言って、彼女はマッチを取り出し、シュッと火をつけた。

 同様に、彼女の仲間たちもマッチに火をつけ始めた。

 

 四人がマズイとも止めろというよりも早く、彼女たちは火の点いたマッチを投げ捨てる。

 スプリングガーデンの建物は多くが木製や植物製だ。

 なので油が無くてもよく燃える。

 

「では、また」

 その言葉を最後に、犬面の集団は撤収し始めた。

 

「わ、わあ、どんどん燃え上がってやがるです!!」

「スイギョク逃げるわよ!!」

「おい、ここまできて手ぶらで帰るなんて割に合わないっての!!」

 金目のものを探し始めたスイギョクは、露骨に怪しい地下への扉を見つけた。

 

「シーマニア、イカリソウ、火の手がヤバくなったら教えろよ!!」

「ちょ、マジですか、おやびん!!」

 シーマニアの悲鳴を背に浴び、スイギョクは地下の扉を蹴り破る。

 

「なんだ、これは」

 そこは、印刷場だった。

 包装前の印刷物がいくつも積み上がっていた。

 

「偽造紙幣ってわけでもなさそうだが、これって」

「だ、ダメ、見てはダメよスイギョク!!」

 後から追ってきたガザニアが呼びかけるが、もう遅かった。

 

「……『青い悪魔の堕ちる日』?」

 スイギョクが積まれていた冊子のように薄いそれのタイトルを読み上げた。

 ああ、とガザニアは顔に手を当てる。

 

 それはスイギョクとガザニアをモデルにした、ではなく、ド直球に当人たちを題材にした薄い本だった。

 禁制品と言えば禁制品だった。

 実在の人物を直接的にこのように表現するのはアレなので、本来はある程度ぼかすものなのだが。

 他の花騎士でやったら苦情が来るので、苦情が出せそうにない相手でやったという背景もあるが、それを彼女らが知る由も無い。

 ちなみに一番人気はスイギョク×ガザニアの百合本で、うず高く積まれている。

 

「お、これすげぇな。めっちゃリアルだわ。お、シーマニアとイカリソウのヤツもあるのか!!」

「これだから私一人でやるつもりだったのに!!」

 顔を真っ赤にしたガザニアが楽しそうにはしゃいでいるスイギョクに身体を向けられずに蹲った。

 

 

「おやびん達まだですか!! もうヤバイ感じに火の手が!!」

「めちゃくちゃ燃えてるよー!!」

「おお!! お宝はゲットした!! 今そっちに戻るわ!!」

「私はここで燃え尽きるわ……」

「何言ってるんだ、帰るぞガザニア!!」

 その後、どたばたしながら燃える建物から逃げ去る海賊団だった。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 リリィウッドの会員制のサロンに、スイギョク海賊団から逃げ延びた貴族たちが他の仲間と合流し話し合っていた。

 そこでは、恐るべき邪悪な陰謀が語られていた。

 

「うぐぅ、くやしいですぞ、同士よ。せっかくキンギョソウ団長氏の描いたサンプルを失ってしまいました」

「おのれスイギョク海賊団め、一度にならず二度までも我々の楽しみをふいにされるとは、失態でござるな。これでは次のコミフェスに支障が……」

「んんwww これはもっと対策するしかありえないwww」

「とは言え、ようやく執筆を決意してくれたリンゴ団長氏とリムちゃん氏の合同誌が納品前で助かったですぞ。

 あれが燃えていたらと思うと我ら立ち直れませぬ」

「報復としてスイギョク海賊団がクラーケンとかに触手責めされる本をキボンヌ」

「しっかし拙者、貴族に生まれた身としては、『我々の背後に誰が居るか分かっているのか!!』というセリフを言えて大満足でござる」

「我々、ただの同好会にすぎませぬのになwww

 政治的な集まりと思われてて腹筋大激痛ですぞwww」

「政治とかどうでもいいでござる。勝手にやってろでござる」

「デュフフフ、我らのような下級貴族がそのように思われるのは痛快ですな。

 勝手にそう思わせておけばよろしい。我らは趣味に興じていられればそれで満足ですぞ」

「ですなwww」

 

 これがリリィウッドに巣食う闇だ!!(白目

 

 

 

 §§§

 

 

「なあおばちゃん、今日も頼むよー。今日だけで良いからさ。な?」

「しょうがないわねぇ」

 翌日、何食わぬ顔でスイギョクは食堂で骨付き肉を調達していた。

 

「相変わらずだなフナムシめ。

 まだ物乞いの方が品位が有るぞ」

「じゃあその物乞いに一度でも施したことがあるのかい?

 あるならこの肉を食べるのも困る粗忽者にもお恵みを、ってね」

 またまたキンギョソウ団長と出くわしたスイギョクは当たり前のように嫌味の応酬となった。

 

「これに花騎士の給料が出てると思うと眩暈がする。

 いい加減、海賊なぞ止めて実家の両親を安心させた方が良いのではないのか?」

「そんなの今更だよ。海賊がどの面下げて会いに行けっていうのさ。

 行ったってどうせ泣かせるだけさ。バカ野郎って殴られるかもしれないな」

 彼女は冗談めかせて言ったが、心なしか罪悪感が見え隠れしていた。

 団長はそんな彼女にぼそりと呟く。

 

「あの大人しそうな小娘がこうなるとはな……」

「おい、ちょっと待て、今聞き捨てならないこと言わなかったか?」

「さてな。くくく、我が内に眠りし記憶が呼び起こされてしまう……」

「誤魔化すなって!!」

 二人がそんなやり取りをしていると。

 

「おやびーん!! 姉御が、姉御が大変です!!」

「なに? 今行く!!」

 スイギョクはシーマニアに呼ばれて現場に向かうと、イカリソウに羽交い絞めにされているガザニアが居た。

 

「放してイカリソウ!! 爆破してやるわ!!」

「ダメだよー、ここは騎士団支部だよー」

 と、ロビーで二人が騒いでいた。

 スイギョクがガザニアの視線を追うと、そこには売店があった。

 

 その売店の陳列棚に、『新刊』とポップ広告がされた場所の下に見覚えのある代物が有った。

 スイギョクはそれを手に取る。昨日の戦利品の健全版だった。名前もぼかされている。

 

「一冊千ゴールドか。とりあえずこれも一冊貰おうか」

 彼女が押し殺した笑みでそれを手に取ると後ろで、スイギョク!! と悲鳴じみた叫びをあげるガザニア。

 それを抑える二人。

 

 この愉快な日常を手放すのは無理そうだと、スイギョクは皆を見たのだった。

 

 

 

 

 




うーむ、次は何を書こうか。
そろそろ別の国にいた頃のリンゴ団長をやろうか、ハスさんが来る話にしようか。悩みます。

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