貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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本来ならキャストをここに書こうと思ったのですが、用事が有るのでまた後でにしますね!!



戯曲「麗しの刃の君」 第一部

「おい、満員だぞこれ……」

 春祭りの演劇本番当日、ロータスレイク水中都市広場に設置された舞台の舞台袖から、リンゴ団長たちは満員の客席を見て戦々恐々していた。

 広場におよそ九十席用意された客席はすべて埋まっていた。

 

「サクラさんも出演するって宣伝したのが効いたのかな?」

「……それって、詐欺に近くないかな?」

 悪びれもしない態度で(うそぶ)くチューリップ団長に、オリーブが呆れた様子で彼を見た。

 

 観客たちはサクラが出演すると聞いて、当然彼女が主役だと信じて疑っていない様子だ。

 彼女らがサクラが何を演じるのか知れば、愕然とするに違いない。

 

「とはいえ、そろそろ開演だ。気合入れていくぞ」

 リンゴ団長の声に、役者たちは頷いた。

 

 

 

 

 §§§

 

 ――えー、お集まりのロータスレイクの皆さん、遠路はるばるやってきた観光客の皆さん、この度は我ら多国籍遊撃騎士団がお送りする舞台「麗しの刃の君」の公演に足を止めて頂き、大変感謝です!

 

 ――ナレーションを務めますは、この花騎士リシアンサスです。

 

 ――ここは場を温める為に軽く三十分くらいお話をしたいところですが、それだと公演時間より長くなってしまいますので、今回は自重させていただきますね。

 

 ――さてさて、早速お芝居のお話を致しましょう。今回のお話はなんと数千年もの昔、私たち花騎士が害虫と戦うどころか、歴史の長いリリィウッドですら地上に存在しない大昔。

 

 ――まだまだ普通の騎士が台頭していた、そんな昔の話でございます。

 

 

 リシアンサスの語りが終わると同時に、舞台を覆っていたカーテンが上がっていく。

 セットは民家や商店などが並ぶ普通の街並みだった。

 井戸らしきセットの前で、井戸端会議に花を咲かしている貴婦人もいる。

 

 そして舞台袖から粗雑な胸当てや鎧を纏い、剣を腰に差したキンギョソウ団長が歩いてきた。

 

「ああくそ、カネがねぇ。昨日遊び過ぎちまったぜ」

 彼はいかにもガラの悪そうな態度と歩き方で舞台を歩き進む。

 たった一言でクズ野郎だと周知させる彼の演技は堂に入っていて、反対側から出てきた通行人らしき人物にわざとらしく肩をぶつけた。

 

「あいたッ」

「あんッ、てめぇなにぶつかってんだよ。おい、怪我しちまったかもしれねぇじゃねぇか。治療費払えよ、おら!!」

「あ、あんたは!?

 ひ、ひぃぃ!! これでお許しをぉ!!」

 通行人役のニシキギも、見事なビビりっぷりでお金を差し出し、そそくさと逃げ出した。

 

「っち、これだけか、しけてやがるな。まあ、酒を飲む金にはなるか」

 通行人からお金を巻き上げ、舞台袖に消えるチンピラ。

 

「まあ、なにかしら、あの下品な男は!!」

「しッ、聞こえるわよ。

 ほら、聞いたことあるでしょう。よく近所の酒場で喧嘩して怪我をさせるという傭兵崩れの無頼漢よ」

「ああ、最近隣国との戦争が終わったから流れてきたっていう」

「危ないから、近づかないようにしましょう」

 ドレスを来た貴婦人役のプルメリアとバラは眉を(しか)めてそんな会話を繰り広げ、舞台袖へと消えて行く。

 

 

 ――と、まあ、こんな感じで、彼は町の皆から恐れられていました。あんな男でも腕は立つようで、他の荒くれ者たちも誰も彼には逆らいません。とは言え、こんなロクデナシにも良心と言うものがございます。

 

 野外に設置された舞台だが、魔法によって舞台上が暗闇に包まれ、バッとその中心がスポットライトで照らされると、男は俯いて立っていた。

 

「バカな住民どもめ。好きなだけ陰口を叩けばいい。

 俺はいずれ戦争で功を立て、騎士に取り立てられて、戦場の花形である重装歩兵を構成する一員となるのだ!!

 降り注ぐ矢や魔法を弾き、巨大な戦列の一部となって敵の(ことごと)くを薙ぎ払うのだ!!」

 身振り手振りを駆使し、男は己の夢を思い描く。

 

「では、本当はこんなことをしててはダメだとわかっているのでしょう?」

 虚空から、天使の装束を着たリンゴがうっすらと淡い魔法の光を纏ってゆっくりと舞台上に舞い降りる。

 

「なぜ己の醜さや弱さを改めようとしないのですか?」

「黙れ!! 人は簡単に変われるものか!!

 俺は今日までこのように生きてきた。今更、変えられようものか!!」

 男は己の良心を象徴する天使にそう怒鳴り散らして、舞台上から去っていく。

 天使は淡い光を失い、舞台上は暗闇に包まれ暗転する。

 

 同時にカーテンが下り、しばしの時間を置いてカーテンは上がる。

 セットは酒場の中へと変わっていた。

 

 

「おい、酒だ酒、酒を寄越せや!!」

 店内に入って来たチンピラに、慌てて給仕役のヘザーが応対する。

 

「すみません、お客様。お昼はお酒をお出ししていないんですよ」

「なんだとテメェ、俺は客だぞ。ここは酒場じゃねぇか、なんで酒が出せないんだ!!」

「申し訳ございません、そういう決まりでして……」

 給仕の弱腰の対応に、男はますます増長する。

 お芝居でなかったらヘザーにぶっ飛ばされておしまいだろうが、そうは思わせないキンギョソウ団長の気迫があった。

 

「へッ、酒がでないんだったらあんた、代わりに俺と遊ぼうぜ」

「ああそんな、嫌!! 放して!!」

 給仕の肩に手を回し、男は下卑た笑みを浮かべて抱き寄せる。

 男に給仕の娘が連れ去られようとした、その時だった。

 

 

「うるさいわね、この町では静かに食事もできないの?」

 始めからセットの片隅のテーブルで食事をしていたオリーブ扮する女剣士が、座っていた椅子を押しのけて立ち上がる。

 

「目障りだからさっさとこの店から失せなさい、下郎」

「なんだお前、邪魔すんじゃねーよ」

 不機嫌そうに、男は彼女を見下ろす。

 男と女剣士の体格差は歴然であり、勝ち目は無いように見えた。

 

「代わりにお前が遊んでくれるってのか? あん?」

「今謝れば、痛い目に遭わずに済む、かしら?」

 女剣士の小馬鹿にした返答に、男の表情が歪んだ。

 給仕を押しのけて腰の剣に手を掛け、剣を抜こうとした直後だった。

 

 まさしく一瞬の出来事だった。

 花騎士としての身体能力をいかんなく発揮したオリーブは素晴らしく流麗な動きで男の首筋に自身の剣を突きつけたのである。

 おお、と観客から感嘆の声が漏れた。

 

「な、なにッ」

「まだ、やるかしら?」

「ッ、くそ」

 男は悪態をついて、酒場から逃げるように去って行った。

 

「ああ、剣士様、ありがとうございます」

「気にしないで。ああいう手合いは許せないだけだから」

 そうして床に崩れ落ちている給仕に女剣士は手を差し伸べ、カーテンが下りた。

 

 

 ――さて、見事に実力差を見せつけられた男ですが、当然チンピラがこの後することなんて決まってますよね?

 

 

 カーテンが上がると、セットは夜中の街並みとなっていた。

 その中を独り、女剣士が夜道を歩いている。

 

「おい」

 呼び止められた女剣士が振り返ると、舞台袖からリンゴ団長以外の団長三人が現れた。

 

「てめぇ、昼間はよくも恥をかかせてくれやがったな」

「へっへっへ、あれが兄貴の言ってた生意気な女ですか?」

「う、へへ、暗いからよく見えなかったけど、いい女じゃないか」

 ゲス顏の似合うチューリップ団長と、微妙に浮いているハナモモ団長を引き連れ、キンギョソウ団長が剣を彼女に向けた。

 

 

「膝を突いて謝るなら許してやるよ。ついでに有り金も全部置いていきな」

「ふん、ただのチンピラだと思ったら、追剥ぎだったとはね」

「なんだと?」

「来るならきなよ、女相手に三人がかりじゃないと怖くて剣も向けられないんでしょう?」

「後悔しても遅いぞ、おらぁ!!」

 三人は武器を手に、女剣士に一斉に襲い掛かった。

 

 

 が、一瞬で取り巻き二人は叩きのめされ、男は善戦したがあっさりと武器を取り落として尻餅をついた。

 

「ひ、ひぃ、なんだこの女、べらぼうに強ぇ!!」

「こんなの、勝てっこないよ!!」

 いっそ清々しい程の雑魚っぷりを発揮し、取り巻き二人は転がるように舞台袖へと逃げ帰る。

 

 

「お前一人になってしまったわね。どうする? まだやるの?」

「つ、強い、なんて女だ……」

 男は完全に戦意喪失し、女剣士を見上げていた。

 

 その時、舞台上は魔法の暗闇に包まれ、尻餅をつく男にスポットライトが当たる。

 

「う、美しい!! 何という太刀筋だ!!

 こんな輝かしくきらめく強さを俺は知らない!!」

 男は立ち上がり、女剣士を心から褒め称える。

 

「ああ、これは運命なのだ。うだつの上がらぬ生活を続けるこの俺に、神が与えた転機なのだ!!

 嗚呼、見よ、あの美しく気高き剣の君を。

 彼女の側に侍り、その道程を支えることこそが、俺が産まれた理由、使命に違いない!!

 それに比べれば、ああ、我が夢の矮小さよ!!

 彼女の輝かしさに比べれば、重装歩兵の隊列などくすんだ石ころを並べた物も同然だ!!」

 男の独白が終わると、暗闇が解けて時間が動き出す。

 

 

「これに懲りたら横暴な振る舞いは止めることね」

「ま、待ってくれ!!」

 立ち去ろうとした女剣士に、男は土下座して彼女に縋り付く。

 

「今までの非礼は詫びる、心を入れ替える!!

 だからどうか、俺を弟子にしてくれ!!」

「弟子を取るつもりはない」

「なら!! 丁稚のようにこき使っていい、貴女の強さに惚れたんだ。

 信用できないってなら、魔法の誓約書を書いてもいい、だからどうか、お側に置かせてくれ!!」

 沈黙が下りる。

 

 たっぷり数秒かけた後、女剣士は振り返り、男を見下ろす。

 

 

「ならば、行動で示すがいい」

 

 カーテンが下りる。

 

 

 ――それ以来、男は心を入れ替え、女剣士に従者のように付き従って生きるようになりました。

 

 

 カーテンが上がると、そこはどこかの山の中にあるボロ小屋らしきセットだった。

 焚き火を囲んで、五人の人間が座っていた。

 

「うーん、どうもこのあたりじゃもう私たちのことが知れ渡ったのか、実入りが少ないわねぇ」

 そう言ったのは、粗野な格好をしたサクラだった。

 美人は何でも似合うというが、致命的にまで彼女に噛み合っていない服装だった。

 高級食材を適当に料理して風の強い日に野ざらしにするような所業だった。

 

 彼女目当てにやってきたファンたちも、まさかの配役に愕然としていた。

 

 

「へへへ、お頭!! そろそろ別の稼ぎ場を見つけましょうや!!」

「もっともっと暴れたいですぜ!!」

 と、取り巻き役の四人のうち二人がそう言った。

 言うまでもないが、彼女ら四人はいつものモブ四人である。

 

 

 ―――おおっと、これはこれは、彼女らは今やお話でしか見ない絶滅危惧種、山賊じゃありませんか!! どうやら相当悪いことを繰り返しているようです。

 

 

「貴様らが、巷を騒がせている山賊どもか」

 そこに、舞台袖から男は一人で山賊たちの前へと歩み出た。

 

「なんだぁ、お前!!」

「のこのこと私たちの前に現れるたぁ、余程命がいらないらしい!!」

 残り二人の山賊が棍棒片手に男に襲いかかったが。

 

「ふんッ、せい!!」

 すれ違いざまに一閃!!

 

「うぎゃあ!!」

「やられたぁ!!」

 見事なモブっぷりを見せながら、山賊二人は崩れ落ちた。

 

「お前たちには懸賞金が掛かっている。

 それも生死問わずのだ。貴族も襲うとはやりすぎたな、賊ども」

「……私の子分をよくもやってくれたわねぇ」

 剣の切っ先を向けられた山賊のお頭は、ゆっくりと立ち上がって剣を抜いた。

 

「へっへっへ、お頭、やっちゃってください!!」

「お頭に勝てるわけがねぇんだ!!」

 部下たちが(はや)し立て、二人が対峙する。

 

 男は悪人とこれ以上会話するつもりも無いのか、先手を取った。

 その一撃に山賊のお頭は、否、サクラが目を見開く。

 

 それは、お芝居でも何でもなく、敵意を乗せた当たれば怪我をするだろう一撃だった。

 サクラは本能でその攻撃を防御した。本来ならこの一撃で退場しなければならないのにもかかわらずに、だ。

 

 カンッ、と模擬刀同士がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。

 

 

「(どういうつもりかしら?)」

「(合わせろ、行くぞ)」

 二人は一瞬のうちに視線でそうやり取りを終えると、アドリブで殺陣を演じ始めた。

 囃し立てていたはずの取り巻き役二人の方が、唖然としているくらいだった。

 

 二人の殺陣は予定にない分、妙に熾烈だった。

 少なくともキンギョソウ団長の方は合わせるつもりは無さそうな、迫力が有った。

 立ち位置が頻繁に入れ替わり、既にやられている山賊役二人は気が気でなかった。

 

 そんな予定外の状況だったが、その切羽詰る立ち回りに観客は湧いていた。

 キンギョソウ団長は観客が白けそうになるのを嫌い、急にこんなことを始めたのである。

 

 とは言え、これでは埒が明かないので、リンゴ団長はヒロインを投入した。

 

「せいッ!!」

「うぎゃぁ!?」

「そんな馬鹿なぁ!!」

 背後からの不意打ちを受け、残りの取り巻きは切り伏せられる。

 

「なに山賊相手に手こずっているの?」

 ヒロインの登場で停止した二人に向かってそう言い放ち、お頭を背後から切り捨てる。

 

「うぐぅ、仲間が居ただって!?」

 本来なら早々に倒され、逃げる子分を女剣士が倒す予定だったので、そんなアドリブを入れながらバタンと倒れるサクラ。

 

「いやはや、君の鮮やかさには到底及ばない」

 苦戦を演出しつつ、何食わぬ顔で彼はそう言った。

 

「山賊が貴族を襲うなんてまずありえないわ。

 討伐隊を差し向けられるからね。もしかしたら支援者がいるのかもしれない。調べるよ」

 必要な事だけを述べ、女剣士は舞台袖へ去っていく。

 男はそれに恭しく一礼し、追従する。

 

 カーテンが下りるが、すぐに上がり場面が変わる。

 

 

「どうやら、この山賊たちに指示を出していたのはこの町の領主のようね。

 自分に従わなかったり、気に入らない相手を山賊に襲わせていたらしいわ」

 山賊が使っていた焚き火を前に、二人は座り込んでいた。

 

「外道め、許せないわ。

 私はこの町の領主を討つ。あなたは手を引きなさい」

「いいや、それはできない。我が君よ。

 あの町の人々を、かつての愚かな自分が虐げていたように、領主の横暴は俺の耳にも届いていた。

 その所業、到底許されるものではない。これは俺の罪滅ぼしなのだ。

 たとえ貴族が相手だろうと、君の前に立ちはだかる敵ならば、私も剣を持って切り伏せよう」

 男は立ち上がり、大仰な動きを付けてそう言った。

 

「貴族を斬れば、何が起こるか分からないわ」

「それは君も同じだ。縛り首か、火あぶりか。

 されど、君の為なら何も怖くない。

 俺の夢は、騎士となる事だった。ここで手を引けば、騎士道にもとる行為だろう。どうか、共に行かせてほしい」

 そう言って男は、彼女に恭しく手を差し出す。

 

「…………ありがとう」

 女剣士は静かに目を閉じ、ぽつりとそれだけ呟いた。

 

 

 そして、舞台は暗闇が覆う。

 

「ああ、分かっているさ。貴族に討ち入るなんて尋常じゃない。

 たとえ目的を達しても、首を刎ねられるだろう」

「ではなぜ、彼女はそんな危険を冒すのでしょう。

 他の誰かに訴え出ればいいものでしょう?」

 天使が現れ、彼女は男にそう語りかけた。

 

「分かっている、分かっているとも。

 彼女は俺に何も語らない。己の素性も、その流浪の目的も。

 だが、それでいい。俺は彼女の剣として振るわれれば、それでいいのだ」

 男は己の良心の声から顔をそむけ、そう言った。

 

 カーテンが下りる。

 

 

 ――え、えーと、こうして決意を決めた彼らは、領主の屋敷に乗り込むことを決めたのでした。

 

 ――え? 巻き? は、はい、ええと、そうして貴族の屋敷に乗り込んだ二人は、その証拠を悪い領主に突きつけるのでした。

 

 

 カーテンが上がると、豪奢な内装の一室で、男と女剣士に剣を突きつけられている領主という構図がすでに出来上がっていた。

 上演時間は三十分とカツカツで、第一部はあと二回は午前中に公演するので領主邸に突入するシーンはカットされた模様だった。

 

「おのれ、貴様ら!! 自分たちが何をしているのか分かっているのか!!」

 領主役のチューリップ団長は激怒した二人を睨みつける。

 流石に彼らの出番があれだけではチョイ役すぎるので、髭やカツラを付けて再登場だった。

 とは言え、突入シーンは彼が悪徳貴族として醜態を晒す場面なのだが、結果的に出番は大幅カットされたことになった。

 

「黙れ、お前こそ、裏で山賊と通じ、横暴な振る舞いで人々を苦しめただろう!!

 証拠ならここにある!!」

「し、知らない、知らないぞ、私は!!」

 女剣士に山賊たちへの指示書を突きつけられ、狼狽える領主。

 

「知らないだと? 最早己の罪を数え切れないということか?

 ならば、神の前でその身の審判を受けると良い!!」

 男の刃が、悪徳領主を切り裂いた。

 

「うがあああぁぁぁ!!!」

 領主は断末魔の叫び上げて絶命した。

 

 

「……終わったか。他にも奴の悪事の証拠を探そう」

「ああ、わかった」

 二人は憐みの目を領主に向けると、舞台袖へと去って行った。

 

 

 ――その後、二人は悪事の証拠を掴み、罰を覚悟で役所に訴えることにしました。ところが、二人は貴族の悪逆を表沙汰にしたくない国によって無罪放免となってしまいました。

 

 ――それどころか、まるで口止め料と言わんばかりに、国は二人を騎士として取り立てるとまで言ってきたのです。

 

 リシアンサスの語りの合間に、セットが黒子によって片付けられていく。

 

 

 

「どうしても、君は行ってしまうのか?」

 何もなくなった舞台の上で、男は己に背を向ける女剣士にそう問うた。

 

「ええ、私にはするべきことが有るから」

「ならば!! 俺も付いて行こう!!

 夢に見た騎士の地位の輝かしさなど、君と隣に居られぬことに比べれば、曇った鏡のように何も映さないのと同然だ!!」

「無理よ、お前をこれ以上連れてはいけない」

「なぜだ、ならばせめて理由を聞かせてくれないか!!」

 男の悲壮な訴えに、女剣士は首を横に振った。

 

「貴方の想いは、私に許されていないから」

「それは、一体……」

 女剣士の意味深な言葉に、男は言葉を失った。

 

「……また、会えるだろうか」

「もし貴方が、本当に私がふさわしいと思える人間になれたらなら、また会えるわ」

「そう、か。なら、約束しよう。

 俺はいつか、必ずこの国に名を轟かそう。

 いいや、この国だけではない。この大陸、いや、君がまだ未踏なる海の果てにまで居ようと我が名を知れるようになるまで、俺は研鑽(けんさん)を続けよう」

「その日を、楽しみにしているよ」

 その答えを聞き届けると、男は彼女を見送ることなく踵を返し、舞台袖へと消える。

 

 

「…………嘘吐きめ」

 女剣士は、吐き捨てるようにそう呟き、拳を握った。

 

 その姿を最後に、カーテンが下りた。

 

 

 ――こうして、あのロクデナシは一転して高潔な騎士として、新しくやってきた有能な領主の下で働き始めるのでした。

 

 ――いつしか彼は領主の右腕として活躍し、誰からも認められる立派な人物となるのですが。

 

 

 ――――ああ、どうしてああなった。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

「思うのですけれど、これって主人公は最後までヒロインに相手にされてませんわよね?

 これってラブロマンスになるんですの?」

 第一部が観客たちの拍手で終わり、午前の二回目に向けて役者たちが打ち合わせをしている横で、ハナモモが台本を読みながらそんなことを言った。

 

「うーん、どうなんだろうね。これが大人の恋愛ってヤツなのかな?」

 第二部にも登場するハナモモ団長は、二つの台本と睨めっこしながらそう言った。

 

「ふむふむ、君たちにはもうちょっと経験が必要かもね」

 そう言って横から口を挟んだのは、花騎士スイートウィリアムだった。

 

「あ、スイートウィリアムさん。お久しぶりです」

「やあ、ハナモモ団長くん。この間は世話になったね」

「害虫が出たって聞きましたけど、大丈夫でしたか?」

「ああ、危なかったけどどうにか片付いたよ。

 ランタナさんたちがいなかったら危なかったかな」

 と言って、彼女は打ち合わせをしているリンゴ団長に目を向ける。

 件の装いを新たにしたランタナは彼の元に一直線だった。

 

 急遽人員が足りなくてプルメリアとリシアンサス以外のランタナ分隊は午前だけ警備に回っていたのである。

 

「やっぱり、あの殺陣が以降の二回で無いというのは客から苦情が出るかと」

「そうよねぇ、私の拙い剣の腕をみんなに見せるのは恥ずかしいけど」

「そう言われては、それなりに本気でやった我の立つ瀬が無いのだが……」

「だからサクラ、お前は剣を握るなって言ったんだよ。

 お前一体何人の剣士の自信を無くさせるつもりだ―――っと」

 サクラと団長たちが打ち合わせをしている中で、リンゴ団長の背にランタナが突撃した。

 

「だーんちょ!! 害虫が出てきたけど、問題なくぶっ飛ばしてきたじょ!!

 この時間を司る神殿の奥に突き刺さっていた対害虫の剣・レインボーソードがあれば、あんな害虫なんて楽勝だったよ!!」

「何言ってるの、あと一歩で死に掛けるところだったじゃない!!」

 あっけらかんとしているランタナに、ペポは珍しく憤慨しているようだった。

 

「もうランタナちゃんも中位騎士なんだから、落ち着いて行動してくれないと困るからね!!」

「……この剣を抜いたら最後、私はスキル発動率1.2倍を失うよ。

 と、言うわけで、新スキルを開拓じゃー!!

 とりあえず、反撃アビなんてどうでしょう!! えーい、ジャンプ切り、盾構え、突き突き突き!! 相手は死ぬ!!」

「人の話をちゃんと聞いてよ!? って言うかそのバグ技修正されてるからね!!」

「ちぇッ、そうだった」

 今日も二人は平常運転である。

 

「死に掛けただって? お前もペポの言うとおり、落ち着きを持って行動しろよ?

 お前が死んだら、俺はきっとおかしくなるからな」

「お、おう……」

 リンゴ団長はあんまりにも笑えないことを言うので、ランタナは思わず真顔で頷いてしまった。

 

 

「彼女を責めないであげてくれ、私も止めずに突出してしまったからね」

「おお、スイートウィリアムちゃんじゃないか、お久しぶり」

 リンゴ団長に続き、他の皆も彼女に声を掛けた。

 

「うん、この間は迷惑を掛けたね。

 この脚本、君が書いたんだってね?」

「大分カルセオラリアちゃんに手伝ってもらったがな。

 数多のプロが手掛けた脚本を演じる君にとって、素人の書いたものなんて面白くもないだろう?」

「いいや、そうでもないさ。

 男性が書いた男性視点の物語は、案外貴重でね。私も勉強になるよ」

 と言って、彼女は第二部の脚本に目を落とす。

 

「女性にはなかなか、男性から見た女性の醜さをここまで露骨に表現できないからね。

 正直なところ、主人公を私が演じてみたいと思ったくらいさ」

「やめてくれ、君が演じたら他が可哀そうだ」

 素人ばかりだからな、とリンゴ団長は苦笑いした。

 

「それは残念だ。私も王子様役ばかりだから、こういう役もやってみたかったんだが」

「わかるわぁ。私もみんなが良い役良い役って言うから、いっそのこと山賊の役にしてみたの」

 と、妙なところで共感するスイートウィリアムとサクラだった。

 

 

「リシアンサス、この後も行けるな」

「はいッ!! 正直全然喋り足りないですよ!!」

 リンゴ団長が脚本を読み込んでいるリシアンサスに声を掛ける。

 

 その光景を、リンゴが優しく見守っていた。

 二人の仲に進展が有ったのは、このロータスレイクに来る前、先日の話だった。

 

 

 

 

 第二部に続く

 

 

 

 

 

 




団長とリシアンサスに何が有ったのか、それは次回になります。
はやく開花こないかなぁ。

ではまた、次回。

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