それでは、どうぞ。
「団長さん!! 害虫の殲滅を確認、管制より周囲に敵影は無いそうよ!!」
「よっし、次行くか。各自、グライダーを回収し待機だ」
ローレンティアの報告に頷き、団長は後ろに振り向いた。
「待たせたな!!」
三倍近い害虫をものともせず一蹴し、リンゴ団長はぐっと親指を立てニカッと笑ってみせた。
その姿に、緊張の糸が切れて誰もが崩れ落ち、安堵から泣き出す者までいた。
「おいチューリップ団長、悪いがこっちで手伝ってくれ」
リンゴ団長は手招きし、防壁の向こうで呆然としている男を呼んだ。
「は、すみません、腰が抜けちゃいまして」
「相変わらず情けないな!! 男なら害虫の群れの中でも優雅に紅茶でも飲みながら平然としているもんだぜ」
そんなのあんたぐらいだろう、という無言のツッコミが無数にあったという。
「まさか、あなたが先に助けに来てくれるとは……。
俺の呼んだ救援は無駄になっちゃいましたね」
そんな風に落胆するチューリップ団長だったが。
「いや、実はお前の呼んだ増援に先に俺らが接触してな。
お前らの危機だっていうんで、俺たちが来たんだ」
「え、じゃああいつらは……?」
「その前に今回の作戦の概要を伝えよう」
リンゴ団長は彼に肩を貸してそう言った。
§§§
「ナズえもーん、戦線が伸びすぎて伝令が届くのが遅くなって、思うように戦えないよー。
害虫どもをぶち殺しまくるための道具出して~」
「はいッ、クジラ艇!!」
ナズナはやけくそ気味にそう言った。
「通常の害虫相手に、クジラ艇を使うんですかぁ!?」
それが、リンゴ団長の秘策だった。
「ああそうだ、あいつらも害虫には違いないんだから、別にあれを使っても構わないだろう?」
「で、ですけど、クジラ艇の火力はハッキリ言って通常の害虫には過剰すぎますよ!?」
「別に連中に向けて主砲をぶっ放すわけじゃない。
兵員の迅速な輸送、そして上空から敵味方の位置を一望し、各地への伝令を管理する司令塔となればいいんだ」
それを聞いたアイリスやワレモコウ、サクラは彼の意図を察した。
「クジラ艇なら、この一帯を一時間も掛からず端から端まで移動できる。
上空から地上へ指示を出し、部隊を輸送し高速で害虫を駆逐すれば、戦線を容易に内側に抑え込めるだろう」
それは、クジラ艇は古代害虫と戦う為の兵器であるという固定概念を取っ払った運用法だった。
「勿論、苦戦しているところは副砲や爆弾などで支援も可能だろうが、それも余裕がある時だな」
「では、私たちが以前結成した空挺部隊が役に立ちますね。
クジラ艇の搭乗用リフトから地上へ強襲が可能です」
「ああ、だからアイリスちゃんには昔のメンツを集めさせてくれ。
それ以外でも普通に空を飛べる娘が居れば編制してほしい」
「分かりました」
アイリスはすぐさま名簿を開き、該当者をピックアップする。
「地上との連絡方法なら、丁度いいのがあるです?
光の点滅を符号化した信号ならば、空中からわざわざ連絡要員を下さなくても断じて地上とこちらで意志疎通できるです?」
「なるほど、ではそれが分かる人員も配置せねばならんな」
「各地の騎士団に一人居れば十分?
全ての部隊に指示を出すのは断じて非効率的。何よりそこまでの権限が無いです?」
「それもそうだな、とりあえず細かい作戦立案は君に任せるわ」
話を詰めていくワレモコウは、そうして可能になる指揮に想いを馳せた。
上空から神の視点で地上を盤上のように見て、自在に指揮を行う。
地上に展開する部隊を手足の如く扱い、一つの生き物のように使役する。
まさしく、それは神の采配であった。
これで興奮しない軍師が居るのならそれは嘘だ。
「ではサクラとキンギョソウちゃんは、この符号で連絡を取れるように各騎士団に通達しておいてくれ」
「分かりました」
「う、うん」
符号表を取り寄せて、団長は二人に渡した。
サクラはしっかりと理解できているようだが、キンギョソウは目の前で行われようとしていることに若干ついていけてない様子だった。
それくらい、ここに居る面子はスプリングガーデンで前代未聞なことをしようとしているのだ。
「はぁ、各国騎士団本部や上層部からなんて言われるか」
クジラ艇の船内で、ナズナは肩を落とし深い溜息を吐いた。
「いざって時は俺の所為だってことにしておけ。
俺は別に騎士団長をクビになっても痛くもかゆくもない。
団長の意味合いが変わるだけだ」
「上層部の人間があなたを持て余す理由がよく分かりますよ」
「昔、お偉い方の前で、クビになったらどうしようかなー、傭兵になるしかないなー、兵員とかどうしようかなー、そうだ、サクラ引き抜こう、あいつ俺の言うこと何でも聞くからな、ウメちゃんも一緒にどうかなー、なんて言ったら、上は俺に何も言わなくなったぜ?」
まるで武勇伝を語るようにそんなことをのたまうリンゴ団長に、ナズナは恨めし気に見やった。
そんなことされたら騎士団本部の面目は丸潰れだ。
そしてそれは国の垣根を越えた凄まじい傭兵団の誕生を意味する。
騎士団の信用は相対的に失墜するだろう。
こんな狂犬、首輪を付けられるならその方がよほどマシというものだった。
「そう言えば先日、君を花騎士として推薦してもらえないかって、頼んできた子が居てね」
「それって……」
ナズナの脳裏に、先日の温泉さがしの一件が蘇った。
「俺はそんなことできないって断ったぜ。
ブロッサムヒルからサクラとウメちゃんを失わせるようなことを、ナズナ団長にさせるわけにはいかないってな。
君の先見性はチューリップ団長が誰よりも評価している。
だから俺も、君が前線で戦われては困るんだ」
「……」
ナズナは、彼のその言葉に声が出なかった。
彼はナズナを、この地上に存在するどの花騎士よりも評価していると言ったのだから。
「す、すみません、ちょっとお化粧直しにッ」
押し殺した声で奥へと消えたナズナを、その場にいた誰もが優しげな表情で見送った。
「女たらしー」
「宗旨替えしたんですか?」
「まさかナズナさんにまで……」
そんな風にかつての部下達も囃し立てたが。
「よし、お前らはグライダーなしで降下な」
「あ、ウソウソ!!」
「冗談、冗談だってば!!」
「ロリコンな団長があんなおっぱい興味ないもんね!!」
そんな風にワイワイしていると。
「うん、あれって……」
花騎士の一人が、空の向こうで何かを見つけた。
「古代害虫か?」
「いいえ、あれは……間違いありません、風の魚号です!!」
「なんだって? おい、信号で連絡を取れ、あっちには通じるはずだ!!」
§§§
「と言うわけでな」
リンゴ団長から概要を聞いたチューリップ団長は戦慄していた。
彼の頭の中には、航空機による近代戦の基礎が出来ていたからだ。
「俺の救援は役に立ちそうですか?」
チューリップ団長が砕いたあの結晶板は、同じ物がもう一枚あり、片方が割れるともう片方が割れる仕組みになっていた。
彼はそれによって危機を本国で待機している風の魚号の整備チームに伝えたのである。
「ああ、あっちの方が小回りが利くからな。
クジラ艇は人員の輸送をメインにして連携を取るつもりだ」
「分かりました、では行きましょう。
連中は俺が指揮しないといけませんし」
チューリップ団長は自らの足で立ち、プロテアに目を向ける。
「君はどうする?」
「私も前線で戦います。
攻勢に出るなら、私が居た方が良いでしょう」
「わかった、じゃあ行こう。
姉さん達、ここは任せたよ」
「では、向こうを呼ぶから少し待っていろ」
そしてリンゴ団長は部隊を率いてクジラ艇の搭乗用リフトへと向かって行った。
二機の飛行艇により、各国騎士団の連携は劇的な速度で整えられていった。
「これが、神の盤上……!!?」
その細かな采配を行うワレモコウは、高揚を隠せずにいた。
高高度から地上を双眼鏡で見下ろすと、まるでボードゲームの盤上のように敵味方がハッキリと見える。
これが、神の視点。
高速化した伝令により、手で駒を動かすように花騎士たちの部隊が動いていく。
足りない場所に部隊を輸送するズルまでして、彼女が負けるはずもない。
その時、戦線とは関係ない場所から、ロータスレイク側からチカチカと光の明滅が繰り返されるのをワレモコウは見た。
『こ、これは!? 団長、ろ、ロータスレイク方面より信号です!!』
『なんだと!? 何と言っている!!』
『我、ナズナ団長、ロータスレイク騎士団に協力し、害虫の発生源を壊滅せり!!
彼ら率い、戦線に復帰する、我ら指示を待つ、だそうです』
『ほ、本当ですか』
『あの野郎、相変わらず行動が読めん奴だ』
その報告に、ナズナもリンゴ団長も喜色に満ちた声音でそう言った。
金属管の内線から、甲板で地上を俯瞰するワレモコウにもその会話は聞こえていた。
『モコウちゃん、聞こえていたか?』
「はい、聞こえていたです!!」
『作戦を前線の押し上げから包囲殲滅へと切り替える。
向こう側の増援の規模を伝えるから、それで一気に害虫を殺し尽くすぞ!!』
「ですが、それは……」
ワレモコウは、彼が何を意図しているのかよく分かった。
少数による包囲殲滅。
兵法の教科書には必ず載っている古代の神がかり的な戦法だ。
だがそれは有名な絵画と同じで、それを再現するには同じだけの画力とセンスが必要なのだ。
それだけ、かの芸術的勝利を再現するのはあまりにも無謀なのだ。
『出来ないのか? 騎兵の時代に出来たことが。
これだけのものに乗っていながら!!』
「ッ、できます、出来るです!!」
ワレモコウは全身全霊を持ってそう答えた。
神域の戦術による勝利が必要だというのなら、やってみせよう。
神の視点と神の手足で戦場を支配しているのならば、神業もただの技である。
古代の人間に出来たことが、今の自分に出来ない訳も無い。
それらの要素を差し引いてもかなりの難事であるが、ワレモコウはやけくそ気味に決意した。
そうして二機の飛行艇による戦場の操作の効果は著しい戦果を挙げた。
人々はロータスレイクが他国に干渉したことに目が行っているが、各騎士団は最小限の損害で最大の戦果を成した。
討伐した害虫は五千とも六千とも言われ、ジョルン湿地帯から害虫を駆逐し尽くしたのだ。
言うまでもないが、前代未聞の大勝だった。
§§§
それから数日後。
戦勝に浮かれる暇も無く、騎士団の戦いに終わりはない。
リリィウッドに戻ったプロテアも、元老院に此度の戦いの報告書を書き終え、提出しに向かおうとしていた。
「あれ、団長さんも報告ですか?
書類でしたら私が一緒に持っていきますよ」
「違うよ」
最近めっきり元気の無いチューリップ団長は、元老院に向かおうとするプロテアと偶々行く道が同じとなっていた。
「私は先日の戦いの報告を求められてまして、団長さんもですか?」
「そう。俺も呼ばれているんだ」
普通彼のような人間が元老院に呼ばれることなどまずないのだが、先日の戦いは大規模だったので、そういうこともあるのだろうとプロテアは勝手に納得していた。
「最近元気が無さそうですけど、何かあったんですか?」
「別に」
日に日に青ざめていく彼は、素っ気なさも普段以上だった。
まるで何かを思いつめている様子である。
だが、それを誰かに話すつもりも無さそうなのだ。
だからプロテアも、彼の態度に触れずにいた。
彼女の親衛隊も不思議な物を見る目で彼を見る中、二人は元老院へと入っていく。
「やぁ、待っとったよ、プロテアお嬢ちゃん」
入念な身体検査を受けるチューリップ団長を待っていると、大先輩議員である長老が玄関ホール脇にある豪奢な長椅子に腰かけていた。
彼はプロテアを確認すると、声を掛けていた。
「あ、これはどうも。どうかなさったのですか?」
「どうもこうもあるまい。
皆、お主の報告を首を長くして待っとるよ」
当然、プロテアは他の議員からそんな風に求められたことはない。
それだけ重要度の高い案件だと言うことだと、彼女は知った。
「分かりました、すぐに参ります」
「うむ」
長老はそれを伝えると、さっさと議場へと向かって行った。
「それじゃあ、団長さん、お先に失礼します」
団長にそう声を掛け、プロテアも先を急ぐ。
返事は帰ってこなかった。
「では、先日の水運ギルドの不正を指示したのは、貴殿の甥の独断であると?」
「左様。そもそもわしは会長としての地位はあるが、運営の全ては彼奴らに任せている。今更わしのような老人が口を出すことも無い。
事実、資料はわしが運営から離れていると物語っておろう」
「……確かに」
プロテアが議場に入ると、先日自分がこなした件について話し合っているようだった。
優先度はあまり高くは無いとはいえ、資料の提出してから二週間近く経って、ようやく議題に上がっている様はもどかしいものだった。
「では、貴殿はどのような処遇が妥当だと?」
「勝手にわしの権威を利用したのだ。国外追放が妥当じゃろう。
元老院議員の名を不正に利用するなど有ってはならぬからな」
と、水運ギルドの利権を持つ議員は冷酷に身内の処罰を決めた。
「うむ、では採決を取る」
そうして、疑いを向けられていたその議員の甥とその一家は国外追放と相成った。
財産なども剥奪されるため、運が悪ければのたれ死ぬしかない。
その議員の温情次第で他国で最低限の生活をできるかもしれないが、彼は無表情で採決を見守っていた。
これが、元老院という場所だった。
元老院という看板、その権威を汚す者は一切の容赦をしない。
その場合は、普段派閥を作って反目しているように見える議員たちも一体となって流れ作業のように徹底的に排斥される。
それがたとえ身内であろうと。
この光景を何度も見てきたプロテアだったが、その度に背筋が恐れでぞくぞくと震える。
「では、次の議題と行こう。
プロテア議員、先日のジョルン湿地帯における戦いの報告をお願いしたい」
「はい!!」
プロテアは震えを跳ね除けるように席から立ち、報告書を読み上げる。
戦果報告だけなので、特に突っ込まれる様なことも無かった。
報告はつつがなく終わり、彼女は着席を促された。
「ではもう一人の現場指揮官にも報告してもらおう。
衛兵、参考人を呼びなさい」
議長の命令に従い、衛兵が参考人を呼びに行った。
その時点で、猛烈に嫌な予感がプロテアの胸に去来した。
いや、たとえ彼女が予知能力者でなくても、この後の展開は大よそ読めていただろう。
「参考人、前へ」
「……はい」
議長の言葉に返事を返し、チューリップ団長が現れた。
「まずは先日の戦い、ご苦労だった。
諸君ら騎士団の迅速な対応のお蔭で、我々は余計な労力を使わずにすんだ」
「ありがとうございます」
労いの言葉が、担当の議員の言葉から掛けられる。
深く一礼をする団長の声音は、感情が欠落していた。
「その上で問いたい。貴殿の開発している飛空艇だが、なぜ戦闘に参加したのだ?
貴殿の報告によれば、あれは戦闘用ではなく、戦闘に耐えられる代物ではないとのことだったが?」
「お言葉ですが、報告通り当機に戦闘能力は有りません。
此度の戦いでも後方支援に徹しました。ただ後方支援に多大な貢献ができるのは証明した通りでして」
そう弁明する団長だったが、彼の言葉は弱弱しい。
「屁理屈はいい。後方支援だろうがなんだろうが、戦闘に参加したという事実には変わりない。
問題なのは、その戦闘に我々の許可なく行ったという点だ」
「そうだ。これまでの勝手な出動は実験の為と大目に見てきたが、此度の件はそのような言い訳は聞かぬぞ」
「そもそもあの飛空艇の運用は我々が決めるはずではなかったか。
それを貴様個人の判断で戦闘に参加させるとは、何様のつもりだ」
「後方支援も戦闘の一部だ。
それだけでも戦術的価値は知れよう。お主はこの国に叛意を持っていると断定されてもおかしくは無いのだぞ」
議員たちは次々と彼を糾弾する。
彼らの言っていることは正論だったが、プロテアの目には正論を盾にした吊るし上げにしか見えなかった。
議員たちの意図は、プロテアでも読める。
今回の件であの飛空艇の運営権を確固としたものとしたいのだ。
今までは開発中ということであやふやな状態だったが、下手に戦果を挙げてしまったのがまずかった。
彼は、こうなることを分かっていたのだ。
あの飛空艇を呼び寄せ、助けを呼んだ時点でこうなると。
団長は真っ青な表情で、議員たちの糾弾に耐えていた。
皆を守るために、決断をした男の末路がこれだった。
この糾弾の嵐は、議会の進行の妨げになるというのに議長は何も言わずに経過を見守っている。
「議長、発言の許可を」
プロテアは堪らず席を立ち、手を挙げて議長に訴えた。
「プロテア議員、発言をどうぞ。
皆様方、静粛に、静粛にお願いします」
カンカン、と議長はハンマーを鳴らし、プロテアの発言と議員たちの静粛を求めた。
「私は戦地で彼と行動のほとんどを共にしていました。
彼が飛空艇を呼び寄せたのはやむを得ない状況でした」
「状況が問題なのでないぞ、プロテア議員。
戦闘用では無い物が戦闘に耐え、なおかつ我々の許可なくそれを行ったことが問題なのだ」
議員の一人が腕を組んで背もたれに深く背中を預けて不遜な態度でそう反論した。
発言を遮るのは行儀の良い事ではないが、彼の言っていることは尤もなので誰も注意しなかった。
「私もそれは同感です。
私も彼の部隊に所属し、あの飛空艇は戦闘用ではなく輸送用で、搭乗した花騎士による防衛しか出来ない代物だと聞いていました。
許可なく戦闘を行ったことは確かに問題ですが、彼の判断が間違っているとするならば、彼も、私も、この場には居なかったことでしょう」
そのプロテアの言葉に、議員たちも顔を顰めた。
飛空艇の到着が無ければ、二人が戦死したことは明確であると報告書が明示していたからだ。
「彼は私の命の恩人です。
そして彼の部隊に籍を置き、私はこの場所に座り続けた数年より多くのことを成せました。
彼を一方的に糾弾し、その責任を問うというならば、私はこのコートをここに置いて去らなければなりません」
それは、彼女の持てるすべてを賭す言葉だった。
その彼女の言葉に、若造め、と睨む者も居れば、面白そうだと見守る者、そして彼女の若さを眩しそうにしている者と様々だった。
何にせよ、彼女の決意は他の海千山千の議員たちを黙らせたのだ。
そしてその姿を、団長はぽかんと見ていた。
「勿論、彼の行動に問題が有ったのは確かです。
ですが、どうか彼の言葉を聞いてあげてください。
私たち元老院は、彼のようなこの国に必要な人間を排するのではなく、彼の持つ知識や技術を役立てる為にあるはずです」
それが、プロテアが元老院議員として彼に出来る精一杯の擁護だった。
少なくともその彼女の真摯な訴えに、多くの議員が頷いたのは確かだった。
「では聞かせて貰おうかのう。
プロテア議員にそこまで言わせるのだから、我々を納得させてもらえるのじゃろう」
と、元老院という魔窟に坐する長老がそのように発言した。
彼のような大人物が聞く姿勢になったことで、誰もが団長に視線を向けた。
「まず、責任逃れに聞こえるでしょうが、あの戦闘で飛空艇の戦闘指揮をしたのは同じ騎士団に所属する団長です。
あの飛空艇が戦闘用でないにも拘らず、徴用したのは彼です。
これについては、私や他の団長からも上層部に抗議し、厳正に処分して頂く所存です」
「なるほど」
それは筋の通った言葉だったので、議長も頷いた。
他の団長、しかも他国の人間に責任が行くなら、これ以上ここでチューリップ団長の責任を問うのは野暮だった。
管轄が違うので、口を出せないということでもあったが。
とは言え、それでチューリップ団長の問題行動が無かったことになるわけではない。
「しかし、彼は飛空艇の有用性を示しました。
先日、当機のオリジナルであるワンオフ機がブロッサムヒルにあの巨大害虫との交戦で不時着した事件が有りました。
そして各国騎士団本部の幹部や騎士団上層部は、各国の技術者を派遣し、ワンオフ機の強化を行いました。
これが意味することは、明白ではありませんか」
団長は身振りを加えて、議員たちに訴えた。
「それは、各国はあのワンオフ機の多くの情報を持ち帰ったということです。
そもそも、情報開示を求められれば、設計図も公開しなければなりません。
国には威信と言うものがあります。各国はあの空の脅威に対して、国民の不安に応えるべく、同種の兵器を独自に作り出そうとするに違いありません。
つまり、技術革新の時代が迫っているということです」
それは議員たちにこそ分かる言葉だっただろう。
あの明確な空の脅威に対処するのに、時間稼ぎの為とはいえ彼の開発する飛空艇を欲していたのだから。
ワンオフ機のクジラ艇があるからそれで大丈夫だ、なんてこの場でぬかす人間は、国防を担うに値しない。
「私はブロッサムヒルの一件以降、当機を研究し運用するのを騎士団から民間のギルドを作り、譲渡する形を取りました。
これはひとえに、我が国の国益を守る為でした。
量産型の研究をしていると他国に知られれば、その研究結果を開示せざるを得ないからです。
なぜならば、これからの時代、国家間での飛空艇の開発競争が勃発すると踏んだからです」
彼は己の頭に描く未来絵図を提示し、訴え続ける。
「それは五年先になるか、十年先になるかは分かりません。
しかしそうなると、大規模な飛行場が必要になるはずですし、他国からも求められるでしょう。
ですがそれは、求められた段階では遅いのです。
この開発競争に遅れれば、我が国はいよいよ、他国の飛空艇が空を通るだけの場所となるでしょう。
ここで大規模な飛行場が有れば、我が国は大いなる発展が見込めるはずなのです。
それこそ、今現在のブロッサムヒルの繁栄を過去のものとするほどの」
それが、彼の抱いている危機感だった。
「いつしか我々騎士団の活躍の場は空へと移り変わり、花騎士のエリートは空へ配属されるのでしょう。
そうして地上の騎士団との軋轢が産まれたり、害虫がこちらの技術に対応したりするのでしょう。
そうした不安を飲み込みながら、私たちは前に進まなければならない筈です」
そこまで言って、団長は大きく息を吐いた。
「……発言を終わります」
「よろしい、そこに下がりなさい」
議長の指示に従い、団長は議場の端っこの椅子に座った。
「さて、皆の衆。かの国が、あの引きこもりどもが数百年変えなかったことを変えようとしている。
我々も座して居るべきだろうか?」
議長が、老練の議員たちに問う。
反応は様々だったが、彼らは若い二人の意気を正しく受け止めたようだった。
団長の言葉は、あまりにも現実的だったからだ。
「では、先日の決定の通り、そこに居る彼にロータスレイクに飛空艇に関する説明会を我が国の人間として参加して貰うとしよう」
議長のその言葉に、異議なし、と無数の声が賛成した。
その様子に、え、となる団長とプロテア。
「かの国の女王は、あの飛空艇に興味津々らしくてな。
あれがどのようなものか説明すべく、各国の技術者が集まり説明会をすることとなったのだ」
「しかし、我が国の出す人間が平民出身であるのはな」
「であらば、王家に爵位を申請し、然るべき身分にすればよい」
「うむ。それが良かろう」
そうして、なぜかとんとん拍子で進む議会に、二人は付いて行けなかった。
二人が分かったのは、この連中が初めから団長を罰しようなどと思っていなかったことである。
とんだ食わせ者ども達だった。
「と言うわけだ、受けてくれるね?」
優しげな口調で言う議長だったが、拒否権などこの場には無かった。
数多の議員に視線に晒され、はい、と団長は頷いた。
そのまま、今日の議会は終了した。
議会が終わり、プロテアはふらふらと廊下を歩く団長を見つけて駆け寄った。
「団長さん、良かったですね」
プロテアは彼の功績が認められたことを我がことのように喜んでそう言ったのだが。
その時、ぐわし、と彼女の両手を取り、彼は言った。
「ありがとう、プロテアさん!!
あなたの言葉に勇気づけられました!!」
非常に感激した様子で、彼はプロテアの目をキラキラと子供のような輝きをもって見ていた。
「そ、そうですか?」
普段の彼から全くかけ離れたその様子に、若干押されるプロテア。
「あなたがこんなに心の美しい人だったなんて、ずっと疑ってた俺の目は曇ってました!!」
それはもう思わず引くくらい純粋できれいな目だった。
彼が今まで見てきた人の悪性など、どうでもいい些細な物であるかのように。
彼の鬱屈した価値観は、澄み渡った青空のように晴れ上がっていた。
「惚れました!!
まるで暗闇の世界に光が差し込んだかのような晴れやかな気分です。
俺で良ければあなたに尽くさせてください!!
見返りなんていりません、何でもしますから、何でも言ってください!!」
「え、ええ!?」
彼の清々しい程のその手のひら返しっぷりに、戸惑うしかないプロテアだった。
そして議場から出てきた老人たちが、その様子にニヤニヤしながら過ぎ去っていく。
「と、とりあえず、ここでそんなこと言わないでください!?
皆さんが見てますから、見てますから!!」
真正面からそんな風に言われたことなど無い彼女は、その状況に赤面しながらそう叫ぶのだった。
二人の関係の起承転結は、このようになりました。
これからプロテアさんは彼に振り回されることでしょう。
現在私の助っ人部隊はブラックサレナ仕様です。
リンゴ、ランタナ、ペポ、クロユリ、サクラです。
移動力以外欠点の少ない普通に強い趣味部隊です。
まあ他に強い戦友なんて幾らでも居るでしょうが、リンゴ団長が指揮していると思って遠慮なく使ってください。