貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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前回言い忘れてましたが、戦友申請してくれた方はありがとうございます。

今回も一話でまとめなくてはいけないので、書きたいこと書いたら長くなってしまいました。



運命の選択

「ふぅ、彼の元で働くのはいつ振りでしょうか」

 チューリップ団長の元でリンゴ団長の部隊の後方支援担当をしていたアイリスは、逸る気を抑えながらも彼の待つ指揮所へと急ぐ。

 

「団長さん、お久しぶりです」

 天幕の入り口を開けて、アイリスが目にしたのは。

 

 

 

「アホ毛……アホ毛怖い……」

 天幕の隅っこで「の」の字を地面にうずくまって指で延々となぞっているリンゴ団長だった。

 

「団長さん、いつまでそうしているんですかー」

 そしてその背中をゆすっているリンゴ。

 

「りすけ、と。これでダイニングメッセージは完成だ!!」

 団長がなぞる文字に何かを付け足すランタナ。

 なお、突っ込みは不要である。

 

「もうちょっと早く止めればよかったかしら……」

「自業自得だ」

 その様子を困ったり呆れた様子で見ているサクラとクロユリ。

 

「はッ、そろそろ話が進む予感!!」

 団長代理としてキンギョソウ。

 

「では有意義な話がようやく出来るです?」

 ナズナ団長の所から彼の頭脳とも言えるワレモコウ。

 

「アイリスさんがいらっしゃいましたね。

 それでは、今後の作戦について我が騎士団の話し合いをしましょう」

 何事も無かったかのように話を進めようとするナズナだった。

 

 

「これはどういう状況でしょうか」

 ずり落ちた眼鏡を元の位置に戻し、アイリスは呟いた。

 

 

 

 

 

「いやぁ、アイリスちゃんおひさー。

 チューリップ団長の所はどうだい? 奴なら間違いはないだろう?」

「はい、小規模ながら作戦指揮も担当させてもらって、やりがいはあります。

 ただ、不満と言うわけではありませんが、作戦行動について意見を交わしながら過不足無い勝利を得たいと時々思ってしまいますね」

「まあそれは、彼は裏方が向いているからしょうがないよな。

 あれにやらせるなら、実働部隊は全部花騎士に任せた方が良いからな」

「ところで、ロータスレイクが近いからと言ってまた部隊を放り出してあちらに行こうだなんて仰らないでくださいね。

 影ながら支える身にもなっていただきたい」

「はっはっは、いい女に苦労を掛けるのも男の甲斐性ってね」

 なんてアイリスと団長は軽く旧交を温めたが、彼の不躾な態度に皆は白い目で見ていた。

 

「それで、なんだっけ?

 これからどうあの虫の群れをぶっ殺すって話だっけか?」

 馴れ馴れしくアイリスの肩を抱いてそう言い放つリンゴ団長に、みんな溜息を吐いた。

 

「戦力が圧倒的に足りないです?

 戦線が伸びすぎて、害虫の侵攻に対応しきれない?」

 ワレモコウがジョルン湿地帯周辺の地図を指し示しそう言った。

 戦線はこのジョルン湿地帯の存在する地方をカバーするように伸びていた。

 

「これではどれだけ戦力を投入しても断じて無意味。

 とは言え現状散発的に害虫に対応するしかないから、場当たり的な戦闘が多発し、疲弊する一方?」

「これだけ広いと、一つの場所に集中して守りを割けないから、移動が多くなってそれが負担になるわよね」

 サクラはワレモコウの話の意図を理解してそう補足した。

 

「つまり、現場の皆は、害虫が出たって報告の度にあっちこっちに出向かなきゃいけないってことだよね?」

「湿地帯という戦場でこれは非常に大変ですね」

 キンギョソウとリンゴも地図を見下ろし唸った。

 

「これでは片っ端から殺して回るのは現実的ではないな、どうする団長?」

「うーん……こいつは無理かもな」

 クロユリに視線を投げかけられた団長は、他人事のようにそう言った。

 その言葉に、落胆のため息がいくつも漏れる。

 

 

「またまたぁ、だんちょったら、本当は一発逆転の秘策があるんだろー、憎いね、このこの!!」

 能天気な声を発しながらランタナが団長の脇腹を肘でつつく。

 どうにかできるならとっくに誰かがそうしている、と誰もが思ったが。

 

「ああ、実はな、あるんだなぁこれが」

 と、イタズラっぽく笑って団長はランタナに顔を寄せながらそう言った。

 

「現状の最善手を聞かせてくれ」

「……こう着状態を打破するには、各国騎士団と連携し、戦線を内側に押し込むしかない?

 しかしこれは、戦闘がより激しくなることを意味する賭けになるので、援軍を待つのも一つの手です?」

「どちらにせよいっぱい死ぬな。味方がいっぱい死ぬ。

 攻勢を掛けるにも確実性は無く、守りを固めると敵を素通しになる」

 今回は局地的な戦闘ではなく、大規模戦闘だ。

 

「ですので、やはり我ら遊撃部隊によって各個撃破が望ましいです。

 幸い、相手は無数の小集団が絶え間なく発生しているようなので?」

「味方の疲弊や距離を考えなければ最善だな。

 だが現実的ではないのが悲しいところだ」

 取れる手は少なく、何より権限が無いので大味になり易くなるのは当然だったが、ワレモコウはまるでダメ出しされたような気分になった。

 

「この戦いの肝は、戦線が伸びているという点だ。

 これを解消できるかどうかがポイントになる。

 でなければ、一転攻勢に出ても返り討ちだ」

 伝令は端から端まで届くのにどうしても時間がかかる。

 これが致命的な隙となり、全体の行動に遅れが生じるのだ。

 

 とは言え、それは古来から軍隊が背負っているしがらみのようなものだった。

 

 

「では、団長さんの秘策を聞かせてほしい?」

「その前にナズナちゃん、俺は君の所の団長の全指揮権を引き継いだ、それは間違いないか?」

「え、ええ」

 なぜそれを今更確認するのか、と困惑した様子でナズナは頷いた。

 

「俺は先ほど三日で千匹殺すと言ったが、訂正しよう。

 一週間でこの湿地帯の害虫を皆殺しにしてやる。それも、最低限の損害でだ」

 彼は自信満々の表情で、そう宣言した。

 それを聞いた面々は呆気に取られた表情で彼を見た。

 

 

「くひッ、そう、皆殺し、皆殺しだ……」

 その殺戮の光景を思い浮かべ、リンゴ団長は愉悦に満ちた笑みを浮かべた。

 

「ふっひっひひひ、くひひひひひひひひひ……」

 何がそんなに楽しいのか、沸き起こる笑いが堪えきれない様子の彼は、肩を揺らして悪意に満ちた想像を現実にするルートを導き出そうとしていた。

 

 

「ああ、出ちゃったわね」

「出たな」

「出てしまいましたね……」

「出ちゃったなー」

 サクラも、クロユリも、リンゴも、ランタナも。

 何かを憐れむように、狂った笑みで体を揺らす彼を見やる。

 

「あの、これって……」

「だんちょが害虫を絶対ぶっ殺す時の表情だじょ……。

 だんちょがこうなったら、哀れ害虫は爆発四散は必至……なむなむ」

 両手を合わせてもう既に害虫に哀悼の意を示すランタナ。

 ナズナを初めとした他の面々はドン引きだったが。

 

「それで、私たちはどのようにすればよろしいのですか?」

 すまし顔で狂った笑みの横顔を見ながら、アイリスが問うた。

 

「ああ、まずはな、俺は後方でちまちまと出しゃばらずに害虫の小集団を叩く。

 そういう事にするんで、ランタナ、リンゴちゃんをつけるから分隊を率いて忍法変わり身の術で指示を待て」

「オッケー!! ニンポだ、ニンポを使う!!」

「サクラ、お前はブロッサムヒル騎士団の方に行け。

 お前とウメちゃんたちとで連携を取れるようにするんだ。

 キンギョソウちゃんはこっちのお坊ちゃんたちやバナナオーシャンが俺たちの合図で動けるようにしておけ」

 悪意。

 

 悪意悪意悪意悪意悪意

 悪意悪意悪意悪意悪意

 悪意悪意悪意悪意悪意――――!!

 

「アイリスちゃん、君はナズナ団長の部下から昔のメンツを選出しといてくれ。

 ナズナちゃん、――――――――することは、できるよな?」

 圧倒的な害虫に対する悪意で、団長は采配を行う。

 

「で、ですけど、それは……」

「やれ、今は俺がナズナ団長だ。

 リンゴ団長は後方でちまちま戦ってることになる」

「でも、団長さんは行方不明で……」

「ションベンしてて帰ってきたってことにしておけ。

 いいか、戦場では何でもアリだ。現場でしちゃいけない事なんてないんだよ。

 倫理や禁忌も、害虫を殺すことに比べれば些細なことだ」

 そうして子細を詰めて行く。

 

 害虫を殺す、ただそれだけに特化した悪魔がここに居た。

 

 害虫が人類にとっての悪魔であるように。

 ――――害虫にとっての悪魔が、ここに居た!!

 

 

「……これがリンゴ団長……?」

 ワレモコウは理解した。

 戦術とか戦略を超えた先に存在する、悪意を。

 ただただ相手を害したいというだけの、害意を。

 

 頭の良し悪しなんて関係ない、邪智というのはそう言うものであると。

 

 ワレモコウは戦勝を重ねる彼がどういった戦術を取るか期待していた自分が浅はかだったと思い知った。

 こんなのは、そんなのではなかった。

 

 理屈の上ではこうすれば勝てる、と言うのを迷わず実行する。

 勝てるとか負けるとかではなく、ここまでして負けるとは考えられないのだ。

 つまるところ、狂人に理屈かどうかなんて関係ないのだと。

 

「ワレモコウちゃん、君は神の采配に興味はないかい?」

 彼は、悪魔の笑みを浮かべた彼は彼女に問いかけた。

 

「……是非とも、お任せさせてほしいです?」

 ワレモコウは全ての策や経験と、それに伴う固定観念を捨てた。

 そして彼の悪意に基づき、未知の高揚を自覚しながら最も効率的な作戦を組み立て始める。

 彼女はリンゴ団長のイカレ具合に触発され、一皮剥けようとしていた。

 

 

「流石ですね、団長さん。相変わらずです」

「惚れ直したか? アイリスちゃん」

「ええ、痺れました」

 

 やはり、とアイリスは思う。

 今の職場に不満は無い、不満は無いが。

 

 今の団長はこの刺激が足らない、と。

 

 

 

 §§§

 

 

 一方その頃。

 

「ふぅ、リンゴ団長にも困ったものだよ」

 チューリップ団長は本営から離れ、馬車で最前線近くへと向かって行った。

 彼の脳裏には、昨日の若い貴族団長たちとリンゴ団長のやり取りが思い浮かんでいた。

 

「優秀な団長さんだと伺っていますけど、噂通り過激なところがあるようで」

「先輩たちにも同情しちゃうよ。

 あんな年がら年中害虫をぶっ殺すこととロリっ子が三度の飯より大好きな頭のネジがイカレた人と比べられるんだから」

 馬車の中で対面に座るプロテアに、彼はそんなことをこぼした。

 

「君も騎士の家系なら分かるよね。

 騎士位は基本一代限り、つまり親から子へと継ぎ足ししないといけない。

 だからそういう家は代々続く、じゃなくて代々騎士を輩出してきた名家とか言うのさ。

 子供が不出来で騎士になれなかったら敢え無く地位は失墜さ」

「そういうところは優秀な子供を養子を迎えることもあるそうですね」

「新興の家とかはね、血筋とか拘っている余裕はないし。

 とにかくそうして子に期待を掛けているのは元騎士団長とか元花騎士とかの親なのさ。

 そういう彼らは騎士団上層部の幹部だったり議員だったり、つまりはリンゴ団長のお得意先なんだよねぇ。

 普段彼が尻尾振って媚び売りまくって先方から、お前が孫やら息子だったら良かったのにな、なんてリンゴ団長に言っているんだから、実の息子とかは立場無いよね」

「ぅわぁ……」

 それを思うと、プロテアは本営で指揮を執っている若い貴族団長たちに同情しか湧かなかった。

 貴族の価値は実力を証明し続けることにある。

 それが当たり前で、当たり前でなくてはならない。

 

 しかしそれは、当たり前のことは評価に値しないということでもある。

 

 

「親が懇意にしている相手に、根こそぎ手柄を取られかねないって怖いですからね」

「別に先輩たちが無能って言ってるわけじゃないよ?

 あの人たちは普段、リリィウッド周辺を駆けずり回って害虫討伐している人たちだし。

 先輩たちが居なかったら祖国の守りはかなり薄くなるし。

 本音はともかく、自分たちの国の戦いを貴族が仕切るのは当然だし、他国の人間のせいで統率を乱されたくないのは分かるし」

 そもそも、軍団とは統率が全てである。

 どんなに強い部隊でも、命令が聞けないのならばそれは戦力とは呼ばれないのだ。

 

「これは普段リンゴ団長もやってることだからね。言うこと聞かないとフォス街道に飛ばすよって。

 俺もよその人間が勝手に出撃して、ごめーん敵の巣突いて連れてきちゃったテヘッ、なんて言ったらそいつはその場で銃殺してやるし」

「集団の価値は統率に有りますからね。

 それに普通、単独の出撃って自殺行為でしかありませんし」

「そういう意味でも、リンゴ団長は相手が悪いよね。

 あの人、害虫の巣につっこんでも余裕で生きて帰ってくるし」

「正直、一花騎士として信じられません」

「俺だって信じられないよ」

 と、二人はぼやいた。

 

「そういう意味では、俺にリンゴ団長の対応を俺に丸投げしたのは正しいね。

 あの人の頭を抑えられるのは俺だけだし」

「あの人と団長さんが友人同士だって聞いた時、とても信じられませんでしたけれど」

「友達だよ? 俺は彼に正直引くくらいのお金を立て替えてあげてるんだ。

 踏み倒そうとするなら害虫に殺されるまでもなく地獄に突き落とすけど、誠意を見せ続けてくれるなら負債は墓場に持って行っても良いって言ってるし」

「……それって友達って言えるんですか?」

 負債者と債権者の関係では、とプロテアは変な物を見る目で彼を見た。

 

「あっはは、じゃあ友達の定義ってなにさ?

 親友の定義って? 友情が有るとか無いとか?

 ある日突然いつの間にかなっているものなんだから、明確な手綱のある関係だっていいじゃないか。

 彼は最初、俺のご機嫌伺いで食事をしたけど、今ではお互いに理解者同士だし」

 管理主義とはまた違う、彼の狂的なところがそれだった。

 何か一つでも、相手に対して優位にとれるカードが無いと気が済まないのだと、プロテアは感じた。

 

 少なくとも、余人が踏み入る話ではなかった。

 

 

「そうですね。

 ところで、キンギョソウ団長のことなんですが……。

 実は彼、以前私の支援者になってくれるって言ってくれた貴族の方のようなんです」

「ああ、そう言えば彼もそう言ってたね」

 プロテアは話題を変える為に、自分の胸のわだかまりを打ち明けることにした。

 

「やっぱり……。

 彼の家のことは知っていました。リリィウッドでは有名ですから。

 ですが、彼のことを知らないで一方的にお断りしたことは申し訳なかったかな、と。

 ほら、彼のご先祖様って吸血鬼のモデルになったりしてるじゃないですか。それで……」

「ああ、偏見で倦厭したから謝りたいってこと?

 いやぁ、その必要は無いと思うよ」

 団長はどこか呆れ気味でこう言った。

 

「キンギョソウ団長って実家の力は無いに等しいけど、影響力が全くないってわけじゃないんだ。

 社交界じゃ人気者だしね。知ってる? あの言動ってご婦人方に受けが良いらしくてね、彼が相手をダンスに誘うキメ台詞は『あなたの血を頂きに参りました』だってよ」

「え、えぇ……」

「かなり遠縁らしいけど王家の血も入ってるらしいから、先輩方からすれば王族が横に居るようなものさ。

 失態を侵せば社交界で先輩方の親戚や親類に何を吹き込まれるか分からないからね。

 そのくせ彼は立場が無いから責任は取れないけど口は出す。いやぁ良い空気吸ってるよね、あの人」

「それは、気の毒ですね……」

 なまじよく理解できるだけに、プロテアは彼らがいかに針のむしろ状態か分かってしまえていた。

 リリィウッド貴族は何を恐れずとも権威を恐れる。まさにそういう話だった。

 

 

 そんな他愛も無い雑談をしばらく繰り広げていると、二人は前線間近に構えられている野戦病院へと到着した。

 プロテアにあんまり最前線に出られても困る為、慰問でもしてくれと団長が頼んだ結果である。

 

 幾つもの大型テントの周囲には、指定された服装の部下たちがせわしなく働いていた。

 

 

「手配していたキャラバンはまだ来ないの?

 重傷者の移送も物資も医者も何もかも足りないわ!!」

「それが、スカネの医師団が前線に来るのを渋っているようでして」

「ああもう、こっちは負傷者が予想以上に多くて大変だっていうのに!!」

 その中に、レッドチューリップが部下の一人とそんなやり取りをしていた。

 

「希望者を募るんじゃなくて、金で雇えって俺言わなかった?」

「だ、団長!!」

「ああ、団長。よかった、来てくれたのね、助かるわ」

 上司の登場にギョッとする部下と、これで話が早く進むと安堵するレッドチューリップ。

 

「申し訳ございません、予算の範囲内でどうにかできるよう我々も努力したのですが……」

「分かったよ、次から姉さん達に追加予算をどうにかする権限を渡すから、今後は無いようにしろよ。

 物資も予定の倍を買ってこい。どうせ不足するからね。

 ここまでするんだ、遅れた分はどうにか取り戻せよ」

「わ、わかりました……」

 その部下は頭をぺこぺこ頭を下げて行動に移しに行った。

 

 

「大丈夫なの、予算の方は」

「ふふふ、実は姉さん達が診療所じゃ満足できないって言ってきた時の為にでっかい病院一つ建てられるだけの貯金があるのさ!!

 そこから多少崩せばどうにかなるでしょ」

「なるほどねぇ、まあうちは細々とやってくつもりだし、その貯金は別の用途を考えましょう」

「じゃあ看護学校作るってのはどうかな!!

 騎士学校に看護科作ってほしいって具申したのに上の連中突っぱねやがったんだ」

「それは良い考えね、正直あなたの部下を回してくれてるのは嬉しいけど、正直もっと専門知識を持ってる人間が居てくれた方が助かるし」

 と、普段の彼女の素行を見ている人間が居れば目を疑う様な真面目な会話をする二人だった。

 

 

「何だか楽しそうでしたね。

 お姉さん達と話す時はあんな風なんですか?」

「どうかな。どちらかというと貯めたお金の使い道が決まったからかもしれないね」

「ああ、一生懸命貯めたお金を使うのって気持ちいいですもんね」

「そうなんだよ、姉さん達がいつ病院欲しいって言って来ても良いように、ぽんって出せるようにね!!」

 プロテアが言うように、団長はウキウキしながらそう答えた。

 それは患者の為というより、義姉たちが喜んでくれるのが楽しみだったという表情だと、彼女は気付いていた。

 

「普通の看護師を雇うのはダメなんですか?

 わざわざ看護学校作るのは時間が掛かると思いますが」

「そうかもね。だけど重要なのは正しい医療知識の普及だよ。

 今は引退せざるを得ない怪我をした元花騎士とかを使ってるけど、専門家であることはとても重要なのさ」

 それに、と彼は言ってテントの中を見た。

 

 

「ああぁあぁぁ!!!!」

「今麻酔を打つから、暴れないでよ。

 皆、ちょっと、手伝って!!」

「はい!!」

 中では、暴れる患者を数人掛かりで押さえつけ、イエローチューリップが麻酔を注射していた。

 

「あれを普通の人間にやらせるのはねぇ」

「なるほど……」

 暴れる花騎士を押さえるには、同じ世界花の加護を受けた者の方が良いとプロテアも納得した。

 

「白姉さん、調子はどう? 

 疲れてない? 回復蜜差し入れに来たけど」

「ああ、ありがとうございます……」

 その後、眼の下にくまを作っているホワイトチューリップに差し入れを終えると、二人は入念に消毒をしながら簡易病棟へと向かった。

 

 

「皆さん、プロテア様がお越しになったぞ」

 団長は本来の目的である慰問を行った。

 プロテアの姿を見た花騎士たちは驚いた様子だったが、すぐに沸き立った。

 

 彼女は一人一人に声を掛けて勇気づけて行く。

 まさに聖女もかくやという仁徳に、団長は気が抜けて肩を落とした。

 こういう仕事だけしてればいいのに、と言った表情である。

 

 

「プロテア様、助けてください!!」

「どうしました?」

「あれを見てください!!」

 その時一人の花騎士が、壁に掛かっているポスターを指差した。

 

 そこにはこう書かれていた。

 

『当医院の大原則はひとつ!!

 

 死ぬの禁止、以上!!

 これが守れない者は以下の処置を適用します。

 

 〇ホワイトチューリップによる人体改造実験。

 〇パープルチューリップによる悪魔召喚実験の生贄。

 〇イエローチューリップによるゾンビパウダーの処方。

 〇レッドチューリップによる精気吸収。

 

 ※上記の項目はジョークです。

 と言った内容のポスターの下半分に、デフォルメされた四姉妹とチューリップ団長が怪しく笑って手ぐすね引いている挿絵が施されていた。

 

「えぇ……」

 それを見たプロテアは目が点になった。

 

「ああ、面白いだろ、それ。

 怪我が原因でもう戦えないから死んでやるなんてバカなこと言うやつが何人も居てさ、頭に来たから冗談であれを作ったらみんな静かになってやんの」

 と、けらけら笑うチューリップ団長だったが、周囲はそれを冗談と受け止めていないようで、皆がプルプルと涙目で震えている。

 

「とりあえず、これは下げましょう」

「ええッ、何するのさ!!」

「幾ら患者さんの為とは言え、こういうのはいけないと思います!!

 これじゃあ治る物も治りませんって!!」

「はぁ!? ここは一時的な処置をする場だぞ!!

 とりあえず生き残らせる為なら何でもする、これを作って見せた時の姉さん達の反応も楽しかったし!!」

「私もちょっと面白いな、と思いましたけど!!

 皆さん怖がってるじゃないですか!!」

 そんな感じで二人がポスターを巡りもみ合っていると。

 

 

「大変です!! 団長、害虫です!!」

 外の部下が血相を変えて簡易病練に入って来た。

 その言葉に、二人は瞬く間に現場の顔になった。

 

「規模は?」

「二十から三十ほどの小集団が接近しています」

 二人は簡易病練から出ると、部下の報告を聞く。

 

「この辺りは見晴しが良い筈ですよね、なぜ接近を許したのですか?」

「それが、この害虫たちは水棲種らしく、川の中から現れたと物見が……」

「くそ、水場が近い事が災いしたか」

「嘆いても仕方ありません、どうしようもない事ですから」

 何においても水源は重要だ。医療施設があるなら尚更だ。

 

「団長さん、戦いますか?」

「敵に大型は確認できるかい?」

「はい、一体ほど存在しているらしく」

「ならば、余計なリスクは取れない。

 こっちでまともに害虫と戦えるのは姉さんたちと君ぐらいなものだからね。

 病人もたくさんいるし、人員の損害は変えられない。結界水晶を配置して、救援を出してなんとかやり過ごすしかないよ」

 プロテアの問いに、団長は毅然と判断を下した。

 

 防衛戦に徹すればどうにかできない数ではないが、それでは患者が疎かになってしまう。

 そして味方の負傷や損害を考えなければの話だ。無傷で勝とうとするなら、この五人は最高クラスの花騎士でなければならない。

 

 

「こんな時、キリンソウさん達が居れば……」

 彼女を含めた親衛隊が居れば、戦闘要員として遠慮なく戦えたのに、とプロテアは歯噛みする。

 残念ながら彼女たちは後方に下がるので自分の代わりに、と最前線で戦っているのでこの場には居ない。

 

「なるべく病人は一か所に集めるんだ。

 万が一に備えて防備を固めろ。救援要請ののろしを上げるんだ!!」

 団長は緊急事態に次々集まってくる部下たちに矢継ぎ早に指示を出していく。

 

「近くに部隊は居るでしょうか」

「救援がこれないところに施設は作らないよ。

 と言ってもこの近くで大きな戦闘が始まったって聞くし、すぐには無理かもね」

「結界はどれだけ持ちますか?」

「こういう時に備えて最高の奴を持ってきてるよ。なにせ命を預かってるしね。

 ウインタローズ製の結界装置だから、十二時間は近寄れない筈さ」

「十二時間、難しいところですね」

「うん、こっちは身動き取れないってのにね」

 二人は険しい表情で、野戦病院を覆う結界を見上げた。

 世界花の力を取り込んだ結晶を媒体にした結界を展開する代物で、害虫を寄せ付けない最高級品だ。

 

 これでしばらく時間稼ぎをするしかない。

 とりあえずこれでしばらくはこっちに来れない、団長はそう思って息を吐いたが。

 

 その直後だった、爆音と共に魔力砲撃が結界に直撃した。

 

「くそ、こっちが動けないからって、狙いを定めやがったな!!」

 害虫たちはこちらに近寄ってこれないが、一定の距離を保ってこちらの様子を伺っている。

 獲物は逃がさない、という無機質な殺意が伝わってくる。

 

「……これじゃあ、重傷者を逃がすこともできませんね」

 一点突破は可能だろうが、それは後が無い。

 何より、逃げても害虫の砲撃の的だ。

 

「とりあえず、今はこうしてても仕方がない。

 救援を信じて待つしかないか」

 断続的に害虫の魔力砲撃が着弾し、空気を震わしながら相手は圧力をかけてくる。

 

 二人は焦燥感に苛まれながらも、祈るしかできなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

「あと、六時間か」

 時間は無慈悲に経過していく。

 

 団長とプロテアが到着したのは日が落ちる寸前だった。

 今はもう真夜中であるが、ここに居る誰もが眠れぬ夜を過ごしていた。

 

 断続的に響く砲撃の音に、不安が掻き立てられる。

 

「ねぇ、あの砲撃うるさくて堪らないから、防御魔法とかでどうにかならない?」

「私、どちらかというとやられる前にやる方なので、防御魔法はちょっと……」

「はぁ? 防御魔法得意そうな名前のくせに、攻撃特化なの?

 そうだよね、あの砲撃って魔法攻撃だもんね、あーあー、ここに居るのがシェルラちゃんだったらなぁ!!」

 なんて無意味な八つ当たりをして憂さ晴らしをするチューリップ団長。

 流石のプロテアもちょっとムッとした様子だった。

 

 

「うぅ、くぅ……」

 団長は先ほどから、いらいらと貧乏ゆすりを繰り返している。

 手元にある小さな水晶をしきりに気にしているようだった。

 

「団長さん」

 それは、焦燥ゆえの行動だった。

 

「私に予言の力があると、以前教えましたよね」

 だが、それでも、彼女は切り札の切り所だと思った。

 

「いらないよ、そんなの」

 しかし、彼は彼女の言葉を先読みしてそう言った。

 

「それは代償を伴うかもしれないって君は言ったよね」

「ええ、何度もやったわけではないですが、予知した未来を変えようとすれば大よそ悪い結果になります」

「昔やった……読んだ小説にね、予言を題材にしたものが有ってね、色々と思うことがあるのさ」

「それってどういう話なんですか?」

 そうまで言う彼の話に、プロテアは興味を持った。

 

「極めて予言が普遍的な世界観でね、大抵の人間は誕生日にこの一年の自分がどうなるか予言を受けるんだ。

 人々はそれを指針にして生きるってわけ。

 極端な例だけど、その日の食事まで予言に頼る人もいるって描写されてたね。

 それじゃあいけないっていう、主人公の陣営と、敵対する勢力との戦いって話だったかな」

「それは、どちらも予言に頼らないようにしようって人たちですよね?

 どうして手を取りあえなかったのですか?」

「主人公たちの敵対勢力は、預言が対応できない状況を作るために大量の犠牲を強いようとしたからさ。

 結局、主人公たちの選択も痛みを伴うものだったけれど」

「やはり、長く続いたものを変えるには痛みを伴うのでしょうか」

「深く根付いたものなら尚更かもね。

 ここで重要なのは、ここまでして主人公の今後は決してハッピーエンドだって解釈があまりなされていないってことだ」

「だから、預言には頼らない、と?」

「まあね。とは言え、正直誘惑に駆られそうだよ。

 昔読んだ小説の内容を持ち出すくらいにはね」

 彼が何かを迷っているというのは、プロテアにも判断できた。

 

 しかしそれがどちらに転んでも、良い結果にならないだろうことも察しているのだ。

 だからそんな話をしたのだ。

 

 だが、プロテアの第六感は告げる。

 ここで予言を行え、と。何かに突き動かされるように。

 だけど、彼の意思を尊重したい。

 

 

「では、こういうのはどうでしょう。

 私は予言を胸の内に留めるので、予言を見た私の反応でどうするか決めるというのは」

「まあ、するだけしてみたら?」

 そう答えた団長は、やはりどこか期待が混じっているのだろう。

 彼は必死に誘惑に耐えていた。

 

 

 

 そして、プロテアは観た。

 

 押し寄せる害虫。

 阿鼻叫喚の野戦病院。

 害虫の凶刃が、今まさにそこに居る彼に迫り――――。

 

 

 

「おいッ、どうした!!」

「――ッ、はッ!?」

 気付けば、プロテアは過呼吸じみて荒い息をして、団長に抱き起されていた。

 

「何を見たッ、言え!!」

「言えません!!」

 反射的に、プロテアはそう返した。

 彼女は最悪の未来を見たのだ。

 

 数多の予言の中で最も最悪の、死の予言を。

 

 

「死ぬんだな、誰かが、それも一人二人じゃないな!!」

「言えないんです!!」

「そうだろうな!!

 その話でも、誰かの死の予言だけは伝えないって鉄則が有った!!」

 そう怒鳴り散らしながら、彼は手に持っていた水晶板を地面にたたきつけた。

 ぱりん、と粉々に砕け散る。

 

 

 ――――この瞬間、彼の運命が反転した。

 

 

「どうしよう、この未来を変えたら、どれだけの歪みが……」

「歪み? そんなの知ったことか!!」

 涙さえ流すプロテアに、団長はやけくそ気味に怒鳴り散らす。

 

「俺の大切な人たちが死ぬ運命だと言うのなら、こんな世界滅んでしまっても構わない!!」

 それが、彼の選択だった。

 

 予言の内容そのものではなく、予言を行ったという結果だけがトリガーだった。

 

 

「うぅ、ぐすッ、あなたの選択を、うッ、尊重します」

「お前が見た運命だと言うなら、戦えよ、他でもないお前が!!

 なぜ泣く、何の為の花騎士だ!! 害虫だろうが、歪みだろうが、運命だろうが!!

 もうサイコロは振ったんだ、出た目がなんだろうと、前に進むしか無いんだよ!!」

 吐き捨て、椅子に座り込む。

 どう喚き散らしても、今の二人に出来ることは待つことだけだった。

 

「……お願いだから、泣かないでくれよ。

 君に泣かれるとどうすればいいか分からなくなる」

「すん……すみません」

「運命、か。そんなもの、信じたことなんて無かったのにな」

 死に直面しているからか、団長は目に見えない大河の渦中へと巻き込まれているのを何となしに感じていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「あと、二時間か」

 時刻は夜明け前と言ったところ。

 有ってないような害虫に対する防壁を構築し、あとは待ち構えるだけとなった団長たちは腕時計で残り時間を意識していた。

 

 結界装置は害虫の攻撃の負荷により、予定より早く使い物にならなくなるのは予想できていた。

 故に、早めにこうして迎撃の構えをしているのだった。

 とは言え、迎撃をする段階になった時点で、彼らの敗北である。

 

 害虫の砲撃が結界に直撃する。

 最早数えることすら億劫なほどの爆音に、結界の障壁が明滅するかのように薄れたりし始めた。

 

 刻限は予想以上に間近だったようだ。

 

 

「さて、こういう時は死亡フラグを建てとけば生き残れるかもしれないね」

 団長は震える体を抑えながら、気丈にも仲間たちに冗談を言った。

 

「じゃあ、私この戦いに生き残ったら結婚するわ」

 と、真っ先にレッドチューリップがそう言って、皆の笑いを誘った。

 

 そして次々に、パインサラダを作っておいたとか、先日指輪を貰ったとか、自分は不死身だとか言い張ったりし始めた。

 

「ええと、私はどうしましょう……」

「じゃあ、こういうのはどうだい?」

 何と言えばいいか困っているプロテアに、団長はこう言った。

 

「この戦いが終わったら、君に伝えたいことが有るんだ!!」

 団長はまたもや冗談っぽく大げさに言って、周囲の笑いを誘ったが、言われた当人は分かった。

 彼の目は、嘘偽りなどなくそう言ったのだと。

 

 

 そうして、笑い声が続いていると、ゆっくりと結界が消失していくのを誰もが見た。

 これを待っていたと、害虫たちが押し寄せてくる。

 仲間を呼んだのか、数は当初の倍近い。

 

 勝ち目など全くない。

 誰もがそう、最後の抵抗を決意した、その時だった。

 

 

 

 

 ――――Waccyoi!!

 

 

 

 その力強い掛け声に、誰もが顔を上げた。

 朝日をバックに、あの空に浮かんでいるのは、タコか、否!! イカか、否!! 人だ!!

 

 十数もの空飛ぶイカに見える人が次々と降下し、両者の間に舞い降りる。

 

 

「ドーモ、害虫=サン。ビザはお持ちですかぁ!!」

 赤黒の旗を掲げた、殺戮部隊のエントリーだ!!

 

「り、リンゴ団長!!」

 待ちわびていた救援に、誰もがその場にへたり込んだ。

 

 

「ビザはお持ちでない? ならば、地獄にお引き取り願おうか!!」

 次々と、リンゴ団長のベルガモットバレー時代の部下達が降り立つ。

 

 

「あれって、ハンググライダー!?

 でも、この辺に高所なんて……」

 そこで、プロテアは気付いた。

 

 雲の切れ目からその姿を現した、空飛ぶ希望の船の姿を。

 

 

 

 




ガルシンでいっぱいきた石で回すもまた爆死。
三レアすらでないとかどういうこと……。

次はジョルン戦線の結末と、二人の起承転結の結となります。

チューリップ団長がたとえにしたあのゲーム、当時の初見プレイ時は衝撃でした。
某運命と同じく、私の青春のひとつでしたね。

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