そろそろ出尽くしたと思うので、締め切りと致します。
可能な限りアンケートの結果を反映し、今後の執筆の指針としようと思います。
それにしても公式設定資料集の発売が決まりましたね。
楽しみのような、怖いような、今のうちから戦々恐々です。
そうそう、あらかじめ言っておきますが、今回リンゴ団長はローちゃんにかなり酷いことをします。
「……とりあえず、決闘なんて安易な発想に至った理由を聞こうか」
団長は地面に落ちた手袋を取って、土ぼこりを払う。
「団長さんは私が意見を言っても良いと言ったけれど、私は団長さんのこといまいち信じられないの。
私が何かを言っても、聞いてくれないかもしれない」
ローレンティアは真剣な表情でそう言った。
「私、団長さんに認められたい。
ちゃんと話を聞いてほしい。だから決闘するの」
今まで彼は教官で、彼女は彼に意見できる立場にはいなかった。
そして仮に意見できたとしても、あまり難しい事が得意ではない自分の言葉など聞き入れられるとは思えなかったのだ。
お互いに納得できる形で勝負する。
彼女はそれしか知らないし、分からない。
「幼稚だなぁ、子供の理屈だ」
団長は苦笑しながら彼女の視線を真正面から受ける。
「短絡的に過ぎる。俺はこれでも君を評価してるつもりだったが、評価を改めならねばなるまい。
今なら撤回できるぞ、そして謝るなら許してやる」
「団長さんも人が悪い。地面に落ちた手袋を手に取った時点で、その決闘に同意したも同然ですのに」
挑発的な物言いをする団長と彼女に間に、アイリスが立った。
「私が介添え人になりましょう」
「そうか、では正式な手続きは頼む」
「わかりました。代理人は立てますでしょうか?」
「必要ない。この俺が安易に決闘なんぞの手段を選んだおバカに灸を据える」
「では、そのように。後ほど日程と場所をお伝えしますので、それに従ってください」
団長はそれに頷くと、今日は解散と言って帰って行った。
「なんか、仰々しいわね」
「団長さんの出身はウインターローズなので、国際法によって取り決めがあるのですよ」
アイリスは不思議そうにしているローレンティアにそう説明した。
決闘は古来より行われてきた風習だが、国にとっては悩みの種でもあった。
復讐殺人を増やすことでもあるし、それを取り締まろうとしても多くは貴族同士で行われて来た為に国は支援者を絶やさない為にうやむやにせざるを得なかった。
それは貴族社会のスプリングガーデンでも同じで、国家間の連携を密にしている関係上、決闘による国際問題をなるべく避ける為に、国際的に細かな取り決めが存在していた。
「木刀などの非殺傷武器を用いること、万が一致命打を与えた場合は速やかに救護しまたその準備を怠らない事、一定以上の第三者を決闘に立ち会わせ証人を立てること、書面にて決闘の日時や場所などの子細を国に報告すること、と言ったルールが大まかなところですね」
「な、なるほどね、よくわかったわ」
かなり噛み砕いたアイリスの説明だったが、当事者の理解度は怪しかった。
「とりあえず日時は追って知らせますので。
まあ、ここ最近は決闘騒ぎは無かったのですぐに受理されるでしょう」
「要するに、細かいことはそっちでやってくれるってこと」
「そういうことです」
そういう事なら任せるわ、とローレンティアは意気揚々と頷いた。
まさかこれが人生最大の試練になるとは、思いもせずに。
§§§
アイリスが王宮に提出した書類は即日受理され、三日後正式に二人の決闘は行われることとなった。
そしてその会場であるベルガモットバレーの訓練所には、数十人の花騎士や暇を持て余した貴族などが集まっていた。
この見物人たちが決闘の証人となるのである。
「なんか思ったより多いわね」
「怖気づいたなら帰っても良いぜ」
「まさか!!」
木剣を持って対峙する二人。
見物人たちは決闘の始まりを今か今かと待ちわびていた。
「ええ、それではお互いに意思表示をお願いします」
そんな二人に介添え人のアイリスが近づきそう言った。
「意思表示?」
「要するに、自分の正当性を主張するパフォーマンスですね。
決闘は大抵名誉を回復したり守ったりする為に行われたので、観衆にそれを示すのは当然のことなのです」
「分かったわ!!」
彼女の説明を受けて、びしっとローレンティアは団長を指さす。
「私は団長さんに正々堂々と勝って、私のことを認めて貰うわ!!」
ローレンティアの宣言に、会場も湧いた。
多分適当なことを言ってもそれなりの反応したのだろう。見物人とはそういうものだ。
そして、次に多くの人間の団長の方に視線が集中した。
「俺が勝ったら、彼女には一日だけ養子縁組をする権利を頂く」
彼は注目の最中に、そう宣言した。
一瞬の静寂の後、面白がる声と非難の声が相次いだ。
「え、どういうこと? 私が団長さんの養子? でもなんで一日だけ?
どうして団長さんにブーイングが出てるの?」
「つまり、だ」
全く分かっていない様子のローレンティアに、団長は言い直した。
「俺が勝てば、お前の処女を貰う権利を俺が貰うのだ」
「へ?」
ローレンティアはそれを聞いても理解できなかった。
いや、理解したくなかったのだろう。
「昔から略奪愛の建前として貴族の好む迂遠な言い回しってヤツだな。
相手の恋人を自分の妾にするときに使う建前さ。まあ、こういうことは行き違いを避ける為にこうしてちゃんと言っておかないとな。
でもまさか、相手の決闘を受ける条件を確認しないで決闘を挑むとか、そんなおバカが居るとはねぇ、ぶっひゃひゃ!!」
まさにゲス顏と言った表情で団長は彼女を指差し嘲笑った。
彼を囃し立てる声よりブーイングが上回る。
「でもまあ、俺は優しいから無理やりその関係を維持したり、婚姻させたりしないさ。
だから一日で勘弁してやるよってことだ。本来、負ければすべてを失うのが決闘ってもんだ、今更文句はないよな?」
「か、勝てば、勝てば良いんだし!!」
「そうだ、勝てばいい。ここまで追い詰められた逆境で勝ちを拾えるのなら、俺はお前に言うことなど無い。認めてやるに値する。
だが、簡単に行くかな?」
精神攻撃は基本とばかりに盤外戦術でローレンティアを崖っぷちに追い込む団長。
動揺で体の線がブレブレで、涙目になっている彼女は傍から見て哀れなほどである。
「勝負は三本勝負。一試合ごとに先に相手に有効打を一撃を与えた方を一本とし、二本先取した方を勝者とします。よろしいですね?」
「ああ」
「う、うん」
アイリスのルール説明を受けて、二人は頷く。
「それでは両者位置について……第一試合、初め!!」
アイリスの宣言と同時に、試合は始まった。
「どうした、遠慮なんてしなくていいぞ?
存分に全力でこっちに掛かってくるが良い」
にまにまと笑う団長だが、流石にローレンティアも花騎士の魔力を全開にして挑むほど良識に欠けてはいない。
生身の人間に害虫と同じように花騎士が戦えば、ネギトロならぬ真っ赤なもつ鍋になるのは必至。
それなりに技量差があっても、魔力の障壁で守られている花騎士に生身に人間が一撃入れるなど並大抵ではないのだ。
「だ、だけど……」
その本来花騎士があって当然の世界花の加護の力を持つローレンティアは、それを持っていない相手にそれを振るうのは
だったら決闘なんぞ挑むなという話だが、そんな細かい事を考えているならこんなことにはなっていない。
まあ周りは、主に花騎士たちはやっちゃえやっちゃえと彼女に声援を送っているが。
「ふむ、土壇場で躊躇うか。まあいい、ところで、そんな調子でいいのか?
お前のライバル、キンレンカだったか? あそこで彼女も見てるぞ。彼女の前で無様を晒して良いのか?」
「え?」
思わず、と言った様子でローレンティアは団長の指さす方を見た。
しかし、その方向に目的の人物は居なかった。
「ちょっと、居な――――」
いじゃない、とは続けられなかった。
目の前には団長の姿があり、彼女の頭にこてんと木剣が落ちた。
「一本!!」
「え、ちょ、待って、ちょっと待って!!!」
「いいえ、剣が頭部に当たっておいて有効打ではないとは認められません」
「違うわよ、今のズルいじゃない!!」
「私は試合の開始を宣言しました。その後によそ見をするのはいささか相手を舐め過ぎでは?」
アイリスはいかにも堅物といった対応でローレンティアの言い分を切り捨てる。
勿論周囲は団長相手に大ブーイングである。アイリスは審判として公平であるからして。
「ほら、これでもう遠慮は捨てられるだろう?
存分に花騎士として掛かってくるが良い」
「良いわ!! 今のはハンデにしてあげる!! もう容赦なんてしないんだから!!」
怒りで顔を真っ赤にしているローレンティアを見て、団長はけらけら笑う。
「それでは二本目、始め!!」
アイリスの宣言と同時に、ローレンティアは飛び出す。
花騎士として鍛えられた瞬発力を武器に、団長に真っ向から挑みかかった。
一瞬遅れて、団長も前に出る。
両者がぶつかり合い、多くの花騎士がボールのようにぶっ飛ばされる団長の姿を期待し、幻視した。
が、一瞬後に立っていたのは団長だった。
ローレンティアは倒れたままの勢いが殺し切れずに、ずざざざざ、と地面を滑っていく。
団長はローレンティアに真正面から打ち合おうとはせず、直前で真横に避けて足払いを掛けたのである。
足元がお留守とはまさにこのことだろう。
団長は悠々とローレンティアの背を踏みつけ、その首筋に木剣の切っ先を突きつける。
誰にも文句の言えない彼の勝利だったし、アイリスもそう判断して決闘の終わりを告げた。
周囲は唖然として静まり返る。
「うそ、なんで、どうして……」
「俺はお前をまとめ役に推したな?
それだけ俺はお前の戦いぶりを見ていた。それを踏まえて、俺はお前に十分に勝てると思った。
しかしそれで拾える勝利は一度だけだ。だから小細工を弄した。
お前のことを周りの人間に聞いて回ったし、過去の経歴も洗わせてもらった」
団長は背中を踏みつけたまま、抵抗し起き上がる気力も無い彼女に追い打ちをかける。
「そうよ、そんなの卑怯よ」
「違うな。俺は勝つために手を尽くしただけだ。
勝つために戦うのと、勝てるから勝つのは全く別の意味合いを持つ。
相手の思考を狭め、行動を制限し、勝つべくして勝つ。これが戦いと言うものだ。
少なくとも俺は、ルールに逸脱しない範囲でこれを行ったし、お前に非道な策略を仕掛けたわけでもない。
それ以前に、相手の強さも計ろうともせずに挑む方がよほど批難されて然るべきだ。
それともお前は、偵察をズルいと文句を言うのか? 害虫が予想外の強さを持っていたら卑怯と罵るのか? その場合、単にお前の準備不足や実力不足だというのに」
「う、ううう……」
ローレンティアは悔しさから地面の土を握りしめた。
何はともあれ、勝敗だけは揺るがないのは確かなのだから。
「そうそう、俺が勝ったらお前の処女を貰うって約束だが、あれは嘘だ」
「えッ、本当?」
ローレンティアは思わず顔を上げて、団長を見た。
まさかそれが、彼女の想像を遥かに上回る辱めの始まりだと知らずに。
「ああ、俺はお前みたいに胸のでかい女の子は射程外でな。
とりあえず、処女貰う権利だけ貰うわ。ただ、直接俺が奪うことが無いというだけだが」
「え、嘘、じゃないの?」
「何が嘘なんだ? もう既に賭けてしまったものを変更なんて出来ないだろう?
俺は正当な勝者の権利として、お前に突きつけられたらその相手に処女を捧げないといけない権利書だけを頂く、というだけだ」
噛んで含めるような丁寧な説明に、ローレンティアも状況を飲み込まざるを得ない。
だがそれは、彼女の理解を超えて最悪なことだった。
「分かるか、それを俺が所持している限り、お前は好きな人が出来ても体を許すことはできないし、なまじ結婚できても子供をつくることもできないんだぜ?
それどころか、俺がその権利書を誰かに売り飛ばすってことも十分に有りうる」
それは、女性の尊厳を剥奪する、悪魔の言葉だった。
「ふむ、君に使う予定が無いのならとりあえず500万ゴールドから交渉の席に着こうか」
それを見ていた貴族の一人が、好色な笑みを浮かべてそんなことを言い出した。
その声を聴いてゾッとしない花騎士はいなかった。
「いいかお前たち、これが負けると言うことだ!!
害虫に負ければこの程度で済まないぞ、連中は命を容赦なく奪っていく。
これがお前たちの仕事だ、お前たちの敗北の先だ!! お前たちの敗北のあとに、人々が待っているものだ!!」
静寂に満ちる訓練場に、団長の怒号だけが鳴り響く。
「これが無思慮に戦いを挑み、誇りなどという形無いモノの為に命を掛ける愚かさに先に待っているものだ!!
この戦いは全て害虫どもとの戦いに通ずるぞ。
誰かに認められたい? ならば実績を重ねろ!!
誇り高く生きたい? ならば勝ち続けて己を示せ!!
たとえ負けてもそれを帳消しにできる戦いのみを選べ、それが出来なければこの国は虫どもの巣になるだけだ」
彼はそれを伝える為に、こんな下らない決闘なんぞを受けたのだ。
「さて、これでお前は一日言いなりにする権利を得たわけだが」
それを同意する書類にサインしたローレンティアに、団長はこう言った。
「俺はお前が嫌いではない。
だが俺に逆らって決闘なぞした以上、そんな花騎士は俺の部隊には必要ない。
俺の部隊から自主的に失せるというのなら、この権利書を破り捨ててもいいぞ」
ここまでの騒ぎになったのだから、別に彼の判断で除隊しても経歴に傷が付いたりはしない。
彼は初めからこうするつもりだったのだと、周囲は内心安堵したのだが。
「イヤよ」
「は?」
「その権利書は私が団長さんに勝って奪い返すわ!!
だから別の部隊にも行かないし、このまま引き下がったりもしない!!」
そう言って真っ直ぐと決意に満ちた目を向けられ、団長は理解した。
――――この
「……いいだろう、俺はチャンピオンとして防衛戦を受ける義務がある」
この時、試合形式を決闘からそのように変えたのはファインプレーだったと、彼は後に独白することになる。
「じゃあ、毎日挑むから、逃げたりしたらダメだからね!!
そうと決まったら、これから特訓よ!!」
これだけの辱めに遭ったというのに、まったく気力を衰えさせずに己を奮起させて訓練所を出ていくローレンティアに、誰もが毒気を抜かれるのだった。
§§§
「どうしてこうなった……」
自分の執務室に戻ってきた団長は、椅子に座って頭を抱えた。
「彼女の頑固さと真っ直ぐさを見誤りましたね」
「おいこれどうすんだよ、一瞬にして呪いのアイテムと化したぞ」
「あなたの行動の結果ではありませんか」
己の補佐官は面白そうに笑みを浮かべて、無慈悲に団長に告げる。
「もういっそ、ハナショウブさんに……いや、そうしたらぶん殴られるか。
俺あの人の現役でブイブイ言わせてた時代知ってるから容赦しないだろうなぁ」
なんて溜息を吐いて、彼はアイリスを見上げる。
「君も失望したかい?
あんなすぐに悪い男に騙されそう娘、一度痛い目みれば警戒心を身に着けるだろうと思ってたらこれだ。
俺の親切はいつも裏目に出る。それで大失敗したばかりだってのによ」
彼の脳裏には、酷い別れ方をした一人の花騎士の少女の姿があった。
「私はあなたがこういう人だと事前に調べてから来ましたので、今更でしょう」
「俺の戦い方は散々言われてるぞ」
「ええ、本当に酷い。
ですが、犠牲を少しでも少なくしようという意気に満ちています。
……あの人の部隊が解体され、懲戒免職されたと聞いた時は驚きました」
「ああ、近場の見回りも出来ない、あの役立たずか」
彼は席が無いので教官になり、繰り上げで団長になった。
つまりはそういうことである。
「あんなのが騎士団長とは、人手不足も極まれりだな。
最近はどこだってそうだ。騎士団長と言えども常に書類仕事ばかりじゃない。
前に出て陣頭指揮をとることもある。危険な戦場なら尚更だ。
そうして若い奴らばかりが死んでいく」
死と無縁の花騎士など居ないのと同じように、騎士団長も常に死と隣り合わせだ。
そして彼女らの足手まといになって彼女らが犠牲になることなど、あってはならない。
「俺ができるのは、精一杯のことをすることだけだ。
半年程度だが、よろしくなアイリスちゃん。俺の後に優良物件に有りつけるように紹介しといてやるよ」
「その必要は有りません。
それまでも、それ以降も。出来る限りあなたの御身の近くで勝手にサポートさせて頂きますので」
「愛が深いねぇ」
「褒め言葉と受け取っておきます」
俺も罪な男だぜ、と軽口を叩いて彼は最初から全く表情を変えないアイリスから目を逸らした。
§§§
「ふん、はッ、せぇーい!!」
決闘が行われた日の夜、訓練所が閉められる直前までローレンティアは鍛錬を続けていた。
「まだやってるのか、お前」
彼女の様子を見に来た団長は、呆れたように溜息を吐いた。
「ここの管理人が閉められないって言ってたぞ」
「あ、団長さん、もうちょっと待ってて、もう少しで何か掴めそうな気がするの!!」
ローレンティアはそう言って、色々な技を試しているようだった。
とは言え小技に頼ろうとして余計な動作が増えていた。
「おい、余計なことは考えるな」
「え?」
「……これは俺の師匠の教えに反するが、俺も
何も考えるな、ただ相手を感じるんだ。それがお前にとって一番強い」
「うん、わかったわ!!」
無心になったローレンティアは、格段にキレが増していた。
「はぁ、俺が間違っていたな。
俺はお前の短所ばかりを見ていた。長所だけ突出している花騎士はいずれ弱点が露呈し負ける。
だがそれを補うのは俺たちの役目じゃないか。お前たち花騎士がお前たちらしくあるのが、一番だっていうのに」
「よく分からないけど、私に助言したことを後悔させてあげるわ。具体的には明日!!」
「はいはい」
あんなことがあった後だというのに、無邪気に笑う彼女が団長には眩しかった。
だがそんな彼女の笑みも、不意に曇った。
「ねぇ団長さん」
「うん?」
「私たちって、花騎士であれば誰でもいいのかな」
それは、ローレンティアの不安だった。
「団長さんが戦うのに必要なのが私じゃなくても良いなら、私は別の部隊に行っても何とも思わない?」
今の彼女には、キンレンカの言っていたことが何となく分かり始めていた。
彼の戦いは個人の強さに依存しないようにしている。
あの手この手で、実力差や数を覆そうと肌で知った。
いかに彼女が難しいことが分からなくても、痛ければ覚えるらしかった。
そんな彼女に、団長は仕方なさそうにこう言った。
「考えるな、感じろ。
俺が戦えと命じた時にだけ戦い、勝てと言った時だけに勝て。
それ以外は自分の感覚だけを信じろ。
そうすればお前は誰にだって負けない」
「本当!? じゃあ、そうする!! って、誤魔化さないでよ!!」
「ちッ」
流石にそこまで単純じゃなかったようだった。
「別にお前でなくてもいいのは本当だ。だが何とも思わない訳じゃないぞ。
言っただろう、お前のことは気に入っている、と。
でなければまとめ役に選ぶものか」
ちょっと照れながら、団長は言った。
「じゃあ。納得できないことはちゃんと口にしていいのよね!!」
「それは勿論だが、俺に意見して何か変えたかったら最低でも俺に勝つことだな。
俺は正道を生きるお前を使いこなすのが仕事だが、実績の無い者の意見の重みは薄い」
団長はそう言って、彼女の信念に付き合う覚悟を示した。
「分かったわ、覚悟してよね、団長さん!!」
そんな風に笑顔で言うローレンティアに対して、嫌な予感がする団長だった。
後日。
「団長さん、やっぱり今日の作戦納得できないわ!! 勝負よ!!」
「お前ってばホント懲りないよなぁ!!
お前がバカみたいに突撃する、混乱したところを奇襲する、それの何がいけない?」
「じゃあなんで私一人で突っ込ませるの!?」
「お前が勝手に命令を勘違いしたんじゃないか!!」
「もういいわ、勝負よ、全てはそれからよ!!」
「お前学習しろよ、誰かこの脳筋なんとかしてくれ!!」
そこには、とりあえず団長に対してよく分からないことが有ったら勝負を挑んでその勝敗に関係なくスッキリして終わるローレンティアの姿があった。
最早考えることを止めた彼女の行動は、理屈ではなくなっていた。
段々手が付けられなくなってく彼女に、団長は逃げの一手を取り始めるようになるのも近い。
「もう本当に親子で良いんじゃないですかね」
もう父親に構ってほしい娘にしか見えず、アイリスは苦笑してその光景を見ていた。
§§§
数年後、時は戻って今年。
「あ……忘れてた」
リンゴ団長となって一年半も経った彼は書類整理をしていると、例の権利書が出てきたのである。
「なんですか? それ?」
「ああ、うん、これな……」
団長は何とも言えない表情になって、リンゴにそれを手に入れた経緯を話した。
「もうあのバカ、毎日毎日ことあるごとに多種多様な勝負を挑んできやがってよ。
途中からこれが有る事を全くお互いに忘れちまっててさ」
なんて思い出しながらケラケラ笑う団長。
「くそ大変な毎日だったが、今思い返せば悪くなかったかもしれん」
感慨深そうに、彼はその権利書を見下ろす。
「待てよ、これが処女奪う権利ならば、これをつんつんするのは処女膜をつつくのと同じことなのでは? どう思う同士リンゴちゃん」
と、彼は高度な領域へ思考へ行こうとしていると。
「ふーん、それは良かったですね。
あ、そうだ団長さん、お茶を入れ直してきますね」
「え? お茶なら今さっき入れたばかり……」
リンゴは団長の言葉を無視して出て行ってしまった。ティーポットも忘れて。
「…………」
そして振り返りざまにリンゴちゃんの目の端に見えた物、それは涙だった。
「た、助けてパプえもん!!」
偶に致命的なまでに女心を理解しないこの唐変木は、すぐさまパープルチューリップの助けを求めに行くのだった。
養子に関して細かいツッコミは無しでお願いします。
あんまり詳しくないので。それはほら、ファンタジーってことで。
一日従者とかでも良かったんですが、最期に繋げらんないので。まあR版のネタが増えたということで御ひとつ。
と言うことで次回は「ニゲラの夢渡り:リンゴ編」です。
最高にキマッた展開を思いついたと活動報告では言ったんですが、これ元ネタでもやってるって先日思い至りました、まあそこはパロディと言うことにしときましょう、うん。
ところで絶壁だと思ってたカルセオラリアのあの絶妙な膨らみがたまら……おや、なんでランタナ助走つけてこっちに走ってき(ドロップキック