貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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花騎士2周年おめでとうございます!!

そんなめでたい日にこんな重い話を投稿するのか……。
今回は要望があったR版に投稿予定の『イエチュさんのお薬』の前日譚になってます。
上記の話として書き始めたんですが、重くなりすぎてこれじゃ白けると放置かましてたんです。

どう料理したもんかと考えつづけ四か月、ニゲラちゃんの登場ですよ。彼女には感謝してもしきれません。
そう言うわけで、殆ど二話分を繋げたんで過去最長です。
男の内面なんてみてもつまらねーよ、って人は読み飛ばしても平気です。

それでは、本編へどうぞ。





イエチュさんは調薬する

「あのさ、聞いてよ姉さん達」

 チューリップ家の夕食の席で、チューリップ団長はそう切り出した。

 性格も趣味嗜好もバラバラな四姉妹は、意外なほど食事中に口数が少ない。

 食事中とはかくあるべきなのかもしれないが、それでは寂しいので彼はいつも話題を提供する係だった。

 

「どうしたの、浮かない顔をして」

 と、言ったのは彼の次にお喋りなレッドチューリップだった。

 或いは彼の言う話題の内容を察したのかもしれない。

 

「実はさ、この間告白されたんだよ。

 うちの部隊の子にね」

「へぇ、あんたも隅に置けないじゃない」

 面白そうな話題だからか、イエローチューリップも反応した。

 

「そうは言うけどさ、彼女、実家が事業に失敗した責任を押し付けられたらしくてさ、相当切羽詰った様子で、愛人でも姉さんたちの次でもいいですからーって。

 理由が理由とは言えさ、お金目的で結婚ってのは流石にね」

「それって告白と言えるのでしょうか……」

「告白ではあるよ、身売りのね。政略結婚みたいなものだよ」

 顔を上げてそう言うホワイトチューリップに対し、チューリップ団長は淡白にそう返した。

 

「一応さ、聞く限り不当な負債だったみたいだし、良い弁護士を紹介してあげたんだけど。

 そしたら今日、それで何とかなったらしくて、約束通り五番目になりますーって、いやいや、俺って姉さん達とそう言う関係じゃないし、そもそもそんな約束した覚え無いって。

 そしたらさ、泣かれちゃってさ、もう散々だったんだよ」

「それでどうしたの、付き合うことにしたの?」

 好奇心を隠そうともしないイエローチューリップの問いに、彼は首を横に振った。

 

「だって、助けてくれたら好きになるっておかしいじゃない。

 ピンチの時に白馬の王子様が現れて助けてくれたら必ず惚れなきゃいけないってわけ?

 それは一時の感情だから、落ち着いて考え直せって言い含めておいたよ」

「ずいぶんと冷たい対応ね。

 私はその子の気持ち分かる気がするけどなぁ」

 恋多きレッドチューリップはそう物申した。

 

「落ち着いて、考え直してなお、あなたのことが好きだって言われたらどうするかしら?」

「ごめんだね、彼女は悪くは無かったけど、好きでもない相手と結婚するのは嫌だしさ。

 後々になって、必ず破綻するに決まってる」

「あなたは誠実な対応をしたと思いますよ。

 でも、ちょっと女の子としては寂しいと感じるかもしれません」

 ホワイトチューリップの眼にも、彼が恋愛に対してドライだというのが明白に感じられた。

 枯れているだとか興味が無いのとは違う、一歩引いた目線で見ているようだった。

 

「紫姉ちゃんはどう思う?」

「あなたの選択を尊重します。

 いずれにしろ、軽率な行動は破滅を呼び込みますから」

 今まで黙っていたパープルチューリップはそう言ったが、それは彼を肯定するように聞こえなかった。

 良いとも悪いとも、言っていないのだ。

 

 

「性格の良し悪しはともかくとして、経済力が一つの魅力なのは確かよね。

 多分、これからもそういうことは増えると思うわ。

 別に下心でお金目的でなくとも、お金を持っている人と一緒になれれば安心できるもの。

 実際に、あなたはどうにかできたわけだし。

 環境が愛を育むことだってあると思うわ」

「そりゃあお見合い結婚と恋愛結婚じゃ、お見合い結婚の方が離婚率が低いっていうけどね。

 でも赤姉さんは無理だと思うよ。お見合い結婚だとセックスレスになりやすいらしいし、そうなると姉さんは浮気するだろうし」

「そうなのよねぇ、だから私は積極的に行っているわけなんだけど」

 全く否定せず、レッドチューリップは腕を組んで頷いた。

 

「とにかく姉さんは早く腰を落ち着けてください。

 私たちが困るじゃないですか」

「いやぁ、赤姉さんはずっとこのままでいいのかもしれないよ。

 赤姉さんが誰かと一緒になるなんて想像できないし」

「それはそれで嫌ねぇ、結婚できない女みたいだし」

 いずれにせよ、末妹の願いは当分叶わないのだろう。

 

「もうさ、あんたは騎士団長なんだし、告白してきた子を全員面倒見ちゃえばいいじゃないの?」

「黄姉さん!! 彼まで赤姉さんみたいになったらどうするんですか!!」

 にやにやと笑って言う次女の無責任な発言に、四女は憤った。

 

「私が補佐官をしているうちは、絶対、絶対、ぜぇぇったい、そんなの許しませんからね!!」

 そう強く言い切るホワイトチューリップを見て、今の仕草可愛かったなぁ、なんて考える団長だった。

 

 

「分かってるよ姉さん、俺はそんな無責任なことはしないって。

 でもこの世界って男女比が偏ってるしさ、経済力がある人間が複数の妻を娶るのは問題ないってことになってるんだよね?」

「私からすれば、男女比が均等に近いっていうあんたの故郷の方が信じられないんだけれどね」

 どうなっているのかしら、と興味深そうな表情になるイエローチューリップ

 

「まあ、見てくれは同じでも姉さん達と俺とじゃ人種とか、そもそも種族が違うんじゃないの?

 俺には魔力の素養は全くなかったし、多分そう言うことなんだと思うよ。

 そうなると、俺と結婚したところで子供作れるかって話になるよね。

 ここまで似通ってるんだし、まあ大丈夫だとは思うけど」

「ふむふむ……」

 話すのに夢中になっているからか、彼はイエローチューリップの眼が怪しくなっていることに気付かなかった。

 

「俺の個人の意見だけどさ、公的に認められていても男が複数人の女性を愛するなんて不可能だと思うんだよね。

 だって平等に全員に接していても、偏りってのは絶対に生まれるでしょ?

 それは接する時間だったり、相手へのプレゼントだったり、他の人がどう思うかでも変わってくると思うし。

 俺も平等に姉さんたちに接しているつもりだけど、対応にそれぞれ違いは出てるし」

 と、言って彼は思い悩む。

 

「分かってないわねぇ、愛は情熱なのよ。

 炎なの、燃えているの。温度差なんてあるのは当たり前だし、常に燃え盛っているわけじゃないのよ。

 愛はケーキを切り分けるのとは違うのよ」

 それに対してレッドチューリップはそう断言した。

 確かにね、と彼は少なくとも己よりも本質に迫っていることを認めた。

 

「『愛を単位であらわすような奴は愛の本質を知らない』『愛は無限に有限なんだよ』ということか。

 愛とは動体であり、変化するもの、か。赤姉さんの言うとおりなのかもしれないね」

「少なくとも、結婚するならちゃんとお付き合いしてくださいね。

 お互いのことを知って、好き合ってから決めるべきなんです」

「いや、それは無いかなぁ」

「どうしてですか?」

 ホワイトチューリップの視線が鋭くなる。

 彼女は弟分に対して自分がしっかりしないといけないと思っているらしかった。

 

「いやね、俺が誰かに恋愛感情を抱くことは無いと思うし。

 だから適当にうちの騎士団を支援してくれる良識的な貴族から娘さんを貰う感じになるのかなぁ。

 いざとなったらキンギョソウ団長の御姉妹の誰かを紹介してもらおうかなと思ってる。

 彼が義兄なら、まあ良いかな。あの人変わってるけど。

 ま、姉さんたちが全員結婚するまで、俺は結婚する気は無いけどね!!」

 そう彼は締めくくって、その話題は終わった。

 

 

 

 §§§

 

 

 その日の夜半頃、即ち午前0時前後。

 スプリングガーデンは地球の現代人のように夜更かしの意味もする方法も限られる為、誰もが寝静まるその時間に、四姉妹は顔を突き合わせてこそこそと家族会議を開いていた。

 

「どう思います、姉さん達」

 今日の議長はホワイトチューリップだった。

 度々こうして話し合うあたり、なんだかんだで姉妹仲は良好なのだろう。

 

「正直、今まで私たちの誰にも手を出さないとは思わなかったわ。

 もしかしたら病気なんじゃないのかと思って、昔一度薬盛ったんだけど、それでも何もないから見に行ったら半分理性失ってて一晩中貞操を掛けた格闘をする羽目になったわ」

「なにやってるの姉さん」

「やめて、あれは私たちの中でなかったことにしてるの」

 四女はそれを追求したかったが、イエローチューリップが難しそうな顔でここまで言うのだから余程大変だったのだろう。自業自得である。

 

 

「それにしても、私たちが結婚するまで結婚する気はないですって、生意気よね」

「あれは昔何かあったわね。

 流石にあの調子でこれから彼を好きになっちゃう子を対応させるのは忍びないわ」

 と、何やら楽しげな笑みを浮かべているイエローチューリップと、己の恋愛経験からそう分析するレッドチューリップ。

 

 リンゴ団長が言っていたように、何だかんだで騎士団長はモテる。

 或いは周囲に女っ気しかないから、出会いも少ないし必然的にターゲットが限られているとも言える。

 生死を共にすればつり橋効果もあるだろうが、情だって湧いてしまうものだし、有能ならば羨望も向けられる。

 

 そう言う意味では、チューリップ団長は敏腕だった。

 武名を上げるような活躍こそしていないが、市民たちに寄り添った対応から、リリィウッドの人々から親しまれていた。

 商隊の護衛や警備と言った仕事など、武勲にならずあまり真っ当な騎士団から好まれない仕事を進んで受けているからである。

 彼は己を凡才だと卑下しているが、こういうことは案外天才肌には出来ない事である。

 

 花騎士には戦いを好まぬ心優しい人物も多いし、戦いで活躍する団長より帰る場所を守ってくれる人の方が受けがいいこともあるだろう。

 

 そして何より、彼には経済力があった。

 自分で使えるお金は少ないから、なんて言っているが、貯金通帳はあまりお金に執着の無いホワイトチューリップが思わずにやけてしまうくらいにはあった。

 彼を夫にすることができれば、少なくとも将来は安泰だろう。

 そしてその一例を、彼は示したばかりだ。

 

 そんな男が、恋愛はしないと断言した。

 これは別の意味で女泣かせであると、家族会議の開催と相成った。

 方向性は違っても、この四姉妹は愛に生きる人たちなのだから。

 

 

「パープルチューリップ、あなたなにか聞いていない?」

「守秘義務」

「長姉権限を発動します」

「……私も全てを知っているわけではないので、具体的には」

 と、三女ははぐらかした。

 

「あ、そうだ、この間、パープルチューリップが言ってたこと試してみたら?」

「……姉さん、黄姉さんと何か悪巧みしてるんですか?」

「悪巧みとは心外ね」

 不審げに見てくる四女に、次女は笑みを返す。

 

 

「この間ね、パープルチューリップがこんなことを言ってたのよ」

 そうして、イエローチューリップは彼女が協力者と共に夢の中で行っている治療について説明を始めた。

 

「それで、私に同じように夢の中に入り込めるようになる薬を依頼してきたわけよ」

「個人の能力に依存するのは危険ですからね。

 天才は技術の革新を示し、凡人はそれを規格化し普遍的に落とし込むことが肝要ですので」

「へぇ、面白そうね」

「ちょっと待ってください!!」

 立ち上がり、話の腰を折るホワイトチューリップ。

 

「紫姉さん、それって正式な機関から認められた治療じゃないですよね」

「ホワイトチューリップはクソ真面目ねぇ」

「不真面目な医師が居てたまりますか!!

 正式な許可なく勝手にそんなことするなんて、そんなの人道にもとります!!」

 憤って非難するホワイトチューリップだったが、姉たちは涼しい顔をしている。

 

「あなたも知っているでしょう、精神の治療は未だ不明な部分も多い試行錯誤の段階だと。

 精神喪失なども、所詮医師の経験による判断によっていかようにでもなるわ。

 正しい精神の治療方法など、それこそ神でもなければ分からないのよ」

「それでも、患者の同意を得るのは最低限の基本のはずです」

「取っていますよ」

「え?」

「私の定期健診の際に、最初に治療方法は私に全面的に任せるといった同意書を騎士団全員に書かせていますから。

 そうでもなければ、流石の私でもここまでしませんよ」

 唖然とする、ホワイトチューリップ。何か言いたげな表情になったが、険しい表情で黙り込んだ。

 より上の姉たちを見やるが、許可? なにそれ美味しいの? と言った表情だった。

 こんな調子で大抵姉たちに口喧嘩に勝てない四女だった。

 

 

「そう言うわけで、私も夢の中の世界に行ってみたいわ。

 薬の完成度を上げるためには、どのような感じなのか体験しておきたいし」

「姉さん、それは構いませんが……恐らく彼の深層心理は地獄ですよ」

 好奇心全開の次女に、三女は忠告する。

 それでも彼女はあまり真に受けては居ないようだった。

 

「私も行きますよ、姉さん達を野放しにしたらどんな影響が有るか」

「あら、私も言ってみたいわ」

 と、長女と四女も名乗り出た。

 

「大人数で夢の中に行くのは負荷が大きく当人が持ちませんし、何より危険です。

 今回は黄姉さんだけでお願いします」

「やった♪」

 良い笑顔のイエローチューリップを、四女は不安そうに見ていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「はぁーい、そういうわけで今回は私も同行するわ」

「……大丈夫なの?」

「気にしないでください。どうせ三分も持ちませんよ」

 完全に観光気分のイエローチューリップを見て不安げなニゲラに、パープルチューリップはそう断言した。

 

 そして、その通りになった。

 

 

 

「なによ、これ」

 チューリップ団長の深層心理の最上層は、一見してリリィウッドの街並みだった。

 しかし、そこはあまりにも異様な光景が広がっていた。

 

「これって、ゴーレム人形かな」

 ニゲラが近くを歩いていた住人に触れる。

 硬質的な感触が返ってくる。

 

 現実のスプリングガーデンではまだ実現していない人間そっくりのゴーレム人形が町中を闊歩しているのである。

 どれもがその動きが機械的でぎこちなく、外見はともかく一目で人間でないと分かる程度には非人間的だった。

 

「ようこそ、ここはチューリップランドだよ!!」

 そして、ニゲラの触れたゴーレム人形が笑みを浮かべてそんな声を発した。

 

「ここはリリィウッドじゃないの?」

「ようこそ、ここはチューリップランドだよ!!」

「…………」

 同じような反応を返すゴーレム人形に、ニゲラはうすら寒いものを感じた。

 

「診療所、診療所に行きましょう」

 いつになく険しい表情でそう提案するイエローチューリップは、返答も聞かずに先に進む。

 

「あ、待って、単独行動は危険だよ」

 ニゲラはその後を追い、パープルチューリップも後に続く。

 

 道中も人形の町は続く。

 誰も彼も無機質に行動し、活気を演出している。

 

 そうして辿りついた診療所の扉を開けようとしたイエローチューリップだったが、がちゃがちゃとドアノブが鳴るだけだった。

 

 

「鍵が掛かってるわね、戸締りなんて夜くらいしかしないのに」

「そちらから中を窺ってみましょう」

 三人は裏手に回ると、窓からダイニングルームが見える。

 

 中には団長とチューリップ四姉妹が楽しげに談笑しながら食事をしていた。

 外の人形の群れと違い、この五人だけは明らかに血肉の通った人間だ。

 

 人形の町の中で暖かな食事を取る自分と同じを姿をしたモノに、二人はどこか冷たいものを覚えた。

 

「この町は、彼と私たち四人の生活を維持する為の機械であればいいと思っているのでしょう。

 町の住人が人形だろうと気にしない、興味などもっていないのだから」

「私は彼が住人思いの良い団長だって聞いてたけど……」

「この様子を見る限り、周囲の道具のメンテナンスをするのと同じなのでしょう。

 ……壊れたら困るから守る。維持しないと飢えるから気を使う。極端な話そういうことなのよ」

「…………」

 驚き唖然とするニゲラ、絶句するイエローチューリップ。

 

 

「何者だ、お前たち」

 その声に三人は即座に振り返る。

 

 三人は魔女狩り隊の面々に囲まれていた。

 人形ではなく生身の彼女らは、なぜか全員、犬耳のカチューシャを付けて、首輪を付けていた。

 そして最大の特徴は口元のワイヤーマズル、口輪だった。

 

「あなた達は、彼の心のガーディアン?」

「否、我らはこの場所を守る為の忠実な衛士。

 本体の守護は管轄外だが、この場所に触れようとするならば容赦はしない」

 と、ニゲラの問いに彼女の隊長は答えたが。

 

「なにしてるんだ馬鹿ども。

 そこにいる二人が分からないのか?」

 窓を開けて、中に居たチューリップ団長が部下達を模った者たちにそう言った。

 

「我々にそのような機能は有りませんので」

「役立たずめ。ごめんなさい、姉さん達。使えない馬鹿犬ばかりで」

 と、彼は来訪者二人に頭を下げた。

 ただ、ニゲラなど目もくれていない。

 

 

「俺の全てを差し上げます。欲しいモノ全てを捧げます。

 俺のできることならなんだってします。だからどこにも行かないでください。俺はそれだけでいいんです」

 まるで、神に祈る殉教者のように、彼は笑う。

 

「……この子たちは、あなたの趣味なの?」

 言葉を失っていたイエローチューリップは、魔女狩り隊の面々を指さしそう言った。

 

「ええ、良い恰好でしょう?

 こいつらは俺の持ってる魔法の借用書一枚で簡単にくびり殺せる。

 これを持っている限り俺に忠実でいるしかなく、叛意を持つこともできない血統書付きの番犬ですよ」

 彼が手招きすると、魔女狩り隊の一人が彼の元に近づき、犬のように媚び始める。

 

「誰もが前の主人に冷遇され、俺の与える温かい食事と寝床が無ければ死ぬしかない。

 なんて、なんて、なんて!! 心安らぐ光景だろう!!」

 彼は楽しそうに、彼女の首筋を撫でた。

 

「奴隷がこんなに良いものだと知りませんでした。

 生殺与奪を全て握って、犬のように扱うのがこんなに嬉しい事なんて、俺は知りませんでした!!」

 彼は、四人にも見せたことが無いような安らぎに満ちた笑みで、部下を抱きしめた。

 

「ああ、愛しい、愛しい俺のペット達!!

 こんなことならもっと早くペットを飼えばよかった」

「こ、こいつにこんな趣味があったなんて……」

「姉さん、真に受けないでください。

 ここは夢の中ですよ、目に見える全ては抽象的な事柄ですよ」

「あ、うん、そうだったわね」

 ちょっとドン引きしていたイエローチューリップは気を取り直した。

 

「これってどういうことなのかしら?」

「要するに、この階層を言い表すならば【猜疑心】でしょう。

 彼は生殺与奪の全てを握り、自分の思うとおりに動くように教育してようやく安心できるのです。

 ハッキリ言って、彼は彼女たちを私たち姉妹よりよほど信頼しているでしょう。

 なぜなら彼は、人を本心から信じることができないのですから」

「……それは、なんだか哀れだね」

 傍から見ればちょっとアレな光景を見て、ニゲラは悲しそうになった。

 

「ペットの前でしか自分の本心を言えない人間も居ます。

 彼は少々大袈裟ですが、変わっているというほどでもないでしょう」

 どうと言うことも無い、と言った表情でパープルチューリップは言い切った。

 

「なるほどね、それにしても、この様子じゃお目当てのものは無さそうね。次に行きましょう」

「そうですね」

 段取りを仕切る次女に三女は頷き、ニゲラに目配せする。

 彼女はそれに応じて、次の下層へと降りていく。

 

 

 

 §§§

 

 

「なに、これ」

 次の階層に降りたイエローチューリップは、その場所を見渡して目を見開いた。

 彼女の驚愕は他の二人の気持ちを代弁していた。

 

 その場所は、角ばった四角く白い塔のような物が乱立し、鉄の箱のような物が道を走り、想像だにしない人数の人間が行きかうスプリングガーデンのどこにもない場所だった。

 

「ここって、どこの町なのかな?」

 ニゲラは周囲を見渡す。

 見たことも無い文字の看板がそこら中に張り巡らされ、人々は忙しそうに移動している。

 

 顔を上げれば、水晶板のような物に人が映り、何かを読み上げながら数日間の天気を予知していた。

 

 

「…………」

「…………」

 一方で、チューリップ姉妹二人はこの光景に険しい表情だった。

 

「まさか、あれ、本当だったの?」

「見る限り、この町はスプリングガーデンのいかなる文明とも異なっているようにも思えるし、個人の想像にしては、余りにも具体的だわ」

「マジかぁ……」

 イエローチューリップは頭を押さえた。

 

「まあ、それはそれでいいか。どうせだから異世界の町を探索しましょう」

「姉さんの切り替えの早さは美点ですよ」

「それって褒めてるの?」

 そんな軽口を挟みつつ、彼女達は未知なる文明の町を歩んだ。

 

 

 

「ねぇ、これじゃない?

 皆が歩きながら見てるやつ」

「そうみたいですね」

「これって本か何かなのかな。耳にも当ててたし、勝手に文字を読んでくれる物なのかも」

 三人は携帯ショップで異世界テクノロジーについて考察していると。

 

「うん? ねえ、外を見て」

 突如として、外が暗くなったのをニゲラは見た。

 

「ホントね、どうしたのかしら」

 気になったイエローチューリップは、自動ドアから店の外に出ると空を見上げた。

 そして固まった。

 

「姉さん、どうしたの……って」

 パープルチューリップも顔を上げると、やはり硬直した。

 

「え、チューリップ団長?」

 ニゲラも空を見上げると、そこには黒衣を纏ったチューリップ団長が空いっぱいに映し出されていた。

 住人達も、それを見上げてざわめいている。

 

 

『愚かなる人間たちよ、我が名は害虫王。

 今日からこの地球は、我ら虫たちの楽園へと化すのだ。

 我らが新しき人類として君臨する、お前たち古い人類は地上から消え去って貰おう』

 と、害虫王と名乗ったチューリップ団長が、両手を広げた。

 

 その直後、黒い影が無数に上空から降り注ぎ始めた。

 その正体は三人がよく知るものだった。

 

 

「あれって、害虫の群れ!!」

 イエローチューリップが思わず戦慄するほどの膨大な数の害虫が降下しているのだ。

 

「ど、どうする?」

「落ち着いて姉さん、あの害虫も彼なのよ。

 私たちが戦おうにも夢の中ではどうしようもないわ」

「だけれど!!」

 冷静な妹に、イエローチューリップは気が気ではない。

 なにせ、もう既に町中で害虫による住人の殺戮が行われているのだ。

 

 花騎士である三人は、無意味と知りつつも反射的に手が出そうになりそうだった。

 少なくとも、見ていて気分のいいものでもなかった。

 

「……何かこの悪夢を終わらせる鍵が有るかもしれない」

「そうね、探してみましょう」

 ニゲラの提案に、二人は頷いて害虫の跋扈する異世界の町を進むことにした。

 

 

 町は、まさしく地獄と化していた。

 

「待って、置いてかないで!!」

「嫌だね、てめぇが食われる間に俺は逃げ、あ、ああ、ぎゃああ!!」

 

「お願いします、何でもしますから命だけは、命だけは、あああぁあ!!」

 

「助けて、助けてぇええ、お金、お金なら幾らでもやるから、が、があああ!!」

 

 害虫による殺戮にではない。

 人間による醜さによって、この町はおぞましく彩られていく。

 誰もが自分の命を優先し、そして無様に食われ、死に絶えていく。

 

 害虫たちは人間たちを貪るが、飲み込もうともせずにその辺に吐き出し、次の獲物を探しに行く。

 まるで、栄養にすらならないとでも言わんばかりの態度だった。

 

 そんな見る者の精神の病みそうな光景がそこらかしこで繰り広げられながらも、三人は不思議と害虫に襲われなかった。

 

 それでも進み続けると、三人は害虫王を発見した。

 彼は町の人間を集め、それを害虫たちに囲ませていた。

 

 

「お前たちの一人を生贄にしろ、そうすれば全員助けてやる」

 害虫王は、悦に満ちた笑みを浮かべそう言った。

 当然人間たちは醜く争い合い始めた。

 

 害虫王は笑う。まるでそれが見たかったと言わんばかりに。

 

「見てよ、姉さん達、このナメクジにも劣る蛆の群れをさ!!」

 彼が振り返り、顔を(しか)めてその光景を見ていた三人にそう言った。

 

 

「こんなことして、楽しいの?」

 強張った表情のイエローチューリップが問う。

 

「楽しいよ、別に俺が頭の中でどんな想像をしようと勝手でしょう?」

 害虫王は、チューリップ姉妹も見たことも無いほど楽しそうにしながら、醜く争い合う人間たちを見下す。

 

「俺は人間が嫌いだ。

 この地球と言う星に巣食う蛆虫を何度滅ぼしたいと思ったことか」

「あんたがこっちに来ても、ずっとそう思ってたの?」

「まさか、こいつらはスプリングガーデンから手を引く代わりに、この俺の故郷に手引きしたんだ。

 こっちなら、それこそあっちの全部の害虫を引き入れても食いきれないほどの人が居る。まあ……」

 いい加減飽きたのか、害虫王が指を鳴らすと人々を囲んでいた害虫たちが殺戮を始めた。

 殺しつくし肉を貪り、そしてぺっと吐き出す。

 

「こいつらも、添加物ばかりの人間なんて口に合わないようだけど」

 まるで汚物を見るような目で、彼は全てを見下していた。

 

「さあ、食い殺せ害虫ども、お前たちが新しい人類だ!!」

 高らかに、害虫王は新たな時代を歌い上げる。

 

 

 

 

「そこまでだ、害虫王!!」

 その時だった。

 

 

「何者だ!!」

 害虫王に釣られ、その声の主に三人は目を向ける。

 

「我が名は、今代フォス!!

 お前たち害虫を滅ぼすものだ!!」

 太陽を背に、ビルの上に立っていたのはリンゴ団長だった。

 彼は光り輝く剣を持ち、如何にも勇者っぽい恰好をしていた。

 

 三人はここで、え、お前なの、みたいな表情となった。

 

 

「小癪な、死ぬが良い!!」

 害虫王は害虫をけしかけるが、リンゴ団長扮するフォスの勇者は、ビルから飛び降り、すれ違いざまに害虫を切り捨てると一刀の元に害虫王を切り捨てた。

 

「うがああああああぁあっぁ!!!」

 いともたやすく害虫王は倒された。

 

「おのれ、フォスの勇者め……だが覚えておくが良い、お前たち人間が争い合うその時、この私は復活しこの世に混沌を(もたら)すだろう、がく」

 なんて捨て台詞を残して、彼は消え去った。

 

 

「これって、結局どういうことなの?」

「恐らく【破壊/破滅願望】と言ったことなのでしょう。

 人間の悪性を憎悪しながらも、良心がそれを踏み留めている。

 そして仮に実行しても、誰かに止めてもらいたいのでしょう」

 姉にそう解説し、パープルチューリップは街中を振り返る。

 

「そして真の孤独は、人々が行きかう町の中にあると言います。

 彼にとって自分が存在しないも同然の場所など、滅びたって構わないのでしょう」

「……結局、寂しさの裏返しなんだ」

 痛ましげにニゲラはそう呟いた。

 その寂しさを、こんな風にしか表現できないのだから。

 

 

「次に行くわよ、いつまでもこんな辛気臭いところに居られないわ」

「……そうですね」

「じゃあ、次へ行くよ、多分感触からして次で最後かも」

「ようやく必要な情報を見つけられそうね」

 まさか最深部だったとはね、と言うイエローチューリップの表情からは好奇心は消えていた。

 

 そこまで奥底にまでしまいこまなければならない物がなんなのか、考えたくも無かったからだ。

 

 

 

 §§§

 

 

「ここは、教室かしらね」

 イエローチューリップはその室内を見て、そう判断した。

 

 異世界でも学校の教室なんて大して変わらないのかもしれない。

 三十組ほどの机と椅子、大きな黒板、様々な備品。

 見慣れない物も数多いが、学び舎と言うことに違いない。

 

 そして、その中心の机に座り、頭を抱え蹲っている少年が居た。

 三人が彼に近づこうとした直後、彼の周囲にいくつもの黒い人影が現れた。

 

「おい、ナメクジ、なんで今日も学校きてんだよ」

「お前はくんなつってんだろ!!」

「気持ち悪いんだよ、てめぇはよ!!」

 子供くらいの人影は、口々に彼を罵り、殴り、蹴っていく。

 

「あ、やべ、ナメクジ菌が移った!!」

「なんだよ、こっちくんなよ!!」

「ほれ、ターッチ!! ぎゃははは!!」

 よくある、どこにでもある、いじめの光景だった。

 彼はそれを、じっと嵐が過ぎるのを待つように耐えている。

 

「いじめられるのはてめぇが悪いんだよ!!」

「俺たちはこうやって鍛えてやってんだ!!」

「おら、今日も殴らせろよ!!」

 無数の罵声を耐え抜き、少年は成長していく。

 

 

「俺は、十二年耐えた」

 少年から青年になった彼は顔を上げ、諦めに満ちた表情で前を見上げた。

 

「俺は一度だってやり返さなかった。

 そんな苦痛に満ちた日々でも、好きな子ぐらいは居たさ。

 俺だって身の程を弁えてたさ。だけど、我慢できなかった」

 彼はノートを広げると、それをやぶって恋文を書いた。

 それは、耐えるだけの彼にとって一世一代の勇気と決意に満ちた行動だった。

 

 だが。

 

 

「なにそれ、手紙? あ、これラブレターじゃん!!」

「ああ、マジだ、なにこれ受ける!!」

 運悪く、その手紙は相手の友達にまで見られる運びとなり、クラス中へと知れ渡った。

 

「う、うう、ぐす……」

 そして、手紙の相手は泣き初めたのだ。

 果たしてそれは、手紙を公表されたからか、クラス最低カーストの人間に告白されたからか、彼も知らない。

 

「ああ、やっぱりこうなるのか。

 自分でもバカなことをしたと思ってたけど、止められなかった。

 でも俺はクラス中から笑い者にされたことより、彼女を泣かせてしまったことに後悔した。

 ……もういい、どうせ後悔するだけなら、苦しいだけなら、俺が誰かを好きになるなんて間違ってたんだ」

「それは違うわよ」

「もう他人も、自分にも何かを期待しない。

 好きだとか嫌いだとか、そんな面倒くさいことなんてどうでもいい。

 生きることが苦痛なら、全て拒絶すればいい」

 そうしてできたのが、最上層の人形と飼い犬の町だった。

 害虫王が殺戮する孤独と憎悪の故郷だった。

 

 

「……私の前で、そんなこと言わないでよ」

 イエローチューリップの花言葉は、『実らぬ恋』。

 それが気に入らない彼女は、薬を使ってでも恋を作ろうとしている。

 

 誰よりも彼女に理解を示し、手厚く支援する彼がその恋を要らないとまで言うのなら、それはイエローチューリップにとって多くを否定されたに等しかった。

 

 

「私が、あなたの恋を作るから……」

 全てを諦め、胡乱げな視線を彷徨わせる少年の頭を掻き抱きながら、イエローチューリップはそう言った。

 

 その二人の姿を、妹とニゲラは静かに見守っていた。

 

 

 

 




秘密の花園

【猜疑心】

とりあえず何事も疑ってかかる心。
彼は心の底から誰かを信じることはできない。
人間だれしもそんなものだが、彼の場合は特に筋金入りだ。

なにせ恩人たちにも、自分は見放されるのではないのかとずっと疑っている。

【破壊/破滅願望】

怒りのままに全部壊したい。
でも悪いことをしても怒られないと寂しい。
二律背反だが、どちらも人間として当然の感情。

少なくとも彼は、怒られても/甘えてもいいと思える相手は見つかったようだ。

【実らぬ恋】

我慢したくても、我慢したくても、どうしようもない時がある。
それが恋であり、情熱であり、若さでもある。
彼がレッドチューリップに理解を示す最大の理由。

氷のように凍結した心は全ての暖かさを拒絶する。
そう、彼は四姉妹から何も求めていないのだ。

何も望まなければ、欲を出さない。
冒険をしなければ、失敗をしない。
期待をしなければ、落胆せずに済む。
諦めさえすれば、涙さえ凍るのだから。

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