貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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インスピレーションが舞い降りました。
アンケート実施した甲斐が有りましたよ。まだまだ実施中なので、どんどんどうぞ」
花騎士の内面を考察するの楽しいです。

当然ながら、今回の話は独自設定が多分に含まれています。



ニゲラの夢渡り サクラ編

 スプリングガーデンで最も栄えているブロッサムヒルは今日もその栄華を示している。

 

 ならば、ブロッサムヒルの象徴とも言えるこの花騎士の内面に存在するこの都市も、当然のように栄えていた。

 

「普通のブロッサムヒルのようにしか見えないね」

 その夢の地に降り立ったニゲラは、周囲を見渡しそう呟いた。

 

「サクラさんの故郷の心象風景はやはりこの場所なのでしょう」

 パープルチューリップは早くもこの夢の主を捉えていた。

 

 

 

 

「あの、パープルちゃん」

「なんでしょうか」

 多国籍遊撃騎士団の規定している定期健診には、心の健康も扱っている。

 害虫との過酷な戦いで心を病んでしまう花騎士は少なくないからだ。

 

「サクラの奴とか、無理してないかい?

 あいつ、疲労で倒れても翌日にはケロってしてるから、無理を隠してないか、なんて思って」

 その定期健診は騎士団長も当然対象になっており、リンゴ団長は少し不安げに己の主治医に尋ねた。

 

「残念ながら、如何に団長といえども他の患者の情報はお伝えできません」

「そうか、そうだよな。

 でもあいつ、もう部隊が安定してるから他の部隊に行っても大丈夫だって言ってるのにやんわりと断るんだ。

 そりゃあサクラは戦力として大事だし、居てくれればうれしいさ。

 だがウチみたいな傷のある部隊にいつまでも居てあいつの為になるのかなって思うのさ。

 あいつにはもっとふさわしい栄誉に満ちた、それこそ陽光の様に必要とされてる場所があるんじゃないかなって」

「なるほど、団長さんのご意見は参考になりました」

 

 

 

「その後、サクラさんとの面談で、私は彼女は内側に何か溜め込んでいると確信しました」

「じゃあ、別に治療が必要になるってわけじゃないんだ」

「ええ、ですがこうして夢の中から深層意識に干渉することで意識が革新することが幾度かの実験で証明されました。

 私は彼女に停滞を望む意思を感じたのです。

 これは治療と言うよりはおせっかいと言ってしまった方が正しいかもしれません」

 治療とかではなく、前に進むことを躊躇い立ち止まっている人の背中を軽く押す程度のおせっかい。

 

「まあ、花騎士の中の花騎士と呼ばれる女性の内面に興味があったというのもありますが」

「前々から思ってたんだけれど、あなたって人の内面を見るのを面白がってる?」

「……さて、学術的興味とだけ言っておきましょう」

 そんな二人は夢の中のブロッサムヒルを進む。

 町の住人達は活気にあふれ、皆笑顔で笑っている。

 住人が動物ということも無く、ここが夢の中だということを忘れてしまいそうだ。

 

 

「サクラお姉ちゃん!! 遊んで遊んで!!」

「鬼ごっこしようよ!!」

「いいや、おままごとしよう!!」

「かくれんぼがいいー!!」

 子供たちが広場に集まって、その中心にサクラがいつも変わらぬ笑みで彼らの相手をしていた。

 

「順番にやりましょう、喧嘩はダメよ。じゃんけんで決めればいいかしら?」

「うん!!」

「最初はグー!!」

「じゃんけんぽん!!」

 微笑ましく、美しく、尊い光景だった。

 サクラの深層意識の最上層は希望に満ち溢れていた。

 

 

「表面だけ見ていても仕方が有りませんね。

 もう一層下へ行きましょう」

「そうだね」

 二人が意識すると、浮遊感と共により心の深層へと降りていく。

 

 ここから先は当人が意識していない、無意識の領域だ。

 

 二人が下りた先は、やはりブロッサムヒルの都市だった。

 

「サクラちゃん、悪いねぇ店番頼んじゃって」

「いえいえ、奥さんが風邪で寝込んじゃったんですもの、看病してあげてください」

 

「ごめんねぇサクラちゃん、うちの若いのが転んで怪我しちまって」

「気にしないでください、パン屋さんが開店できないと、皆が困ってしまいますし」

 

「サクラさん、遊んで遊んでー!!」

「ごめんなさいねぇ、サクラちゃん、うちの子が我がまま言って」

「いいえ、私も楽しいですから。そうだ、どうせだから皆も呼んで遊びましょう」

 

「本当にすみません、こんなことサクラ先輩に頼んじゃって!!」

「気にしないで、好きでやっていることだから」

 

 

 異様な光景だった。

 行く先々でサクラと、何かしら困っている人たちが居て、彼女は嫌な顔をせずその対応に勤しんでいた。

 まるで、欠けた労働力や人員が全てサクラで補われているような場所だった。

 現実のサクラは自分のできる範囲を逸脱しないが、なまじ悩み事の数だけサクラが居る為、そのすべてに対応できていた。

 

 サクラが分身している以外はまだ最上層に近いからか、いつもの光景に近かった。

 そういった光景ばかりの街中を探索していると、

 

「貴女がサクラさんですか? お願いを聞いて貰ってもいいですか?」

「はい、構いませんよ」

 全身真っ黒の影のような人物から頼まれごとをされているサクラを発見した。

 しかし、頼まれごとをされたというのに相手は頼みごとを言わず、サクラもそれを疑問に思わずに突っ立っている。

 

「見つけました、彼女の歪み(バグ)

 パープルチューリップの眼が細くなった。

 

「ねえ、サクラさん」

 ニゲラは気になって、そのサクラに話しかけた。

 

「どうして見ず知らずの人の頼みを引き受けるの?」

「確かに知らない人だけれど、これを機に友達になれるかもしれないわ。

 それってとても素敵な事だと思うの」

 迷いなく、当然のようにサクラは言い切った。

 それを聞いてニゲラは目の前の黒い人影を見て、何とも言えなくなった。

 

 

「ニゲラさん、こういうことは可能でしょうか?」

「……うん、出来るけど、いいんだね?」

「ええ、暴きましょう。彼女も知らぬ本音を」

 パープルチューリップが頷くと、ニゲラは己の能力を具現化した大鎌を取り出し、大振りで薙いだ。

 

 その瞬間、ブロッサムヒルの都市は無人のゴーストタウンと化した。

 いや、ゴーストタウンと言うのは不適切かもしれない。

 

「え?」

「あれ?」

「皆は? みんなはどこ?」

「どうしたの、どこに行ったの?」

 無数の、サクラだけが街中に取り残されていた。

 

「彼女に頼みごとをしていた住人達は、彼女が作り出した虚構の住人、都合のいい存在。

 あなたは彼らから頼みごとをされていたのではありません」

 パープルチューリップは淡々と言葉を紡ぐが、サクラたちはそれを認識できない。

 二人は彼女の作り出した頼みごとを生み出す人形ではないからだ。

 ニゲラはそれらを掻き消した。

 

 普段の彼女なら決して見れないだろう恐れ、おろおろと動揺した表情で周囲をあたふたと右往左往している。

 

「お願い、お願いだからみんな、出てきて」

 しかし、その声に答える者は居ない。

 そして叫ぶ。人気者で人当たりの良い彼女の、意識もしたことの無い己の本音を。

 

 

「――――私を、私を独りにしないで!!」

 

「自己の証明、承認欲求を満たす為に利用していたに過ぎない。

 そう、あなたは――――【寂しがり屋】なのです」

 

 

「困るな、こういうことをされては」

 未知の状況に遭遇し悲嘆に暮れるサクラたちとは別の声が二人に聞こえた。

 

「気付く必要のないことを掘り出され、この美しい世界が揺らいでしまった。

 サクラ(わたし)の完璧な世界にひびを入れるような真似をしないでくれ」

 虚空から現れたのは、レイピアの刃を抜いたままの花騎士ウメだった。

 

「あなたは?」

「私は己を客観視し、律して維持する存在。

 そしてお前たちの様な無粋な刺激から己を守る者だ」

 ウメの細い目が開かれ、圧力が二人を襲う。

 サクラの精神が、二人を外敵として排除しようと防衛本能を働かしたのだ。

 

「下がって、実質最高の権限を持つ精神体だ」

 ニゲラが大鎌を構えて前に出る。

 

「待って、彼女を傷つけてはいけません

 妙なことをしたのは謝ります。こちらに戦う意思はありません」

「……そう言われては、私は信じるしかない。

 さっきのようなことをしないと誓うなら、許そう」

 ウメの姿をした者は、そう言って刃を収めた。

 二人に掛かっていた圧力も消えて行った。

 

 敵意を向けても、彼女は本質的にサクラなのだ。

 

 

「もっと深層へと行きたいのですが、許してくれるでしょうか?」

「……私も同行するぞ、あのようなことをされては堪らないからな」

「感謝します」

 パープルチューリップはそう言ってウメに頭を下げた。

 

「気を付けて、サクラさんの精神力じゃ私の力でも敵わないから」

「ええ、分かっています」

 深層意識に触れるというのはそういうことなのだ。

 本人も触れたくない、或いは無意識に忌避している感情が眠っている。

 記憶を探ったりするのとは訳が違う。それだけの危険が伴うのである。

 

「勘違いしないでほしいのだが、サクラは自らが寂しがり屋だとを認識していない。

 それを恥だと感じ、無意識に隅に追いやっているのだ。

 ……認識しているのに認識していない。思考の矛盾だな」

 途方に暮れている無数のサクラを見て自己弁護をするウメ。

 とはいえ、それで彼女の行いの尊さや美しさが陰るものでもない。

 

「そういった矛盾が成立するのが乙女心というものです」

 少しだけ悪いことをした気分になりながらも、二人は更なる深層へと潜っていく。

 

 

 

 浮遊感が終わると、更なる精神の深層へとたどり着いた。

 

 代わり映えのないブロッサムヒルの都市内だったが、どうやら街中の様子が違うようだった。

 

「サクラさんを探せ!!」

「サクラさんはどこー?」

「サクラ先輩出てきてくださーい!!」

 と、どうやら町中の住人がサクラを探して回っているようなのだ。

 

「どういう状況でしょう」

「とりあえず、誰かに聞いてみよう」

 二人が住民たちに歩み寄ろうとすると、風に乗ってチラシが飛んできた。

 ニゲラがそれを手に取ってその内容を読む。

 

「次期ブロッサムヒル女王選挙……?

 最も優秀な女性が次期女王へと選ばれます。自薦他薦どちらも推奨?」

「なるほど、住人達はサクラさんを次期女王へと据えようとしているわけですか」

 実際のブロッサムヒルの王権の継承は選挙などではないのは百も承知なので、これは何かしらを意味しているのだろう。

 

「サクラさん、女王様になりたいのかな」

「それはまさかでしょう。

 どうやら彼女は隠れているようですし、この状況は彼女の恐れなどの感情を示しているのでしょう」

「サクラさんは見つかるかな。

 でも、この住人達もサクラさんだから、サクラさんが見つかりたいと思わない限り永遠に見つからないかも」

「そうでしょうね」

 そしてそれは勇気を伴う行為のはずだ。

 あのサクラをして躊躇う何かを。

 

 

 

 当然というべきか、この世界の住人ではない二人にはあっさりとサクラを見つけ出すことができた。

 

「……ウメちゃん、町の人たち?」

「いいや、違うようだ」

 彼女はウメに匿われていた。

 姿を見せないと思ったらサクラを守っていたらしい。

 

「サクラさん、どうしてみんなの前に行かないの?

 みんなはあなたを次期女王として熱望するほど必要としているのに」

 ニゲラはその疑問を口にした。

 上の階層で自己の証明を求めて多くの頼みごとを引き受けていたのに、この階層では真逆の行為をしていた。

 少なくとも、何かから逃げるというのはサクラのイメージからかけ離れていた。

 

 

「だって……」

 サクラは心底不安そうにこう言った。

 

「女王様が出来ちゃったら、怖いもの」

「……やりたくない、じゃなくて?」

 それはどこか違和感のある言い回しだった。

 

「私が女王になったら、多分もっとブロッサムヒルをよくできると思う。

 だけど、それは口にしちゃいけないことだわ。頷いちゃいけないことなの。

 私がそうしたら、皆をダメにしてしまう」

 矛盾。

 サクラの言葉は矛盾に満ちていた。

 

 ウメは何も言わないし、パープルチューリップは考え込んでいる。

 対話役としてニゲラは言葉を続ける。

 何より、このままでは状況は変化しない。

 

「試しに、やってみたら?」

「……試しに?」

「ダメそうなら、辞めればいいと思う。

 女王様を辞めるのは無責任かもしれないけど、皆もわかってくれるよ」

「……わかったわ。そうしてみるわ」

 サクラはニゲラの提案に頷いた。

 彼女が単純なのは、サクラだからか、ただの一側面だからか。

 

 少なくともサクラは変化を求めてはいたのだろう。

 心は移ろいやすく、そして繊細なのだから。

 

 

「余計なことをしてくれたな」

 サクラが匿われていた部屋を出ていくと、外から歓声が挙がった。

 その様子を察し、ウメが吐き捨てた。

 

「それって、どういう意味?」

「その浅はかさを、更なる深層で確認するといい」

 そう言ってウメは姿を消した。

 

「どういうこと……」

「行ってみましょう、この階層の彼女の行動が次に影響が出ている筈です」

「うん」

 二人が更なる深層へと潜っていく。

 大分深くへと潜ってきている。

 

 

 次の階層へと降りるまでに、声が聞こえた。

 

 

「団長さん、どうしてサクラさんの意見を採用しなかったのかしら」

「そうよね、サクラさんの案の方が効率よかったのに」

「きっとサクラさんに嫉妬してるのよ」

「もうサクラさんが団長ならいいのに」

 

 無数の、いくつもの女性の声。

 

 

「話し合いだって? 何を話し合う必要がある。お前の方が優秀なんだからな。

 ならばサクラ、お前が団長をやればいいじゃないか?」

 

 突き放すような、男性の声と共に、無数の声は止んだ。

 

 

「意外ですね、彼女にもこういう経験があったとは」

 パープルチューリップは表情を変えずにそう言った。

 

「花騎士に作戦指揮を任せる騎士団長は多いけれど、そこには確かな信頼関係が前提として存在しなければなりません……。

 ……騎士団長は花騎士間の問題を折衷するだけでなく、花騎士たちに寄り添い成長を促すことが大きな役割なのです。

 女性だらけの集団の心の成長を促す異性として意識される存在でなければならないわ。

 でなければ騎士団長は存在意義を無くすもの」

 そういう意味ではうちの団長は団長として失格寸前ね、と辛口のパープルチューリップ。

 

「優れていることが逆に和を乱してしまったってことなのかな」

 高すぎるカリスマと優秀さ。

 それらは決して、悪い事ではないはずなのに、とニゲラは悲しくなった。

 

「さっきの階層は彼女が常に深層意識で明確に存在し続けている失敗。

【寂しがり屋】に続いて【優秀すぎる美人】と言ったところでしょうか」

 パープルチューリップはサクラの花言葉に掛けてそんなこと言った。

 

「大分潜っていますが、さて……」

「最下層が近いのかも」

 ニゲラがそう呟くと、二人の両足が地に付いた。

 

 

 

 周囲はサクラの故郷のブロッサムヒル。

 だが先ほどのように住人達は浮かれていた。

 まるで祭りかなにかのように人々はひしめいていた。

 

「あれって」

 ニゲラが指差す先、人々の頭上越しにサクラが見えた。

 

 住人達をすり抜けて二人が近づくと、サクラは櫓のようなものが付いた馬車に乗っており、その櫓の上から住人達に笑顔で手を振っていた。

 

 櫓には垂れ幕が掛かっており、『祝★サクラ女王就任』と掛かれていた。

 それを示すように、サクラは豪奢なドレスに王冠を頭上に頂いていた。

 

 サクラの深層心理の最下層は新女王就任のパレードと言った様相だった。

 

 

「サクラ女王陛下、ありがとうございました!!」

「新女王陛下!! 私たちはあなたのことを忘れません!!」

「サクラ様、女王就任おめでとうございました!!」

 そして周囲の反応は、人間の深層心理だけあって常識は通用しない。

 

「就任したばかりなのにもう役目を終えている様な事を言っている?」

「女王とは何かしらの役目の暗喩なのでしょう」

 二人が住人達にそのことを尋ねると、住人達は笑顔で快く答えてくれた。

 

 

「ああ。そのことか。

 ブロッサムヒルの女王は近くの迷宮に住むドラゴンに捧げられるんだ。

 そのお陰で私たちは次の女王就任までドラゴンに襲われずに済むのさ!!」

 住人達は、笑顔で言う。

 誰もその事実を悲しんでいない。

 

 そのある種の狂気的な光景に、二人は息を飲む。

 

 

「私、嫌なら辞めればいいなんて言っちゃった……」

「気にすることは有りませんよ。

 あのサクラさんは背中を押されることを待っていたのです。

 どちらにせよ、こうなっていたでしょう」

 落ち込むニゲラを慰めると、パープルチューリップはパレードの行きつく先を見据えた。

 

 

 

 ブロッサム・ラビリンスと銘打たれた、町から離れたところにある洞窟に馬車は辿りついた。

 

 サクラ新女王は軽やかに櫓から舞い降りると、その迷宮へと足を踏み入れようとする。

 

 

「行くな、サクラ」

 と、彼女を呼び止める声に、サクラも足を止める。

 

「ウメちゃん……邪魔しないで」

「これが私の役割なんだ。

 その先に行っても、希望など無い」

 ウメの姿をした存在は、悲しそうに首を振る。

 

「お前はいつも心の中でこう言っているな、こういう時ウメちゃんならどうするのか、と。

 私はお前の中のウメとして、お前を止めなければならない。

 お前が生贄になりたくないという恐怖心や躊躇いも、私に力を貸してくれている」

 対峙する両者は、サクラの葛藤そのものだった。

 

 

「分かっているでしょう、ウメちゃん。

 もうこれは終わったことなのよ。

 貴女がこの先に希望が無いと言ったように、私はもうこの先に行くしかないの」

 儚く、生贄のサクラは笑う。

 この世界は、サクラが感じた何かによって構築されている。

 つまり、脚本はもう定まっているのだ。それを夢として上演しているに過ぎない。

 

「それでも、私は引き止めたかったのだ」

 肩を落として、ウメは呟いた。

 そしてサクラの一部に過ぎない、サクラの想像上のウメは踵を返して歩き出し、掻き消えた。

 

 最後の躊躇いを振り払い、サクラはブロッサム・ラビリンスへと足を踏み入れた。

 

「うんしょ、うんしょ、……せ、せまい」

 やたら狭い窮屈な迷宮をサクラは進んで行った。

 

 

「なんでこんなに狭いんだろう」

 同じ道を進むニゲラは息苦しそうにそう言った。

 

「おそらく、彼女がこの役目を窮屈に感じているからでしょう。

 あの町の住人達は彼女が感じる期待と、それに応えようとしている自分自身の姿に違いありませんから」

「期待を受けてその道を進むのを窮屈に感じてるってこと?」

「……それだけをこんな深層心理の奥底にしまいこんでいるとは思えませんが」

 人の心に理解のあるパープルチューリップの言葉は不穏に満ちていた。

 

 やがて、迷宮の最奥にてドラゴンにサクラは相対した。

 

 

「あー、腹減ったなぁ、生贄まだかなぁ」

 と、迷宮の最奥のドラゴンらしき存在は、なぜかドラゴンの仮装をしたリンゴ団長だった。

 その姿に面食らう二人だったが、サクラは彼の前に跪いて祈る様に彼を見た。

 

「ドラゴン様、私が今宵の生贄です。

 どうか次の女王の就任式まで、町を襲わないでください」

「チェンジ」

「え?」

「チェンジだって。俺はもっとロリで貧乳な子しか食べないの。

 お前みたいなおっぱいデカい無駄に成長しちまった女なんて食えるか」

 と、真顔で言うリンゴ団長ドラゴン。

 彼は深層心理の中でもこんな役回りらしかった。

 

「では、私は生贄にならなくてもいい、と?」

「そうそう、帰れ帰れ」

 しっし、と手を振るドラゴンに、思わず傍観者二人は肩の力を抜いた。

 

 

「ただし、町は襲うがな」

 次の瞬間、団長ドラゴンは見るも巨大なドラゴンへと姿を変えた。

 どこか害虫にも似たそのフォルムは、理不尽の象徴だった。

 

「そんな!! どうか、どうか私だけでお許しを!!」

 そう叫びをあげるサクラだが、言葉の通じる役者は舞台を降りた。

 あれはもう団長ドラゴンではなく、害虫ドラゴンという舞台装置だった。

 

 害虫ドラゴンは迷宮の天井を突き破り、空中で大きく息を吸い込むと一息のブレスで街を壊滅させてしまった。

 

 

「そんな、こんなことって……」

 急いで迷宮から出て、廃墟と化したブロッサムヒルを前にサクラは茫然とする他無かった。

 

 これにて演目はカーテンコール。

 悲劇は覆らず、おしまいと相成った。

 

 

「花騎士が実戦で最初に学ぶことは、自分がいかに無力かということ。

 それは、サクラさんも例外じゃなかったのですね……。

 周囲の期待に応えられないかもしれないという恐怖、失敗してしまった時に失望されると思うことに対する恐れ……」

「なんというか、思ったより普通の人なんだね」

 それが深層心理の奥底までやってきて、ニゲラが感じたことだった。

 

「ええ、存外につまらない、どこにでもいる普通の人でしたね」

 そう言ったパープルチューリップは、辛辣さよりどことなく親しみに満ちていた。

 

 

「もういいだろう、さっさと帰るが良い」

 そして、再びウメがやってきて二人にそう告げた。

 

「いつまでも人の心の奥に踏み入れられていても気分はよくないからな」

「そうですね、ところで」

 パープルチューリップはウメの背後を指さす。

 

 そこには、KEEP OUTという黄色いテープで雁字搦めにされた扉がぽつんと虚空に突き立っていた。

 

「それはなんでしょうか」

「なッ」

 ウメは露骨に慌てて、その扉をその背に隠した。

 

 

「ダメだ、ここだけは踏み入れさせないぞ!!」

「……」

「……」

 二人は、顔を見合わせた。そして、

 

「えいッ」

「の、のわぁ!?」

 ニゲラは不意打ちでウメを最下層から弾き飛ばした。

 

「さて、邪魔者が居なくなったところで、入ってみましょう」

「うん、そうしよう」

 と、無遠慮に二人はその扉に踏み入った。

 

 

 

 

「よーしよし、ウメちゃんや、何か食べたいものはあるか?」

「そうだな、アイスが食べたい」

「うんうん、わかった、買ってあげよう」

 扉の先にはリンゴ団長が8歳くらいの幼女と言っていいウメとサクラを両脇に侍らせて、ブロッサムヒルの街並みを歩いていた。

 

「ほら、二人とも、アイスだぞ」

 アイス屋さんで団長は二人にアイスを買って、差し出した。

 ただし、ウメが二段重ねで、サクラは一つしかコーンに乗っていなかった。

 あからさまに差が付いていた。

 当然小さなサクラは不満そうにしている。

 

「団長さん、私もふたつのがいい!!」

「え、だってお前、将来胸デカくなるじゃん。

 だからサクラに投資するのもなぁ」

 と、酷い物言いだった。

 

「じゃ、ちょっとトイレ行ってくるから、大人しく待っていろよ」

「はい」

「……うん」

 そうして団長が退場すると、サクラは驚きの行動に出た。

 

「ていッ!!」

「のわ!?」

 なんと、サクラはウメを蹴り飛ばし、二段アイスを強奪したのである。

 

 傍観者二人は思わず目が点になった。

 

 

「さ、サクラ!? どうして……私は二人で分けようと」

「知らないもん、私はウメちゃんより多くないと嫌なの!!」

「そんな、わがまま言わないでくれ」

「だいたい、私の団長からじゃなくて、ウメちゃんのところの団長に買って貰えばいいじゃない」

 そう言って、小さいサクラは無い胸を張る。

 

「私の団長から物を取っちゃダメ、今度ウメちゃんのとこの団長にもアイス買って貰うからね。

 勿論、私が三段でウメちゃんは二段ね」

「そんな横暴な……」

「当然でしょ、私の団長の方がずっとすごいんだから!!」

 サクラはそんな支離滅裂な子供の理屈を並べて、普段なら絶対にしないだろうドヤ顏をした。

 

「ウメちゃんより私のがすごいし、ウメちゃんの団長より私の団長の方がすごいの!!

 ウメちゃんは私より背が高くなっちゃダメだし、ウメちゃんは私より頭よくなっちゃダメだし、ウメちゃんは私より可愛くなっちゃダメだし、ウメちゃんは私より人気ものになっちゃダメだし、ウメちゃんは私より強くなっちゃダメだし、ウメちゃんは私より早く結婚しちゃダメだし、ウメちゃんは私より偉くなっちゃダメだし、ウメちゃんは私よりちょっとだけ下じゃないとダメだし、これからもずっとそうなの!!」

 

 ぽかーん、と子供っぽさ全開のサクラを見て、二人は茫然とした。

 

 

「見るな、見るな見るな!!」

 すると、先ほど弾き飛ばしたウメが抜刀したままやってきた。

 

「お前たち、これを見てただで帰れると思うな!!」

 言葉に出来ない色々な圧力を全開にしてウメが襲い掛かってくる。

 

 

「差し詰め、これは【対抗心】と言ったところでしょうか」

「いいから、逃げるよ!!」

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

「ううう、恥ずかしい夢を見たわ……」

 真夜中にサクラは飛び起き、羞恥から両手で顔を覆っていた。

 

 普段ならニゲラは夢を見た記憶を消せるのだが、今回はその工作ができずに、サクラは己の深層心理の大半を自覚せざるを得なくなったのだ。

 

 野営のテントの中で、サクラは眠る気にもなれず途方に暮れる。

 やがて、いつぞやの酒宴を思い出した。

 

 

 

「いいよなぁ、サクラは。お前くらい優秀なら失敗なんて全くないだろう」

「そんなことないですよ」

 あれは、団長に誘われリンゴとお酒を飲んだ日だっただろうか。

 

「え、でもサクラさんが失敗なんて想像ができませんねぇ」

 と、ほろ酔いでちょっと舌足らずのリンゴが言った。

 

「私が花騎士として正式に部隊に配属された時にちょっと」

「ははぁ、わかったぞ。いつもの調子で味方を作りすぎて、身の程知らずにも団長に意見したな?」

「ええ、仰る通りです。反感を買ってしまいました。

 その当時私は殆ど実績もありませんでしたし、いつもと同じで良いと思っていました」

「お前が活躍し始めたのって、ウメちゃんと同じ部隊になってかららしいな」

「ええ、ウメちゃんには本当に助けられてばかりで」

「まあ、花騎士に嫉妬するようじゃその団長もたかが知れてる。

 世界花の目に狂いはない。世界花の加護を受ける者はそれに相応しいだけの能力や可能性を秘めている。

 それで男の器が小さければせわないぜ」

「団長さんのところではその時みたいにやらせてもらってますけど全然大丈夫で、私はとてもやりやすくて助かります」

 それが、掛け値なしに本心だった。

 彼なら自分を十全に、いやそれ以上に使ってくれる。それが嬉しかった。

 

 この部隊に居れば、誰の失望も受けずに期待に応え続けられる。

 親友に誇れる自分で居られる。

 

 

「まあ、お前は俺の娘や妹みたいなもんだ。

 俺は教え子のお前に誇れる団長であれればいいと思っているよ」

 団長は少しぶっきらぼうにそう言った。

 

 サクラにとって、その言葉だけで十分なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「紫姉ちゃん、大丈夫?

 原因不明の全身筋肉痛だって聞いたけど」

「……好奇心は身を滅ぼす、ということですよ」

「うん?」

 

 

 

 

 

 

 




秘密の花園

【寂しがり屋】

満たされているが故に自覚できなかった己の性質。
人は独りで生きられないのは当然のこと。
忘れられれば存在しなかったのと同義だからだ。

フランス語の桜の花言葉「私を忘れないで」

【優れ過ぎた美人】

誰にでも好かれる女性、そうなるように努力は惜しまない。
だけどそれは八方美人に過ぎなくて、いずれ歪みが現れる。
そうするのは、所詮その方がいいからと思っているに過ぎない。
天才に人の心は分からない。どれだけ優秀でも、両手以上に手は回らない。
笑顔は自分すらも押し殺す仮面なのか。

枝垂桜に花言葉「優美」「ごまかし」

【対抗心】

認めているからこそ妬む。
認めているからこそ羨む。
認めているからこそ恐れる。
認めているからこそ負けられない。
認めてるからこそ、認めたくない。

大切な大切な親友。
大切な大切な好敵手。
大切な大切な、永遠の宿敵。

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