貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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前回、ハナモモ団長にハナモモちゃんを紹介したのがウメさんになっていましたが、モモさんの間違いです、すみません。
まあ、モモさん持ってないんですけどね……。



新米団長の見聞 その3

「あれ、白姉さんどうしたの?」

 朝、チューリップ団長は朝食を作っていると、何やら慌ただしそうに荷造りをしているホワイトチューリップが見えた。

 

「団長さん、実はウインターローズから報告書が届いたんですよ。

 そしたらリンゴ団長他数名の負傷者が出たって」

「え、マジ? まあ、いつかこうなるとは思ってたけど」

「それでですね、心配なので私も現地へ向かおうかと。

 あの方が負傷するなんてただ事じゃないですから」

 確かに、とチューリップ団長は頷いた。

 害虫の巣に突っ込んでも涼しい顔で帰ってくる男が負傷し動けないとは、尋常ではない。

 ホワイトチューリップが心配するのも無理はない。

 

「ちょっとその報告書、俺にも見せて貰える?」

「あ、はい、どうぞ。でも、火は止めてくださいね」

「わかってるって」

 彼は魔導コンロの火を止め、軽くだが報告書に目を通す。

 

「雪崩を起こす害虫か、そんなのもいるんだ。怖いなぁ。

 というかよく倒せたよね。花騎士ってのは本当にすごい」

 感心したようにチューリップ団長は頷いた。

 

「ちょうどあれの試運転もしたいし、送ってくよ姉さん」

「良いんですか?」

「姉さんをあんなクソ寒いところに一人で行かせたりなんてしないよ」

「助かります、正直寒さはこれから厳しくなるそうなので」

「気にしないで、姉さんの為なら何でもするから」

 本当に何でもするんだよなぁ、と内心苦笑しながらホワイトチューリップは頬を掻いた。

 

 

「ふむふむ、二人はウインターローズに行く、と」

 その二人の様子を、黄色いのが廊下のドア越しに窺っていた。

 

 

 

 

 

 

「僕はさ、前々から不思議に思っていたんだよ。

 なぜこのスプリングガーデンのすべてが、あの害虫どもの巣窟と化していないかとね」

「どういうことですか?」

 ハナモモ団長は、そう語るチューリップ団長に不快感の混じった視線を向ける。

 冗談でも口にしてはいけない、不謹慎な類の話だった。

 

「考えても見ろよ。

 虫ってのは僕ら人間が考えるよりずっと、優れた生物だ。

 人類より遥かに早く繁栄を謳歌し、どの生物よりも早く空を飛び、短命の代わりに優れた適応能力を持っている。

 古代より姿を変えない、完成された存在すらもいるんだ。

 そんな虫どもが巨大化し、人間を超える強靭な肉体と数を手にしてなお人類が滅びていないのって、凄いことだと思うんだ。

 ノミとか人間と同じくらいの大きさになったら、その跳躍力は空気の無いところまで行けるそうじゃないか。

 それだけ、昔から花騎士たちが死に物狂いで彼らの発生を抑えていたってことなんだろうね」

 それは、誰もがあまり考えようとしていなかった事実だ。

 いや、考えたくなかった事実なのかもしれない。

 

「知性の有無や、文明の発展度なんて関係無いのさ。

 虫たちの重ねてきた年代に比べれば、人類なんて一時地上にでかい顔をして居座るだけの哀れな存在なのかもしれない。

 僕の故郷では虫こそが地上の支配者で、人類の次に繁栄するのも昆虫だと言われていた。

 じゃあどうやって連中に勝つのか?

 ハナモモ団長はどう思う?」

「……人間の優れた点、例えば技術力だとかそういうのを伸ばして対抗するとかでしょうか」

「君は俺と同じ結論に至ったんだね。

 ちなみにこの質問は他の団長たちにもしたけど、それぞれ異なる回答をしてくれた」

 

 リンゴ団長は、そんなの関係ない、片っ端から殺す。

 キンギョソウ団長は、人類は一致団結して臨むべきだ。

 ナズナ団長は、各々力を磨き、害虫や古の事柄について解き明かすべきだ。

 

 彼らはそう答えたそうだ。

 何とも彼ららしい回答だと、ハナモモ団長は思った。

 

 

「どれも正しいと思う。

 だがどれか一つでもダメなのは分かりきっている。

 俺たちは害虫を片っ端から殺し、人類皆一致団結しながら各々の力を高め、害虫の根源的な秘密を探り、根本的な対抗策を得なければならない。

 だけど、そのどれもが俺にはできそうになかった」

 己の無力を嘆くように、チューリップ団長は溜息を吐く。

 

「ならば、俺は俺のできることをするべきだと思った。

 凡人なら凡人なりに、彼らをサポートしようと思った。

 ……その為に、俺はこれを作った」

 二人は長い地下通路の先にある、扉の向こうへとやってきた。

 

 

「これは……ッ!!」

 それは、見上げるほど大きなクジラを模した飛空艇だった。

 ここはリリィウッドの地下に存在する地下飛空艇ドッグだ。

 

 周囲には何十人という技術者たちが整備や開発などに勤しんでいた。

 

「すごい、何ですかこれ!!」

 ハナモモ団長は目の前の巨大な人工物に子供心を刺激されたのか、目を輝かせている。

 

「これぞ、我が騎士団が総力を持って開発した量産型試作飛空艇。

 その名も、エアパープル一号!!」

「風の魚号ですよ、団長。公募でそう決まったでしょう」

 大仰に紹介したチューリップ団長だったが、近くの技術者につっこまれてしまった。

 

「いや、クジラの形に風の魚号って僕の故郷じゃ縁起悪いんだよ。

 変えようって、エアパープル一号に変えようって」

「そうなったら、もしこれの実戦運用の際に墜落したら団長発狂するでしょう?

 よくもパープルチューリップさんの柔肌に傷つけたな~、って」

 彼は必死に抗議するも、周囲の対応は冷めたものだった。

 

「くっそ、夢落ちとか最低なんだからな、最初愕然としたんだからな!!」

 うぎぎぎ、となぜか歯噛みするチューリップ団長。

 彼にしかわからない苦悩だった。

 

 

「量産型ってことは、大本があるってことですか?」

「ああ、うん、ワンオフ機がバナナオーシャンの小島にあるんだ。

 あれは完全な戦闘用なんだけど、こっちは輸送艦としての運用が主になるかな。

 大きさと出力は2/3、総重量は半分と大幅な軽量化に伴って、主砲その他諸々の機能や武装をオミットしている。搭乗可能人数は今のところ30人。

 お蔭で燃費や生産性は比べ物にならないよ。もうちょっとケチれそうだけど。

 というかあのクソ貴族ども、リリィウッドで作るなら武装は許さんとか言いやがって。

 いつか汚職や不正を炙り出して、無いなら作り出して没落させてやる」

「いや、当然では?」

 謎の熱意を燃やすチューリップ団長に、流石のハナモモ団長も呆れた。

 

 こんな飛空艇が重武装して反乱でも起こされた日には、リリィウッドは瞬く間に火の海だろう。

 保守的な貴族たちでなくたって武装は許したくはない。

 

「とは言え、花騎士は積める。

 俺は人類が害虫どもに後れを取る大きな理由として、制空権が連中にあることだと思うんだ」

「制空権ですか?」

 ハナモモ団長は首を傾げる。

 

 気球や飛行船はあっても、主に観光用に都市周辺を遊覧する程度しか航空技術が発展していないスプリングガーデンでは、馴染みのない概念であった。

 そもそも、空中を支配する害虫と同じ土俵で戦うという発想など無かったのである。

 生態レベルで空を飛べる害虫と、空で競うだけ馬鹿らしいからだ。

 

 そしてそれは、一つの明確な事実でもあった。

 スプリングガーデンの空は、現在も超巨大な害虫が闊歩する魔境なのだ。

 

「俺の代や次の代では無理かもしれない。

 でも、百年後や、二百年後には、人類は空を連中から奪い返すことも可能かもしれない。

 これはその為の礎とならなければならないんだ」

 と、決意に満ちた表情でチューリップ団長は言った。

 

 この人は未来を見ているんだな、とハナモモ団長は尊敬の眼差しで彼を見やった。

 

 

 

「団長さん、お待ちしてましたよ」

 風の魚号艦橋には、既にホワイトチューリップが搭乗していた。

 二人がやってくると、そこには十名ほどの船員たちが調整を行っていた。

 

「とりあえず、今日は長距離飛行テストの一環としてウインターローズまで向かおうと思う。

 吹雪の中でも航空可能な設計だけど、本格的な冬が来る前に一度試してみよう。

 予想される航空時間はどれくらいだ?」

「これはまた、急ですね。

 ええと、往復で半日くらいでしょうか」

「そんなに早く着くんですか?」

「低空を安全飛行なんで、これでも遅いくらいですよ」

 航空士は驚くハナモモ団長に誇らしげにそう言った。

 

「今、上空は危険だからね。

 街道をすれすれで通る感じなんだ」

 チューリップ団長はあの忌々しいデカブツめ、と口の中で呟く。

 

 その時だった。

 艦橋内に設置された赤いランプが室内を赤く照らし、警報音を鳴らした。

 

 

「何事だ!!」

 チューリップ団長が叫んだ。

 

「結晶モニターに映します!!」

 艦橋前方にでかでかと設置された薄い横長の結晶板に、何かが映し出される。

 それは無数の点の羅列だった。

 

「なんですか、これ?」

「ちょっとした暗号だよ。

 対応した表によって文章になるんだ。

 個人だとあまり情報量が多い映像を転写できないから、こういう感じになったんだ」

 と、チューリップ団長は解説した。

 

 彼は航空技術と共に、通信技術も遅れていることに危機感を感じていたのだ。

 だから彼は、せめて情報の伝達を迅速に可能にする方法を模索した。

 情報が素早くやりとりできれば、それだけで助かる命は多くなる。

 

 とは言え、何とか形になったのはまだまだ未完の代物であり、とても実用化に足るものではなかったのだ。

 彼は通信の概念の無いこの世界に、どうにかそれらを(もたら)そうとしたが、先人の偉大さを知るばかりで、己の菲才(ひさい)を嘆く日々となった。

 

 それでも何とか魔法工学の技術者を集め、ここまで試行錯誤を繰り返し、簡単な映像を映せる程度にはなったのだが、それでもまだまだ実験段階の域を出ない。

 普及なんて夢のまた夢だが、最初の一歩を踏みしめた予感はあった。

 

 これも今後への課題だな、なんて考えながら対応表を見て点字の解読をするチューリップ団長。

 そうしてできた文章に、彼は目を見開いた。

 

 

「緊急事態だ!! このまま緊急発進するぞ!!」

「なにがあったんですか!!」

「言う時間も惜しい、お前たち、さっさと乗れ!!」

 チューリップ団長は拡声器を使って外の部下たちを呼び寄せた。

 彼女たちはゴツイ機銃や大砲などを抱えて船内へと入っていく。

 

「あの、この船って武装はしないんじゃ」

「何言ってるの、あれは花騎士の武器だよ」

 素知らぬ顔でチューリップ団長はそう言った。

 定義の難しいところを突くなぁ、とハナモモ団長は呆れ顏だった。

 

 

「魔動力エンジン始動、飛行可能温度まであと三十秒!!」

「浮力発生装置及び、対衝撃対魔力バリア発生装置を展開します。

 作業員は直ちに退避してください。繰り返します、退避してください」

「各種観測機、艦内環境、全て正常!!」

「武装船員、所定位置に配置完了しました」

「天蓋の展開を開始します。

 水位昇降機、起動します!!」

 矢継ぎ早の航空士たちの声に、聴いている方が混乱しそうだった。

 

 ハナモモ団長が外を見ると、作業員たちが慌てて離れていくのが見えた。

 そして、ゆっくりと船体が上昇していく。

 上を見れば、天井が左右に開いていた。

 

 天井の上まで昇降機で登っていくと、ゆっくりと開いていた天井が閉じる。

 暗闇に包まれるが、艦橋内は結晶モニターの光でぼんやりと明るかった。

 

「魔動力エンジン、飛行可能温度まで到達!!

 いつでも行けます!!」

「よし、エアパープル一号発進!!」

「風の魚号発進しますね」

 団長を無視して、彼女たちは全ての工程を終えた。

 

 その直後、大量の水が下に入ってきた。

 もう既に浮力は出ているので、それに押されるかのように船体は登り、そして――。

 

 ざばんッ、とリリィウッドを囲む湖の中から風の魚号は空中へと躍り出た。

 

 

「あの、これって水中から出る意味あったんですか?」

「それはほら、ロマンだよロマン」

「なんですかそれは……」

「一度でいいからやってみたかったんだ。これから何度も出来るなんて感激だ」

「ああ、そうなんですか」

 ホワイトチューリップはもう深く考えないことにした。

 うきうきしているチューリップ団長は、拡声器に口を近づけた。

 

 

「あー、あー、市民の皆様、毎度お騒がせしています。

 こちら多国籍遊撃騎士団でございます。ただいま、緊急事態の発生により急遽、発進することと相成りました。

 市民の皆様は、そのままの生活を続けていただいて構いません。

 現状危険はございません、そのまま生活を続けてください」

 と、勧告を終えた彼は一息吐いた。

 

「あの、それで緊急事態ってなんですか?」

 頃合を見計らってハナモモ団長が問うた。

 

「ああそれなんだけどね」

 チューリップ団長は重々しい表情になって、口を開いた。

 

 

「――黄姉さんが研究所を抜け出して、行方不明なんだって!!!

 今すぐ探しに行かなきゃ!!」

「は?」

「は?」

「はぁ?」

 上からハナモモ団長、ホワイトチューリップ、航空士たちの声である。

 

「お前たち、わかってるな、ちゃんと追跡してるんだろうな!!」

 周囲の反応なんて眼中にないのか、拡声器に向かってそう言い放つチューリップ団長。

 すると、すぐにかちかちと光が森の方から何度も明滅した。

 

「ミズ回廊南東部、エダ商業地区方面か、よし、そちらに進路を取るぞ。

 ほら、どうした、行けよ」

 しかめっ面のチューリップ団長は、航空士たちに有無を言わせぬ態度でそう言った。

 このままでは給料や休みを減らされると確信した彼女たちは、不満を飲み込んで慌てて機体を制御し始めた。

 

「白姉さん、悪いけど送り届けるのは野暮用が終わってからね。

 ま、すぐに終わるから待っててよ」

 彼は振り返るとしかめっ面はどこへやら、にこやかな笑顔でそう言った。

 ただ、先ほどのやり取りは当然リリィウッドの市民たちに丸聞こえなので、ホワイトチューリップは恥ずかしくて両手で顔を覆って蹲っていたが。

 

 彼女の脳内には『またまたお騒がせ団長、飛空船持ち出しチューリップ姉妹追う』という見出しの三面記事が町中の壁新聞などに張り出される光景を鮮明に映し出していた。

 ちなみに、関係のない姉妹まで巻き添えなのはデフォである。

 

「あれ、どうしたの、調子悪いの?」

「こ、こ、この、バカ、大バカ弟!!」

「え、なんで、なんで姉さん怒ってるの!?」

 ぽかぽか、とそこそこの力で彼女に叩かれるチューリップ団長は抵抗も出来ずにやり込められ、それを逃れようと変な姿勢になっていた。

 

 それを見るハナモモ団長の視線は白けていたが。

 先ほどの尊敬の眼差しはどこへ行ったのやら。

 

 

「団長!! 害虫接近です!! 距離50、数は17!!」

「撃ち落せ!!」

 船員の声に、チューリップ団長も姿勢を正して叫んだ。

 

 甲板に設置した対空砲火が魔力弾を吐き出し、ハエ型害虫の群れをつるべ撃ちにする。

 数十秒の砲撃音の後に、害虫たちは全て撃ち落された。

 

「物珍しさに寄ってくるからだ馬鹿どもめ。

 おい、催涙砲弾を準備しろ。観測士、姉さんの位置は分かったか?」

「はい、探知しました。距離230、南南東の方角を移動中です」

「魔力振動レーダーの感度は良好みたいだね。

 いずれ小型化して個人で携帯できるようになれば、偵察の危険性も減るんだけど」

 チューリップ団長は数少ない成功作の成果に満足げだった。

 

「各砲術士に通達、距離230、南南東の方角に標準を合わせろ。

 標的は森の中だが、大丈夫だろうな?」

『合点、問題ありません。いつでも撃てます』

「じゃあさっさと撃て!!」

 艦内放送でそうどやすと、すぐさま砲撃の音が鳴り響く。

 

 

「あの、大丈夫なんですか?」

「大丈夫、特殊なガスをばら撒く砲弾だよ。

 吸ってもしばらくのた打ち回る程度だから平気さ」

 それって大丈夫なんだろうか、と野暮なことは言わないハナモモ団長だった。

 

 しばらくすると、森の中から数人の花騎士たちが現れた。

 何やらもぞもぞと動く簀巻きのようなものを数人掛かりで運んでいた。

 

 風の魚号は一時停泊し、彼女たちを拾う。

 

「いやぁ、ご苦労様。

 今日の俺は機嫌が良いから、今度のボーナスをはずんでおくよ」

「ありがとうございます!!」

 黒いケープの花騎士たちは、そのまま荷物を置いていくと搭乗することなく降りて行った。

 

「ふんふふーん、探したよ黄姉さん」

「うぐぐ、まさかこんなのまで持ち出すなんて……」

「ささ、一緒にウインターローズまで旅行しようねー」

 催涙ガスの所為か止めどなく涙を流し、それを拭うことも出来ぬイエローチューリップをしゃがんで見下し悦に浸るチューリップ団長。

 歪んだ親愛を感じ取ってか、空気の読めないハナモモ団長はこんなことを言った。

 

「仲が良いんですね、もしかして付き合ってるんですか?」

「は、はぁ? そんなんじゃないし!!」

「そう、そうよ、私とこいつとは何でもないんだから!!」

 殆ど嫌味っぽい言い方だったが、二人の反応は予想外に顕著だった。

 これは何かあったな、なんて考えていると、さっきから艦橋の隅っこで蹲っていたホワイトチューリップが戻ってきた。

 

「もう、姉さんのバカバカバカ!!!」

「え、なに? この声ってホワイトチューリップ? 居たの?」

「居たの? じゃないわよ、もう!!」

 今度は姉をぽかぽかと叩く妹の図だった。

 

 

「大変です、超巨大な害虫反応が接近中!!

 距離500、450、接敵まで一分もありません!!」

「主エンジンを停止しろ!!

 サブエンジンのみでステルス結界を展開、観測機もすべて停止しやり過ごせ!!」

「バリアもですか!!」

「どうせ連中に対しては有って無いようなものだ!!

 つべこべ言わずにさっさと切れ!!」

「あいあいさー!!」

 チューリップ団長の怒声に、涙声になって航空士は応じた。

 

「こんな低空でも出てきやがるのか、人類の大敵め!!」

 彼は思わず爪を噛んだ。

 ただならぬ状況に、ハナモモ団長も息を飲む。

 

 

「皆、祈れ」

 艦長席に座るチューリップ団長は、(うずくま)るかのように腕を組んだ。

 

 その直後だった、巨大な影が風の魚号の上に現れたのは。

 艦橋からはその姿を見ることはできなかったが、そのただならぬ死の気配は誰もが感じ取っていた。

 

 誰もが固唾を飲んで、呼吸すら抑えて災厄が過ぎ去るのを待った。

 やがて、巨大な影は小さくなり、いずこかへと飛び去って行ったようだった。

 

 ふぅ、と誰ともなく息を吐いた。

 

「あ、あんなのが居るんですか……」

 ハナモモ団長に、恐怖に打ち震えるなと言う方が酷だろう。

 あれが人の手でどうにかなるとは思えないのは道理だった。

 

「航行機能だけを復帰させ、ステルス結界を維持しつつ帰還するぞ。

 これ以上この周辺を飛行するのは危険だ」

 チューリップ団長は、艦長席にぐったりともたれ掛ると、深く溜息を吐いた。

 

 

「……人類の夜明けは遠いな」

 その言葉が、彼のもどかしさの全てを物語っていた。

 

 

 

 

 翌日、ハナモモ団長は壁新聞を見ていた。

 見出しは『乱痴気団長、またまたあの姉妹と追走劇』『恐怖!?超巨大害虫の影』と言った感じだ。

 ちなみに前者の記事には当人がインタビューに応じて、飛空艇についてアピールしていた。

 図太さだけなら彼はあの姉たちにも負けていないようだ。

 

「僕も負けないようにしなくちゃ」

 何をどうするかも決まっていないが、意気込みで負けていてもどうしようもない。

 ハナモモ団長は決意を新たに、今日の仕事へと向かった。

 

 

 

 

 

 




チューリップ団長も何とか頑張っていますが、技術が形になるのはまだまだ難しそうという話でした。
彼は何とか後世に道を示そうとしています。
そしてそれをどうでもいいことに使うというね……。

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