貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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今回はパロディ満載です。




カサブランカの戯れ

「ふぅむ……」

 まるで踊り子のように素肌を惜しげも無く晒す花騎士、カサブランカは手にした書物を手に唸っていた。

 彼女は休日を読書をして過ごしていた。

 

 読んでいた本のタイトルは『ダイズ公女漫遊記』。

 その内容は彼女のような王族が読むようなお堅い内容ではなく、懲悪勧善モノのロングセラー小説である。

 王族がお供を引き連れ、お忍びで各国を漫遊し、そこで出会う悪人や害虫をばっさばっさと倒していくという痛快で単純な構成である。

 

「これだ!!」

 常に民の模範となる王族を目指している彼女は、早速影響を受けて飛び出した。

 

 

「ヤマユリ、ヤマユリはおるか」

「はッ、ここに」

 自室を出て己の従者を呼び寄せると、カサブランカは言った。

 

「町へ出るぞ、誰か供を見つけてきてほしい」

「供ですか? それはつまり、王族として公式に町を訪問すると言うことでしょうか?」

 ヤマユリは己の仕える主の突拍子の無い行動の意図を尋ねた。

 それは多少、自分だけでは力不足なのだろうか、という不安も混じっていた。

 

「いや、あくまでお忍びだ。

 それに今の私は花騎士の身。身分など関係ない」

「はッ、失礼しました」

 カサブランカはそう言ったが、有事の際には自ら花騎士たちの前に立ち陣頭指揮を取る彼女の姿はヤマユリの誇りだった。

 そのカリスマ性や経験などから、今も一つの部隊を任されている。

 

「それでは同輩のヒメユリを呼びましょう。

 彼女はカサブランカ様に直接仕えたいと言っておりましたので」

「うむ、よきにはからえ。

 それと一人確保したい人物が居るのだ。

 他の部隊の者だが、やってくれるだろうか」

「なんなりと。必ずやご期待に添えましょう。

 して、その人物とは誰なのでしょう?」

「私も直接出向き交渉しよう。

 どこの誰かは道中話すとする」

 そうして主従二人は多国籍遊撃騎士団の部隊宿舎から出ようとした時だった。

 

 二人が打ち合わせをしながら外へのドアを開けると、びたん、と上から黄色い忍者装束のドジっ子忍びがエントリーした。

 

「あいえぇ、こ、これこそ大地と抱擁を交わすの=術……!!

 決して転んだりして屋上から落ちたわけじゃないんだからね……!!」

 誰に向かって説明しているのか、痛そうにしながらぷるぷると起き上がろうとして力尽きる哀れなシノビがここに居た。

 

「おい、大丈夫か? 怪我はしていないか、見てやろう」

 目の前に不審人物が落ちてきたと言うのにカサブランカは気にせず彼女に肩を貸して抱き起した。

 

「ううう、これが見ず知らずの人に親切にされるの=術……。

 あ、でもよく見たら全く見ず知らずじゃなかったの=術……」

「私も貴公の顔には覚えがある。

 以前大規模な害虫討伐に参加していたな。

 そんな貴公がなぜここに? ここは私の所属する騎士団の部隊が保有する施設だぞ」

「あいえッ!? ここって入っちゃいけなかったの!?」

 痛みも忘れて飛び上がる不信忍者。

 

「こういう時は、こういう時は……あ、そうだ、忘れてた」

 彼女は忍具入れのポーチから一冊の本を取り出し、慌てて内容を確認する。

 タイトルは『害虫殺し』。

 巷で大人気の近未来のスプリングガーデンを舞台にした忍者小説だった。

 主人公は害虫に家族を殺され、その復讐の為に古代の花騎士の魂を宿し、無慈悲に害虫を殺して回るというダークヒーローが活躍する小説である。

 また、独特な言い回しが癖になる者が続出している。

 

 

「どーも、カサブランカ=さん。オトギリソウです」

 彼女は丁寧にお辞儀をした。

 小説の世界観に思いっきり影響を受けているシノビがここにいた。

 

「これはご丁寧にどうも」

 単に挨拶をされただけとしか受け取れないカサブランカだったが、長年培ってきた礼儀作法からお辞儀をし返す。

 流石に彼女も俗っぽい小説までは読んでいないようだった。

 

「とりあえず、この者はいかがいたしましょうか。

 不法侵入で憲兵に突き出しましょうか?」

 ヤマユリは空気を読まずにそんなことを口にした。

 

「あいえ!? そ、それだけは勘弁してほしいんですけど……」

「だがけじめはつけねば。

 ここは花騎士としてではない地位のある者が多い特殊な宿舎だ。

 当然、機密も扱っている為、関係者以外立ち入り禁止としているのだ」

「け、ケジメ!? 手とか足の指を差し出さないとダメなの!?」

「いや、流石にそこまでしなくてもいいが……」

 勝手に想像を働かせて涙目になるオトギリソウに、流石にヤマユリも可哀そうになってきた。

 巣穴に逃げ込んだタヌキを火で炙り出そうとする無慈悲な狩人めいた状況に、複雑な心境を抱いていた。

 

「あ、あの、機密とか入っちゃダメそういうの全然知らなくて、本当にすみませんでしたー!!」

 見事なまでの土下座を敢行するオトギリソウ。

 果たして、機密がある場所を知らず、入っちゃダメなところに入って謝るシノビに意味があるのだろうか。

 

「あまりいじめてやるなヤマユリ」

「はぁ、この者が勝手に自らを追い詰めているような気もしますが、御意のままに」

「ちょうどよかったではないか。丁度今、供を探していたところだ。

 今日一日私に付き従えばこのことを見逃してやろう」

「あ、ありがとうございましたー!!」

 何たる優しげな言葉だろうか!!

 オトギリソウの犯したミスは彼女に一日従者になると言う比較的良心的労働を対価に許すと言うのだ!!

 彼女も額に土が付くのもいとわず深くお辞儀する。

 

 だが、見よ!! 慈悲深いカサブランカの表情は目論見が上手くいっていることを内心ほくそ笑んでいるようであった。

 

 こうして二人は新たな同行者と共に、宿舎を去っていく。

 

 

 

 

「ヤマユリさん、今日はよろしくお願いします。

 僕、一日だけとは言え、カサブランカ様のお供を出来るなんて感激です」

 ヤマユリが使いを出すと、ヒメユリは自らの仕事をたらい回し的に同僚へ押し付け、急遽三人と合流した。

 

「しかし、良かったのか?

 仕事があったのなら無理はしなくてもよかったんだぞ」

「午後から有給を取りました。残りの仕事は同僚に任せたので大丈夫です!」

 なんと人道的なホワイト部隊であろうか。

 彼女の所属する部隊の団長は、福利厚生を第一としている。

 それは欺瞞めいた言葉だけのモノではなく、実際所属する団員全体に恩恵を与えていた。

 しかしその上に胡坐を掻けば、因果応報的なペナルティが訪れるのだが、勤勉な部類に入るヒメユリには縁遠い話だった。

 

「うむ、問題ないのならばよい。

 丁度二人のユリが揃ったのだ。お忍び故に私は二人をヒメさんヤマさんと呼ぶ。

 皆も私の事は代々続く騎士家の三女、名前はそうだな、ホワイトリリィとでも呼ぶと良い。

 よろしくな、ヒメさん、ヤマさん」

「了解しました、ホワイトリリィ様」

「何だか本物のお姫様にヒメさんって呼ばれるとむず痒いですね」

「はいはい、私にもなんかシノビっぽいかっこいいシノビネームが欲しいでーす」

 恥じらうヒメユリをよそに、オトギリソウは何だかただならぬやり取りに興奮していた。

 

「しばし待て、もう一人呼び出しているのだ」

「あのぅ……」

 カサブランカはそう言って彼女を抑えると、向こうから一人の花騎士がやってきた。

 

「私にご用とのことでしたが、一体どういうご用件でしょうか?」

 彼女の名前はクレマチス。

 警備の仕事で詰所に待機していたら、いきなり他国の王族に呼び出された哀れな花騎士だった。

 

「いきなり呼び出して済まない。

 仕事中だっただろうか?」

「ええ、はい、待機中でしたけれど」

「実は我らは自主的に町の見回りをしようとしていたのだ。

 出来れば貴公も誘いたかったのだが、仕事中ならば仕方がない、呼び出して済まなかった」

「いえ、そう言うことならば是非ともご同行させてください。

 呼び出しが無ければ大した仕事は無いので。

 ですが、なぜ見ず知らずの私をお供に誘ってくださったんですか?」

 クレマチスの疑問は(もっと)もだった。

 彼女はカサブランカのことを一方的に知っている立場であるが、カサブランカが彼女を特別気に掛けていたとかそういうことは全くないのだ。

 

「ふむ、実はな、これを見よ」

 そう言ってカサブランカはヤマユリが持っていた荷物から例の本を取り出した。

 

「あ、それって『ダイズ公女漫遊記』じゃないですか。

 ベルガモットバレーでも大人気なんですよ、それ」

「私も知ってるよ!! 風車を投げる格好いい女シノビが出るんだ!!」

 オトギリソウがそう言うと、クレマチスはああ、と何となく自分が呼ばれた理由を察した。

 

「それではよろしく頼むぞ、風車のクレマチスよ」

「ああ、やっぱりそういう……」

 クレマチスは何だか御茶目なところのある王族だな、と好感度を上方修正した。

 

「あのぉ、クレマチスさんがシノビ枠じゃ、私と被っちゃうよ?」

「何か言ったか、うっかりオトギリソウよ」

「がーん!? やっぱり私ってそっちだったのぉ!?

 こんなの試験に出ないよぉ……」

 へなへなとさっきとは別の意味で涙目になって崩れ落ちるオトギリソウ。

 

 

「あとはお色気枠が居れば言うことなしだが。

 ……贅沢を言うものではないな」

 とりあえず集まった陣容を見て、カサブランカは満足げに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 かぽーん。

 

「ふぅ、気持ちいい」

 ウインターローズの温泉地にある露天風呂に浸かっているのは、花騎士マンリョウだった。

 彼女は休暇を利用して義妹と共に温泉旅行に来ていた。

 お湯は乳白色で彼女の体は傍目から一切分からず、猥雑は一切無い。

 

 なぜ何の脈略も無く、入手が比較的容易な面子からいきなり彼女のような手にする者が限られる花騎士の入浴シーンが挿入されたのか。聡明な読者諸君にはお分かりだろう。

 

 そう、お約束だからである。

 決して文字数稼ぎだとか、入浴シーンを流れ的に入れるのは難しそうだから入れたとか、そう言うのではない。いいね?

 

 

 

 

 

「くくく、越呉屋よ、おぬしも悪よのぉ」

「いえいえ、お貴族様ほどでは……」

 こんなお決まりのやり取りをしている二人は、言うまでも無く悪代官ならぬ悪徳貴族と悪徳商人だった。

 

 リリィウッドの悪徳商人の屋敷で二人は取引を行っていた。

 悪徳貴族は悪徳商人に便宜を図り、悪徳商人は悪徳貴族に黄金まんじゅうを差し出した。

 

「ささ、つまらぬものですが」

「ほほう、これは美味そうだ」

 悪徳貴族は差し出された桐箱を開けると、中には黄金色の饅頭がいくつも並んでいた。

 夕食の後にこれを肴に酒を飲む、それを思い悪徳貴族は己の正体を隠す仮面の奥にある目を細めた。

 

「例の件、お願いいたしますぞ」

「任せておけ、越呉屋よ。うくくく」

「お城の御用商人と成れば、我が商会も安泰でございます。

 その折には更なるご援助のほどを」

「楽しみにしておるぞ」

 げっへっへっへ、と下劣な笑い声をあげる二人。

 

 

「貴様らの悪巧み、聞かせて貰ったぞ!!」

 その時、庭の方から凛とした女性の声が轟いた。

 

「なに奴!!」

 悪徳商人が両開きの扉を開けると、庭にはヤマユリ・ヒメユリを伴ったコートを羽織ったカサブランカが立っていた。

 彼女らはなんやかんやあって、悪徳商人の所業を知り、成敗しにやってきたのだ!!

 

「生活必需品を独占し暴利を貪り、更には貴族と結託し力をつけ、庶民を更に苦しめようと言うのか、この悪徳商人めが!!

 貴様の悪事は暴かれた、大人しく縛に付け!!」

「おのれ、どこの誰だか知らぬが、小娘の分際で偉そうに!!」

「無礼者め、この御方をどなたと心得る!!」

 歯をむき出しにして憤る悪徳商人に対して、ヤマユリは一歩前に出て高らかに言った。

 

「バナナオーシャンの王位継承者のおひとり、カサブランカ様であらせられるぞ!!」

「貴様、よもやこの姿を見知らぬと申すか!!」

 と、事前に練習していた通りのセリフを言って、ヒメユリはカサブランカのコートをバッと取り除いた。

 カサブランカの布地の少ない姿が露わになる。

 真夜中の路地辺りでやったら通報されそうな光景だった。

 

「はッ、そのお姿はまさしくバナナオーシャンの王族!?」

 隣で様子を見ていた悪徳貴族は、恐れをなしてすぐさま平伏した。

 

「ば、馬鹿な、こんなところに王族など居るはずもない!!

 ものども、斬れ斬れ、斬り捨てぇい!!!」

 悪徳商人の声に、瞬く間に周囲から衛兵がやってきて三人を取り囲んだ。

 

 

「仕方がない、ヤマさん、ヒメさん、懲らしめてやりなさい!!」

「「っは!!!」」

 完全にこうなると分かっていた三人は、武器を抜いて突っ込んでくる衛兵たちと殺陣を繰り広げ始めた。

 

「よーし、助太刀するよ、わっしょーい!!!」

「私、なんでこんなことに付き合っているんでしょう」

 塀の上で様子を見守っていたオトギリソウとクレマチスも、飛び降りて戦いに加わった。

 五人も居れば、花騎士でも何でもない衛兵など幾らいても同じである。

 

「ぐぬぬ、おのれぇ」

 次々とやられていく衛兵たちに歯噛みする悪徳商人。

 

「ふむ、こうなっては仕方がない」

 平伏していた悪徳貴族は起き上がると腰の剣を抜いた。

 そして、一刀の元に悪徳商人を切り捨てた。

 

「あ、あばーッ!! な、なぜ……」

「死人に口無し、そういうことだ」

「ごふッ」

 悪徳商人は血を吐き、こと切れた。

 そのまま悪徳貴族は戦闘のどさくさに任せて逃げ出した。

 

「いやーッ!! 外道め、一人だけ逃げるなんて許さないよ!!」

 が、思いのほか俊敏な動きでオトギリソウが悪徳貴族の前に立ちはだかった。

 

「どーも、花騎士=さん。マスクナイトです」

「あ、どーも、オトギリソウです」

 緊急時だというのに、二人は礼儀正しくお辞儀をした。

 

「いやーーッ!!」

 が、顔を上げたコンマ5秒後に、オトギリソウは掛け声と共に悪徳貴族改めマスクナイトにシュリケンを抜き打った!!

 

「ふ、いやーーッ!!」

 だが、マスクナイトは血塗られた剣で飛んできたシュリケンを木の葉か何かのように払った。

 

「いやーーッ!!」

 続くオトギリソウのシュリケンの攻撃。

 

「いやーッ!!」

 マスクナイトはシュリケンの動きを見切ったのか、動きを少なくして切り払う。

 それどころか、すり足のような歩法にて間合いを詰めてきた!!

 

「く、いやーーッ!!」

「いやーッ!!!」

 マスクナイトは間近!! この間合いでは飛び道具は不利。

 オトギリソウは的確な状況判断により、背中のシノビ刀を抜いてマスクナイトの剣を受け流した!!

 

「ふふふ、この程度か。花騎士とは。

 これでは他も程度が知れるものだ」

 オトギリソウを嘲笑う声は、演技がかった口調で声を変えているものの、明らかに男のもの!!

 なぜ、花騎士でない筈の男がオトギリソウと張り合えるというのか!!

 

「この剣捌き、動き、明らかに只者じゃない」

 侮っていたと言えば嘘になる。

 だが、それやドジっ子属性や残念な部分を差し引いても、オトギリソウは戦闘力においては一流の花騎士だ。

 その実力はさほど知られていないが、どの騎士団であろうと引く手数多だろう。

 

 ではそれと切り結べるこの男は一体!?

 

 

「いやーッ!!」

 横薙ぎの一撃をバックステップで躱すオトギリソウ。

 だが、すぐに間合いを詰められることは明白!!

 彼女は更にバックステップし、壁、天井を次々と足場にして、相手の剣の間合いから離れた。

 このような三次元的跳躍を想定した剣技は存在しない為、実際有効だった!!

 

 間合いを取ったオトギリソウの脳裏には、師匠であるナデシコ=ちゃんの教えがフラッシュバックしていた。

 

『いいですか、オトギリソウ。実力の不透明な相手に遭遇した場合、慎重に、かつ大胆に攻めるのです。

 決して相手のペースに呑まれぬようにしなさい』

 

 

「いやーッ!!」

 両手でもって次々とシュリケンを投擲するオトギリソウ。

 

「ぬぅ!!」

 防戦一方になるマスクナイト。

 花騎士の力で彼を打倒するのは実際容易いが、流石にそれはオーバーキル過ぎて彼が海鮮ユッケと化してしまう。

 故にこうして絶え間なく攻撃を繰り出し、防戦一方にさせることで相手を封殺し戦闘を制するという手に出たのである。

 彼女の愛読する『害虫殺し』の主人公も多用する、実際有効な戦法だった。

 

 その直後だった、シュリケンを弾いていていたマスクナイトの剣が半ばからぽっきりと折れたのだ。

 

「ぬぅ、まさか!!」

 マスクナイトは気付いた。

 先ほどから無軌道に投げられているように見えたシュリケンは、その実常に一か所にダメージが集中するように計算されていたのである。タツジン!!

 

「よもやあれだけで我が太刀筋を見切られていようとは……」

「いやーッ!!」

「おや、そろそろ時間だ。長居は無用か、ではな」

 接近戦にて仕留めようとするオトギリソウに、対しマスクナイトは折れた剣の柄を捻って地面に放り投げた。

 その瞬間、剣の柄からおびただしい量の煙が発生したではないか!

 

「うわぁ、ごほッ、ごほッ」

 迂闊!! 煙に撒かれるとはこのこと。

 マスクナイトは煙に乗じてまんまと逃げ遂せてしまった。

 

 

「――――全員動くな!!」

 塀の上から、また別の男の声が響く。

 拡声機を通して発せられる多少無機質になった声は、たやすく全員に行き渡る。

 

 その声の主は、なんとチューリップ団長だった。

 彼の立つ塀の上には、更に何十人と言う飛び道具を構えた花騎士たちがズラリと並んでいた。

 これだけの人数が居れば、庭をマグロの競り場に変えることなど容易いだろう。

 

「これは政府によって命じられた強制捜査である。

 抵抗するものは容赦なく撃ち殺す。抵抗せず武器を捨てろ」

 その声により、抵抗していた残り少ない衛兵も武器を地面に落とした。

 

 

 

 

「あのさぁ、どうして飛び込んでくれちゃったわけ?

 俺らは入念な調査の上で今日と言う日を待ってたの。

 なのに容疑者の一人は死亡、もう一人は逃げられるし、どうしてくれるのさ」

 その後、部下に家宅捜査を命じたチューリップ団長は、先んじて突撃していた五人を並べて叱っていた。

 特に、ヒメユリとクレマチスは直属の上司からのお叱りに、気が気でないような様子だった。

 

「せめて一言確認くらいして欲しかったんだけど。

 俺は優しいから叱るだけにするけどさ、リンゴ団長だったら即刻除隊だったよ?

 特にカサブランカ様、あなたはいずれ人の上に立つ人間なんだから、ホウレンソウの重要性くらい理解しているよね?」

 辛辣な言葉を投げかけるチューリップ団長。

 彼はあの四姉妹以外の相手には誰に対してもこんな感じだ。

 部下に舐められまいと、努めて横柄な態度をしているのである。

 

「……面目ない」

「貴女がそんなお転婆だとは知らなかったよ。

 このことはちゃんと、キンギョソウ団長に報告させてもらうからね」

 そう言い捨てて、彼は現場指揮へと戻っていった。

 

 

「全く、カサブランカ様に向かってなんなんだあの態度は」

「よい、此度はすべて私の思慮に欠ける行動が引き起こしたのだ。

 いい経験になった。素晴らしい行いであろうとも、考えずに見様見真似で行動してはならない、とな」

 憤るヤマユリを抑え、カサブランカは両目を閉じ深く頷く。

 

「皆も、今日は私のわがままに付き合わせてしまってすまぬ。

 このように羽目を外す機会は少ないゆえ、実に楽しかった。

 これから飲みに行こうぞ、私の奢りだ」

 カサブランカの奢りと聞いて、意気消沈していた面々も顔を上げた。

 お酒の嫌いな花騎士はあんまり居ない。

 

「わたしはまだ仕事が残っていますので、残念ですが」

「そうだったな。ならば、この面子でもうしばらく町の見回りをしていようか。

 その後ならば問題あるまい」

「是非お供させてください、カサブランカ様!!」

「うむ、だがあくまでお忍びだぞ」

 クレマチスとヒメユリに優しく微笑むカサブランカ。

 

「あのー、私は一回お風呂に入って来ていいでしょうか……」

 全身白い粉で真っ白けのオトギリソウがそう言うと、他の四人は可笑しくなって笑い声をあげた。

 

 

「それにしてもあの太刀筋、もしや……」

 笑われて涙目になっているオトギリソウを尻目に、カサブランカは逃げ出した容疑者の一人に対し思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 

「まったく、余計な仕事を増やしてくれるよ、もう」

 あらかた指示を終えたチューリップ団長は、自分が乗ってきた馬車へと乗り込んだ。

 彼を乗せると、馬車は静かに動き出す。

 

「あまり憤るな、彼女が大はしゃぎするのは殆ど見ないのだ。

 それにむしろ、好都合だったではないか」

「好都合? せっかくの証人を切り殺したことが?」

 チューリップ団長は対面に座る仮面の男に視線を向けた。

 

 彼はゆっくりと仮面を外すと、愛用の片仮面を顔に付け直した。

 更に、かつらや肩幅を誤魔化す上着を脱ぐ。

 

 何と、彼はキンギョソウ団長だった!!

 意外性の欠片も無い正体だった。

 

「害虫は悉く駆除すべきぞ。

 この国は森林の中にある。根元が腐っているなら、切り落とすべきだ」

 すっかりいつもの調子で話すキンギョソウ団長。

 

 彼の言う害虫とは、スプリングガーデンを跋扈(ばっこ)する怪物どもの事ではない。

 彼は連中を悪魔と称する。

 ならば、彼が害虫と称するのは、獅子身中の虫に他ならない。

 

「邪悪な魔術書はあの邪教の神殿を漁れば見つかるだろう」

「証拠なら探せば見つかるだろうって?

 俺としては体に聞くこともあったんだけど」

「あれは地獄の法によって守護されていた。

 檻に繋ごうとも他の虫がたかっただけだ」

 つまり、捕まえてもコネで釈放されるのは目に見えていたので切り殺したのだろう。

 

「それに生ける屍の販路の一翼を担っていたようだ。

 流石の我も慈悲を与える気にもなれん」

「何だって? 貴族のルートで奴隷を売っていたのなら、俺の耳にも入っていなくてもおかしくないけど、まあ赦してはおけないか」

 自分が同じ立場なら、恐らくチューリップ団長もそうしていただろう。

 彼ほど鮮やかに切り殺せたかどうかは別だが。

 

「それにしても、無茶をしたね」

「幼き頃よりの鍛錬が役に立とうとはな」

「害虫相手じゃないのが悲しいところだけれど」

「だが、実に楽しかった。

 技での戦いに持ち込んだが、その上で届かなかった。

 あのような無茶はさせて貰えん」

 キンギョソウ団長は痺れて先ほどから動かない両手を見下ろした。

 

「あなたといい、ナズナ団長といい、リンゴ団長といい、なんでそんなに強いのかなぁ。

 俺も最近デスクワークばかりだったし、剣を振り直そうかなぁ」

「ふふふ、所詮は児戯ぞ」

 そう言うキンギョソウ団長は少し悲しそうだった。

 

 害虫の外皮を貫くには、魔力の籠った攻撃が有効で、その為には世界花のバックアップを前提とした魔力が必要だ。

 つまり花騎士でもなければ、どんな達人でも弱めの小型害虫しか相手に出来ないのだ。

 彼の剣技も、自衛以上の意味は持たない。

 それが彼にはたまらなく悔しいのだ。

 

 

「そうそう、リンゴ団長から提案があったんだけどさ。

 そろそろ駆け出しを卒業して壁に当たってきたんで、ハナモモ団長をみんなで鍛えようって話になって、とりあえずうちで二週間ほど預かるから、次はそっちでよろしく」

「任されよう、契約はどれほどに?」

「期間はそっちで決めていいよ。俺はこのことをナズナ団長にも話しておくからさ」

 騎士団支部に到着し、チューリップ団長は馬車から降りた。

 

 

「そうそう、今回のおとり捜査だけど、カサブランカ様は感づいてそうだからちゃんと説明しておいたほうがいいと思うよ」

「彼女はどう言うだろうか」

 法に依らず人誅を下したことを憤るだろうことは明白だった。

 なぜなら彼女は王族だからだ。

 

 人民の為とはいえ、法を覆す行動は自身をも否定する行いなのだから、彼女は怒るだろう。

 激怒するに違いない。彼女はそういう人間だった。

 

 

「裁きはいずれ受けよう。

 されど今は、祖国と女王陛下の為に」

「うん、祖国と女王陛下の為に、だ」

 その言葉を合言葉に、二人は別れた。

 

 

 

 

 

 




自分はにわかなので、例の言語の習熟度に関してはツッコミ・文句は受け付けません。
でもオトギリソウが出るたびにあんな感じのノリでやっちゃいそう。いや、やる。

ところでR版の話なんですけど、自分はスプリングガーデンにさつま芋があるかどうか不明だったので、紅芋とぼかして表記したんです。
どちらかというと薩摩の部分に違和感があったので。
それを言ったらカサブランカだって都市の名前なんですけど。

ところが、最近のペポの限定ボイスでさつま芋があることが判明。
これはもう、スプリングガーデン独自の言語が私たちにはそう翻訳されて聞こえるとかそんな感じに脳内補完することにしました。
じゃあチューリップ団長はどうやって意思疎通しているのかだって? ・・・知らんわ!!
設定厨でも触れたくない部分はあるのですはい。

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