需要があれば続きます。
「ううぅーん……」
「生きていたか、死にぞこない」
声が聞こえる。
俺は探るように手を伸ばした。
むにゅん、とやわらかい感触が手から伝わってくる。
「この無でもなければ普通でもない、絶妙な貧の感触……クロユリか」
目を開けると、黒づくめの花騎士がむっとした表情でこちらを見ていた。
「その手を退けろ。私が引導を渡してやってもいいんだぞ」
「ああ、悪い悪い」
俺は起き上がると、周りを見渡す。
簡易テーブルに突っ伏して眠るリンゴちゃんが居た。
肩には毛布がかかっている。
その反対側にはキルタンサスも同じようにテーブルに突っ伏して眠っていた。
「面倒を掛けたな」
「全くだ。なんで私がお前の看病なぞしなければならない。
私はもう寝るぞ」
そう悪態を吐くと、彼女は天幕を出て行ってしまった。
「うむ……相変わらずクロユリのクーデレはレベルが高い」
未だ痛む腹部をさすりながら、二人を簡易ベッドに運び、俺は明日に向けてもう一眠りすることにした。
翌日、朝六時。全員起床の時間だ。
「えー、みんなももう知っているだろうが、昨日から我が隊に配属されたキルタンサスだ。仲良くするように」
整列した隊員たちを前に、俺の横に並ぶキルタンサスは居心地が悪そうだった。
はーい、と気の抜ける返事をする面々に、俺は頷く。
「本来なら朝礼は手短に済ませるのが俺の主義だが、軽く新人教育としよう。
おい、ランタナ」
「はーい、呼ばれて飛び出てじゃんじゃじゃーん」
ランタナを呼ぶと、事前に言った通り、アリ型害虫の顔を模した被り物をかぶって彼女はやってきた。
「ではまず、騎士とはなんだ。サクラ」
「国家に属し、人民の生命と財産を守る存在です。団長」
一列目の一番前に立つサクラは模範解答を口にした。
「その通りだ。
君たち花騎士は世界花に選ばれた存在。
そのすべてが軍属ではないが、騎士団に属する女性は全て花騎士である。
それを指揮する団長はほぼ全てが男だ。なぜだキルタンサス」
「中立である為、でしょ。こんなの基本よ」
キルタンサスも即答した。
騎士学校に通った者ならこの程度常識だ。
「そうだ、サクラ。もっと具体的に述べてみろ」
「女性同士だと、意見の食い違いが起こった時に確執が起きたりします。
その緩衝材として団長は男性であることが望ましいとされています。
そして何より、良くも悪くも女性は感情に流されやすい傾向にありますから」
「花丸だ。俺から付け加えることはない。
大まかに言えば、花騎士は自分たちの身を守るために居るということ、それを指揮するのが騎士団長と言うことだ。
ここで重要なのは、この騎士団というのは決して攻撃的な存在ではないということだ。
ペポ、騎士団の主な任務はなんだ」
「えーと、……護衛、防衛、捜索、討伐ですよね」
ペポの返答に俺は頷く。
「護衛、防衛は言うまでもない。
捜索は要は調査のことだ。
討伐も、基本的に受身なことが多い。
このように、花騎士とそれらが所属する騎士団は自衛の為の存在だ」
そこで俺は言葉を区切る。
「だが、うちの部隊は違う。
害虫は見つけ次第、脅威となり誰かに仇なす前に駆除する。
その為に労力は惜しまない。敵がたった一匹だろうと。
確実に敵を殺し、敵が殺すはずだった誰かを生かす為に我が隊は存在する」
「剣術などに見られる、活人剣の概念ですね」
「お前よく知ってるな……」
サクラの博識さに感心しつつも、俺はじっくりと頷いた。
「ねー、だんちょ……まだー」
「ああ、またせたな。
ペポ、ちょっと前に出てみろ」
「え、はい……って、うひゃぁ!?」
ペポが前に出ると、満を持してランタナが彼女に跳びかかった。
「ここに害虫に襲われ、苦戦している花騎士が居る。
キルタンサス、お前ならどうする」
「救援するに決まってるでしょう」
「確かにそれは正しい判断だ。
だがこの場合、俺たち騎士団は別命を帯び、作戦目標はその先にあると想定しよう。
部隊の損耗や敵との距離、後方の味方の有無などを考慮した場合、俺は無視して先に進めと命令することもある。
……お前ならどうする、キルタンサス」
「それは命令に従うか否かってことかしら?」
俺は黙ってうなずいた。
「……従うわ。理由くらい問い詰めるかもしれないけど」
彼女は数秒の思案の後、そう結論した。
「その場でか?
俺たちが足を止めている合間に、害虫どもを取り逃がすかもしれないのに。
害虫の群れは大抵の場合は群れを統率する親玉が居る。
そいつを可及的速やかに打撃を与え、統率を乱した方が結果的に戦術単位で優位になるかもしれない。
俺は自分の命令に疑問を持つ者を必要としない」
「それで襲われている娘が戦死したらどうするの?」
「絶対に犠牲の出ない戦いなんてあると思うのか?
そうやって開き直るのは思考停止に過ぎないが、結局俺は俺の判断でしか動かない。
無論、皆の進言も考慮するが、俺の命令と規律は徹底させる。
それが俺のやり方だ。分かったな」
「……いいわ。気に入らなかったら別の部隊に行けばいいだけだし。
まずはあなたの行動を見せてもらうわ」
彼女は真っ直ぐとこちらを見てそう言った。
「うむ。ならばいい。
最後に、花騎士として戦う理由として多く挙げるものは、みんなの為に戦う、と言うものが多い。
ではみんなの為の、みんな、とは具体的に誰のことだ?
家族か? 友人か? 暮らしてきた集落や村か?
少なくともこの部隊で戦っている間は、その“みんな”とやらは各々が共に背を預けあう戦友であると心得ろ。
以上、長くなったな。各自解散。
食事の後、次の目的地に移動開始する」
「誰でもいいからたすけて……」
「がじがじがじがじ……」
俺はランタナ扮する害虫を尻目に、仮設執務室で最後の仕事に取り掛かった。
「信じらんないわ。
目の前で危機に陥っている味方を見捨てる命令をするかも、だなんて。
……そう言う人だとは思わなかった」
私は朝食のサンドイッチをかじりながらそう吐き捨てた。
これから移動をするとあってか、食事は簡単なもので、シートを地面に敷いてその上に座って取るというものだった。
荷物は既に二台の馬車に積んでおり、この二十数人の小規模部隊でこの荷物は少ないと言える。
「まあまあ、あの人は昔からああいう言い方しかできないのよ。
少なくとも私が来てから味方を見捨てろ、なんて命令なかったからそう怒らないであげて」
と、サクラさんがフォローするようにそう言った。
「サクラさんって、昔から団長と同じ部隊だったんですか?」
「うーん、そういうキルタンサスちゃんも団長とは知り合いだった風に見えるけれど?」
「私は、ただ准騎士時代にすれ違っただけ……。
一目で分かったわ。この人は私にふさわしい場所を用意してくれるって」
ほんの一瞬すれ違っただけだったけれど、あの時のことは忘れられない。
「私の場合は、あなたと同じ准騎士時代だったけれど、あの時彼は私たちの教導部隊の教官だったわ」
「教導部隊って、団長って戦線復帰したんですか!?」
それは私の知らない情報だった。
教導部隊は騎士団を引退した団長とその部下たちが後進育成の為に軍属でいる人たちだ。
彼女らは余程のことがない限り前線は戻らない。
国家防衛の戦いでも、後方に配置され後方支援などを行ったりするくらいだ。
「ええ、そして彼は変わった」
「えッ……」
「彼の口癖は、決して無理をするな、だったわ。
でもある時、彼は部下を壊滅させた。
それがどういう戦いで、どのような因果の結果までは知らないけれど、以来、彼は害虫を攻撃するためだけの部隊に身を置いたのよ」
サクラさんはどこか愁いを帯びた表情でそう語った。
「教導部隊がどうして全滅なんか……」
ベテランの花騎士や騎士団長はとても貴重な存在だから、国も出動させたがらないはずだ。
「それが気になるから、サクラさんはこの部隊に来たんですか?」
「いいえ。私の場合、国からの辞令だったわ」
「国からの?」
花騎士はある程度、所属する部隊の自由がある。
各々の個性を尊重した方が、力を発揮できるからだ。
だから上からの命令でどこの部隊に行けとか、あまり聞かない話だった。
だがサクラさんは所謂花騎士の中でも更に花形。
お国の事情でそういうこともあるのかもしれない。
「それで、この部隊に配属されたんだけれど、あの人、私を見てなんて言ったと思うかしら?」
その時のことを思い出してか、サクラさんはクスリと笑った。
「……なんて言ったんですか」
「……ああなんてことだ、あんなエロ可愛い美少女が、こんなに成熟してしまうなんて……時の流れは非情だな」
「あの男、いっぺん死んだ方がいいんじゃないかしら」
私は拳を握りしめたが、まあまあ、とサクラさんは私の拳を下した。
「その時の軽率な言動の報いは既に受けているわ」
「あ、はい……」
今代最強と
「その時は何かしらのコネを使って私を招致したみたいなんだけれど、彼は以前の教導部隊の時とは比べ物にならないくらい考えも、戦いに対する方向性も違っていたの。
そして指揮官としての能力も格段に上がっていたわ。
それでも、かつてのこの部隊の劣悪な環境は改善できなかったみたい」
「聞きました。そんなに酷かったんですか?」
「問題を起こした花騎士を捨て駒にする部隊、なんて言われていたって言えばわかるかしら」
美貌を
「士気は最低、命令違反は当たり前、連携のれの字も無い。
補給も満足に無ければ、心を病む花騎士も多かったわ」
「……」
それは劣悪を通り越して最悪に等しい状況だった。
「団長とリンゴちゃんと力を合わせて、
当時からの団員は原隊などに戻って今はクロユリだけだけど、彼女が生き残れていたのは彼女が強かったからでしょうね」
サクラさんの視線は、一人で食事をとるクロユリさんの方へと向けられた。
「彼は変わってしまったけど、根本的なところまでは変わっていなかった。
だからキルタンサスちゃんもどうか誤解しないで上げてね」
「でもあれってセクハラなんじゃないんですか?」
「……」
サクラさんは私の指摘に曖昧な笑みのまま何も言わずに誤魔化すのだった。
「やっぱり、あの時団長さんがサクラさんを呼んでくれたのは大正解でしたね」
俺の横で御者席に座るリンゴちゃんはふとそう言った。
現在、俺たち遊撃騎士団は次の目的地に向けて移動中だ。
先頭を進む部隊、左右と後方を守る部隊、荷物を守る部隊に分かれて徒歩の速度で移動中である。
俺がこの部隊に就任した際は、この程度の作戦行動すら困難だった。
「でもサクラさんを呼ぶって聞いたときはさすがに何の冗談かと思いましたね。
一体どんな魔法を使ったんですか?」
「俺の師匠が仕える女王さまは世界に愛されているんだ。
あの御方に頼めば最強の花騎士が自分の人脈を使ってくださるのさ」
「……? 最強の花騎士って言えば、サクラさんじゃないんですか?」
「今の世代は、な。
そもそも、サクラは最強と言うより最優の花騎士だろう」
俺は手綱を握りながら、昔を思い出す。
「サクラほど教え甲斐のない生徒も居なかった。
飲み込みは早いし、何をやらせても95点以上。
文武両道で家柄もそれなり、これで性格までいいってもんだから、俺は自信無くしちまったよ。
俺が教えていた時も、俺よりサクラの方が他の准騎士どもが言うことを聞いてたくらいだ」
「准騎士時代からサクラさんのカリスマは凄かったんですね」
「ああ、だからあいつを呼んだんだ。
あれが居て精鋭に成らない部隊はないだろうさ」
正直、サクラ無しで今の部隊はありえなかっただろう。
彼女が居なかったらこの部隊の死亡率を通常まで戻すまでに、もっと何十人と死なせていたはずだ。
「私、一度でいいからサクラさんとお話ししてみたかったんですよねぇ。
いやぁ、サクラさんが来た時は本当に団長さんに付いてきてよかったと本当に思いましたよ」
若干鼻息を荒くしながらリンゴちゃんは言った。
「昔を知っていると今が口惜しくてならないよ。
お、そうだ、サクラが騎士学校卒業した時の卒業アルバム見るか?
今度うちの近くに行ったときに持ってきてやるよ」
「え、マジですか!! むっはぁーー!!
学生時代のサクラさんの生写真とか超レアじゃないですか!!
ぜひ、ぜひに、私に見せてください!!」
「わかったわかった、落ちつけよ。
でもなぁ、俺はサクラのことで一つだけ気がかりなんだよ」
「なんですか、それは?」
興奮したせいか垂れ落ちてきた鼻血を拭きながら、リンゴちゃんは聞いてくる。
「それはな……サクラが行き遅れないかってことだ」
「……え?」
俺は真剣にそう言ったのだが、リンゴちゃんは意表を突かれたような表情になった。
「よく考えてみろよ。あいつに釣り合う男がこの世にどれだけいるよ。
フォスフォレシアでフォスの花嫁候補で最有力株にいつもなってるくせに、いまいちパッとしない成績が物語ってるじゃないか。
世の中、完璧超人よりも等身大で親しみやすい方が結婚後も長続きするもんだ。
よくあるだろう、有名人同士が結婚して数か月で離婚って。
というかさ、あいつの場合って国が結婚させてくれないだろうな。花騎士にとって結婚=引退だし。
優秀な花騎士が国威発揚に利用されるのは国の常だもんな。
そこんところリンゴちゃんよ、どう思……う……」
俺がリンゴちゃんに意見を求めようと横を向くと、そこにはいつも通りにこにこと笑みを湛えるサクラが座っていた。
「他に仰りたいことがあったらどうぞ」
「そういえばウメちゃんはいつもお前を見習わなければ的なこと言ってるけど、お前も胸の発育だけは見習った方がよかっあぎゃぎゃぎゃぎゃっぁぁぁあ!!!」
「団長、最近書類仕事ばかりで肩が凝ってるでしょう?
私がほぐして差し上げます」
「お、お前に関節極められてもなんも嬉しくないわ!!
その胸八割削ってから出直しておごごごごご!!!」
「お、だんちょ、面白そうなことやってるじゃん!!!
ランタナもやるやるー!!!」
「私は助けてあげませんからね」
荷物の護衛をしていたランタナが乱入し、ペポの無情な宣言が耳に届く。
「た、たすけて、同士リンゴちゃん……」
「団長さん、強く生きてください」
「うらぎりものぉ……がく」
俺は力尽きて気を失った。
「なにやってんだか……」
キルタンサスがその光景を見て、呆れて溜息を吐いたという。
ちなみに、自分の初虹はデンドロ師匠。
初チケットはクロユリ。
次にペポで、初金チケットはランタナといった具合。
シンビと悩みましたが、今となってはランタナにして後悔していません。